真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「谷ナオミ しびれる」(昭和53/製作・配給:新東宝映画/監督:姿良三/脚本:神田明夫/原作:戸塚純/製作:鈴木邦夫/企画:岸信太郎/撮影:山崎考/照明:グレート・ドーラン/音楽:スクリーンサウンドミュージック/編集:中島照雄/効果:AKサウンド/現像録音:東京録音現像所/助監督:円城寺克己/出演:谷ナオミ・森村由加・奥ゆかり・奈良しず江・村雨まき・山谷ますみ・北村淳・小川純・三宅健・杉浩三・峯岸貝介・宮瀬健二・杉田元・草山三十郎・乃木健・神場屋彌八・鈴木通人・富士ひろ子・今泉洋・山本昌平)。出演者中、富士ひろ子がポスターには藤ひろ子、逆に富士名義なんて初めて観た。奈良しず江と村雨まき、三宅健から峯岸貝介までと、杉田元から鈴木通人までは本篇クレジットのみ。企画の岸信太郎は、山邊信雄の変名。予めお断りしておくと、括弧特記のない配役は全員不明。
 “色包丁のお久姐さん”の異名で知られるお久(谷)は母親(富士)の小料理屋で包丁を振るふ、男嫌ひで通つた女板前。後に、お久の男性嫌悪の原因を、日本一とすら謳はれた名板前である父・ソウスケが、子供も作つた芸者(会話中にしか出て来ない)の下へ家族を捨て逃げたことを、幼い頃から自分が愚痴り続けたからであると母親は悔悟する一方、お久自身の回想中では、包丁の修行中にソウスケから手篭めにされてゐたりもするのは、よくよく考へてみるまでもなく十年近く時制が合はない。兎も角、その割にお久が助平専務と気軽に連れ込みに入るのを奇異に思ひながら観てゐると、街の絵描きに背中に描かせた、下手糞な幽霊の偽入墨で驚かせ悦に入る。母親とコンノ社長(今泉)の恋路までは想定内ともいへ、女学校の同級生で百合の花咲かせる間柄にあるカズエ(多分森村由加)に、男がゐる事実にお久はショックを受ける。消沈するお久の前に、クマベ社長がニヒルな二枚目・シンキチ(トメ推定で山本昌平)を連れて来る。調理する手元をただならぬ風情で注視するシンキチは、結局料理に箸ひとつつけずに退店、お久は激しくプライドを傷つけられる。後日クマベは非礼を侘び、母娘を旅行に招待する。
 残る配役は登場順に、料理屋の常連客二名と女中一名。夜の街の女であるカズエがいはゆるアフターで小料理屋を訪れる際の、同伴者・前川。ガードの頑なに固いカズエから前川が乗り換へる、カズエ母、然し節操の欠片もない男だ。忘れた包丁を取りに戻つたところ、カズエと石塚コウジ(北村)の情事を目撃、黄昏てブランコに漕ぐでもなく腰を下ろすお久の前に現れる、痴漢氏二名。旅先の女中二名、内一人は大浴場にて裸も披露する。
 意外と恒例企画となるのか、地元駅前ロマンの新東宝クラシック・ピンク枠(仮称)。七月の名作特選(緊縛特集)、八月の新東宝名作痴漢特集、九月は単騎で飛び込んで来た「現代猟奇事件 痴情」(1992/脚本・監督:鈴木敬晴/主演:浅野桃里)に続き、十月第一弾はjmdbにも記載のない、姿良三(=小川欽也)の昭和53年作。但し配信その他で視聴することは、現在でも可能である。潤沢すぎるキャストの頭数、ロケーションの分厚さからも如実に窺へる、大スター・谷ナオミを主演に擁(いだ)くに当たつて、平素我々が知るピンクとは明らかに普請の異なる堂々とした看板映画。それゆゑともいふべきか、お久母子がクマベのアゴアシで向かつた浜辺の温泉ホテルに、新婚旅行中のカズエ・石塚夫妻は兎も角、コンノや挙句にシンキチまでもが顔を揃へる無造作な御都合展開さへさて措けば、小川欽也一流の自堕落さが火を噴くのも1カットたりとて見当たらない。お久の心情の揺れ動きを始終丁寧に描いた上で、入念に張られた伏線に導かれる思はぬ悲運がもたらした性急な悲劇は、全く正方向に充実してゐる。一歩間違へばあまりにも普通に出来がいいだけに、変に拍子も抜かれかねない一作。とまでいふのは、昨今の小川欽也の名前に曇らされた屈折でしかないお門違ひの不平は、我ながら認識してゐる、つもりではある。

 そんな中側面的な見所は、石塚コウジ役の北村淳。誰だそれといふ話にしかなり得ないのかも知れないが、我等が温泉映画の巨匠・新田栄の役者時代の名義―jmdbによると、監督作も少なくとも一本存在する―である。特にこれといつた活躍を見せるでなく、当時的には至極当たり前にしても、小川欽也の映画に純然たる俳優部として登場する新田栄といふのは、今となつてはまづお目にかゝれまいサプライズ、明後日にテンションが上がつた。

 付記< 石動三六氏のツイートによると、今作は「いろ包丁」(昭和48/六邦映画)の会社を跨いだ新版であるとのこと。


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