真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「官能未亡人 うごめく舌先」(1997/製作・配給:新東宝映画/監督:深町章/脚本:老成螺帝/企画:福俵満/撮影:千葉幸男/照明:伊和手健/編集:酒井正次/録音:シネキャビン/出演:田口あゆみ・水乃麻亜子・原田なつみ・熊谷孝文・ガイラ・久保新二)。平素とは逆の形でポスターにのみ、出演者が更に池島ゆたかと俵幸四郎。更に脚本の老成螺帝―読み方すら判らない―が、ポスターでは小水一男、ある意味実に判り易い。現像はおろか助監督さへないクレジットはロストしたのでは別になく、本篇ママ。
 バブルが弾け借金持ち、とかいふ後述する後々どさくさ紛れに持ち出される由来を、鵜呑みにしてよいものやら否かはよく判らないが、兎も角愛称“バブちやん”こと一郎(久保)の営業する、ライトバンで移動式のラーメン店。ピンク映画風にいふならば、キャラバン野郎方式である。さて措き従業員、兼情婦の一美(原田)、もう一人直ぐに帰つてしまふ別の客(津田一郎)と五百円のラーメン―因みにチャーシューメンが七百五十円、ゆで卵は八十円―を啜る、常連客の小林真(熊谷)が自堕落に管を巻く。両親は既に他界した真は、交際する資産家令嬢の山中静(水乃)から経済的な援助を受けつつ、定職にも就かずモラトリアムな日々を送つてゐた。ところが、といふか至極当然の成り行きでしかないのだが、こちらも既に故人の山中後妻が、義理とはいへ娘の彼氏とその家族に関心を持つたとのこと。自身のいゝ加減な素性が露見しては静と別れさせられてしまふ、と身から出た錆も弁へぬ若造を一旦は相手にしない一郎ではあつたが、その夜、巨漢の一美と―私的な性癖としては見せられても全く有難くない―情を交した住居にまで、へべれけの真が乗り込んで来る。出任せに真が口にした、静と結婚に漕ぎつけた場合、静の相続財産の三割を成功報酬とする、とかいふ条件に一郎は俄然喰ひつく。さういふ次第で、こちらもこちらで既に鬼籍に入る―何気に、死人の影の多いドラマではある―真の祖母が山梨に遺した実家、となると当然舞台は御馴染み水上荘。真の、一郎は稀にしか日本に戻つて来ない船乗りの父、ついでに一美は妹、とかいふ正しく急場凌ぎの偽装一家を結成し、静と、元々は山中の財産管理の任に当たつてゐたとの義母・忍(田口)とを迎へ入れる。
 今更ながらのいはずもがなも憚らぬと、イコール小水一男のガイラは、瓢箪から駒とばかりに忍とイイ雰囲気の一郎の前に現れる、オッカナイ借金取り。池島ゆたかと、福俵満の変名である俵幸四郎がガイラ兄貴の子分二人。三人仲良くグラサンを着用し、戯画的な強面に扮する。然しこのポジションで本クレにも名前の載らない池島ゆたかを、水上荘にまで連れて行つたといふのも贅沢な話だ。撮影を方便に、皆で温泉に浸かりに行つたとでも捉へた方が余程肯けよう。
 深町章1997年第四作は、嘘からダブル・ミーニングで真の新しい家族が誕生する、暖色のホームドラマ。ガイラ一行が、仕込みなのか本物の取立てなのかが微妙に判然としない勢ひも引き摺つてか、五人で店舗も構へたラーメン屋「ゆうじん」を開店する着地点の賑々しい磐石さは兎も角としても、終盤忍が藪から棒に一郎と結びつくエモーション自体の求心力は、決して十全なものとはいひ難い。寧ろ、さりげなく圧巻な今作の白眉は、“バブちやん”の由来も幾多の小ネタの一つに盛り込みながら、付け焼刃の姦計が所々で綻びを見せる様が面白可笑しくスリリングな、水上荘初日夕餉の実は結構な長回し。アフレコによるアドバンテージも勿論あるにせよ、展開の多い会話がワン・カットでひた続く相当な尺の長さには、気づいたところでこれは凄いものを観たと驚かされる。適宜各人にボールを渡しつつ、基本線としては独演会で一幕を頑丈に牽引する久保チン一級の貫禄と、早撮りに定評のある深町章のこと、斯様な離れ業をもサクサク撮つてみせたのかと想像するに、畏れ入るばかりである。
 もう一点明後日だか一昨日に特筆すべき―しなくとも別に構はないけれど―は、冒頭のラーメンと、中盤に先行したクライマックスの鍋料理。食べ物を口に運ぶ原田なつみを、殊更入念に押さへてみせるショットは、物語的に機能する演出意図は特にも何も感じさせないものの、最早自暴自棄気味に微笑ましい。静と真は婚前交渉の二回戦を繰り広げる中、入浴する忍を何故か一美が追撃する、水上荘の風呂場にて田口あゆみと原田なつみが豪快な百合の花を咲かせてみせるのは、なかなかに特殊なシークエンスであるやうにも思へる。

 改めて振り返ると、本篇クレジットに於ける老成螺帝とガイラに、今回―2000年一度目の旧作改題時新題が「未亡人レズ 濡れる指先」、今回は旧題ママによる2011年二度目の新版公開―新版ポスターが白状する小水一男。一本の映画に際して、二つまでならば兎も角同一人物の三名義が登場するといふのも、他には監督:小川欽也×脚本:水谷一二三×出演:姿良三のOKジェット・ストリーム・アタックくらゐしか、俄には思ひつかない。


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