真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
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福岡市在住のピンクス。ピンクスとは、ピンク映画愛好の士、を意味する造語である。
仮名遣ひは正仮名を使用。
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痴漢電車 びんかん指先案内人
加藤義一
/
2008年04月29日
「
痴漢電車 びんかん指先案内人
」(2007/製作:加藤映像工房/提供:オーピー映画/監督:加藤義一/脚本:城定秀夫/原題:『ヒロ子とヒロシ』/撮影監督:創優和/助監督:小山悟/撮影助手:宮永昭典/照明助手:小松麻美/音楽:レインボーサウンド/音響効果:梅沢身知子/協力:横江宏樹・竹洞哲也・田中康文・新居あゆみ・広瀬寛巳・田中圭介、他二名/出演:荒川美姫・佐々木基子・華沢レモン・岡田智宏・サーモン鮭山・佐倉萌・柳東史・横須賀正一・なかみつせいじ)。PG誌主催によるピンク映画2007年ベストテンの、作品賞・監督賞・脚本賞・新人女優賞受賞作。岡田智宏の男優賞受賞には、今作は然程大きく寄与してはゐないか。
寿司詰めといふ程ではなく混み合ふ、昼下がりの環状線車中。女の尻に男の手が触れる、痴漢だ。それは女にとつて、意外なことだつた。
モノローグで語られる、「ヒロ子の三年前」。内向的で地味な女子高生・ヒロ子(荒川)は、通学電車で痴漢に遭ふ女(佐倉萌/電車内で乳も出す)の姿に目を丸くする。と同時に、魅力の乏しい自分が、痴漢されることなどあり得ないとも思つてゐた。ヒロ子は、休みの日にも公園にて―校庭撮影を回避する方便か―サッカーの練習に汗を流す、同級生・イケダ(岡田)に恋をする。意を決してイケダの机に恋文を託さうとしたヒロ子ではあつたが、極度の近視の上オッチョコチョイのヒロ子は、イケダの席の左隣の、女子に限らず男子生徒からも毛嫌ひされるキモオタ・イイダ(サーモン)の机にラブレターを入れてしまふ。間違はれたとはいへ、驚喜するイイダに対し気弱なヒロ子は誤解を解くことも出来ず、そのまま付き合ふ羽目に。処女も喪ひ、以降はいいやうにイイダに弄ばれる。七回目のデートでの、ラブホを舞台にしたヒロ子の初体験シーン。パンティの左脇からイイダがヒロ子の観音様に指を挿し入れるところで、荒川美姫の陰毛が零れ見えるのは、そのシークエンスでのそれはアリなのか?ここまで高校生パート、
荒川美姫のメガネがエクストリーム
。
高校卒業後、ヒロ子は憧れの上京を果たす。それはイイダから逃れる為と、自分自身を変へる為でもあつた。商品経済が提示するままのオシャレ・ライフ(笑)を満喫するヒロ子はカード地獄にはまり、何時しかピンサロ嬢に身を落とす。
上京後、哀しいまでに愚かしくもヒロ子は、新しい自分だか何だか知らないが、メガネから“悪魔の発明”コンタクトレンズへと移行する。微妙に目つきに癖、乃至は難のある
荒川美姫はメガネにしてゐた方が絶対に、圧倒的に可愛い
ことに関しては、俺は半歩たりとも退くつもりはない。間に一作挟んで二作同じ過ちを繰り返した加藤義一は、
神野太の叡智
に学ぶべきだ。
ピンサロで日に何本もの男のモノを咥へながらも、不器用なヒロ子が、結局報はれることもなく。何時しか休みの日は何をするでもなく部屋に引き篭り、部屋には嫌な匂ひが充満するやうになる。ヒロ子は、自分は腐りつつあるのではないか、さういふ想ひに囚はれる。ここでのヒロ子の生活の荒廃は、もつと容赦なく描いてゐても良かつたやうな気もするが、さういふ露悪趣味からは縁遠いのが、穏当な娯楽作家としての加藤義一の体温であるやうにも思へる。ある日通勤手段の電車に揺られながら、車窓に流れる景色に目をやるヒロ子はフと切なさを禁じ得ず、「こんな筈ぢやなかつたのにな・・・」と涙を漏らす。その時、男の手がヒロ子の尻に伸びて来たのだ。
矢張りモノローグで語られる、「ヒロシの三年前」。辣腕ビジネスマンのヒロシ(なかみつ)は、朝の通勤電車で時に見かける痴漢(被害者は矢張り佐倉萌)のことは、社会落伍者のすることだと見下してゐた。豪腕に過ぎながらも出世レースのトップを走るヒロシは女子社員の憧れの的で、英雄色を好むといはんばかりに、群がる女子社員を手当たり次第に喰ひ散らかしてゐた。けふもけふとて、部下を携帯電話で激しく叱咤しながら、ミドリ(華沢)とホテルへ向かふ。ヒロシとは大学の文芸部以来の仲になる妻・美々子(佐々木)は、そんな夫の女遊びを知りながらも、自分からは何もいひ出すことは出来なかつた。体を気遣ひ毎日はうれん草の御浸しで夫を迎へる美々子を、ヒロシは辛気臭い女だと軽んじてゐた。ところで、どうやら子供は居ないらしい夫婦ながら、冷凍庫と冷蔵庫の二室しか無い、ヒロシ宅の冷蔵庫は流石に少々小さく見える。
さうして権勢を誇るヒロシではあつたが、盛者必衰の理が現れたのか、体よく遊ばれたミドリから社内に女子社員相手の蛮行を糾弾する怪文書をバラ撒かれる。元々敵も多かつたヒロシは忽ち失墜し、閑職に追ひやられる。ヒロシはやがて会社をさぼり、環状線にグルグル揺られる日々を送るやうに。美々子との仲は一層悪化し、ヒロシに急立てられるやうに、美々子は家を出て行つた。ある日例によつてサボリ電車に揺られるヒロシは、まるで同じ場所をグルグル回つてゐるやうだ、と人生を見失ふ。その時ヒロシは、泣いてゐるやうに見えた女の背中に目を留める。引寄せられるやうに、ヒロシは女の尻に手を伸ばす。あらうことか、女は後ろ手にヒロシの男根を触れ返して来た。ヒロシは女の手に励まされるやうに感じ、女・ヒロ子は男の手に包み込まれるやうに感じた。その刹那から、ヒロ子とヒロシ、二人の行き詰まつた日々が少しづつ変り始める。
電車痴漢といふ行為を契機に、失ひかけた人生を取り戻す女と男。凡そ一般的には通らう相談でないことは元より認めた上で、敵は一般ではない映画である。元来一篇六十分のピンクに職業作家として込める良心に定評のある加藤義一は、盟友城定秀夫の決定力の感じられる丹念な脚本を得て、都合のいい物語に疑問を感じさせることもなく、誠実にエモーションを追求した良品をモノにしてみせた。とはいへ、必殺といふには少々足らず、状況を完全に制し得るには些か遠いのは。
ヒロ子はヒロシに痴漢された次の日、前の日よりも短いスカートを履き電車に乗る。その日も、ヒロシの手はヒロ子の体を求めて来た。ヒロシはヒロ子に、それから毎日痴漢するやうになる。ヒロ子はピンサロは辞め喫茶店で働き始め、ヒロシも会社を退職し、かつて志を抱いてゐた小説を再び書き始める。痴漢したされたその日から、ヒロ子とヒロシとがそれぞれ新しい日々を歩き始めるといふプロット自体はそれはそれとしなくとも素晴らしいものの、尺の都合もあるのやも知れないが、二本の線が併進するばかりの以降の展開は平板といへば平板で、一手間二手間に欠ける、ともいへる。加へてヒロシが書き上げた小説『運命の女』に関する嘘に、ただの主婦ではなく、大学時代は文芸部に所属してゐた美々子が、おいそれと騙されてみせるのも如何なものか。嘘は嘘として、その上でそれを乗り越え夫婦の絆を取り戻す困難に直面して欲しかつた。なかみつせいじと佐々木基子、役者は揃つてゐる。脚本が整備されてあれば、決して越えられぬ壁ではあるまい。締めの濡れ場での、佐々木基子が放つ官能も尋常ではない。
そもそも、ヒロ子とヒロシの過去パートはそれぞれの独白で語られる。なかみつせいじも、顔を出しての芝居に比しては
実は独白はそれ程達者ではない
やうな気もするが、基本的に舌の足らない荒川美姫のそれは、明確に逃げ場無く苦しい。世間一般に、討つて出られる水準のものではあるまい。更に、背中越しに痴漢しされるばかりで、互ひの顔を見ることすらなかつた二人が終に偶さか遭遇する感動的なラスト・ショット。千両役者なかみつせいじには勿論全く些かの遜色もないながらに、外光でも眩しかつたのか、荒川美姫の見せる表情が頗る宜しくない。傑作と手放しで絶賛するには、最終的には主演女優がどうにも至らなくはないか。呑気な放言に過ぎることも、いつても詮無いことも百も承知の上でなほのこといふが、さうしてみるならばここは実は、荒川美姫と華沢レモンの役が逆ではどうだつたであらうか?とはいへ加藤義一のことは等閑視するならば、ここで敢て易々と自身のキャリアを決してしまはない辺りが、華沢レモンの、天龍源一郎が全日を割る以前のジャンボ鶴田にも似た、余裕といつていへなくもない。
その他配役は、柳東史がヒロ子を面接するピンサロ店長、尺八の模擬として咥へさせた人差し指と中指を、チリ紙で拭く前に舐(ねぶ)る小業を見せる。横須賀正一は、失墜し失意のヒロシの前を、ミドリと仲睦まじく歩く若手社員。協力勢は電車乗客と、ピンで抜かれ台詞もあるピンサロにてヒロ子に尺八を吹かれる客。観てゐてその人と知れたのは、佐倉萌以外に唯一の女性乗客の新居あゆみと、ヒロコ・ミーツ・ヒロシの翌日、ヒロシの左隣でスポーツ紙に目を落とす田中康文と、更にその左の広瀬寛巳のみ。痴漢電車といふと、どうも乗客に亜希いずみの姿が見切れてゐないと物足りないのは、私の気の迷ひに違ひない。
後ひとつ付け加へると、不用意にずれるやうに動いてみたり、数箇所でピントが呆けるカメラが気になつた。
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