真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「濡れた愛情 ふしだらに暖めて」(2019/制作:ラブパンク/提供:オーピー映画/監督:髙原秀和/脚本:宍戸英紀・髙原秀和/撮影監督:下山天・田宮健彦/音楽:野島健太郎/録音:竹本未礼/助監督:江尻大・小関裕次郎・島崎真人/撮影助手:高嶋正人/整音:野島健太郎/編集:高原秀和/スチール:本田あきら/仕上げ:東映ラボ・テック/協力:末永賢・国沢実・永元絵里子・村上典子・五十嵐理/出演:小倉由菜・並木塔子・那波隆史・涼南佳奈・吉田憲明・山田奈保・櫻井拓也・稲田錠・金田敬・山岡竜生・泉正太郎・山本宗介・可児正光・下元史朗)。出演者中金田敬は、本篇クレジットのみ。確かに監督がついてゐるのを確認したが、撮影監督が二人ゐるといふのも斬新なクレジットではある。
 物騒か、ある意味判り易く金属バットをカラカラ引き摺り歩く小倉由菜と、それをポカンと見やる並木塔子。今カノの芦田チカ(山田)と連れ立つミュージシャンの元カレ・富樫広夢(吉田)を、家出少女発風俗嬢経由、目下は大絶賛無職の松崎いつか(小倉)が襲撃。凶悪にも「夢をブッ壊す!」だなどと、いつかはギターを弾く富樫の指を金属バットで殴打しつつ、チカが持ち歩く、スタンガンにあつさり返り討たれる。一時的に活動の停止したいつかを、月島佐知子(並木)は間柄が不明の片桐真一(那波)と営むスナック(屋号不詳、ムーンライト?)に担ぎ込む。その日は佐知子が昼のランチ営業を見据ゑ、開発中のカレーを振舞はれ辞したいつかは、中略した後日出し抜けにスナックを再訪。ランチを始めた店でアルバイトしながら、元小学校教諭の佐知子に勉強を教はり高校卒業の資格を目指す格好になる。とこ、ろで。正直顔つきから他の女優部とは地力の違ひを感じさせる山田奈保が、那波隆史と同じ芸能事務所「ストレイドッグ」所属。直截にいふと無論、那波隆史よりも余程上手い。
 出演者残り、役作りなのか何なのか別人のやうにモサーッとした涼南佳奈は、いつかと同居する風俗嬢・倉持ひな。といふかいつかが収入がない以上、事実上の居候か。国沢実2013年第二作、「女警備員 まさぐり巡回」(脚本:内藤忠司/主演:織田真子)以来となる下元史朗は佐知子の叔父で、仮称「ムーンライト」のオーナー・春一郎。髪も薄くなりパッと見のお爺ちやん化は否み難いものの、ここぞといふキメ処での声の張りは未だ衰へず。櫻井拓也は見てるだけのいつかも交へた、教師と生徒プレイに興じるひなの客。つけられた劇中呼称がアナル先生、酷え(笑。柴原光ピンク第三作にして映画通算最終第六作「若菜瀬菜 恥ぢらひの性」(1999/監督:柴原光/脚本:沢木毅彦/主演:若菜瀬菜)、盛大か壮絶にやらかした髙原秀和前作「トーキョー情歌 ふるへる乳首」(2018/うかみ綾乃と共同脚本/主演:榎本美咲)に続く、ピンク三戦目となる稲田錠(G.D.FLICKERS/Vo.)はランチ初日、最初に来店する客・川谷建一、金田敬が二人組の連れ。。春一郎に対して、“社長”と気軽に呼びかける懇意の知人。SNSに上げる写真をテレッテレ撮影したりだとか、ロックでもなく、もとい碌でもなくどうでもいいシークエンスに茶を濁す。恐らく協力の五人は繁盛するカレー部、どう見ても、その数倍の頭数が最盛期には見切れる。山岡竜生と泉正太郎は、既に結構酔つた状態で夜のスナックに現れる佐藤と田中、強制連結要員。山本宗介と可児正光は、チカに乞はれか雇はれ自宅にいつかを急襲する、ほぼ黒尽くめのウェーイ・アキラとコウジ。端役で使ひ流される、山宗を観るたび胸が痛む。ここいらで誰か本腰入れて、決定力のある代表作を撮つて貰へないものか。
 猫を被つた電撃上陸作「フェチづくし 痴情の虜」(2018/原作:坂井希久子/主演:榎本美咲・涼南佳奈)、稲田錠のフィルモグラフィーに関して触れた「トーキョー情歌」を経ての、髙原秀和大蔵第三作。髙原秀和が2019年ピンクは今作きりに止(とど)まる一方、キング・レコードの今後存続するのかは謎なR15+レーベル「Erotica Queen」には二本喰ひ込み、今年も依然オーピーに継戦する模様。
 拠り所のない若い娘が、妙にカインドな飲食店に転がり込む。さう聞くと如何にも「スナックあけみ」的な人情譚かと思ひきや、どうしても読めなかつた並木塔子の配役が、妊娠してゐた息子のダイスケを交通事故で喪つたのち、片桐と八年ぶりに復縁した元嫁といふ設定に度肝を抜かれた「制服美少女 先生あたしを抱いて」(2004/主演:蒼井そら)驚愕の続篇。春一郎は当然月島家が総スカンで反対する中、佐知子唯一の味方といふポジション。そんな昔の映画知らんがなといふ方に向け簡単に掻い摘んでおくと、当時高校教諭の片桐が出産を控へた妻―全く登場せず―が実家に帰つてゐる隙に同僚と不倫した挙句、関係を持つた女生徒を自身が運転する車から不慮の事故で死なせておいて、そのまゝ放置するのが「先生あたしを抱いて」のどうしやうもないラスト。
 「スナックあけみ」スーパーライトに関しては、前回の大概なマイナスがゼロに復旧する程度には、腹も立てずに観てゐられる。別に、面白いとは一言もいつてゐない。ところが後半、発熱といふ形で佐知子が一旦退場。片桐が前面に躍り出て来るや、途端に十年どころか十五年一日の自堕落さが爆裂してのけるのには、最早逆の意味での髙原秀和と那波隆史の鋼鉄よりも硬い相性に最早観念するか匙を投げるほかない。徒に内向し、猥らに堂々巡り、力なく燻る。髙原秀和の大蔵三作全てに参加してゐるゆゑ近しく映るのは似た者同士なのか、国沢実に劣るとも勝らず酷い。ついでにさうなると余計に際立つのが、ライブハウスから連れて来た飛び道具が仲野茂から稲田錠へと激しくスケールを落としてゐる分、ただでさへな映画総体の絶望感に、明後日か一昨日な見所をも欠いた、粒の小ささが火に油を注ぐ。濡れ場よりも素の表情の方が魅力的な主演女優を擁し、裸映画的な訴求力も然程ですらなく高くはない。何某か言ひ分なり企図するところも―下手に―あるのであらうが、カットを煩雑に割つてみたり不用意に暗く撮つてみたり、かと思へば今度は思ひきりオーソドックスに攻めてもみたり。絡みの演出自体、逐一安定しない。せめて潔くか鮮やかにでも、死ねばいいのに出奔した片桐が土方として生きさらばへるのは百歩譲つて兎も角、改めて片桐の子を宿した佐知子が、またしても片桐を寝取られたいつかと、カレーを振舞ひ勉強する、相変らずな日常を仲良く送るのが完全に意味不明。そもそも、片桐の如き全方位的に一欠片の魅力も感じられないクソ以下のゴミ男が、何故に斯くもモテるのかが全く以て判らない、ファンタジーならばそれらしく描け。わざわざ紀伊国屋の紙カバーもつけたまゝ、いつかが何度も愛読―その割には卸したての如く綺麗―するのがこの期に『星の王子さま』といふのも、全体何がいひたいのよ。結局十五年髙原秀和が一ミリも進歩しなかつた着地点が、「先生あたしを抱いて」から後生大事に引つ張つて来た“あるもんしかない”。“あるもんしかない”といふよりも、“ねえもんはねえよ”といふ印象がより強い、貧しい映画である。


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 「絶倫ギャル やる気ムンムン」(昭和60/製作:獅子プロダクション/提供:にっかつ/監督:滝田洋二郎/脚本:高木功/企画:奥村幸士/撮影:志賀葉一/照明:吉角荘介/編集:酒井正次/助監督:佐藤寿保/監督助手:上野勝仁・末田健/撮影助手:片山浩・鍋島淳裕/照明助手:尾畑弘昌/スチール:津田一郎/録音:銀座サウンド/現像:東映化学/出演:滝川真子・橋本杏子・彰佳響子・夏樹かずみ・原みゆき・外波山文明・池島ゆたか・島田隆太・豊田一也・周知安・幡寿一・田宮良一・津田次郎・丸末虎男・螢雪次朗・堺勝朗)。出演者中、彰佳響子がポスターには秋吉響子で、島田隆太は嶋田隆太。豊田一也から丸末虎男までと、何故か堺勝朗が本篇クレジットのみ。打者の手元で動く変化球が如く、彰佳響子(a.k.a.あきよし杏子)が絶妙に不安定。提供のにっかつは、実際にはエクセス。
 トラペスト教会のポワロ司祭(螢)が「ハイ」とおどけるやうにタクトを振り、少年少女ならぬ、修道女合唱団。面子は手前から、セーコ(彰佳)・フミエ(橋本)・固有名詞不詳の夏樹かずみに、リーダー格のマコ(滝川)。ポワロが楽譜を捲ると右側の頁にヌード写真が挿んであるにも関らず、正面に回つた鼻の下を伸ばすカットだと画面向かつて矢張り右側、即ち逆方向を凝視してゐるのは、それは目線に問題はないのか。兎も角、ドジなフミエは皿を落として割つてみたりする、教会の日常にクレジット起動。脚立に上り拭き掃除するマコの、チラ見せどころでなくガン見えのパンティに垂涎するポワロが、気づいたマコに怒られてタイトル・イン。マコが両手をバッテンに大きく交差すると、ポワロに水が降つて来るアバンのオチに時代が感じられる。亡父共々、俺は頑強にドリフ派だつたんだけど。
 深夜の聖堂、フミエが講壇に潜り込んでセブンスターを吸つてゐたところ、見るから夜逃げ風情のポワロが現れる。その場に続けてマコが、単調に左右(ひだりみぎ)往復するカメラがコントかよ。ちよつと話があるとか称して、ポワロはマコに抱きつく。イエス様も年に一度クリスマスにはなさるだなどと、七夕感覚の斬新な破戒にマコもマコでコロッと納得、二人は大絶賛和姦に突入。起動せよ、浜野佐知のレイジ。さて措きアテられたフミエがワンマンショーをオッ始める、ある意味綺麗な流れまではいいものの、煙草の不始末で徳用マッチが発火。足に火が点いた弾みで対面座位が倒れたポワロが、後頭部を強打し即死、戯画的なコンボが堪らない。一同がひとまづ荘厳にポワロの葬儀を執り行つてゐると、金貸しの銭蔵(池島)が乗り込んで来る。ポワロが教会を担保に、三千万借りてゐたといふのだ。期限は三日後のクリスマス、全員孤児院出身の要は世間知らずながら、四人は一週間で世界、もとい三日で三千万を作るべくとりあへず東京に聖書を売りに行く。
 配役残り豊田一也から丸末虎男までの概ねエキストラ部が、基本引いた画が多く特定不能。そもそも、登場順に坊主×乞食×ショーパブ「スター85」のキャッチ×その他キャバ客二人×刑事と鑑識に、山西道広ぽいサンタ泥。明確に見切れる者を数へて行くと、二つ足らない頭数―キャバ客が演出部の可能性は高い―も合はないが。それと、周知安・幡寿一がそれぞれ片岡修二・佐藤寿保は周知として、津田次郎といふのは津田一郎の変名か。だとしたら、もしかすると津田次郎は鑑識かも。島田隆太はセーコに声をかける、ソープを三軒経営する女衒。堂々のトメに座りつつ、ポスターに名前が載らない意味が判らない堺勝朗は、ラーメン屋にてマコを見初める、財界の大物・ヒラシマニヘイ、三千万をおいそれと用意出来る御仁。外波山文明は、ヒラシマ殺害事件の捜査を指揮する係長。原みゆきは銭蔵金融の事務員、兼情婦。
 翌年には「コミック雑誌なんかいらない!」を発表したのち量産型裸映画から足を洗ふ、滝田洋二郎の昭和60年最終第六作。買取系ロマポ全七作の、第四作に当たる。結局ポワロの野郎が何に散財しやがつたのかも明らかにされないまゝ、四人のシスターが教会の存続を賭けて立ち上がる奮闘記。と掻い摘めばど定番の物語に思へなくもないものの、全体のトーンがどうにも一貫しない。ニッコリ笑つた滝川真子が太股まで露に修道服の裾を捲り、“修道院をピンクジャック!!”なる痛快な惹句も踊るポスターはありがちかお気楽な艶笑譚を予想させる割に、高木功の脚本は終盤不用意なサスペンスにスイング。マコ当人とイエス様以外にもう一人、の件はサマになるにせよ、サンタの靴の色に関しては如何せん細部を穿つに過ぎる。藪蛇に「砂の器」ばりの哀切を叩き込む、フミエが何処へと知れず湖畔を去るショットも、流石に木に接いだ藪から棒、きちんと木に木を接いでんぢやねえか。何より裸映画的に致命傷なのが、銭蔵に凌辱されたフミエの姿に胸を痛めた、カズミ(仮名)が色仕掛けで銭蔵金融を急襲する件。どさくさに紛れてカズミが腹に入れた、即ち消滅した借用書にその後触れないでは、夏樹かずみの濡れ場が殆ど単なるノルマごなしに堕してしまふ。五本柱が全員本格的に脱いで絡む、女の裸的にはその限りに於いては十全ともいへ、いつそ徹底してスチャラカ攻めて呉れた方がまだしもな、ちぐはぐな一作ではある。


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 「タイム・アバンチュール 絶頂5秒前」(昭和61/製作・配給:株式会社にっかつ/監督:滝田洋二郎/脚本:高木功/プロデューサー:沖野晴久/企画:作田貴志・吉田格/音楽:藤野浩一/撮影:志賀葉一/照明:田島武志/録音:佐藤富士男/美術:川船夏夫/編集:山田真司/選曲:細井正次/効果:東洋音響/助監督:石田和彦/監督助手:後藤大輔・北川篤也/撮影助手:小川洋一・猪本雅三・中川克也/移動効果:南好哲/照明助手:高柳清一・額田賢一・本橋義一・松島五也・重田全史/録音助手:岩倉雅之/編集助手:渡瀬泰英・土井由美子/装飾:小泉武久・土屋栄次・工藤聡代《日本映像装飾》/衣裳:山田有美《東京衣裳》/結髪:山根末美《山田かつら》/記録:坂本希代子/スチール:野上哲夫/刺青:霞涼二/現像:IMAGICA/製作担当:田中亨/製作進行:近藤伸一/プロデューサー補:両沢和幸/出演:田中こずえ・杉田かおり・若菜忍《86'コンテスト1位》・木築沙絵子・野上祐二・佐藤恒治・荒木太郎・ジミー土田・渡辺一平・池島ゆたか・上田耕一・螢雪次朗)。
 女の左手薬指に、男が指輪を通す。何処ぞの商事会社人事課に勤務する田中悦子(田中)に、課長の小宮真一(野上)が求婚。悦子は脊髄で折り返して受諾、見詰め合ふ二人にサクッとタイトル・イン。本篇突入は婚前交渉、画面のルックが正直ピンクとは違ふのと、たをやかな主演女優の肢体に穏やかなエモーションが爆裂する。完遂したのち、枕元のラジオが臨時ニュースを喋りだす、声の主には辿り着けず。内容がまさかのジャストその時間に起こる悦子の失恋で、お相手も小宮。豆鉄砲を被弾した当事者二人がぺちぺちラジオを叩いてゐると、目覚ましが鳴る豪ッ快な夢オチ。チェルノブイリ型のロシア風邪―あんまりだろ、昭和―をひいた悦子がやんぼり出社してゐると、経理課の仲良し・田島直子(杉田)が悦子から借りてゐた『タイムマシン』(まあウェルズだろ)を返す。片思ひの小宮を見つけた悦子は、偶さか元気に。池島ゆたかが先に帰り、お目当ての小宮と二人きりの残業に漕ぎついたと悦子が小躍りしかけたのも束の間、小宮も矢継ぎ早に帰る。肩を落とし退社しようとした悦子は、物音に覗いてみた人事課で、あらうことか小宮と直子がキスしてゐるのを目撃する。
 さてここで、轟然と火を噴く弟弟子・渡邊元嗣―当時は渡辺元嗣名義―ばりの超風呂敷。傷心のワンマンショーに狂ふ悦子と、2001kHzに合はせられたラジオが共振。悦子は全裸のまゝ愛猫のマイケルも一緒に、第二次関東大震災で荒廃した2001年の東京にタイムスリップする。配役残り螢雪次朗は、刑事あがりの私立探偵・岡野。謎のマッドマックス的なオフ車の鎧武者に追はれた悦子が、エンコした岡野のビートルに逃げ込む形でミーツする。佐藤恒治が幼少期父親に彫つて貰つた刺青男・ヨウイチで、木築沙絵子が箍の外れたカチューシャがトレードマークのヨウイチ彼女。ヨウイチとヨウイチ彼女にもう若干名、昭和61年時の子役部も登場する。川奈忍のアナグラムみたいな若菜忍は、岡野の息子でタイムマシンを研究するタケル(荒木)の彼女・さやか。上田耕一は、仕事と称して探偵事務所に泊り込み、助手として雇つた悦子との生活を始めた岡野を訝しんだ、細君(田中こずえの二役)に雇はれた興信所の逆探偵。大問題が、競泳選手が邪魔で手も足も出ない渡辺一平はこの際さて措くにせよ、あのジミー土田が何処に出てゐるのかが全く以てサッパリ一欠片たりとて判らない。あんなに特徴しかないやうな人であるにも関らず、臭さうな箇所を再度見直してみても矢張り見当たらない。声を発すれば勿論、少々のロングでも、足の短さでその人と知れさうなものなのに。
 杉田かおりのオッパイに惹かれて喰ひついた滝田洋二郎昭和61年第五作―第一作が「コミック雑誌なんかいらない!」―は、買取系六本を経ての初本隊ロマポにして、滝田洋二郎にとつて最後の量産型裸映画。ところがこれが、直截にいふと弾け損なつたナベ並の惨憺たる出来。昭和61年パートこそロマポらしい厚みのある画を見せるものの、俳優部にトンチキな扮装をさせるのが関の山で、2001年近未来の描写に関しては根本的なセンスの有無を疑ひたくなるほどの大も通り越したクッソ惨敗。岡野が悦子と普通に出会ひを果たす、双方向にそもそもな不自然。ここで双方向といふのは、心身ともすつかり別人の嫁役を、女優部で別立てしないでは展開が画的にどうにもかうにも成立しない。それ以前に2001年が、だから成り立つてゐないのだけれど。悦子を1986に帰さなくてはならない必然性も兎も角、藪蛇な悦子の懐妊兆候。そしてヨウイチも悦子ともに昭和61年に戻すに至つては、何の意味があるのか皆目見当もつかないのに加へ、ついでに悦子とヨウイチの周波数が同じとなると、タケルがユリイカした時間転位理論自体も前提が怪しくなる始末。土台タケル自体が、大概な機械仕掛けの神様。面白くない詰まらないどころか、ツッコミ処か疑問点ばかりで、満足に物語が頭に入つてすら来ない。つい、でに。くさめがタケルが悦子のタイムトラベルを認識する契機としてはまだしも、悦子と髭岡野の小屋に於ける思はぬリユニオンは、あれそんなにロマンチックか?挙句精々上田耕一が戯画的な顔面の濃さで気を吐く程度で、本隊作の割に、コミタマ×サブ×影英―小見山玉樹と庄司三郎に影山英俊―らロマポが誇る曲者揃ひの芳醇な脇役部さへ不発。
 寧ろこの際、素の劇映画なんぞ捨ててしまへ。形大きさともに超絶の絶対巨乳でエターナルを撃ち抜く杉田かおりに、田中こずえが勝るとも劣らない。オッパイ以外は全体的にシュッと締まつた杉田かおりに対し、より女性的な柔らかみに溢れなほかつタッパにも恵まれたプロポーションに、素晴らしいと美しいといふ以外の言葉は要るまい。絶頂の弾みで2001年に飛んだ悦子が意識を取り戻すのは、「桃色身体検査」(昭和60/主演:滝川真子)でも見覚えのある多分環状通路を走る、ブルペンカーみたいな遺体ストレッチャー、に載せられた仏の上。シーツをヒッ掴んだ悦子が小脇にマイケルを抱いて、ストレッチャーからひらりと飛び降りるムーブは琴線を激弾きする神々しいまでに麗しい奇跡の名カット。さうも、いへ。ビリング頭二人がもたらす至極の眼福にたゆたふだけならば、枝葉の繁雑な七十六分は如何せん長過ぎる。截然と開き直つた、女の裸しかない六十分の方がまだマシだ。逆から、あるいは雑にいへば。斯様に漫然としたファンタ、ナベでも滝田洋二郎を超える目は決してなくはない。滝田滝田と有難がる御仁に、改めて冷静に見て欲しい一作。といふか、まゝよハッキリいふたろか。あのな、今作をナベの映画ぢやいふて見せたら、こんなら普通に腐すぢやろ。

 オーラスは公園的なロケーション、飯の食ひ方で他愛なく喧嘩する悦子と岡野から、グーッと引いたカメラが軽く回り込むとそれを遠目に見守る老いた悦子と岡野が現れ、接吻するのがラスト・ショット。締めは洒落てゐるといふのと、一見時空を歪めるカメラワークについては劇中スチールを差し挿むタイミングで、実はどうとでもなる。


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 「痴漢電車 あと奥まで1cm」(昭和60/製作・配給:新東宝映画/監督:滝田洋二郎/脚本:片岡修二/撮影:志賀葉一/照明:森久保雪一/編集:酒井正次/出演:真堂ありさ・彰佳響子・橘美枝子・螢雪次郎・ルパン鈴木)。出演者中、螢雪次郎がVHSジャケには蛍雪次郎、最早どうでもいいけど。
 カーブを曲がる電車にピントがおぼろげに合つて、ビデオ題「痴漢電車 盗み撮り上から下から」でのタイトル・イン。俳優部は五人で打ち止め、スタッフも滝田洋二郎と志賀葉一(a.k.a.清水正二)のみの、凄惨なビデオ版クレジットに絶望する。この期にいふても詮ない話でしかなからうが、かういふのホント勘弁して欲しい。電車の車内、谷岡ヤスジの大著『ギャグトピア』を刳り貫きカメラを仕込んだ、詰襟の螢雪次朗がスカートの中を盗撮して回る。セーラー服の真堂ありさには痴漢するのが、在りし日の回想なのかはたまたさうでない別の何某かなのか。一欠片のディスクリプションもなく、何気に開巻から清々しく煙に巻いてのける。
 NHKの建物を一拍挿んで、各々車に向かふ、中森明菜と近藤真彦を模してゐる節ならば酌めなくもないものの、似てゐる訳でも一切全く全ッ然ないともに苗字不詳の明菜(橘)と真彦(高野則彦?)に、芸能記者の皆さんが群がる。明菜・真彦と三人で抜かれる、明菜のマネージャーは不明。真彦と明菜が逢瀬の約束を交す自動車電話を、写真週刊誌『ファーカス』誌記者の浅井慎平、もとい深井新兵(螢)が大雑把にもガンマイクで盗聴。真彦が森の偽名で取つたロイヤルホテルに忍び込んだ深井は、事後仲良くか上手いこと股をだらしなく開いた、二人の写真を素破抜く。
 配役残り、「何だこれは!」の第一声で勢ひよく飛び込んで来る外波山文明は、『ファーカス』と鎬を削る『フレイデー』誌の編集長。真堂ありさが、スクープの火種を嗅ぎつけられないのなら、作ればいゝと華麗に開き直る江藤倫子。深町章と片岡修二の映画以外で、江藤倫子を見るのは初めて。編集部にはほかに周知安(a.k.a.片岡修二)と若き日の渡辺元嗣に、倫子の―直後に後述する―満潮攻略戦に同行するカメラマン(も不明)が賑やかす。螢雪次朗の盟友・ルパン鈴木は、大体林家三平(当然初代)的な人気落語家・珍宝亭満潮、弟子の小満は矢張り不明。池島ゆたかは、国会にプライバシー侵害問題対策委員会の設置を提案する、民自党代議士・辛沢彦左衛門。多分、この人にモデルは特にゐないぽい。辛沢邸の門番をする際は銃を携行する、秘書は笠松夢路(a.k.a.笠井雅裕)、治外法権か。彰佳響子は邪魔臭いパパラッチを抑え込むべく、辛沢に金と体で陳情する芸能プロダクションの人。
 滝田洋二郎昭和60年第五作は、計十一本撮つた痴漢電車の最終作。最初の「痴漢電車 もつと続けて」(昭和57)から、九作連続で高木功が脚本を担当。但し「黒田一平シリーズ」第一作の「痴漢電車 ルミ子のお尻」(昭和58)と、痴漢電車二作前「痴漢電車 聖子のお尻」(昭和60/主演:竹村祐佳)は片岡修二との共同脚本。痴漢電車前作の「痴漢電車 車内で一発」(同/主演:星野マリ)と今作が、片岡修二の脚本となつてゐる。
 ライバル同士互ひに一目置く浅井と倫子が、犯罪行為どころか肉弾の捏造をも駆使して醜聞砲を撃ち合ふ一騒動。マッチと明菜に、死後五年経つとはいへ三平ともなると、当時的にはそれだけで今となつてはとうに失して久しい、鮮度を有してゐたのかも知れないにせよ。脚本が高木功でなく片岡修二につき、名物の案外本格推理トリックを展開するでなく、倫子の遣り口は、要は色仕掛けの一点張り。滝田滝田とワーキャー騒ぐほどには平板な印象も否めず、寧ろあの手この手で笠松夢路を突破しようとする、辛沢邸正門攻防戦のいはば繋ぎのネタに、流石の地力が窺へもする。何より、もしくは兎にも角にも。どうしやうもなく頂けないのは、有名人がおいそれと在来線になんぞ乗りはしない以上、最初と最後に正しく取つてつけるばかりで、物語本体に掠りもしない痴漢電車。冠のためだけの電車痴漢に、わざわざ豪快な実車輌ゲリラ撮影なんてやめてしまへ。一手間伏線をさりげなく蒔いてゐたりもする、ミイラ取りがミイラになる、のを通り越してミイラにされるオチはそれなりに効きつつ、やり貝を持ち出すぞんざいなオーラスが、改めて癪に障る。単なる面白くない詰まらないから、更に一歩後退した一作である。

 付記< 地元駅前ロマンに来たのをこれ幸ひと、クレジットを一回観た限りで洗ひ直して来た 「痴漢電車 あと奥まで1cm」(昭和60/製作・配給:新東宝映画/監督:滝田洋二郎/脚本:片岡修二/製作:伊能龍/撮影:志賀葉一/照明:森久保雪一/編集:酒井正次/助監督:笠井雅裕/監督助手:上野勝仁/撮影助手:片山浩/照明助手:藤井稔恭/現像:東映化学/録音:銀座サウンド/出演:真堂ありさ・彰佳響子・山本恵美・橘美枝子・池島ゆたか・ルパン鈴木、他二名・外波山文明・螢雪次郎)製作の竜でなく伊能龍は、本篇クレジットまゝ


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 「痴漢電車 けい子のヒップ」(昭和58/製作:獅子プロダクション/配給:新東宝映画/監督:滝田洋二郎/脚本:高木功/撮影:志賀葉一/照明:守田芳彦/編集:酒井正次/出演:風かおる・竹村祐佳・風見玲香・蛍雪次郎・久保新二)。出演者中、風見玲香がVHSジャケには全然別人の国見玲香で、蛍雪次郎は螢雪次郎。無論、本来螢雪次朗につき、何が何でも、是が非とも間違はうとする新東宝―ビデオ―鉄の意思を窺はせる。
 当然の如く実車輌、ナベも見切れる乗客部を若干名舐めた先で、私立探偵・黒田一平(蛍)が助手といふか事実上内縁の妻・竹村浜子(竹村)に電車痴漢。黒田が浜子に確認したその日の暦は、大安吉日。博打日和ぢやなうと、黒田は浜子の陰毛を御守に、非処女だけど。浜子の「頑張つてね」に合はせて痴漢電車のテーマ―正式な曲名は知らん―大起動、ビデオ題の「痴漢電車 前略下着の中から」でタイトル・イン。スタッフは高木功と志賀葉一に、最後の滝田洋二郎。俳優部も五人のみの、超簡略を爆裂させるビデオ版クレジットに悶絶する。照明の守田芳彦と編集の酒井正次は、jmdbから拾つて来た。渡辺元嗣も絶対に参加してゐる筈だが、助監督と監督助手の何れか特定出来ない。
 黒田が向かつた先は、休業中―といふ設定―の銭湯で開かれてゐる賭場を、如何にして空から抜けるのかが画期的に不可思議なロケーション。久保チンが代貸の須藤で、早くもオケラの黒田が、蚊帳の外的にションボリ風呂に浸かる。そこを目出し帽で顔を隠した、jmdbには記載のある伊達邦彦?(如何にも変名臭いが)が急襲。拳銃を計三発発砲、一千万を強奪したまではよかつたものの、大人の遊び場をウロウロするガキに目出しを取られた男の正体は、須藤が面倒を見る、八丈島出身のチンピラ・小港か小湊昌三。一同の追跡を振り切り昌三が飛び乗つた車を、運転するのは同郷の貝原か海原けい子(風)。昌三が須藤に顔を見られたことを知つた、けい子は顔色を変へる。
 勝利の美酒に酔ふ連れ込み、客が自撮りを楽しむ形でカメラが回る中、けい子は面の割れた昌三を頑丈なネックレスで絞殺。蛇の道は蛇でビデオを押さへた須藤の依頼といふよりは恫喝に従ひ、黒田は昌三を殺害し金を一人占めにした女を、パイパンを唯一の手懸りに例によつて電車痴漢を通して捜し始める。配役残り風見玲香は、トルコ風呂「ブロードウェイ」に在籍するけい子の同僚。乗客と賭場要員に結構な頭数見切れるものの、メイン五人―と昌三―以外に、これといふほどの役は見当たらない。
 滝田洋二郎昭和58年第二作は、「百恵のお尻」(脚本は全て高木功/主演:山内百恵)と「下着検札」(主演:風かおる)の間に「連続暴姦」(主演:織本かおる)挿み、「ちんちん発車」(主演:竹村祐佳)で―痴漢電車の―連続全五作に綺麗に幕を引いた、「黒田一平シリーズ」の第二作。第一作「痴漢電車 ルミ子のお尻」(は片岡修二との共脚)だけが、ex.DMMでも見られない。
 昌三と致す事前シャワーを浴びながらの、四分弱費やすにしては、何故完遂させないのか根本的に解せないけい子のワンマンショーと、地味に手堅い三番手の起用法が何気に煌めく、客を装つた黒田の質問に答へ、風見玲香が爆乳をブルンブルンさせながらけい子に関する外堀を諸々埋めるブロードウェイ戦。風かおると風見玲香が誇る四山のオッパイを丹念に堪能させつつ、負けじと竹村祐佳も適宜自由奔放に飛び回る。裸映画としての充実は感じさせる割に、黒田がパイパンの女を捜す以上の物語は、何時まで経つても起動しない。まゝに、昌三に続きけい子まで、「にし・・・」のダイイング・メッセージを遺し絶命。漸く探偵譚らしくなるのが、四十分も跨いだ尺の終盤。糸口たるライターが流石にさりげなさ過ぎる謎解きは、最大の鍵を担ふ“にし”がそもそも、八丈方言ではなく房州弁。渡船場での、トランクをすり替へるカットなどは素敵に洒落てゐるにせよ、一千万番傘が雨がやんだからと無造作に放り捨てられるオチまで、最終的には雑な仕上りの一作。滝田洋二郎と高木功のコンビであるからといつて、百発百中に傑作が出揃ふ訳がない、といふ至極当たり前の事象の証左ともいへよう。渡船場に流れる、迷子になつたわたなべもとつぐクンのお母さんを呼び出すアナウンスが、枝葉に大輪を咲き誇らせる。第二報の「もとつぐクンが泣いてをりますので」には、Wキー乱打の果てしなく拡がる大草原不可避。ナベ、泣かないで(笑


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 「熟れどき妻 欲しがる下半身」(2004『四十路熟女妻 立たせます』の2019年旧作改題版/製作:フィルム・ハウス/提供:Xces Film/監督:大門通/脚本:有馬仟世/企画:稲山悌二/プロデューサー:伍代俊介/撮影:鏡早智/照明:中田桜/録音:シネキャビン/編集:フィルムクラフト/助監督:小泉剛/監督助手:山中雄作/撮影助手:橋本彩子/照明助手:池田直矢/スチール:阿部真也/小道具協力:アウトローカンパニー/スタジオ協力:カプリ/タイトル:高橋タイトル/現像:東映ラボ・テック/出演:瀬戸恵子・北川明花・坂入正三・柳の内たくま・柳東史)。出演者中柳の内たくまが、ポスターには柳之内たくま。柳の内名義をほかで目にした覚えもなく、寧ろクレジットの誤植ではないかと思はれる。
 タイトル開巻、住宅地の画を噛ませて、珍しく属性が等閑視される未亡人の如月静香(瀬戸)が、交際相手の山川幸雄(坂入)を自宅に連れ込んでの逢瀬の真最中。ズンチャカ走る劇伴も軽やかに、瀬戸恵子と坂入正三による濡れ場が面白可笑しさ含めてなほ、どエロく見せるのは何気な豊潤。鏡早智のカメラも、割とライブに動く。そこに女子高生の娘・有佳(北川)帰宅、居間のドアを開けた娘と目を合はせてゐながら、静香の腰が一戦を完遂するまで止まらないのは、たとへば女の業といつた高尚な代物などではなく、単なるポップな好色以外のなにものでもない晴れやかな即物性が清々しい。ショックを受け踵を返した有佳に、駅前のロータリーで何処そこ大学の法学部に通ふ宮下辰彦(柳の内)が声をかける。飯でもといひつつ、カット尻も乾かぬ内にほいほい自宅アパート―室内は如月家と同じハウススタジオの一部屋―について来た有佳を、文字通り敷居を跨ぐなり、豹変した宮下は犯す。犯されたら犯されたで、犯されてゐるのに有佳も何時しかアンアン大絶賛和姦に突入。浜野佐知紅蓮の憤怒に、全て焼き払はれてしまへばいい。兎も角事後、家に男を、選りにも選つて坂入正三を連れ込む静香を懲らしめてやらうと二人は意気投合。宮下が脊髄で折り返して思ひついた、有佳が自転車で衝突した老婆に対する示談金なる、アタシアタシ詐欺もとい狂言を敢行。どれだけ狭い町なのか、いはれた十万円を振り込み東京三菱から出て来た静香―と山川―は、みずほで金を下す宮下と有佳を目撃。山川の忠告で性急には動かず、一旦山川知人の探偵に、宮下の素性を調べさせてみることにする。裸映画に物語如き不要だとまではギリギリ紙一重首の皮一枚いはない瀬戸際で、反応反射音速高速、新田栄よりも速く、サックサク電光石火で進行する展開が心地よすぎて勃起する。
 配役残り、チョビ髭と顎鬚で如何にも胡散臭く武装した柳東史が、件の山川が連れて来た探偵・野呂康平。探偵とは、いふものの。個別に接触した有佳と静香を、底の抜けた方便で何のかんのと、あるいは何が何だかな勢ひで言ひ包め手篭めにする、桃色かつ愉快な飛び道具的怪人物。有佳が物心つく前に死去した設定の静香亡夫は、遺影すらスルーされる。
 ex.DMMにも入つてゐない2004年作で、今回小屋にて目出度く大門通コンプリート。三作目にして浅尾政行時代唯一のロマポ、「花と蛇 究極縄調教」(昭和62/脚本:片岡修二/主演:速水舞)は普通に月額ピンク映画chにも入つてゐるゆゑ、その内時間が出来たら見ておかう。
 反発を露にする有佳との関係を、思ひ悩む静香が溜息つくのも風呂の中。ぬかりない裸映画は序盤で母娘の対立軸をそれぞれの男込みで構築し、中盤は柳東史が出鱈目に暴れ倒すか喰ひ散らかした末に、ヤルだけヤッて潔く―実際に―ピューッと退場。いい感じに残り尺も整へた上で、終盤は将を射んと欲すれば先づ馬を射よとばかりに、説得させた有佳を懐柔するべく、静香が宮下を籠絡する神展開。静香の据膳に宮下が呑む生唾は、所詮クリシェに過ぎなくとも緻密に計算。流石に有佳×山川の母娘スワップには、羽目を外しはしない的確な匙加減。一見ハッチャメチャなりへべれけに見せて、案外完璧。しかもビリング頭が瀬戸恵子となると、固有名詞を公開題に冠し得る訳でもない女優部二枚看板といふ、実はタイトなプロダクションの不足も、然程でなく感じさせない。六十分とはいへ始終をポカリを飲むかの如くスイッスイ観させて、後に何にも残さないのは、却つて優れた娯楽映画の条件といへるのではなからうか。記録に残らず、記憶にも残らない名画。実は大門通か勝利一が、誰も気づかないところでコソッとピンクを完成させてゐたやうな気がする疑念は、この期に及んで改めて拭へない。
 一点断じて通り過ぎては済まされないのが、静香と山川のミーツ。リストラされた挙句妻子にも逃げられた山川は、公園で首を括らうとする。その場に居合はせた清掃員の静香が制止したのみならず自らをも捧げ、山川を再起させる。重ねて職も世話、目下同じ公園で働くセトケーとサカショーの画面(ゑづら)が、五ヶ月弱後公開の坂本太第四作「裏の後家さん 張<バイブ>形に夢中」(脚本:有田琉人/主演:結城綾音)と多分全く同じ。量産型娯楽映画ならではの、アシッドなショットに欣喜雀躍。

 とこ、ろで。何となく気になつて調べてみたところ、今作が東史×之内たくまのダブル柳初共演作。之内たくまが無理からすぎる、とかいふ至極全うな異論は受けつけない。以降は全て山内大輔、2006年最終作「レンタルお姉さん 欲望家政婦」(主演:姫川りな)まで通算五本存在する。


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 「トーキョー情歌 ふるへる乳首」(2018/制作:ラブパンク/提供:オーピー映画/監督:髙原秀和/脚本:うかみ綾乃・髙原秀和/撮影:森川圭・小林啓一/音楽:野島健太郎/照明:ガッツ/録音:田中仁志/整音:野島健太郎/編集:髙原秀和/助監督:江尻大・岸拓人/スチール:本田あきら/仕上げ:東映ラボ・テック/エンディングテーマ:『東京無限』ライヴ:『Demon&Angel』BGM『悪魔になるのも悪くはない』・『ケセラセラ』他 G.D.FLICKERS ALBUM『悪魔』より/協力:ポット出版・吉祥寺 ROCK JOINT GB・フロムダスクティルドーン⦅新宿・歌舞伎町⦆・フルセイル・マイケルギオン・Keith・ナボ⦅ニューロティカ⦆・ナオミ⦅ナオミ&チャイナタウンズ⦆・うかみ綾乃・金田敬・末永賢・天野裕充・大町孝三・宍戸英紀・古井榮一・木庭博光・永元絵里子・小池浩・知念小姫・スズキタカコ・シン上田・鈴木淳・磯貝和日朗・松本かずみ・gon・森川凜子・KAZUMI・NAOKO・伊東理沙・松島政一・砂川恭子・砂川豊・中川いくこ・安田七見子・砂川英一・渡辺和幸・周磨要・鎌田一利・高橋祐太・BAKURO・mame・ヤハラシノ・タカギキョウスケ・オカマコト・NarumiKomatsu・西村太一・おしょうゆ高野/出演:榎本美咲・栗林里莉・吉田憲明・稲田錠・涼南佳奈・仲野茂・平本一穂・長谷川九仁広・国沢実・那波隆史・景山潤一郎・石川kin・櫻井拓也・柳沼宏孝・飯島洋一・G.D.FLICKERS 稲田錠・原敬二・佐藤博英・DEBU・岡本雅彦)。出演者中、長谷川九仁広と国沢実に柳沼宏孝と、G.D.F.のVo.以外各個人名は本篇クレジットのみ。野島健太郎の、音楽と整音を別立てするのは本篇ママ。
 “美しき官能小説家”紫城麗美がパンチラとお胸の谷間も露に、「書くためのセックス?しますね☆」的にアホな質問にアホに応へるアホなTV番組を、一人暮らしの自宅でクマさんの縫ひ包み抱き締め、紫城麗美こと本名・中山典子(榎本)が自分で見て悶絶。世間から求められるまゝの奔放で豪奢な虚像と、晩熟で地味な実際とに七転八倒する典子が遂に耐へきれずテレビを消すと、ギターが一哭きタイトル・イン。結果論を先走るが、よもや余程気に入つたのかオーラスで再度打つ、大昔のパンクよろしく色んなフォントを適当にトッ散らかしたヌルいタイトルに、既に勝敗は決してゐた模様。
 明けて何処ぞのライブバー、同業者の友人・渡部ユズ(栗林)を相手に典子が全篇を通し、終にアバンから半歩たりとて前に進まない管を巻く。一旦話を逸らせるとして、扱ひの均等な三話オムニバスにつき、実質トリプル主演の髙原秀和前作「フェチづくし 痴情の虜」(原作:坂井希久子『フェティッシュ』)でともに初陣、ピンク二戦目となるビリング頭と三番手に対し、栗林里莉は友松直之2014年第一作「強制飼育 OL肉奴隷」(脚本:百地優子)と、竹洞哲也2015年第四作「色欲絵巻 千年の狂恋」(脚本:当方ボーカル=小松公典/主演:伊東紅/二番手)以来三年ぶりの三作目。正直、特に印象は残つてゐない。閑話休題、カウンターにはバンド活動と並行するアルバイトのバーテンダーで、ユズの恋人でもある稲田錠(ほぼほぼヒムセルフ)が入り、カウンター席典子らの左手で楠田昇(吉田)が一人飲み。背後のボックス席には、田中(石川)と佐藤(櫻井)のリーマン二人連れ。「フェチづくし」の馬力要員で賑はしてもゐるらしい、石川欣の名あり台詞ありのガチ出演はといふと、女池充の「濃厚不倫 とられた女」(2004/脚本:西田直子/主演:こなつ)以来。泥酔して勝手に店を離脱、田中と佐藤に軽く絡まれ振り切るも完全に潰れた典子を、楠田が拾ひ―典子の―家まで負ぶつて行く。その晩は寝てしまつた典子に楠田も手を出しはしなかつた後日、紫城麗美の官能小説を、原作に戴いたAVの撮影現場。取材に訪れた典子は助監督といふ形で楠田と再会するものの、当日の記憶を綺麗に失つてゐた典子は、片方向に目を白黒させる楠田を覚えてゐなかつた。
 さあてこゝからが、本格的な道なき獣道、もしくは地雷原。配役残り、昭和すぎて正確に追ひきれず、御本人のTwitterプロフィールによれば実に三十五年ぶり!のピンク映画出演ともなる―らしい―飯島洋一は、名なし編集部要員。那波隆史が紫城麗美担当の坂正喜で、奥にもう一人見切れる。亜無亜危異ロンTの仲野茂が、件の紫城麗美原作AVの監督・菅谷驀進。仲野茂は当時ドレッドノートを率ゐてゐた「制服美少女 先生あたしを抱いて」(2004/主演:蒼井そら)の十一年前に、安藤尋デビュー作「超アブノーマルSEX 変態まみれ」(1993/脚本:加藤正人/音楽:John Zorn/主演:石原ゆり)がある十四年ぶり三本目。涼南佳奈と平本一穂が、AV女優の蓼科芽衣と男優の平沼ガチ。長谷川九仁広が撮影部で、国沢実も助監督、マイクで音を拾ふのはEJD。平本一穂は浜野佐知1995年第七作「お嬢さんは汁まみれ」(脚本:山崎邦紀/主演:小森まみ/残念無念未見)以来、何気に二十三年ぶりの十分大復帰。長谷川九仁広も長谷川九仁広で、ピンク参加は森山茂雄第六作「後家・後妻 生しやぶ名器めぐり」(2004/脚本:佐野和宏/主演:神島美緒)ぶり。都合二度パフォーマンスを開陳する、G.D.FLICKERSはゼムセルフ。問題が、主演女優と那波隆史で既にお腹一杯どころか腹を下すくらゐ詰んでゐるにも関らず、真の、もしくは更なる地獄の底を担当するのがTHE PRISONERの景山潤一郎(Vo.)。景山潤一郎は、ワールドツアー級だなどと間抜けな設定を臆面もなく採用する、形態が不明な劇中架空ユニット「J.LIMIT」のメンバー・ユート。名義から凄まじくダサいのが逆の意味で完全無欠、不完全無欠か。心酔するG.D.F.のライブを観に来た打ち上げの席、ユートは錠に自身のレーベルからのニュー・アルバム発売をこれ見よがしに申し出、一同の喝采を受ける。何かさあ、観てるこつちが恥づかしいんだけど。こちらもライブハウス畑の住人である柳沼宏孝は、G.D.F.のマネージャー。マネ氏の出番もユズがG.D.F.の前で自作を散文詩の如く朗読する、へべれけなシークエンスなのだがもうホント、一々キリがない。その他野球でいふと二試合に優に足る頭数の協力部は、概ねハコ要員。詳しい方にとつては知つた顔がウッジャウジャ出て来るのか、六月で六十五年の歴史に幕を引く我等が旗艦館「有楽映画劇場」、通称・前田有楽のプロジェク太は暗い画に弱点を抱へるのもあり、典子とユズのすぐ背中に立つ、ARBのKeith(Dr.)くらゐしか識別出来なんだ。元々大蔵と髙原秀和の間を取り持つた縁にもある、加藤義一は顔を出してゐなかつたのであらうか。
 気づくと何時の間にかローテーションに定着してゐた、髙原秀和の大蔵第二作。荒木太郎ごと封殺されたいまおかしんじと、髙原秀和はキング・レコードのR15+レーベルにも喰ひ込み、素人のパッと見、この期な御時世に順調な風情が窺へる。さうは、いへ。十三年ぶりまさかのピンク帰還にしては、水よりもプレーンな裸映画に止(とど)まつた「フェチづくし」が、実はあれでまだまだ全ッ然マシ。山本淳一を鼻歌交じりの貫禄でブッ千切り、電撃大蔵上陸作で工藤雅典が逆の意味で余程頑張らないと、ワースト最有力の一大問題作。始終フニャフニャ堂々巡る典子のアタシ探しと、終盤にかけて―藪蛇に―猛然と起動するG.D.F.の居場所探し。二本立ての軸はものの見事に纏まらないまゝある意味鮮やかに共倒れ、ついでに典子が捏ね繰り回し続ける埒の明かない繰言に、坂即ち那波隆史に連呼させる、一欠片の意味も見当たらない奇怪なオノマトペ。何がプニプニ×ニョロニョロだ、頭おかしいのか。重ねて典子と楠田による未完成なり未熟の“未だ”が、永遠に訪れぬにさうゐないと思はせる、惰弱な恋愛模様を描いたセンシティブでもあらうつもりが、直截には非力この上ないモラトリアムな青春映画、下だ。前回、大蔵に草鞋を脱ぐに際し猫を被るなり辛抱したリバウンドか、要は、髙原秀和の悪いところが全部出てゐる、良いところは知らん。女ポルノ作家にえてして付与されがちなステレオタイプを、無駄な周到さで典子の口を通して難じさせてみせる。それも販売戦略のひとつにしておいて自堕落な、うかみ綾乃の他愛ない自虐的な諧謔なんぞ最早何処吹く風。尋常でない発汗で撮影に挑む平沼ガチを、気遣ふ芽衣のファンタジックな優しさは僅かか微かに琴線を爪弾きつつ、しかも出番は束の間の、涼南佳奈の裸は浪費される。気持ちは酌めぬでもないが、そこで女優部でなく平本一穂に焦点を当ててどうする。歌を歌ふより寧ろ上手いのではとすら思へかねない、仲野茂が思ひのほか変らず元気な様子も微笑ましいにせよ、申し訳ないが枝葉の極み。当サイトは別に、親衛隊ぢやねえよ。徹底した俗物として描かれる田中と佐藤の造形が、殆ど唯一満足な点といふブーメランは苛烈に突き刺さり、プックプクに膨らんだ乳首を現にビクンビクン震はせるワンマンショーも披露する、榎本美咲の本来主力兵装たるべき悩ましい美巨乳を、愛でる下心さへ終に萎えかける始末。一言で片付けると、全く以て似ても焼いても食へない。
 とうにペンペン草一本生えないエイジェント・オレンジぷりの火にガソリンを注いで、だからこの映画、地獄の底をもブチ抜きやがんだなあ。ユートが持ちかけたG.D.F.新譜は、割とリアルな理由であへなく頓挫。ひとまづ潔く、あるいは力尽き旗を下すかに思はせた錠が「俺の世界のセンターはこゝ―ステージの上―だ!」と「東京無限」に突入するのが、締めの濡れ場とアルカトラズ、もとい虻蜂捕らずなハイライト。二兎とも逃してゐては、ハイライトたり得てゐない。何といつたら、いゝものやら。面倒臭いから端的に斬り込むと、ハコの中とかクッソ狭い村社会で、互ひに称賛慰撫し合ふ地獄絵図が心からどうしやうもない。墨入れたデブが、G.D.F.にへいこら平身低頭するカットの醜悪さ痛々しさと来たら、「もうやめて><」と頭を抱へるほかなかつた。木戸銭落として小屋の敷居跨いだ筈が、これ何かの拷問なのかな。そもそも御大・仲野茂から、四十年一日の目出度い御仁ではあれ、2015年に結成三十周年を通過したG.D.F.が別の意味でヤバい。継続は力なり?こんなら会社員か。継続しかして来なかつた力如き、経年劣化にも抗へまい。再生産が関の山、後退しないので精一杯のロックンロールが、近年汎く囁かれ始めもした、ロックはダサいなる無常なテーゼを否応なく突きつける。安寧な当人達は、至つて無自覚なところで。さう捉へた時、一見箸にも棒にもかゝらずぐうの音も出ない今作が、量産型裸映画的には本分と一切関り合ひもしない点はさて措き、これはこれで、時代を撃つた一作と評し得るのかも知れない。時代を撃つたといふか、時代に撃たれたといふか。


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 「女刑務所 変態」(昭和54/製作:若松プロダクション/配給:新東宝映画/脚本・監督:高橋伴明/撮影:長田勇市・中島正利/照明:磯貝一・西池彰/編集:酒井正次/助監督:鈴木敬晴・樋口隆志/製作担当:磯村一路/効果:秋山実/音楽:浪漫企画/録音:ニューメグロスタジオ/現像:東映化学/出演:岡尚美・北沢ゆき・有沢真佐美・杉佳代子・可愛ひとみ・笹木ルミ・泉ユリ・下元史朗・吉田純・樋口隆・今泉洋/友情出演:騒動社 土方鉄人・飯島洋一・碓水明・斉藤茂樹)。出演者中、有沢真佐美がポスターには有沢真佐実で、樋口隆と騒動社は本篇クレジットのみ。正確なビリングは、樋口隆と今泉洋の間に騒動社を挿む。
 ポカーンと浮いた小島の空撮、バンクかも。塀から正面に繋げて“昭和六年 佐和島刑務所”、暗転してタイトル・イン。明けて檻が開き看守視点、劇中用語で破壊主義者の叶か加納瞳(泉)を、看守の井上(下元)が取調べと称して外に連れ出す。舌の根も乾かぬうちに、井上は「さあ脱いで貰はうか」と瞳をヒン剥き手篭めにした上で、川の中にあつらへた水牢に全裸で放り込む。水牢に続けて放り込まれた市川隆子(岡)は、大概衰弱した瞳を水から揚げるのと引き換へに、自ら井上に身を任せる。一旦逃亡を図りつつ、トッ捕まつた二人は所内で所長(今泉)も交へ各々拷問。房に戻され、見ず知らずの隆子にコロッと心を開いた瞳は、西坂町にあるアジトの所在を口を滑らせる。ところが隆子の正体は、いはゆるアンダーカバーであつた。所長の思惑は功を奏しアジトは壊滅、冷酷な事実を突きつけられた瞳は隆子を犬と罵り、その場で自死する。
 配役残り可愛ひとみと樋口隆は、隆子が一人で入る特戒房に、追加される初恵と名無し看守。初恵が隠し持つ煙草の入手経路を探るのが、隆子の次なる任務。フィジカルな隠し場所といふのが必ず調べられる前に対し、案外スルーされる後ろ。実際さういふものなのかも知れないが、あんまりな方便が笑かせる。喉には煙しか通さないにせよ、口に入れるものだぞ。北沢ゆきが、初枝と百合の花咲かせる代償に、煙草を流す教官の伊藤。杉佳代子は、不貞を働いた男爵の夫をどうにかした松岡シノブ、隆子らの房の新参者。有沢真佐美と笹木ルミが、房長のマツともう一人の川原か河原エツコ。吉田純は、最初は犯したエツコと、その後も継続した関係を持つ看守・小水。小水の子を、エツコは宿してゐた。素性が割れた、より正確には鈴木タエコとして追潜入した伊藤に割られた隆子は、三日三晩寝かされないまゝイカされ続ける、ふくろふ落としにかけられた末遂に発情もとい発狂。騒動社の面々は、ロングに映えるスケールの大きな砂浜、完全に壊れた隆子を宛がはれる男囚部。
 新東宝自体が今回新版ポスター(2019年)に“懐かしの新東宝「昭和のピンク映画」シリーズ!”と銘打つ、高橋伴明昭和54年第八作。一方ペケ街の新東宝公式は、前年の「私刑」と翌々年の「犯す」(主演:朝霧友香)で三部作に括つてゐるのだが、翌年の「緊縛」を割愛するところのこゝろは判らない。
 jmdbによると公開が八月といふことは、あるいはお盆映画であつたのか、豪華七名の全員脱いで絡む女優部を擁し、尺も一割増しの六十六分。若松プロ製作といつて殊更反権力の色彩が強い訳でもなく、女を責めるシークエンスに際しては凄惨なまでの濡れ場を、たゞひたすらに撃ち続ける。潜入捜査の方向に機軸を振りながらも、あくまでフォーマット通りの女囚映画を、幾分以上ブルータルに寄せたパワフルな一作。尤も頭数は倍増以上とはいへ、正直今の目で見る分には杉佳代子―と可愛ひとみ―以外は薹が立つたか白粉臭い布陣の訴求力はさして高くもないものの、隆子が職務を忠実に果たさうとした結果、佐和島刑務所が崩壊に至る展開は素直に面白い。大雑把スレスレの鮮烈なストップモーションが、ドミノ倒しが性急なラストを首の皮一枚救ふ。いきなしのズドーンで、果てしなく遠くまでフッ飛ぶ下元史朗とかケッサク。この頃に於いてのみ、許された豪快なカットにさうゐない。


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 「フェチづくし 痴情の虜」(2018/制作:加藤映像工房/提供:オーピー映画/監督・脚本・編集:髙原秀和/原作:『フェティッシュ』坂井希久子/原作協力:特選小説 綜合図書/撮影監督:下山天/撮影協力:森川圭/音楽:野島健太郎/照明:ガッツ/録音:田中仁志/スチール:本田あきら/仕上げ:東映ラボ・テック/助監督:加藤義一・江尻大/出演:『噛』涼南佳奈・櫻井拓也・酒井健太郎 『声』NIMO・那波隆史 『匂』榎本美咲・重松隆志・竹本泰志・森川凜子・大迫可菜実・竹内まゆ 高瀬将嗣・長谷川徹・石川均・舞原賢三・金田敬・日笠宣子・山本俊輔・国沢実・小池浩・畠山健一・坂井希久子・亀田彩香・星野宏美・宮下涼太・水越嗣美)。出演者中、森川凜子以降は本篇クレジットのみ。
 ど頭はR18+、加藤映像工房ロゴはスッ飛ばし、原作クレジット開巻。榎本美咲・涼南佳奈・NIMOの順で、「アタシの欲望の扉は・・・」と各々モノローグを繰り返す、コマーシャル風なモノクロのアップを連ねてタイトル・イン。とこ、ろで。NIMOとかいふ変名ぽさも漂はせる形式三番手は、実際その検索し辛い名義で活動してゐる前二人と同様AV部。
 通販会社の宣伝部に勤める瀬田美夕(榎本)と、同じ部署ではないが同期の小森美晴(涼南)が、専ら御馴染高円寺の居酒屋「馬力」にて女同士のサシ呑み。そこにクレーム対応担当の水野晃(那波)と、美夕らの後輩で、美晴にとつては直属の部下となる滝川勇気(櫻井)が現れ、挨拶を交し別のテーブルに着く。既婚者の美夕に対し、三年の社内不倫も経ての美晴は未だ独身。短い何だかんだを経て、二人が“人それぞれ”と何の結論にもなつてゐない着地点にとりあへず落ち着いたタイミングで、第一話―はクレジットされない、以下同―のタイトル“噛”が改めてタイトル・イン。不倫相手で課長(当時)の鹿山茂明(酒井)に美晴は行為の最中噛むやう乞はれ、応じてゐるうちに、自ら男の体に歯を立てる行為に快楽を覚えるやうになる。鹿山と別れて久しく、次第に噛む飢ゑに苛まれた美晴は、セフレ的状態にある滝川―滝川の中では普通の交際関係―に、噛みたいと真情を吐露してみる。その件、櫻井拓也の背中越し滝川の右肩に齧(かぶ)りついた美晴は、もうひとつの手で抱き締めるやう求める。のを、折角熱の籠つたシークエンスなのだから、一手間割いて今度は涼南佳奈の背中越しに、美晴の激情に応へる滝川の左腕を押さへればよかつたのにと、素人考へではあれ軽く過る。実際の画角では、抱き締めるも何も左腕の動きさへ映らない。更に一層特筆すべきなのが、後述するNIMO共々、一話限りで御役御免の酒井健太郎。顔とメソッドに発声、何もかもが徒か過剰に濃く映画のカットの中では下卑てしか見えない。酒井健太郎が本来は舞台を主戦場とした、演劇畑の人なのではあるまいかと訝しんでゐたところ、必ずしもさういふ訳でもないみたいで、なほかつ那波隆史・森川圭・重松隆志と同じく、芸能事務所「STRAYDOG」所属であつた。
 第二話“声”、四十五歳の誕生日祝ひの準備を全ッ力でしたにも関らず、水野が仕事先の長野から雪で帰京出来ない旨の連絡に、同棲してゐるのか否かは微妙に判らない田所由美(NIMO)はアヒル口を尖(とん)がらせる。由美と水野のミーツは、ずばりクレーム対応。由美が通販で買つた皿が、初めから欠けてゐた。至らない担当者(CV:森川凜子)の対応に由美がキレかけた電話に介入した水野は、こゝも、あるいはそもそも不自然だが一人暮らしの女宅に自ら新品の皿を持参する。
 第三話“匂”、帰宅した美夕が家内に違和感を感じてゐると、居間で本を読んでゐた夫・勝男(重松)からは、もつ鍋でも食べて来たのかと尋ねられる。てつきり美晴と馬力で舌鼓を打つて来たのかと思ひきや、美晴は宣材の撮影で出会つたカメラマン・宮本賢太(竹本)と、美晴に語つた劇中台詞ママで“Bまで”致して来たところであつた。匂ひフェチの美夕がよろめいたにしては、全体宮本は如何なる体臭の持ち主なのか。美夕のベクトルないし琴線が、拗れてゐるのだとしたらそれまでの話だが。配役残り、森川凜子以下三名はその他宣伝部要員。高瀬将嗣以降は映画監督を大量動員したとの、ラスト・ショットは店中一斉の乾杯で賑々しく幕を引く馬力隊。
 加藤義一とはどういふ縁なのか、「ロリ色の誘惑 させたがり」(2005/監督:高原秀和/脚本:永元絵里子/主演:綾瀬つむぎ)以来実に十三年ぶりとなる、まさかの髙原秀和ピンク復帰作。2008年のオール讀物新人賞受賞時、現役SM嬢であつた飛び道具エピソードで名前を打つた女流官能小説家の原作を得、三本柱銘々の性的嗜好を軸に据ゑた、最後も締める馬力で美晴は滝川との交際を美夕に報告し、水野も水野で―由美との―再婚を報告する程度に、緩やかに三話がリンクするオムニバス篇。髙原秀和のピンク復帰に関して、“まさか”と筆を滑らせたのはほかでもない。当サイトは「ロリさせ」の時点で既に、二十年選手の癖にどうしやうもない髙原秀和の青より青臭い生硬さは、生れ変つても抜けぬにさうゐないと匙を投げてゐたのだ。あに、はからんや。一旦戦線撤退の翌年に旗揚げした、主宰劇団「lovepunk」の歩みをも含む三十三年の月日は流石に伊達ではなかつたのか、かつて強靭であつたぎこちなさはすつかり影を潜め、かといつて、物語の面白さなり撃ち込んで来るエモーションの重さを感じさせる、でもなく。書き言葉と聞き言葉の違ひもあるにせよ、わざわざ官能小説を原作に戴いた割には思ひきりプルーンなナレーションがよくいへば淀みなく、悪くいへば淡々と進行する、撮影部の手堅さが諸刃の剣スレッスレの、小奇麗なばかりのトレンディな裸映画であつた。尤も、水野の声に一目もとい一耳惚れした由美は玄関口でモーニング・ボイスを録音させて貰ひ、しかも社内で初対面の取引先であつた勝男に、美夕は私にとつてはいゝ匂ひだと破天荒な内角モーションをガンッガン投げ込んで来る。坂井希久子の所為なのか高原秀和がやらかしたのか、大穴を開けておかしくない大(だい)で済まない超飛躍は所々際立つ。とは、いへ。全員普通に若くて美人な、女優部に穴はない。扱ひは均等でビリングの序列に実質的な意味は極めて薄い反面、企図したものか単なる不作為の偶然か、三話を通してオッパイが徐々に大きくなつて行く構成の妙には、映画の神の祝福が透けて見えなくもない。酒井健太郎のトゥー・マッチを除けば阻害要因も見当たらない濡れ場は質量ともひとまづ申し分なく、フラットに女の裸を浴びる分には、満更でもない一作。アクシンデンタルに抹殺された荒木太郎を筆頭に、旧来のローテーション監督が外様に駆逐されて云々。残りの選択肢はほぼほぼ潰へ、いよいよ大蔵の腹積りひとつで何時終に詰んでもおかしくない最中、かういふ缶コーヒー業界でいふところのアメリカンな映画を撮る意義かんぬん。銀幕の中ながら可愛い女の子の―下―心を弾ませる乳尻を前に、その手の無粋な野暮如きさて措いてしまへ。


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 「痴漢《秘》変態夫婦」(昭和56/製作・配給:新東宝映画/監督:大門登/撮影:塩田敦也/照明:山田明/編集:酒井正次/監督補:石部肇/製作補:北村淳/録音:東音スタジオ/効果:東芸音響/現像:東映化学/出演:中川夕子・栄雅美・笹木ルミ・辻明宮・北村淳・吉岡一郎・久須美護・関口豊・村井浩)。俳優部と製作補を兼ねる北村淳は、ex.北村淳で新田栄。石部肇が演出部に入るのを目にするのは二度目なのと、脚本クレジットが見当たらないのは驚く勿れ本篇ママ、頓着のなさが堪らない。
 階段絡みのパンチラに、のちにもワン・カット登場する謎の小男―これが大門登?―と、北村淳が垂涎する。北村淳が「おゝ、いゝ土手」と漏らす嘆息にタイトル・イン、タイトルバックは諸々の青姦なりオナニーに、久須美護(久須美欽一の旧名義)と吉岡一郎(a.k.a.吉岡市郎)が固唾を呑む。明けて海ショットにパラリラパラリラ、カメラマン・立夫(吉岡)のボンネットに管楽器を載せた喧しい車が、女子大生モデル・圭子(中川)を助手席に撮影地の伊豆を目指す。圭子がハコ乗りも辞さない勢ひで出鱈目な無羞恥露出を仕出かしつつ、車の中から如何にもこれからオッ始める風情のカップル(二人とも、殊にヒゲの男優部が謎)を発見した立夫は、車を停めわざわざ覗きに行く。
 配役残り笹木ルミと北村淳は、女学生強姦プレイを―矢張り屋外で―仕出かす、業態不明の飲食店「民芸茶房」のママ・みどりと、町一番の有力者の倅・兼吉。久須美護と栄雅美は、立夫と圭子が宿を取る「白岩荘」の主人・祐介とその妻・はるみ。客も入る浴場を、日常的に夫婦生活で使ふ。みどり&兼吉といひ、自由すぎるだろ、伊豆、あるいは昭和。それとはるみは、赤貝でシャンパンを開ける荒業を敢行する、凄いマン力だ。心臓動かすのやめればいゝのにな、俺。辻明宮と村井浩は、漁師の娘の千代に、恋人で造船所で働く友平。北村大造から演技力をスポイルしたやうな関口豊は、千代の意は一切介さず、兼吉と結婚させようとする父親・源造。
 如何にも変名臭い謎の監督・大門登の、jmdb準拠で最終第八作。残り七作は全てミリオンで、ex.ミリオンがジョイパック、ex.ジョイパックがヒューマックスといふタイム・ゴーズ・バイ。
 特に口説き落とすでなく、普通にみどりとも関係を持つ祐介が、兼吉と千代の縁談成就を目論む―兼吉父の―尖兵として蠢動する形で、やゝこしく繋がつた伊豆クラスタの相関関係に、ストレンジャー主人公たる立夫と圭子が小耳に挟む程度に首を突つ込む。と掻い摘むと、あたかもそれなりの物語が成立でもしてゐるかのやうに、誤解されてしまふのかも、知れないけれど。実際には漫然とした濡れ場濡れ場にとりとめもなく終始する、俳優部のビジュアルがなほマッタリ見せる真清々しき純粋裸映画。白岩荘をみどりとの逢瀬に使つた兼吉が、強打したのは腰であるにも関らず、何故か片玉潰す大怪我、ものの弾みにもほどがある。騒動に臍を曲げた源造は、脊髄で折り返して千代を兼吉の玉の輿に乗せる皮算用を白紙撤回。祐吉とはるみの密談を盗み聞いた立夫と圭子は義憤ぽい感情に駆られながらも、要は具体的には何もしないまゝに、千代と友平の恋路が勝手に実る。抜けるどころか底の溶けた作劇が、グルッと一周した感興を惹起する。それでゐて、立夫が劇中二度失敗する出歯亀がてらのパンティ釣りに、三度目の正直で遂に成功するに及んで、そこはかとない大団円感を錯覚しかねないのは、何気な展開の妙なのか、あるいは単に、当サイトの元々貧しい脳味噌が、すつかり桃色に煮染められてゐるに過ぎないのか。尤も帰京する車中、立夫に宝物の戦利品を捨てさせた圭子が、パンティよりも中身と軽く膳を据ゑてみせる流れで、くつきりと所謂マン筋の刻み込まれたパンティが正対する画から、後ろを向いてキャストオフ。改めて正対すると照明が落ちた上で、観音様から“終”がグウーッと飛び出て来るラスト・カットは、振り切れたプリミティブさが案外完璧。心身の少なくとも何れかがくたびれた時に、女の裸をのんびり楽しんで、眠たくなれば躊躇なく寝てのける、さういふ用に供するには最適な一作。そしてそれはそれで、量産型娯楽映画が到達すべきひとつの境地であるやうにも思へる。


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 「乱行催眠 私は、かうして暴行された」(1996/製作:プロダクション鷹/提供:Xces Film/脚本・監督:珠瑠美/撮影:伊東英男/照明:石部肇/美術:衣恭介/音楽:鷹選曲/効果:協立音響/編集:井上和夫/助監督:高部真一/現像:東映化学/録音:ニューメグロスタジオ/出演:東杏奈・桃井桜子・青木こずえ・竹田雅則・加藤健二・樹かず)。美術の衣恭介は、木俣堯喬の変名。
 何か一行が進むジャングルが目に浮かぶ、冒険映画みたいな劇伴にタイトル開巻、全体何を考へてこの曲を選んだのか。ワイングラスで赤い液体を飲んだ桃井桜子が、催眠状態突入を示すグルグル画を回す処理を経て、樹かずに嬲られる。如何にも抱き心地のよささうな、桃井桜子のバディ感溢れる肢体が絶品。三分濡れ場を黙つて見せた上で漸くクレジット起動、遅れ馳せた居心地の悪さが色濃い。珠瑠美クレジットの直前で、竹田雅則が加勢する。明けてチュンチュン、鳥のさへづり鳴らした戸建外景。休日なのか、朝つぱらから終に劇中呼称不明の桃井桜子(以下モモーイ)と、夫・雪村か幸村(竹田)の夫婦生活。事後の余韻に何時までも回す、無闇な尺が別の意味で堪らない。それは出勤時?何をしてゐるのかよく判らない背広姿でブラブラする雪村と、何処かの女子大から出て来る青木こずえのカットを何の脈略もなく連ねて、モモーイに、母親(珠瑠美)から電話がかゝつて来る。用件は、母親の父親の入院。の木に竹を接ぎ、モモーイ宛に元カレの、池田三郎から手紙が届いた旨を投げる。何だかんだで、モモーイの義妹で女子大生の千秋か千晶(青木)が、マッチポンプな悶着を抱へ雪村家に一時避難して来る。モモーイから千秋が処女である旨を聞いた雪村は、内心でもなく喰ひつく。動揺する雪村が明後日に酒を注ぎ卓を汚すのを、単なるクリシェと見るか。それとも珠瑠美にしては、心象を表しようとした十全な演出と目するべきか。
 配役残り総尺の1/4を消化してやつとこさ出て来た東杏奈は、眠剤入りのワインで女をこます、性質の悪いスケコマシである池田(樹)の情婦・レイコ、職業はパンティの中に手を入れても怒られない店のホステス。加藤健二は、レイコと雪村を引き合はせる、女遊びに長けた上司のオタキ課長。
 シーユー・タマキュー!珠瑠美1996年第三作で、DMMで見られるものも遂に見尽くした。この期に配信スルー作が小屋に飛び込んで来るものの弾みに恵まれれば勿論迎へ撃つし、買取系ロマポが今後―DMMに―新着する可能性は、果たしてあるのやらねえのやら。やらやら、もといやれやれ。といつて間違つても寂しかつたりする訳がない、全部で三十五本観るか見た珠瑠美作は、大体どれも似たやうなタマキュー。藪蛇な選曲、映写事故かと見紛ふほどの長尺フェード。頓珍漢なイメージの乱打と、多用する春画なり外人のエロ写真のモチーフ。勿体ぶつた書き言葉を一方的に投げる初めから破綻したダイアローグに、大抵そもそも存在しない物語。その癖、エクセスライクの地雷を踏む羽目には滅多に陥らず、恵まれた女優部の裸をあくまでその限りに於いてはお腹一杯に見させる純粋裸映画。いつそ適当な言語―ハナモゲラで可―にでも吹き替へて呉れた方が、余程素直に愉しめさうな可能性すら否み難い小一時間。改めて今回でソーロングになつたとて、名残惜しさが微塵も湧いて来ないのも至極当然といつたところか。兎も角今作の特徴を強ひてひとつ挙げるならば、桃井桜子にも青木こずえにも、東杏奈が秀でてゐるポイントが一欠片も見当たらない以上寧ろ賢明とさへいへるのか、豪ッ快なビリング完無視。レイコの役所(やくどころ)は、オタキのアシストを受け雪村と池田を繋ぐ、三番手の割には何気に本筋に貢献する満更でもない三番手。どちらにせよ、精々上手く展開に組み込まれた三番手が関の山。終盤家に池田をシレッと招いた雪村の魂胆は、眠剤ワインで眠らせた千秋の水揚げ、相変らずクライマックスもレイコ不在。共々実も蓋もない青木こずえ×竹田雅則と桃井桜子×樹かずの絡みを適当に並走させた末に、しかも何れも完遂には遠く至らないまゝであるにも関らず、池田がモモーイを喰ふ大絶賛中途でブツッと“END”が叩き込まれる結末には、最早この期に驚きもしない。起承転結が成立しやうがしまいが、ひとつの性行為に区切りがつかうがつくまいが、時間が来れば―といつて、実は六十分にも九十秒強余してゐたりする―強制終了。それが小林悟の大御大仕事に劣るとも勝らない、珠瑠美流の純粋裸映画である。雪村が千秋に喰ひついた流れで、モモーイが配偶者にバージンを捧げたとする話と、雪村と出会ふ前池田と拗らせた関係との間に燻る根本的な疑問如き、この際とるに足らない些末。一々そんなところに気づくのが悪い、いはゆる釣られた方が負けといふ奴だ。とかくタマキューの無造作な不条理に触れてゐると、正体不明の敗北感にも似た徒労が否応ない。それとも何時か、グルッと一周するか何某かから解放されるかして、楽になる日が来たりとかするのかな。

 軽く事件級のビリング破壊に関してはもしかすると、撮影当時、といふか当日。男優部としか顔を合はせない東杏奈の、拘束上の問題とか発生してゐたのかも知れないが。


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 「出張ソープ 和風不倫妻」(1994/製作:プロダクション鷹/提供:Xces Film/脚本・監督:珠瑠美/撮影:伊東英男/照明:石部肇/美術:衣恭介/音楽:鷹選曲/効果:協立音響/編集:井上編集室/現像:東映化学/録音:ニューメグロスタジオ/出演:神代弓子《イヴ》・本城未織・麻生雪・杉本まこと・樹かず・神戸顕一)。美術の衣恭介は、木俣堯喬の変名。
 素頓狂に京劇風の劇伴が鳴る中タイトル開巻、春画からイヴちやんにパンしてクレジット起動。早くも何もかもが、紛ふことなき珠瑠美映画、この際完璧とでもいふほかない。クレジットがてらイヴちやんの自慰を二分見せて、とりあへずそこそこ豪邸の堀江邸。jmdbには堀井とあるが、都合二回着弾する郵便物の宛名は何れも堀江。堀江勇作(杉本)は妻の美佐子(神代)と他愛ない会話を交しつつ、美佐子が堀江家に代々伝はる枕絵を覗き見た節を確信する。背中を流せと風呂場に呼んだ美佐子を、勇作が軽くシャワー責めする流れで、カット跨ぐとサクサク突入する夫婦生活。勇作は祖母や母と同様、美佐子に枕絵から学んで名器の持ち主になるやう厳命する。九十年代中盤の現代劇で、時代錯誤といふか倒錯甚だしいといふか、兎も角一言で片付けるとかういふ狂つた家族観をケロッと描いてのけるのが逆に凄い。絡みから十秒!費やす長尺フェード明け、美佐子が庭でポケーッとしてゐる―実際ポケーッとしてゐるやうにしか見えない―と、電話が鳴る。美佐子が出たところ、支局長の村井が急死したとやらで、勇作に急遽バンコク転勤が決まつたとかいふ仰天人事。フリーダムな会社だな、電話一本で、しかも相手が配偶者とはいへ本人すらスッ飛ばすんだぜ。兎も角、専業主婦である美佐子がついて行かない不自然な事情に関しては一欠片たりとて触れないまゝに、勇作は単身での赴任間際、ちよつとしたパーティーで会つた美佐子の旧友・時田恵子の名刺を残して行く。
 配役残り、整理すると林田ちなみa.k.a.本城未織がex.新島えりかとなる本城未織が、表向きは美容サロンを経営する時田恵子。またこの恵子の会社の屋号が不安定、勇作が美佐子に渡した名刺には「CREATE・ジュリー」。美佐子が名刺の番号にかけてみた電話口では「タイエット・ジュリー」で、マンション一室に構へた自宅兼オフィスの表札は「CREATE・ケイコ」。かうなるとスクリプターだ何だといつた次元ではない、大体何なんだジュリー。唐突に飛び込んで来る麻生雪と、ランデブーする神戸顕一は、出張風俗嬢の浅井弓子とその客・良行圭介。この二人の対戦に際してはユミコが外したサングラスに映した騎乗位から、次の画は九十度俯瞰と撮影部が発作的なヤル気を見せる。樹かずは恵子のパパさんポジの、若くして化粧品会社専務。
 実は、と改まつていふのも何だが、もうDMMの中にも、未見のタマキューが今作入れて二本しかない、別に寂しくはないけれど。ともいへ買取系ロマポでも今後新着した暁には、バラ売りであれ臆することなく出撃する。監督デビュー初期のミリオン作は固より、新東宝の望みも最早あるまい。旦那の「中川みず穂 ブルーコアin香港」(昭和61/脚本・監督:木俣堯喬/主演:中川みず穂)と二本撮りしたものと踏んでまづさうゐない、「香港絶倫夫人」(同/脚本:木俣堯喬/主演:川上雅代)ならば何気にでなく普通に観るなり見たい。
 話の中身は自身も一肌脱いで会員制のマントルならぬマンションソープ―劇中用語ママ―を営む恵子が、樹専務を籠絡する切札にハメ撮り写真を撮影した美佐子を脅迫する。何の捻りも新味もないといふ意味で、商業ポルノグラフィー的には当り障りないもの。ところが「CREATE・ジュリー」だか「タイエット・ジュリー」だか「CREATE・ケイコ」が裏の素顔はマンションソープである旨を、終盤恵子が自ら美佐子に宣言するまで、何故か珠瑠美は断固として痒いところに手を届かせぬ強い意志を感じさせかねないほどに、頑なに明示を拒む。酔ひ潰された美佐子を犯す役に呼ばれた良行が、辛うじて一番外側の外堀を埋める程度。本城未織と樹かずの逢瀬は、単なる愛人とパパさんの情事で普通に成立する。挙句勇作が美佐子を強制一皮剥けさせるために恵子との再会を仕組んだ、といつたありがちな姦計が明らかとなる、でさへなく。恵子は―恵子推定で―美佐子の樹専務の会社への密告で失墜、一方美佐子は勝手に帰国した勇作と、締めの濡れ場をキメて駆け抜けるといふか、要はヤリ逃げるラストは、一言で片付けると面白くも何ともない。本当に女の裸しか見所のない、純粋裸映画。そのほかに印象に残るのは、全篇を通してシークエンスに合はせる気も展開の推移に沿はせる気もさらッさら窺へない、闇雲な選曲くらゐしか捉へ処も見当たらない。量産型裸映画で面白い映画なんぞ寧ろ撮る必要がない、珠瑠美―かプロ鷹―鉄の信念にでも我々は感服するべきなのであらうか。


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 「レイプ秘書 監禁飼育」(1993『白昼レイプ 監禁秘書室』の1998年旧作改題版/製作:プロダクション鷹/提供:Xces Film/脚本・監督:珠瑠美/撮影:伊東英男/照明:石部肇/音楽:新映像音楽/効果:協立音響/編集:井上和夫/助監督:近藤英総/現像:東映化学/録音:ニューメグロスタジオ/出演:幸あすか・佐伯麗子・朝比奈樹里・牧村耕二・木下雅之・羽田勝博)。出演者中牧村耕二が、ポスターには牧村耕治。
 走るスティックを適宜ギターが追ふ、矢鱈とカッコいい劇伴鳴る中、カレンダー的には三連休中の理研南販秘書室に悲鳴が木霊する。営業所所長の杉田(牧村)が、秘書の西條るり子(幸)をレイプする。派手に飛ぶカットに目を疑つてみたりもしつつ、あれを見ろと杉田がるり子に促すモニターに映し出されたのは、パケ写的な幸あすかのヌード写真に続いて、今し方の映像が流れる本篇ママで“西條るり子犯しの淫らな痴態全記録”。1993年当時に、杉田は会社にどんなシステムを構築してやがつたんだよ!といふツッコミ処も兎も角、木に接いだ竹を微塵も厭はぬ唐突か闇雲なモチーフの放り込みやうは、如何にもタマルミックではある。要は、単なる旦那譲りに過ぎぬのかも知れないが。杉田はるり子を三日間犯し倒す腹で、幸あすかの右肩に実際に彫られてゐる蝶の刺青は、愛人関係にある御曹司の常務に入れられたとかいふ設定。杉田が半身のるり子をグイと正対させるのに合はせて、花冠が何かよく判らん書類の上に飛んでタイトル・イン。闇雲なものは下手にしつかり見せる癖に、枝葉ともいへ状況の描写に必要な小道具をどうしてちやんと映さないのか。
 配役残り、事の中途で杉田が移行した手マンの、更に中途で適当に画を繋いで渋谷駅。佐伯麗子と、革のジャケットがカッチョいい羽田勝博が落ち合ふ。ハチ公の足の間から遠くの全然何でもない雑踏にピントを送るカットは、全体何がしたかつたのか。タマルミの巨大な不条理に、撮影部も呑み込まれてしまつたのであらうか。朝比奈樹里は杉田の細君・アイコ?で、木下雅之が、件の御曹司常務。都合二度濡れ場を展開しながら、何処の誰だか欠片たりとて説明しないまゝ尺は勝手に進む佐伯麗子と羽勝が、営業所の事務員多分河合と、その彼氏で元社員の青木と判明するのは、差しかゝるどころか終盤に首まで浸かつた五十分前。仮に、純粋に全篇マクガフィンのみで映画を撮り上げたならば、こんな感じになるのかな。
 日々の糧を食む為の雑業の多忙ぶりに癇癪を起こし、オッ始めてみた珠瑠美殲滅戦も、DMMに残す弾はあと三本となつた1993年第一作。小屋に未見のタマキューが飛び込んで来る奇跡が、今後再び起こることがあるものやらないものやら、やらやら。
 るり子を監禁飼育―何と瞬着で手の平をソファーに固定!―する一方、「一応女房の方にも乗つてやるか」とド外道の杉田が一時帰宅。アイコもアイコで夫婦交換に味を占めるやうな女で、一筋縄では行かない夫婦生活を繰り広げるのを、羽勝と佐伯麗子の第二戦挿んで何と二往復する中盤、映画の底は見事なまでに完全に抜ける。何がしたいのかとかどうする気なんだといつた、疑問を持つた方が負け。珠瑠美の絶対不敗ぶりに改めて圧倒されながらも、超絶の三本柱に支へられ、裸映画としては文句なく安定する。といふか、どうせ物語らしい物語も存在しないのだから、タマキューこそ三十分に短縮してリリースするに最適な素材にも思へる、何時の時代の話してるんだよ。如何にザックザク切つたとて、恐らくでさへなく、出来栄えが対して変りはしまい。プリミティブな意味で予測不能な展開は、理不尽な終盤に突入。のうのうとバレてのけるが、拘束を“劇薬角化皮質溶液ケラチナミン”で強制解除したるり子を、よもやまさか自宅に招いた杉田曰く、ビデオを返して欲しくば、巴戦で嫁を満足させろ。どうすれば斯様な途方もない方便が成立し得るのか、何か人智を超えた大いなる存在に、到底辿り着き難い深遠な謎を投げかけられでもしてゐるかのやうな気がして来た。この亭主にして、この女房あり。“世界一の動物ショー”と称して金魚をるり子の蛤に捻じ込むアイコも、「これは熱帯魚ぢやないのよ、さぞ中で苦しがつて暴れるでせうよ」、熱帯魚ぢやなくても暴れる。便意を訴へたゆゑ仕方なく手洗ひに入れたるり子が、なッかなか出て来ないのにしびれを切らせ、杉田夫婦は不自然か無防備極まりなくも劇中三度目の夫婦生活。この二人、何だかんだ普通にお盛んではある。それはさて措き、その隙に手洗ひから脱け出したるり子は、杉田のビデオで杉田夫婦の営みを撮影しての、ヒットならぬショット・アンド・アウェイ。待てよと不意を突かれた牧村耕二のストップモーションに叩き込まれるENDには、この際完敗を認めるほかはない。完璧、何かもう完璧、タマキューはこれで完璧。正確にいふと、タマキューはこれでカ・ン・ペ・キ、錯乱してんのか。

 一点―だけ―もしかすると正方向に興味深いのが、瞬着で手の平を固定したるり子を、杉田は剃毛、したかと思へば。剃つたばかりの、本当に剃つた即座の土手に付け髭を貼り悦に入る屈折した倒錯性は、性転換した末のパートナーが、男かと思へばビアンの女だなどといふ、アニキとアネキの間を取つてアヌキ・ウォシャウスキーにも通ずるものがあると思ふ。正しくな、グルッと一周した感。


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 「揺れる巨乳103cm」(1989/製作:プロダクション鷹/配給:新東宝映画/監督:珠瑠美/脚本:木俣堯喬/撮影:伊東英男/照明:沖茂/音楽:CMG/美術:衣恭介/編集:竹村峻司/録音:協立音響/録音:ニューメグロ・スタジオ/現像:東映化学工業・株式会社/出演:東美由紀・渡瀬奈々・刀根新太郎・嘉見力・須藤伸・あおい恵)。美術の衣恭介は、木俣堯喬の変名。協立音響も録音になつてゐるのは、効果の誤りか。とか何とか、それどころではなく。
 カッチョいいギターがギュインギュイン唸る中、自慰る尻が漫然と正面を向きオッパイをデローンと開陳する。暗転明けた先は、上下に“abnormal sex”の五連打。流石だ、今ならストロングゼロでもがぶ飲みしながらでないと、こんな映画撮れない気がする。東美由紀つきのVHS題がブツッとタイトル・インして、最初の、といふか最大の衝撃は本篇クレジット、渡瀬奈々とかあおい恵なんて出て来ないぞ。何で斯くも自由なのか、大泉逸郎みたいな気分だ。
 「トラック一杯といひたいのだが」、「その片隅に僅かな身の回り品だけを載せて」、「田舎の高校を出るとエイコ十八歳」、声は渋いプロ鷹ナレーション起動。両親の束縛から逃れるためだけに短大に進学した、要は遊ぶ気全開のエイコ(東)が同級生でルームメイトの、この人は保母志望で一応真面目に勉学するマサコ(上原絵美/石川恵美の旧名義)に生活態度を窘められる。不貞たマサコが街をブラつく頃、マサコもマサコで隣に住む大学生(刀根)をベランダから家に上げての一戦。帰宅したエイコに、情事の痕跡を見つけられる。母親が倒れ、マサコは一時帰郷。マサコが彼氏らしき先に電話をかける度に隣で受話音が鳴るのに気づいたエイコは、マサコを装ひ誘き寄せた刀根新を寝取る。
 配役残り、上原絵美同様本クレに等閑視される井上真愉見は、百合を咲かせる目的でエイコを買ふ未亡人。かに見せかけて、須藤伸が百合畑に乱入し二人でエイコを手篭めにする井上真愉見配偶者、実にタマルミックなシークエンスではある。嘉見力は、誰かしら弾いた直後にエイコとミーツする鉄砲玉・ケン。
 珠瑠美1989年第一作、案外少ない全三作。タマルミのフリーダム演出に劣るとも勝らない致命傷は、オバパーでどすこいフェイスの主演女優。角度と顔さへ撮らなければオッパイは確かに映えなくもないものの、乳が太ければ腹回りも多少太からうと構ふまいとするが如き風潮には、当サイトは断固として与さない。一方、主演女優の面と腹肉を見て流石の珠瑠美も血相を変へ幾分かはヤル気を出したのか、前半のマサコ篇は、別にも特にも全く面白くはないにせよ、第一次井上真愉見パートを挿んでエイコが刀根新と乳繰り合ふところにマサコが帰つて来る修羅場で、霞よりも稀薄な物語とはいへ大袈裟な破綻もなくひとまづ収束する。明けて銃声とともに嘉見力が飛び込んで来た時には、いよいよ以てこの映画は終りだと頭を抱へかけつつ、まさかよもやの木に接いだ竹を魔展開で裏返す力技で井上真愉見と嘉見力を強制連結。だから欠片たりとて面白くはないにしても、とりあへずなラストに到達してみせるのは、珠瑠美にしては画期的。

 ところで、濡れ場でこれといつてアブなプレイを仕出かしてはゐない件?バッカモーン!だからタマルミが風呂敷を畳んでゐるだけ有難いと思ふべきだ。


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 「全裸妻連続暴行」(昭和57『新妻残酷に犯す』の1994年旧作改題版/製作:プロダクション鷹/配給:新東宝映画/監督:珠瑠美/脚本・プロデューサー:木俣堯喬/撮影:倉本和人/照明:石部肇/音楽:新映像音楽/効果:秋山実/編集:菊地純一/助監督:佐藤曉彦/録音:東音スタジオ/現像:東映化学㈱/出演:美野真琴・佐田川彩・田口あゆみ)。恐らくはVHS仕様か、男優部を端折るクレジットに悶絶する。
 ど頭はキネコのブルーバックで、“MIYOWA・PICTURE プロダクション鷹 作品”なるクレジット。みよわ?漢字で書くとどうなるのか、そもそも何語なのか。とまれ本篇開巻、予想外の見事なシネスコに吃驚する。
 共働きのOL・アイカワアヤコ(美野)が帰宅、ズージャ―を流すラジオをつけると、不意に部屋の灯りが落ちる。何時の間にか家内に侵入してゐた、黒マスクの暴漢登場。ダイナミックに逃げ惑ふも、アヤコは絞殺されかねない勢ひで首を絞められ失禁する。恐らくラジオを倒した弾みで、これ見よがしに印象的に抜かれる割に、結局特段重要な小道具でもないオルゴールが鳴り始める。暴漢が失神したアヤコを無理から床(とこ)に運んで、床(ゆか)に転がるハンドバッグにタイトル・イン。タイトルが入つてから、クレジットが起動するまでに一分超、地味に時機を失したタイミングが居心地悪い。
 配役残り江上真吾(現:江上真悟)が、革ジャン男との見るから怪しげなコンタクトを経て帰宅する、アヤコの夫・サトル。野上正義は、エロ専門のカメラマン、ツダスタジオで撮影してゐるゆゑ津田かと思へばワタナベ。サトルがカメアシで、田口あゆみはヌードモデル。ワタナベに話を戻すと、一息つくのにタバコか缶コーヒー感覚で、シャブを打つダイナマイトな御仁。アヤコは気づかぬ間に、サトルも打つてゐた。佐田川彩は、サトルが出入りする賭場の女・サヨコ。華があり、脱いでみるといいオッパイの逸材。他の出演作も見てみたいけれど、流石にハードルが高い。その他アヤコが勤める会社のオフィスに二人、サトルが借金の形にアヤコを売る悪い仲間がもう二人、アイカワ家に踏み込む刑事が更に二人。絡みもこなす悪い仲間二人―不細工な外波山文明とナオヒーロー似―は本職の俳優部に見えるが、残り四名は内トラ臭く映る。兎にも角にも、しかもこの古さでクレジットをスッ飛ばされては手も足も出ない。
 DMMで見られる中で最も古い、珠瑠美昭和57年最終第十作。ちなみに月額でもバラ売りでも、ラインナップは変らない。jmdbを鵜呑みにすると、前年監督デビューした珠瑠美にとつて、通算では第十一作に当たる。前十本、ミリオン作は流石に難しからうが、買取系ロマポだと何かの間違ひかものの弾みで、まさかがあるかも、見たいのか
 映画の中身はといふとヤク中かつ博打打ちとかいふ絵に描いたやうなクズ亭主の因果で、新妻が残酷に犯されるはブルーフィルムを撮られるはと色々酷い目に遭ふ。救ひがなければ工夫なり新味もない全く類型的な物語未満の展開ながら、後年の―女の裸以外見るべきところが本当にない―純粋裸映画を知る目からは、あの珠瑠美にしては物語といふほどの物語でもないものの、少なくともひとまづ一篇を通する形で成立してゐることと、驚く勿れ選曲その他の要素も含め何も破綻してゐない点に度肝を抜かれた。最低限の映画に何を驚愕してをるのかといふ話でしかない訳だが、あれか?よくいふ捨て犬に優しくする不良か。この時代的には単なる古き良きスタンダードであつたのか、あるいは撮影部の独断専行かも知れないにせよ、兎も角左右に広い画面の中、明暗も効かせての凝つた構図を撃ち抜く意欲的な画作りも際立つ。お話的にはなんちやないとはいへ、1994年当時今作に小屋で触れたならば、結構チョロッと心酔してゐた可能性も想像に難くない。逆にそこで珠瑠美といふ名前に喰ひついて、追ひ駆け始めた途端激しく絶望する悲劇は更に容易に予想し得る。遅くとも昭和61年には、我々がよく知る木端微塵、ないしは支離滅裂が完成してゐる。それは完成したのか、それとも壊れたのか。逆に従来知る珠瑠美旧作略してタマキューとの共通項としては、始終を結ぶのに官憲に頼る作劇が、全然マシな形ともいへこの時点に於いて既に見られる。


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