弁理士の日々

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「進歩性なし」の証明責任は審査官が負うのか

2009-05-14 21:51:58 | 知的財産権
前回、産業構造審議会知的財産政策部会特許制度小委員会の第2回審査基準専門委員会における弁理士会の「特許実用新案審査基準(進歩性)に対する意見」(pdf)の中での提言を紹介しました。

その中に、以下の提言が含まれています。
Ⅰ.今後の進歩性審査基準のあり方について
2.現行審査基準の課題
(4)立証責任が審査官にあることの明確化と拒絶理由における説明責任
進歩性について、審査官が立証責任を負うことは、特許法29条2項が消極的要件として規定されていることからも当然に理解される。
(以上)

私も以前は、上記提言と同じように理解していました。しかしその後、審査官は証明責任を負っていないという意見に変更しています。

特許法は以下のように規定しています。
第四十九条  審査官は、特許出願が次の各号のいずれかに該当するときは、その特許出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない。
二  その特許出願に係る発明が第二十五条、第二十九条、第二十九条の二、第三十二条、第三十八条又は第三十九条第一項から第四項までの規定により特許をすることができないものであるとき。
第五十一条  審査官は、特許出願について拒絶の理由を発見しないときは、特許をすべき旨の査定をしなければならない。

即ち、審査官は、拒絶の理由を発見したら拒絶査定するのです。「発見」はきわめて主観的であり、審査官自身がその心証を得れば足りると考えられます。“出願人と審査官の立証合戦で、真偽不明となったときには進歩性が認められる”という構造ではありません。
査定不服審判での審理についても同様の構造であると考えられます。
ただし、査定不服審判についての審決取消訴訟においてはじめて、証明責任が顕在化します。原告の出願人と被告の特許庁が証明合戦を行い、特許法29条の規定ぶりに対応し、真偽不明となったときは“進歩性あり”と判断されるでしょう。
そうとすると、査定不服審判の審決は、審決取消訴訟で敗訴しないような審決とすることが必要となるので、審決の中で“進歩性なし”と結論した根拠を詳細に記述することになります。

なぜ私は以上のような意見に到達したのか。

特許実用新案審査基準の第Ⅱ部第2章 新規性・進歩性には、以下のように規定されています。
1.新規性
1.5新規性の判断の手法
1.5.5新規性の判断
(3)機能・特性等による物の特定を含む請求項についての取扱い
①機能・特性等により物を特定しようとする記載を含む請求項であって、下記()又は()に該当するものは、引用発明との対比が困難となる場合がある。そのような場合において、引用発明の物との厳密な一致点及び相違点の対比を行わずに、審査官が、両者が同じ物であるとの一応の合理的な疑いを抱いた場合には、その他の部分に相違がない限り、新規性が欠如する旨の拒絶理由を通知する。出願人が意見書・実験成績証明書等により、両者が同じ物であるとの一応の合理的な疑いについて反論、釈明し、審査官の心証を真偽不明となる程度に否定することができた場合には、拒絶理由が解消される。出願人の反論、釈明が抽象的あるいは一般的なものである等、審査官の心証が変わらない場合には、新規性否定の拒絶査定を行う。

上記で“()又は()”とは、いわゆるパラメータ発明的なものを指し示します。

即ち、本願発明が新規パラメータで発明を特定したパラメータ発明的なものであり、引用発明にはその新規パラメータは記載されていないものの、どうも引用発明と本願発明とが同一であるらしいとの一応の合理的な疑いを抱いた場合には拒絶理由を通知し、出願人が意見書・実験成績証明書等により、両者が同じ物であるとの一応の合理的な疑いについて反論、釈明し、出願人の反論、釈明が抽象的あるいは一般的なものである等、審査官の心証が変わらない場合には、新規性否定の拒絶査定を行います。
ここでは、審査官は何ら証明責任を負わず、一応の合理的な疑いについて心証が変わらなければ拒絶査定できるというのです。

私は当初、この審査基準は裁判で否定されるだろうと考えました。審査官が何ら証明責任を果たしていないからです。
しかし、よくよく特許法を観察すると、上記のように51条では「拒絶の理由を発見」と規定しており、つまり審査官が(主観的に)拒絶の理由を発見したら拒絶査定するのであって、進歩性が存在しないことの証明は要求されていないことに気付きました。
だからこそ特許庁は、審査基準に以上のような基準を置くことができたのです。

一方、上記審査基準そのものは裁判で否定されないにしろ、査定不服審判に対する審決取消訴訟においては、被告たる特許庁が“進歩性なし”とした根拠を立証しなければなりません。結局は特許庁に立証責任のおはちが回ってくるのかも知れません。

さて、私の上記意見について、皆さんはどのようにお考えでしょうか。
コメント (5)
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