大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

日ごろ撮影した写真に詩、短歌、俳句とともに短いコメント(短文)を添えてお送りする「大和だより」の小筥集です。

大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

2012年08月29日 | 万葉の花

<362> 万葉の花 (32)  からあゐ (韓藍、辛藍、鶏冠草)=ケイトウ (鶏頭)

      鶏頭や 明治 大正 昭和かな

    吾が屋戸に韓藍蒔き生(おほ)し枯れぬれど懲りずてまたも蒔かむとぞ思ふ          巻 三  (384)     山部赤人

   秋さらばうつしもせむとわが蒔きし韓藍の花を誰か摘みけむ                     巻 七  (1362)  詠人未詳

   恋ふる日のけ長くしあれば吾が苑の辛藍の花の色に出でにけり                    巻 十  (2278)  詠人未詳

   隠(こも)りには恋ひて死ぬともみ苑生の鶏冠草の花の色に出でめやも                  巻十一  (2784)  詠人未詳

 からあゐは集中のこの四首に登場し、蒔くことが詠まれているものが二首、「苑」とあるものが二首で、秋に咲くことを示唆している歌が見えることから、花はみな野生でなく、植えられて秋に花をつける草花であることがわかる。

 384番の赤人の歌は「我が家の庭に韓藍を植えたけれども枯れたので、それに懲りることなく、また種をまこうと思う」との意であるが、この歌は韓藍を女性に置き換えて読むことを意図して作られているからそのように鑑賞するのがよいのではなかろうか。次の1362番の歌も「秋になると摺り染めにしようと思って蒔いた韓藍であったが、花は誰かが摘んでしまったことだ」と、花が見えないことを詠んでいるのであるが、韓藍を女性に置き換えて見れば、348番の歌と同じ作歌意図が見えて来るので、やはりこの歌も韓藍を女性とみて鑑賞するのがよいように思われる。

 また、2278番の歌は「恋い焦がれる日が長いので辛藍の花のように人に知られてしまったことだ」という意に解せる。2784番の歌は「人知れず恋焦がれて死ぬとも庭の鶏冠草の花のようには人に知られたくない」と詠んでいて、四首はみな「からあゐ」の花の目立つところに着目し、思いを募らせる恋の情を述べるのに用いているのがわかる。

 では、このからあゐというのはどんな花かということになるが、『本草和名』(深江輔仁・九一八年)に「鶏冠草 和名 加良阿為(からあゐ)」とあることから、からあゐと鶏冠草は同じもので、鶏冠草がニワトリの鶏冠(とさか)の意による名であることによって、これは今のケイトウ(鶏頭)に当たるという次第で、『万葉集』のからあゐはケイトウ(鶏頭)というのが定説になっている。

 また、からあゐは1362番の歌に「うつし」とあるように、花を摺り染めに用いたことを言うもので、ケイトウ(鶏頭)が染料花であったことを物語るものと言える。韓藍(からあゐ)とは呉藍(くれなゐ)と同じく、中国から導入された赤色に染める染料花を示すもので、青色に染める藍染めの藍(あゐ)に対して用いられ、ケイトウ(鶏頭)のからあゐ(韓藍)はベニバナ(紅花)のくれなゐ(呉藍)と区別したことが想像出来る。

 ケイトウ(鶏頭)は熱帯アジア原産のヒユ科の一年草で、我が国には中国を経て渡来し、万葉のころには既に庭などに植えられ、実用に供せられていたようで、これらの万葉歌からこのことは察せられる。種子によって繁殖する草花であるが、野生化は川原などに見られる程度で、ほとんどは庭や畑に植えられたものが目につくのは今も昔も変わりないと言えそうである。

              

 なお、ケイトウ(鶏頭)と言えば、正岡子規の「鶏頭の十四五本もありぬべし」という句が思い浮かぶが、この句は『病牀六尺』の人であった子規が死病の床から眺めた庭の一景で、彼が標榜して已まなかった写生の手本のような句としてある。この句を子規の病気と重ねて思うと、明治という時代が秋日の中で咲くケイトウ(鶏頭)の赤い花の情景に見えるようで、想起される。

 ケイトウ(鶏頭)を女性に見立てた万葉人はこの花の滲み入るような紅色に恋を思い親しみを抱いたのだろう。今日のように花の溢れる時代でなかった私の子供のころにはケイトウ(鶏頭)やヒャクニチソウ(百日草)は庭の主役で、私にはこれらの花が懐かしい抒情性をもって思い浮かんで来る。その花を手入れし、育てたのは大正生まれの母であったことが思われるところで、冒頭の句を得るに至った。言わば、ケイトウ(鶏頭)は蒔かれ蒔かれて遠い万葉の時代から今に引き継がれて来た花なのである。写真は天理市の山の辺の道近くの畑で撮らせてもらったケイトウ(鶏頭)の一品種、ウモウケイトウ(羽毛鶏頭)。右奥にトサカケイトウ(鶏冠鶏頭)が見える。

                                            

 

 


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