山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

‘12年 北海道くるま旅くらしレポート <第6回>

2012-07-07 05:54:56 | くるま旅くらしの話

【昨日(7月6日)のレポート】      

≪行程≫

道の駅:アップルスペースよいち →(R5・R36)→(小樽&札幌市内経由) → 北広島市内知人宅(泊)     <78km>

≪レポート≫

 昨日からしばらくの間、道内在住或いは先着滞在の知人を訪ねる予定が続くのだが、今日は北広島市内に別荘を作られているTさんを訪ねることになっている。Tさんは、毎年お世話になっている北海道HMCCというクラブの前会長さんである。HMCCとは、Hand Made Campingcar Club の頭文字をとった集まりの名称で、全国組織を持つ手作りのキャンピングカーをこよなく愛する、アウトドアライフを楽しむ人たちの集まりである。このクラブは、何しろまだ国産のキャンピングカーが無かった時代に、自力で工夫改造してキャンピングカーを作ってしまおうという人たちなので、皆さんどなたも知恵者なのである。住まいも兼ねる車となると、そこには様々な機能が求められるようになり、したがってさまざまな技術や技能が必要となるのだから、これはもう知恵のある人でなければつくることはできないのである。いわば我が国の旅車の草分け的な人たちの集まりだったといってもいいのではないかと思っている。その北海道の集まりに、ご縁があってここ数年お邪魔させて頂いている。モノづくりの無能者に等しい自分には、真にありがたい方たちで、何度も車の不具合をあっという間に救って頂いている。今日はそのTさんの別荘にお邪魔し、1年間のご無沙汰を謝し、再会を喜び合うという嬉しい日なのである。

 午後3時過ぎ頃にお邪魔しようと考え、午前中は余市の道の駅とその隣に接しているニッカウヰスキーの工場の見学などをすることにした。雲の多い朝だったが、次第に晴れ間が多くなり、いつもの太祖王建を見終わる10時頃は、青空の広がる晴天となった。梅雨の合間というべきなのだろうけど、蒸し暑さがなく清々しい感じがするのは、北海道の恵みなのかも知れない。TVを見終わった後、車をニッカ工場内にあるニッカ会館の方へ移動させる。売店やレストラン、試飲場などがあり、木陰のたくさんある癒しの場の様な工場が広がっている気に入りの場所だ。ウイスキーはビールや酒などの様にあわただしい行程を終えると直ぐに出荷される対応のお酒ではなく、じっくりと時間をかけて熟成させるため、その樽の置かれた場所は、お酒が眠りと目覚めを繰り返す安静の場所なのである。ニッカ以外の工場も幾つか訪問したことがあるけど、余市のここが一番素晴らしいと自分は思っている。相棒はカメラを抱えてたちまち消えて行った。自分の方は記録の整理などをした後、緑の木陰などを散策する。

 12時過ぎ相棒も戻って、近くの柿崎商店の食堂に昼食に出向く。いつものパターンである。この店の2階にある食堂は、安くて美味い地元の魚などを食べさせてくれる、旅の人には嬉しくありがたい人気スポットである。今日は珍しく二人ともメニューが同じとなり、ホッケの焼き魚定食をオーダーした。守谷在住の折には、原発事故以来魚を食べる機会が少なくなっているので、北海道へ来たら大いにその回復というか挽回を計ろうと考えており、今日はその始まりということになった次第。脂ののったホッケは美味だった。

 車に戻り一息入れた後、北広島を目指して出発する。昨日通ってきた小樽への道を戻って、市街を抜け、銭函から札幌市内へ。いつもだと銭函から当別や石狩方面へ行くことが殆どであり、札幌市内を走るのは久しぶりのことである。道路事情が複雑で渋滞の発生しやすい大都市の中を走るのはできる限り敬遠している。それに大都市といわれる建物と人の密集するエリアには旅車を受け入れてくれるような駐車場が皆無であり、何年か前札幌の大通公園近郊を訪ねた時には、1時間近くも付近を走り回っても駐車場は見つからなかったのである。それ以降あそこは旅車で行くべき場所ではないと固く思い込んでおり、今日はとにかくナビ任せで行くことにしている。R5からやがて訳の判らない道を右左折しながらの通行となったが、大都市というのは左側の道には至る所に車が駐車しており、右側を走ると右折車が通行を妨害している箇所が実に多いのである。それに慣れているためなのか、無理に入り込んできたりする車が多く、やっぱり遠回りしてもこのような道は通るべきでないな等と思いながらの通行だった。隣席の相棒は大半をコックリしながら座っているのだけど、時々目を覚まして危ない!などと声を発するので、イライラを増幅するのだった。

 思っていたよりも少し時間がかかって、16時少し前にTさんの別荘に到着。昨年頂戴した案内図では、丸太小屋と倉庫と書かれていたので、簡易造りの建物なのかと思い込み、直ぐ近くを通ったのにそれと気づかず行き過ぎてしまい、戻ってきてようやく気付いたのだが、丸太小屋などではなく、2階建ての立派な建物だったので驚いた。伺えばTさんが5年物時間をかけて手造りで完成させたのだという。1階部分は石積みの壁をコンクリートで固めて造り、その上にログハウス風の家が造られていた。想像をはるかに超えた見事な建築物だなと思った。さすがHMCCの方だなとも思った。仲間の方たちからは、どう評価されているのか判らないけど、知恵者の集まりの中では辛口の技術・技能論のコメントがあるのかもしれないけど、自分的には唸るほどの見事な手作りの家だと思った。

家の周辺には畑が造られ、一部ビニールハウスも作られており、その中には季節の野菜などが見事に育っていた。それぞれ自分で種を採り、苗を育てておられ、しかもその品種の選定は普通でないちょっと変わったものをつくるようにしているとか。例えば、まだ実のついていないトマトなどは、何年か前近くのCOSTOCOで買ったアメリカ産のトマトが美味しかったので、その実を採って苗を育てて作ったものだとか。茶色っぽい色のその実が、昨年はたくさん収穫できたとのこと。実に羨ましい。市の菜園を借りて細々と続けていた自分の野菜作りは、昨年の原発事故のセシウム騒ぎで、今は断念してつくるのを止めているのである。原野を買われてここまで持ってこられたTさんに改めて素晴らしいと敬意を表したい。

間もなく奥さんやお子さんもお見えになって、それから後は楽しい歓談が続いた。奥さんの丹精された料理をいただき、我が家からは「農家の嫁」などと言う妙な名前の薩摩は霧島の本格焼酎などを供出させて頂き、男二人は女性たちのことなどいつしか忘れ果てて心地よい酔いの中に時間の経つのを忘れて話の花を咲かせ続けたのだった。気が付けば22時半を過ぎており、話題は明日に持ち越して今日の一区切りとなったのだった。楽しさの中身は、楽しさの当事者だけが独占するものだと思うので、ここには書かない。いつもの通りである。

【今日(7/7)の予定】 

北広島市内知人宅 → 未定

コメント
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