山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

月の沙漠あれこれ

2010-02-03 00:57:59 | くるま旅くらしの話

羅漢槙に振られた後は、予定を変更して南房総に向かったのですが、その途中の御宿町でたちまち引っかかったのが、月の砂漠の碑とモニュメントでした。何度も通っていながら、まだ一度もそれにお目にかかっていなかったのです。羅漢槙に会えなかった分を取り戻そうという欲張り感覚が働いたのか、今日はちょっと寄ってゆこうと決めました。

いやあ、これは良かったですね。予想を遙かに上回る素晴らしい砂浜でしたし、又モニュメントも洗練されたものでした。月の砂漠といえば、何といってもその幻想的風景を思い浮かべさせるのは、あの詞(=詩)と曲でありましょう。ちょいと改めて書きたくなる文句です。

               月の砂漠

 作詩:加藤まさお    作曲:佐々木すぐる

1.月の砂漠を はるばると 

        旅の駱駝が 行きました

  金と銀との 鞍置いて

  二つ並んで 行きました

2.金のくらには 銀の甕

    銀の鞍には 金の甕

    二つの甕は それぞれに

    ひもで結んで ありました

3.先の鞍には 王子さま

  あとの鞍には お姫さま

  乗った二人は おそろいの

  白い上着を 着てました

4.ひろい沙漠を ひとすじに

  二人はどこへ いくのでしょう

  おぼろにけぶる 月の夜を

  対の駱駝で とぼとぼと

  砂丘を越えて 行きました

  だまって越えて 行きました

何とも幻想的な情景です。そしてこれは正に堂々たる幻想であり、誰でもが、恰もそれが現実であるかのような気分に酔ってしまうほどの幻想情景です。しかし、現実に引き戻して考えると、そんなことはあり得ないように思います。何故かといえば、砂漠の中を甕二つで旅をするなどということは、死出の旅のようなものであり、それは補陀落渡海と同じようなものだからです。そのような危ないことを、王子様とお姫様ともあろう者が出来るはずもありません。どんなに冒険好きの王族でも、許さないことでしょう。砂漠の行く先にあるのは死と考えられるからです。たった二人だけで砂漠をとぼとぼと旅するなんてことは、絶対にあり得ないことなのです。

折角のロマンを懸命にぶち壊している感じがしますが、逆説的にいえば、だからこそこの歌が心を惹くのかもしれません。作詞の加藤という方は大正ロマンのメンバーのお一人だったようで、病の療養で御宿に滞在されていた時に、この詞を書かれたということです。大正ロマンというのは、私にはどうもよく解りませんが、何か気だるいアンニュイ(倦怠)さを感じます。竹久夢二の絵などを見ても溌剌とした健康さは感じません。ま、何ごとも溌剌としていなければならないなどということはあり得ないのですから、時に倦怠感を感じそれに浸る時代や時があっても一向構わないということなのでしょう。これを書かれた時にはご本人が病の静養に来ておられたということですから、その心情は察することが出来るような気がします。ある種の空しさを背景に王子様とお姫様にロマンを託して書かれた詞なのだと思います。

ところで、原作は「砂漠」ではなく「漠」と書かれていたということですが、当用漢字が制限されているため「沙」が「砂」となったということです。私的には、漢字の使い方の制限などというのは全くナンセンスなことだと思っています。沙漠と砂漠では大違いです。どうしてかといえば、沙漠の沙というのは水際の砂ということであり、海や湖に広がる砂の広がりを意味しており、砂漠の砂というのは、砂の総称であり、多くの場合砂漠といえば、ゴビやアフリカやアラブの砂の世界をイメージします。

私は長いこと月の砂漠の砂漠というのは、アラビア半島あたりの砂漠ではないかと想っていました。アラビアンナイト(=千夜一夜物語)の世界を思い浮べると、王子様だのお姫様が相応しくイメージされるのです。まさかゴビ砂漠やアフリカの砂漠ではなかろうと思っていました。ところが、御宿に来て見て、この歌が砂浜に描かれた幻想であることを実感して、これは砂漠ではなく沙漠というのが正解だなと目からウロコの感じだったのです。

長いこと何故御宿なのか、御宿にいてどうしてアラビアの情景を想い浮かべられたのかということが解せなかったのですが、砂漠ではなく原作は沙漠だったと知って、加藤という方の詞に対する感性の素晴らしさを教えられたのでした。二頭の駱駝のモニュメントの近くに月をかたどった石の碑があり、そこに加藤さんの直筆と思われる最初の一節が刻まれており、それには沙漠と書かれています。

この幻想はアラビアなどではなく、正に日本の御宿の砂浜そのものの幻想だったのです。詩人の目には、御宿の浜を発って、その白い砂の向うに無限に広がる海原をも全て沙漠の世界と一体化されて映り、そこを大正ロマンの男女が駱駝に乗って何かを求めての彷徨いの旅に出るのが見えたのだと思います。沙漠がおぼろに煙るのも御宿であればこその幻想だったのだと理解しました。御宿海岸の砂浜は、今では幾つかの巨大ビルなどが建っていて、沙漠を想うには真にお邪魔虫でありますが、大正初めの頃の砂浜は、もっときれいで、もっと広かったのだと思います。

   

荒涼たる沙漠のイメージが、海と一体となって湧いてくる風景である。モニュメントの造られている場所も実に適切だなと感心した。

そう、もう一つ月の沙漠という曲はメロディも歌詞にぴったり合っていて素晴らしいと思います。帰宅して早速ネットで探してその歌を聴きました。森繁久弥の歌で聞きたかったのですが、それは叶いませんでした。

 

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