山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

旅の記録から:2005年東北の春訪ね旅(第16日)

2009-03-17 01:10:29 | くるま旅くらしの話

第16日 <5月9日()

道の駅:小川原湖→(市街地へ買物・松の湯温泉入浴など)→道の駅:小川原湖(泊)<6km>

昨日はまあまあだった天気が、今日は又ご機嫌斜めになって雨。終日降ったり止んだりの天気となった。昨日の反動もあり、今日は温泉以外は出歩かないことに決めて休む。邪魔にならないように駐車場の端の方に車を停め、落ち着く。道の駅にある地元の農産物売り場を覗くと、この辺りは山芋の特産地なのか巨大な山芋が驚くべき安い値段で売られていた。50円/kgくらいではなかろうか。信じられない値段だったが、買っても持て余しそうなので、残念だけど見るだけで済ませた。

 昼過ぎ飲料水の補給他の買物と近くにある「まつの湯」という温泉に入りに行く。ここに入るのは3度目くらいか。いい湯だ。心ゆくまで温泉を味わい、再び道の駅の定位置に戻る。今日は6kmの走行距離だった。こんな日もある。

   *   *   *   *   *   *

<旅のエッセー>

 

       下北半島のキタキツネ

本州の最北端大間崎から平舘海峡を南下して走る国道338号線は、海峡ラインと呼ばれている。この道を大間からは反対のコースでむつ市から脇野沢村に入って北上している時に一匹のキタキツネに出会った。大間にはいつも下北半島の北側を走る大間道でしか行ったことが無かったので、今回は未訪問の道の駅が二つもあるこの道を行ってみようと考えたのであった。

脇野沢村は、ニホンザルの北限の生息地として有名である。道の駅の直ぐ側に野猿公苑というのがあって、そこでも野生猿を見ることができるらしいのだが、その日は猿のいる気配は全く無く、加えて人の気配も無いがらんとした道の駅の建物の中で、ストーブを焚いたまま職員らしき人が奥のほうで何かやっている様子だった。猿はあまり好きでない。人間に似ているのが気に入らないし、善意よりも悪意の方が多い動物のような気がする。勿論これは自分の偏見であることは承知しているのだが、現実に猿を見ているとそう思ってしまうのだから仕方が無い。猿がいないのでほっとしたというのが実感だった。

話が脇道に逸れてしまった。失礼。その脇野沢村の道の駅を出て、地図では悪路の表示があったのだが、思いの外に道幅も広くてきれいに舗装されている海峡ラインの坂道を登ってゆくと、急に道からの展望が開けて、山と山の間から湖のように静かに広がる海の向こうに、対岸の平舘村の佇まいが見えた。

   

海峡ラインの標示石。暗くてよく見えないのが残念だが、かなりの難工事だったのではないかと思う。

   

海峡ラインから見る津軽海峡。ここまで緑の春がやってくるには、もう少し時間がかかるらしい。

「おお、素晴らしい!」と道脇に車を停め、外に出るのを横着して車の中から眼下に広がる景色を眺めていた。今日も天気が悪くて、雨が降り出しそうで寒く、先ほどの脇野沢の道の駅でもストーブを焚いていたほどなのである。春は間違いなくやって来ているのだが、このような揺り戻しの寒さにぶつかると、人間という奴は実に頼りない存在になるものである。

車の中から景色を眺めていると、道の反対側から突然一匹のキタキツネが飛び出して、近寄ってきたのである。思わずそいつに向って

「おい、ここは車が通る道だぞ!危ないから向こうの林の中に入んな!」

と声を掛けたのだった。すると逃げるどころか、何を勘違いしたのかそのキタキツネは、ますます近づいてくるではないか。人間によく狎れているらしく、少しも恐いなどとは思っていないようで、どうやらお腹を空かしているらしい。よく見ると雌のキタキツネらしく子育ての最中とも思えた。キタキツネの食べるようなものは車内には無く、又餌を与えるべきかどうか迷ったので、とにかく断ることにして、キツネ君に

「オイ、ダメだよ。おいらはもう年金暮らしなんだから、お前さんにご馳走してやれるほどのゆとりは無いんだよ!」

などと冗談半分に話し掛けたら、何となんと、ますます側に近づいてきて正坐をしてしまったではないか。これには参った。折角だから写真を撮ろうと隣の相棒にカメラを急かせて、シャッターを切った次第であった。どうやらこのジジイにはせがんでも無駄だなと思ったのか、しばらくするとそのキタキツネ君は諦めて山の中に戻っていった。

   

キタキツネ君の横顔。ケチなジジイに対して、少し怒っているようにも見える表情だった。

 

キタキツネには北海道を旅していて、何度も出会ったことがある。どこにでも居り、観光地では人間に狎れたというか狎れすぎた奴が、よれよれの柴犬のようななりをして、もの欲しそうに観光客の間をうろつき回ったりしている。

キツネと人間との付き合いは、大昔からの歴史があるようだが、必ずしも親密な友好関係があったとは思えない。それにも拘らず稲荷神社などが全国に点在しているのは、この動物に対する何か知らん人間の負い目のようなものがあるからなのだろうか。キタキツネもお稲荷さんのキツネの親戚なのだろうから、本当はもっと真面目に餌などを探して与えてやらなければならなかったのかも知れない。それにしてもこのキタキツネ君は北海道の奴とは違って毅然とした感じの風貌だった。

昔九州に住んでいたときに飼っていた柴犬のハチローに何処か面影が似ていた。ハチローは、近所の皆から愛されたいい奴だったのだが、誰かに毒を盛られて一晩苦しんだ後、とうとう逝ってしまった。その時未だ小学生だった子供達が大声をあげて泣いていたのを哀しく思い出す。このキタキツネ君を家に連れ帰って、キツネではなく柴犬として登録して扱えないものか、などとバカなことを考えたりもしたが、現実には到底無理なことである。第一このキツネ君自身が断固拒否するであろう。山の中の巣には何匹かの愛する我が子が待っているに違いないのだから。

海峡ラインの春は海にではなく、山にある。もこもこと膨らみ始めた山々の動きは、今日の寒さに心なしか止まってしまっているように見えるけど、おそらく何家族ものキタキツネの生命を包み育みながら、これから一層活発になるに違いない。ここへ来てよかったという満足感に満たされた嬉しい時間であった。

 

 鈍色の海を鎮めて山笑う    馬骨

  

 下北の春は狐を浮かれさせ   馬骨

  

 迷い狐に海峡の山は微笑みて  馬骨

                                           5.8.2005

 

 ※ 明日から2、3日休みます。

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