山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

08年 四国八十八ヶ所巡りの旅 (第21日)

2009-01-26 04:43:37 | くるま旅くらしの話

第21日 <10月22日()

道の駅:みまき→(県道・R18)→軽井沢町:私営駐車場→(軽井沢散策)→(R18・県道)→伊香保温泉:塚越屋七兵衛旅館(温泉) (群馬県渋川市)→地球屋(榛東町)→(県道・R17R120・県道) →道の駅:川場田園プラザ(群馬県川場村)(泊) <150km

朝起きて近くを散策してみると、道の駅の駐車場は山寄りで狭く、道路の向かい側に温泉施設があり、それに加えて何か福祉施設のようなものがあり、こちらの方は、道の駅の何倍もの広さの駐車場が備わっていた。奥まった所を走る県道なのだが、夜間はともかく朝夕は結構車が多くて、予想外だった。給水施設もあり、泊まるのには条件の良い所だなと思った。

昨日の夜、邦子どのとの話で、今日は伊香保の温泉に入り、その後どこか近くの道の駅に泊まり、明日には帰宅しようということにする。先ずはその前に久しぶりに軽井沢の町を歩いてみることにして出発。昨日来た道を小諸まで戻って、小諸からR18に入って軽井沢方面へ。軽井沢はこのところしばらくお邪魔していない。町の手前で旧道の方へ左折して、しばらく走って軽井沢の町の中へ。軽井沢の町は森の中にある別荘社会が基盤である。紅葉が始まっており、森の中の住まいは静かに秋に浸っている感じがする。中心街はビルなどは殆ど無いけど、それでも観光客も多くて独特の都会化された雰囲気がある。それがこの町の表面的な売りになっている。

中心街近くの駐車場が空いていたので、車を入れようとすると、キャンピングカーはダメだと断られた。観光バスと普通車が何台か停まっていた。どういうことかと疑問を感じていると、少し先のもう一つの駐車場を指して、あそこなら大丈夫だという。仕方なくそこへ行ったら、この車は普通料金ではなく倍の千円貰わないと、などと言っている。それなら止めにしようとすると、仕方なさそうに、じゃあ普通料金でいいから、奥の方に停めろという話だった。よほど止めようかと思ったが、ま、とにかく我慢して料金を払い、車を所定の場所に入れたのだった。足元を見られたようでどうもスッキリしなかった。

久しぶりの軽井沢の商店街をその後1時間ほど散策したのだが、全体印象としては俗世間化が進んだなと思った。

   

軽井沢の商店街。ボンネットバスが走って来たが、人影はまばらで、大した感興も湧かない。

昔の軽井沢の香りはどこかに消し飛んで、観光客相手の売らんかな主義が随所に現れている気がした。一番ガッカリしたのは、公衆トイレのお粗末さだった。およそ清潔なイメージとはかけ離れたもので、それは今の軽井沢の町の恥部を表象している感じがした。また、町営駐車場も狭くて、我々の車などとは無縁の存在だった。表の商店街も時折やってくる観光客が、只ひやかしで通過するだけで、街の雰囲気をじっくり楽しもうとしている風には思えなかった。商店街の一番奥まった場所にあるカエデや山もみじの鮮やかな紅葉だけが昔のままの軽井沢の秋を語っているような気がした。その昔の雰囲気や特徴をすり減らした町には、大した魅力も無く、もう再びここに来ることは無いだろうと思いながら車に戻った。

   

商店街のどん詰まりの所にもみじとカエデの大木があった。樹木の紅黄葉だけは、俗化もせず心を偽らない。

軽く昼食を済ませた後、伊香保に向う。碓井バイパス経由で山を降り、高崎市郊外から県道に入って伊香保を目指す。今日の温泉は、温泉手形に載っているその名も「塚越屋七兵衛」という名の老舗旅館の風呂である。高崎から伊香保に向うのに真っ直ぐ行ける道がなく、県道を何回か走り継いでようやく目指す旅館を探し当てた。本道から急な坂を下った場所に旅館はあった。早速入浴の準備をして受付に向う。

歴史と老舗の伝統を感じさせる立派な旅館で、我々のような旅の者が本当に無料でOKなのだろうかと、少し心配だったが、それは全くの杞憂だった。親切にご案内頂いて、その後は、名湯を独り占めだった。茶色のお湯と、外には澄んだ色のヒノキの桶の風呂があり、それらを存分に楽しんだ。入浴が終わって上がろうとする時に、一人入られる方がやって来たのだが、その方の話では、ここの風呂が伊香保では最も伊香保らしい優れたお湯なのだという話だった。入浴を終えての帰りがけ、旅館の番頭さんらしき人のお話では、伊香保には源泉を持つ旅館やホテルは現在7ヶ所あり、ここはその一つだと言うことだった。身体も良く温まり、最高の温泉に入れたことを嬉しく、ありがたく思った。機会を作って、今度は泊りがけでお湯を楽しみたいなと思った。

温泉旅館を出て、とにかく渋川の方へ行って、道の駅:こもちにでも泊まろうかと考えたのだったが、邦子どのがその前に近くに地球屋という和風アンティーク商品を扱う店があるので、ちょっとそこへ寄りたいと言う。初めて聞く名前なのだが、その業界の中では結構有名な店らしい。坂を下る途中の道を2kmほど走るとその店があった。どんな所かとちょっと覗いてみたら、日本の古来の様々な生活用品が並べられていた。その中で邦子どのの最大の関心はどうやら裂き織り用の布地のようだった。店の中は、明治・大正・昭和の戦前の古さの中に江戸時代も少し混ざった感じの雰囲気があった。この分では腰を落ち着かせたら、ここに泊まりになってしまう可能性があるので、今日は軽くい下見をする程度で止めて貰い、追って存分に見る機会を作りましょうということにして、20分ほどで切り上げて貰った。

その後は、子持の道の駅より少し奥に入るけど、未だ行ったことがない、川場田園プラザという道の駅へ行ってみることにした。川場村は、沼田市に隣接する田園地帯である。南北を山に囲まれているけど、思ったよりも広い田んぼや畑が広がっており、道の駅も村の中心施設なのか、農産物の加工場などもあって、地場の野菜などの売り場も備わった立派なものだった。道の駅の経営は第3セクター方式で委託されているらしく、随所に株式会社川場田園プラザの名が書かれていた。

広い駐車場の隅の方に車を停め、今夜はここにお世話になることにして、夕食の準備をする。旅も明日で終わりである。八十八ヶ所巡りが済んで、早や1週間以上が経っている。時間の過ぎるのは早い。その夜は夜半から時々雨が天井を叩いていて、どうやら天気はあまり機嫌が良くないらしかった。

コメント
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