山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

失礼しました

2009-01-07 16:22:41 | 宵宵妄話

 5日から今日までの二日間、急に思い立って小さな旅に出ました。温泉を楽しむことを核とする、老人の思いつきの旅であります。そのためブログを発信することが出来ず、勝手な休みとなってしまいました。このようなことは、これから先も頻繁に起こるかもしれません。老人の気まぐれとしてお許しあれ。

 知らない人は知らないと思いますが、知っている人は誰でも知っている、茨城県は北茨城市の五浦(いずら)という所に行って来ました。五浦といえば、明治のわが国美術界の偉大なる指導者、岡倉天心師が住まわれ、明治期の画壇の俊英を集めて育てられた地でもあります。太平洋に小さく突き出た巌の岬の景勝の地ですが、此処の地に往時の俊英が集まったというのは、今の時代では想像もつかない奇跡のような感じがします。

そこへ行ってきました。といっても、岡倉天心師への思いを訪ねるというような大それたことではなく、単に岬の突端に湧出する名泉に浸りたいというだけのことなのです。その露天風呂に浸りながら、遠く太平洋に浮かぶ巨大なタンカーの往来を眺めつつ幾ばくかの時間を楽しんだのでした。その夜の宿は、勿論我が愛車の中、思ったよりも暖かい冬の一夜を海辺の広場で静かに過したのでした。

 翌日朝一番の日の出は、今年の守谷の中途半端なそれとは大違いのすばらしいものでした。お天道様に向って拝みたくなる日本人の気持ちが良く解る気がしました。 

   

五浦の岬の灯台近くからの日の出。水平線から浮かび上がる太陽には、何ともいえない温かさがある。   

ご来光を拝した後は、五浦の天心先生の住まいなどを訪問して、久しぶりに往時の魁(さきがけ)を行く人の心に思いを馳せたのでした。横山大観、町田春草他、往時の画壇の俊英の師として、ゆるぎなき信頼の核に居られた人の生き様は、六角堂という太平洋に面した波浪をまともに受けて見下ろす小さな坐居にその姿を思い浮かべれば明らかなことだなと思いました。

   

岡倉天心が座して瞑想と読書等に時を過したという六角堂。直ぐ下まで巌に砕けた太平洋の波浪が飛沫となって打ち寄せる。

 小さな記念館の中には、平櫛田中(ひらぐしでんちゅう) 師の名作五浦釣人という天心先生をモデルに刻んだ像が据えられており、何年か前まで平櫛田中先生が住んでおられた小平市の記念館で何度も見た塑像の小さなものと比べて、圧倒的な迫力を感じたのでした。小平市には縁があって、20代の頃から還暦を迎える近くまでお世話になったものですから、田中(でんちゅう)先生のお住まい跡へも何度も訪問し、その度に五浦の天心釣像に心引かれていたのですが、改めて、その時代を超越した生き様の岡倉天心という方の凄さを再確認すると共に、釣り船を出して糸を垂れる普通の人の心境を嬉しく感じたものでした。

 五浦のあとは、山を超えて茨城県北部の大子町に寄り、そのあといつもの喜連川(栃木県さくら市)の露天風呂に入り、少し南の芳賀町の道の駅に泊まって、今日は真岡市の真岡井頭温泉というのにちょっぴり浸って、先ほど帰宅したところです。

 明日から再び八十八ヶ所巡りの記録を紹介させて頂きます。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする