山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

08年 四国八十八ヶ所巡りの旅 (第8日)

2009-01-12 00:10:01 | くるま旅くらしの話

第8日 <10月9日()    

道の駅:みま→第41番:龍光寺→第42番:仏木寺→第43番:明石寺→道の駅:内子フレッシュパークからり(愛媛県内子町)→第45番:岩屋寺→第44番:大宝寺→第46番:浄瑠璃寺→第47番:八坂寺→第48番:西林寺→第49番:浄土寺→道の駅:風早の郷風和里(愛媛県松山市) (泊)  <187km

ようやく若者たちの騒ぎ声が無くなって、浅い眠りに就いてしばらく経ったと思ったら、4時過ぎごろ、今度はご老人の会話に眠りを乱される。トイレ近くにある街灯の下にあるベンチに坐った早起き()の男女二人のご老人が、当たりはばからぬ大声で何やら愚痴めいたことを話し合っていた。道の駅の交流機能というのは、このような形で実現されているのであろうか?今回の旅では、何度も安眠を妨害されて、何だか疑問を覚えざるをえない。朝から、愚痴である。悟り(?)には遠い。遠い。

さて、今日は松山市とその近郊のお寺を巡る予定である。昨日から、愛媛県に入ったが、伊予は菩提(ぼだい)の道場と呼ばれている。菩提とは、悟りの入口あたりということなのか。悟りには幾つかのレベルがあるようだ。今日も流れに沿って、廻れるだけ廻ることになるだろう。先ずは道の駅近くにある第41番札所龍光寺(りゅうこうじ)へ。稲荷神社と一緒の小さなお寺だった。次は10分足らずで第42番仏木寺(ぶつもくじ)へ。ここは茅葺の鐘楼が印象的だった。この頃は鐘を撞かないお寺が多いけど、ここもそうなのだろうか。

次は30分ほど走って、第43番明石寺(めいせきじ)へ。ここは山際の坂を登った所にある落ち着いた雰囲気のお寺だった。急な石段を登ると山門があり、その奥に本堂が控えていた。お寺というのは、やっぱり山奥に位置している方がお寺らしい雰囲気がある。古刹の趣きたっぷりのお寺だった。

次は第44番大宝寺(たいほうじ)だが、これは少し遠い。途中にある内子の道の駅:内子フレッシュパークからりで、昼食休憩とする。この道の駅は、活性化している道の駅の日本の代表的な存在だと思う。今日も大勢の人が地産品を求めて訪れていた。ようやく駐車場の空きを見つけた後、早速獲物の獲得に。魅力的な野菜や食べ物が多い中で、栗の安いのが大量に置かれており、思わず衝動買いをしてしまった。何と1kg150円なのだ。これを無視するわけには行かない。車に戻って直ぐに茹でるのを開始。今年の栗はこれが最後となるだろう。茨城県の栗は、もうとっくに終わりに近づいている。

昼食の後は、道の流れからはどうやら大宝寺よりも第45番札所の岩屋寺(いわやじ)を先にお詣りしたほうが良さそうである。ということで岩屋寺に向う。ここもかなりの難所だった。お寺の入口近くを流れる川の脇にある道に車を停め、歩いてお寺に向う。15分ほど急な細い登り道を辿って、ようやく到着。邦子どのには結構きつかったようである。急崖を削ったような小さな平らの場所にお寺はあり、真に岩屋の呼び名が相応しい。本堂の上の崖には修業様なのか洞窟のようなものが掘られていた。よくもまあ、このような場所にお寺が造られたものである。般若心経を唱え、祈りを奉げる。

   

文字通り岩屋の中にある岩屋寺の本堂。梯子の上の祠は修業道場か。

次は大宝寺。ここも駐車場から少し歩いての参詣である。山道をしばらく歩くと、巨大なわらじのぶら下がった山門があった。その奥の本堂や大師堂、鐘楼などは苔むして貫禄のある立派なものだった。多くの巨樹に取り巻かれて閑静な中の境内にいると、疲れや心の憂さが洗い流される感じがする。この雰囲気が素晴らしい。

次の第46番札所浄瑠璃寺(じょうるりじ)までは、約1時間ほどかかった。ここからは松山市となる。しかし未だ市の中心部からはかなり遠い。駐車場が無く、道路脇の狭い小さなスペースに停めなければならず、駐車に苦労する。大急ぎで参詣を済ます。次の第47番八坂寺(やさかじ)は車で3分ほどの直ぐ傍にある。縦長の山門が印象的だった。そこから5分ほど走って第48番札所の西林寺(さいりんじ)へ。もう16時半近くなっており、急ぎ参詣を済ます。次第に市の中心街に近づく。第49番の浄土寺(じょうどじ)の参詣を終えたところで、ついに今日の打ち止め()となる。本当はあと二つ、51番まで廻ると明日以降の行程に好都合なのだが、致し方ない。というのも、松山近郊の道の駅といえばかなり遠くて、一番近いのが北条市(今は松山市)にあるものなのだ。今夜はそこに泊まって、明日もう一度松山市の中心部まで戻って来なければならない。往復すれば60km以上の走りとなる。今日、栗なんぞを茹でたのがそもそもの時間ロスの原因だった。

暗くなった市街地を走り、更に郊外をしばらく走ってようやく道の駅:風早の郷風和里に到着。海に近く、風があったら嫌だなと思っての到来だったが、どうやら今夜は風の方は大丈夫のようである。しかし、R196の直ぐ側にあるので、夜通し交通量が多くトラックなどの騒音に悩まされるのは必至である。文句を言っても仕方が無いので、とにかく早めに休むことにする。

◇「色不異空。空不異色。色即是空。」とは何か。

「色は空に異ならず、空は色に異ならず。色は即(すなわ)ち是れ空、空はすなわちこれ色なり。」 この一節は般若心経の核となる考えを述べている、有名な箇所である。

簡単に言えば、色というのも空というのも同じだということであろう。色というのは色(いろ)ではない。色(しき)なのである。好色などと勘違いをして、色は空しいなどと理解すると、とんでもないことになる。色というのは精神作用を含めた物質的現象の全てを意味しているのである。それが空と同じだというのは、空が本質を指しているからである。

この関係は原因と結果の関係に似ている。ある出来事の原因を辿ってゆくと、その一番奥に出来事を惹き起こした真の原因が潜んでいる。その原因を的確に捉えないと、どのように良さそうな手を打っても、問題は様々な形で再び何度も生じて来るものだ。その一番奥にある原因は問題の本質といってよい。色の本質は空なのだというのが、観自在菩薩が「深般若波羅蜜多」を行じている時に照見した結論だったのである。

このことについていろいろと想いを巡らしてみると、現象というのは、本質から生まれ出るものなのだから、現象にとらわれて悩むときは、その本質に思いを馳せればよいということになるように思う。例えば運命論などというのも、己の運命はこの世に生きている間だけの現象なのであり、それはジタバタしてみてもどうにもならないものだと観念してしまう。どうにもならない絶対的なものが本質なのだと考えることによって、余計な邪念を片付けるという発想のように思える。

甲州の武田一族が滅びる時、恵林寺の快川和尚が放った偈()に「心頭を滅却すれば火も自ずから涼し」があるが、これなどはやせ我慢ではなく、人間の生というものの本質を見抜いた一喝だったのではないかと思う。色即是空、空即是色というのは、やはり絶対的な真理のような気がしてならない。

コメント
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