先日、仕事のため大阪へ出掛けました。仕事は午後からだったので、曽根崎にあるお初天神に近いお蕎麦屋さんの「瓢亭(ひょうてい)」でお昼を食べることにしました。お初天神を抜けて、細い路地に入ったところにお店はあります。表通りの賑わいとは一転して、路地は静かです。お店の中は薄暗く、最初に戸を開けた時は様子が良く分からず、ほんの一瞬「営業しているのかな」と思いましたが、目が慣れると大勢のお客さんの姿が認められました。ここは蕎麦に柚子を練りこんだ夕霧蕎麦が有名で、もちろんそれを注文しました。蒸籠に盛られて出てきたお蕎麦は白っぽく、暗がりの中でいよいよ深く黒く見える蕎麦つゆとは対照的です。お蕎麦を食べながら、ふと、谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」のことが思い出されました。薄暗い室内での食事についてのくだりです。「その外醤油などにしても、上方では刺身や漬物やおひたしには濃い口の『たまり』を使うが、あのねっとりとしたつやのある汁がいかに陰翳に富み、闇と調和することか。また白味噌や、豆腐や、蒲鉾や、とろろ汁や、白身の刺身や、ああいう白い肌のものも、周囲を明るくしたのでは色が引き立たない。第一飯にしてからが、ぴかぴか光る黒塗りの飯櫃に入れられて、暗い所に置かれている方が、見ても美しく、食慾を刺激する。あの、炊きたての真っ白な飯が、ぱっと蓋を取った下から煖かそうな湯気を吐きながら黒い器に盛り上がって、一と粒一と粒真珠のようにかがやいているのを見る時、日本人なら誰しも米の飯の有難さを感じるであろう。かく考えて来ると、われわれの料理が常に陰翳を基調とし、闇というものと切っても切れない関係にあることを知るのである。」この文章にお蕎麦は出てこないのでシチュエーションは違いますが、これを思い出して、いよいよますます、お蕎麦のほのかな柚子風味は上品に感じられ、モチモチ感の強いお蕎麦が、生卵が溶かれたおつゆと絡まって口の中でツルっとする食感は、心地よく感じられました。久しぶりに足を運んで良かったなぁ、と思いました。また、これから仕事でなければ、お銚子のひとつでも頼んだものを、と残念に思いました。
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