花・伊太利

日々の生活に関する備忘録です。

シモバシラ2020

2020-02-09 19:13:16 | 季節/自然
 土曜日、いつもより少し早起きをしてシモバシラを見に行きました。土を持ち上げる氷の柱の霜柱ではなく植物のシモバシラです。茎は枯れても根っこは生きていて地中の水分を吸い上げ、それが冬の冷え込みで氷の花を咲かせるシモバシラです。今年は暖冬でどうかなと思っていましたが、木曜、金曜の冷え込みで成長したのか、小さいながらシモバシラの花を見ることが出来ました。地面の下の水分を地上の花に変えるシモバシラの働きは、子どもたちの成長を促し世に出している教育に携わる方々に通ずるものがありそうです。そんなことを思いながらひとつひとつのシモバシラを眺めました。いろいろな力の助けを借り、シモバシラは花を咲かせているのです。

思ふどち

2019-11-06 21:58:18 | 季節/自然
 「思ふどち春の山辺に打ち群れて そことも言はぬ旅寝してしが」、これは三十六歌仙のひとり、素性(そせい)法師が詠んだ歌です。思うどち、つまり気心の知れた仲間同士が、春の山に出掛けて、どこでとは言わないけれど、旅先で寝てみたい、といった歌意でしょうか。

 11月の三連休のある日、山登りに出掛けました。春の山辺から季節は半周回って晩秋の趣きさえ漂っていましたが、山を楽しんだ点では素性法師と同じだったのではと思っています。と言うのも、今年はやけに雨が多く、山の計画を立ててもずっと雨に泣かされてきました。久しぶりの今回の登山は快晴に恵まれ、遠くは加賀の白山まで見通せて、広々感、伸び伸び感で文句なし開放的な気分を味わえたからです。旅寝とまではいきませんが、こころ長閑にくつろいだ気分を味わえました。

 素性法師は次の歌も詠んでいます。「もみぢ葉に道はむもれてあともなし いづくよりかは秋のゆくらむ」
 日ごとに山は冬の装いになってくることでしょう。素性法師ならずとも、知らぬ間に秋がどこへやら去っていくのを、後になって気づかされます。この先、天気が安定して、もう1、2回は秋の名残の山を歩けると良いのですが。

秋のみぞ多かる

2019-10-12 02:19:52 | 季節/自然
 徒然草・第十九段から。
 「やうやう夜寒になるほど、雁鳴きてくる比、萩の下葉色づくほど、早稲田刈り干すなど、とり集めたる事は、秋のみぞ多かる。」
 「とり集めたる事は、秋のみぞ多かる」、秋はやるべきことが多くて、しかも一時期に集中すると兼好法師はおっしゃっています。もし今の世にいらっしゃれば、早稲田の刈り取りや日に干す作業のほかに、台風来襲に備えた買い出しや家の戸締り確認を加えられるのではないでしょうか。
 さておき、何事もなく台風が通過していくよう祈ります。

ヒヤシンス

2019-03-03 15:51:01 | 季節/自然
 内田百閒の昭和二十年三月二十二日の日記に次の記述が見られます。
「午過省線電車にて出社す。いつぞや古日に貰つたヒヤシンスの球根を咲かせた白い花の鉢を一昨日郵船の部屋に持つて行き今日もまたさげて行つた。部屋に落ちついてゐると微かな芳香がただよふ。ヒヤシンスにこんないい香りのある事は知らなかつた。」(「東京焼盡」中公文庫)
只今、我が家のヒヤシンスも甘い香りを放っています。昭和二十年三月と言えば、敗戦の色が濃くなってきて、東京が日々焦土と化していました。内田先生の頃と今とでは、世情はまったく異なりますが、寒さが少しずつ和らぐ中、咲きだした花を愛でては気持ちが明るくなることに、何の相違もありません。さあ、3月になりました。これから季節がどんどん動いていくことでしょう。