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『図書館員の未来』

『図書館員の未来』

 『図書館員の未来』

デジタルネットワーク時代の著作権法

―未来の図書館員の意識改革のために

村井麻衣子

はじめに

デジタル技術やネットワークの進展に伴い、著作権法の改革が求められている。近年は頻繁な改正がおこなわれていて、二〇二一年には図書館関係の権利制限規定である第三十一条が改正され、インターネットを通じた図書館資料の利用可能性が拡大した。

図書館と著作権法の関わりについて、従来は、現行の著作権法を前提とし、どのようにして著作権法を順守して図書館サービスや業務をおこなうかということに焦点が当てられることが多かった。社会的にコンプライアンス(法令順守)が求められる以上、著作権法に抵触しない方法で図書館サ―ビスを提供しなければならないのは当然のことではある。しかし、未来の図書館を視野に入れるならば、従来の著作権法を所与のものとせず、望ましい図書館のあり方を実現するために著作権法がどうあるべきなのかということを、図書館の側から提示していくことも必要になってくるだろう。デジタルネットワーク時代の現在、著作権法が変化しつづけているなかで、図書館員の著作権法に対する姿勢や認識もアップデートしていくことが求められる。本章では、現在様々な側面から指摘されている著作権法の課題を共有し、図書館と著作権法をめぐる問題を整理することで、未来の図書館員が時代に適した図書館の実現に向けて著作権法の課題を解決していくために、何が必要とされるかを考える。

1背景著作権法の課題

技術的環境の変化

デジタル技術やインターネットの発達によって、著作権法をめぐる状況は大きく変化した。「著作権法の第三の波論」では、著作権制度の歴史的変遷を三つの波に例えている。第一の波は著作権制度の成立を促した印刷技術の普及(十六世紀以降)であり、第二の波である複製技術の普及(二十世紀半ば以降)は、著作権を私人の活動を規制する権利に変容させた。さらに、インターネットの普及(二十世紀末)という第三の波によって、誰もが情報を公に送信することができるようになり、私的領域と公的領域が混然一体として分かちがってきた。著作物の利用がきわめて容易になり、その機会も増加している。

このようにデジタル化が進みインターネットが普及した現在は、著作権法にとっての「憂鬱の時代」であるともいわれる。著作権制度のあり方そのものを根本的に改革すべきだとして、パラダイム転換の必要性やリフォーム論も唱えられてきた。

デジタル技術やインターネットの発展は、社会を豊かにし、図書館サービスやデジタルアーカイブをより便利で充実したものにする可能性をもたらす。著作権制度が足かせになって、技術による恩恵の享受に失敗することがあってはならないと指摘されているように、現代の技術的環境に応じた著作権法のあり方を模索していく必要がある。

少数派バイアス――利用者の利益が法に反映されにくいという構造的課題

著作権法の政策形成は、少数派バイアスの問題に大きく影響されることが、近時、指摘されるようになっている。一般に、立法プロセスはロビイング活動の影響を受けやすく、組織化された利益は反映されやすいが、組織化されない利益は反映されにくい。特に著作権制度は、有体物のような物理的な歯止めが存在しないため、少数に集中した権利者側の利益が法に反映されやすく、広く拡散した利用者側の利益は、総体としては大きな利益であっても法に反映されにくいという、構造的なゆがみが生じやすい。

このような構造的なバイアスを矯正するためには、利用者側の利益を十分に汲み取った著作権法の立法・運用がなされることが必要になる。著作権法の目的として、権利者の保護と利用者の利用の自由のバランスをとりながら、最終的に「文化の発展」に寄与することが掲げられているように(第一条)、権利者の利益とともに利用者の利益にも十分配慮することが求められる。

2図書館と著作権法第三十一条

著作権法第三十一条

著作権法は、第三十一条に図書館に関する権利制限規定を置いている。著作権の存続期間が過ぎていない著作物については、原則として複製(コピーなど。第二十一条、第二条第一項第十五号を参照)や公衆送信(インターネット上へのアップロードなど。第二十三条、第二条第一項第七の二号を参照)など、著作権法が定める一定の行為に著作権が及ぶが、第三十条以下に規定される著作権の制限規定に定められている行為は、著作権者の許諾なく自由におこなうことができる。

第三十一条は、いわゆる「複写サービス」(第三十一条第一項第一号)や、「保存のための複製」(同項第二号)、「他の図書館等の求めに応じた複製」(同項第三号)などを図書館がおこなうことができる旨を定めてきた。

第三十一条に基づいた複写サービスとして、図書館等は調査研究をおこなう利用者の求めに応じ、公表された著作物の一部分を一人につき一部、図書館資料を複製して提供することができる。従来、複製と複製物の提供だけが認められていて、紙に複写したものを郵送することはできるが、ファクスやメールなどで送信すること(公衆送信)はできないという課題があった。

二〇〇九年には、現在の第三十一条第六項が新設され、国立国会図書館は納本と同時に図書館資料を電子化(デジタル化)することが可能になった。さらに一二年に現在の第三十一条第七項が追加され、絶版等資料(絶版などの理由によって一般に入手することが困難な図書館資料)に限って、ほかの図書館などヘインターネット送信することが可能になった。しかし、入手困難資料のデータの送信先は図書館などに限定されていて、利用者が電子化資料を閲覧するためには図書館などに赴かなくてはならないという課題があった。

二〇二年著作権法改正

二〇二一年、新型コロナウイルス感染症の流行でインターネットを通じた図書館資料へのアクセスのニーズが顕在化したことなどを背景に、第三十一条が改正された。①国立国会図書館によって電子化された資料のうち、絶版などの理由によって一般に入手することが困難な図書館資料をインターネットを通じて個人向けに送信することが可能になるとともに、利用者の調査研究の用に供するため、図書館資料である著作物の一部分を公衆送信することが可能になった。

「国立国会図書館による絶版等資料の個人向けインターネット送信」は、絶版等資料を利用者に直接インターネット送信することを可能とするものであり(第三十一条第八項)、二〇二二年五月十九日からサービスの提供が開始された。対象になる資料は、絶版等資料のうち三ヵ月以内に復刻などの予定があるものを除いた「特定絶版等資料」(第三十一条第十項)である。

②「図書館等による図書館資料の公衆送信」は、従来のいわゆる複写サービスについてインタ―ネット送信など(公衆送信)を可能とするものである(第三十一条第二項)。公衆送信が可能な範囲は、従来の「著作物の一部分」という原則を維持しながら、複写サービスを含めて、著作物の全部を複製もしくは公衆送信できる場合として、「国等の周知目的資料その他の著作物の全部の公衆送信が著作権者の利益を不当に害しないと認められる特別な事情があるものとして政令で定めるもの」が規定された(第三十一条第一項第一号かっこ書き、同条第二項かっこ書き)。「政令で定めるもの」としては、改正前に著作物全部の複製が認められていた「発行後相当期間を経過した定期刊行物に掲載された個々の著作物」などが定められた(著作権法施行令第一条の四、同法第一条の五)。また、「著作物の種類(略)及び用途並びに当該特定図書館等が行う公衆送信の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合」には、公衆送信をおこなうことができないと定めるただし書きが設けられた(第三十一条第二項ただし書き)。絶版等資料に限らず一般に入手可能な資料対象になるため、権利者の利益に配慮して補償金の支払いが義務づけられている(第三十一条第五項)。

11月28日(火) 『「家庭」の誕生』

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