スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

ダイアモンドシティ&観念と意志作用

2018-05-19 19:08:23 | 血統
 日曜のヴィクトリアマイルを勝ったジュールポレールは祖母が1988年にアメリカで産まれたダイアモンドシティという馬で,輸入基礎繁殖牝馬に該当します。ニキーヤと同じでファミリーナンバー9-hですが,同一ファミリーでもそれぞれに分枝はあり,ニキーヤとダイアモンドシティは同一牝系とはいい難い間柄になっています。
                                      
 2頭の産駒をアメリカで産んでから輸入されました。しかし産駒からは重賞の勝ち馬は出ていません。孫の代にあたるサダムパテックがダイアモンドシティの一族から最初の重賞の勝ち馬。そして半妹のジュールポレールが2頭目の重賞の勝ち馬です。血統というのは不思議なもので,一族から重賞の勝ち馬は続々と出るものの大レースにはなかなか手が届かないという牝系もあれば,重賞の勝ち馬は多く出ないけれども出たらその馬が大レースも制覇するという牝系もあります。ダイアモンドシティは典型的な後者に属するといえるでしょう。そしてこの一族が日本で続いていくかどうかは,ジュールポレールが無事に繁殖牝馬となり,活躍する馬を出せるかどうかにかかっているといって過言ではありません。
 牝系の基点となっているのはダイアモンドシティの4代母に当たる馬。ここまで辿ると日本での活躍馬も何頭か出ています。そのうち最も活躍した馬ということであれば,マーベラスサンデーになるでしょう。マーベラスサンデーの叔母には1986年にクイーンステークスを勝ったロイヤルシルキーがいます。
 今世紀以降ということになると,2008年にアイビスサマーダッシュとセントウルステークス,2009年にアイビスサマーダッシュを勝ったカノヤザクラがこの牝系を出自としています。

 個々の観念ideaと個々の意志作用volitioは同一です。ですから一端が固定しもう一端が運動する直線を肯定する意志作用と円の観念は同じものです。同様に直線部分を軸として一回転する半円を肯定する意志作用と球の観念は同一なのです。同一であるからには,前者が原因で後者が結果であることはありません。結果は原因と異なるものであるがゆえに結果といわれるのですし,原因は結果と異なるものであるがゆえに原因といわれ得るからです。実際の起成原因causa efficiensというのはこれらを肯定し同時に円や球の十全な観念idea adaequataを形成する知性intellectusそれ自身の能動actioなのであって,この能動が円や球の観念の十全性を保証しているのです。この意味では,原因が一律的に結果の十全性を保証していると考えた方がむしろ的確でしょう。
 これは分かりにくいかもしれませんが,自由意志の否定というのは神Deusに対してであれ人間に対してであれ,スピノザの哲学の眼目のひとつです。僕たちはあたかも直線や半円の運動motusを肯定する意志作用が原因となって円や球の十全な観念が結果として発生するというように思い込んでしまいがちですが,スピノザはそのようなことが生じるということ自体を認めません。一般的にいい換えれば,意志voluntasが原因となって観念が発生するということは認めないのです。ただし,第二部定理九にあるように,個物res singularisの観念の原因はそれとは別の個物の観念でなければなりません。したがって個物Aの観念の原因はたとえば個物Bの観念であることになります。このとき,観念は意志作用がなければあることができないので,個物Aの観念にはそれに特有の意志作用があり,同じように個物Bの観念にもそれだけに特有の意志作用があります。この意味において個物Bに特有の意志作用が個物Aの観念の原因であるということは,それが的確な表現であるかどうかは別に,観念と意志作用が同一であるとみる限りで,成立することを僕は認めます。ただ,ここで述べている例は,円の観念や球の観念に特有の意志作用のことですから,そのような意志作用が円の観念や球の観念の起成原因であり得ないことは明白です。そう思ってしまうのは知性に自由な意志を想定するからだといえるでしょう。
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ロッタレース&真の観念

2018-04-21 18:55:33 | 血統
 フサイチパンドラの母は1992年にアメリカで産まれたロッタレース桜花賞を勝ったアーモンドアイにとっても輸入基礎繁殖牝馬になります。パロクサイドファミリーナンバーは同じ8-fですが,別の分枝として発展しています。
                                    
 ロッタレースの産駒で重賞を勝ったのはフサイチパンドラだけで,それ以降の産駒をみてもアーモンドアイが2頭目の重賞勝ち馬。ただ牝系は広がっていますので,日本での活躍馬が輩出する可能性は残っています。
 遡ると世界的な名牝系。ロッタレースの母の産駒,つまりロッタレースの兄には有名種牡馬が2頭います。また,ロッタレースの姉から続く系譜は何頭かが輸入されていて,ロッタレースの9つ上の半姉の子孫には1996年に神戸新聞杯を勝ったシロキタクロスや昨年の東京記念を勝っている現役のサブノクロヒョウがいます。さらに4つ上の半姉の子孫には2013年のNARグランプリで3歳最優秀牡馬に選出されている現役のインサイドザパークがいます。
 名牝系の起点となっているのはロッタレースの祖母です。その子孫で日本で活躍した馬の中には,2003年に中山金杯を勝ったトーホウシデンや,2008年にピーターパンステークスを勝ったカジノドライヴがいます。
 ヨーロッパでもアメリカでも,そして日本でも活躍馬が出ている牝系で,どの程度が輸入されているか僕には不明ですが,少なくともロッタレースの祖母の子孫からは日本での活躍馬が間違いなく出てくることでしょう。

 それが知性intellectusあるいは精神mensの内にある場合と外にある場合があるのですが,観念ideaには必ずその観念の対象ideatumが存在しています。このとき,その観念が観念されたものと一致しているなら,この観念は真の観念idea veraといわれます。つまりある観念が真の観念であるということの意味は,その観念が観念の対象と一致しているということです。僕は観念が有するこの特徴を,観念の外来的特徴denominatio extrinsecaといっています。要するに真の観念とは,ある観念がその観念の外来的特徴からみられた場合のひとつの規定であることになります。
 もちろん観念は,観念されたものと必ず一致するというものではありません。スピノザの哲学においては第二部定理三二により,観念は神と関連させる限りquatenus ad Deum referunturでは必ず真の観念です。いい換えれば観念されたものと必ず一致します。そして第一部定理一五により,どんなものも,すなわちどんな観念も,神なしにはあることも考えることもできないnihil sine Deo esse, neque concipi ものです。ですから神と関連させることができない観念というのは存在しないのであって,この意味においては,どんな観念も外来的特徴からみられる限りでは真の観念であることになります。ただ,僕たちの精神あるいは知性というのは有限finitumであるがゆえに,それらの観念のすべてを神と正しく関連付けられるというものではありません。このために僕たちの精神あるいは知性のうちには,神と正しく関連付けることができない観念というのも生じ得るあるいは存在し得ます。この意味においては観念の対象とは一致しない観念というのも存在します。したがって,外来的特徴からみられた場合に真の観念ではないというような観念は,それが存在するというのであれば,たとえばある人間の知性とか精神のような,有限な精神ないしは知性のうちにのみあるということになります。このような限定的な条件を付随させたうえで,観念の対象と一致しないような観念は,誤った観念といわれます。ですから観念は外来的特徴からみれば,真の観念であるか誤った観念であるかのどちらかです。
 このとき,ある人間の精神あるいは知性のうちに,観念されたものと一致する観念があるなら,その観念は十全な観念idea adaequataでもあります。
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ソネラ&悲しみの除去

2018-01-26 19:13:13 | 血統
 NARグランプリの最優秀ターフ馬を受賞したダブルシャープは牝系の祖先が古くに輸入された馬です。それが1919年にアメリカで産まれたソネラ。綴りはThonellaとなっていますが,僕には意味は分かりませんでした。ファミリーナンバークヰックランチと同じ4-r
                                     
 日本での初産駒は1929年,昭和4年で,前年からサラブレッドの生産を始めた社台グループの創始者による輸入です。また,ソネラが1926年にアメリカで最初に産んだラウネラという馬も後に社台牧場に輸入され,そちらからも牝系は続きました。僕の競馬キャリアの中でいうと,1988年に中山牝馬ステークスとエプソムカップを勝ったソウシンホウジュ,1995年に愛知杯を勝ったサウンドバリヤー,1996年に中日新聞杯と愛知杯,1997年に中日新聞杯を勝ったファンドリショウリはいずれもラウネラの子孫です。
 ソネラが輸入されてからの牝系は,1934年に産まれた第三ソネラの子孫が最も繁栄しました。ただ,1936年に産まれた第四ソネラの分枝も継続していて,1985年にオークストライアルの4歳牝馬特別,1986年に中山牝馬ステークスを勝ったユキノローズや,その孫になる2008年にきさらぎ賞,2011年に関屋記念を勝ったレインボーペガサスは第四ソネラの子孫です。
 第三ソネラの子孫で最近の重賞の勝ち馬には,2006年にフローラステークス,2008年に東海ステークスとクイーン賞,2009年にTCK女王盃を勝ったヤマトマリオンや,2007年にニュージーランドトロフィーを勝ったトーホウレーサーがいます。そして僕の競馬キャリアの中で第三ソネラ系の代表産駒となると,1998年にJRA賞の最優秀父内国産馬を受賞したメジロブライトになります。メジロブライトの4つ下の半弟には,2000年のJRA賞で最優秀2歳牡馬を受賞したメジロベイリーがいます。
 ダブルシャープはメジロブライトとメジロベイリーの兄弟の近親です。母がメジロベイリーの6つ下の半妹。つまり兄弟からみるとダブルシャープは甥です。

 第四部定理七は,ある人間のうちに何らかの感情affectusが発生した場合は,その感情より強力な感情が発生しなければ除去され得ないということをいっています。これは理性ratioそのものによっては人間は感情の抑制をすることは不可能ということを導くのですが,それとは別に,もしある人間のうちにそれよりも強力な相反する感情が生じる場合には,先に生じた感情は必然的にnecessario除去されるということも示しているといえるでしょう。したがってたとえばある人間がXに対して不安metusすなわち恐怖metusを感じた場合に,その不安すなわち恐怖よりも強力な相反する感情がその人間のうちに生じるなら,その人間はXに対する不安すなわち恐怖から逃れることができるということになります。これが人間が不安すなわち恐怖という悲しみtristitiaから逃れるためのもうひとつの手段です。スピノザはこうした方法については具体的に言及していないですが,このようにして悲しみから逃れるのだとしても,それは第三部定理一三系によって,人間の現実的本性actualis essentiaに則しているということは分かります。したがって一般に人間は,悲しみを感じた場合にはそれを除去するようにコナトゥスconatusが作用するのですが,それは悲しみを感じる対象の表象imaginatioを避けるという方法に限られるのではなく,その悲しみと相反する感情,といってもそれが悲しみであってはあまり意味がありませんから,それと相反する喜びlaetitiaによって,その悲しみ自体を除去してしまうという方法もあるということになります。
 僕の考えでいうと,不安すなわち恐怖という感情は,それと相反する感情によって除去される場合の方が多いのです。なぜなら,不安すなわち恐怖という感情には,それと相反する感情が同じ人間のうちに生じやすいという特徴があるからです。
 不安と希望は表裏一体の感情です。すなわちある人間のうちに不安があるのなら必然的に希望spesもあるのであり,同様に希望を感じている人間は必然的に不安すなわち恐怖も感じているのです。したがって,Xに対する不安すなわち恐怖は,同じXに対する希望とともにあるのですが,希望が不安より強力であることはできます。よって不安は希望によって除去されるのです。
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パッシングクラウド&不安の排除

2018-01-25 19:35:27 | 血統
 昨年のNARグランプリで2歳最優秀牝馬に選出されたストロングハートの牝系の輸入基礎繁殖牝馬は,1958年にアイルランドで産まれた5代母のパッシングクラウドです。Passing Cloudは一時的な雲。ファミリーナンバーシルバーレーンと同じで5-g
                                    
 近年,中央競馬ではノーザンファームの生産馬の大活躍が目立ちますが,地方競馬を席巻しているのがグランド牧場の生産馬。パッシングクラウドはグランド牧場が輸入し,初産駒が産まれたのが1966年。現在でもグランド牧場の基礎牝系のひとつになっています。
 地方の重賞を勝つような馬はいましたが,そこまで大活躍した馬というのはなかなか出ませんでした。それでも牝系を繋ぎ,ついに出たのが2009年に兵庫ジュニアグランプリ全日本2歳優駿を勝ってその年のNARグランプリで年度代表馬に選出されると,2011年に4歳以上最優秀牝馬,2012年に2度目の年度代表馬,2013年に4歳以上最優秀牝馬と最優秀短距離馬に選出されたラブミーチャン
 ストロングハートは母がラブミーチャンの母の半妹。つまりラブミーチャンとストロングハートは従姉妹です。そしてストロングハートのひとつ上の全姉は2016年にローレル賞を勝っている現役のアップトゥユーです。
 この3頭は牝馬ですから牝系はさらに続いていくでしょう。そしてこの3頭に共通しているのは,父がサウスヴィグラスであるということ。サウスヴィグラスは父がアサティスか,父の父がアサティスという牝馬と相性がよく,グランド牧場にはそういう繁殖牝馬が多くいたことが近年の生産馬の活躍に結び付いているのだと思われます。したがって,父がサウスヴィグラスである牝馬に対して相性がよい種牡馬というのが発見されれば,単に牝系が繋がるだけでなく,さらに活躍馬が続出という可能性が高いのではないでしょうか。

 このようにして不安metusないしは恐怖metusは,ただそれ自体でも,またほかの人びとにそれを煽ることによっても,排他的感情となりやすく,排他的思想を産みやすい感情affectusです。このゆえに僕は排他的思想を産出しやすい感情のひとつとして,不安あるいは恐怖をあげたのです。
 ところでこの感情は,さらに悪質な感情と結び付きやすく,そのためになお排他的思想を強力化するという側面があると僕は考えています。その事情を説明しておきましょう。
 第三部定理七は,自身の有に固執するin suo esse perseverare力すなわちコナトゥスConatusが人間の現実的本性actualem essentiamであることを示しています。第三部諸感情の定義三により,悲しみtristitiaは大なる完全性perfectioから小なる完全性への移行transitioなので,その現実的本性に反する感情です。ですから人間の現実的本性は,悲しみを感じたら,その悲しみを排除しようとするコナトゥスを有していることになります。第三部諸感情の定義一三により不安すなわち恐怖は悲しみです。ですから僕たちは,不安すなわち恐怖を感じたら,その感情から逃れようとするのです。ただ,不安あるいは恐怖についてなら,このように論理的に示さずとも,僕たちは経験的に知っていると思います。だれしも不安すなわち恐怖を感じたらそこから逃れたいと欲望するものであり,そこに留まっていたいと欲望するものではないであろうからです。なお,第三部諸感情の定義一により,欲望cupiditasは受動的な状態において人間の現実的本性であることにも注意しておいてください。
 不安すなわち恐怖から逃れる方法は主にふたつあります。不安すなわち恐怖は必ず何かに対する不安なので,その何かの表象imaginatioを排除するというのがそのひとつです。第二部定理一七によれば,ものの表象像imagoは別のものの表象像によって排除されます。したがってたとえばAに対する不安すなわち恐怖を感じた場合に,Aの表象像を排除するたとえばBを表象するimaginariことによって,そのAに対する不安すなわち恐怖から逃れることができます。これは第三部定理一三が一般的にいっていることと同じです。
 もうひとつ,不安すなわち恐怖という感情自体を排除するという方法もあります。こちらが僕がここで重大視する方法です。
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ジョリーザザとローラローラ&自由の人としての考察

2018-01-09 19:19:47 | 血統
 12月28日のホープフルステークスを勝ったタイムフライヤーの母系の基礎輸入繁殖牝馬は1991年にアイルランドで産まれた祖母のジョリーザザという馬です。ファミリーナンバー14
                                     
 繁殖生活は日本だけで送った馬。輸入されたときに受胎していて,最初に産まれたその産駒はJRAで4勝。翌年に日本で最初に種付けされて産まれたのがタイムパラドックスでした。
 タイムフライヤーの母はタイムパラドックスの6つ下の全妹になります。この馬はJRAで1勝しただけですが,タイムパラドックスと両親が同じ馬はこの馬だけで,父との相性の良さがタイムフライヤーが輩出したことに繋がったとみることは可能だと思います。
 ジョリーザザが輸入されることになったのは,おそらく6つ上の半姉が繁殖牝馬として輸入されていて,成功を収めていたからでしょう。その馬が1985年にフランスで産まれたローラローラ。こちらは日本人オーナーの所有で1頭だけイギリスで産駒を出した後で輸入。そのときに受胎していて産まれたのがサクラローレルです。
 サクラローレルの半姉はフランスで走りましたが,産駒は続々と輸入されました。そして日本で枝葉が広がり,2011年に小倉2歳ステークス,2012年にセントウルステークスを勝ったエピセアロームや2013年に日経新春杯を勝ったカポーティスターなどが輩出しています。
 もう少し遡ると,ローラローラとジョリーザザの姉妹の3代母からの広がりがあります。その馬を5代母とする馬に,2010年にJRA賞の最優秀短距離馬に選出されたキンシャサノキセキがいます。

 次に,先生が静の涙を知覚したときの状況を,先生の記述を基に,自由の人homo liberという観点から考察します。最初にひとつだけ注意を促しておけば,自由の人として実践を行うことは実践の規準のひとつであるので,実はこういう考察は単なる考察としてだけでなく,実践のためにも重要であるのです。あるいはこうした考察は実践のひとつであるといっていいかもしれません。ここで行うのはあくまでも物語の登場人物に関してであるのですが,たとえば現実的に存在する人間がある受動感情に従属しているときに,その人間はなぜまたどのような受動感情に隷属しているのかということを自由の人として考察するということは,その人間に対してどのように対処するべきであるのか,すなわち具体的に何を実践するべきであるのかということを決定するためにきわめて重要なのです。あるいはそれを決定することができるのはこうした考察だけであるといっても間違いではありません。
 先生は静の涙を見たときに自身も悲しみtristitiaに襲われました。これは第三部定理二一に示されている感情の模倣affectum imitatio,imitatio affectuumが先生に生じたからです。先生は自分が静を愛しているということについては自覚していたのですから,同じ感情の模倣であっても,これは第三部定理二七によって説明されるのではなく,第三部定理二一によって説明されなければならないのです。しかしどちらの定理Propositioも,感情を模倣する相手に対して憎しみodiumを抱いていないという点では同じです。
 このことから,先生がこのときに感じた悲しみが,どのような悲しみであったのかということが分かります。それは第三部諸感情の定義一八の憐憫commiseratioです。確かに先生は静のことを同類,同類というのは上述の定理でいえば第三部定理二七の方に該当しますが,自分が愛しているという意味ではもっと強い意味での同類と認識していたのであって,その愛する者を襲った害悪のために悲しんだのだといえるからです。なお,感情の模倣は第三部定理二一の場合の方が第三部定理二七の場合よりもより容易に生じ,かつほかの条件が同じなら第三部定理二一の方がより強く生じる筈なので,このときの先生は相対的に強力な憐憫を感じていた筈です。
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ニキーヤ&植物実体の定義

2017-12-02 19:44:49 | 血統
 先月のマイルチャンピオンシップは3歳馬のペルシアンナイトが勝ちました。1993年にアメリカで産まれた祖母のニキーヤがこの馬の輸入基礎繁殖牝馬になります。ファミリーナンバー9-h。Nikiyaはインドのヒンズー教の寺院を舞台にした古典バレエに登場する踊り子の名前。そのバレエがLa Bayad`ereで,ニキーヤの産駒の1頭はラバヤデールと名付けられています。
                                     
 繁殖生活は日本で送りました。2頭目の産駒がゴールドアリュールで,早々に大物が輩出したことになります。
 ラバヤデールはゴールドアリュールのひとつ下の全妹。JRAで3勝した後,繁殖牝馬となり,2014年にマーチステークス,今年は小倉サマージャンプを勝ったソロルの母になりました。ソロルはソーラといわれることもあるラバヤデールに登場する兵士で,ニキーヤと恋仲になります。
 ラバヤデールのふたつ下の全妹はJRAで4勝。この馬が繁殖牝馬となってペルシアンナイトの母になりました。
 ペルシアンナイトの5つ下の半弟はゴールスキー。2014年に根岸ステークスを勝ちました。
 ニキーヤの5つ下の半妹も後に繁殖牝馬として輸入されました。その馬からは一昨年のクイーン賞を勝っている現役のディアマイダーリンが輩出しています。
 枝葉はこれからも広がっていく系統だと思います。3頭目の大レース制覇を達成する一族の子孫が出てくる可能性もあるでしょう。

 僕は十全な観念idea adaequataを定義した第二部定義四のうちには,十全な観念の発生は含まれていないと考えます。しかし観念を定義した第二部定義三は,かつて考察したように,観念の発生を含んでいると考えます。したがって観念が実在的有であるということは,その観念の対象ideatumとは無関係に,いい換えればある観念の対象が何であるかを考慮せずとも,『エチカ』においては保証されているのであり,よって観念をある観点すなわち本来的特徴denominatio intrinsecaという観点からみた場合の十全な観念もまた実在的有あるいは客観的有esse objectivumであることが保証されていると考えます。
 ゲーテJohann Wolfgang von Goetheがそれをどう考えていたかは分かりませんが,僕がいっている植物実体,ゲーテのいい方に倣えば植物の原型あるいは象徴的植物が,このような発生を含むような仕方で定義をすることができるものであるとは僕は考えません。ですがそれを客観的なあるいは思惟の様態cogitandi modiとして真verumなるものであることを保証するような定義Definitioを作ることは可能であると思います。たとえば個々の植物が有するような本性essentiaに共通するような要素を有するものを植物の原型というとか,あるいはこのようないい回しが許されるのであるとすれば,すべての植物が有する本来的特徴を有するようなものを象徴的植物という,というような定義の仕方です。それは植物の原型ないしは象徴的植物の発生はまったく含むことができないでので,観念であるということはできないでしょうが,虚構としての理性の有entia rationisであるということはできるでしょう。実際,定義においてはそれが有であるか無であるかということより,真であるか偽であるか,あるいは真であり得るか偽であり得るかということの方が重要である場合があるのであって,その条件の下には,これが植物実体の定義であるということはできます。第一部定義三というのは実在的realiterにも援用できますが,形而上学的にも援用することができる定義であり,植物実体の定義は単に形而上学的には援用できるけれども実在的には援用することができない定義であるという限定があるという相違がそこにはあるだけです。
 もちろん,これは一例で,ゲーテに都合のよい定義の仕方はほかにもあるでしょう。
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フェアペギー&同様の虚構

2017-11-30 19:25:53 | 血統
 JBCスプリントを勝ったニシケンモノノフの母系はとても古くから日本で続いています。ニシケンモノノフの11代母に当たるフェアペギーが基礎繁殖輸入牝馬。ファミリーナンバー6。1902年にイギリスで産まれた馬で,1909年には小岩井農場に輸入されて日本で繁殖生活を送っています。1909年というのは明治42年です。
                                     
 これだけ長く続いている血統ですから,代表馬もいれば大レースの勝ち馬もいるのですが,これらはいずれも僕の競馬キャリアの始まる前。それどころか産まれる前のことです。僕は来月で47歳になりますし,競馬キャリアも30年以上になりますから,活力という点でいえばもう落ちてしまっている系統だといっていいでしょう。
 僕の競馬キャリアの中,すなわちここ30年でも,重賞を勝った馬というのはニシケンモノノフ以外には2頭しかいません。1頭が1998年にTCK女王盃を勝った笠松のトミケンクイン。もう1頭は2004年に京成杯を勝ったフォーカルポイントです。ニシケンモノノフの3代母の半弟にあたるステートジャガーが大阪杯を勝ったのは1985年。僕は産まれていますが,まだ競馬キャリアは始まっていません。これ以降,トミケンクインまで13年の歳月があり,さらにフォーカルポイントまで6年の歳月がありました。ニシケンモノノフは2013年に兵庫ジュニアグランプリを勝っていますから,フォーカルポイントからは9年の歳月があったことになります。
 この系統から出た大レースの勝ち馬というのは,戦後間もない1947年に秋の天皇賞を勝ったトヨウメを最後に途絶えていました。つまり70年間も大レースの勝ち馬が皆無だったのです。これだけ長い空白期間を経て大レースの勝ち馬が同一牝系から出るというのは,かなり異例のことになるのではないかと思います。

 第五部定理二九備考では,ものが二様の仕方で現実的なものとして概念されるといわれています。その条件となるのは,僕たちが第三種の認識cognitio tertii generisで第五部定理二三でいわれているあるものaliquidを認識することです。したがってこの限りでは,僕たちは物体corpusとしての円が延長の属性Extensionis attributumに包容される限りで存在しているということを認識するのであっても,その円を現実的なものとして認識していることになるでしょう。もちろん,スピノザが示すような仕方で僕たちの精神mensが円を十全に認識するとき,その認識は第三種の認識ではなくて第二種の認識cognitio secundi generisであるといわなければなりません。いい換えれば第二部定理四四系二でいわれている理性の本性natura Rationisに属する認識が,円という具体的な個物res singularisに適用される場合の認識であるといえます。しかしもしそれが第三種の認識と結び付くのであれば,それは同時に現実的な認識でもあることになるのです。
 ゲーテJohann Wolfgang von Goetheによる原型の認識というのは,第三種の認識と明らかに関連性がありました。なのでこの観点からは,原型というのは単なる形而上学的な観点でなくて,現実的な観点であった可能性もあります。少なくとも大槻がいっていることから類推するなら,ゲーテ自身はそのように解していたという可能性がかなり高いように僕は思います。ただこれはあくまでも『ゲーテとスピノザ主義』からの類推であり,僕には断定できませんので,この観点を僕は強調することはしません。
 スピノザは円の定義Definitioを直線の運動motusという虚構によって規定しました。しかしこのような虚構が許されるのであれば,同様の虚構もまた許されなければなりません。たとえばこの運動は,一回転するから円という図形の発生を示し得ますが,もし半回転だけするなら,つまり180°だけ運動するなら,円の発生ではなく半円の発生を示すでしょう。そしてこれが半円の発生を含む以上,これは半円のよい定義であるといわなければなりません。同様にこの半円が直線部分を軸にして一回転という運動をするなら,球という図形が形成されることになります。これもまた球という図形の発生を含むのですから,球のよい定義であり,これはスピノザ自身も認めていることです。
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オールフォーロンドン&理性の有と観念

2017-11-25 19:27:28 | 血統
 先月の菊花賞を勝ったキセキは3代母が1982年にアメリカで産まれたオールフォーロンドンという馬で,輸入基礎繁殖牝馬になります。ファミリーナンバー22-b
                                     
 アメリカで1頭だけ牝馬を産んだ後に輸入。最初の活躍馬は1997年にファンタジーステークスを勝ったロンドンブリッジ。翌年の桜花賞でも逃げて2着に粘りました。
 ロンドンブリッジは繁殖牝馬となり,最初の産駒は競走馬として登録できませんでしたが,翌年の産駒,事実上の初産駒といってもいいかと思いますが,その馬が2004年にクイーンカップとオークスと京阪杯,2005年にマーメイドステークスを勝ったダイワエルシエーロです。さらに翌年に半弟として産まれたのが2005年にアーリントンカップ,2006年に京都金杯を勝ったビッグプラネットと,こちらでも成功しています。
 2008年のロンドンブリッジの産駒はレースには出走できませんでした。牝馬であったので繁殖入りは果たし,その馬がキセキの母となっています。
 ロンドンブリッジの3歳下の半弟はナリタオンザターフ。2001年に名古屋優駿を勝ちました。
 もう少し辿るとオールフォーロンドンの3代母から分枝が広がっています。2007年に福島記念,2008年に新潟記念を勝ったアルコセニョーラ,2005年に日経賞を勝ったユキノサンロイヤル,2015年に兵庫チャンピオンシップとレパードステークスを勝ったクロスクリーガーなどはいずれもその馬の子孫です。

 スピノザの哲学において十全な観念idea adaequataと混乱した観念idea inadaequataの相違,あるいは真の観念idea veraと誤った観念の相違は,ふたつの意味を有しています。ひとつは,十全な観念と真の観念は真理veritasであるのに対して,混乱した観念や誤った観念は虚偽falsitasであるということです。そしてもうひとつが,十全な観念や真の観念が有であるのに対しては,混乱した観念と誤った観念は無ということです。
 ただし,ここではひとつだけ注意が必要です。第二部定理七系の意味が示すのは,Deusのうちにある観念はすべて十全であるということです。そして第二部定義四から,十全な観念は真の観念が有する本来的特徴denominatio intrinsecaをすべて兼ね備えた観念ですから,第二部定理三二にあるように,どんな観念omnes ideaeであれ神に関連付けられるad Deum referunturなら真veraeの観念です。こうしたことは,十全な観念とか混乱した観念といわれる場合には,観念されたものとの関係を離れた観点からみられた場合であり,真の観念とか誤った観念といわれるならそれは観念対象ideatumとの関係すなわち外来的特徴denominatio extrinsecaという観点からいわれるのだということからも明らかでしょう。
 そして第一部定理一五から,あるものはすべて神のうちにあるQuicquid est, in Deo estのですから,観念もまたそれがどんな観念あるいは何の観念であれ,神のうちにあるのでなければなりません。ですから本当の意味であるのは十全な観念あるいは真の観念なのであって,混乱した観念や誤った観念がそれ自体であるということはありません。他面からいえば観念は必然的にnecessario真理として,そして有としてあるということになります。
 ただし,第二部定理一一系の新しい意味から分かるように,もしある観念が単に現実的に存在する人間の精神mens humanaとだけ関連付けられる場合は,他面からいえば神とは適切に関連付けられないならば,その人間の精神の一部が混乱した観念あるいは誤った観念によって構成されるということがあるのです。そしてこの限りにおいて,こうした観念が虚偽でありまた無であるといわれるのです。
 理性の有entia rationisというのは,この関係でいえば,単に人間の精神とだけ関連付けられる思惟の様態cogitandi modiです。そしてそれは,真理であると同時に無であるのです。これが理性の有と観念の相違です。
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ソニンク&汎神論の意味

2017-10-28 19:31:31 | 血統
 15日に秋華賞を勝ったディアドラは祖母が1996年にイギリスで産まれたソニンクという馬です。ファミリーナンバーB3。Soninkeはガーナに起源を有し,現在はソマリアとマリの内陸部に住む民族名。
                                     
 繁殖生活は日本でのみ送りました。かなり優秀で2番仔は2歳時に重賞2着で古馬になってから準オープンを勝利。
 3番仔も準オープンを勝利。繁殖入りして昨年のデイリー杯2歳ステークスと今年の函館スプリントステークスを勝っている現役のジューヌエコールの母となっています。
 5番仔は皐月賞トライアルのオープンを勝ち,重賞でも2着1回,3着1回。
 6番仔に2011年にエルムステークス,2012年にダイオライト記念,2013年に浦和記念,2014年に佐賀記念を勝ったランフォルセ
 8番仔に2011年にアーリントンカップ,2013年にカペラステークス,2014年に東京スプリントさきたま杯東京盃,2015年にさきたま杯を勝ったノーザンリバー
 1番仔は競走生活は送れなかったのですが,2009年のJRA賞最優秀3歳牡馬に選出されたロジユニヴァースの母になりました。
 7番仔は4戦未勝利。この馬がディアドラの母です。
 日本で最初の産駒が産まれたのは2001年。この馬は競馬には未出走ですから産駒が最初にレースに走ったのが2004年。それ以来だと13年でこれだけの成績を残したことになります。牝馬の割合も多いので,まだまだ繁栄し続けていく一族となるでしょう。

 スピノザの哲学は内在論なので,それが汎神論といわれる場合にも,内在論的な観点からいわれるのでなければスピノザの哲学に対する正しい評価であるとはいえません。そしてこの場合に,スピノザの汎神論への批判は,無神論への批判へ通じる道になります。すなわち内在論とは神Deusを自然と同一視する思想であり,神が内在的原因causa immanensであって超越的原因ではないということは,神のうちに生じるすべての出来事が自然法則によって説明されるのだから,それは実質的には無神論であるとみなすことができるからです。とりわけ第一部定理三二系一から明らかなように,スピノザは神に自由な意志voluntasを認めません。しかし超越論的な神はおそらく意志の自由によって行動するagereのであり,たとえば意志の自由によって奇蹟miraculumを起こすのです。つまり意志の自由という観点からも,スピノザの汎神論は無神論という意味に直結するのです。
 しかし,神を超越的存在と解した場合に,汎神論的な視点が消え去ってしまうのかといえば,必ずしもそうとはいいきれません。第一部定理一六に示されている事柄の一部は神学的観点からも是認されなければならないからです。仮に神が意志の自由によってすべての事柄を創造しまた創造しないとしても,すべてが神の意志のうちにあるという意味ではそれは汎神論といえなくもないからです。実際には汎神論という語は無神論を意味し,したがって否定的な意味合いを有しているのですが,これを考慮の外においてフラットな意味で解せば,汎神論が必ずしも否定的な意味を有さなければならない理由はないと解することも可能だと思います。
 このように汎神論という語の意味について考えるのは,大槻が『若きウェルテルの悩み』の一節にスピノザ的汎神論の影響があるというとき,果たしてその意味が確かにスピノザの哲学において真の意味である汎神論であると前提していいのかどうかが僕には不明であるからです。もし大槻がそれを正しく解しているなら,その一節が汎神論の影響下にあるということを僕は否定します。しかしそうでなく,何らかの別の意味でそれを解しているのなら,大槻がいっていることが絶対的に誤っているとは僕はいいません。
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マジックストーム&同時

2017-06-13 19:07:51 | 血統
 4日の安田記念ではサトノアラジンが大レース初制覇を達成しました。母のマジックストームが輸入馬で,日本での基礎繁殖牝馬になります。ファミリーナンバーは日本に古くから残る牝系のひとつである星旗と同じ16-h
                                     
 マジックストームはアメリカ産。競走生活もアメリカで送り,GⅡを1勝しています。
 そのままアメリカで繁殖入りし,2004年に初産駒を誕生させました。2007年にアメリカで産駒を誕生させた後,繁殖牝馬として購入され日本に渡ってきました。このとき当年の種付けは終っていましたので,2008年に日本で誕生した産駒はアメリカで種牡馬生活を送っている馬です。誕生した牡馬は準オープンまでは勝ったものの,オープンでは未勝利のまま引退しています。
 2009年は産駒がなく,2010年にディープインパクトとの間に産まれたのがラキシス。2014年にエリザベス女王杯を勝ち,2015年には大阪杯も制しています。ラキシスはすでに引退し,今年の春に初の産駒を誕生させています。
 翌年もディープインパクトと配合。こちらは牡馬で,この馬がサトノアラジンになります。
 すでに2頭のGⅠ馬の母になっていて,そのうち1頭が牝馬ですから牝系はこれから広がっていくでしょう。また,サトノアラジンは今後も順調なら種牡馬としての需要があるものと思われます。また,やはりディープインパクトの間の産駒である現3歳の牝馬は重賞で2着1回,3着2回の成績を残していて,重賞制覇も期待できます。この馬も無事に競走生活を終えることができれば繁殖牝馬となるでしょう。活躍馬がまだまだ出てきそうですから,着目しておいてよい牝系であると思います。

 平行論の基本原理は,Aという形相的有esse formaleが存在するなら無限知性intellectus infinitus,infinitus intellectusのうちにAが客観的有esse objectivumとして存在していて,逆に無限知性のうちにAが客観的有として存在するならAは無限知性の外に形相的有として存在するということです。そして第二部定理一一系により人間の精神Mentem humanamは神の無限知性の一部partem esse infiniti intellectus Deiなのですから,人間の精神のうちにAの客観的有がある,いい換えればAの十全な観念idea adaequataがあるのであれば,Aは精神の外に形相的有として実在するのです。このために僕たちはAを十全に認識することさえできれば,Aが精神の外に実在するということも知ることができ,なおかつ第二部定理七によって形相的有としてのAとAの十全な観念の原因と結果の連結と秩序Ordo, et connexioが一致するので,Aの観念について知ることができるだけでなく,形相的有としてのAについても知ることができるのです。
 したがってこの原理は,Aの形相的有がAの客観的有に対して先行するものではないということを意味しなければなりませんが,同時に,Aの客観的有はAの形相的有に対して先行しないということも含意しなければなりません。つまりスピノザの哲学は,観念が事物に対して同時であるということは要求しますが,先行するということは要求しません。というよりそれを否定しているといわなければならないでしょう。
 ただし,同時というのは時間的な意味を有するので,その点についてもう少し考えておかなくてはなりません。というのは,たとえば第二部定理七系は,明らかにここでいう事物と観念の同時性を意味していなければならないでしょうが,それは事物が永遠の相species aeternitatisの下に考えられる場合だといえるからです。他面からいえば,事物なりその観念なりが,神の属性attributumに包容される限りにおいてであるといえるからです。厳密にいえば永遠というのは時間tempusを意味することができないので,本来的には同時であるというのはあまり好ましい表現だとはいえません。とはいっても,Aの形相的有が実在するならAの客観的有が実在し,Aの客観的有が実在するならAの形相的有も実在しなければならないという照応関係があるのは間違いないので,それを同時性という限りにおいては同時です。
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トキオリアリティー&暫定的結論

2017-05-09 19:10:10 | 血統
 クイーンエリザベスⅡ世カップを勝ち,海外で初の大レース制覇を達成したネオリアリズムの母は1994年にアメリカで産まれたトキオリアリティーという馬です。トキオリアリティーからみて11代目の母がフロリースカップの4代母にあたり,ファミリーナンバー3-lです。
                                     
 トキオリアリティーは競走馬として輸入され,短距離を中心にJRAで3勝をあげました。1998年年5月に準オープンで3着のレースを最後に引退して繁殖入り。
 引退時期の関係から最初の産駒が誕生したのは2000年。2頭の産駒を誕生させた後,2001年に交配されたのがエルコンドルパサー。2002年に産まれた産駒がアイルラヴァゲイン。2004年にデビューした2歳の当初からオープンで活躍し,2007年にオーシャンステークスを制しました。その後も長く現役を続け,芝とダートでオープンを1勝ずつしています。
 その後も毎年産駒を誕生させ,2007年にディープインパクトと初配合。この配合で2008年に産まれたのがリアルインパクト。この馬も2010年にデビューするとすぐにオープンで活躍。2011年には3歳馬の身で挑戦した安田記念を勝ちました。その後は低迷しましたが2013年と2014年に阪神カップを連覇。2015年の春にオーストラリアに遠征し,ジョージライダーステークスを制しています。
 2010年だけは産駒がなく,この年に配合されたのがネオユニヴァース。そして翌年に誕生したのがネオリアリズムになります。
 リアルインパクトはすでに種牡馬になっていますし,ネオリアリズムにも種牡馬としての需要はあるでしょう。また,多くの産駒の中には牝馬もいますから,牝系としても発展していく可能性があります。

 現実的に存在する個物Yが原因となって現実的に存在する個物Xが発生することは,無限知性intellectus infinitus,infinitus intellectusをひとつの観念ideaとしてみた場合に,その観念の対象の「中に起こること」ではありません。よって無限知性がひとつの観念とみられる場合には,第二部定理九系によって,無限知性はそのことを認識しません。この点において第五部定理二三備考でいわれていること,すなわちある知性がものの存在existentiaを時間tempusによって決定する力potentiaを有するのは,その知性もまた現実的に存在している,いい換えれば持続している場合だけであるということが,無限知性に対して合致していると解します。要するに,この意味において,永遠aeterunusである無限知性は,現実的に存在する個物res singularisを時間によって決定する力を有するとはいえないと解します。
 一方,現実的に存在する個物の本性natura,essentiaを永遠の相species aeternitatisの下に表現するexprimere観念は無限知性のうちに存在します。このとき,個物の本性にそれが持続するdurareものであるということが含まれているなら,そのこともまた永遠の相の下に表現されていなければなりません。そしてそれは実際に表現されているのであり,しかし第五部定理二三備考でいわれていることには反しない,つまりそれは個物の存在を時間によって決定する力には含まれないとしておきます。いわばこれを暫定的な結論とするということです。実際,それが持続するものであるという本性は個物一般の本性ですから,それが特定の現実的に存在する個物にだけ妥当するものではありません。したがってこうした本性が永遠の相の下に表現されているのだとしても,それはある固有の個物の存在を時間によって決定しているということにはならないと解せると思うからです。
 ここでは,現実的に存在する個物Xが現実的に存在することを開始する場合だけを例示しました。ですが現実的に存在する個物Xがその現実的存在を停止することの観念も,第二部定理九の様式で説明されなければなりません。これは第三部定理四から明白です。ですからこちらの場合で考えても,無限知性は現実的に存在する個物がその現実的存在を停止することを認識しないということになり,時間によって決定できないことになります。
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レガシーオブストレングス&第四部定理六五

2016-10-09 19:32:26 | 血統
 先週のスプリンターズステークスを勝ったレッドファルクス。祖母が1982年にアメリカで産まれたレガシーオブストレングス。Legacy of Strengthですから力の遺産といったところでしょうか。初年度産駒をアメリカで受胎したまま輸入されましたので,繫殖生活はずっと日本で送った馬です。アリアーンと同じくファミリーナンバー9-c
                                     
 自身にとって4頭目の産駒が1992年に産まれたサイレントハピネス。1995年にオークストライアルの4歳牝馬特別とローズステークスを勝ちました。繁殖に入るとシンボリクリスエスとの間に2007年に産まれたサイレントメロディが2012年のマーチステークスを制覇。また,1988年に産んだ牝の産駒は一昨年の京都新聞杯を勝った現役のハギノハイブリッドの母になっています。
 1996年にサイレントハピネスの全妹として産まれたのがスティンガー。1998年の11月にデビューすると新馬を勝ち,月末の特別戦も連勝。さらに連闘で挑んだ阪神3歳牝馬ステークスも勝って大レース制覇。この年のJRA賞の最優秀2歳牝馬に選出されました。翌年は全姉も勝ったオークストライアルを優勝。2000年に京都牝馬特別と京王杯スプリングカップを勝つと,翌年の京王杯スプリングカップでも連覇を達成しました。
 1997年の産駒もサイレントハピネスおよびスティンガーの全妹。この馬がレッドファルクスの母になりました。
 2001年にダンスインザダークとの間に産まれた牝馬の産駒が2013年のキーンランドカップを勝ったフォーエバーマーク
 2004年にマンハッタンカフェとの間に産まれたのが2009年のオーシャンステークスを勝ったアーバニティです。
 レガシーオブストレングスの半姉にMontageという馬がいます。この馬の父のAlydarは同じ一族で,自身の5代母と父の4代母が同一という牝馬。2006年にテレビ埼玉杯を勝ったチョウサンタイガーはMontageの曾孫です。

 僕が解釈するように,哲学する自由を制限されることもシナゴーグから追放されることも,それ自体ではスピノザにとっては悪malumであったとしても,前者の方がより大なる悪で,後者はその大なる悪を回避するという意味で善bonumであったとすれば,スピノザはきっと後者の道を選択したことでしょう。つまり破門を宣告されるという小なる悪を受け入れても,思想の自由を制約されるという大なる悪を回避したことでしょう。少なくともこのときにスピノザが自分の置かれた状況を理性ratioによって判断したなら,スピノザが必然的にそういう選択をするということは,『エチカ』の定理にも示されています。それが第四部定理六五です。
 「理性の導きに従って我々は,二つの善のうちより大なるものに,また二つの悪のうちより小なるものに就くであろう」。
 この定理は現実的には僕たちが善と悪を比較の上で認識するということ自体によってすでに証明されているといえます。
 実際にこのときのスピノザがこの定理にあるような理性的な判断をしたのかどうかは何ともいえません。ただ,たとえそうでなかったとしても,人間の現実的本性actualis essentiaは第四部定理一九により善を希求し悪を忌避するのですから,両者のほかの条件が同等とみなされる限りにおいては,やはりスピノザはシナゴーグからの離脱の方を選択しただろうと思われます。そうであるなら「シナゴーグ離脱の弁明書」というのは,自分がシナゴーグを離脱することについての弁明であったと解するのが妥当です。したがってその内容には,哲学する自由を制限しようとするシナゴーグあるいはその指導者たちへの批判が含まれていたとしてもおかしくありません。こうした想定から僕は,『スピノザの生涯と精神』の「オランダ旅行記」でハルマンがリューウェルツゾーン,すなわち遺稿集の編集者でもあったリューウェルツJan Rieuwertszの息子から聞いた話として伝えている,遺稿集には掲載されなかった,スピノザがユダヤ教徒を反駁し過酷に扱った大著というのが,この弁明書だった可能性もあると考えているのです。
 もちろんこうした想定は,論理的にいうなら好ましくない部分を含んでいることも僕は認めます。
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スワンズウッドグローヴ&区別の有効性

2016-01-18 19:34:41 | 血統
 サクラチヨノオーの祖母は1960年にイギリスで産まれたスワンズウッドグローヴで,基礎輸入繁殖牝馬になります。キロフプリミエール,キャサリーンパー,ラバテラと同じでファミリーナンバー16-aです。
                                   
 サクラ冠の馬にはいくつかの主要牝系がありますが,おそらくその最大のもの。スワンズウッドグローヴは日本で10頭の仔を産んだのですが,そのうちの8頭が牝馬だったので枝葉が大きく広がることになったからです。
 輸入された時点で仔を宿していて,それが1970年に産まれたサクラジョオー。この牝系からは2004年の鳴尾記念,2005年の日経新春杯とアルゼンチン共和国杯を勝ったサクラセンチュリー,1994年の弥生賞と1996年の七夕賞を勝ったサクラエイコウオー,1993年のエプソムカップを勝ったサクラセカイオーなどが輩出しています。
 1972年に産まれたのがサクラセダン。サクラチヨノオーの母です。サクラチヨノオーの全兄には1983年の函館3歳ステークスと1986年の七夕賞を勝ったサクラトウコウ,半弟には1988年のJRA賞最優秀2歳牡馬のサクラホクトオーがいます。2002年の関東オークスを勝ったサクラヴィクトリア,2002年の札幌2歳ステークス,2003年の札幌記念,2004年の中山記念を勝ったサクラプレジデントもこの分枝。
 1973年に産まれたのはサクラグローブ。2011年に阪神大賞典を勝ったナムラクレセントがこの分枝の代表馬。
 1976年に産まれたのはサクラタニマサ。この分枝からは地方所属のままJRA重賞を勝った馬が2頭も輩出しました。1999年のNARグランプリのサラブレッド系2歳最優秀馬に選出されたレジェンドハンターと,2000年にデイリー杯3歳ステークスを勝ったフジノテンビーです。
 1977年に産まれたサクラビクトリーの分枝からも重賞の勝ち馬が出ています。1997年にダイオライト記念,武蔵野ステークス,ブリーダーズゴールドカップ,1998年には東海菊花賞を勝ったデュークグランプリです。
 近年は縮小傾向にあると思います。ですが日本競馬を代表する牝系のひとつであったことは間違いありません。

 哲学属性の様態としてのXの十全な観念と,神学属性の様態としてのXの混乱した観念が,形而上学的にいえば同一個体であるとする解釈は,次の観点からも補強し得ると思います。
 第二部定理七系の意味から明らかなように,神の無限知性のうちにある観念はすべてが十全な観念です。なので神学属性と哲学属性という区分は,神については無効です。他面からいえば神には能動属性だけが属するのであり,受動属性はその本性を構成し得ません。この形而上学的区分は,人間を対象とした場合に有効なのです。つまり人間は事物を混乱して認識することがあるのですが,神は常に事物を十全に認識するのです。
 本来的な意味では区別というのは神の本性を構成する属性を規準として,実在的であるか様態的であるかに分けられます。これでみるなら神学属性と哲学属性は,人間にとってのみ意味を有する区分なのですから,様態的に区別されなければなりません。僕がいう形而上学的区分というのは,実在的なものの区別ではないのです。スピノザが理性の有ということばで示しているものに対比させていうなら,形而上学的区分というのは,理性的区分,僕たちがそれについて考える場合にのみ意味を有するような区分であることになります。
 では人間が有するXの十全な観念とXの混乱した観念は,実際にはどう区分されるのでしょうか。それを示すのが第二部定理一一系の新しい意味です。つまりある人間の精神の本性を構成する限りで神のうちにXの十全な観念があるというとき,その人間はXを十全に認識しています。対してある人間の精神の本性を構成するとともにほかのものの観念を有する限りで神のうちにXの観念があるという場合には,その人間はXを混乱して認識するのです。ですが,ある人間の本性を構成する限りにおいてであれ,あるいはある人間の精神の本性を構成するとともにほかのものの観念を有する限りであれ,その限りで神のうちにXの観念があるといわれるなら,神のうちではそれは十全です。いってみればXの十全な観念とXの混乱した観念というのは,人間的には同一個体に類するものであっても,神的には単に同一なのです。
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シャンソネット,ドバイソプラノ,ハルーワソング&やり取りの成立

2015-12-04 19:24:47 | 血統
 JBCレディスクラシックを勝ったホワイトフーガは,世界的に名馬が続出している一族です。遡るほど多くの馬が出てきてしまいますので,ここではホワイトフーガの4代母であるGlorious Songから続く一族だけ詳しく紹介しておきます。ファミリーナンバー12-c
                                       
 まずGlorious Songの近親に日本競馬に縁が深い種牡馬が4頭います。全弟にタイキシャトルの父であるDevil's Bag,2番仔がメイセイオペラの父であるグランドオペラ,3番仔に日本で重賞勝ち馬を3頭出したRahy,8番仔に1996年に競走馬として来日してジャパンカップを勝ち,アサクサデンエンの父になったSingspielです。Singspiel産駒で重賞を4勝して種牡馬になったローエングリンは2013年の皐月賞を勝った現役のロゴタイプを出しました。
 6番仔の産駒のハルーワソングは繁殖牝馬として輸入されました。産駒に2011年のラジオNIKKEI賞を勝ったフレールジャックと昨年の中日新聞杯と新潟記念を勝っている現役のマーティンボロ。孫には2012年のクイーンカップ,2013年2014年のヴィクトリアマイルを連覇したヴィルシーナがいます。
 9番仔の産駒のドバイソプラノも繁殖牝馬として輸入。この馬がホワイトフーガの祖母になります。
 最後の産駒がシャンソネットでこの馬はGlorious Songの直仔としては繁殖牝馬として輸入された唯一の馬。1頭の産駒しか残せなかったのですが,それが2010年にNHKマイルカップを勝ったダノンシャンティです。
 もう少し広く辿るとグラスワンダーなども同じ一族。この牝系からはまだまだ多くの活躍馬が出てくるでしょう。

 ライプニッツGottfried Wilhelm Leibnizからスピノザへの書簡は,世間では多方面にわたるスピノザの才能が称えられていて,ライプニッツ自身は光学においても優秀な知識を有していると承知しているという主旨の一文で始まっています。これを読むとスピノザが光学に優秀な知識を有していると知っているのはライプニッツだけと解することも可能です。ライプニッツはスピノザの友人であるシュラーGeorg Hermann Schullerと以前から通じていたのですから,単に文章だけでなく,史実の面からもこの読解が可能だといわなければならないでしょう。ですが僕はそうではないと思います。むしろ光学も,称えられているとライプニッツがいった多方面にわたる才能のひとつであったと解します。
 なぜなら,僕はこの手紙が送られた時点では,ライプニッツはスピノザがどのような人物であるのかを概ね知っていたのに対し,スピノザはライプニッツのことをそうは知らなかったと思うからです。この書簡によってライプニッツを初めて知ったという可能性もあると思います。というのは後にチルンハウスがシュラーを介して『エチカ』の草稿をライプニッツに読ませることの可否を問うた書簡への返信に,スピノザはライプニッツというのはこの手紙を送ったのと同一人物だろうという主旨のことをいっているからです。それ以前に知っていたのなら,別の書き方をしたと思います。これらは僕の推測でしかありませんが,たぶん正しいと思います。
 だとすると,ライプニッツが自身の光学の論文の講評を,自分のことをよくは知らないであろうスピノザに求め,さらにスピノザを介してフッデJohann Huddeの講評も得ようとするのに,単にライプニッツだけがスピノザが光学の有識者であると知っているだけでは不十分だと考えます。その場合にはスピノザの方がなぜライプニッツがそれを知っているのかを不思議に感じてしまうからです。でもスピノザは返信の方で,そのようなことは何も問うていません。そしてそのことが意味しているのは,光学の有識者であることが世間に知られているということを,スピノザ自身が自覚していたからだと思います。これを前提にしないと,このやり取りは成立しないというのが僕の考えです。
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レディチャッター&シナゴーグ離脱の弁明書

2015-06-29 19:19:32 | 血統
 昨日の宝塚記念を勝ったラブリーデイは,1959年にイギリスで産まれ輸入されたレディチャッターという馬が母系の基礎輸入繁殖牝馬にあたります。ファミリーナンバー19。現在に続いている一族は,ほとんどが孫のペルースポートの子孫であると思います。
                         
 一族で最初に重賞を勝ったのはペルースポートの仔のシャダイチャッターで,1985年の小倉記念です。これは僕の競馬キャリアが始まる前年ですので,僕は知りません。シャダイチャッターは牝馬で,孫に2008年のオーシャンステークス,2009年のCBC賞と京阪杯を勝ったプレミアムボックスがいます。
 1989年に京成杯と函館記念を勝ったのがスピークリーズン。この馬はペルースポートの孫世代。1998年の福島記念を勝ったオーバーザウォール,2006年の福島記念と2007年の七夕賞を勝ったサンバレンティン,2005年の京都新聞杯,2007年の朝日チャレンジカップと京都大賞典を勝ったインティライミの3頭はきょうだいで,同じようにペルースポートの孫世代になります。
 2005年の朝日チャレンジカップを勝ったワンモアチャッターと2012年の中日新聞杯を勝っている現役のスマートギアも兄弟。この2頭はプレミアムボックスと同じようにペルースポートの曾孫世代です。
 この兄弟の姉から産まれたアリゼオは2010年にスプリングステークスと毎日王冠を勝ちました。ペルースポートの4代子孫になります。
 ラブリーデイはペルースポートの5代子孫。そしてこの一族から初めての大レースの勝ち馬として名を残すことになりました。
 子孫が勝っているレースからも窺えるように,平坦巧者を多く出している一族です。とくにサンバレンティンが勝った2006年の福島記念は,1着から3着まで,ペルースポートの子孫で独占しています。大レースに手が届かなかったのは,そういう傾向の影響があったかと思いますが,代を経て,底力も伴ってきたのではないでしょうか。ファンシミンがそうであったように,なかなか大レースの勝ち馬が出なかった一族から1頭が出現すると,続々と勝つというケースもあります。レディチャッター~ペルースポートの一族にも,その可能性はあるのではないでしょうか。

 メナセ・ベン・イスラエルMenasseh Ben Israelがウリエル・ダ・コスタUriel Da CostaのようになりたいのかとバルーフBaruchを恫喝したとき,破門されたいのかという意味を込めていたと僕はみています。なぜならその直後にメナセは,ユダヤ民族に背くという意味において,バルーフをダ・コスタに擬えているからです。
 これに対してはバルーフは,顔色ひとつ変えずに静かに答えたとルイは伝えています。バルーフの答えは,気の毒なダ・コスタの後を追うつもりはないというものでした。ダ・コスタを気の毒といっている点も注目に値すると思いますが,僕が重視したいのは別のところにあります。
 バルーフはダ・コスタの後を追うつもりはないと言っていますが,それは破門されないようにするという意味ではなかったと僕には思えるのです。なぜなら直後にバルーフは,自殺は犯罪だと続けているからです。
 自殺を否定することは,『エチカ』の文脈からも理解可能で,すでにこの時点でスピノザがこうした見解を有していたというのは,スピノザの哲学的思想がかなり若いうちから固まりつつあったということなのかもしれません。しかしそれより,もしもダ・コスタのように自殺するつもりはないとバルーフが答えたのだとしたら,それはもし破門されることになっても自殺はしないと読解できることになります。そして事実,この答えにはそういう意味があったと僕は解するのです。
 スピノザは破門されたとき,スペイン語で「シナゴーグ離脱の弁明書」を書いたとされています。文書は発見されていませんが,これを史実として疑っている識者を僕は知りません。ですから実際にそういう文書はあったのでしょう。
 この文書は,題名からして,ユダヤ人共同体から離脱することを前提しています。つまり改悛の意を示すような内容でなかったと類推されます。いい換えれば破門を解いてもらおうという意志はスピノザには皆無であったと判断するのが妥当です。このことと,まだ破門以前に,仮に破門されてもダ・コスタのように自殺はしないと発言していたことは,符牒が合うように思えます。1950年の時点で,後の弁明書を書く兆しが,僕には垣間見えるのです。
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