スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

独立&表象の定義

2007-05-31 20:32:43 | 将棋トピック
 危機と書いたことは現実のものとなり,女流棋士はふたつの団体に分裂することになりました。このうち,独立する棋士は昨日会見し,新団体となる日本女子プロ将棋協会を設立,報道などによると,今日にも日本将棋連盟を退会し,こちらの新団体に移籍するようです。ただし,現在参加している棋戦に関しては継続参加が可能,次期以降は話し合いということですが,これについては主催社の意向や今後のタイトルの動向も無視できないでしょうから,どうなるか確たることはいえないのではないかと思います。
 それにしても驚いたのはこの新団体に移籍する棋士が17人にとどまったこと。経緯で触れた12月の女流棋士総会では,圧倒的多数で独立する方向であっただけに意外です。準備委員会の独立への進め方には女流棋士の内部からも反発があったとは伝えられていましたが,結果論とはいえ,これだけ大量の離脱者を出してしまったという点に関しては,人身を掌握できなかった準備委員会の執行部の指導力には問題があったといわざるを得ないと思いますし,僕自身,連盟との軋轢の発端でもいったように,期待もしていただけに多少の失望の念は禁じ得ないです。
 一方,そこでも触れたように,立場の改善を望むのであれば,独立するという判断自体は正しかったと思います。人数の問題以前に,現在のタイトル保持者がすべて残留ということで,厳しい船出には違いないのですが,この新団体がうまく軌道に乗り,最終的には大部分の棋士がこちらに移籍できるようになるということを望みます。

 これで人間の精神による事物の表象というのがどういうことかを示す材料がそろいましたので,スピノザによるその説明をみておくことにします。これは,今回のテーマである第二部定理一七備考のうちに,問題としている一文の前に示されています。
 「人間身体の変状[刺激状態]―我々はこの変状の観念によって外部の物体を我々に現在するものとして思い浮かべるのである―は物の形状を再現しないけれども我々はこれを物の表象像と呼ぶであろう。そして精神がこのような仕方で物体を観想する時に我々は精神が物を表象すると言うであろう」。
 ここでこのような仕方といわれているのが,人間の身体が外部の物体と関係する様式,あるいはその観念を意味していることは明らかだと思います。つまり弟一義的には表象とは,人間の身体が外部の物体に刺激されることによって,その物体が現実的に存在するということ,すなわちたとえば僕が具体的な意味で示したようなことを意味するわけです。
 この説明は第二部定理一七に対応しています。しかしここでは僕はさらに広げて,第二部定理一七系の人間の精神による事物の想起,また,第二部定理一九の,自分自身の身体の現在の知覚についても表象に含めます。これには異論もあるかもしれませんが,僕はそうしたものも表象に含めるべきであると考えていますし,またそれについては争わないとしても,定理一七備考という今回のテーマは,必ずしも表象一般に関係するのではなく,混乱した観念一般に関係しますので,そうしておいた方が少なくともここでは便利だからです。
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さきたま杯&第二部定理一六系二

2007-05-30 22:19:11 | 地方競馬
 好メンバーが揃い楽しみなレースとなった第11回さきたま杯
 外から被せられると脆いロッキーアピールが鞭を入れて強引にハナを奪っての逃げ。これを愛知のキングスゾーンがマークする展開となり前半の600メートルが35秒3のハイペース。浦和の1400メートルは発走後が直線ということもありますが,最初の200メートルが11秒7というのはあまりあるラップではなく,先行した馬にとっては厳しいレースだったのではないかと思います。
 3コーナーを回ったところでロッキーアピールは後退。キングスゾーンが先頭に立ち,外からアグネスジェダイという態勢。厳しいレースと思われたキングスゾーンの方が粘り,何とか振り切ったところへインからメイショウバトラー。結局,こちらの伸び脚が上回り,頭だけ差し切って優勝。キングスゾーンが2着に粘り,昨年の覇者,アグネスジェダイは3着。
 優勝したメイショウバトラーは前走のかきつばた記念に続いて重賞連勝。今日はそれほど暑かったわけではありませんが,やはりこの時期になって体調はアップしてきているようです。また,昨年もそうだったのですが,今日もインに進路を取った武豊騎手の手綱捌きも大きくものをいったと思います。
 2着のキングスゾーンはこの展開,このメンバーで僅差の2着は健闘。昨年の浦和記念でも2着でしたので,このやや特殊なコースが合っているという面もあるのかもしれません。
 期待したフジノウェーブは4着まで。ただ今日は発走で滑ってしまいおそらく予定より後ろからの競馬になってしまったのが応えたと思われますので,それでもここまで追い込んでこられたのであれば,全国区でもある程度は戦える目途が立ったとはいえるのではないかと思います。

 ここまでのことからよりよく理解できる部分が『エチカ』の中にもうひとつあります。それが第二部定理一六系二です。
 「第二に,我々が外部の物体について有する観念は外部の物体の本性よりも我々の身体の状態をより多く示すということになる」。
 これはちょうどイエスの復活の例と対応しています。すなわち,たとえばマグダラのマリアの精神mensのうちにあるイエスの観念ideaは,マグダラのマリアの前にイエスが現実的に存在しているか現実的には存在していないかということに関係なく,イエスの身体corpusの本性natura,essentiaと同時に,マグダラのマリアの身体の本性を含んでいるわけです。したがって,マグダラのマリアの精神のうちに,現実的に存在するイエスの観念があるからといって,そこにイエスが現実的に存在するということにはならないわけです。同じことは,第二部定理一七の具体的な意味における,僕の精神のうちにあるこのパソコンの観念にも妥当するということになります。この観念もまた,このパソコンの本性と同時に,僕の身体の状態を表示するような観念であるということになります。また,これらのことから,現実的に存在する同じ物体corpusについて,異なった人間が異なって知覚するpercipere場合があるということ,また,同一の人間が異なったときに異なって知覚する場合があるということの理由も分かるのではないかと思います。
 なお,これは系Corollariumですので,本来は証明Demonstratioが必要な事柄ではありますが,ここでは先に第二部定理一七,第二部定理一七系,第二部定理一九を,この系に依拠せずに証明していて,これらのことからこの系が正しいということがすでに明らかになっていると思いますので,この系の証明についてはここでは省略します。
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レース表記&第二部定理一九証明

2007-05-29 20:29:01 | 中央競馬
 今年から日本の競馬が世界の中でパート1国の仲間入りをしました。そのため,従来はGⅠ,GⅡ,GⅢと統一されていた日本の重賞の表記が,国際的基準を満たしているGと,それを満たしていないJpnの二本立てに変更となりました。すでにお気付きかと思いますが,このブログにおいても独自に表記を変更していますので,その理由と合わせてここで説明しておきます。
 まず僕は,日本で行われているJpnⅠの競走が,GⅠ競走と比べて,格式において何らかの違いがあるとは考えません。これは海外のGⅠと比較した場合にも同様です。ですから,それらを異なって表記するのは無用の混乱を生じさせるだけだと考えます。しかし一方で,僕は一刻も早くすべての競走に関して世界に解放し,国際的基準を満たすべきであるとも考えていますので,JpnのレースについてそれをGと表記する気にもなれません。そこで,日本で行われるGⅠとJpnⅠに関しては,それを一くくりにして大レースと表記します。そして残るGⅡ,GⅢ,またJpnⅡ,JpnⅢに関しては,これらすべてを一まとめに重賞と表記します。また,このブログでは南関東で行われる重賞についても扱っていますが,南関東で行われる地方馬限定の重賞に関しては,南関東での格式に関係なく,すべて南関東重賞と表記します。なお,これは今年からのことで,昨年までのレースには関係のないことですが,ややこしくなりますから過去に遡って同様の表記をすることとします。ただし,これは日本だけの問題ですので,海外の重賞に関してはこの限りではなく,Gを用いる場合もあります。
 僕の考えの通りに,日本の競走はさらに解放に向かうものと予測しています。この苦肉ともいえる表記は,日本からJpnのレースが消滅するまで続ける考えです。

 明日は浦和でさきたま杯があります。楽しみなメンバー構成で,ここはフジノウェーブ◎とディープサマー○の南関東2頭に期待。もちろんリミットレスビッド▲,メイショウバトラー△,アグネスジェダイ△といった中央馬が強敵になります。

 人間の身体が外部の物体とある関係をもつときに,この人間の精神のうちに,その外部の物体の現実的存在の観念だけでなく,自分自身の身体についても,それが現実的に存在するという観念が生じるということだけに注意するのであれば,第二部定理一九というのは実はいともたやすく証明することができるのです。
 なぜなら,これはすでに第二部定理一七の証明のうちにみたことですが,人間の身体とある外部の物体が関係することによってこの人間の精神のうちに生じる観念には,岩波文庫版113ページの第二部自然学②公理一により,その外部の物体の本性と,自分自身の身体の本性の双方が含まれているのです。このことから,外部の物体についてそれが現実的に存在すると知覚することが導かれるのであれば,第二部定義二に訴える同様の論理展開で,自分自身の身体に関してもそれが現実的に存在すると知覚するということを導くことができます。なぜなら,自分自身の身体の本性は,自分自身の身体の存在を定立するのであって,それを排除するものではないからです。よって人間の身体が外部の物体によってある刺激を受けるとき,この人間は,自分自身の身体が現実的に存在すると知覚するということになります。
 なお,この知覚についてもまた,僕たちは常にそれを意識するというものではありません。僕たちがそのこと自体を意識するというのは,この知覚の観念,すなわち知覚も観念の一種類ですから,観念の観念が精神のうちにあるという場合であるということになると思います。
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岸和田記念&第二部定理一九

2007-05-28 21:52:41 | 競輪
 事前に有力と思われた地元の近畿勢が,準決勝ですべて姿を消してしまうというやや意外な展開となった昨日の岸和田記念決勝(動画)。
 佐藤選手がSを取ってそのまま前受け。高木選手が4番手に入り,6番手から浦山選手で周回。残り2周のホームから浦山選手が上昇し,バックで佐藤選手を抑えて先頭に立ったのですが,ここで後方にもつれがあり,紫原選手と高木選手が落車。結果,ホームは浦山-石毛-志智-浜口-佐藤-岡部-島田の一本棒になり,浦山選手の先行。佐藤選手の仕掛けはバック通過後の3コーナーから。直線に入って石毛選手と志智選手も踏み,3番手からよく伸びた志智選手の優勝。番手絶好だった石毛選手は2着までで,3着に佐藤選手でした。
 優勝した岐阜の志智俊夫選手はこれが記念競輪初優勝。力からすればどこかでひとつくらいは優勝していてもおかしくはなかったと思うのですが,中部は自力も追込みも有力選手が粒揃いですので,ここまで時間が掛かってしまったということでしょう,その分,喜びもひとしおであったと思います。ここは浦山選手ラインの3番手を選択したのが好判断だったといえるでしょう。
 石毛選手は惜しいチャンスを逸してしまった感じ。かつては絶好調時の村上選手を何度も捲っていたくらいの爆発力を秘めている選手ですが,最近はなりを潜めています。ただ,これで終ってしまう選手でもないとは思います。
 佐藤選手は仕掛けられなかったのかもしれませんが,浦山選手の後ろを回っていたふたりが自力選手ということを考えれば,この遅い仕掛けではさすがに届かないでしょう。

 人間の精神による事物の表象についてはもうひとつ,第二部定理一九も外せないところですのでこれも紹介します。
 「人間精神は身体が受ける刺激[変状]の観念によってのみ人間身体自身を認識し,またそれの存在することを知る」。
 一読して分かると思うのですが,ここにはふたつの意味があります。ひとつは,人間の身体がある外部の物体から刺激される場合,第二部定理一七により,この人間の精神は,その外部の物体が現実的に存在するということを知覚するのですが,それと同時に,その人間の精神は,自分自身の身体(定理の中にある「人間身体自身」とは,そのような意味です)についてもそれが現実的に存在するということを知るということです。そしてもうひとつは,人間が自分自身の身体が現実的に存在するということを知覚するのは,もっぱらこの仕方のみによるのであって,いい換えれば,ほかの仕方で人間が自分の身体の現在についてそれを知るという方法はないということです。
 もちろんこれらふたつの意味は,どちらも大変に重要です。しかしここでは,人間の精神による事物の表象とはいかなることであるかを理解することが主要な意図になっていますので,この定理に関する長い議論を避けるという意味でも,ふたつ目の意味については触れず,最初の意味にだけ注目するということにします。
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ダービー&イエスの復活

2007-05-27 22:14:46 | 中央競馬
 今日の東京優駿(日本ダービー)では,おそらく日本の競馬史に残るであろう快挙が達成されました。
 正面からの発走で,まずサンツェッペリンが先頭に立ちましたが,外からアサクサキングスがこれを交わしてこちらの先導。前半の1000メートルは60秒5で,スローペースとなりました。
 直線に入ってサンツェッペリンがアサクサキングスに並び掛け,ここで後続との差が広がりました。長い直線で何が追い込んでくるかとみていると,中団のインに控えていた紅一点のウオッカが馬場の中央から真一文字の伸び。そのままアサクサキングスを楽に交わしさると後続に3馬身もの差をつける圧勝劇を演じました。アサクサキングスが2着に逃げ粘り,一番外から追い込んだアドマイヤオーラが3着。
 優勝したウオッカ,四位洋文騎手,角居勝彦調教師はそろって昨年の阪神ジュベナイルフィリーズ以来の大レース制覇。母系はフロリースカップ系。牝馬のダービー優勝は64年ぶりとのことですが,これは戦中のことですし,何より当時はオークスが秋に行われていたために牝馬もダービーに出走しやすく,あまり比較の対象にならず,実質的にはこれが初制覇とみなしていいと思います。もしかするとこれまでの日本競馬の常識を覆すような馬に育つかもしれません。
 2着のアサクサキングスは今日はすんなりとレースを運べたことが好走の要因。ホワイトマズルの産駒というのは一様にこうした傾向があるようです。
 3着のアドマイヤオーラは惜しい競馬で,今日はフサイチホウオーをマークし過ぎたように思います。ただ最後は大きく左に寄れているように,距離面には限界がありそうです。
 フサイチホウオーは気負いすぎていました。向正面ではなかなか抑えが効かないような状況で,これでは勝ち負けはできないでしょう。
 ヴィクトリーは発走後に挟まれてしまい,ほとんど最後方に。1コーナー過ぎから上がっていきましたが,あそこで脚を使ってしまってはやはり勝負になりません。

 第二部定理一七系については,やはりこの後の備考でスピノザがある実例をあげていて,これはこの系の意味を具体的に理解するために適材だと思いますので紹介します。
 新約聖書には,イエスが十字架に磔になり息絶えた後に復活し,マグダラのマリアを始めイエスをキリストと信じる人びとの前に姿を表したとあります。しかしこれは不思議なことではないというのがスピノザの考え方。なぜなら,これらの人びとはイエスの生前にイエスから刺激を受け,イエスが現実的に存在すると知覚していたわけですから,たとえイエスの死後であっても,この人びとが生きているうちは,この人たちの身体の中に,イエスから刺激を受けたときと同じ運動が生じるならば,イエスが現実的に存在すると知覚したとしても,これは合理的に説明することができるからです。これは第二部定理一七の証明にあるように,この知覚の観念が単にイエスの本性だけを含むのではなく,たとえばマグダラのマリアの場合には,マグダラのマリアの本性をも含んでいるということから明らかだといえます。すなわち,人間が外部の物体について,それが現実的に存在することを知覚する観念というのは,その外部の物体の本性よりも,自分自身の身体の本性あるいは状態といったものをより多く含んでいるのです。
 イエスの復活というのは,この人びとがイエスの死後のこの自分たちの知覚について,それを真の観念であると思い込んだために生じたと,少なくともスピノザの哲学の立場からはいえるでしょう。しかしここには,誤謬とは何であるかということが関わってきますので,これについては後回しとすることにします。
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GHCタッグ&同一個体の問題

2007-05-26 22:37:50 | NOAH
 パートナーに杉浦選手を選んだ高山選手は予定通りに4月28日の日本武道館大会で,チャンピオンチームである秋山選手と力皇選手に挑戦しました。
 この試合も広島の試合と同様に杉浦選手が奮闘。広島で秋山選手を葬った連携攻撃までたどり着いたのですが,この日は秋山選手のパートナーが力皇選手。広島のときは潮崎選手が場外でダウンしてしまったので秋山選手が完全に孤立してしまったのですが,今回はそれがなく,危ないところではきっちり助けに入って秋山選手を救いました。逆に試合時間がさらに経過していくにつれ,高山選手のスタミナ切れがやや目立ち始め,徐々に杉浦選手の方が孤立。高山選手も完全にダウンしたというわけでもなく,何度か懸命のカットプレーを見せましたが,最後は場外で秋山選手に捕まっている間に,リング中央で力皇選手の強烈な無双が杉浦選手に炸裂。王者組が初防衛に成功となりました。
 この日は残念な結果でしたが,杉浦選手もいずれはヘビー級のベルトに手が届くのではないかと思いました。個人的にはこの日に行われた試合の中では,これが最もいい試合であったと感じています。なお,王者組は今シリーズからNOAH参戦を果たしているディーロ・ブラウン,ブキャナン組と,来月の8日の横浜大会で2度目の防衛戦を行うことが決定しています。

 明日は東京優駿(日本ダービー)。ここはフサイチホウオー◎を上位に考え,ヴィクトリー○との争いでしょうか。アドマイヤオーラ△,ヒラボクロイヤル△も有力ですが,配当面からはナムラマース△を買ってみたいです。

 岸和田記念は決勝。並びですが,佐藤-岡部の北日本で,紫原はこちらを追走。浦山-石毛の東日本で,志智-浜口の中部はここから組み立てるようです。あと,高木-島田の熊本。ここは再度,佐藤選手◎と岡部選手○で,志智選手▲と浜口選手を絡めて。

 第二部定理一七系証明同一個体を持ち出すと,次のような問題が発生するおそれはあります。この同一個体の論理は第二部定理七から生じるのですが,この定理七でいわれている観念が,明らかに十全な観念を意味するのに対し,定理一七系で生じる人間の精神による外部の物体の知覚の観念は混乱した観念であるから,この証明は適当でないということです。
 しかしこれは,第二部定理一一系の意味と,第二部定理七系の意味に注目すれば,解消できるというのが僕の考えです。確かに人間の精神による事物の知覚は混乱した観念ですが,これはこの(十全な)観念が,この人間の精神の本性を構成する限りでの神のうちにあるのではなく,この人間の精神の本性を構成するとともに,ほかのものの観念を有する限りで神のうちにあるということであって,この観念が,この人間の身体の中に生じる運動と同一個体であると考えることができると思うからです。したがって,この人間の身体に,この運動が生じるたびごとに,神のうちにはこの観念が生じることになります。定理一一系の意味は,これが人間の精神が事物を混乱して認識するということなのですから,要するに,人間の身体のうちにこの運動が生じる場合には,この人間の精神はある外部の物体について,それが現実的に存在すると知覚する,すなわち,その外部の物体の現実的存在についての混乱した観念を有するということになると思います。よって,僕は僕の証明は十分に成立していると考えます。
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千亀利賞&第二部定理一七系証明

2007-05-25 22:21:38 | 競輪
 最初にお詫びと訂正があります。昨日の前予想で,このレースに出走した内藤選手について,北日本と書きましたが,これは秋田の内藤宣彦選手と勘違いしたもの。ここに出走しているのは岡山の内藤敦選手でした。選手を間違えるなど本来はあってはならないこと。大変失礼致しました。なお,並びに関しては北日本の3番手を選択しています。
 それでは岸和田記念2日目優秀の千亀利賞(動画)の回顧。前受けは井上選手で中団が佐藤選手,後方から村上選手で周回。残り2周のホームから村上選手が上昇すると佐藤選手も合わせて上昇。バックでもつれ,村上選手が佐藤選手の後ろに入りましたが,佐藤選手が踏まずに内を開けたので開いたコースを突き,ホームの入口から前に出た村上選手の先行。一旦は連結を外した前田選手は外を追い上げて番手死守。志智選手も続きました。1コーナーから井上選手が発進。バックで前田選手がブロックにいきましたが自らバランスを崩すように落車。これに志智選手と佐藤選手が乗り上げ6人でのレースに。結局,井上選手と紫原選手で村上選手を捲りきり,落車を避けて自力で迫った岡部選手との争い。紫原選手が1着で,岡部選手が2着に届き,井上選手が3着。地元の前田選手は痛恨の失格となりました。
 今日は強い雨の上に強風というおおよそ最悪のコンディションで,先行した村上選手には辛かったでしょうし,前田選手の落車にもそれが影響したと思います。そんな中でうまく佐藤選手と村上選手に争わせた九州勢の作戦勝ちといったところでしょうか。

 第二部定理一七系のスピノザによる証明は,哲学的にはともかく生理学のような見地からみた場合にはあまり正しくないのではないかと思われますので,ここでは僕がごく単純な仕方で証明します。ごく単純な仕方というのは,僕はたとえば人間の神経の運動などについてほとんど見識を有していないからでもありますし,また,それを詳しく説明する必要があるとも考えないからです。
 まず第二部定理一七によれば,人間がある外部に物体に,その物体の本性を含むような仕方で刺激されるとき,その人間の身体の内部にある運動が生じ,その人間の精神は,その物体が現実的に存在すると知覚します。この限りで,この人間身体の内部の運動と,外部の物体が現実的に存在すると知覚するこの観念は,同一個体であるといえると思います。すなわち,これらふたつは同一の秩序にあるということになります。
 ところで,この人間身体の内部の運動について,その原因を考慮に入れずに単純にひとつの運動と考えてみれば,これはこの人間の身体の内部にのみ生じるものです。したがってこの運動は,後に外部の物体から刺激されているのではなくても,この人間の身体のうちに生じ得るといえるでしょう。そしてもしもそれが生じるならば,それとこの知覚は同一個体なのですから,この人間は,その外部の物体が現前しているのではなくても,それが現前すると知覚するということになります。
 この系は,人間が事物を思い出すということ,つまり人間精神による事物の想起がいかにして生じるのかを説明するものです。逆に考えれば,人間がある事物を想起する場合には,その人間の身体の中で,かつてその物体から刺激されたときに生じたのと同じ運動が生じているという意味になります。
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名人戦&第二部定理一七系

2007-05-24 22:57:02 | 将棋
 17日と18日に指された名人戦七番勝負第四局は,相矢倉▲3七銀ー△6四角の戦型になり,結果としては先手の森内俊之名人が快勝となったのですが,その勝利へと至る道の発見は,決して容易なものではなかったのではないかと思います。
 矢倉なので中盤から。角交換の後,後手の郷田真隆九段が58手目に先に△4七角と打ち,先手が▲4一角。後手が先に馬を作って5四に引き付けましたが,77手目の▲5八飛から先手はこの馬を目標に。後手は△4七角では△6九角と深く打ち込み,4七に成り返る手もあったかもしれません。
 84手目,△5四歩と飛車先を止めたのに対して▲2三歩が好手。これに対して△3一玉と角に当てて逃げたのも凄い手だと思います。ここから92手目の△5二同飛までは変化の余地がない一本道と思われますが,ここで▲4三歩と垂らしたのがまた好手。2枚の垂れ歩が後手玉を追い詰めます。△4三同金とこちらの歩を払いましたが▲5三金と打ち込み清算してから▲5四銀と出たのが決め手で,△同馬▲同飛△同飛に▲4三角が詰めろ飛車取りで後手の投了となりました。
 結果的に先手が攻めきるか後手が受けきるかという争いになり,そのまま攻めきったわけですので,快勝ということになると思うのですが,有力に思える攻め手順の中にも,きちんとそれが勝利に結びつくものはごく僅か,もしかしたらこの将棋の手順しかなかった筈で,それを発見した森内名人の指し回しが見事であったというほかないと思います。
 これで2勝2敗。次の第五局が大一番という展開になりました。

 明日は岸和田記念の2日目優秀,千亀利賞が行われます。並びは予想ですが,佐藤-岡部-内藤の北日本,村上-前田-志智の近畿中部,井上-紫原-島田の九州で3分戦でしょうから,これを前提に予想。佐藤選手◎と岡部選手○の方を上位に考え,村上選手▲と前田選手,そして井上選手△。

 第二部定理一七には系があって,これも人間の精神の事物の表象に大きく関係していますので取り上げます。「人間身体をかつて刺激した外部の物体が,もはや存在しなくても,あるいはそれが現在しなくても,精神はそれをあたかも現在するかのように観想しうるであろう」。
 この系がいわんとするところは次のようなことだと思います。ある人間の身体がある外部の物体Xの本性を含むような仕方で刺激されると,第二部定理一七により,その人間はXが現実的に存在すると知覚します。そこで,その人間がかつてそうしたことを1度でも経験したことがあると仮定します。するとその人間は後に,Xが存在をやめても,つまり何らかの事情でこのXの存在がこの世から消えても,あるいはそうではなく,Xは存在をやめたわけではなく,どこかに現実的に存在しているのだけれども,この人間の現前には存在していない場合でも,この人間はXが現実的に存在すると知覚し得るということです,
 ここで何が重要かといえば,人間はかつて1度でもその本性を含むような仕方で刺激されることによって,それが現実的に存在すると知覚した物体については,それ以後は,その物体が本性を含むような仕方で自分の身体を刺激しているのではない場合でも,その物体がまさに自分自身の現前に現実的に存在すると知覚する場合があるということです。
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大井記念&第二部定理一二の解釈

2007-05-23 22:34:34 | 地方競馬
 ダートでは日本で最も長い距離の重賞,大井記念
 先手を奪ったのはトーセンジョウオー。前半の1000メートルが63秒0。この距離ですからハイペースになることはまずありませんが,極端に遅いというようなラップにはなりませんでした。
 3コーナー手前あたりから2番手でレースを進めていたトウケイファイヤーが接近していき,一旦ここで後続との差が広がり直線へ。逃げ粘るトーセンジョウオーの内から,好位のインでずっと手応えよく追走していたマズルブラストがあっさりと抜け出して優勝。さらにトーセンジョウオーの内からルースリンドと馬場の大外からアウスレーゼが伸びてきて,この3頭は大接戦となりましたが,写真判定の結果,ルースリンドが2着でアウスレーゼが鼻差の3着。トーセンジョウオーはさらに鼻差で4着でした。
 優勝したマズルブラストは昨年の東京記念以来,張田京[はりたたかし]騎手は昨年の平和賞以来の南関東重賞制覇。その東京記念以降はやや冴えない成績だったのですが,南関東同士で長距離となると適性面で上回り,好走できるようです。
 ルースリンドは発走がやや悪く,少し後ろ目の位置からのレース。それでもインをきっちり回ってきたのですが,トーセンジョウオーの内から抜け出そうというところで先にマズルブラストに入られてしまい万事休す。ただ,その後の伸び脚から考えれば,もっと楽に2着は取れたかもしれませんが,逆転はなかったものと思います。
 アウスレーゼはいつものように直線の末脚に賭けるレース。僅かとはいえトーセンジョウオーに先着を果たしましたので,今後の牝馬路線では引き続き注目の存在でしょう。
 トーセンジョウオーは発走後,少し押して先手を奪ったのですが,そこでもう少しでも楽に先頭に出られていれば,もっと粘れたのかもしれません。

 明日から岸和田記念です。先行型が粒揃いな分,地元の近畿勢が有利に展開しそうです。

 第二部定理一二というのは,第二部定理九系から帰結するというのが僕の考え方です。この第二部定理九系は,神のうちにあるある観念についての言及ですので,第二部定理七系の意味からして,ここでいわれている観念は,十全な観念であると考えられます。したがって,第二部定理一二はその第二部定理九系から帰結するのですから,これは人間の精神のうちにある十全な観念について言及されていると思われます。これについては僕は譲ることはできないです。
 したがって問題となるのは,このとき,人間の精神のうちにある十全な観念というのが,具体的にはどのような観念を意味するのかということなのですが,この第二部定理一七の証明の過程においては,これを,人間の身体が外部の物体と関係し合うことによって,人間の身体の中にある運動が生じているという観念(運動それ自体の観念ではありません)か,または,人間の身体が外部の物体と関係し合っているというそのこと自体の観念,そうでなければ,自分の身体と関係し合う限りでの外部の物体の観念のいずれかと解釈して先に進めます。
 以前に第二部定理九系を援用したときに弁明したように,この系の内容は保持され得る,したがって,この場合に,人間の精神のうちにある何らかの十全な観念があるということについては問題がないと思いますので,それが何かを特定できないのは不備であるとは思いますが,とくに大きな問題が発生しているというわけでもないと考えます。
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宇都宮記念&第二部定理一七証明

2007-05-22 21:26:30 | 競輪
 20日に決勝が行われた宇都宮記念(動画)はゴール前で3人による大接戦となりました。
 前受けは伊藤選手。3番手に田川選手,4番手に内藤選手が入り,武田選手が5番手。静岡勢は8番手で関東を追走しての周回。武田選手の上昇は意外に遅く打鐘から。競りがあるかどうかがひとつのポイントでしたが,伊藤選手はあっさりと車を下げました。内藤選手が静岡後位に切り替えたので伊藤選手は7番手。一本棒となったホームから武田選手が先行。伊藤選手はバックから捲っていきましたが,3番手あたりまでで一杯。直線,先行した武田選手は失速し,番手から踏んだ神山選手,神山選手と武田選手の間を割った後閑選手,少し早めに神山選手の外を踏んだ渡辺選手が並ぶようにしてゴール。写真判定となりましたが,優勝は後閑選手。神山選手が2着で渡辺選手が3着でした。
 優勝した群馬の後閑信一選手は昨年は寛仁親王牌でGⅠ制覇を達成していますが,記念競輪となると一昨年の11月の久留米記念以来の優勝。地元の神山選手を抜いたということでファンからいくらか野次もあったようですが,中を割ったとはいえとくに早く踏み出しているわけでもなく,文句をいわれるいわれはないでしょう。立派な優勝だったと思います。
 神山選手は地元記念で絶好の展開となったので,かえって優勝は逃せないという思いがバックあたりで強くなり,固くなってしまい思ったほど身体を動かせず,車の伸びを欠いたという面があったかもしれません。

 明日は大井記念です。希望もこみでシーチャリオット◎の巻き返しに期待。同厩舎のトーセンジョウオー○を相手に,ルースリンド▲,コアレスハンター△,アウスレーゼ△あたりまで。

 第二部定理一七は,記念すべきこのブログの最初のテーマとして扱った第二部定理一二を援用して証明することができます。実はこの第二部定理一二の問題は解決していないのですが,ここでの扱いについては後述することとし,ここでは,この定理により,人間が外部の物体と関係することによってその人間の身体の中に起こるある運動についての観念が,その人間の精神のうちにあるとしておきます。このとき,具体的な意味に示したように,この運動はその人間の身体と外部の物体の本性をともに含んでいる,つまりこの観念は,自分の身体と外部の物体の本性をともに含んでいるということが重要です。
 さて,ここでこれもかつてテーマとして扱った第二部定義二に注意すれば,事物の本性というのはその事物の存在を定立するのであって,排除するのではありません。よって,この観念には外部の物体の本性が含まれているので,その外部の物体の存在がこの観念の中で定立されます。したがって人間は,外部の物体と関係し合うことによって,その外部の物体が現実的に存在すると知覚するということになります。いい換えれば,このことによって人間の精神のうちには,現実的に存在するその外部の物体の観念が生じるということになるのです。
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シンガポール航空国際カップ&具体的な意味

2007-05-21 22:44:47 | 海外競馬
 日本時間で昨日の夜の発走となったシンガポール航空国際カップGⅠ。例によって日本の2頭を中心に回顧します。
 この2頭はともに先行脚質の馬ですので,ある程度は前での競馬をするだろうと思っていたのですが,やはりコスモバルクが2番手,シャドウゲイトが4番手からのレースとなりました。最後の直線に入る前あたりで逃げた馬がばてたのでコスモバルクが自然と先頭に。シャドウゲイトがこれに外から並びかけると,直線ではすぐに先頭に立ち,抜け出しました。この後,コスモバルクの内から2頭,さらに外から1頭が伸びてきたのですが,いずれもシャドウゲイトに並び掛けるところまではいかず,そのままシャドウゲイトの優勝となっています。コスモバルクはどうも一旦は4番手まで後退したように思うのですが,そこからもう一頑張りし,強敵の1頭と目されたDoctor Dinoとの接戦を制して2着に差し返し,日本馬のワンツーとなっています。
 優勝したシャドウゲイトはこれが大レースは初制覇。昨年の秋から急激に力をつけ,正月の中山金杯を圧勝。前走の大阪杯ではその後の天皇賞を勝ったメイショウサムソンに僅差の2着でした。田中勝春騎手は先月の皐月賞以来の大レース優勝,加藤征弘調教師は初の大レース優勝で,ともに海外の重賞は初優勝。今日はコスモバルクを相手とみたような騎乗で,この馬の持ち味であるいい脚の持続する部分を最大限に発揮してのもの。一番人気に推されていたようにこのメンバーに入ると力も上位だったようです。
 連覇を目指したコスモバルクは2着。五十嵐騎手は切れ味の差というようにいっていますが,現時点では総合的な力でもシャドウゲイトに劣っているのではないかと思います。一旦は前に出られながらも2着を確保した勝負根性は立派と思え,厳しい意見もありますが,僕は誉めてもいい結果と思いますし,騎乗に関しても特段の問題があったとは思わないです。

 第二部定理一七の意味を,僕は具体的には次のように考えています。
 今,僕の目の前に一台のパソコンがあります。僕がこのパソコンに視線を送り,またこのパソコンが僕の身体を刺激する(光が僕の網膜を刺激するといってもいいです)ことによって,僕の身体の中にある運動(神経作用)が生じます。この僕の身体の中に起こる運動は,岩波文庫版『エチカ』上巻113ページの第二部自然学②公理一により,僕の身体の本性と僕の目の前の一台のパソコンの本性をともに含んでいます。したがってこのとき,僕の精神のうちには,現実的に存在するこの一台のパソコンの観念が生じます。実際,この観念は今の僕の精神のうちにあります。もちろん人間は,こうしたことを常に意識するわけではありませんが,スピノザの哲学では,ある精神のうちにある観念があるというのは,いわばその精神の無意識の状態を意味するのであって,意識とは,観念の観念という意味だと僕は思いますので,これは問題にはならないものと考えます。
 そして僕がこのパソコンから視線を外すとか,パソコンが消えてなくなるとか,あるいは真暗になって一切の光の刺激が失われるなど,そうした種類のこのパソコンの現実的存在を排除するような別の刺激を僕の身体が受けると,僕の精神のうちから,このパソコンが現実的に存在するという観念もまた失われます。逆にいうと,そうした刺激を僕の身体が受けなければ,この観念は僕の精神の中にずっと維持されるということになるでしょう。
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オークス&第二部定理一七

2007-05-20 22:22:28 | 中央競馬
 牝馬クラシックの第二冠目にあたる優駿牝馬(オークス)。
 好枠から先手を奪って逃げたのはスマートストーム。前半の1000メートルは59秒1でこれはハイペースといっていいと思うのですが,2番手以降は少し離れての追走でしたので,事実上はミドルペースでのレースであったと思います。
 一番人気に推されていたベッラレイアは,後ろからのレースを予想していましたが,今日は好発から無理に控えずに好位集団から。直線でも無理なく捌いて完全に抜け出したのですが,ここを馬場の外目からミンティエアー,ローブデコルテ,ラブカーナが急追。このうち3頭の真中のローブデコルテが最後までよく伸び,ゴール寸前で僅かにベッラレイアを捕えて優勝となりました。かなりきわどい差で,僕にはどちらが勝ったのか分からなかったのですが,ローブデコルテが勝ったと実況したラジオNIKKEIの小林アナウンサーは見事でした。2着にベッラレイアで3着がラブカーナ。ミンティエアーは4着まで。
 優勝したローブデコルテは大レースはもちろん重賞もこれが初制覇。松元茂樹調教師は2003年3月の高松宮記念,福永祐一騎手は昨年のエリザベス女王杯以来の大レース優勝。今日はたまたまだったと思うのですが道中でベッラレイアをマークできる位置を取れ,直線で外に出そうとしたときにミンティエアーに先にいかれてしまい立て直すことになったのですが,その分かえって脚を溜められることができ,最後の伸びにつながったように思います。距離適性にはやや不安が感じられた馬だけに,レースの綾がうまく作用し,それを最大限に生かしきれたのが勝因といえるのではないでしょうか。
 ベッラレイアは結果だけでいえばほんの少しだけ仕掛けが早かったということですが,これを責めるのは酷と思います。むしろ堂々とした横綱相撲で押しきろうとした点には好感が持て,今日のところは少しばかり運が足りなかったということでしょう。

 シンガポールでは日本の2頭がワンツーフィニッシュだったようです。詳細は後日。

 まずはいかにして人間の精神のうちに混乱した観念,とくに事物の表象ということが生じるのかということから始めなければなりません。エチカにおいて第一にこれを示しているのは,ここで問題としている一文を含む備考が付されている第二部定理一七です。
 「もし人間身体がある外部の物体の本性を含むような仕方で刺激されるならば,人間精神は,身体がこの外部の物体の存在あるいは現在を排除する刺激を受けるまでは,その物体を現実に存在するものとして,あるいは自己に現在するものとして,観想するであろう」。
 僕が思うに,この定理の文章だと,人間の身体が外部の物体から一方的に刺激されることをいっているように考えられそうですが,これは人間が物体から刺激され,また同時に物体を刺激するというような双方向の関係と理解するのが適切でしょう。そしてこれに注意してこの定理を解釈すれば,その意味は,人間の身体がある外部の物体と,その外部の物体の本性が含まれているような何らかの関係をもつとき,人間の精神のうちには,その外部の物体が現実的に存在するという観念,いいかえれば自分の前に現実的に存在しているその物体の観念が生じ,人間身体がその物体とのそうした関係を失うまでは,その観念が人間の精神のうちから消滅することはない,ということになるだろうと思います。
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鬼門&肯定と否定

2007-05-19 21:33:48 | NOAH
 NOAHは一昨日からすでに新シリーズが始まっていますが,前シリーズの最終戦となった4月28日の日本武道館大会では,初防衛に成功したGHCヘビー級チャンピオンの三沢光晴選手の2度目の防衛戦がほぼ3ヵ月振りに行われました。三沢選手はこのタイトルは3度目の戴冠ですが,過去は2度目の防衛戦で失敗していますので,鬼門の防衛戦でした。
 挑戦したのは佐野巧真選手。高山選手と組んで参加したGHCタッグトーナメントのときに紹介したように,どんな相手でも一定の力を発揮するタイプの選手で,どちらかといえば慎重に試合を組み立てていくのですが,この日は試合開始直後からラッシュ。これはこの試合にかける意気込みがそうさせたものと思うのですが,どうもその分だけペース配分を誤ってしまったようで,最後は新型のエメラルドフロウジョンの前に沈められてしまいました。どうも三沢選手には余裕があったように感じられる試合だったという印象です。
 鬼門を突破した三沢選手は,前シリーズで好調だったバイソン・スミス選手の挑戦を受けることが決定しています。今シリーズは武道館大会がありませんので,これは6月3日に札幌で行われることになっています。

 明日は優駿牝馬(オークス)。様ざまな事情で桜花賞とメンバーが大きく変わりましたがここはベッラレイア◎から。相手はカタマチボタン○,ミンティエアー△,ザレマ△の順で。

 日本時間の夜にはシンガポール航空国際カップがあります。スウィフトカレントは遠征を取りやめ,日本からはシャドウゲイトコスモバルクが参戦。もちろん両馬ともにチャンスはあるでしょう。強敵と目されるのはまずドバイシーマクラシックで2着だった南アフリカのOracle West。次いでフランスのDoctor Dinoと思われます。今年のは短くて硬い馬場のようです。

 宇都宮記念は決勝。並びは武田-神山-後閑の関東,伊藤-岩見の近畿中部,ほかに渡辺-海野の静岡で,内藤と田川は単騎。完全な先行一車ですので武田選手◎。競りのおそれがあるので神山選手○と後閑選手▲は同等に評価し,渡辺選手△。

 第二部定理一七備考の一文の問題については,次のような方法でも提起できるのではないかと思います。
 第二部定理七系の意味より,神のうちにある観念,すなわち無限知性のうちにある観念はそのすべてが十全な観念ですので,もしも積極的に混乱した観念があるといい得るなら,それは人間の精神を代表とするような有限知性のうちにあるわけです。したがって無限知性のうちにある観念はすべて十全な観念であるという言明が無限知性に対する絶対的肯定であるのに対し,ある精神のうちに混乱した観念がある,とか,ある精神の一部は混乱した観念によって構成されるという言明が,その混乱した観念を含む知性に対する部分的否定であることは疑いようがないと思います。
 一方,あるものにある力があるというのが,そのものについてある肯定を意味することはそれ自体で明らかでしょう。とくにスピノザの場合,というのを可能的なものであるとは認めずに,常に現実的なものであると理解するのですから,これはなおさらそうでなければならないと思います。
 したがってこのように理解する限りこの一文というのは,人間精神にとって否定的であるようなある事柄が,ある条件のもとでは,その同じ人間の精神において肯定的なある事柄であるといっているに等しいと思います。しかしこれはどう考えても論理的に一貫していないように思えないでしょうか。
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宇都宮記念2日目優秀&問題の所在

2007-05-18 22:22:44 | 競輪
 宇都宮記念2日目優秀(動画)。並びはやはり静岡両車が北日本追走,九州両車は自在戦でした。
 武田選手の前受け。この4番手に大塚選手が続き,6番手から高谷選手で周回。残り2周から高谷選手が上昇し,バックでは武田選手の外へ。打鐘過ぎにようやく高谷選手が誘導を抜いて残り1周から先行。大塚選手がこちらのラインの5番手に切り替えたので武田選手は7番手。ホームは一本棒での通過となりました。バックで大塚選手は内にいき,海野選手をどかしました。武田選手は外を捲り上げましたが渡辺選手のあたりで一杯。直線は踏み合いとなりましたが高谷選手の3番手から渡辺選手が中を鋭く伸びて1着,武田選手の番手から渡辺選手の外を伸びた神山選手が2着,高谷選手の番手の山田選手は3着でした。
 直線の長い500バンクということもありますが,渡辺選手はさすがの伸び脚。これくらいの位置を回ってこられれば確実に勝負圏内になるようです。山田選手はもう少し車間を開けるなど,何らかの工夫が必要だったかも。実質2分戦でしたので,武田選手もいまひとつ無策であったように感じます。

 これで第二部定理一七備考の一文のどこに問題があるかは分かるのではないかと思います。すなわち,表象というのは混乱した観念であるということに間違いはないのですが,混乱した観念というのは有と無という基準で判断するなら僕は無であろうと考えています。したがってこの一文の中でスピノザは,人間精神のうちに無である混乱した観念が生じることについて,もちろん無条件ではなく,それが現実には存在しないということを知っているということ,これは僕が理解する限りでは,人間の精神のうちにある混乱した観念が生じたときに,同時に,その生じた観念について,それが混乱した観念であるということを認識しているということだと思うのですが,そうした条件さえ整えば,無である混乱した観念を有するということ自体が,人間の精神にとって,欠点ではなく長所である,しかもそれはひとつの力という長所ということができるといっていることになるのです。
 しかし,もしも事物の実在が不可能であるとしたら,それ以上にその事物の無力あるいは無能,すなわちここで力といわれているのと反対の意味での無力を示すような事柄があるでしょうか。今回のテーマの最大の主題は,このように本来は無力であるとしか考えられないものについて,なぜスピノザはそれがひとつの力であるとみなすのかということになります。
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名人戦&有と無

2007-05-17 20:14:37 | 将棋
 名人戦七番勝負は今日から第四局が始まりましたが,ここでは7日と8日に指された第三局を振り返ります。
 挑戦者の郷田真隆九段の先手で▲7六歩△3四歩▲7五歩。昨年の棋聖戦第一局第三局で鈴木八段が指した手で,早石田を目指したものですが,郷田九段はほとんど振飛車を指さない棋士ですのでかなり意外に思いました。対して森内俊之名人は少考して△5四歩。相振飛車になりました。
 相振飛車というのは序盤の駒組がきわめて重要な戦型で,軽快な捌きを狙う先手に対して後手は押さえこみに出て,34手目の△6四銀,38手目からの△7三金~△8四金でこれに成功。先手は手も足も出せなくなってしまい,駒を引いたり手待ちを繰り返している間に後手陣がどんどんと好型に。先手もジリ貧負けはいやだとばかりに55手目に▲8四飛と切って攻撃に出ましたが,さすがにこれは無理で,ほどなく後手の反撃をくらい森内名人の勝ちとなりました。この反撃の過程で,68手目の△7六歩というのは森内名人らしいぬかりのない一手であったと思います。森内名人はこれがプロ公式戦通算700勝目でした。
 これで森内名人の1勝2敗。第四局が得意の先手番ですので,防衛に向けて視界の開けた1勝といえるのではないかと思います。

 明日は宇都宮記念の2日目優秀が行われます。前後は微妙ですが高谷-山田の北日本と武田-神山-宗景の茨城栃木は並ぶでしょう,渡辺-海野の静岡はおそらく北日本追走と思われますが,大塚-島田の九州の出方は分かりません。並びに微妙な部分があるので予想は割愛します。

 まず,混乱した観念と,それに反対の意味で対応する十全な観念との関係を,基本的に僕がどのように考えているのかということについて改めて説明しておきます。
 第二部定義四から,十全な観念は,もしもその外的な特徴からみられれば,真の観念であるということが分かります。そしてこのことは同時に,混乱した観念が外的特徴から判断される場合には誤った観念であるということを意味します。
 次に第一部公理六からして,真の観念,すなわち十全な観念というのは,ある実在的な対象を有する観念であるということになります。したがってこれとは逆に,誤った観念,すなわち混乱した観念というのは,そうした実在的な対象というのをもたない観念であるということになります。
 ここで第二部定理七に注目してみれば,観念の秩序はその対象の秩序に一致するわけですから,観念はその対象が有するのと同じだけの実在性を有するということになります。したがって,十全な観念はある実在的な対象を有するので,その対象が有するのと同じだけの実在性を有するのですが,混乱した観念は実在的な対象をもたないのですから,一切の実在性を有さない観念であるということになります。
 十全な観念と混乱した観念の関係は,第一義的には前者が真理であるのに対して後者は虚偽であるということだと思います。しかし同時に,前者は実在的なものであるが後者は非実在的なものである,いい換えれば,十全な観念が有であるのに対し混乱した観念は無であるという関係もあるというのが僕の考え方です。
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