スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

ジャパンカップ&身体と精神

2008-11-30 19:11:06 | 中央競馬
 3頭のダービー馬が出走してくるという非常に豪華なメンバーでの争いになった第28回ジャパンカップ。アメリカのマーシュサイドは出走取消。
 枠は外でもコスモバルクが逃げるのだろうと思っていましたが,ネヴァブションの先導という意外な形になりました。最初の1000メートルは61秒8。極端なスローペースです。
 このようなペースだと各馬がスタミナを温存できますので,一流馬が揃ったレースでは直線はえてして激しい競り合いになるのですが,やはりこのレースもそうなりました。好位から外を伸びたスクリーンヒーローが優勝。中団から一番外を最もよい脚で追い上げたディープスカイが,位置取りの差もあったでしょうが届かず2着。なだめながら3番手を追走していたウオッカが,直線はかなり苦しいところを捌いて出て3着,勝ち馬とほぼ同じ位置にいたマツリダゴッホがこれに迫っての4着でした。やはり同じような位置にいたオウケンブルースリが5着で,最内をついたメイショウサムソンは6着。全般的に位置取りと,瞬発力の差が,レースの結果に大きく影響したという感じです。
 優勝したスクリーンヒーローは準オープンの身で挑戦した前走のアルゼンチン共和国杯で重賞初制覇。そのときは53キロの軽ハンデで,ここは57キロ。常識的に考えてかなり苦しい戦いが予想されましたが,一気に頂点に上り詰めました。2着以下に有力馬が並んでいますので,流れとか疲労度とかいう面で有利な状況はあったかもしれませんが,けしてフロックではなく,今後も一線級として活躍し続けてくれるものと思われます。父はグラスワンダー,祖母がダイナアクトレスで,2006年JRA賞最優秀障害馬で,今年の中山グランドジャンプを勝ったマルカラスカルの従弟になります。
 鞍上はイタリアのミルコ・デムーロ騎手で,日本では2004年の皐月賞以来の大レース優勝。ジャパンカップは初制覇。管理するのは鹿戸雄一調教師で,大レース初優勝。関東馬による制覇ということも一言付け加えておきましょう。
 
 スピノザが想起について説明しているのはこれらふたつの定理がすべてです。つまりスピノザは,表象の種類のうち,知覚に関しては,外部の物体の知覚,自分の身体の知覚,自分の精神の知覚についてそれぞれを示しているのですが,想起に関しては,ただ外部の物体の想起についてこれを説明しているだけであって,自分の身体と自分の精神の想起についてはこれを説明していません。そこでここでこれに関する僕なりの考え方を説明しておくことにします。
 しかし実際のところ,これは少し難しく,僕にははっきりとした結論を示すことができません。そこで,僕にはふたつの考え方があり得ると思われるので,それらの考え方を並列させておくことにします。
 ただしその前に,まず最初に大前提として示しておきたいことがあります。それは,人間の精神による外部の物体の想起に関連して,人間の精神が自分の身体ならびに自分の精神を表象するということ,つまりそれを知覚というか想起というかは別にして,表象するということは,間違いないであろうということです。
 というのは,第二部定理一七系は,外部の物体の想起を,人間の身体の刺激状態に関連して説明しています。ところでこの刺激状態は,外部の物体の本性と人間の身体の本性とを共に含んでいます。よってこの刺激状態のときに人間の身体のうちに生じる何らかの運動が再び同じ人間の身体のうちに生じるならば,第二部定理一九証明①と同じ理屈で,人間は自分の身体を少なくとも表象することはするでしょう。すなわち現実的に存在すると観想するでしょう。さらに第二部定理二三は,この第二部定理一九を平行論的にひとつ思惟の属性の側に移行させているだけですので,やはり同一の論理で人間が自分の精神を表象する,現実的に存在すると観想するということは出てくると思うのです。
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兵庫ジュニアグランプリ&論理性

2008-11-29 18:48:40 | 地方競馬
 地方馬の中では最も有力と思われたモエレエキスパートが直前で回避した兵庫ジュニアグランプリ(動画)は,27日に園田で行われました。
 先手を奪ったのは地元のミナミノヒリュウ。そのままハイペースで飛ばしていき,1400メートル戦としてはけっこうな差を後ろにつけました。完全に潰れましたが,このスピードは見どころがあったように思います。
 3番手にいたスーニは向正面では2番手のチョットゴメンナを交わし,3コーナーを回ると早くも先頭に。これをマークしていたのがアースリヴィングで,直線ではマッチレースになるのかと思いましたが,スーニに余裕があったようでむしろ突き放して快勝。アースリヴィングが2着で,出遅れながらも追い上げたナリタカービンが3着と,きわめて固い決着になりました。
 優勝したスーニはこれで3戦3勝。1200の新馬を勝った後,1300でレコード勝ち。今日の1400も強い勝ち方ではありましたが,どのくらいの距離延長に耐えられるのか,またどのくらいの成長力がありそうかは,外国産であまり馴染みのない血統ということもあり,よく分かりません。したがってあえて今後の課題をいえばそのあたりになるでしょう。
 鞍上は内田博幸騎手,管理するのは吉田直弘調教師で,このレースは共に初制覇です。
 
 明日はジャパンカップです。ここはディープスカイ◎から。ウオッカ○,メイショウサムソン▲,マツリダゴッホ△,オウケンブルースリ△,アサクサキングス△まで。

 花月園記念は決勝。並びは佐藤に兵藤,平原-広川の埼京,栗田-新田-白戸-松坂の南関東で,井上が単騎。これなら新田選手。

 スピノザは人間の精神による事物の表象の連結の論理性を,人間の身体の外部に存在する物体の本性を含む観念の連結といい,これが人間の身体の刺激状態の秩序と連結に平行して生じると説明しています。
 まず,人間の身体の外部に存在する物体の本性を含む観念の連結ということですが,これが,そうした物体の本性の観念の連結ではないということは,人間の身体がある外部の物体によって刺激されることによってこの人間の精神のうちに生じるその外部の物体の観念が,その外部の物体の本性だけではなくて,この人間の身体の本性も含んでいるということから明らかだといえるでしょう。これをスピノザは,外部の物体の本性を含む観念であって,外部の物体の本性を説明する観念ではないといういい方で表現しています。これはいい換えれば,外部の物体の混乱した観念であって,十全な観念ではない,ということも可能かもしれません。
 次に,身体の刺激状態の秩序と連結に平行して生じるというのは,部分的にはある否定的表現であって,ここには知性の秩序はないということが含意されていると思われます。知性の秩序というのは,簡単にいえば第二部定理四〇の,十全な観念から十全な観念へと移行していく秩序のことであって,これはどんな人間の知性のうちでも同一です。しかし身体の刺激状態の秩序というのは,最も単純にいえば第二部自然学②公理一を用いても,各人によって異なる,少なくとも異なり得るということを導くことができます。したがってこの秩序と連結が各人によって相違するのに平行して,各人の表象像の秩序と連結も異なるということが帰結します。そしてこれが,スピノザの哲学における,各人の表象像の連結はなぜ異なるのかということの,論理的な説明となるのです。
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あすか賞&表象の連結

2008-11-28 18:58:50 | 競輪
 東日本では12月には記念競輪が組まれていませんので,今年のラストということになる花月園記念。今日は2日目優秀(動画)のあすか賞でした。
 前受けは成田選手。3番手に海老根選手,5番手に吉田選手,8番手から井上選手という周回。
 残り2周のホームから上昇した井上選手がバックで成田選手を叩くと,このラインを追走してきた吉田選手が打鐘でさらに叩きました。成田選手はインを上昇し,3番手を室井選手から奪い,海老根選手は外からかましていきました。このかましに吉田選手が合わせて,残り半周くらいまですさまじい先行争いとなりましたが,制したのは吉田選手。番手から出た山口選手が1着。吉田選手は2着に残り,成田選手が3着となりました。
 山口選手の勝因は吉田選手が先行争いを制したことにつきますので,今日はあれだけ争って2着に残った吉田選手の強さが印象に残りました。

 実は第二部定理一八というのは,前回のテーマの補足として取り上げた真偽の観点に,表象の連結ということで大いに関係しています。僕たちがある観念からある観念へと移行していくこと,僕たちがよく使うことばでいえば,僕たちがある表象像からほかの表象像を連想するということは,その多くの場合が,この第二部定理一八の想起によって説明することができるのです。
 この定理一八の後の備考においてスピノザは,人間の表象の連結を具体的にあげています。それが,砂の中に残された馬の足跡の表象像から,軍人は騎士の表象像から戦争の表象像へと移行するのに対し,農夫は同じ馬の足跡の表象像から鋤や畑の表象像へと移行していくであろうということです。また僕は,前回の補足において,排尿に性的な志向を有するような人間の排尿の表象像からの移行,また排尿を我慢する力が低いゆえに病気と規定されるような人間の排尿という表象像から続く連結,そしてどちらでもないような人間の排尿という表象像から別の表象像への移行というのは,それぞれ異なるであろうけれども,どのように人間の精神の中で表象像が移行していくとしても,真偽という価値観からは何らの相違もないということを示しましたが,そもそもなぜ各人によってこのように異なった仕方で表象像というものが移行していくのかということ,つまりなぜ各人は同じ対象の表象像から異なった連想をするのかということが,単に経験的な論点からでなく,論理的な観点からもこの第二部定理一八を利用して説明することができるのです。これはスピノザ表象に関する考え方の中でも重要な点ですから,もう少し詳しく考えていくことにします。
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竜王戦&第二部定理一八証明

2008-11-27 20:38:57 | 将棋
 竜王戦七番勝負第四局。今日はろくに観戦できなかったのですが,そうなるといい将棋になるというのはよくあるケースです。
           
 第1図はおそらく大きな分岐になったところ。ここで羽生善治名人は▲2四飛と走ったので,細く思われる攻めが続くのか,渡辺明竜王が受けきるのかという将棋になりました。実戦は第2図に。
           
 この▲3六桂は,△7八飛成のときに取ることができませんので相当な勝負手。後手は当然△7八飛成とし,▲9七玉△5七桂成▲4四金△同龍と進んで第3図。
           
 ここで▲5二銀から追ったので,今度は後手玉が入玉できるかどうかが勝負のポイントに。この後の手順中,わざと素抜かれるように△4九龍と入ったのはすごい手で,絶妙手だったのかもしれません。第4図に。
           
 ここで▲5五金と寄ると,どうも先手玉に即詰みがないようなので,あるいは先手の勝ちという変化もあったかもしれませんが,実戦は▲4六金。しかしこれは後手玉が捕まらず,入玉が確定して後手の勝ちとなっています。
 大熱戦の末,渡辺竜王が1勝を返しました。第五局は来月の4日と5日です。

 明日は花月園記念の2日目優秀のあすか賞です。並びは成田-諸橋の東日本,海老根-松坂の南関東,吉田-山口の中部に室井,井上-小野の九州。井上選手で。

 それでは第二部定理一八を証明することにします。
 今,人間Aが現実的に存在し,かつXという物体とYという物体も同様に現実的に存在するとします。このとき,もしもXはXの本性を含む仕方で,また,YはYの本性を含む仕方で同時にAの身体を刺激するならば,第二部定理一七により,AはXとYを同時に知覚することになるでしょう。いい換えればAは,XもYも現実的に存在するものとして観想することになります。実際のところ,人間の身体の周囲には単一の物体しかないという場合よりも,複数の物体が同時に存在する場合の方が圧倒的に多いわけですので,僕たちが事物を知覚するあり方というのは,その知覚を意識するのかどうかということになればこれはまた別の話になってしまいますが,このように,同時に複数の物体を知覚するということの方が圧倒的に多いということになります。またこのことは,岩波文庫版117ページの第二部自然学②要請六からも明らかだといえるでしょう。
 次に,第二部定理一七系から,このとき,外部の物体との関係を離れて,人間の身体の内部の何らかの運動にのみ注目すれば,人間はこの運動が自分の身体に生じるたびに,かつて知覚したものをまた現実的に存在すると観想する,つまり想起するということが明らかになっています。そしてこの運動は,Xからのみ刺激を受けた場合にのみ生じると限られたわけではなく,XとYから同時に刺激を受けた場合にも当然ながら生じ得ます。よってこの場合には,この人間はXとYを同時に表象することになるでしょう。いい換えればAは,Xを表象するならばYも同時に想起するでしょうし,逆にYを表象するならばXも同時に想起するということになります。
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浦和記念&第二部定理一八

2008-11-26 19:47:25 | 地方競馬
 浦和競馬場ではレース表記上の大レースは行われませんので,最も格式の高いレースが今日の第29回浦和記念ということになります。
 先手を奪ったのはスマートファルコン。これをキングスゾーン,マズルブラスト,トーセンブライトの3頭が馬場の中央から外目を並んで追い,内にクレイアートビュンという隊列。前半の1000メートルは61秒8。ミドルペースに近いくらいのハイペースとなりました。
 外目を回った3頭は2周目の向正面で失速。クレイアートビュンが2番手に上がり,これを追うようにアンパサンド。後方にいたフィールドルージュとルースリンドは外を回って追い上げましたが,直線の入口では前の3頭からかなり離されてしまいました。
 余裕ある手応えで直線に入ったスマートファルコンが,追われると後ろを突き放し,7馬身差の快勝。クレイアートビュンを交わしたアンパサンドが2着,フィールドルージュも詰め寄りましたがクレイアートビュンが3着でした。
 優勝したスマートファルコンは10月の白山大賞典以来の勝利で重賞2勝目。大レース2着が2度あるものの,少し差をつけられていて,そのレベルには達していないものの,それ以下のレベルでは上位。今後も大レース制覇を達成できるかどうかは微妙な面もあると思いますが,こういうレベルならまだまだタイトルを増やしていきそうです。今日もラストはぐんぐんとラップを上げているように,強いことは間違いありません。父はゴールドアリュール
 鞍上の岩田康誠騎手,管理する小崎憲調教師とも,浦和記念は初制覇となりました。
 離されたとはいえ,アンパサンドの2着は,南関東競馬にとって明るい材料であったと思います。

 竜王戦相掛りに。先手の羽生善治名人が受けに回り,後手の渡辺明竜王が攻めをみせるという,この戦型ではわりに珍しい展開に。封じ手の局面は駒組が飽和状態ですので,明日は後手から攻めることになりますが,△5五銀左が先なのか,△4五桂が先なのかが最大の注目点でしょう。

 明日は園田で兵庫ジュニアグランプリ。これはアースリヴィング◎,スーニ○,ナリタカービン▲のJRA3頭が強力。地方馬は北海道のチョットゴメンナ△。

 競輪は明日から花月園記念になります。注目は平原選手と佐藤選手。

 表象の種類のうち,『エチカ』において,第二部定理一七系以外に想起を示しているのは,第二部定理一八です。
 「もし人間身体がかつて二つあるいは多数の物体から同時に刺激されたとしたら,精神はあとでその中の一つを表象する場合ただちに他のものをも想起するであろう」。
 ここでははっきりと想起するということばが用いられていますから,これが想起を示すということについては否定し得ないように思います。また,この定理には備考がついていて,その備考の部分においてはスピノザは想起を示すラテン語reminiscentiaではなくて,記憶を示すラテン語memoriaの方を用いているのですが,その部分に岩波文庫版の訳者である畠中尚志がつけている脚注のように,少なくとも僕たちが日常的に用いる用語の観点からすれば,この記憶というのは想起といった方がいいように思えます。ただ,スピノザがとくにこの定理に対して備考をつけていることから考えると,スピノザは人間の精神による事物の想起に関しては,第二部定理一七系よりも,この定理の方を重視していたのかもしれません。
 第二部定理一七系では,人間の精神による事物の想起が生じるということが,純粋に人間の身体に生じる何らかの運動と関連して,いわば平行論的に説明されていました。この定理がそれと異なる最大の点は,この想起が,ある物体の表象,とくに表象の種類でいうところの知覚によって説明されているという点にあると思います。すなわち人間は,ある事物を知覚することによって,現在していない,つまり知覚することはできない別の事物を現実的に存在すると観想する,つまり想起することがあるのです。ただしそうはいっても平行論の観点からして,そのときに人間の身体のうちにある運動が生じているということについては,何ら否定されるというものではありません。よって僕は,あくまでも想起の基本は第二部定理一七系の方にあると考えています。
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マイルチャンピオンシップ&第二部定理一七系証明

2008-11-25 19:14:15 | 中央競馬
 秋のマイル王者決定戦という位置付けのマイルチャンピオンシップは,外国馬1頭を交え,一昨日行われました。5レースの落馬事故で武豊騎手が骨折したため,スズカフェニックスは安藤勝己騎手に変更。
 僕はコンゴウリキシオーが逃げるものと思っていたのですが,マイネルレーニアの逃げになりました。サイレントプライドが2番手になり,ローレルゲレイロとコンゴウリキシオーがその後ろ。逃げて結果を出している馬が多かったわりには激しい先行争いとはならず,前半の800メートルは46秒3で,スローに近いくらいのミドルペース。
 1番人気のスーパーホーネットは外枠のためずっと外を回らされましたが,直線の入口では前を射程圏内に入れ,そのまま追われるとよく伸び,抜け出す構え。本来なら横綱相撲の勝ちパターンなのですが,直線では少し前にいたブルーメンブラットが,馬群を割って伸び,ゴール前の鋭い末脚で内から交わし去って優勝。スーパーホーネットが2着で,好位から馬場の中央を伸びたファイングレインが3着に入りました。
 優勝したブルーメンブラットは前走の府中牝馬ステークスで初重賞勝ち。距離適性を考慮して牝馬同士のエリザベス女王杯ではなく牡馬相手のこちらに回ってきたもので,まずは陣営の好判断。吉田豊騎手ではこれで3戦3勝と相性もよいようですし,坂井千明さんが回顧しているように,好騎乗であったと思います。今年になってから33秒台の上がりをマークするようになった馬で,そのよさがここで生きました。馬名はドイツ語で花びらだそうです。
 吉田豊騎手は2004年の阪神ジュベナイルフィリーズ以来となる久々の大レース制覇。管理するのは石坂正調教師で,こちらはJBCクラシックに続き,今月は大レース2勝。マイルチャンピオンシップは共に初制覇となっています。
 このレースは外枠が不利という傾向がはっきりしています。そういう意味ではスーパーホーネットはよく戦ったといえるのではないでしょうか。

 明日は浦和記念です。ここはスマートファルコン◎,フィールドルージュ○,ルースリンド▲の3頭を上位視。トーセンブライト△とナイキアースワーク△まで。

 また明日から竜王戦七番勝負第四局が指されます。羽生善治名人の3連勝で迎える本局。新竜王の誕生なるか,渡辺明竜王が凌げるのか。

 それでは第二部定理一七系を証明します。ただし,この証明のためにスピノザは自身の自然学に訴えていますが,この系の証明の該当部分に関しては,現代の生物学や生理学の観点からは疑わしいと思われる部分が含まれていると考えられますので,ここではスピノザがいわんとする主旨については崩さないように,もっと単純に訴えます。
 人間の身体が外部の物体の本性によってある刺激を受けるならば,この刺激によって人間の身体の中に何らかの運動が起こります。そしてこの運動が起こることによって,というか,この運動が起こる場合には,人間の精神のうちにはある観念,すなわち身体の刺激状態の観念が生じるわけです。このことは第二部定理一七の証明の中で第二部定理一二に訴えているわけですから,『エチカ』においても妥当ですし,生物学や生理学の観点にも,少なくとも真向から矛盾しないものと思います。
 次にこの刺激状態の観念が人間の精神のうちに生じると,身体を刺激した外部の物体を知覚する,すなわち現実的に存在すると観想するということを示しているのが第二部定理一七です。よってこれを外部の物体の刺激から離れ,この人間の身体の運動のみに関連させて考えれば,このある何らかの運動と,外部の物体の知覚とが関係している,平行論における平行関係にあるということが理解できます。
 したがって,もしも後に,この人間の身体のうちに,外部の物体による刺激がなくてもこれと同一の運動が生じるならば,この人間はもはや現在しない外部の物体についても,それが現実的に存在すると観想するということになるでしょう。いい換えれば,この人間はこの外部の物体を想起するということになるのです。
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玉野記念&知覚と想起

2008-11-24 19:03:37 | 競輪
 倉敷も玉野も岡山県ですから,ここ数日のこのブログは,何らかの形で岡山県に関係しているということになります。今日は玉野記念の決勝(動画)でした。
 前で受けたのは荒井選手。実質は2分戦ですので,菅田選手から追い上げていきましたが,南関東勢は山崎選手の位置で競ったようで,このときは村本選手が番手にいました。打鐘前のバックで山崎選手が外を追い上げると,打鐘では山崎選手が菅田選手より前に。霍乱戦法だったのかもしれませんが,通用せず,インからの菅田選手の先行に番手は村本選手。飯嶋選手と鈴木選手が絡んだので,3番手に山崎選手が入り,以下,鈴木選手-飯嶋選手と続きました。
 山崎選手はバックではむしろ後ろの荒井選手を警戒。その荒井選手の発進は残り半周のあたりから。これに合わせて山崎選手も出ましたが,荒井選手のスピードがよく,ゴール寸前で捕えて荒井選手が優勝。山崎選手が2着で菅田選手の番手を取りきった村本選手が3着でした。
 優勝した佐賀の荒井崇博選手は4月の武雄記念以来となる今年の記念競輪2勝目。通算では10勝目。南関東が自在戦を選択した段階で,このような展開は予想され,そういう意味では狙い目であったのですが,近走が明らかに不振に感じられたので軽視してしまいました。本来の力からすれば,もっと上のレベルで戦えるだけの選手だと思います。
 結果的には山崎選手に絶好であった筈。どうも今節はスピードの乗りが悪いように思えました。

 この第二部定理一七系の説明により,僕が表象の種類として知覚と想起とを分類するとき,そこにいかなる相違があるのかということが理解してもらえるのではないかと思います。
 もしもある人間Aが現実的に存在して,さらにこのAの前に,何らかの物体Xがあったとします。このとき,XがXの本性を含むような仕方でAの身体を刺激するとき,AはXが現実的に存在すると観想します。これを僕はAの精神によるXの知覚といっていて,これは今回のテーマである第二部定理一七によって示されていることです。またこのとき,Aは第二部定理一九により自分の身体が現実的に存在するということも知覚しますし,第二部定理二三により,自分の精神が現実的に存在するということも知覚します。もちろん知覚するからといって,僕たちがそれを意識するかどうかはまた別の話で,これは無意識と意識の関係が,観念と観念の観念の関係にあるということで説明されます。ただしこのことについてはここでは詳しい考察を省略します。
 これに対して,もしもAがXを想起するという場合には,Xが実際にはAの前には現実的には存在していないということ,あるいはより厳密にいうならば,Xがその本性を含むような仕方でAの身体を現実的には刺激していないということを前提としているのです。このとき,もしもかつてAの前にXが現実的に存在したならば,あるいはXが本性を含むような仕方でAの身体を刺激したということがあったならば,AがXが現実的に存在すると観想することをAによるXの想起と僕はいっています。
 これらのことは当然のことと思われるかもしれませんが,第二部定理一七系の証明や,また,人間の精神が外部の物体を想像するということがいかにして可能になるのかということを考察していく上で,とても重要なことだと思いますので,あえて説明しておきました。
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倉敷藤花戦&第二部定理一七系

2008-11-23 21:07:06 | 将棋
 倉敷藤花戦三番勝負第二局。里見香奈女流二段は先手でもやはり得意の中飛車でした。
           
 第1図は先手が桂馬の活用を図ったところ。清水市代倉敷藤花はここで☖8九角と打ち込みましたが,☗6八金と逃げられてみるとこの攻めは無理でした。結果,飛車金交換という分かれになり,先手有利に。少し進んで第2図。
           
 この☗6三角成自体は緩い感じもしますが,実戦はこの馬が意外な形で働いてくることになりました。7三に寄った馬を9五に引いたのが第3図。
           
 ここから☖4五龍に☗6八馬。1筋は後手から仕掛けていったものですが,見事に逆用してここでは大差ではないでしょうか。この後,1六の歩を払わずに攻めていった手順もうまかったと思います。後手も屈強に抵抗しましたので手数は長くなりましたが,危なげなく先手が押し切っています。
 連勝で里見新倉敷藤花の誕生。終盤の鋭さが持ち味で,序中盤に課題があるというのは本人も認めているところなので,今日のように中盤でよくなってしまえば必勝に近いところがあります。1分将棋で最善手を続けるというのは難しく,それも手数が伸びた一因かもしれませんが,この将棋は快勝といっていいのではないでしょか。
 清水前倉敷藤花はこれで女流王将の一冠に後退ですが,女流王将戦は休止が決定していますので,これを名乗れるのは来年10月まで。その間にタイトルを獲得できないと,無冠ということになります。

 明日は玉野記念の決勝です。並びは菅田-山崎の北日本に飯嶋,南関東は村本-鈴木で番手含みの自在,荒井-立石の九州に三宅-佐竹で西国。意外と菅田選手が面白いのかも。

 これで人間の精神mens humanaが外部の物体corpusを知覚するpercipereということ,自分の身体corpusを知覚するということ,そして自分の精神を知覚するということについては,それがどのように生じるのかということが理解できました。人間の精神による表象の種類のうち,知覚というのはこれですべて,いい換えれば人間の精神が何かこれら以外のほかのものを知覚するということは,第二部公理五からしてもあり得ませんので,今度は人間の精神による事物の想起memoriaというものがどのように生じるのかということについて考えていくことにします。
 僕の考えでは,この想起というのを,スピノザはふたつの仕方で示しています。そこでそれらを順にみていくということにします。最初は第二部定理一七系です。
 「人間身体をかつて刺激した外部の物体がもはや存在しなくても,あるいはそれが現在しなくても,精神はそれをあたかも現在するかのように観想しうるであろう」。
 第二部定理一七系というからには,今回のテーマである第二部定理一七に深く関係している筈であり,その第二部定理一七は人間の精神による事物,とくに外部の物体の知覚を表しているのですが,この系Corollariumはむしろ想起の方を示します。それはこの定理Propositioの意味しているところが,かつて知覚という形で観想したものを,後にまたそのときと同じように観想するcontemplariのですが,このように観想する時点では,かつて知覚したときのように,その知覚される外部の物体が,この観想をする人間に対して現在していないという仮定の下に成立しているということから明らかであるといえるでしょう。
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ももたろう賞&観念の観念

2008-11-22 21:29:51 | 競輪
 岡山県で最も有名なことといったら,やはり昔話のももたろうということになるのでしょうか。今日の玉野記念の2日目優秀(動画)はももたろう賞でした。
 荒井選手が前受けし,これに石丸選手が続きました。山崎選手が上昇していきこれを打鐘前のバックで抑え,打鐘から先行。4番手を外の小嶋選手と内の荒井選手で取り合うと,荒井選手が取ったのですが,小嶋選手はそれならばとそのまま捲り発進。ごちゃごちゃしていたので山田選手が離れ,単騎の捲りだったのですが,おそらく大ギアの山崎選手のスピードが十分に乗り切る前だったようで,あっさりと捲りきりました。後方になった石丸選手がこれを追い,直線入口では小嶋選手のすぐ後ろまで追いついてきたので,あっさりと抜け出すのかと思いましたが,そこから小嶋選手もかなり粘ってゴールは接戦に。石丸選手が僅かに捕えて1着,小嶋選手が2着で,石丸選手マークの豊田選手が3着。
 石丸選手は結果的に後方に置かれてしまい,レース自体はやや失敗という感じになったのですが,小嶋選手があっさりと捲りきったこと,中団を取りきった荒井選手が動けなかったことなどが幸いしたように思います。むしろ惜しかったのは小嶋選手で,山田選手がすんなりと付いていれば,結果はまた違ったものであったと思います。

 明日は倉敷藤花戦三番勝負第二局。里見香奈女流二段が勝ちますとタイトル奪取で,清水市代倉敷藤花が勝ちますと,第三局がまた明後日に指されることになります。

 それからマイルチャンピオンシップ。これはマルカシェンク◎を狙ってみます。スーパーホーネット○,カンパニー▲,ローレルゲレイロ△,エイシンドーバー△,キスロゥヘヴン△,サイレントプライド△,スズカフェニックス△。多すぎ。

 第二部定理二三証明も,やはり論理的に厳密な意味で考えるなら,これだけでは多少の不備がありますので,その部分を解消しておくことにします。
 実際のところ,この定理をきちんと証明しようとするならば,人間の身体と人間の精神が同一個体であるということを示すだけではなくて,一般に観念と観念の観念,もっとこの定理に近づけていうならば,人間の身体の刺激状態の観念,つまりこのブログでいうところの人間身体の変状と,この人間身体の変状の観念とが同一個体であることが含まれていなければならないのです。本当は僕が示した証明の手続きは,このことを前提としていなければ明白であるとはいえないからです。
 しかしこのことは,『エチカ』においては様ざまな方法でもって示すことが可能です。最も単純には,第二部定理七の備考でスピノザが示していることに訴えればそれで十分なのですが,ここでは第一部公理六というのを利用してみたいと思います。
 このことから,Aが形相的にある場合,Aの真の観念はAと一致するということが分かりますが,これがAとAの観念が同一個体であるということの意味です。よってAの真の観念とそのAの真の観念の観念があるならば,この関係はAとAの真の観念の関係と同様でなければならないということは明らかで,この限りにおいては,AとAの観念,そしてAの観念の観念はすべてが同一個体であるということは明らかでしょう。
 このことは真の観念に限定されることではありますが,第二部定理一二というのは第二部定理九系から直接的に帰結するのであり,身体の変状はその第二部定理一二に依拠して証明されますので,これは真の観念と考えるほかなく,第二部定理二三証明の補足として十分であると思います。
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ルイジアナピット&第二部定理二三証明

2008-11-21 18:48:40 | 名馬
 日曜にエリザベス女王杯を勝ったリトルアマポーラの祖母,競馬の世界でいう母の母は,ルイジアナピットという馬で,なかなかの活躍馬でした。
 デビューは2歳7月。暮れに初勝利を上げると続く条件戦も連勝しましたが,クラシック路線には乗れませんでした。3歳の6月に3勝目を上げ,秋は3歳牝馬路線を走ったものの,目立った成績は上げられず。4歳の春に準オープンを勝ってオープン入り。その後のオープンでは苦戦が続きましたが,9月のセントウルステークスで4着になると,10月の牝馬東京タイムス杯,今の府中牝馬ステークスを勝ち,重賞ウイナーの仲間入りを果しました。
 この馬が次に出走したマイルチャンピオンシップは,今週の予想上手の馬券ベタで井崎修五郎さんも回顧されている,僕の競馬キャリアの中でも最も印象に残っているレースのひとつ。直線で完全に抜け出したバンブーメモリーを,内からオグリキャップが僅かに差し切ったレース。主役は完全にこの2頭でしたが,この馬も4着に健闘しています。
 さらに1戦を挟んだ暮れの阪神牝馬特別,現在は春に行われている阪神牝馬ステークスで重賞2勝目を上げ,この年の最優秀古馬牝馬に選出されました。5歳になっても4戦しましたが勝てずに引退して繁殖入り。直仔からは重賞の勝ち馬は出ませんでしたが,孫の世代になって大レースの勝ち馬が輩出したということになります。

 明日は玉野記念2日目優秀のももたろう賞です。並びは僕の予想で,山崎に飯嶋-太田で東日本,小嶋-山田の中部,石丸-豊田の岡山,荒井-合志の九州。山崎選手で。

 第二部定理二三というのも,実質的にはふたつの意味を含んでいる定理と考えられますから,本来ならそれらの部分についてそれぞれ照明するのが本筋でしょうが,ここではすでに同じようにふたつの意味を含む第二部定理一九が証明されていますので,このこととスピノザの哲学に特有の平行論とをを利用して,もっと簡潔に証明することにします。
 第二部定理一三は,人間の身体とその人間の精神とが同一個体であるということを意味しています。したがって,第二部定理七により,ある人間Aが現実的に存在するならば,Aの身体の秩序とAの精神の秩序とは一致するということが理解できます。
 ところで,第二部定理一九が示していることは,もしもAの身体が外部の物体によって刺激されるならば,この刺激状態の観念によって,Aは自分自身の身体が現実的に存在すると知覚し,かつ,Aはこの仕方でのみ自分の身体を認識するということです。
 ところが,Aの精神というのはAの身体の観念ですから,これと同じ秩序によってのみそれの現実的存在がAによって知られることになるでしょう。よってAの身体が外部の物体に刺激されるとき,この刺激状態の観念の観念,つまり僕がいうところのAの身体の変状の観念によって,Aは自分の身体が現実的に存在するということを知覚することになりますし,この仕方によってのみ,Aは自分の精神を認識するということになります。
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アグネスデジタル&身体の変状

2008-11-20 19:25:02 | 名馬
 3日のロジータ記念を勝ったシスターエレキングの父はアグネスデジタルで,この馬も日本でレースをした名馬の1頭です。
 1997年,アメリカ産。輸入され2歳10月に2戦目で初勝利。11月に2勝目を上げると続く全日本3歳優駿を優勝。ただしこのときはまだこのレースは大レースではありませんでした。
 3歳2月にダートのオープンを57キロで負けた後,芝の重賞で3連敗。続く名古屋優駿で重賞2勝目。1番人気に推されたジャパンダートダービーは今から考えると不可解な大敗を喫しました。
 当時は秋に行われていたユニコーンステークスで戦列に復帰し重賞3勝目。初の古馬相手となった武蔵野ステークスを2着すると芝のマイルチャンピオンシップに進み,これを大外からレコードタイムで差し切り,芝では初勝利という意外な形で大レース初制覇を達成しました。
 4歳前半は不調で3戦未勝利でしたが,秋からがこの馬の真骨頂。まず日本テレビ盃を勝つと,南部杯でトーホウエンペラーを降して大レース2勝目。そして天皇賞に出走しました。
 これはいわくつきのレースで,当時の天皇賞は外国産が2頭しか出走できないルール。この馬が出走したためにクロフネが除外され,クロフネは武蔵野ステークスの方に回り,高いダート適性を見せたのです。しかもアグネスデジタルは雨で重馬場となったこのレースを大外から差し切って優勝したのですから,両者にとってよい幕切れでした。
 次に選んだのが香港遠征。暮れの香港カップに出走しこれも勝ちました。この日はステイゴールドが勝った日でもあり,4レース中3レースを日本の馬が制した記念すべき日です。
 年明け初戦はフェブラリーステークス。これも外から差し切り優勝。地方ダート,中央芝,海外芝,中央ダートと異なるカテゴリーで大レース4連勝という偉業。この後,ドバイと4月の香港を負け,長期休養に入りました。
 この馬がすごかったのはこれで終らなかったこと。6歳になり,一叩きして出走した安田記念をまたレコードで制し,大レース6勝目を飾りました。この年の暮れまで走りましたが,これ以降は勝てず,引退しました。
 芝だろうがダートだろうが,レコードの出る馬場だろうが重馬場だろうが関係なく次々に大レースを勝った名馬。こういう類の馬は今後もそうそうは出てこないだろうと思われます。

 明日から競輪は玉野記念です。ここは山崎選手と小嶋選手が出走してきます。

 第二部定理二三のうち,このブログとの関係で僕が最も注意を促しておきたいのは,ここで身体の変状affectiones corporisとか身体の刺激状態といわれていることに関連します。
 この定理Propositioでは身体の変状というのが,身体の刺激状態という意味で用いられます。刺激状態に〔〕がしてあるのは,岩波文庫版の訳者である畠中尚志の補注です。ここではこのように理解しなければ全体の意味が成立しませんから,この補注そのものが正しいことはいうまでもありません。しかしなぜわざわざこのような補注がしてあるのかにははっきりとした理由があって,ここでは身体の刺激状態,すなわちある延長作用について身体の変状といわれていますが,スピノザは身体の刺激状態の観念,すなわちある思惟作用としても身体の変状ということがあるからです。
 スピノザがそのようにいう理由は,たぶん次の点にあると思われます。変状はラテン語でaffectioですが,感情はaffectusです。つまりこのふたつは類義語なのです。ところが感情は第三部定義三にあるように,延長作用と思惟作用の双方を意味します。よって身体の変状という場合にも同様なのでしょう。
 感情は僕たちの日常用語で,またそれは確かに延長Extensioと思惟Cogitatioの両作用を示すと考えられますのでこれは構いません。しかし変状というのは日常用語ですらありませんから,日本語で考える場合には無用の混乱を来すおそれがあります。そこで僕は,身体の変状ということばについては,身体の刺激状態の観念,すなわち思惟作用に限定して用います。もしも延長作用を示す場合には身体の刺激状態とこれを表現することにします。つまりこの定理ではスピノザは身体の変状といっていますが,このブログではそう表記はしませんので,この点に注意しておいてください。
 なお変状というのは,身体の変状だけではなく,実体の変状substantiae affectioとか神Deusの属性attributumの変状というようにも『エチカ』では使われます。この場合にはとくに上記の説明とは関係ありませんので,その点にもご留意ください。
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トーホウエンペラー&第二部定理二三

2008-11-19 18:47:44 | 名馬
 先月の埼玉栄冠賞ではクレイアートビュンが南関東重賞初制覇を達成しましたが,この馬の父はトーホウエンペラーといって,近年の地方競馬の名馬の1頭です。
 競走馬としての生活は,ずっと岩手県競馬で送りました。
 デビューは非常に遅く3歳の12月31日。ここから4歳6月にかけて9連勝。その後,岩手の重賞も含め17戦14勝という戦績をひっさげ全国デビューを果したのが5歳6月の帝王賞。ここは5着に敗れましたが,初の強敵相手を考えれば,その後の活躍を十分に予感させました。
 その後は水沢のマーキュリーカップ3着,札幌のエルムステークス2着,地元重賞を挟んで盛岡の南部杯は2着となかなか重賞は勝てませんでしたが11月の新潟の朱鷺大賞典で重賞初制覇。浦和記念は2着でしたが東京大賞典で大レースも制覇しました。
 6歳になりフェブラーリーステークスは5着。しかし続く名古屋大賞典を勝ち,帝王賞に。これは休み明けもあり5着になってしまいましたが,10月の南部杯を勝って大レース2勝目。中山でのジャパンカップダート6着の後,ゴールドアリュールが勝った東京大賞典で8着と大きく崩れ,これで引退しました。
 地方競馬のこうした名馬というのは,質的にも量的にも繁殖牝馬が集まりにくいという面があります。そうした中からクレイアートビュンのような活躍馬が出たことは,とても喜ばしいことと思います。

 それでは今度は人間の精神が自分の精神について知覚するということについて考えていきます。この場合にも,自分の身体の知覚を示している第二部定理一九と同様に,このことだけをそれ自体で示している定理が『エチカ』の中にはありませんから,第二部定理二三を援用することにします。
 「精神は身体の変状〔刺激状態〕の観念を知覚する限りにおいてのみ自分自身を認識する」。
 この定理に関してはいくつかの説明が必要かと思います。
 まず最初に,ここでスピノザが身体の刺激状態の観念を知覚するといっているとき,この知覚は,ここで僕がいっている,表象の種類としての知覚を意味しているのではなく,むしろ単に認識するというほどの意味です。表象の種類のひとつとして知覚をあげているのは,僕の説明の仕方であって,この点についてはスピノザに依拠しているわけではありませんから注意しておいてください。
 次に,ここでスピノザが自分自身といっているのは,自分の精神のことです。人間というのは身体と精神が合一することによって現実的に存在する個物ですから,なぜ人間の身体についてはあたかも無視し,単に人間の精神のことだけを自分自身とスピノザがいっているのか僕にはその理由がよく分かりませんが,少なくともこの定理における自分自身というのが,人間の精神,とくに自分の精神であるということについては,そう理解しなければ全体の意味が成立しませんので,間違いないところと思います。
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伊東記念&数の問題

2008-11-18 19:08:13 | 競輪
 昨年は東日本で最後の記念として開催された伊東記念ですが,今年は1ヶ月前に移行され,今日が決勝(動画)ということになりました。
 やや牽制がありましたが,村上選手がSを取って前受け。選手紹介ではこの後ろを手島選手が追走していたようですが,渡辺選手がこの位置にこだわり,取り合いに。一旦は手島選手が取り,石橋選手が5番手,井上選手が8番手での周回に。
 最初に上昇した井上選手はすんなりと村上選手を叩き,残り2周のホームでは前に。石橋選手の上昇を村上選手が合わせて出て,石橋選手は一旦は3番手に入ったのですが,打鐘で村上選手が先行し始めるところで外から追い上げた手島選手に奪われました。井上選手がこのラインに続き,地元勢はホームでは7番手以降。結局はこの隊列がほとんど変わらず,最終コーナーの半ばから発進した手島選手が差し切って優勝。マークの小倉選手が2着で,村上選手の番手の浜口選手が3着でした。
 優勝した群馬の手島慶介選手は4月に弥彦のふるさとダービーを優勝していますが,記念競輪は昨年6月の高松記念以来ですので今年初制覇で通算7勝目。。グランプリに出られるかどうか賞金面でぎりぎりの位置ですので大きな優勝。先行意欲の高い村上選手ライン追走を選び,一旦は失いかけたものの追い上げて取りきったのが最大の勝因でしょう。

 第二部公理一が示していることというのは,以前に別のテーマの中で扱ったスピノザの哲学における数の問題,すなわち,もしもあるものが数によって区別され得るのであれば,それは実在的区別ではなく様態的区別であるということと深く関連しています。現在の考察とは少し離れてしまいますが,これはスピノザの哲学においても意外と重要なことだと僕は思っていますので,ここでも簡単に説明しておくことにします。
 そもそも第二部公理一の内容が正しいということは,人間が現実的に存在する原因が,人間の内部にあるのか外部にあるのかということをとくに考えるまでもなく理解できることなのです。というのは,人間というのはひとりではなく何人かが現実的に存在し,また過去にも存在したわけですが,もしも同じ本性を有する複数のものが現実的に存在するならば,あるいは存在することが可能であるならば,そうしたものの本性のうちにはそれ自身の存在が含まれることはないからです。
 これは次のように考えれば分かります。もしもある人間がいて,この人間の本性のうちに人間の存在が含まれているならば,もしもこの人間が存在しなくなれば,要するに死んでしまえば,人間の存在もまた消えるということになります。すなわちすべての人間が存在し得なくなるでしょう。しかしこんなことを主張するのはそれ自体で不条理であるということはいうまでもありません。そもそも第二部定義二の意味からして,本性というのはそのものの存在を定立するのですから,ある人間が死ぬということによって人間の本性が消滅するというわけではない以上,どんな人間の本性のうちにも人間の存在が含まれていないということは明らかです。
 つまり,同じ本性を有する複数の人間が存在するというだけの理由をもってして,この第二部公理一が成立しているということはもう疑い得ないといえるでしょう。
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初防衛戦&第二部公理一

2008-11-17 19:27:16 | NOAH
 ダブルタイトル戦が行われたNOAHの先月25日の日本武道館大会のセミファイナルは,5月にGHCタッグの新王者になったスミス・斎藤組に秋山・力皇組が挑戦する初防衛戦が行われました。
 ツアー中にスミス選手は胸の骨の古傷を悪化させ,直前の2試合を欠場し,この日も胸にサポーターを巻いての強行出場。自分が攻撃している間はそれでもさほどの問題があるようには見えませんでしたが,受身になったときにはさすがに大きく響き,挑戦者組に集中攻撃されました。
 しかしこの試合は斎藤選手の気迫が光りました。試合後半はほとんど出ずっぱり。最後もスイクルデスからスミス選手のバイソンテニエルを挟み,ラリアットからスイクルデスを決め,秋山選手をフォール。初防衛に成功しています。
 斎藤選手にとっては単に防衛したということだけでなく,この試合は次のGHCヘビー級の挑戦者がだれになるかという観点も含まれていましたので,自身が3カウントを奪って勝利したという点でも大きな勝利。この結果,今のツアーの最終戦となる来月7日の日本武道館大会で,佐々木選手に挑戦することが決定しています。また,タッグの方には森嶋・田上組の挑戦が決まりまして,こちらは28日の新潟大会で挑戦を受けることになっています。

 明日は伊東記念の決勝です。並びは石橋ー渡辺ー望月の静岡,村上ー浜口の近畿中部,井上-紫原の九州。手島は自在で小倉はここに。難しいところもありますが一応は地元勢。

 第二部定理一九証明②は,もしも論理的に厳密に考えるならば,これだけでは明らかに不備があります。というのは,この証明の仕方は,あらかじめ人間の身体が存在する原因がこの人間の身体の外部にあるということを想定していますが,それはそれ自体でこの証明の中で自明であるというわけでもないからです。そこでこの部分の不備も補っておくことにします。
 このためには,論理的には第二部公理一に訴えるということになります。
 「人間の本質は必然的存在を含まない。言いかえれば,このあるいはかの人間が存在することも存在しないことも同様に自然の秩序から起こりうる」。
 この公理を否定することはできません。そもそもこれを否定するということは,人間が第一部定義一でいわれている自己原因であるということを主張することですから,それ自体で不条理です。しかし一方で,第一部公理三により,もしもある人間が現実的に存在するということがあるならば,この人間が存在する何らかの原因がなければなりません。そしてそれは,その人間の本性のうちには,要するにその人間の内部にはないのですから,その人間の外部にあるということになります。したがってある人間の身体が現実的に存在する人間がそのように存在する原因というのは,その人間の身体の外部にあるということになりますから,第二部定理一九を証明する際にも,このことに依拠して構わないということになります。これで厳密に考えてもこの証明に含まれていた一切の不備が解消されたということになると思います。
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エリザベス女王杯&第二部定理一九証明②

2008-11-16 19:16:18 | 中央競馬
 秋の牝馬チャンピオン決定戦といえるエリザベス女王杯。今年は2頭が外国から参戦してきました。
 発走直後にポルトフィーノが躓いて落馬するアクシデント。これが空馬のままぐんぐんと行きましたので,レースにも一定の影響はあったとみるべきだと思います。
 空馬を行かせて逃げたのはコスモプラチナ。かなり離しての逃げとなり,ビエンナーレ,ピサノジュバンが追いました。最初の1000メートルは59秒6で,これはミドルペースですが,大逃げの馬のラップですから,実際はスローペースだったと考えて構わないと思います。
 4コーナーでは好位にいたリトルアマポーラが前を行く各馬の外に出し,これをマークするようにカワカミプリンセス,さらにそれをマークしてベッラレイアという態勢になり,直線ではこの3頭が抜け出したのですが,それぞれが前に並ぶというところまで行かず,リトルアマポーラが優勝。カワカミプリンセスが2着でベッラレイアが3着。4着以下は少し離れました。
 優勝したリトルアマポーラは2月のクイーンカップ以来の勝利でこれが3勝目。大レースは初制覇。これまでは後方から追い込むというレースを一貫して続けていた馬ですが,今日は前に行ったのが最大の勝因。ペースからしてもいつものような競馬ではきっと届かなかったでしょう。オークスでも1番人気に推されていたほどで,素質はありました。父はアグネスタキオン。アマポーラはスペイン語でひなげしの意味だそうです。
 好騎乗を見せたフランスのクリストフ・ルメール騎手は日本では昨年の川崎記念以来の大レース優勝で,エリザベス女王杯は初制覇。管理するのは長浜博之調教師は3月の高松宮記念以来の大レース優勝で,こちらもエリザベス女王杯は初制覇になります。

 第二部定理一九証明①から理解できることは,ある人間の身体が外部の物体によって刺激される場合に,この人間の精神のうちに生じる自分の身体の観念というのは,この人間の身体の観念を有すると共に,つまりこの人間の精神の本性を構成すると共に,何かほかのもの,つまりこの人間の身体を刺激する外部の物体の観念を有する限りで神のうちにあるということです。したがってもしも,単にこの人間の精神の本性を構成する限りで,神のうちにこの人間の身体の観念が神のうちにあるということはないということを示せるならば,人間の精神のうちにある自分の身体の観念は,第二部定理一九証明①の仕方のみであるということになり,第二部定理一九の第二の意味も証明されることになります。
 しかしこれはわりと簡単に証明することができます。なぜなら,第一部公理四が示していることは,もしも自分の身体の十全な観念が自分の精神のうちにあるなら,自分の身体の原因の観念もまた自分の精神のうちになければならないということですが,岩波文庫版117ページ冒頭の第二部自然学②要請一にもあるように,人間の身体というのはきわめて多くの個物のよって構成あるいは組織されているきわめて複雑な個物なので,これをいうことはできないからです。実際このことは,このような定理に訴えるまでもなく,自分の身体がどういった原因によって各部分にまでわたって組織されているのかということは,だれも知らないということから明らかであるといえるでしょう。
 したがって,人間の身体がその原因を外部の物体を原因として存在するということに初めから依拠する限りでは,ある人間の精神の本性を構成する限りでこの人間の身体の観念,すなわち自分の身体の観念が神のうちにあるということはあり得ないということになり,第二部定理一九の第二の意味も証明されたということになります。
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