スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

加古川青流戦&あのこと

2016-10-31 18:59:33 | 将棋
 鶴林寺で昨日の午前に指された第6回加古川青流戦三番勝負第二局。
 井出隼平四段の先手。相矢倉で早くに2筋を突いて早囲いを目指したのに対して石川優太奨励会三段が2枚銀の急戦で対抗。先手の序盤作戦が失敗で明らかに後手が優位に立ちましたが,先手が2筋の一点突破を目指してこれを成功させ,勝負形になりました。
                                     
 先手が7三のと金を寄った局面。後手は△7七桂成▲同王としてから△6二歩と打ちました。先手が王で取ったのは入玉を視野に入れていたからかもしれません。対して後手がと金を消しにいったのは苦し紛れに思えなくもなく,ここは先手の方がいいのではないでしょうか。
 先手は▲1六桂△3五角と追ってから▲5三金と打ちました。これはあまりよくなかったのではないかと思えます。
 △7四飛の王手に▲7五歩△同飛▲7六金△7四飛▲7五歩△3四飛と進展。ここも金は上がらず歩を打って△7四飛に▲5二との方がよかった可能性があると思います。
 ▲5二とに△2三玉の早逃げ。そこで先手も▲8八王と引いているのですが,これはそれまでの方針と一貫していないように思えます。少し差が詰まっているか,もう先手が勝つのは大変なところまで至っているかもしれません。
 △4七銀成は先手の飛車を捕まえにいこうという手。先手は▲7八金と寄って角交換を目指しました。後手は当然ながら拒否して△5七歩成。おそらく▲同歩では△2七銀で厳しいとみて▲同角△同成銀▲同歩と進めたと思われますが△1四玉とさらに早逃げされた局面は後手玉が寄せ難く,はっきり後手が優勢になっていると思われます。
                                     
 石川三段が勝って1勝1敗。第三局は引き続いて昨日の午後に指されました。

 スピノザが何をファン・ローンJoanis van Loonに秘匿しようとしていたかを解釈する最大の手掛かりは,蒼ざめて身震いを起こしたスピノザが落ち着いた直後に,ローンに発した一言の中にあります。それは,かれらがあのことをこれほど痛切に感じているとは思ってもみなかった,というものです。ローンはそれを直前の身体的異変に対するスピノザの弁解と解しています。おそらくそれは正しいといえるでしょう。
 『スピノザの生涯と精神』には,スピノザのことばの中にある「あのこと」というのは破門のことであるという注釈が訳者の渡辺義雄によって付せられています。この注釈は間違いとはいえないでしょう。ただ,破門された側がそのことを痛切に感じるというなら自然ですが,破門した側がそれを痛切に感じるというのはいかにも不自然なところがあります。これについては後で僕の解釈を詳しく説明しますが,スピノザが言っている「あのこと」というのは,単に破門のことを指すというより,その前後の状況を含めたより広い意味での破門を意味していると考えておくのが妥当でしょう。
 それから,このスピノザのことばというのは,単にスピノザが自身の感想を述べたというよりは,思想的な理由によって自分を破門し,また暗殺未遂という事件まで起こしたかつての同胞のユダヤ人に対する非難が込められていると僕は思います。ですから,もしかしたらそれはスピノザが発するには相応しくないような表現なのかもしれませんが,かれらがあのことを痛切に感じているというより,あいつらがあのことを痛切に感じている,というように訳してしまった方が,ニュアンスとしてはよく伝わるのではないかと思います。『破門の哲学』では,自分を刺した相手のことをスピノザが指示することばとして,あの若僧,という表現が与えられています。これもスピノザが使用することばを日本語に訳す場合には相応しくない語句かもしれません。ですがどういう訳がスピノザの真意を読者に伝えるのかという観点からいえば,別々の部分ですが,清水の方が渡辺よりも適切な訳し方をしているように僕には思えます。
 「あのこと」の意味合いをもう少し考えましょう。
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天皇賞(秋)&秘匿内容

2016-10-30 19:13:15 | 中央競馬
 第154回天皇賞(秋)
 1番枠を引いたエイシンヒカリが主張してハナへ。この枠ですからこの乗り方しかないところでしょう。ただ大外のラブリーデイが徐々に進出し,楽には逃がさないとばかりに外の2番手に。これをみて先んじていたロゴタイプとヤマカツエースの2頭が下げて3番手で併走。その後ろにクラレント,サトノクラウン,モーリスの3頭が集団を構成。サトノノブレスとリアルスティールが中団で併走。アドマイヤデウスが単独で続き,カムフィーとルージュバック。後方はアンビシャスとステファノスの併走で単独の最後尾にヒストリカル。前半の1000mは60秒8のスローペース。
 直線に入るところでエイシンヒカリ,ラブリーデイ,ヤマカツエースの3頭で雁行。3頭のうち最も手応えがよかったのがラブリーデイでエイシンヒカリを交わして先頭。しかし射程圏内を追走していたモーリスが大外から交わすとラブリーデイもギブアップ。フィニッシュにかけて内に斬りこみましたが後続の馬には関係なくそのままモーリスの優勝。坂下で進路選択を変更するようなレースになったリアルスティールがラブリーデイの外から伸びて1馬身半差の2着。さらにその外から伸びたステファノスが1馬身4分の1差で3着。
 優勝したモーリスは5月のチャンピオンズマイル以来の勝利で大レース5勝目。その後の2戦は2着でしたが,どちらも能力以外の要素で勝ちきれなかったことは明らか。純粋な能力勝負になれば優勝候補の筆頭だろうと考えていました。マイル戦で爆発的な末脚を使って勝っていたことから,距離延長には不安がないでもありませんでしたが,血統的にはマイルで強かった方が不思議なくらい。末脚に頼らない位置取りを選択したのもよかったと思いますし,あまり早いペースにならなかったのも向いたのではないかと思います。僕は日本の競走馬では現役最強と思っています。父はスクリーンヒーロー。祖母が1989年のクイーンステークス,1990年の金杯とアルゼンチン共和国杯,1991年のアメリカジョッキークラブカップを勝ったメジロモントレーデヴォーニアメジロボサツの分枝。
 騎乗したイギリスのライアン・ムーア騎手はドバイターフ以来の日本馬に騎乗しての大レース制覇。日本国内では昨年のマイルチャンピオンシップ以来の大レース制覇。天皇賞は初勝利。管理している堀宣行調教師はチャンピオンズマイル以来の大レース制覇。天皇賞(秋)は初勝利で第141回以来の天皇賞2勝目。

 僕がテクストを読解するための前提条件はすべて出揃いました。
                                     
 『破門の哲学』では,スピノザは触れられたくなかった心の傷,すなわち破門されたということにファン・ローンJoanis van Loonに触れられてしまったから,蒼ざめて身震いを起こしたのだとされています。ただし,ローンは自分が破門されたことを知っていたというのがスピノザの前提なので,破門されたことをローンに対して秘匿する動機はなかった筈です。もしも破門には触れられたくないという気持ちが同時にスピノザにあって,それでもそのことを知っているローンの治療を受けたのだとすれば,破門自体はすでにアムステルダムではだれでも知っているような出来事であったとか,スピノザが知っている医師の中で最も信用が置けるのはローンであったとか,スピノザが知っている非ユダヤ人の医師はローンだけであったというような,何らかの外的な状況があったと考えなければならないでしょう。ただ,どういう事情があったにせよ,破門を知っているローンの治療を受けることを決意すること自体が,破門について触れられたくないという気持ちと矛盾するのは間違いありません。したがってスピノザのこの選択自体が,清水の読解の正当性を薄めることになると僕には思えます。
 スピノザはローンに対して,暗殺未遂という出来事があったということについては明らかに秘匿しようとしていました。清水の解釈だとこのことは,それを明らかにしてしまえば破門の一件に触れることになるのは間違いないとスピノザは解釈したからだということになります。ですが,スピノザは破門されたということ自体をローンに秘匿する動機はなかったので,このスピノザの態度は,単に自分が襲われたということを秘匿しようとしたのだ,いい換えればそれは破門と関係なしに,襲撃されたという事実だけを秘匿しようとしたと解釈する余地が残ります。なぜ前者でなければならず,後者であってはならないのかということについて清水の説明はありません。したがってここには読解の不備があると僕は考えます。
 スピノザが蒼ざめて身震いしたのは,スピノザが何を秘匿しようとしたかと関係すると僕も思います。
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加古川青流戦&ローンの情報

2016-10-29 19:22:37 | 将棋
 鶴林寺で指された第6回加古川青流戦決勝三番勝負第一局。井出隼平四段と石川優太奨励会三段は公式戦初対局。
 加古川市長による振駒で石川三段の先手。井手四段のノーマル四間飛車。藤井システムでしたがなぜか攻勢をとらず,先手の居飛車穴熊に後手の銀冠になりました。先手が作戦勝ちだったのではないかと思います。ただその後でやり損ねたようで後手も指せる形に。しかし後手も攻め急いだように思われ,混戦となったのではないでしょうか。
                                     
 先手が歩を叩いた局面。後手は7三金寄と逃げました。形を乱されないようにする手ですが,狙いがあったのかもしれません。
 先手は▲4二と。こういう場合は△8一飛と遠くに逃げるのが一般的ですが△6一飛と逃げ▲5二との再度の飛車取りに△6四飛と取りました。ここで▲6八歩と受けるのは仕方ないところでしょう。
 飛車成りが残っていますので△4五歩。先手は▲4四銀と遊んでいた銀を使えました。後手は△6五飛と浮いて△9五香の狙い。ここまで,金が逃げたときに想定していたのかもしれません。
 ここで▲8五歩と受けていますが,この手が必要であるならすでに後手の方がよくなっていると思われますし,先手が勝つためには放置して攻め合うほかなかったのではないかと思います。
 △5六歩と突いたのが堂々たる一手。先手は▲5三銀成としましたが△5七歩成▲2八飛△6七歩成が実現しました。
                                     
 第2図まで進んだところでは後手が抜け出していると思います。
 井手四段が先勝。第二局は明日の午前です。

 普通に考えれば,フラーフは自分が語ったような態度をスピノザがとったから,スピノザに敬服していると言ったのです。つまりそれは自分が敬服する理由を話したのであって,その理由の内容についてはファン・ローンJoanis van Loonも知っていると思っていたと解せます。しかし可能性としていえば,フラーフはローンは知らないだろうけれども破門のときにスピノザはそのような態度をとったのであり,そのゆえに自分はスピノザに敬服するのだと言ったと解することもできます。この話を受けたローンはそのことに大して驚きもせずに,そこまで敬服しているのなら,フラーフはスピノザを保護してくれるだろうと応じているのですから,全体の流れとして可能性は薄いと僕には思えますが,記述しているのがローンである以上,それも完全には排除できないといえます。
 ただし,この場合には条件があります。フラーフが話したのは,破門前後のスピノザのことです。そしてその内容は,スピノザが破門されたということを抜きにしては何を意味するのか判然としない筈です。ですから最低でもフラーフは,スピノザが破門されたということをローンは知っているという前提で話していることになります。そして少なくともローンがそのことを知っていたのは間違いありません。というのは前夜に暗殺未遂の後でスピノザを治療した後,スピノザが身震いした直後のスピノザとローンとの会話の内容から,それが確かめられるからです。
 したがって,ローンは仮にスピノザが破門の前後にどういう行動をしたかは具体的には知らなかったとしても,スピノザが破門されたということは間違いなく知っていました。そしてそれをローンが知っているということは,フラーフだけの前提であったわけではなく,スピノザにとっての前提でもあったと解せます。なぜならその身震いの直後の会話ではスピノザは,自分が襲撃されたことと破門されたことを関連付けて話しているからです。それはローンが自分の破門を知っているから,関連付けて話すことができたとしか考えられません。そしてそれは,ローンの記述によれば,治療後に蒼ざめて身震いしたことへのスピノザ自身の弁明でした。
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竜王戦&フラーフの話

2016-10-28 19:33:27 | 将棋
 箱根で指された第29期竜王戦七番勝負第二局。
 渡辺明竜王の先手で丸山忠久九段の一手損角換り4。僕には後手が工夫するような形から相腰掛銀になったように思えます。
                                     
 先手が穴熊に潜ったところで後手から仕掛けた局面。先手は▲同銀と取ってしまい△同銀に▲6三歩と叩きました。後手は△7ニ金と逃げて先手は▲6四桂。今度は△7三金と逃げたので▲6二歩成。後手は△6四金と取りました。ここまで,先手が銀損の代償にと金を作った形。
 先手は▲5一角と王手。ここで封じ手になり△3一玉と逃げました。この手は予想できる筈なので▲2四歩△同歩▲同角成までは先手も事前に考えて最善と判断しておいたものでしょう。後手は△3三銀打と受けましたが,この手も想定可能なので▲同馬△同銀▲4五桂という手順も今日の朝までには考えておいたものかもしれません。
                                     
 第2図はと金の代償が角損に拡大。さらに後手玉が先手のと金から離れ,2筋に飛車が直通していますが,後手は歩が2枚あるので止めることが可能。今日の昼にこの局面の一手後を見たときは,深く考える時間はなかったもののさすがに無理な攻めで後手の方が圧倒的によいくらいに思えました。今は実際にはそこまでの差はなかったと思いますが,攻めが無理だったのは確かではないでしょうか。先手はこの手順しかなかったのなら,穴熊に潜っている余裕はなかったということでしょう。
 丸山九段が勝って1勝1敗。第三局は来月7日と8日です。

 フラーフとスピノザが友人であったのなら,ファン・ローンJoanis van Loonがスピノザを我々の友人と言っていることから,フラーフが知っていたことのすべてをローンも知っていただろうと僕は解します。一方,そうではなかった場合には,フラーフは自分が知っていることに関してはローンも知っているだろうという想定にの下に話したと僕は考えます。もしも職責として知り得たことがあったとしたら,それをローンに対しては秘匿しておいただろうと想定できるからです。一方,それに対するローンの応答からして,フラーフの想定は正しかった,つまりスピノザが年金という和解案を拒否して破門されたということをローンも知っていたと僕は読解します。
 ただし,どちらの場合も次のことは想定できます。ローンはスピノザに対する保護を求めにフラーフを訪ねたのであって,それに対してはすでに警護が行われているという答えが与えられたことから,確かにフラーフが語ったことの中には,ローンが知らなかったことも含まれてはいました。したがって,たとえ市長という職を務めていたから知り得たことだとしても,ローンに対してなら話してもよいだろうとフラーフが考えたこと,いい換えればローンは知らないだろうと思っていたこともフラーフは話したのかもしれません。念のためにこの場合についても考察しておきます。
 年金の話が出てくる場面では,それ以外の実例もフラーフは語っています。最初にスピノザがユダヤ教会とユダヤ人を見捨てたということです。これは破門されたという意味ですが,フラーフの観点からは,むしろスピノザの方が望んで破門を受け入れたというように見えていたのでしょう。次に,スピノザはユダヤ教の律法学者に,あなたたちは盲人の手を引こうとしている盲人だと言い放ったということです。その後で,年金を贈るという申し出を断ったことが出てきます。そして最後に,破門を宣告されたときにスピノザはきわめて威厳のある態度をとり,一切の自己弁護をせず,また市の当局者に訴えることもしなかったということです。これらすべてについて,フラーフはスピノザの考えに同調し,またその行動を高く評価してるのです。
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マイルグランプリ&保護

2016-10-27 19:16:21 | 地方競馬
 昨晩の第23回マイルグランプリ。北海道の宮崎光行騎手が病気のためハッピースプリントは本橋騎手に変更。
 先手を奪ったのはノットオーソリティ。2番手はムサシキングオーとゴーディーが並んでいましたが,外のゴーディーは抑えきれないという感じ。これもあってその後ろはやや離れ,セイスコーピオン,ジャルディーノ,ハッピースプリント,モンサンカノープスの4頭が好位集団。中団にバルダッサーレ,リアライズリンクス,ハーキュリーズ,ラヴィアンクレールの4頭。ミヤジエルビス,コンドルダンスがそれらを追走し,残りの3頭は置いていかれる形。前半の800mは48秒7のハイペース。
 3コーナーを回ると前をいく3頭が雁行状態になり,さらにその外にセイスコーピオンも上がって4頭が一団。セイスコーピオンの外を追ったのがハッピースプリントでさらにその外からバルダッサーレも追撃。しかし直線に入るとすぐに先頭に立ったセイスコーピオンが抜け出し,マークして追撃した馬の方が一杯になって勝負あり。圧勝といえる内容でセイスコーピオンが優勝。バルダッサーレのさらに外から末脚を伸ばしたコンドルダンスが2馬身差で2着。内目を回ったモンサンカノープスが2馬身半差で3着。
 優勝したセイスコーピオンは今年の5月までJRAに在籍。昨年1月に1000万を勝ちあがり,1600万では3着が3回。今年に入ってからは5戦して4着が最高着順でしたが,頭打ちというほどでもなく川崎に移籍。転入初戦となった前走のオープンを6馬身差で圧勝しましたので,南関東重賞はすぐに勝てるだろうとみていました。追撃してきた強豪を振り切ってむしろ苦しくさせた内容は上々で,重賞でも通用するのではないかと思います。この距離近辺の南関東重賞であれば,さらなるタイトル獲得も約束されたようなものでしょう。父はデュランダル。母は2004年のローレル賞を勝ったスコーピオンリジイ。祖母の半弟に2001年のラジオたんぱ賞を勝ったトラストファイヤー
 騎乗した船橋の森泰斗騎手は8月のスパーキングサマーカップ以来の南関東重賞制覇。マイルグランプリは初勝利。管理している川崎の八木正喜調教師もマイルグランプリ初勝利。

 フラーフへの返答としてファン・ローンJoanis van Loonが言った,スピノザに対する保護というのには,ふたつの意味があったようです。
                                     
 ひとつは文字通りにスピノザの身辺を保護するという意味です。フラーフはこれに対しては,スピノザ自身も気付いていないだろうけれども,現時点でも対策は講じてあって,警護されているのだという意味のことを答えています。フラーフはこの時点でスピノザにその日の午後にフラーフ自身を訪問するように通達していて,アウデルケルクAwerkerkへ一時的に避難するようにスピノザに求めるのは,この流れからです。この通達はもしかしたらフラーフとスピノザが友人であったがゆえに可能だった通達かもしれません。ですからそこをそのように読解するなら,スピノザが破門されたこと,そしてその前にシナゴーグから年金という和解案を提示されていたということは,フラーフだけでなくファン・ローンも知っていたということになります。
 もうひとつの意味は,スピノザが自由に考えることができるということをアムステルダムにおいて保護するという意味です。要するに一般的な意味において思想の自由をアムステルダムにおいて守るという意味も含まれていました。というのは,そのファン・ローンのことばに対するフラーフの応答の最初の部分は,むしろこちらの方に関係しているからです。フラーフはもしもユダヤ人共同体とスピノザの間にだけ問題があるのなら,スピノザがアムステルダムにおいて自由に考えることを認めるだろうとまず言って,その後でローンにある資料を見せます。それはアムステルダムのプロテスタント教会の牧師たちによる,スピノザの破門の一件に関連する意見書でした。その意見書は,概ねユダヤ教の律法学者の方に味方していて,スピノザをアムステルダムにおいて優遇することには否定的な内容でした。
 フラーフの話を総合すれば,この意見書の方がものをいって,スピノザにアムステルダムからの一時的な退去を要請したことになっています。つまりこの後でスピノザがアムステルダムにいることができなくなった主要因は,ユダヤ人との軋轢よりも,プロテスタントの要請だったといえるでしょう。
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リコー杯女流王座戦&フラーフの情報

2016-10-26 19:31:04 | 将棋
 広島で指された第6期女流王座戦五番勝負第一局。女流公式戦での対戦成績は加藤桃子女流王座が4勝,里見香奈女流名人が6勝。ほかに女流の非公式戦で里見名人が1勝,奨励会編入試験で加藤王座が1勝しています。
 振駒で加藤王座の先手。里見名人のごきげん中飛車で,⑤でしたが手順が相違しただけで①の変化に合流しました。後手に研究があったようですが,先手もうまく対応。全般的に主導権は後手が握っていましたが,だから後手の方がよかったというわけでもないように思います。
                                     
 先手が歩を打った局面。後手は△4五銀と打ったので双方が退けない展開に突入。ここから▲4三角成△同金▲同歩成までは一本道でしょう。後手は△4六銀とこちらに進出。先手は▲5八金と馬に当てたので△3七銀成▲同桂△同馬まではまた一本道でしょう。先手は▲1八飛と逃げました。
                                     
 この先手の指し方は駒損しておいて相手に手番を渡すのですから普通は損です。ですがいい位置にと金を作ってあるので,この場合にはあり得るのかもしれません。実際にこれで不利になったというわけでもないように思えます。
 後手は一旦は△4六馬と引き,わざと▲5七銀打とさせてから△3六馬と寄りました。これは打たせた銀を後で狙いにするという構想だったものと思いますが,よい判断だったのではないでしょうか。
 先手は手番を得たので攻めるところ。▲5二金から絡んでいくのと一段目に飛車を打つのと二通りが考えられますが,選択されたのは▲3一飛でした。
 一段目に飛車を打つのならここに打ちたくなるところですが,この場合は打ち場所としてよくなかったのかもしれません。というのも△7六桂▲7七銀と進んだときに△7五角と打つ手が発生してしまったからです。
                                     
 これが銀を狙いつつの飛車取り。先手が▲8二金△同玉▲6一飛成と進めたのは仕方なかったと思いますが△7一金とがっちり受けられて,ここからは後手の方がよいようです。
 里見名人が先勝。第二局は来月3日です。

 スピノザが破門される以前に,シナゴーグから将来にわたって年金を贈るという,離脱防止策の和解案を提示されていたことは史実とします。スピノザがなぜそれを断って破門される道の方を選んだのかは,「レンブラントの生涯と時代」の読解のためには僕にとって有利に働いてしまう可能性の方が高いので,棚上げしておくことにします。つまり和解案があったという史実だけに注目するという意味です。
 その案があったということを,少なくともフラーフは知っていました。彼の発言の内容から,同時にそれはスピノザが破門されたことも知っていたということを意味しなければなりません。フラーフがそれをスピノザから聞かされたと考えられなくはありません。ファン・ローンJoanis van Loonはこのときの会話の中で,スピノザのことを我々の友人といういい方で表現している部分があるからです。僕はスピノザとフラーフは友人であったどころか会ったこともなかったという可能性もあり得ると想定していますが,もしそうでなかったとしても構いません。ローンのいい回しからすれば,もしこの一件をフラーフが知っていたなら,ローンも知っていたということになるであろうからで,その点が重要です。
 僕があり得るとした想定の場合も考えましょう。フラーフは,ファン・ローンの訪問を受けた前日に発生した暗殺未遂の一件に関しては,高等警察から報告を受けたのですでに知っていると言っていました。では破門および和解案についても,フラーフはどこかから報告を受けてそれを知っていたのでしょうか。いい換えれば,フラーフが市長という立場にあったから知り得たことだったのでしょうか。僕にはそうは思えません。
 異端思想を否認するなら年金を贈るというラビの申し出を拒絶したスピノザのことを敬服していると言ったフラーフの発言は,とても長い発言の一部です。その中でフラーフはかなりスピノザを高く評価しています。そしてこの長い発言が終了するとそれを受けてローンは,本当にフラーフがそこまでスピノザ,実際の文言としては我々の不幸な友人を賞賛するなら,フラーフはスピノザを保護する手段をとるだろうという主旨のことを言います。
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将棋日本シリーズJTプロ公式戦&弁明書

2016-10-25 18:56:16 | 将棋
 23日に東京ビッグサイトで指された第37回将棋日本シリーズの決勝。対戦成績は佐藤天彦名人が6勝,豊島将之七段が7勝。
 振駒で佐藤名人の先手となり角換り相腰掛銀。後手が早めに銀を3三に上がり,6ニ金‐8一飛型から先行する将棋。双方に研究があったようですが,先手の研究の方が深かったらしく,駒損ながらと金と馬を作った先手優位の展開のまま終盤戦に入りました。
                                     
 後手が5九に角を打ち,先手が4八の飛車を逃げた局面。後手は3二の金を狙っている銀を外しつつそれを入手するために△4一飛。当然▲同とです。
 この局面は後手玉は詰めろにはなっていませんが,手番を先手に渡すと寄せられますので,詰めろの連続で迫っていかなければなりません。まず△7八銀と王手をして▲同金△同桂成▲同王と清算。さらに△6六桂▲8八王と追って△8六歩と突きました。
 ここで先手は▲7七角と投入して受けました。△8七歩成▲同王△7七角成▲同金でまた角を入手した後手は△6九角の王手。
                                     
 ここで▲9八王と逃げれば△7六銀の進出にも▲8八歩と受けて有望でした。しかし▲8六王と上に逃げてしまったために,同じように△7六銀とされたときに受け難く,▲同金△7六銀以下の詰みに。しかしこの手順ですと先手が優位といっても微差であったのではないかという気もします。
 豊島七段が優勝。意外にもこれが棋戦初優勝でした。

 「シナゴーグ離脱の弁明書」との関連でもうひとつ補足すれば,『宮廷人と異端者』では,この弁明書に関連するスチュアートに独自の,いささか奇妙とも思えなくもない論述が展開されています。
 スチュアートがいうには,このタイトルがその読者,おそらくここでいう読者とはその弁明書を読んだラビたちのことを意味しているのだと思いますが,読者に何を連想させたかといえば,プラトンにょる『ソクラテスの弁明』でした。単純にいえばソクラテスは裁判にかけられたとき,自分には罪がないという弁明を行いました。プラトンは師といえるソクラテスのその弁明の内容を書いたのです。ですが周知のようにこの弁明は不成功に終り,ソクラテスは死刑になります。つまりそれと同じように,スピノザによる弁明書も,最初から不成功に終ることを読者に連想させるものだったとスチュアートはいいたいのです。
 スピノザは弁明書をスペイン語で書いたのですが,「ソクラテスの弁明」を意識して,自身が提出した文書に「シナゴーグ離脱の弁明書」と命名した可能性が皆無であるとは僕はいいません。しかしスチュアートはそういう主張はまったくしていません。ただ読者がそのタイトルから何を連想するのかということについて触れているだけです。ですからこのことは,スピノザが書いたものの内容がどういったものであったかということの根拠にはなり得ないだろうと僕には思えます。なぜスチュアートがこのような主張を論述のうちに挿入したのか,僕には意図が不明です。
 ただ,スチュアートは,この連想の主張からも分かるように,弁明書がラビたちを説得するのに有効でなかったということ,つまり単に弁明書というタイトルから連想されるような謝罪を含むものではなかったということ,それどころかむしろ,スピノザがラビたちに異端とみなされた思想,すなわち破門されるに至った思想の総まとめのような内容であったと推測していて,その推測は僕の考え方と一致します。したがってスチュアートは論拠のような論拠でない事柄を同時に示していますが,弁明書がどういうものであったのかということの推論については,僕は同意します。
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火の国杯争奪戦&第四部定理一六

2016-10-24 19:05:52 | 競輪
 熊本地震復興支援として久留米競輪場で代替開催された昨日の熊本記念の決勝。並びは早坂‐永沢の北日本,脇本‐林の近畿中部に神山が競り,中川‐井上‐香川‐桑原の西国。
 永沢が飛び出していき早坂の前受け。3番手に中川,7番手に脇本の周回になり,脇本の後ろは周回中から内外が入れ替わっての競り。残り3周のバックから脇本が上昇を開始。このときは林が番手を守っていて,神山は林の後ろでした。中川はそのラインを追っていき,ホームでは脇本が早坂を叩いたので早坂の横まで上昇。バックに入ると早坂が中川をどかして発進。中川も折込済みだったのでしょう,行かせて永沢の後ろを難なくゲットして打鐘。引いた脇本はホームから巻き返し。競ったふたりはどちらもマークを取り切れず,単騎に。しかし井上がうまく牽制したため脇本は失速。最終コーナーに入ったあたりから中川は発進。永沢も車間を開けて待っていましたが,ものともせずに捲り切った中川が優勝。マークの井上も4分の3車身差の2着に続いて九州のワンツー。逃げた早坂が1車輪差の3着に粘りました。
 優勝した熊本の中川誠一郎選手は5月の日本選手権以来の優勝。記念競輪は2009年11月の松坂記念以来となる2勝目でGⅢは3勝目。このメンバーですと自力で現状の力量が最も上なのが脇本。しかし後ろが競りなので走りづらさがあり,ラインも長くなった中川の方が展開的には有利ではないかと思いました。早坂は徹底先行に近いタイプなので,途中までうまく封じ込め,いいタイミングで脇本を抑えさせて自分は3番手を取った作戦勝ちでしょう。先行して粘るのは難しくなっている現況ですが,捲り脚はまだありますので,もう少し活躍が期待できるでしょう。

 現実的に存在する人間が,将来の大きな善bonumより目の前にある小さな善を選択してしまうということは,『エチカ』の定理Propositioの中にも示されています。破門当時のスピノザの場合でいえば,将来にわたって束縛されずに思考しまた行動することが可能であるという大きな善より,目の前に約束されている経済的な保障の方を選択してしまう場合があるということが,『エチカ』では証明されているのです。ここでは第四部定理一六を援用しておきます。
                                     
 「善および悪の認識が未来に関係する限り,その認識から生ずる欲望は,現在において快を与える物に対する欲望によっていっそう容易に抑制あるいは圧倒されうる」。
 シナゴーグから離脱することによって得られる善およびそこにとどまっていることでもたらされる悪malumの認識は,シナゴーグの一員であるときのスピノザにとっては未来に関係する認識です。そして他に条件が与えられなければ,スピノザの現実的本性actualis essentiaは離脱を選択することになります。他面からいえば離脱を欲望することになります。ところがその欲望cupiditasは,その時点において与えられる快,この快というのは喜びlaetitiaといった方が僕はいいと思いますが,そういう喜びから生じる欲望,この場合でいえば年金を得ることができるという喜びから生じる欲望によって容易に抑制されるのです。
 この基本となるのは第四部定理七です。この場合はある欲望という感情affectusが別の欲望という感情によって抑制されているのですから,その定理に則していることが明らかです。そして直前の第四部定理一五は,とくに善および悪の認識から生じる欲望について言及され,それがほかの感情から圧倒されるということを示しています。そしてこの定理は,現在に関係する善および悪の認識から生じる欲望について言及されています。ですから,未来に関係する善および悪に関係する認識から生じる欲望が,現在に関係する欲望よりも小さいとすれば,第四部定理一六でいわれるように,そうした欲望はより容易に抑制されるでしょう。
 ここではこれ以上の説明はしませんが,この定理からも,スピノザは第四部定理六五の様式で各々の善と悪を認識した可能性が高まります。
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菊花賞&理性的判断

2016-10-23 19:13:36 | 中央競馬
 第77回菊花賞。昨日の競馬で藤岡佑介騎手が負傷したためミライヘノツバサは藤岡康太騎手に変更。
 ジュンヴァルカンは発馬で後れをとりました。まず先頭に立ったのはジョルジュサンクでしたがこれを交わしたのがミライヘノツバサ。1周目の3コーナーにかけてさらにサトノエトワールがハナを奪いにいきましたがミライヘノツバサが引かなかったので,1周目の正面にかけて2頭で後ろを7馬身ほどは離すような展開に。単独の3番手に外から上がっていたアグネスフォルテ。ジョルジュサンクは4番手まで控え,エアスピネル,ウムブルフの順で追走。この後ろはサトノダイヤモンドとマウントロブソンの2頭。さらにカフジプリンス,ミッキーロケット,レッドエルディストの3頭。そしてシュペルミエールとディーマジェスティで続き,その後ろを単独で追走となったのがレインボーライン。最初の1000mは59秒9のスローペース。
 2周目の3コーナーを回ると単独の先頭になっていたミライヘノツバサが,一旦は詰められていた後ろとの差をまた開いていきました。そのまま先頭で直線まで来たものの,ほぼ馬なりで射程圏内まで追い上げていたサトノダイヤモンドが楽々と交わし,そのまま抜け出して2馬身半差をつける圧勝。鞭を入れながらサトノダイヤモンドを追ったディーマジェスティのさらに外から脚を伸ばしたレインボーラインが2着。ずっとインで立ち回って直線も内から伸びたエアスピネルがハナ差の3着。ディーマジェスティはクビ差で4着。
 優勝したサトノダイヤモンドは神戸新聞杯からの連勝で重賞は3勝目。大レースは初制覇。今年の3歳牡馬は上位拮抗の能力で,そのうちの1頭。ですからすでに大レースを勝っていてもおかしくありませんでしたし,また,ここで勝ってもおかしくない馬でした。どちらかといえば末脚に破壊力を有するタイプなので,長距離特有の上りがかかるレースになった場合には不安もあると思えましたが,中盤が64秒5と遅くなったために末脚が生きるタイプのレースになったのが,この馬には適していたのだろうと思います。本質的には長距離馬というよりは中距離馬でしょう。古馬を相手にしてもすぐに互角に戦えるものと思います。父は第66回を制したディープインパクトで父仔制覇。
                                     
 騎乗したクリストフ・ルメール騎手はNHKマイルカップ以来の大レース制覇。菊花賞は初勝利。管理している池江泰寿調教師は昨年の天皇賞(秋)以来の大レース制覇。第72回以来5年ぶりの菊花賞2勝目。

 これら一連の出来事は,「シナゴーグ離脱の弁明書」について考察した事柄と関連します。それは,スピノザが第四部定理六五で示されている理性的認識のもとに,破門の宣告を受け入れたという可能性を高めるという意味においてです。単純に年金という名の賄賂を受け取るのは自分が偽善者になるということであるという認識自体は理性ratioによってなされるでしょうから,ベールPierre Bayleやスチュアートが示していることがそれに則しているのは間違いありません。ただ,仮にそれが史実でなかったとしても,年金を贈るという提案自体は史実と認める必要があるので,一般的にもスピノザの判断は理性的であった可能性が高くなるのです。
 すでに示したように,人間には理性的でなくても,つまり受動的な状態にあっても,善bonumを希求し悪malumを忌避する現実的本性actualis essentiaがあります。したがって条件が同一であれば,善を選択し悪を回避するのです。よってユダヤ教徒として表面を取り繕って生きるよりも,シナゴーグを離脱して生きる方が善であると認識されさえすれば,スピノザの現実的本性はそちらを選択します。ただしこれは条件が同一であるという場合です。ところが実際にはそうではなかったことになります。なぜなら,表面的にはユダヤ教徒として振舞いさせすれば,スピノザは将来にわたって年金を受け取ることが可能でした。つまり一定の収入を確保できたのです。ところがシナゴーグを離脱すれば,当座の生活には困らなかったかもしれませんが,将来的な保障というものは何もなかったわけです。つまり自分の生活の安定という点だけに注目するならば,シナゴーグに留まることが善であり,離脱することは悪だった筈なのです。というか,そうであったから,破門の宣告自体がシナゴーグを離脱させないための有効な手段とはなり得ないと判断した指導者たちが,将来的な補償という提案をスピノザにしたのだろうと思われるのです。
 将来的な大きな善より目の前の小さな善を選択するのは,人間の現実的行為として不自然でないことは,経験的にも理解できる筈です。ところがスピノザはそれを選びませんでした。それは理性的な選択がされたからではないでしょうか。
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貧しき人びと&偽善者

2016-10-22 19:14:09 | 歌・小説
 ドストエフスキーコキュを主人公とした小説を多く書いているのは確かです。そもそもデビュー作の『貧しき人びと』も,コキュの物語とみなすことはできるでしょう。
                                     
 これは50歳近くの小役人のマカール・ジェーヴシキンが,向かいのアパートに住んでいるワルワーラ・ドブロショーロワという10代の少女と手紙のやり取りをするという形式の小説。つまりその手紙だけが小説のテクストのすべてで,それ以外のテクストはありません。こういう形式であるという理由もあるでしょうが,手紙といっても日々の出来事を綴った,日記のような内容のものが文章の多くを占めています。ただ,ワルワーラは経済的困窮状態にあり,そういう内容の手紙のやり取りでも,日々の楽しみになっています。題名から分かるように,小役人のマカールも裕福とはいえず,経済的援助ができないので,それでワルワーラを励まそうとしているのです。
 ワルワーラには恋人,というか片思いの相手がいるのですが,同じアパートに住むその学生は病気で死んでしまいます。そしてワルワーラにとって唯一の肉親であった母親も死んでしまいます。いよいよ困窮状態に陥ったワルワーラの前にブイコフという金持ちが現れます。ストーカーのような男なのですが,最終的にワルワーラはブイコフのプロポーズを了承して結婚することになります。事前にマカールはワルワーラから,ブイコフから逃亡するための引越しの資金の調達を依頼されていて,その資金集めに努力はするのですが,実現することはできませんでした。このためにマカールは,ワルワーラに恋していたというわけではないのですが,コキュであるということになるのです。
 このデビュー作は高く評価され,ドストエフスキーは文壇の仲間入りを果たしました。ですが僕にはこの小説がそんなに優れたものだとは思えないです。ヒューマニズムという観点から評価している論評が多いのですが,僕にはマカールがそこまでヒューマニズムに溢れた人物であるようにも感じられませんでした。

 シナゴーグがスピノザを破門する以前に,破門より和解を望んでいたことは間違いないといえます。しかしスピノザはその和解案は断りました。それはどうしてだったのでしょうか。
 これを最もうまく表現しているのが,『宮廷人と異端者』に記されている,その和解案を受け入れてしまえば,すなわち年金という名目の賄賂を受け取ってしまえば,自分は偽善者となってしまうというスピノザのことばであると僕は思います。なお,このことは直接的なスピノザのことばとしてではありませんが,ベールの『批判的歴史辞典』の中に出ています。それは,スピノザがユダヤ教徒として表面を取り繕って生活していくのなら年金を贈るという相手方の申し出に対して,スピノザはそんな偽善をする気にはなれなかったという内容です。前に触れたように,この本の中では暗殺未遂があって,それがスピノザが破門を受け入れる,というかスピノザの方からシナゴーグを退去する要因のひとつになったというように描かれています。著書の題名から分かるように,ベールはスピノザを批判しようという意図をもっているのですが,ここでは破門によってスピノザがシナゴーグにいることができなくなったというより,スピノザの方から望んでシナゴーグを立ち去ったというような描き方になっているのです。これはスチュアートがこの本を参考資料としていることの証拠のひとつでしょう。
 スチュアートの描写がうまく表現されていると僕に思えるのは,スピノザは偽善者になることを拒否したということが,そういう提案をした共同体の指導者は偽善者であるという意味に撥ね返ってくるからです。実際にスピノザがそう発言したのだと僕はいいません。ただ,偽善者ということばは明らかに宗教的な意味を含んでいるのであって,年金という賄賂を受け取ったら自分が偽善者になってしまうというのは,それを受け取らないことが宗教的な意味においても正しいということを含意することになります。つまりこの表現はシナゴーグの宗教的堕落を含意するのであり,スピノザにもシナゴーグの指導者に対する宗教的批判という考え方は確かにあったのではないかと僕は思うのです。
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第四部定理五六&離脱防止の動機

2016-10-21 19:10:18 | 哲学
 第四部定理五五と同様に,高慢と自卑abjectioは反対感情ではあるけれども類似性があるということを示す定理としては,次の第四部定理五六もあります。
                                     
 「最大の高慢あるいは最大の自卑は精神の最大の無能力を表示する」。
 ここでも最大の高慢と最大の自卑がとりあげられ,それが精神の最大の無能力の指標になるとされています。しかし最大であろうとなかろうと,高慢も自卑も精神の無能力の指標であるということはこの定理から明白で,したがってそれが精神の無能力の指標となるという点では,高慢も自卑も同じであるということになります。
 スピノザは第四部定義八において,徳virtusと能力potentiaとを同一視しました。したがって無能力というのは有徳的でないという意味になります。この定理を理解する上ではまずこの点が大事です。
 第四部定理二四から分かるように,人間が有徳的であるということは,理性ratioに従うということです。逆にいえば人間は理性に従わなければ従わないほど,それだけ有徳的ではないということになります。ところで理性による認識は共通概念notiones communesによる認識なので,第二部定理三八および第二部定理三九により,それは十全な認識です。いい換えれば理性に従うということと,共通概念あるいは十全な観念に従うということは同じことを意味していると解して差し支えありません。ところが,第三部諸感情の定義二八第三部諸感情の定義二九から分かるように,高慢な人間そして自卑的な人間は,自分自身について混乱した観念を有している人間です。つまり第四部定理五五により,自分自身について無知な人間です。したがってこれらの人間は,理性に従うこと,同じことですが十全な観念に従うことが最も少ない人間であるということになります。そしてそれ自体で明らかなように,高慢であればあるほどそうした傾向は強くなるでしょうし,同様に自卑的であればあるだけこの傾向が強くなるでしょう。ですから最大の高慢と最大の自卑は,有徳であるということから最も遠いという意味であり,最大に無能力な精神を有した人間であるということになるのです。
 高慢も自卑も力potentiaではありません。むしろ力と逆の意味で無能なのです。

 スピノザだけがシナゴーグ離脱の防止のために特別な配慮がなされたわけでなく,防止のための力の入れ具合はプラドの場合にも同等であったと僕は解します。そしてそれは一般に,この時代のアムステルダムのシナゴーグでは,成員の離脱を全力で阻止しようとしていたということだと思います。では指導者たちがそうした動機は何であったのでしょうか。僕はそれをふたつの方面から推測します。
 ひとつはユダヤ教徒の宗教的確信です。つまりユダヤ人はユダヤ教を信仰すること,律法学者の教えに従うことが道であり,その道から外れようとしている者をユダヤ教への道に回帰させることが宗教的責務であると信じられていたのだろうと僕は思うのです。そして道を踏み外そうとしている者をユダヤ教に回帰させることは,その当人にとっての幸福にも繋がる,他面からいえば道を踏み外してしまえば不幸な状態に陥るという宗教的確信もあったのだろうと思います。
 ユダヤ教の破門状というのは,破門される者に対する呪詛に満ち溢れたものになっています。そしてそれは,ユダヤ教徒のユダヤ教に対する確信ないしは愛着の裏返しであると僕は考えます。書簡六十七においてアルベルトAlbert Burghは口汚くスピノザのことを罵っていますが,それはアルベルトのローマカトリックに対する宗教的確信の裏返しであったとみることができます。それと同じように,破門状の内容が呪詛に満ちているのは,ユダヤ教に対する確信の証明であったとみることができるのではないでしょうか。
 もうひとつが体面上の問題です。かつてウリエル・ダ・コスタUriel Da Costaを破門し,彼にとって屈辱的な行為と共に破門を解き,しかし1640年に彼が自殺してしまった出来事は,アムステルダムの一大スキャンダルとなり,ユダヤ教の評判を落とすことになってしまいました。1656年にはまだそのことを体験上の記憶として残しているラビたちが多く存在していただろうと思われます。そうした人は,もうそういうスキャンダルをアムステルダムでは起こしたくないと思っていたことでしょう。ですから成員のひとりでもシナゴーグから離脱することを,全力で阻止しようとしたのだと思います。
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不自然な離席と合理的説明&配慮の相違

2016-10-20 19:36:52 | 将棋トピック
 竜王戦の挑戦者変更の一件に関して,僕が何をどう判断し,また何を判断しないかについて明らかにしておきます。
 僕が判断材料にするのは三点だけです。第一に,三浦九段が対局中に不自然な離席をするという指摘が複数の棋士からあったということです。第二に,三浦九段は離席は身体を休める目的だったと説明していることです。第三に,聴取ではその弁明が非合理的と認定されたことです。
 僕は弁明が非合理的な離席についてはふたつのケースを想定します。ひとつはある手を指したら離席し,次の手を指したらまた離席するという行為が継続的に行われる場合です。身体を休めるなら一度に多くの時間を使用する方が合理的です。もうひとつは相手が指すまでは着席し,自分の手番になると離席するという行為が恒常的に行われる場合です。身体を休めるなら自分の持ち時間だけでなく相手の持ち時間も使用する方が合理的です。
 もしふたつのケースのどちらも行われていなかったなら,弁明が合理的ではないと僕は判断しません。その場合には処分したこと自体が不当であると判断します。
 逆にふたつのうちのどちらか,あるいは両方が行われたのだとすれば,僕はコンピュータによる援助の有無と無関係に三浦九段には非があると判断します。なのでこのケースでは処分することは正当であると判断します。ただしそれは棋士という職業に対する僕の職業観に由来します。援助がなければいつどのように離席してもよいというのはひとつの考え方として成立し得ると僕は認めます。また,正当な疑惑を抱かせたというだけでは内部的に処分するのも不当であるという考え方が成立することも認めます。しかしその相違は職業観の相違に由来しますので,その点については僕は争いませんし判断も変更しません。
 ただし,上述の処分することが正当であるというのは,年内の出場停止が妥当であるという意味ではありません。最も軽い,たとえば厳重注意のような処分は少なくともされるべきだという意味です。このケースでどのような処分が妥当かは僕は判断しません。同様に三浦九段が援助を受けていたか否かも判断しません。
 休場届の不提出が処分理由なら,その処分は不当だと僕は判断します。これは将棋界に限らず,休場届は提出されて初めて受理するべきものであるからです。いくら休場するという意志を表明していても,届けを提出する前に出場することに気持ちを変えたからといって,その変心を咎めるのは不当です。
 僕は三浦九段が休場の意志を表明したという点は判断材料とはしませんでした。それは聴取した側がそう受け止めただけで,三浦九段はそんな意志を表明したつもりはないというケースもあり得ると判断したからです。
 三浦九段が休場の意志を表明したというならなら,その場で休場届を提出させるべきであったというのが僕の判断です。なのでもしもその要求をしなかったなら,聴取した側に不手際があったと僕は判断します。
 実際に三浦九段に休場の意志があり,その場での休場届の提出要求もあり,三浦九段がその場での提出を拒んだ場合にのみこの判断は変わり得ます。翌日午後3時までの期限を設けて提出を求め,かつそれが提出されなければ処分するということを合わせて伝達したのなら,不提出による処分も正当であると判断できます。ただしそのすべての条件のうちどれかひとつでも欠けていたなら,これによる処分は不当であるという判断は変わりません。また,正当である場合でも,処分内容が妥当であるかを判断しないのは,離席のケースと同様です。

 プラドはアムステルダムのシナゴーグから慈善金を受け取っていました。これはプラドが経済的に困窮していたことの証といえます。一方,スピノザは,年によって金額の上下がありますが,税金を納めています。正確にいえばある時点まではスピノザの父親が納めていて,父親の死後は貿易商を継いだスピノザが支払うようになったというべきかもしれません。裕福であったとまでは確定できないまでも,暮らしていくために余裕がなかったということはあり得ないとみることができます。
 プラドは1655年にアムステルダムのシナゴーグの一員となりました。最初の破門宣告が1656年だったとすれば,ユダヤ人以外のオランダ人の知り合いはあまりいなかったであろうと推測できます。プラドは医師であったようなのですが,それまでの経歴からオランダ語が達者だったとは思えないので,オランダ語しか話せないであろうアムステルダム在住のオランダ人を治療することはままならなかったように思います。それはプラドの困窮の一因になっていたかもしれません。
 一方,スピノザはまだ父親が生きていた頃から貿易業に携わっていました。そのために非ユダヤ人とも知り合う契機が多かったろうと思えます。実際に,イエレスJarig Jellesとかシモン・ド・フリースSimon Josten de Vriesとは,スピノザが破門される以前から友人であったと思われます。また,これはオランダ人とはいえませんが,ファン・デン・エンデンFranciscus Affinius van den Endenとも同様です。そしてファン・ローンJoanis van Loonもまた,親しく交際していたとはいえないまでも,間違いなく知り合いでした。
 これらの事情を総合するなら,プラドはシナゴーグを離脱すればそれだけで生きていくのが難しいと考えられるのに対し,スピノザはたとえシナゴーグを離脱したとしても,生きていくことが可能であったと考えられるのです。よってシナゴーグの指導者たちが,プラドに対しては破門を宣告すること自体がシナゴーグからの離脱の防止に有益であっても,スピノザに対してはそうではないと判断する合理的な理由があったことになります。だからスピノザには別の手段,年金という賄賂が用いられても,プラドにはそういう配慮がなされなかったのだと僕は解します。
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埼玉新聞杯埼玉新聞栄冠賞&破門の効力

2016-10-19 19:18:12 | 地方競馬
 第26回埼玉新聞栄冠賞
 まず先頭に立ったネオザウイナーを発走後の3コーナーで外から交わしたベルゼブブの逃げ。この先行争いがあった分,3番手は4馬身くらい離れてケンブリッジナイス。さらに2馬身差でタイムズアロー,また2馬身差でハーキュリーズと続き,あとはさほど差がなく,クラージュドール,トキノエクセレント,ドラゴンヴォイス,トーセンハルカゼ,アウトジェネラル,ヴァーゲンザイルの順で追走。1周目の正面でペースは落ち着いたのですが,ここで3番手のケンブリッジナイスが差を詰めていくとそのまま2番手に上がり,向正面に入るあたりでベルゼブブに並び掛けていくことに。3番手に引いたネオザウイナーと単独4番手のタイムズアローとの差が7馬身くらいまで開きました。当然ながら超ハイペース。
 ケンブリッジナイスが向正面途中でベルゼブブを交わすとベルゼブブもしばらくは食い下がりましたが,3コーナーを回ると後退。2番手にネオザウイナー,3番手にハーキュリーズが内から上がり,外にタイムズアロー。さらにクラージュドールとトキノエクセレント,大外を回ってアウトジェネラルも接近。直線に入ると絶好の手応えだったのがタイムズアロー。そのままケンブリッジを交わして抜け出し,優勝。外を回った馬の末脚が優り,1馬身半差の2着にはクラージュドール。半馬身差の3着にアウトジェネラル。
 優勝したタイムズアローは2月の報知グランプリカップ以来の南関東重賞2勝目。この馬は重賞で入着する力があるのでここでは力量上位。早く抜け出すと自分から全力で走るのをやめてしまう面があるようで,乗り難しいタイプであると思いますが,直線がさほど長くないのはこういうタイプにはプラスなのでしょう。58キロを背負って勝つことができたのもこの馬にとっては収穫であったのではないかと思います。父はタイムパラドックス。母系祖先はセレタ。3代母に1985年の新潟3歳ステークスを勝ったダイナエイコーン
 騎乗した船橋の西村栄喜騎手は荒尾競馬の廃止に伴う南関東移籍から約4年10か月で南関東重賞初勝利。管理している船橋の川島正一調教師は埼玉新聞栄冠賞初勝利。

 『宮廷人と異端者』では,スピノザとプラドが同時期に破門を宣告されたとき,スピノザに対しては年金を贈るという提案がなされたけれども,プラドにはそうした配慮がなされた形跡がないとされています。それは事実かもしれません。ですがスチュアートはそのことを,ユダヤ人共同体はプラドよりもスピノザをシナゴーグから失いたくなかったからだという主旨の説明と結び付けています。僕はその解釈については疑念を抱いています。
                                     
 破門の宣告があったとき,メナセ・ベン・イスラエルMenasseh Ben Israelはイギリスに滞在中でした。つまりそこで行われたことには関与していなかったと考えられます。ですがメナセが渡英前にファン・ローンJoanis van Loonに語ったところによれば,その時点ですでにメナセはスピノザが破門宣告を受けないように努力していたことを窺わせます。そして同時に,もしスピノザに破門を宣告した場合には,スピノザはその宣告を受け入れて,シナゴーグから退去してしまうのではないかということを憂慮しています。つまり破門宣告それ自体が,スピノザがシナゴーグを離脱しないことに効力を発揮しないのではないかとメナセは考えていたことになります。
 メナセはそのことを,それ以前にあったウリエル・ダ・コスタUriel Da Costaに対する破門と比較して語っています。そしてスピノザは破門の宣告を受け入れるのではないかとメナセが考える理由として,ふたつの点を挙げています。ひとつは,スピノザはダ・コスタとは異なり,多少なりとも金銭的な余裕があるということです。そしてもうひとつは,スピノザはダ・コスタとは異なり,ユダヤ人以外のオランダ人の中に少なからず知り合いが存在するということです。ローンの記述だと,自由主義的なオランダの学者と親交を結んでいる,と読解する必要がありますが,具体的にどういう人物が想定されているのかが不明なので,ここでは広くユダヤ人ではないオランダ人だとしておきましょう。
 ここでメナセが示しているスピノザとダ・コスタとの比較は,そのままスピノザとプラドとの間に適用できると僕は思います。そしてそれは,破門時のシナゴーグの指導者たちにも共有されていたのではないかと思います。
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滝澤正光杯&プラド

2016-10-18 19:19:39 | 競輪
 被災地支援競輪として行われた千葉記念の決勝。並びは新田に山田,吉沢‐小林の関東,深谷‐椎木尾の中部近畿,荒井‐柳詰の九州で浜田は単騎。
 椎木尾がスタートを取って深谷の前受け。3番手に荒井,5番手に新田,7番手に吉沢,最後尾に浜田の周回。結果的に浜田はずっと関東を追走するレースになりました。残り2周のバック手前から吉沢が上昇。バックで深谷を叩いて打鐘。うまく4番手に入ったのが荒井。6番手を内の深谷と外の新田で取り合う形になり,ホームで外から極めた新田が奪取。椎木尾が山田の後ろにスイッチしたので深谷が最後尾の一列棒状に。新田はバックでは柳詰との車間を少し開けて深谷を警戒。最後尾からの深谷の発進に併せて捲っていきましたが,時すでに遅し。4番手で待ち構えていた荒井がさらに併せて発進して優勝。3番手からになった自力もある浜田が半車身差の2着。その浜田と吉沢の番手から出た小林の間に進路を取った新田マークの山田が半車輪差で3着。
 優勝した佐賀の荒井崇博選手は一昨年4月の武雄記念以来となる記念競輪13勝目。千葉記念は初優勝。このレースはまともな力勝負になれば新田と深谷の争いとなるメンバー構成。ところが新田が深谷を警戒しすぎたために脚を使うのが遅くなりすぎ,力を余してしまうことに。深谷も椎木尾に切り替えられて最後尾になってしまった時点で苦しくなりました。逃げた関東ラインにとって最もよい展開ではあったのですが,さすがに500バンクということもあり,よい位置を取った荒井に有利に働いたということでしょう。したがって吉沢が叩きに来たときにうまく4番手を取ったところが勝因になったといえそうです。

 アムステルダムAmsterdamのユダヤ人共同体では,スピノザとほぼ同じ時期に,ファン・デ・プラドJuan de Pradoも破門を宣告されています。ただしプラドはそのときには悔悛の意志を表明する文面を読み上げ,破門を解かれています。しかしその後のプラドの行いが以前と変わらないものであるとみなされたために,1658年2月4日に再び破門を宣告されます。プラドはアムステルダムに留まりたかったのですが,結果的にそれはかなわず,翌年にはアムステルダムを去り,アントワープに移りました。
 当時のユダヤ人指導者たちには,スピノザとプラドの間には思想的な繋がりがあるとみなされていたようです。いい換えればふたりが共に破門を宣告されたことについて,何の関係もなかったと理解するのは困難なようです。そしてスピノザとプラドが知り合いであったことも間違いないといえます。ただし,スピノザとプラドの間には,立場的に大きな違いがあったようです。
                                     
 プラドは1612年にスペインで産まれました。ユダヤ教を実践する改宗ユダヤ人の家庭であったと『ある哲学者の人生Spinoza, A Life』には書かれています。この当時のスペインではユダヤ教は禁止されていた筈なので,いわゆる隠れユダヤ教徒であったと考えてよいでしょう。プラド自身もユダヤ教の律法を遵守し,またそういう生活を他人に勧めていたようです。
 それがあからさまになって罪に問われることはなかったのですが,スペインのような異端審問所の勢力が強い地域で生活することは危険と思い,ローマの大司教の侍医に任命されたのを機にスペインを脱出。しかしローマもまたプラドのような隠れユダヤ教徒にとって危険な場所であるのは同じで,それからハンブルクに移り,さらに1655年にアムステルダムに移住してユダヤ人共同体の一員となりました。つまりスピノザはマラーノの子孫だったわけですが,プラドは自身がマラーノであったことになります。
 この当時のアムステルダムのシナゴーグでは,富の再分配が積極的に行われていました。基本的にスピノザは税を納める方の立場だったのですが,新参者のプラドは慈善金を受け取る立場でした。つまり経済的地位も異なっていたのです。
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竜王戦&賄賂

2016-10-17 19:06:11 | 将棋
 一昨日,昨日と天龍寺で指された第29期竜王戦七番勝負第一局。対戦成績は渡辺明竜王が15勝,丸山忠久九段が9勝。
 天龍寺の宗務総長による振駒で丸山九段の先手。角換りに。
                                     
 ここで▲4七銀と上がればほぼ相腰掛銀ですが,先手は▲2五歩△3三銀▲4五桂と仕掛けていきました。後手は△2二銀。先手もこう進めた以上は▲2四歩△同歩▲同飛まで必然でしょう。
                                     
 銀を2二に引いたので△4四歩が成立するかというとそうではなく,▲7一角と打って先手もやれるようです。そこで△4二角と飛車取りに打って5三の地点を同時に補強。先手は▲3四飛と横歩を取りました。
 後手は桂馬を取るのが狙いですから飛車をどかすために△2三銀。これに対して▲3五飛と引くと△4四歩で桂馬を取り切られて苦戦とみたようで▲3二飛成と切っていきました。ただし感想にある通り,両者の読みが食い違っていますから,引く順もあり得ると思います。もっとも千日手になるのであれば先手としては不満でしょう。
 △同王は必然で▲2二歩。桂馬の交換ではつまらないので△同王と強く取るところなのでしょう。先手も駒損なので収めるわけにはいかず▲4一金。後手は単に△2四角と逃げました。次の▲5三桂成は仕方ないところなのでしょうが歩を取ったために△5六歩が生じることに。
                                     
 第3図で▲6三成桂と取った手が最終的な敗着だったよう。代えて▲6六銀から上部を厚くするべきだったとされています。全般的にいえば先手の攻めは無理気味に思えるのですが,玉の堅さが異なるので,この仕掛けは有力であるとみてもよいのかもしれません。
 渡辺竜王が先勝。第二局は27日と28日です。

 『宮廷人と異端者』では,まず暗殺未遂があって,その後で破門の宣告がなされたという順序になっています。ベールの『批判的歴史辞典』がそういう時系列で書かれていますので,スチュアートはそれを参考資料に用いたためであると思われます。ですが,ファン・ローンJoanis van Loonはスピノザが襲撃された後の治療を実際に行った医師であり,それは破門宣告より後だとされています。スピノザが2度も襲撃されたのならどちらも誤っていないことになりますが,そうしたことは考えにくいといわなければならないでしょう。スチュアートの論述はその襲撃事件の後,スピノザは裂かれた上着の穴を繕わずに生涯とっておいたという,スピノザがローンに語ったとされる事柄の内容が実行されたというエピソードに接続しています。おそらく史実を語っているのはローンで,先に破門の宣告があり,その後で暗殺未遂という事件が起こったのだと僕は考えます。『スピノザの生涯と精神』の訳者である渡辺義雄も,ベールの当該部分の記述に対する訳注として,スピノザが襲われたのは破門の後のことだと記しています。
 スチュアートはユダヤ教の指導者たちがスピノザに年金を贈ることを提案したという点については史実であると解しています。それは異端的な見解を公衆の前で放棄したら金銭的な褒賞を与えるという提案であったという主旨の記述になっています。僕はその点ではスチュアートは事柄の真相をうまく把握しているのではないかと思います。要するに年金というのは,スピノザがそれまでの見解を否定し,かつ将来にわたってユダヤ教の伝統に則して生活するということの対価という意味が強かったと僕には思えるからです。とても俗なことばでいえば,それは年金ということばで表現されていても,実際には賄賂であったと思うのです。
 スピノザは実際には破門されたのですから,その提案をスピノザが拒絶したとスチュアートがみなしているのは間違いありません。スチュアートはそれを受け取れば自分は偽善者になるとスピノザが語ったと書いていますが,本当にそう言ったかは別に,これも年金が事実上の賄賂であったことをうまく描写していると思います。
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