スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

朝日オープン&認識の一致

2007-04-30 22:30:58 | 将棋
 朝日オープン五番勝負第三局。今日は昼食休憩の時間から終局までじっくりとネット観戦できました。同様に観戦されていたLogical Spaceさんのリアルタイム解説と並行で,そちらで僕の質問にもいくつかお答えいただいているので合わせてお読みください。
 後手の阿久津主税五段の一手損角交換の向飛車。戦型は棋王戦第四局と同じです。僕は阿久津五段の将棋はあまり見ていませんが,こういう将棋を指すのは少し意外に思えました。
 観戦し始めたのは35手目に羽生善治選手権者が▲3一角と打ち込んだ局面。ここから先手は馬を作り,8筋で一歩入手して49手目に▲2五歩から▲3六歩と攻めていきましたが,無理に手を作っている感じが僕にはして,少し苦しいのかと思いました。
 54手目の△6五歩の局面では後手がはっきりと優勢に思えたのですが,65手目の▲3四歩まで進んでみるとそうでもなかったようです。この間,62手目の△8四同銀で△7四銀だとLogical Spaceさんの解説通りに進むと思いますが,8四に歩を残すこの順はやはり無筋でしょう。しかしそうも堅いといえない先手玉に対して5七にと金を作ってもそんなに優勢とはいえないというのはちょっと驚きです。
 66手目から△8六歩▲同銀△8五歩▲7七銀と進展しましたが,この将棋だけでいえばこの交換は不要だったかもしれません。プロ棋士による検討ではこの直後の△6九角では△5六角として馬を消しにいく順もあったようです。
 70手目の△6二飛で△1二飛だとどうだったのでしょう。目に付くのは▲6四歩で,△7四金なら▲5四馬,△5二金引なら▲4四とという狙いですが,よく分からないですし,先手にはほかにも手段があるのかもしれません。
 78手目の△6八歩に▲2五飛はちょっとびっくりした手。横利きを止められたので八段目にいる必要はないということなのでしょう。ただ結果的にみるとこれは好手で,逆にいうと△6八歩は悪手だったようです。この後,△2四歩▲同飛は僕には時間稼ぎに思えますし,この交換自体も後手が損をしているような気がします。
 ここから後手が最後の猛攻。しかし89手目の▲7八銀で攻めが続かなくなり,以下数手で無念の投了となりました。羽生選手権者は▲7八銀で勝ちと確信されたようですが,僕には最後までどちらが勝ちか分からない(手の更新のタイムラグもありますので)熱戦で,かなり楽しめました。これで羽生選手権者の2勝1敗。第四局は5月14日に指されます。

 明日は平塚記念の2日目優秀,湘南グランプリがあります。並びは予想で,山崎-金成の福島に藤原,海老根-武井-遠沢の南関東,小嶋-古田の中部に森内でしょうか。確実な並びでないので詳しく予想しませんが,自力の3人が強いので,力の決着になりそうです。

 第四部定理三五証明されると,人間は各人が自分の理性に従う限り,つまり能動的である限り,万人が事物の認識に関して一致するということが分かります。そこで実際にそういう認識があるのかどうかということを別にするとしても,善の認識と悪の認識,すなわちどういう事柄についてそれを善と認識し,またどういう事柄についてそれを悪と認識するかという点においても万人が一致するということになります。このことはむしろ,原因の一致という観点から,人間が能動的である場合には全員の精神の本性が一致するのだから,その精神の本性から必然的に生じる個々の観念も必然的に一致すると説明すればより明白ではないかと思います。
 なお,第四部定理八とその平行論の帰結からして,僕は善悪とは,それぞれ喜びあるいは悲しみという感情そのものであるといいました。当然ですがこれは人間が能動的に考えられようと受動的に考えられようと同じことです。一方でスピノザは人間が能動的である場合にはそこから悲しみの感情は生じない(第三部定理五九)といっていますので,部分的には齟齬を来していますが,ここでは,僕は生じる認識が同一になるということを強調するためにこのようにいっています。実際には精神の本性から悲しみの感情が生じなくても,悲しみの認識はあり得ると僕は考えていますが,この点については争うつもりはありません。ないとしてもとくに問題が発生するとは考えないからです。
コメント (2)

天皇賞&人間精神の本性

2007-04-29 22:57:55 | 中央競馬
 好天に恵まれてのレースとなった天皇賞(春)
 条件戦を勝ち上がってきたばかりのユメノシルシが先導。最初の1000メートルが60秒3。この距離ですからスローペースにはなりましたが,僕が予測していたほどの極端に遅いペースにはなりませんでした。
 レースが動き出したのは2周目の3コーナー手前あたりからで,まず4・5番手につけていたデルタブルースが進出を開始。これを見て,トウショウナイト,メイショウサムソンとなども外から上がっていきました。デルタブルースは直線に入る手前で内によれ,ユメノシルシの進路をやや妨げる格好にはなりましたが直線では先頭に。しかしそこで一杯となってしまいトウショウナイトが先頭に。さらにその外からメイショウサムソンが抜け出しました。トウカイトリックが内から,アイポッパーが大外からそれぞれ伸びてきましたがこれは届きそうもなく,道中はメイショウサムソンの直後につけていた伏兵のエリモエクスパイアが間を割って急追。外からメイショウサムソンに馬体を併せて激しく迫りましたがわずかにメイショウサムソンが振り切って優勝。2着がエリモエクスパイアで,トウカイトリックは3着,アイポッパーは4着でした。
 優勝したメイショウサムソンの母系はフロリースカップ系ガーネットの分枝。馬と石橋守騎手は昨年の日本ダービー以来の大レース優勝。瀬戸口勉調教師の引退により3月から高橋成忠厩舎に移籍しています。昨年の菊花賞ではやや不本意な負け方をしていて,距離面にやや不安があると思われましたが,当時は体調面が万全ではなかったということなのでしょう。最後はかなり迫られましたが,並んで強いのがこの馬の真骨頂で,今日はその勝負強さも光ったと思います。
 2着のエリモエクスパイアは前々走のダイヤモンドステークスが53キロのハンデで57キロのトウカイトリックに小差の2着。前走の日経賞は56キロで10着。明らかに格下と思い軽視しましたが,これでみると3000メートル級の長距離レースにはかなりの適性があるようです。
 3着のトウカイトリックは中団のインでレースを進めましたが,勝負どころで各馬が外を進出したときに内でスムーズに馬群を捌けず,一旦下がってしまったのが痛かったと思います。レース前にゲートの中で騎手が落馬するというアクシデントがありましたが,それはそんなにレースには影響しなかったと思います。
 4着のアイポッパーは発走後に前を塞がれかなり後ろからのレース。予定ではもう少し前で流れに乗るつもりであったと思われ,道中の位置取りの悪さが致命傷になったという印象です。
 奨励会員の天野三段がパーフェクトな予想をしていました。

 明日は朝日オープン五番勝負の第三局。勝った方が最後の選手権に王手という将棋です。

 西武園記念は後日の回顧になりますが,明日からは平塚記念。豪華メンバーですが,やはり小嶋選手と山崎選手を中心とした争いになりそうです。

 ここで人間の精神の本性について僕がどのように考えているのかということをまとめておきます。
 まず人間が能動的である,すなわち各人が各人の理性に従う場合においては,第四部定理三五原因の一致ということから,すべての人間の精神の本性は一致すると思います。これは人間の精神というのを一般的に考える場合にも具体的に考える場合にも同一です。
 次に一般に人間の精神といわれる場合,それは各人の,たとえばAという人間の精神とBという人間の精神にある共通点があるからそれらは同様に人間の精神といわれるのですが,このような意味で人間の精神という場合には,個々の人間の精神の本性が一致するかどうかということは念頭にはおきません。あくまでも一般的な意味でそれらには共通性があるというほどの意味です。ただ,この場合に僕がいう人間の精神というのは,神の無限知性のうちにあると考えられる限りでの,別のいい方をすれば真の観念としての人間の精神というような意味になります。
 最後に人間が受動的である場合については,第三部定理五一により,各人の精神の本性を構成する観念の対象となる各人の身体の受動は各人によって異なりますので,それが異なる分だけ各人の精神の本性も異なる考えます。したがってこの場合には,Aという人間の精神の本性とBという人間の精神の本性は,Aという人間の身体の受動とBという人間の身体の受動が異なる分だけ異なっていると僕は考えています。
コメント

名人戦&原因の一致

2007-04-28 20:56:46 | 将棋
 24日と25日に指された名人戦七番勝負第二局を振り返ってみます。
 先手は森内俊之名人。郷田真隆九段は後手で趣向を凝らすということをあまりしない棋士で,先手の誘導で相矢倉,森下システムに進展しました。細かい応酬がかなり長く続き,52手目の△6四歩からようやく本格的な戦いに。ただこの後,角交換を求めたり避けたりするやりとりは僕にはよく分かりません。この辺りで森内名人は失敗したと思っていたようで,それで勝負に出たとのことですが83手目に▲5三角と打ちこんだ局面は,やや攻め駒不足の感もありますが,先手玉が堅陣であるのに対し,後手陣はばらばらなので,僕には先手の方が指しやすそうに思えます。
 ただ,89手目の▲6四角成から上部に厚みを築こうとした構想は疑問だったようで,ここは▲5六金から手駒を増やしにかかった方がよかったそうです。この後,98手目の△7二飛が好手で,郷田九段はここで手応えを感じたようです。ここから先手の駒を引かせて△7五桂としたところでは僕にも後手の方がよさそうに感じられます。
 120手目,△3七飛成で先手の攻めが一旦は止まったので攻守交代。ただ,128手目に△1三玉と逃げた局面では後手玉が安全になっているので大勢が決しました。投了の局面は▲5二角成とすると△8七桂成から詰まされてしまいますし,しかしそれ以外には指す手が見当たりませんのでやむを得ないのでしょう。
 これで郷田九段の2連勝。森内名人は先手での勝率が高い棋士なので,この先手番を落としてしまったのは痛いのではないでしょうか。次は後手になりますが,どうしても負けられないところです。

 明日は天皇賞(春)。上位拮抗ですが僕はトウカイトリック◎に期待します。アイポッパー○を相手の本線に,デルタブルース▲とメイショウサムソン△。軽視しますが日経賞組にもチャンスはあるでしょう。

 そして香港ではアドマイヤムーンが走ります。海外GⅠ連勝を期待します。

 西武園記念の決勝もあります。栃木が別れるやや意外な並び。手島-内田の関東,新田-赤井の南関東,あと,志智-佐藤と石丸-宗景の混成がふたつで園田が単騎という細切れ戦。ここは新田選手◎のラインか石丸選手○のラインを中心に,佐藤選手▲と手島選手△を加えて。

 僕の考えでは,第四部定理三五には,ここで証明した以上のことが含まれています。人間が能動的,あるいは理性に従う限りにおいては,すべての人間が事物を同様に認識するというのは,いわば結果の一致であるといえます。もちろんここで人間が能動的である場合の責任という概念のあり方を考えるという上では,このことだけを理解しておけば十分でしょう。
 しかし,第一部公理三に注意するなら,結果というのはその結果の原因となるものが存在し,かつその原因から必然的に生じることによってのみ存在し得るのです。このことから,あるひとつの結果に対してはあるひとつの原因,あるいは確定したある一組の原因だけがあるということが理解できます。したがって,Aという人間が理性に従うことによってXの観念を形成し,別のBという人間がやはり自身の理性に従うことによってXの真の観念を認識する場合には,Xの真の観念は同一なのですから,同一の原因から必然的に生じているということになると思います。いうなればこれは結果の一致に対して原因の一致といえるでしょう。
 よって,人間が能動的に,自らの理性に従う限りでは,万人の理性,あるいは万人の精神の本性は一致するということでなければなりません。そしてこのことが,第四部定理三五の意味の中には含まれていると僕は理解しています。
コメント

ギャンブルレーサー関優勝牌&第四部定理三五証明

2007-04-27 23:00:37 | 競輪
 西武園記念の2日目優秀として行われたギャンブルレーサー関優勝牌(動画)。並びは白戸が関東追走,近畿中部の3人は結束,園田が単騎でした。
 前受けは岡山。園田選手が3番手,4番手から近畿中部で後ろ攻めが東日本。残り2周のホーム前から平原選手が上昇していくとこれに合わせて村上選手も上昇,バックでは石丸選手を抑えて村上選手が先頭に。一旦は外に浮く形となった平原選手が打鐘から再度発進。ホームでは村上選手をかまして先行となりました。同時に踏み出した村上選手が手島選手をどかして平原選手の番手に収まり,バックから石丸選手の捲り。これを見て村上選手も番手から発進。多くの選手がインを突いたのでもつれて直線では岩見選手が落車のアクシデント。これを尻目に外の選手が伸び,石丸選手が捲りきったところ,さらに外からこのラインの3番手を追走となった園田選手が交わして1着。石丸選手が2着で3着は村上選手となりました。
 33バンクということもあったかもしれませんが,優秀競走としてはかなり熾烈なレースとなったという印象です。

 それでは第四部定理三五を証明しますが,実はこれは,人間の精神の理性による認識が能動的であるということから明らかなのです。なぜなら,能動的であるということは,第三部定義二により,人間の精神が十全な原因であるということを意味します。したがって,第三部定義一第二部定理四〇により,人間の精神が理性に従って認識する観念は,すべて十全な観念であるということになります。十全な観念というのはすべて真の観念ですが,第一部公理六から,すべての事物に真の観念はただひとつだけであるということが明らかです。つまりたとえばAの真の観念というのはXという人間の精神のうちにあろうとYという人間の精神のうちにあろうと,どんな精神のうちにあろうと同一の観念であるということになります。もちろんこのことは,具体的に,たとえば三角形の真の観念は唯一であり,それは現実的に存在するどんな人間の精神の一部を構成しているとしても同一であって,もしもそれ以外に三角形の観念があるとすれば,それは誤った観念であると考えても明らかであると思います。したがって人間というのはだれであれ,自分自身の理性に従って事物を認識し判断するならば,万人に共通である十全な観念を形成し,十全な観念だけを形成するということになります。よってもしも人間が自分自身の理性に従って生活するなら,すべての人間の本性は完全に一致するということになるのです。
コメント

名人戦&理性と能動

2007-04-26 22:23:46 | 将棋
 名人戦は一昨日と昨日,第二局が指されたのですが,今日は10日と11日に指された第一局を振り返ってみます。
 森内俊之名人に挑戦するのはA級順位戦で優勝した郷田真隆九段。振駒で郷田九段が先手となり▲2六歩△3四歩▲7六歩△5四歩。ごきげん中飛車の立ち上がりですが先手が▲2五歩を決めずに▲4八銀でしたので後手が△3三角~△2二飛と角道を止めない力戦向飛車に変化。森内名人としては乱戦歓迎という意図であったと思いますが,先手の方から13手目に▲6六歩と角道を止め,持久戦に。その後,双方から仕掛けられそうな局面はあったものの互いに自重し,相穴熊になりました。
 2日目,後手から40手目に△3五歩と仕掛けて戦いに。48手目の△6五同飛から△3五飛と転回し,後手が3筋にと金と龍を作る間に先手は玉頭に厚みを築きました。この後,85手目に▲6八銀打と右から打ったのが受けの好手,89手目の▲7三角は後手玉に迫りつつ△9五桂も防ぐ攻防の手。敗着はおそらく92手目に△6九龍と逃げた手で,ここは△8六桂打としておけば,あるいは後手が押し切るという展開になっていたかもしれません。
 この後,95手目の再度の▲7三角も好手でここからは先手の一手勝ちでしょう。最後は受けなしに追い込み,即詰みに討ち取って郷田九段の先勝となりました。直近の対戦で郷田九段は森内名人に6連敗していましたので,ここはそれをとめるという意味でも大きな1勝だったといえるのではないでしょうか。
 相穴熊の将棋というのは一方的な展開になりやすいという印象が僕にはあるのですが,この将棋はかなりの熱戦で,見応えがあったと思います。

 明日は西武園記念の2日目優秀があります。確実に並ぶと思うのは平原-手島の関東と,石丸-小川の岡山。村上-岩見の近畿中部も並ぶでしょう。光岡が岩見の後ろで近畿中部結束なら残った岡田-白戸でしょうか。ただ岡田-光岡で白戸が単騎ということもありそうです。ちょっと分からないので予想は割愛。

 人間が理性によって事物を認識(第二種の認識)する場合,それによって生じる観念に対してその人間の理性,あるいはその人間の精神は十全な原因となっているがゆえに,この場合は第三部定義二により,人間精神がある能動をなしている,あるいは人間精神は能動的であるということになるわけです。したがって,一般に人間精神が能動的であるということは,人間が理性に従って事物を認識する場合であるということになります。これで人間が能動的である場合の責任という概念のあり方を考察するために,なぜ僕が第四部定理三五を取りかかりとして選択したかは理解してもらえるのではないかと思います。
 ごく当たり前のことですが,受動と能動というのは一般的な概念として反対という意味でひとつの組合せを構成します。これを人間について考えるならば,受動感情としての欲望が人間が受動的である限りで人間の本性を示す(第三部諸感情の定義一)のですから,人間にとって受動とは受動感情としての欲望に従うことであり,能動とは理性に従うことですので,受動感情としての欲望と理性が,反対の概念としてひとつの組合せを形成します。
 そしてこのことから,受動感情としての欲望が,受動的である限りの人間の本性であるように,理性というのは,能動的である限りにおける人間の本性を示すということも明らかだと思います。
コメント

しらさぎ賞&第三部定義二

2007-04-25 22:40:10 | 地方競馬
 今年から3歳以上の牝馬のレースへと衣替えしたしらさぎ賞
 好発はナイススマイルワン。これを外からアストリッドとアヤパンが追い,発走後の正面では一旦は外が前に出たのですが,1コーナーのカーブで内が抜き返してナイススマイルワンの逃げ。前半の600メートルは35秒4で,やや競り合ったわりには落ち着き,ミドルペースといっていいでしょう。向正面でアヤパンが押さえきれずに上がっていき,アストリッドがナイススマイルワンを交わして先頭に。外からパフィオペディラム,内からクリムゾンルージュがこれを追いました。4コーナーではパフィオペディラムは脱落。残る3頭から直線ではアヤパンも脱落し,外に持ち出したクリムゾンルージュがアストリッドを交わして先頭に。しかし道中は後方につけていたベルモントノーヴァが内からするすると上昇,クリムゾンルージュを捕えて優勝となりました。2着にクリムゾンルージュで3着がアストリッド。
 優勝したベルモントノーヴァは昨年のトゥインクルレディー賞で2着がありましたが南関東重賞はこれが初制覇。このメンバーなら勝ってもおかしくはない力があり,また1400メートルという距離も意外と合っていたかもしれません。しかし最大の勝因は大外枠にも関わらず最内から進出させた石崎駿騎手の好騎乗といえそうです。
 クリムゾンルージュが2着,アストリッドが3着と,波乱含みと考えたわりには概ね実力馬が上位を占めるという順当な結果であったと思います。

 明日から西武園記念が始まります。ここは混戦が予想されます。

 人間の理性による事物の認識,すなわち第二種の認識によって生じる観念は十全な観念です。そこで第三部定義一に注目してみると,人間が理性に従って事物を認識する場合には,その人間の理性が,あるいはその人間の精神が,認識された事物の観念に対して十全な原因となっているということが分かります。さらに続けて第三部定義二をみてみます。
 「我々自らがその妥当な原因となっているようなある事が我々の内あるいは我々の外に起こる時,言いかえれば(前定義により)我々の本性のみによって明瞭判然と理解されうるようなある事が我々の本性から我々の内あるいは我々の外に起こる時,私は我々が働きをなす[能動]と言う。これに反して,我々が単にその部分的原因であるにすぎないようなある事が我々の内に起こりあるいは我々の本性から起こる時,私は我々が働きを受ける[受動]と言う」。
 非常に長い定義ではありますが,これで『エチカ』において,能動的であるということ,また受動的であるということがどういうことであるのかということが理解できました。今は能動的である場合の責任という概念について考察しているわけですから,この定義は重要であるということになります。
コメント   トラックバック (1)

今後の海外遠征&第二種の認識

2007-04-24 21:52:36 | 海外競馬
 1日のドバイではアドマイヤムーンが見事にドバイデューティフリーを勝ち,今年の日本馬の初の海外GⅠ制覇を達成しました。今日は今後の日本馬の海外遠征の予定を紹介します。
 そのアドマイヤムーンですが,ドバイに行った日本の馬のうちこの馬だけは帰国せずにそのまま香港に入りました。29日に行われるクイーンエリザベスⅡ世カップGⅠに出走するためです。登録されているのは12頭で,これで見ますとアドマイヤムーンと,ドバイではポップロックが出走したドバイシーマクラシックを優勝した地元・香港のVengeance of Rainの2頭が有力と思われます。ここは距離がデューティフリーとシーマクラシックのちょうど中間にあたる2000メートル。昨年暮の香港カップと同じで,このときはアドマイヤムーンが僅差の2着,Vengeance of Rainが3着と,アドマイヤムーンが先着していますが,Vengeance of Rainは調子を上げているように思われるますし,やはり地元の利というのもあるでしょうから,簡単にはいかないかもしれません。
 また,昨年は日本のコスモバルクが制したシンガポール航空国際カップGⅠは,今年は5月20日。まだ先ですので予定変更はあるかもしれませんが,現時点で連覇を狙うコスモバルクとシャドウゲイト,スウィフトカレントの3頭が出走を予定。これらの馬は日本でも現時点でトップクラスとはいえないかもしれませんが,昨年と同程度の相手関係になるようであれば,いずれの馬にもチャンスがあるのではないかと思います。

 明日は浦和でしらさぎ賞。波乱含みと思いますが一応はクリムゾンルージュ◎が中心。アヤパン○とアストリッド▲を相手上位にみて,ベルモントノーヴァ△とチャームアスリープ△も。

 第四部定理三五を正しく理解するためには,『エチカ』において理性ratioというのが何を意味するかを知っておくことが不可欠です。『エチカ』において理性とは認識cognitioの一種類,あるいは一形態で,第二部定理四〇の備考二においてそれは第二種の認識cognitio secundi generisといわれています。そしてこれは人間の共通概念notiones communesによる事物の認識と等置されています。共通概念が十全な観念idea adaequataであるということは第二部定理三八証明されることによって明らかだといえます。したがって,共通概念による事物の認識というのはある十全な観念による事物の認識ということになりますから,第二部定理四〇により,人間精神mens humanaの理性による認識,つまり人間が理性によって認識する事物の観念は十全な観念であるということになります。
 ただし,ここでもひとつ注意しなければならないと僕が思うのは,理性というのもまたスピノザはある現実的な事柄と考えているであろうということです。一般に僕たちは人間には理性があるというとき,人間には潜在的なある力potentiaがあるというような意味に理解しがちですが,スピノザの考え方では,人間が理性によって事物を認識している場合には人間に理性があるといい得るけれども,そうでない場合にはそのようにいうことはできない,無意味であるということになるのではないかと考えます。
コメント

パートナー&第四部定理三五

2007-04-23 21:24:43 | NOAH
 開幕戦で首尾よくGHCタッグ新王者になった秋山選手と力皇選手のチームは,最終戦で高山選手を相手に防衛戦を行いたい意向を示していましたが,高山選手はこれに応じました。注目されたパートナーも,かつて税金泥棒といった杉浦選手で決定。高山選手と杉浦選手はタッグを結成する機会も多く,その発言もいわば愛情の裏返しでしょうから妥当なところと思います。
 決め手となったのは21日の広島大会。この日も高山選手と杉浦選手が組んで,秋山選手と潮崎選手のチームと対戦。杉浦選手に足首固めを決められた秋山選手を救出すべく潮崎選手が入ると高山選手がエベレストジャーマン。これで潮崎選手はダウンしてしまい秋山選手が孤立。連携から最後はオリンピック予選スラムで杉浦選手が秋山選手から3カウントを奪いました。この日は放送の解説が力皇選手で,試合後も杉浦選手はかなり挑発していましたが,力皇選手が絶句せざるを得ないほどの試合内容でした。
 杉浦選手はヘビー級でデビューして,ウエートを落としてジュニアに参戦した変り種。昨年暮れまでGHCジュニアの二冠王に君臨していましたが,暮れにゼロワンMAXの高岩選手にシングル王者を奪われると,金丸選手と保持していたタッグ王者も年明けに外国人チーム相手に失冠。しかしこれを契機に再びヘビー級に転戦するようです。楽しみなタイトル戦は28日の日本武道館大会で行われます。

 ここまでは第四部定理三と第四部定理四に依拠することによって,人間というのは受動的であることから逃れられないという点に注目し,その観点から責任という概念notioがどのようなものであり得るのかということを考察してきました。あくまでも真理の追及という側面からですが,これについてはひとつの結論が得られたと思いますので,最後に一応,人間がもしも能動的である場合には責任という概念はどのようなものになるのかということを探求しておくことにします。そこでその取りかかりとして,第四部定理三五から始めます。
 「人間は,理性の導きに従って生活する限り,ただその限りにおいて,本性上常に必然的に一致する」。
 この定理Propositioの意味に関しては難しい部分はまったくないのではないかと思います。
 人間が能動的である場合と受動的である場合とで,何が最も異なるかといえば,第三部定理五一から,人間が受動的である場合には,個人の本性というのは各人において異なるわけですが,能動的である場合にはそれが一致するconvenireということです。すなわち,人間の本性naturaが各人において一致する場合,責任という概念はどのようなものであるのかということを考えるのが,能動的である場合の責任という概念のあり方を考えることになるのです。
コメント

ふるさとダービー&真理の追求

2007-04-22 22:28:08 | 競輪
 最終4日目にして雨となってしまったふるさとダービー観音寺の決勝
 小倉選手が飛び出して誘導を追いましたが,外から新田選手が上昇していくとこれを入れて新田選手が前受け。渡部選手が3番手に入り,岐阜勢を挟んで後方の8番手から山崎選手で周回。残り3周のバックから山崎選手がおもむろに上昇していき,岐阜勢はこれを追走。残り2周のホームでは渡部選手を牽制するように3番手の外でふたをする形に。ここで新田選手が誘導を追うのをやめ,ペースを落とすと,山崎選手が自然な形で抑えて先行態勢に。岐阜勢はこれを追って,内の新田選手と外の渡部選手で5番手を取り合う形。そのまま残り1周のホームを迎えていよいよ山崎選手が発進。バックから3番手に入った加藤選手が自力で捲って出ましたがあまりスピードが上がらず,飯嶋選手のブロックで外へ浮きました。このとき外から捲ってきた渡部選手もスピードを殺されてしまい,前での争いに。山崎選手に有利な展開と思われましたが,加藤選手を追わずに飯嶋選手の後ろに切り替えた山田選手が直線の入口から踏み込むと,山崎選手を捕えて優勝しました。2着に山崎選手で,バックでは最後方になってしまった加倉選手がよく追い込んで3着になっています。
 優勝した岐阜の山田裕仁[ゆうじ]選手は2002年と2003年の競輪グランプリを連覇するなど,競輪界を代表する選手のひとり。しかしそれ以来は不振にあえいでいて,ここもそれ以来のビッグ優勝。まだまだ第一戦で活躍し続けてほしい選手です。
 山崎選手はいい展開となっただけに残念な結果ですが,観音寺はどうも逃げ切るのが難しいコースのようで,仕方ないかもしれません。今日も大ギアをかけていましたが,このギアで抑えて先行ができたのはひとつ収穫だったとはいえるでしょう。

 僕が思うに,法律とか道徳とかいったものは,それを積極的に評価するならば,共同体や社会の人間関係を円滑に遂行していくための手段,あるいはそのための役に立つようなものです。ですから,法律や道徳が善悪そのものであるとは考えないですし,また,それが正義であるとも考えていません。そしてさらに,僕は法律や道徳といったもののうちにある真理が含まれているとも考えていないのです。逆にいえば,それが人間関係の円滑な遂行に役立つのであれば,その中に善悪や正義,そして真理といったものさえ含まれてなく,むしろ虚偽あるいは誤謬であっても構わないのだろうと思います。
 一方,僕の興味や関心というのがどこにあるのかといえば,たとえば今回の責任論についていうなら,責任という概念が実在的であるなら,または実在的であり得るなら,それはどういったものであるかという点です。第一部公理六により,観念としては実在的であるのは真の観念ですから,結局これは,真理とは何かに関心があるということになります。実際,僕がスピノザの哲学に求めていること,スピノザの哲学から導こうとしていることは,真理とは何かということであり,何が役に立つのかということではありません。なので,そこから抽出されるある結論が法律や道徳と齟齬を来していたとしても,実はそれは問題だとは考えていないのです。
 エチカから導かれる責任という概念の難点は,実際のところ,それが法律や道徳に反する部分があるということにすぎません。常識的に考えればこれは難点なのでしょうが,僕はそういった理由から,あえてそれを解消する必要はないと考えています。こうした種類の難点を抱えているということと,それが誤っているということ(真理ではないということ)とは明らかに別のことだと思うからです。
コメント

北京五輪日本応援競輪&難点

2007-04-21 20:07:43 | 競輪
 3日制のGⅢとして18日に決勝が争われた京王閣での北京オリンピック日本応援競輪(動画は中央のインターネット放送から開いたページの左下のレースダイジェストでご覧ください)。並びは前予想と違い,地元の浦山-川口が佐藤をマーク,南関東は小橋川-栗原-増田-三住の並びで結束し,4対3対2の3分戦でした。
 前受けとなったのは佐藤選手。中団が小橋川選手で後方から小林選手。残り2周のホームから小林選手が上昇を開始すると,小橋川選手もこのラインを追って上がっていきました。バックで小林選手が前に出ようとするところ,佐藤選手も踏んで,小林選手は叩けずに後退。インが少しもつれました。打鐘から小橋川選手が外を上がっていくと,佐藤選手が再び踏み出して先行。しかし浦川選手が離れたので,ホームでは小橋川選手が難なく佐藤選手の番手に入り,3番手は内に浦川選手,外に栗原選手で併走。後ろに置かれる形となった小林選手がバックから捲っていくと,前段に取りつきましたが3コーナー過ぎから小橋川選手がこれを牽制気味に発進し,小林選手は一杯。佐藤選手も必死に抵抗しましたが,直線では小橋川選手が抜け出して優勝。小橋川選手マークを外さなかった栗原選手が2着で,佐藤選手は3着でした。
 優勝した千葉の小橋川健一選手は競輪学校87期。まだS級1班に昇格したことがない選手で,S級ではFⅠも含めてこれが初優勝。4車ということで前に踏んでいったところ,うまく佐藤選手の番手に嵌ったという感じで,運がよかった気もしますが,積極性が功を奏したというところでしょうか。
 逆に佐藤選手は別ラインの自力選手に番手に入られるという最悪の展開。ここでは明らかに力量上位でしたがこれでは仕方ないでしょう。地元がついたということで突っ張り先行になったかもしれませんが,自分のことだけでいえば,引いて捲った方がよかったかもしれません。浦山選手はああも簡単に連携を外すようでは,佐藤選手の番手を主張すること自体がどうなのかなという気もします。

 明日はふるさとダービー観音寺が決勝です。並びですが,東は山崎-飯嶋と新田-兵藤の2ラインで,岐阜は加藤-山田,そして渡部-小倉-加倉の西国。加藤選手は自力はないでしょうから実質は3分戦でしょう。一応は小倉選手◎と渡部選手○から考えますが,山崎選手▲や新田選手△のラインでの決着もありそうです。

 これでスピノザの哲学において責任という概念を積極的に抽出してくる場合に生じる難点というのはすべて出揃ったのではないかと思います。しかし僕は一方で,責任というのはこうした仕方でなければ抽出できないと考えていますので,難点そのものについてはそれを解消するつもりはありません。そこでそれをまとめておくことだけしておきます。
 まず,責任というのは,その責任を負うべき人間が,その責任を負うべき行為の原因であったという観点から問われるものではありません。第一部定理三二により,その人間はその行為を自由意志によってなすのではなく,第一部定義七にいう強制によってなすのだからです。さらに責任は,ある損害(害悪)をもたらした原因として問われるのでもなく,むしろ害悪が生じたという観点からのみ問われるのです。これが最初の結果論です。
 次に,第三部定理五一により,責任は一般的な概念ではあり得ません。ですので,法とか道徳といった一般的な基準からは責任を問うということはできないということになります。
 最後に,人間は他者の感情を予測するということができません。したがって,他者に害悪を与えるある行為に,善意が伴っていようと悪意が付随していようと,そうしたこととは無関係に,単に他者が与えられた悲しみの大きさという観点でのみ,責任は問われるということになるのです。これがもうひとつ別の結果論になります。
コメント

ことひき賞&別の結果論

2007-04-20 22:54:31 | 競輪
 ふるさとダービー観音寺の2日目メーンとして行われたことひき賞
 号砲後のスピードがいつも速い池尻選手がSを取って加倉選手の前受け。金子選手が3番手に入り,6番手から兵藤選手,8番手に有坂選手で周回。残り2周のホームで兵藤選手が金子選手の横まで車を上げると,金子選手は下げて両ラインが入れ替わり,3番手に兵藤選手で5番手に金子選手。そのまま打鐘を迎え,ここから金子選手がいよいよ発進。飛びつきを狙って加倉選手も踏みましたが,ここはさすがのダッシュ力で金子選手が前に出ると,このラインの3人がきれいに出きりました。このラインを追った有坂選手がすかさず自力捲り。バックでの加藤選手の牽制をものともせずに捲りきりました。結局,そのまま詰め寄られることもなく有坂選手が1着。少し離されそうになりながらも何とかマークしきった佐々木選手も後ろの追い上げを凌いで2着と,このラインの両車で決まりました。中を伸びた兵藤選手が3着になっています。
 失格にならない限りは全員が準決勝にいけるレースなので,先行一車でもそれほどは激しいレースにならないだろうと考えていて,実際にそんなレースになったのですが,それでも金子選手を自力で捲ってしまった有坂選手の強さには脱帽です。逆に金子選手からするとちょっとショックな結果ではないでしょうか。

 責任という概念は悲しみを与えた原因という意味から発生するのではなく,結果として悲しみを与えたということから発生するというのが,責任という概念をスピノザの哲学において積極的に抽出する場合の結果論であるわけですが,人間はだれも他者の感情を予測することはできないという結論は,もうひとつ別の結果論を生じさせると思います。
 人間はある行為をなす場合に,それが他者に喜びを与えると信じてなす場合もあれば,それが他者に悲しみをもたらすと信じてあえてそれをなす場合もあるわけです。そこで前者を善意による行為,後者を悪意による行為と考えてみます。ところが人間が受動的である以上は人間は他者の喜びと悲しみを確実に知ることはできないわけですので,善意による行為が他者に悲しみを与えるという場合もあり得れば,悪意による行為がかえって他者に喜びをもたらす場合もあり得るわけです。したがって,責任という概念は,善意からなされようと悪意からなされようと,それには関係なく,他者が与えられた悲しみの大きさという観点からしか考えられ得ないことになるのです。
 一般に僕たちは,ある行為がその人の悪意によってなされた場合には,そうでない場合よりも大きな責任が発生するという考え方をするのではないかと思うのですが,この場合には,そうした観点から責任の大きさを規定することはできないのです。
コメント

朝日オープン&感情の予測

2007-04-19 22:10:11 | 将棋
 このブログのスタイルの説明です。
 朝日オープン選手権五番勝負第二局。残念ながら今日はライブ中継で観戦することが少しもできませんでした。
 将棋の方は後手の羽生善治選手権者が横歩取り△8五飛に誘導。その△8五飛(27手目)に先手の阿久津主税五段はすぐに▲3三角成~▲7七桂と対抗しました。中盤が短い傾向にあるこの戦型にしてはここからやや穏やかな進行になったという印象です。
 47手目の▲2五歩にすぐ△2四歩と反発してここから決戦に。先手が飛車銀交換の駒損ではあるもののと金を作ったという局面で指された60手目の△4二金が大悪手。解説にもあるようにここは△1五角ならむしろ後手の方が有望であったかもしれません。詰まない自玉を詰むと錯覚したとのことで,羽生選手権者には珍しいミスだったと思います。
 この将棋は△4二金▲4五角としてから△1五角としたために一気に先手勝勢に。そのまましっかりと押し切って阿久津五段の勝ちとなりました。これで1勝1敗。相手のうっかりに助けられたとはいえますが,阿久津五段が星を五分に戻したことで今後が楽しみになりました。第三局は30日に指されます。
 この将棋は渡辺竜王新聞解説のために現地入り。すでにいくらか見解が示されていますが,ご自身のブログでも何らかの解説があるかもしれません。また,朝日は新聞に掲載された観戦記が後にアップされますので,そちらでも見解が紹介されるものと思います。

 明日はふるさとダービー観音寺が2日目で,ことびき賞がメーンで行われます。ここは金子の先行1車。同じ中部の加藤がつけて岩津が3番手。ほかは有坂-佐々木の東日本,兵藤-諸橋の上越,加倉-池尻の九州。当然ここは金子選手◎が中心。加藤選手○が相手で,有坂選手▲と加倉選手△。

 第三部定理五一はさらに次の結論も導きます。異なる人間が同一の事柄から異なった刺激を受け得るならば,自分がある事柄からある刺激を受けるからといって,他人もそれと同じように刺激されるとは結論できません。むしろ自分を喜ばせるであろうある事柄が,他人を悲しませる場合もあるということになります。実際,親切心によって相手を喜ばせようとしてなしたことが,かえって相手には迷惑であるということは,わりとよくあることではないでしょうか。
 道徳というのは一般に,自分が嫌なことを他人になしてはならないと教えます。しかしこの教えの根底には,自分が嫌だと感じることは他人も嫌だと感じるという前提があります。しかし少なくとも人間の本性というのを受動的に考える場合には,この前提は誤りです。そして前提が誤っているということは第二部定理四〇四つの意味が正しいということからして,この教え自体が誤りであるということになります。この教えが役に立つか役に立たないかというなら役立つことは僕も認めますが,真理か誤謬かと問われるなら明らかに誤謬だと思います。
 人間は受動的である限り,他者の感情の動きを事前に正しく予測することができません。つまり何が他者を悲しませるのかを正確に判断できないのです。したがって第四部定理八により,自分のなすことが他者にとって悪であるかどうかを知り得ないということになるのです。
コメント

マイルグランプリ&責任の一般性

2007-04-18 22:37:04 | 地方競馬
 冷たい雨の中でのレースとなったマイルグランプリ
 好発はサンキューウィン。これに外からナイキアディライトが競りかけ,どちらも譲らずに向正面へ。結果的にナイキアディライトの逃げとなったのですが,前半の800メートルは47秒1。いかに不良馬場とはいえ暴走ともいえるほどのハイペースでこれでは末がもちません。人気どころでは好位に控えていたコアレスタイムが3コーナーから進出。4コーナーではナイキアディライトに並びかけました。そしてこれをマークするように進出してきたのがフジノウェーブで,直線ではこちらがあっさりと抜け出しました。道中は最後方,直線の入口でもまだかなり後ろに位置していたアウスレーゼが大外からコアレスタイムを捕え,ぐんぐんとフジノウェーブを追ってきましたがクビまで迫ったところがゴール。フジノウェーブの優勝となっています。コアレスハンターとチョウサンタイガーにも迫られましたが3着はコアレスタイムが確保。4着にチョウサンタイガー,5着がコアレスハンターで,ナイキアディライトは11着に沈みました。
 優勝したフジノウェーブはこれで10連勝。前走の東京シティ盃に続いて南関東重賞連覇。大井の高橋三郎調教師もそれ以来。鞍上の御神本訓史騎手は前開催の京浜盃も制しています。詰め寄られはしたものの,自ら勝ちにいってのものでまずは危なげない勝利。今後はJRA勢を相手にどこまでやれるかでしょう。
 2着のアウスレーゼは展開が嵌った印象ですが,牝馬戦線では今期も活躍できそうです。
 コアレスタイムはここは適距離より長かったので,こんなペースになるならもう少し控えた方がよかったかもしれません。それでも力は見せてくれたと思います。
 ナイキアディライトは逃げるのがベストではありますが,何もあんなにむきになって競り合うことはなかったのではないかと思います。

 明日は朝日オープン五番勝負の第二局。先手となる阿久津五段の巻き返しに期待したいところです。

 明日から観音寺競輪場でGⅡのふるさとダービーが始まります。山崎選手と有坂選手が中心となりそうです。

 第三部定理五一からによれば,異なった人間が同一の事柄から異なった刺激を受けることができるのですから,ある人間がある事柄によって喜び,また別のある人間がその同じある事柄によって悲しむということがあり得るということになります。また,同じ人間が同じ事柄から,異なったときに異なった仕方で刺激を受けることがあるので,同じ人間が,あるときにはある事柄によって喜んだとしても,また別のときにはその同じ事柄によって逆に悲しむ場合もあり得るということになります。
 そして平行論からの帰結として,善悪というのは喜びと悲しみの感情そのものであるということですから,要するにある事柄が,ある人間にとっては善であるが別の人間にとっては悪であるということもあり得ますし,また,同じ事柄が,ある人間にとってあるときには善であるが別のときには悪であるということもあり得るということになります。
 責任という概念を積極的に抽出する場合には,責任という概念そのもののうちに善悪という価値を含ませるこの方法しかないと僕は考えますが,これでみるとこの方法からは,一般的な意味である行為には責任が伴うということはいえないということになります。ここでは善悪と法というものが無関係であるということを前提としていましたが,実際に法とか道徳というのはある一般的な規定ですので,この考え方ですと,法的責任とか道義的責任というのは,本当は問うことができないようなものだということになります。これはやはり難点のひとつといえるかもしれません。
コメント

武雄記念&第三部定理五一証明

2007-04-17 20:17:32 | 競輪
 ぱらつく雨の中で争われた15日の武雄記念決勝(動画)。
 鈴木選手がSを取って三ツ石選手の前受け。中団に菊地選手,後方から井上選手で周回。残り2周半くらいから井上選手が早めに上昇し,残り2周のホームでは三ツ石選手を抑えました。バックから今度は菊地選手が上昇,井上選手を叩いて前に出ると,三ツ石選手が一気に巻き返し,菊地選手も踏んで先行争いかと思われましたが菊地選手のダッシュに番手の高谷選手が離れてしまったので三ツ石選手が番手に入る形に。さらに三ツ石選手はその勢いで捲りに出ましたがここは菊地選手が頑張って出させません。この争いで前の組は一杯になり,結果的に脚を溜められた斎藤選手が3コーナーから外に持ち出して捲り追い込み。これが決まって優勝。この斎藤選手を追う形になった井上選手が2着で,井上選手マークの大塚選手が中を割って3着でした。
 優勝した山形の斎藤登志信選手は競輪学校80期ですが,デビューが遅かったのですでに34歳。早くから頭角を表した選手でしたが近年は不振で,記念競輪は実に2000年の観音寺記念以来の優勝。S級とA級の2級制になり,記念競輪が1節4日間の開催となった現行制度以降は初めての記念競輪制覇です。まだ一花咲かせられる選手ではないかと思います。なお,斎藤選手は登録地を宮城に変更するとのことで,山形の斎藤選手としては今回がラストになるようです。
 地元地区を率いた井上選手より南関東と連携した三ツ石選手がより積極的なレースをしたという印象で,この動きで展開面で紛れが生じ,やや波瀾の結果になったという印象です。

 明日は大井でマイルグランプリ。ここはナイキアディライト◎とフジノウェーブ○の優勝争いで,コアレスハンター△とコアレスタイム△を含めた4頭での上位争いになりそうです。

 北京オリンピック日本応援競輪も決勝です。自力が5人もいます。並びは予想で,小林-金子の群馬,浦山-川口の東京,小橋川-三住の南関東,増田-栗原の静岡で,佐藤は単騎でしょうか。いずれにせよ佐藤選手◎の力が上。小林選手○と金子選手▲を相手に,川口選手△も絡めて。

 第三部定理五一を証明する鍵となるのは,岩波文庫版のエチカ上巻では113ページの冒頭にあたる第二部の自然学の②の公理一です。ここから,複数の物体が関係し合ってある物体が運動する場合,この運動にはそこで関係し合うすべての物体の本性が含まれるということが理解できます。したがって,ある人間AとBが同一の物体Xと関係し,AとBがそれぞれ何らかの運動をするとしても,Aの運動とBの運動では含まれる本性が異なりますから,異なった人間が同一の物体から異なった刺激を受けることができるということがまず証明されます。
 次に,運動というのは一般的に生じるのではなくて個別的に生じるのですから,Aという人間がXという物体と関係し合ってAがある運動をする場合,この運動にはAの本性とXの本性が含まれているという点では同じですが,含まれる本性の割合というのはその都度異なっている,少なくとも異なる可能性があるということになります。したがって,同一の人間が同一の物体から,異なったときに異なった刺激を受け得るということも証明されるのです。
コメント

北京五輪日本応援競輪&第三部定理五一

2007-04-16 22:05:57 | 競輪
 北京オリンピック日本応援競輪の初日特選
 並びは前予想の通り。前受けとなったのは小林選手で,中団に村上選手,後ろ攻めが飯野選手。残り2周のホームから飯野選手が上昇開始。打鐘で小林選手を抑えると小林選手は飯野選手の番手の佐藤友和選手のインで粘る形。ここからホームにかけて飯野選手が内を開けて流したので小林選手は内から再度出て飯野選手と先行争いをする構え。さらに後方の村上選手も踏み出したので,ホームでは前の3人が先行争いという態勢となり,ごちゃついたために佐藤友和選手と川口選手が落車してしまいました。一番外の村上選手がバックで出きり,番手の一丸選手との争いに。ここは一丸選手が差し切って1着,村上選手が2着で,うまく切り替えて後閑選手が3着になりました。
 飯野選手は後ろが競り合いになったのを気にして流したものと思いますが,躊躇せずにそのまま行ってしまった方が自分にとってもラインにとってもよかったのではないでしょうか。よいタイミングで踏み出した村上選手の判断が光ったレースだったと思います。なお,落車したふたりは明日の準決勝には出場します。

 責任というのは行為の原因に対して発生するのではなく,あるいは行為そのものに対して発生するのでもなく,あくまで行為から生じた結果に対して問われるものであるという結果論は,それ自体では許容することもできるような考え方かもしれません。しかし責任を『エチカ』から積極的に抽出する方法が抱えている難点はこれだけではありません。これについてさらに詳しく考えていくために,第三部定理五一を取り上げることにします。
 「異なった人間が同一の対象から異なった仕方で刺激されることができるし,また同一の人間が同一の対象から異なった時に異なった仕方で刺激されることができる」。
 この定理Propositioの意味にはそんなに問題はないのではないかと思います。
 実は,責任という概念notioが結果論にすぎないということも,部分的にはこの定理から発生していると考えられます。なぜなら,もしもある行為が必然的にnecessario(絶対に)ある他者を悲しませると分かっているならば,たとえばそれを表象するimaginariことによってその行為を避ける,つまりその表象imaginatioがある行為に対する欲望cupiditasへの相反する感情として作用することによって,それをなさないように人間を駆るということもあり得ますが,絶対に他者を悲しませる行為が存在しないということがこの定理のうちには含まれていると考えられるからです。
コメント