スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

日本競輪選手会理事長杯&根拠

2007-06-30 22:34:11 | 競輪
 寛仁親王牌の初日のメーンとして恒例となっている日本競輪選手会理事長杯は,各選手の思惑が絡んであまり例を見ないようなレースになりました。
 小嶋選手がSを取ってそのまま前受け。中団に武田選手で後方が大森選手。33バンクということもありますが,レースは早くも残り3周から動き,まず大森選手の上昇。これに合わせて武田選手が上がっていき,ここは大森選手がやや強引に前に出たのですが,武田選手は引かずに分断を画策。そこで狙われた渡辺一成選手が前に出て先行態勢に入ると,今度は武田選手は山崎選手の内で粘りました。下げてこれを見ていた小嶋選手が残り2周のバックから発進。このカマシが物の見事に決まり,小嶋選手と渡辺晴智選手で早くも後続をぶっちぎってしまいました。渡辺一成選手が第二先行の形となり,番手は残り1周のホーム過ぎで外の山崎選手が確保。しかしすでに前を追う勢いはなく,ゴール寸前で小嶋選手を差した渡辺晴智選手が1着,小嶋選手が2着で,離れた3着に山崎選手でした。
 何かあっけに取られるようなレースでしたが,それでも小嶋選手の強さが目立ちました。逆に明日から大丈夫かと心配してしまうほど。結果的に打鐘前から先行している形でしたので,無風で番手を回ってきた渡辺晴智選手が差したのも当然でしょう。
 武田選手の分断狙い自体は悪くなかったと思いますが,あまりにそれにこだわりすぎてレースになりませんでした。山崎選手は外に浮かされながらもしっかりと競りだけは制し,離されたとはいえある程度は評価できるものと思います。

 引き続き明日はローズカップ。並びは山崎-伏見-佐藤-有坂の北日本,金子-小嶋の中部に渡辺,残った北津留に兵藤。ここも小嶋選手◎と渡辺選手○でしょうか。金子選手▲の残り目と山崎選手△。

 人間が,個々の物体についてはその十全な観念を有していない場合でも,単に真理一般の性質というのを知っているだけで,個々のどんな混乱した観念についても,それが混乱した観念であるということを認識することによって,誤謬から脱却できることの根拠は,やはり第二部定理四三に求められるのではないかと僕は考えています。
 この定理は,人間の精神のうちにXの真の観念がある場合には,その人間は自分がXの真の観念を有しているということを知ることができるという意味ですが,この定理を神との関連で証明したときに示した,Xの観念とXの観念の観念は同一個体であるということは,真の観念に限らず,観念に一般的な事柄です。ですからXの混乱した観念と,この混乱した観念の観念は同一個体であることになるでしょう。したがって,ある人間の精神のうちに,一般にXの観念があるなら,この人間の精神のうちにはこの観念の観念がある,つまりこの人間は,自分がXの観念を有しているyということを認識できることになると思います。
 このとき,Xの観念が十全な観念であるなら,人間はそれが十全な観念であることを理解し,それが真理であることを疑い得ず,またそれによって真理の性質を知ることになります。しかしXの観念が混乱した観念であるなら,人間の精神はそれと同じことを知ることができませんので,そのことによってその観念が十全な観念ではないということ,つまり混乱した観念であるということを知ることができるのだと,僕は考えています。
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棋聖戦&真理一般による脱却

2007-06-29 22:20:16 | 将棋
 棋聖戦五番勝負第三局は,佐藤康光棋聖の先手で相矢倉・森下システムの戦型になりました。今日は平日ということでネット中継をほとんど見られませんでしたし,また,常々いっていますがプロの矢倉は一手一手の意味が難しすぎますので,端折ります。前半は先手が左辺に手厚く構えて,悪いという感じではありませんので,無理に細い攻めにいったのが問題だったのではないかという気はしますが,見た目ほどには先手がよいという形勢でもなかったのかもしれません。おそらく後手の渡辺明竜王から何らかの解説があると思いますので,そちらを参照してください。
 僕がちゃんと見たのは100手目に△6九角と打ち込んだ局面。しかしここはもう後手の勝ちになっています。▲6八金引に△7八角成と切り,▲同金に△8五銀が好手順。▲3三歩の反撃を放置して,△7六銀▲3二歩成△同飛となった局面は,詰めろが続けばよいので,△6六桂。
 実はこれで程なく終了と思っていたのですが,▲6七角という詰めろ逃れの詰めろがあったのでちょっと驚きました。しかしこれには△7八桂成▲同角に△2八飛と打てば,▲2三角成とはできません。ここで▲5六角打のような手が利けば本当に逆転しそうですが,それは△7九銀で詰んでしまうので▲4六角。これには打ったばかりの飛車を見捨てて△7七歩が好手。取るのは詰みなので仕方のない▲2八角に△7八歩成から再度の△7七歩。ここからは即詰みでした。投了以下,▲7七玉なら△6六金から銀を取って△6八角成で,▲7五玉に8五馬以下の詰め手順は作ったような美しさです。
 これで渡辺竜王がひとつ凌いで1勝2敗。次が先手ですので奪取に視界が開けたといえそうです。第四局は7月6日です。

 明日から前橋競輪場でGⅠ寛仁親王牌。初日の日本競輪選手会理事長杯を予想します。並びは,大森-渡辺一成-山崎-有坂の北日本,武田-神山-兵藤の関東,残った小嶋に渡辺晴智。やはり山崎選手◎と渡辺一成選手○が有利そう。小嶋選手△より武田選手▲という気がします。

 Xの十全な観念が人間の精神のうちにある場合には,いくら同じ人間の精神のうちに混乱した観念が生じることがあっても,このXの十全な観念によって,Xの混乱した観念を十全な観念ではないと認識することができますので,この人間がXについて誤るということはありません。これが十全な観念による人間の精神の誤謬からの脱却ですが,このことから分かるように,真理一般なるものが実は個々の真の観念の総体であるように,誤謬というのは,現実的には個々の誤謬であるといえるわけです。これは,このような意味で人間が誤謬を犯すという場合に,個々の観念,個々の混乱した観念について,それが混乱した観念であるということを認識しないという意味であるということからも明らかであるといえるでしょう。したがって,一口に誤謬からの脱却といっても,現実的に人間にとって問題となってくるのは,いかにしてそうした個々の誤謬から逃れることができるのかということになります。
 人間の精神のうちに,Xの混乱した観念が生じ,かつそのときに,Xについて何の十全な観念もこの人間の精神のうちにない場合でも,もしもその人間が真の観念に共通の性質,すなわち真理一般の性質というものを理解しているのであれば,確かにこの混乱した観念が,真理一般の性質を有さないということを認識することによって,この人間がXについての誤謬から脱却できるであろうということは予測できます。しかしこの予測の正しさを証明するためには,いかにして人間の精神のうちでそれが可能となるのかということを検証してみなくてはならないと思います。
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シルバーレーン&十全な観念による脱却

2007-06-28 21:13:22 | 血統
 NHKマイルカップを勝ったピンクカメオの母系を紹介します。
 この馬の母は1985年にアメリカで産まれたシルバーレーン(5-g)。競走生活を日本で送ったわけでもなく,アメリカとイギリスで繁殖生活をして後の輸入ですので,日本での歴史というのはほとんどない母系です。
 この馬が輸入されたのには理由があります。Nureyevとの間に産まれた1994年産まれの牡馬,すなわちピンクカメオの半兄は,日本人に買われ,輸入されて日本で競走馬として走りました。買ったのはピンクカメオのオーナーと同じ金子真人さん。調教を任されたのもピンクカメオと同じ国枝栄調教師でした。それがブラックホーク。ピンクカメオのように早くから頭角を表したわけではありませんが,5歳の暮れにスプリンターズステークス,7歳の春には安田記念と,大レースを2勝した活躍馬でした。
 イギリス産と日本産という違いはありますが,大レースの勝ち馬を2頭出したわけですので,このシルバーレーンも名繁殖牝馬であると思います。

 明日は棋聖戦五番勝負第三局。先手の佐藤棋聖が勝てば,このタイトル六連覇ということになります。

 もう一度の例に立ち返って考えてみた場合に,たとえ人間の精神mens humanaのうちに,月に関して何らかの十全な観念idea adaequataがあった場合にも,人間の精神による月の表象imaginatioはそれによって変化するわけではありません。つまり人間の精神のうちに月に関するある十全な観念があるかないかには関係なく,自分の身体corpusが月から刺激される限りにおいて,その人間の精神のうちには月の混乱した観念idea inadaequataが生じることになります。しかしもしもこのときに,この人間の精神のうちに,月に関する十全な観念があるという場合には,まさにそのことによって,この人間が,月の表象については,それが十全な観念ではないということ,つまり混乱した観念であるということを同時に認識するでしょうから,この人間の精神の一部が虚偽falsitasによって構成されていることは間違いありませんが,同時に誤謬からの脱却を果たしているということになります。これはおそらくそれ自体で明らかで,とくに説明するまでもないと思います。
 そこでこれを一般的にいうならば,Xについてその十全な観念が人間の精神のうちにある場合には,Xの混乱した観念がその人間の精神のうちに生じたとしても,その混乱した観念が混乱した観念であるということを同時に知ることができるので,Xについて誤るということはないということになります。そこで人間の誤謬errorからの脱却について大きな問題となるのは,そうした十全な観念が人間の精神のうちにないという場合でも,人間の精神のうちに生じる混乱した観念について,それが混乱した観念であるということを,人間は知ることができるのかどうかということになります。
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帝王賞&誤謬からの脱却

2007-06-27 22:12:30 | 地方競馬
 日が沈んでも蒸し暑さの残る大井で行われた今晩の帝王賞
 先手を奪ったのはトーセンジョウオー。前半の1000メートルは61秒5で,これはミドルペースだと思います。
 直線まで先頭で頑張りましたが,4番手のインでレースを進めていたシーキングザダイヤがまず先頭に。しかしこれも直線の半ばでは脚が止まり,後方に近い中団から漸進してきたブルーコンコルドが外から交わして先頭に。そこへ6番手のインに控え,直線もシーキングザダイヤの内に入ったボンネビルレコードが追い上げてきて叩き合いに。結局,ボンネビルレコードがこれを制して優勝しました。ブルーコンコルドが2着で,発走で遅れ,後方3番手からの競馬になったサンライズバッカスは3着まで。
 優勝したボンネビルレコードは2月の金盃以来の勝利で大レースは初優勝。このレースを最後にJRAに移籍しています。的場文男騎手は1997年にこのレースを勝っていますが,中央と地方のレースの格が統一された1999年以降という意味で,大レースは初優勝。堀井雅広調教師は2004年の朝日杯フューチュリティステークス以来の大レース制覇。この馬はかなり後方からレースを進めて,よく伸びたが届かずというレースを続けていただけに,今日はわりと前についていくことができたのが勝因でしょう。こういったレースができるのであれば,もっと活躍できるのではないかと思います。JRAへの移籍も成功したといえるのでしょう。
 ブルーコンコルドはペースを考えると少し位置が後ろ過ぎたという気もしないではありませんが,最後になってやや伸びを欠いたのは,やはり本質的には距離が長いからではないかと思います。また,過去の戦績から考えると,この馬は寒い時期の方が体調を上げやすいのかもしれません。

 人間の精神を構成している多くの観念は,混乱した観念であると考えられます。そして第四部定理一により,人間の精神のうちにXの真の観念があるというだけでは,人間がXを表象するということ,つまり,人間がXの混乱した観念を有するということから逃れることはできません。しかし,これは人間が誤謬を免れ得ないという意味ではないのです。なぜなら,第二部定理三五により,そのことばの厳密な意味においては,虚偽と誤謬とは異なるものだからです。
 混乱した観念が混乱した観念であるという認識,混乱した観念が十全な観念ではないという認識が欠如している場合にのみ,虚偽は誤謬であるということができます。第二部定理三三により,人間は混乱した観念に注目するというだけではそれが混乱した観念であるということも,また真理というのがどういう性質であるのかということも知ることはできません。しかし僕たちの精神のうちにたったひとつの真の観念があることによって,僕たちは真理一般の性質を認識することができます。そしてこれによって,混乱した観念が十全な観念ではないということを知ることができるのです。そのたったひとつの真の観念の認識というのは現に人間の精神のうちにあるといえるものです。人間が虚偽からは逃れられ得ないにも関わらず,誤謬からは脱却することができるのは,このことに依拠しているといえるのではないかと思います。
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アメリカ遠征展望&真理の規範

2007-06-26 22:01:47 | 海外競馬
 昨日,日本の馬4頭が成田からアメリカに向けて旅立ち,日本時間の今日,無事に到着しました。出走するのは西海岸のハリウッドパーク競馬場で行われる2レース。ひとつが昨年はダンスインザムードが勝ち,今年からGⅡに格上げとなったキャッシュコールマイル(現地時間6日夜,日本時間7日午後)で,もうひとつが昨年はアサヒライジングが2着,一昨年はシーザリオが勝ったアメリカンオークスGⅠ(現地時間7日午後,日本時間8日朝)です。出走する馬を紹介し,ちょっとだけ展望しておきます。
 キャッシュコールマイルに3頭。今年の京都牝馬ステークスを圧勝したディアデラノビア,先月のヴィクトリアマイルを勝ったコイウタ,そして昨年の桜花賞を勝っているキストゥへヴン。アメリカの芝競馬というのはそうもレベルが高くありませんので,ダンスインザムード級の馬ならかなりの確率で勝てますが,この3頭はそこまでの力量はありません。ただ,勝機はあるでしょう。ここでは,名前を挙げた順にチャンスが高いと展望しておきます。
 アメリカンオークスにはオークスを勝ったローブデコルテ。これは相手関係によりますが,今年の日本の3歳牝馬のレベルを考えると,キャッシュコールマイルよりさらに勝機は大きそうです。小回りの競馬場ですので乗り方はひとつの鍵になるでしょう。
 これらふたつのレースの結果についてはまとめてエントリーします。早くて7月8日になります。

 明日は大井で帝王賞。ここはJRA勢が強力で,大方はブルーコンコルド◎,サンライズバッカス○,シーキングザダイヤ▲の三つ巴。どれかが崩れた場合の3着候補としてアウスレーゼ△を挙げておきます。

 人間の精神のうちには真の観念がありますから,人間は真理一般というものがどういうものであるのかということを認識することができるわけです。ところで,真理一般を認識できるということは,同時に,真理ではないもの,あるいは真理に反するようなものも認識することができるということを意味します。これは,たとえば,真理と真理でないものとが混在する場合に,真理一般を認識するならその中から真理だけを抽出することができ,したがって残ったものについては真理ではないと認識できるということ,あるいはこれを逆に考えて,真理と非真理が混在している場合に,それらを分別できなければ真理のみをそこから抽出できず,真理だけを抽出できないのであれば,真理一般を確実に認識していることにはならないということから明らかであるといえると思います。
 そして,真理に反するものというのはもちろん虚偽です。したがって,人間をして真理を虚偽から区別させるものは,実は真理自身である,つまり人間にとって真理の規範とは真理そのものであるといえます。真理=真の観念だけが,真理の何たるかと虚偽の何たるかを人間自身に教え,真理を虚偽から区別させます。虚偽は,真理の性質を人間に教えないばかりではなく,虚偽自身の性質も人間に教えることはないのです。つまり僕たちが真理というものに一般的に含まれる性質を理解しているのは,僕たちの精神のうちに何らかの真の観念が現実的に存在しているということを意味しているのです。
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別府記念&真理の認識

2007-06-25 20:32:26 | 競輪
 昨日の別府記念の決勝。やはり動画がありませんので,記事を元にした回顧です。
 前受けとなった金子選手を,後方から3番手に上がった北津留選手が打鐘から追って先行争い。ダッシュ力でこれを金子選手が制して突っ張り先行。小野選手はこのラインの3番手にスイッチ。バックから浜田選手が発進も,3コーナーで小野選手に合わせられて一杯。小野選手も木本選手の牽制で行ききれず,この牽制のために開いた金子選手と木本選手の間を伸びた井上選手が伸びて優勝しました。浜田選手に勢いをもらった関東勢が外から踏み込み,神山選手が2着で3着にも小橋選手。
 優勝した長崎の井上昌己選手は,昨年のオールスターを勝っていますが,記念競輪はこれが初優勝。今回は完全優勝ということで,調子もよかったようです。自力選手ですが3番手から2勝ということで,展開に恵まれた部分があったのも事実でしょうが,こういう形でも勝って形を残したのは,今後の並びということを考えると意外と大きかったのではないかと思います。

 人間の精神のうちにたったひとつでも真の観念がありさえすれば,その人間は真理一般というのがどういうものであるのかということを認識することができるわけですが,このことは必ずしも,人間というのが一般的に真理の何たるかを確実に知ることができるということを意味しているというわけではありません。なぜならそれ自体で明らかだと思いますが,このことのうちには,人間の精神のうちには真の観念があるということが含まれているというわけではないからです。そこで,一般に人間の精神のうちには,ひとつでよいので真の観念があるのかどうかということが問題になってくると思います。
 もしもこのブログを通読されているならお気付きかと思いますが,このことは共通概念という別の観点からすでに解決されています。つまり,共通概念というのは十全な観念・真の観念ですが,第二部定理三八により,人間の精神のうちには最も一般性が高い共通概念=十全な観念・真の観念が存在するということになっています。すべての物体に共通である事柄は,人間の身体が外部の物体と関係しさえすればその人間の精神のうちに生じますから,このことは,僕がこの定理を証明した方法からさらに明らかであると思います。
 よって,人間の精神のうちには,少なくともひとつの真の観念があるということについては,これで問題がないであろうと考えます。したがって,人間は現実的に,真理一般というのがどういった性質を帯びているのかということを理解すると結論し,これを前提に考察を続けることとします。
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宝塚記念&真理一般

2007-06-24 23:27:02 | 中央競馬
 このレース史上最高といっていいメンバーでのレースとなった宝塚記念。残念ながら雨に祟られ稍重馬場での競馬となってしまいました。
 5年前のこのレースで逃げてあわやという場面を作ったローエングリンの先導。前半の1000メートルは57秒5でこれは超ハイペース。これをカワカミプリンセスが早めに動いて直線先頭。いつもより後ろからのレースだったメイショウサムソンがこれを交わして先頭に立つと,その外からこれをマークするようにレースを進めていたアドマイヤムーンが追いすがり,最後は交わして優勝しました。メイショウサムソンが2着で,アドマイヤムーンをマークする形となったポップロックはやや伸びあぐねて3着まで。
 優勝したアドマイヤムーンはドバイデューティーフリー以来の大レース2勝目。松田博資調教師もそれ以来の大レース優勝で,岩田康誠騎手は昨年のメルボルンカップ以来の大レース制覇。やや展開に恵まれた部分があったことは確かなのですが,このメンバーで勝ったわけですから,現在の日本の最強馬はこの馬といっていいと思います。体を合わせると強いメイショウサムソンに,並ばずに少し離した,この馬には初騎乗となった岩田騎手の騎乗も見事。アドマイヤ~というのは近藤利一オーナーの所有ですが,皐月賞とクイーンエリザベスⅡ世カップでの騎乗がオーナーの不評を買い,武豊騎手がこのオーナーの馬に乗らない現状ですので,今後もこのオーナーとのコンビから目が離せそうもありません。
 メイショウサムソンも力は出しています。瞬発力という面で,アドマイヤムーンと少しの差があるようですが,今後もレースで大崩れしてしまうことはないように思います。
 ポップロックはマークしていった相手に突き放されていますので,はっきりとした能力の差があると考えていいでしょう。ただし,この馬はもう少し距離があった方がいいのも事実です。
 期待したウオッカは揉まれて掛かってで8着。しかも今日は馬場状態が外有利だったところで2番枠。道中もずっと内を回らざるを得ず,仕方のない結果といえそうです。しかし今後の巻き返しは当然期待できるでしょう。
 ダイワメジャーは12着。いかに距離が長いとはいえこれは負け過ぎで,16キロの体重減が響いたものと思われます。

 真理というのが一般的に何を意味するのかということを考えると,これは個別の真理の総体,あるいは,各々の真理というものすべてに共通して備わっている性質のようなものであるといえるのではないかと思います。つまり,無限に多く存在する各々の個物には,そのすべてにそれに固有の真理があるわけですが,それが真理といわれるからには,それらにはある共通の性質というものが備わっていて,それら無限に多くの個物の真理の総体こそ,真理一般であると考えられるわけです。なお,僕は各々の真理には,こうしたある共通の性質が備わっているために,スピノザのいう第三種の認識,すなわち直観的認識というものが人間に可能になっていると考えています。ただ,これはここでのテーマとかけ離れるのでこれ以上の説明は避けます。
 ところで,人間がある特定の事物についてその真理を知るというのは,取りも直さずその事物の真の観念を有するということにほかなりません。そして第二部定理四三により,僕たちはそうした真の観念を有するなら,それを有しているということも知ることになりますから,そのことについては疑い得ないということになります。
 そこで,その真の観念に真理に共通の性質というものが備わっているのだとしたら,人間は,ある真の観念を少なくともひとつ有するだけで,真理一般の性質についてたちどころに理解するということになります。つまり,僕たちが真理一般というものがどういうものであるのかということを知るためには,人間の精神のうちに,たったひとつの真の観念があるというだけで十分であるといえるだろうと思います。
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棋聖戦&神との関連

2007-06-23 22:35:16 | 将棋
 棋聖戦五番勝負第二局は,後手の佐藤康光棋聖の構想力が光る将棋となり,結果的には快勝となりました。
 戦型は後手の一手損角換り。先手の渡辺明竜王の早繰り銀に対して右玉に構えました。これは佐藤棋聖がやってみたかった作戦とのこと。右玉はただでさえ薄いのですが,この将棋は38手目に△6二玉と作戦を明示した時点では金銀三枚が左にいますので通常よりさらに薄く,どうなのかと思わせました。
 今日も私用があって途中からの観戦。49手目に▲3七桂と跳ねたあたりからでしたが,結果から類推すると,ここではすでに後手がうまくやっているのだと思います。渡辺竜王は46手目の△4六歩で苦戦を悟ったそうで,佐藤棋聖はこの時点では自信がなかったようですが,皮肉にも渡辺竜王の大局観が勝っていたのかもしれません。たぶん先手にまずいところがあったとすれば,序盤から中盤の早い段階だったと推定できます(渡辺竜王の解説だと,そもそも早繰り銀に対して右玉にするのが優秀のようです。これが本当だと,今後は早繰り銀をやる場合にはこの対策が必要で,もしかすると減るかもしれません)が,どこだったかは僕にははっきりとは分かりません。
 ここで後手が△6五歩から攻撃開始。55手目の▲5七角,57手目の▲6七同金左などは苦心の指し手という感じで,やはり後手が快調といえそうです。
 59手目の▲2四歩を放置して△6五桂▲6六角△4三金と進めたのはおそらく好判断。▲2三歩成は先手としては仕方がないと思うのですが,このために△2七歩が生じ,72手目の△7七桂成までで後手の銀得となり,はっきり優勢になりました。ただし,歩切れですので細かい攻めは効きません。
 75手目の▲4八角には△6四馬と引き上げても十分なのではないかと思ったのですが△同馬▲同金△6四桂。いけるとなればいくのが佐藤流で,これは佐藤棋聖の将棋の魅力のひとつと思います。
 ここで更新が少し滞ったので,渡辺竜王が長考したものと推測します(30分考えたとのことです)。△6四桂はこれしかないという攻めなのですが,どうもこれが振りほどけないようです。そこで▲3三と△同銀▲5五桂と反撃に転じましたが,ここで歩を渡したので86手目△8八歩の軽手が生じました(ここで歩を渡したのはやはり悪く,▲3三とでは▲6八桂と辛抱する方が綾があったようです。ただ,△6四桂▲6八桂というのは部分的には屈服といえますので,後手がよいのは間違いないでしょう)。それでも早逃げから89手目▲9五角の詰めろをかけましたが,これには△7九と▲5九玉と追ってから△5六桂が脱出口を開きつつ攻めの継続を図る一手。ここで▲6七金と寄ったのは根性を見せたと思いますが,△3七角から△5七桂が最後の決め手。102手目の△5七銀成となってははっきりと後手の勝ち。▲3八金打には△4八角成と角の方でいくのが当然ながら明解で,106手目はおそらく△3七金でも後手の勝ちと思いますが,佐藤棋聖は△3七桂の王手飛車を選択。投了の局面からはごく簡単な三手詰みです。
 これで佐藤棋聖の2連勝となり,防衛に王手。渡辺竜王はこれでここのところ5連敗と考えられないような不調ですが,巻き返しの期待される第三局は29日に指されます。

 明日は宝塚記念。胸躍る素晴らしいメンバーになりました。ウオッカ◎を中心に推しますが,これはこの馬にこれからの日本の競馬界を背負っていってほしいという期待込みです。ポップロック○,ダイワメジャー▲,アドマイヤムーン△,メイショウサムソン△といったあたりが強敵ですが,インティライミやアドマイヤフジも買ってみたいです。競馬にはあまり興味がないという方も,このレースだけはぜひご覧になってください。

 別府記念も決勝を迎えます。並びは金子-木本の中部近畿,四国単騎の浜田に神山-小橋-阿部の関東,北津留-小野-井上の九州。小野選手◎と井上選手○が中心になりますが,浜田選手が頑張れば神山選手△と小橋選手の線もあるでしょう。ただ,自力3人の比較からは,金子選手▲に食指をそそられます。

 第二部定理四三はこの方法で十分に証明がされているのですが,やはりこれは人間の精神のうちにある真の観念・十全な観念が問題となっているわけですから,これを神との関連でも調べておくことにします。このときに重要であるのは,一般にXの観念とXの観念の観念というのは,形相的事物としてのXと,その客観的有であるX,すなわちXの観念がそうであるのと同様に,平行論における同一個体の関係にあるということです。これはXの観念とXの観念の観念というのは,当然ながらともに思惟の様態であるわけですが,もしもあるXの観念というのを,ひとつの客観的有としてある形相的な側面から考えた場合には,Xの観念の観念とXの観念との関係は,Xの観念と形相的なXの関係に等しいということから明らかだと思います。
 ところで,この同一個体および平行論は,『エチカ』においては第二部定理七から派生してくるのです。これは直接的には延長の属性と思惟の属性との間の定理ですが,同じことは,観念と観念の観念との間にもいえる筈です。したがって,ある人間精神のうちに真の観念があるというのが,第二部定理一一系の意味により,ある人間の精神の本性を構成する限りで神のうちにある観念があるという意味なら,それと同一個体である真の観念の観念も同じ秩序,すなわち,その人間の本性を構成する限りで神のうちにあることになります。よって,ある人間の精神のうちにある真の観念があるならば,この同じ人間の精神のうちにはその真の観念の観念もあることになり,人間は自分が真の観念を有しているということを知り,このことについては疑い得ないということになるのです。
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いで湯賞&第二部定理四三証明

2007-06-22 23:14:26 | 競輪
 今日は別府記念の2日目優秀としていで湯賞が争われたのですが,これはウェブ上に動画がなく,僕自身もレースを見ていませんので,結果について簡単に触れるだけとします。
 加藤選手が欠場となり,8車で争われました。九州の並びは北津留-小野-井上-池尻であったようで,やや意外な感じですが,小野選手が地元ということでこう落ち着いたということでしょう。このラインが先行,山崎選手の捲りを小野選手が止め,直線は井上選手が伸びて1着,小野選手が2着で北津留選手が3着と,九州勢の上位独占でした。
 山崎選手も明日から腰痛のために欠場ということなので,この九州勢を軸とした優勝争いになりそうです。決勝は明後日ですが,これについても同様の回顧となると思います。

 明日は棋聖戦五番勝負第二局です。第一局を含めてここまで佐藤棋聖の8勝5敗。明日は後手となる佐藤棋聖の作戦が注目されます。

 第二部定理四三は,ある人間の精神のうちにある真の観念・十全な観念が問題となっているわけですから,それがどのように神のうちにある観念と関連しているのかということが重要ですが,これは後回しにして,まずは形式的に次のように証明しておきます。
 ごく一般的に考えたときに,僕たちはもしもあることを知っているならば,それを知っているということを知ることができます。これはとくに証明せずとも,直観的に正しいといえるのではないかと思います。これを観念に関連付けていうなら,ある人間の精神のうちにXの観念があるなら,この同じ人間の精神のうちには,Xの観念の観念もある,少なくともあることができるということです。
 逆に,もしも僕たちがある事柄を知っているということを知るためには,同時に(事前にといってもいいです)その事柄について知っていなければなりません。これも当然だと思います。よって,人間の精神のうちにXの観念の観念があるということは,その人間の精神のうちにXの観念があるということを前提しています。
 つまり,ある人間の精神のうちにある観念があるということは,その観念の観念があるということの,必要条件であるのはもちろん,十分条件も満たすのです。したがって,ある人間の精神のうちにXの真の観念があれば,この人間はその真の観念の観念を有する,すなわち,自分がXに関して真理を知っているということ(Xの真の観念を有していること)を知るわけですから,それについて疑うことができないということになるのです。
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メイショウホムラ&第二部定理四三

2007-06-21 22:49:29 | 名馬
 気温の上昇とともに体調もアップ、見事にかきつばた記念さきたま杯と重賞を連勝したメイショウバトラー。この馬の父,メイショウホムラは,まだ現在のように路線が整備される以前の日本のダート競馬で大活躍をした馬でした。
 父,ブレイヴェストローマンは,芝での大レース勝ち馬も輩出しましたが,とくに日本のダート競馬で成功を収めた種牡馬。日本には~ローマンという名前の活躍馬がわりと多くいますが,その多くはこの馬の産駒です。
 メイショウホムラは2歳の11月にダートでデビュー勝ち。芝で連敗した後,ほぼ1年休養し,ダートに戻って2勝目。その後こつこつと条件戦を戦い抜き,4歳の暮れにオープン入りを果たすと,5歳になって現在のフェブラリーステークスの前身であるフェブラリーハンデで重賞初制覇。当時はダートの重賞はほとんどなかったので,重賞こそこれ1勝ですが,ここからオープン特別を3連勝,芝での敗戦を挟んでさらにダートのオープン特別を勝ち,この年の中央競馬の最優秀ダート馬に選出されました。
 ダートは芝より格が下と考えられていた時代の活躍馬ということもあり,種牡馬としてははっきりマイナー種牡馬。交配相手の質にも量にも恵まれなかったものと思いますが,その中から1頭,これだけの活躍馬を出したというのは立派だと思います。

 明日は別府記念の2日目優秀,いで湯賞が行われます。並びは山崎-神山-兵藤の東日本は間違いないところで,加藤-富永の中部はこの並びで自在戦でしょう。九州が4人いて,結束するなら北津留-井上-小野-池尻と思いますが,北津留-池尻の福岡と井上-小野で別線ということもありそう。ということで予想は控えることにします。

 第二部定理三三にあるように,混乱した観念idea inadaequataとはいっても,その観念自体のうちに積極的に虚偽falsitasを構成するという要素がないのであれば,どんな知性intellectusも,それに注目するというだけでは,真理veritasの何たるかを知り得ないのは当然としても,虚偽の何たるかさえ知ることができないということになると思います。しかしこのことは逆に,もしも知性に,真理というのが一般的にどういうものであるのか,またその真理に対立する意味での虚偽とは何であるのかということを教えるものがあるとすれば,それは十全な観念idea adaequata,真の観念idea veraであるということを推測させます。つまりある人間についてこれをいうならば,この人間に,真理と虚偽との間にある相違,また,真理を虚偽から分かたせるものは,この人間のうちにある十全な観念・真の観念なのであって,混乱した観念はこうしたことにはまったく役に立たないということが推測できるわけです。
 そこで今度は,この推測が正しいということを,『エチカ』に訴えて考えていく必要があります。そのためにまず,第二部定理四三から始めていくことにします。
 「真の観念を有する者は,同時に,自分が真の観念を有することを知り,かつそのことの真理を疑うことができない」。
 これはあまりにも当然のことをいっている定理Propositioだと思えますが,なぜ真の観念を有することで,僕たちが一般に真理と虚偽とをはじめて区別することができるのかということを論理的に検証するためには,外せない定理であると思います。
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高松記念&混乱した観念

2007-06-20 22:43:20 | 競輪
 昨日の高松記念の決勝(動画)は,各車が出渋る牽制気味の発走になりました。
 結局は渡部選手がSを取って前受け。中団が伏見選手で後方から田中選手。残り2周のホームで田中選手が上昇を開始すると伏見選手もこれに合わせて上昇。1コーナーで田中選手が渡部選手を叩くと,伏見選手は下げずに分断狙いの番手戦にいきました。荒井選手は自ら引くような形となり,打鐘過ぎには伏見選手が番手を奪って田中選手の先行。残り1周のホームから渡部選手の巻き返し。これに対して車間を開けていた伏見選手がうまく対応し,バックに入ってから番手捲りを敢行。これが決まって伏見選手と番手の手島選手の争いとなり,ゴール前で伏見選手を差した手島選手の優勝。伏見選手が2着で,3番手の広川選手が内へいったので,渡部選手の番手から手島選手を追うような形となった香川選手が3着に入りました。
 優勝した群馬の手島慶介選手は4月の西武園記念に続いて早くも今年3度目の記念競輪優勝。昨年までの通算で3度しか優勝していなかったわけですので,いかに力をつけてから,安定して走れているかが分かります。ただし,ここはたぶんに展開に恵まれたといえるでしょう。この選手も目指すはGⅠ制覇ということになります。
 当地三連覇こそならなかった2着の伏見選手ですが,番手戦を挑み,うまく奪取して,渡部選手に合わせて自力発進したもので,さすがの力は見せてくれたと思います。

 明日からは別府記念になります。ここはやはり山崎選手が中心でしょうか。

 第二部定理一七やその,また第二部定理一九などから,人間の精神を現実的に構成している観念の多くは,人間精神の表象による混乱した観念であると考えられるわけです。一方で,この第二部定理三三の証明は,それ自体では,虚偽とされる混乱した観念について,それはであると主張しているようにみえますので,何か齟齬を来していると思われるかもしれません。そこでこれについての僕の考え方を説明しておきます。
 まず,混乱した観念とは虚偽であって,虚偽は真理が有であるのに対して無ですから,本来は混乱した観念があるといういい方はおかしいのです。これは,第二部定理七系の意味からして,神のうちにある観念がすべて十全な観念であるのに対し,第一部定理一五によれば,どんな観念も神がなくてはあることができないので,混乱した観念はあることができないというようにも証明できると思います。
 ここで重要になってくるのが第二部定理一一系の意味であって,人間の精神がある事物についてそれを混乱して認識する,つまりそうした事物の混乱した観念がこの人間の精神の一部を構成するというのは,この人間の精神の本性を構成するとともに,ほかのものの観念を有する限りで神のうちにその観念があるという意味なのです。この神のうちにある観念は,定理七系により十全な観念です。したがってこの場合には,この人間の精神のうちにある混乱した観念についても,それがあるということが可能でしょう。つまり,人間の精神のうちにXの混乱した観念があるというのは,神のうちにXの十全な観念があるという意味であって,その場合には有であるということになります。僕が考えるに,第二部定理三三というのは,神のうちにある観念一般の側からではなく,ある特定の観念の側からこうしたことをいっているのだと思います。
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グランドマイラーズ&第二部定理三三証明

2007-06-19 22:12:24 | 地方競馬
 今年からこの時期に移行し,夕刻の船橋で行われた第10回グランドマイラーズ
 予想通りにナイキアディライトの先制。ベルモントソレイユがこれを追い,やや離れてブルーローレンス。その後ろもまた少し離れるという展開になりました。前半の800メートルは48秒4で,ペースとしてはハイペースに該当するでしょうが,それほど厳しいとはいえなかったと思います。
 3コーナー過ぎから直線の入口にかけてブルーローレンスが一気に上昇,ベルモントソレイユを交わしてナイキアディライトに並び掛けたのですが,この時点でナイキアディライトはまだ持ったまま。十分に引き付けてから追い出すと,あっさりと引き離し,4馬身の差をつけて優勝しました。ブルーローレンスが2着で,中団から伸びたトロットテイオーが3着。
 優勝したナイキアディライトは昨年の埼玉新聞杯以来の南関東重賞制覇。かつて重賞でも好走していた当時の力はないと思いますが,それでもここでは能力上位で,順当な勝利といえるでしょう。鞍上は内田博幸騎手。
 ブルーローレンスは一旦は東海に移籍していてここは南関東復帰初戦。距離に限界があるタイプと思いますが,このくらいの距離までであればまだまだ活躍できそうです。
 不可解なのがコアレスタイム。スプリンターで1600メートルでもベストより長いのは事実ですが,能力は上位の筈で,この最下位入線は考えられません。何かあったのではないかと心配です。

 第二部定理三三は,次のような背理法によって証明することができます。
 仮に,それ自体で積極的に虚偽を構成するようなある観念があるとします。第二部定理三二により,神のうちにある観念はすべて積極的に真理を構成することになるので,この観念は神のうちにあることはできません。しかし,第一部定理一五により,神なしには何もあることができないのですから,こうした観念が神の外にあるということもできないでしょう。したがって,それ自体で積極的に虚偽を形成するような観念は,存在することができないということになります。
 しかしこのことは,僕が考えているように,真理と虚偽との関係は,有と無の関係に相応するということに注意すれば,それ自体で明らかだといえます。なぜなら,積極的に虚偽を構成するような観念というのは,この場合には実在的な意味においてそれ自体で無であるということになるからです。よってこのことから,虚偽を構成するような観念が存在すると主張することは,無であるところのものが実在する,あるいは無であるものが実在し得るといっていることになり,これは要するに,無は有である,すなわち虚偽は真理であるという主張に等しいのですから,それ自体で不条理であるということは明白ではないかと思います。
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名人戦&第二部定理三三

2007-06-18 22:40:33 | 将棋
 14日と15日に指された名人戦七番勝負第六局は,将棋というゲームに含まれている恐ろしさをまざまざと知らしめるような一局となりました。
 先手が森内俊之名人,後手が郷田真隆九段で,第二局,第四局と同様の相矢倉。角交換となって先手が先に打ち込み,先に馬を作り,戦いが始まってからは終始先手がリードする形で進んでいきました。
 94手目△1九龍。▲3二と△同金▲5五角のような手があるのでどうかと思うのですが,将来,玉が逃げ出した際などには,この香車を排除しておかなければならないという判断があったのかもしれません。
 ここから将棋は▲4五桂△同歩▲3二と△同金となったので,次の▲5五角が王手飛車の上に龍取りとなり,△3三銀▲1九角と進みました。実はこの手順が謎でした。▲4五桂には△同歩ではなく▲4二金があるように思えたからです。僕には分からなかったのでLogical Spaceさんにも教えて頂きました。まず△4二金には▲6四角などもあると思いますがただですので普通は▲同馬でしょう。ここで△3二金打と打ってしまっては,反撃の含みがないので後手は△3二金と引いて頑張りたいですが,普通に▲同馬△同玉▲5三桂成とされると,どうも後手は金を受けに使わざるを得なくなるようです。実戦の手順は,手数を伸ばすだけであってもすぐには投了しないというような意図があったと思われますが,1九の龍をただで取られてしまいましたので,逆転の綾が皆無と思えるような大差になりました。
 111手目に▲7三角成と切り,▲2四香から寄せていったのはごつい手順という印象ですがこれでよいのでしょう。121手目から▲2六飛△2五歩▲同飛△1四玉というのも謎で,たとえば▲2六飛△1四玉▲2一飛成と進むなら,ただ一歩を渡すだけですから損です。ただし実戦は飛車が2五に来たので▲3三馬。これが逆転の要因になったのですが,▲3三馬はむしろ好手というべきでしょう。
 詰めろなのでここから後手が王手で反撃。130手目の△5三香には▲3三馬を生かして▲5五金と移動合いをすれば先手の完勝で終っていたと思うのですが▲4七玉。△5八角成▲3八玉に△4六桂と打たれ,大逆転を許してしまいました。投了の局面は▲3五同飛は詰んでしまうので逃げるほかありませんが,△3三桂と馬を抜かれて指す手に窮してしまいます。
 これで3勝3敗の五分になりました。次でもし郷田新名人が誕生ということになれば,この一局は後々まで語り継がれる大逆転ということになるでしょう。

 明日は船橋でグランドマイラーズ。薄暮開催で6時半の発走です。ここはナイキアディライト◎とコアレスタイム○の争いとみます。ほかではブルーローレンス△,グリンセレブ△,ベルモントソレイユ△。

 高松記念も決勝です。並びは伏見に手島ー広川の関東,渡部ー香川の四国に飯田,田中ー荒井の九州に金田で3分戦。ここは荒井選手◎が有利でしょう。順当なら相手も金田選手○。渡部選手△の捲りもありますが,うまく分断できれば伏見選手▲と手島選手△。

 第二部定理三五でいわれている混乱した観念が含む認識の欠如について,その欠如している認識が,具体的には,それが混乱した観念であるという認識,あるいはそれが十全な観念ではないという認識であるとするならば,この認識が欠如しているという理由によって,はじめて人間は誤謬を犯すということになるわけですから,人間が誤謬から免れるためには,いかにして混乱した観念を混乱した観念であると認識することができるか,つまり,虚偽を虚偽として認識できるのか,いい換えれば,人間はいかにして虚偽と真理とを分かつことができるのかということが問題になってきます。
 これについては,混乱した観念,あるいは十全な観念であろうと混乱した観念であろうと,観念というものが一般的に有している性質というのを検討してみるために,第二部定理三三からみていくことにします。
 「観念の中にはそれを虚偽と言わしめるような積極的なものは何も存しない」。
 この定理の意味については問題ないでしょう。しかし,もしも本当にあらゆる観念の中に,それを虚偽というだけの積極的なものが何もないのだとしたら,少なくとも知性は,ある混乱した観念に注目するというだけでは,それが混乱した観念であるということを認識することはできないということになるように思われます。
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チータカカップ&欠如している認識

2007-06-17 22:31:59 | 競輪
 高松記念2日目優秀のチータカカップ(動画)。
 唯一3車となった荒井選手の前受け。4番手に渡部選手,6番手に伏見選手,8番手から矢口選手で周回。残り2周のホームから矢口選手が上昇を開始すると,伏見選手がこれに合わせてその内から上昇。バックでは伏見選手が一旦は荒井選手を抑えたのですが,荒井選手は引かずに打鐘あたりでインから盛り返し,再び先頭に立ちました。後方でこれを見ていた矢口選手が一気に発進。渡部選手もこのラインに乗って荒井選手を叩き,残り1周のホームは矢口ー手島ー渡部ー西郷ー荒井ー加倉ー玉木ー伏見ー紺野の一本棒で通過。バックから渡部選手が先捲りし,矢口選手を捲りきると,手島選手が西郷選手をどかしてスイッチ。迫りましたが渡部選手が振りきって1着。手島選手が2着で,捲り追い込んだ荒井選手が3着でした。
 今日は渡部選手がうまく先行する群馬ラインの3番手に入れたことが第一の勝因。往々にしてこういう場合,後ろを気にしすぎてしまうことがあるのですが,関係なしに自分のいけるところから先に出ていった積極性が第二の勝因。今日のレース振りには文句のつけようがないと思います。

 残る問題は,第二部定理三五で,誤謬が混乱した観念が含む認識の欠乏であるといわれているときに,それではそこで欠如しているとされている認識とは,具体的には一体どういう類の認識なのかということになると思います。そしてこれについてのヒントは,ここでテーマとして設定している第二部定理一七備考の一文の中に含まれていると僕は考えています。
 まずはこれがどういうことかを説明しておきましょう。この一文においてスピノザは,人間にとって事物を表象することは,それが混乱した観念であるということを認識する限りでは(そのものが現実的に存在しないことを知る,とは要するにそういう意味だと解釈できると思います),長所であるといっています。これは逆にいうならば,もしもそういうことを認識しないのであれば,それは欠点であるということを意味するでしょう。したがって,ここで欠如しているといわれている認識とは,それが混乱した観念であるという認識,あるいはそれが十全な観念ではないという認識であるということになると思うのです。
 そしてこれは,次のように考えるなら,納得できるのではないかと思います。僕は虚偽と誤謬とを明確に分けて使うことにしましたが,もしもある人間の精神の一部が虚偽によって構成されているとしても,その人間がそれと同時にそれが虚偽であるということを知っていたとしたら,どうしてその人間が誤っている,間違っているということができるでしょうか。したがって,ある虚偽について,同時にそれが虚偽であることの認識が備わっているならば,その人間は誤っているとはいえません。逆にいえば,ある虚偽と同時に,それが虚偽であるという認識が欠如している場合にのみ,その人間は誤っているということになるのです。
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異色対決&第二部定理三五証明

2007-06-16 21:12:41 | NOAH
 RODがGHCタッグに挑戦したNOAHの横浜大会で,僕が個人的に注目していたのは,グローバルハードコア王者の志賀選手と川畑選手と,前のシリーズでGHCタッグに挑戦した高山選手と杉浦選手のタッグマッチ。これはまったくの異色対決というべきで,カードが発表された段階でかなり驚きました。志賀選手は長期欠場を経験している選手で,欠場以前に高山選手とあたったことはあったかもしれませんが,復帰後はおそらく始めて。川畑選手はNOAHの所属になってからは高山選手と初対戦。ただし,以前に2度ほど戦ったことがあるそうです。
 実力的には高山選手と杉浦選手の方が一枚も二枚も上で,どんな試合になるかまったく想像ができなかったのですが,終始,高山選手と杉浦選手が攻め続けるという一方的な内容になりました。あるいは高山選手と杉浦選手には,自分たちの力からして,こういう試合が組まれること自体への怒りのようなものがあったかもしれません。
 ただ,内容が一方的であったとしても勝敗はまた別であるのはプロレスの魅力のひとつ。この試合も最後の最後で志賀選手が杉浦選手をうまく丸め込み,志賀選手と川畑選手に凱歌が上がりました。この実績をもとに,メーンの後に秋山選手と力皇選手への挑戦を志願していましたが,次期シリーズは力皇選手がヨーロッパ遠征ということで,タイトルマッチは行われないようです。勝ったとはいっても内容が内容ですので,本当に挑戦が実現するかどうかは,ファンがふたりをどこまで評価できるかという点にかかってくるのではないかと思います。

 明日は高松記念2日目優秀のチータカカップ。並びは伏見ー紺野の北日本,矢口ー手島の群馬,渡部ー西郷の西日本,荒井ー加倉の九州に玉木で4分戦。手島選手◎を狙います。渡部選手○,荒井選手▲,伏見選手△の順で。

 第二部定理三五は,スピノザもそうしているように,形式的な方法で証明されます。
 まず,人間というのは身体と精神が合一した存在ですが,このうち,誤りを犯すのは精神であって身体ではありません。これは,誤るというのはある判断に対していわれるのであって,判断するということが思惟作用であるということ自体から自明であるといえるでしょう。したがって,思惟の様態の第一のものは観念であるという第二部公理三から,人間の誤謬とは,人間の精神を現実的に構成しているある観念に関係することになります。
 しかし,第一部公理六によれば,真の観念はその観念された対象と完全に一致するのですから,真の観念,また十全な観念が人間の誤謬と関係するということはあり得ません。したがって,誤謬に関係する人間の精神を現実的に構成するある観念とは,誤った観念,混乱した観念であるということになります。
 最後に,人間があるものについて誤謬を犯すならば,そのあるものについて何らかの知覚(認識)があるということを意味します。これはあるものについて誤る,間違えるということと,あるものについてそれを知らないということが異なるということから,すなわち,誤謬と無知とはことあるということから自明でしょう。したがって,誤謬とは,認識の完全な欠如に関係するのではなく,部分的な欠如に関係します。よって,誤謬というのは,混乱した観念が含む認識の欠如であるということになるのです。
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