スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

フリオーソ&特別乗車券

2018-11-20 19:40:04 | 名馬
 7日の平和賞ヒカリオーソが一杯に逃げ切りました。父はフリオーソです。ふたつ下の半弟に2012年の金盃大井記念,2013年の金盃に勝ったトーセンルーチェ。Furiosoはイタリア語で猛烈に。音楽用語です。
 2歳7月にデビュー。連勝して出走した平和賞は追い込み届かずハナ差で2着。内田博幸騎手に代わった全日本2歳優駿を2馬身差で優勝して大レース制覇。NARグランプリの2歳最優秀馬に選出されました。
 3歳初戦は中央に遠征した共同通信杯。これは1秒差の7着。中舘英二騎手が乗ったスプリングステークスで大敗し,芝のクラシック路線から撤退。内田騎手に戻って羽田盃が3着,東京ダービーは2着。内田騎手が中央馬に騎乗したため今野忠成騎手が乗ったジャパンダートダービーで大レース2勝目。秋は内田騎手に戻ってJBCクラシックヴァーミリアンの2着。ジャパンカップダートはヴァーミリアンの11着と大敗。再び今野騎手が乗った東京大賞典もヴァーミリアンの2着でした。NARグランプリの年度代表馬に。
 4歳初戦の川崎記念は2着。戸崎圭太騎手を主戦に向えたダイオライト記念は5馬身差で圧勝。帝王賞で大レース3勝目。秋は川島正太郎騎手が乗った日本テレビ盃は2着。戸崎騎手と遠征したJBCクラシックはヴァーミリアンの4着でジャパンカップダートカネヒキリの7着。東京大賞典もカネヒキリの5着。この年もNARグランプリの年度代表馬に。
 5歳初戦の川崎記念もカネヒキリの2着。ダイオライト記念は4馬身差で連覇。かしわ記念エスポワールシチーの5着。帝王賞がヴァーミリアンの2着。遠征したブリーダーズゴールドカップは4着。年末の東京大賞典からの復帰で7着と,この年は重賞1勝,大レースは未勝利。NARグランプリも4歳以上最優秀馬に留まりました。
 6歳初戦の川崎記念はミルコ・デムーロ騎手でカネヒキリの2着。戸崎騎手に戻ったダイオライト記念を5着に負けて暗雲が立ち込めましたが,かしわ記念でエスポワールシチーの2着になると帝王賞でカネヒキリを降して大レース4勝目。秋は日本テレビ盃を優勝し,JBCクラシック,東京大賞典と連続2着。NARグランプリの年度代表馬に。
 7歳初戦の川崎記念は圧勝で大レース5勝目。デムーロ騎手で挑んたフェブラリーステークスは猛烈な追い込みで2着。かしわ記念で大レース6勝目をあげました。秋は復帰戦に予定していた日本テレビ盃を競走除外となり,この年は後半は全休。NARグランプリの年度代表馬に。
 8歳初戦の川崎記念が復帰戦となり3着。ダイオライト記念はハイペースに巻き込まれ5着。かしわ記念はエスポワールシチーの2着。ここから休養に入り東京大賞典を引退レースに。これは6着でした。この年は未勝利でしたが他との比較でNARグランプリの4歳以上最優秀牡馬に選出されています。
 地方所属で大レースを勝ちまくった馬は現在のところこの馬で最後。種牡馬としては登録産駒は少なくはないのですが,地区重賞どまりで南関東重賞の勝ち馬も4年目の産駒となるヒカリオーソが初。正念場にあるといえそうです。

 帰宅して午後9時ごろに,Yさんから電話がありました。Yさんは僕が到着する前に見舞いに行っていたのですが,そのことの報告でした。
 8月9日,木曜日。この日は午前中に見舞いに行き,母の隣で昼食を摂りました。これは午後から妹を迎えに行く必要があったからです。ところがこのとき,ひとつの失敗を犯してしまいました。
 横浜市では重度知的障害者に対しては,タクシーの割引券か,バスや地下鉄の特別乗車券のどちらかが支給されることになっています。これは有料ですが,値段はきわめて安価で,タクシーはともかくバスと電車に関しては無料のパスといってもそんなに不適当ではありません。妹はバスを利用しますから,バスの特別乗車券の方を支給してもらっています。これは10月1日から翌年の9月30日まで有効のもので,事前に指定の料金を払えば,郵便局で発行してもらえます。
 このパスは,妹が今の通所施設に通うようになった当初は,送って行った日の朝に,通所施設の職員に渡し,グループホームで管理してもらって,帰って来る日に妹に持たせてもらうようにしてもらっていました。ところがグループホームの利用者の中に,紙を細かく切ってしまうのが好きな人がいて,このパスが切られそうになったという報告がありました。なのでそれ以来,送って行ったら僕が持ち帰り,迎えに行く日に持っていくようにしていたのです。ところがこの日はそれを家に置いてきてしまいました。見舞いに行くということの方に気が回っていて,その後で迎えに行くということを出掛けるときに度忘れしてしまったためだと思います。なので,病院からそのまま通所施設に向かうのではなく,一旦は家に帰らなければなりませんでした。そのため,それまでの同じ日に比べると,病院を早めに出なければならなくなったのです。
 妹はこの後,夏休みに入るのでしばらく家に滞在することになっていました。このために見舞いの回数や時間が減少してしまう可能性がありましたし,緊急時には妹も連れて行く必要があるので,母の臨終に間に合わない可能性もそれだけ高くなっていました。こうしたことを母に聞かせて,病院を出ました。
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キャプテントゥーレ&下血

2018-08-24 19:14:53 | 名馬
 先週の黒潮盃を制したクロスケの父はキャプテントゥーレです。
                                     
 父はアグネスタキオン。母は2001年に阪神牝馬ステークスを勝ったエアトゥーレ。祖母はフランス馬のスキーパラダイスで,この馬は日本に遠征してきた1994年の京王杯スプリングカップを勝っています。
 2歳7月にデビュー。2戦目で勝ち上がるとオープン3着を挟んで4戦目でデイリー杯2歳ステークスを制覇。重賞勝ち馬になりました。朝日杯フューチュリティステークスは3着。
 3歳初戦の弥生賞は4着。続く皐月賞を逃げ切って大レースの勝ち馬に。しかしこの後,長期の休養に入りました。
 復帰戦は4歳8月の関屋記念。これは4着でしたが次の朝日チャレンジカップを制して復活。天皇賞(秋)は大敗でマイルチャンピオンシップは4着でした。
 5歳初戦のアメリカジョッキークラブカップは大敗。マイラーズカップ3着から挑んだ安田記念は7着でした。
 秋は朝日チャレンジカップで復帰して連覇。しかし天皇賞(秋)は前年に続いての大敗に終わりました。
 現役を続行した6歳初戦の中山記念はヴィクトワールピサの2着。大阪杯5着の後,金鯱賞がルーラーシップの3着。クラシックの勝ち馬が出走するような格の重賞ではない七夕賞に回ったので1番人気に推されましたがこれは大敗。そしてこのレースが現役生活の最終戦となりました。
 成績から分かるように大レースの勝ち馬ですが超一流馬とはいえません。本質的にはマイラーだったのではないかと思います。種牡馬として大きな期待はもうかけづらく,たぶんクロスケが代表産駒となるのではないでしょうか。

 2月19日,月曜日。妹を日野の施設まで送りました。
 2月21日,水曜日。の消化器内科の通院に同行しました。
 予約は11時半。僕たちが家を出たのは10時40分で,タクシーがなかなか見つからなかったこともあり,病院に着いたのは11時10分ごろでした。まず中央検査室で採血をして消化器内科の診察室の前まで移動。診察が始まったのは12時20分でした。
 まず主治医に告げられたのは,貧血が極度に進んでいるので,輸血が必要であるということでした。そして僕は知らなかったのですが,母は便に血が混じることがあったようです。つまり下血していて,それが貧血を生じさせている原因ではないかと母は疑っていました。主治医の方は,貧血の原因よりも,下血が生じているということ自体の方が重大であると考えたようです。そこでまず,下血の原因の方を調べるために,CTの検査を行うことになりました。
 今から思えば,このときのCTの検査というのが本当に必要なものであったのか僕には疑問が残っています。たとえばこの検査を行うことによって,下血の原因を特定することができたとして,それに対して何か有効な治療を行うということが,このときの母の体力を考えれば,そもそも可能であったのかどうかも不明ですし,仮に可能であったとして,その治療を行うことが,余命がそう長くないと思えるような末期癌の患者である母にとって,何か意味のある治療であるのかどうかも不明であるからです。ただ,これはあくまでも今にして思えばということであって,このときの主治医にそう指示された時点ではまったく思っていなかったことなので,母も僕も納得して検査を受けました。
 前にもいいましたが,この主治医は僕たちに化学療法を何度も勧めてきたように,余命が限られている患者に対しても治療というものにとても積極的でした。このときの指示も,この主治医のそうした現実的本性actualis essentiaの発現であったのだろうと僕は思っています。というのはこの後で主治医が変わると,対応が大きく変わってきたからです。ただそのことについては,また新しい主治医になってから,詳しく説明することにしましょう。
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キンシャサノキセキ&結果による保証

2018-05-18 19:05:12 | 名馬
 4月30日のかきつばた記念を制したサクセスエナジーの父はキンシャサノキセキです。
 父はフジキセキ。ただしシャトル種牡馬としてオーストラリアに渡っていたときの産駒なので,キンシャサノキセキは日本産ではなくオーストラリア産。輸入されて日本で競走馬になりました。5代母がジョリーザザとローラローラ姉妹の3代母にあたる同一牝系。
 2歳12月にデビュー。新馬と翌年1月のオープンを連勝。重賞初挑戦のアーリントンカップは6着。4月のオープンも4着でしたがNHKマイルカップは3着と善戦しました。
 秋まで休養。10月に復帰した1600万は4着でしたが11月に1600万を勝ち,中1週でマイルチャンピオンシップに挑戦。ダイワメジャーの5着。
 4歳になり京都金杯を6着,阪急杯を4着の後,4月にオープンで3勝目。
 秋のセントウルステークスで復帰し3着。11月にオープンで4勝目。
 5歳になって京都金杯は10着,阪急杯は5着でしたが高松宮記念で2着に入りました。
 7月の函館スプリントステークスで重賞初制覇。キーンランドカップは3着,スプリンターズステークスは2着でした。
 6歳の春はオーシャンステークスが10着,高松宮記念も10着と苦戦。
 秋になってスプリンターズステークスは10着とまた大敗でしたがスワンステークスで重賞2勝目。すると阪神カップも勝って重賞3勝目。
 7歳春にオーシャンステークスを勝って重賞4勝目。続く高松宮記念も勝ち,4連勝で大レース制覇を達成しました。
 秋の復帰戦に予定していたセントウルステークスは出走取消。ぶっつけとなったスプリンターズステークスは香港馬の2着。マイルチャンピオンシップは13着でしたが阪神カップは連覇を達成しました。この年はJRA賞の最優秀短距離馬を受賞。
 8歳になり,オーシャンステークスは2着だったものの高松宮記念は連覇を達成。これで引退となりました。
 南半球産なので9月産まれ。若い頃は素質だけで走っていたもの。それにしても6歳秋以降の本格化は遅い感じも受けますが,たぶんこの馬に適した調教方法というものを陣営もようやく理解し始めたということもあったのではないかと思います。とはいえ高齢まで能力の衰えをみせなかったのは長所のひとつで,種牡馬としての魅力のひとつになるかもしれません。

 ここでもう一度,スピノザが定義Definitioの条件として示している事柄を確認しておきましょう。
 スピノザは定義の目的として,定義されるものが知性intellectusによって十全に認識されること,いい換えれば能動的に認識されることすなわち概念されることに資することをあげていて,かつそれ以外のいかなることにも資する必要はないといっています。だから定義のうちには,それに資することができるのであれば,虚構が含まれていて構わないと解することができるでしょう。そして,円とは一端が固定しもう一端が運動する直線によって形成される図形であるとか,球とは半円が直線部分を軸として一回転することによって形成される図形であるといった定義は,確かに知性が円や球を十全に認識するつまり概念するconcipereために資するのであって,その起成原因causa efficiensの部分は,少なくとも現実的に存在する円や球に対して虚構であって構わないということになるのです。
                                
 したがって,もしこの虚構の部分を,直線とか半円の観念ideaとみなすなら,それは混乱した観念idea inadaequataなのです。直線や半円が円や球の定義のうちに示された運動motusをするということは,それらの十全な観念idea adaequataから帰結しているわけではなく,知性の能動的な肯定という意志作用volitioから発生しているのであり,これは円や球の十全な観念との関係なしには十全adaequatumであるとみなすことができないからです。逆にいえばこのように示されている直線や半円の運動の観念というのは,それが円や球の観念と関係しているとみられるなら混乱した観念ではなく十全な観念です。したがってこれでみれば,起成原因の観念の十全性すなわち真理性を保証しているのは,結果として生じている円や球の十全な観念の方であるという見方をすることも可能でしょう。このために僕は,第四部定理四〇のうち,この定理Propositioそのものに示されていることだけが観念の十全性を保証しているわけではなく,この定理の4つの意味のうちにある,十全な観念は十全な観念だけから生じるということとの組み合わせで,全体の十全性が保証されていると解した方がよいと考えているのです。
 ただし実際には,結果の十全性が原因の十全性を保証するというのとは違っています。
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フサイチパンドラ&観念の観念

2018-04-20 19:16:19 | 名馬
 8日の桜花賞を勝ったアーモンドアイの母はフサイチパンドラです。
 2歳11月のデビューで新馬戦を勝利。そのまま阪神ジュベナイルフィリーズに向かって3着と,高い資質を早々に示しました。しかし年末の500万条件は3着。
 3歳初戦に出走したオープンも6着と敗れましたが2月に500万を勝つとフラワーカップで2着。賞金を加算したことで出走した桜花賞は14着の大敗でしたがオークスでは2着に巻き返しました。
 秋から主戦が角田晃一騎手から福永祐一騎手にスイッチ。初戦はローズステークスで3着。秋華賞も3着。エリザベス女王杯は差がある2着の入線でしたが,1着入線馬が直線での斜行で降着処分を受けたために繰り上がって優勝。思わぬ形で重賞初制覇を決めるとともに大レース制覇を達成しました。現行制度では2着の筈で,幸運だった面もあります。中1周でジャパンカップに進むとディープインパクトの5着と善戦しました。
 4歳初戦に初ダートとなるエンプレス杯を選択して2着。この後,日経賞が9着,マイラーズカップも9着。歩む路線についての試行錯誤があったようです。ヴィクトリアマイルに出走しましたが12着、
 夏は北海道へ。クイーンステークスは5着でしたが藤田伸二騎手にスイッチした札幌記念を逃げ切って重賞2勝目。藤岡佑介騎手でダートのエルムステークスに出走しましたがここは11着と大敗。
 変わったローテーションで連覇を目指したエリザベス女王杯はクリストフ・ルメール騎手が乗って2着。再び藤田騎手の騎乗となったジャパンカップアドマイヤムーンの9着。有馬記念も藤田騎手で登録しましたが出走取消となり,現役を退きました。
 世代的に牝馬のレベルが高かったため,大レースは幸運な形で1勝しただけ。ただ,成績として記録に残っている以上の能力はあった馬だと思います。

 これもスピノザの哲学に特有というわけでなく,哲学全般に妥当することですが,観念ideaは必ず何かの観念であって,何の観念でもない観念というのは存在しません。いい換えれば観念には必ず観念されたものideatumがあります。このことは,自身の精神mensあるいは知性intellectusのうちにある何らかの観念について反省的に考えればだれにでも明らかだと思います。
 ただ,このときにはひとつだけ注意が必要とされます。それは観念されたもの,すなわち観念の対象は,必ずしも精神ないしは知性の外にあるとは限らないということです。
                                
 たとえば僕の手元に岩波文庫版の『エチカ』があるとして,僕がそれがそこにあるということを認識したと,すなわちそれがそこにあるという観念が僕の精神あるいは知性のうちにあると仮定してみましょう。このときに観念されたものは僕の手元にある『エチカ』であって,これはそれ自体で明らかなように僕の精神や知性の外にあるものです。これが,観念の対象が精神あるいは知性の外にあるという場合です。
 しかしこのときに,僕は自分の精神ないしは知性のうちに『エチカ』の観念があるということを認識することができます。他面からいえば,僕は僕の精神あるいは知性のうちに文庫本の『エチカ』の観念があるということを知ることができます。この認識において観念の対象になっているのは僕の精神あるいは知性のうちにある岩波文庫版の『エチカ』の観念なのであり,これは僕の精神ないしは知性の内にあります。したがってこれは観念の対象が精神あるいは知性の外にあるのではなくその内にあるという場合です。
 ごく一般的にいえば,僕たちが何事かについてそれを知っていると認識するときには,自分の精神ないしは知性の内にその何事かの観念があることを認識しているのであり,観念されたものは自分の精神あるいは知性の内にあるその何事かの観念です。こうした観念は観念の観念idea ideaeといわれ,観念の観念の対象は観念であり,それは精神あるいは知性の内にあるものということになります。なお,あることを知っていればそれを知っているということも知ることができるので,この関係は無限に進むことになります。
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ロードカナロア&非礼と不正義

2018-04-13 19:18:57 | 名馬
 鮮烈な末脚で桜花賞を優勝したアーモンドアイの父はロードカナロアです。Kanaloaはハワイの伝説に出てくる神の名前。
 父はキングカメハメハ
 デビューは2歳12月で1200mの新馬を勝利。1月に1600mのオープンで2着。月末の1400mの500万条件は2着でしたが4月に1200mの500万を勝つと5月に1200mのオープンを勝って小休止。
 11月に復帰して古馬相手の1200mのオープンを勝つと月末の京阪杯で重賞初制覇。
 4歳1月にシルクロードステークスを勝って高松宮記念に向いましたがここは3着と,初めて連対を外しました。6月の函館スプリントステークスは2着。
 秋に主戦が福永祐一騎手から岩田康誠騎手にスイッチ。セントウルステークスは2着でしたがスプリンターズステークスをレコードタイムで制して大レース初制覇。そのまま香港スプリントに進むとこれも勝ちました。JRA賞の最優秀短距離馬に。
 5歳初戦は1400mの阪急杯を選択して重賞5勝目。高松宮記念もレコードタイムで制して大レース3勝目。さらに1600mの安田記念に出走すると,3着馬に不利を与えてのものでしたが優勝して大レース4勝目。
 秋は初戦のセントウルステークスで2着となり,連勝こそストップしましたがスプリンターズステークスは連覇。前年同様に香港スプリントに向かうと,これまでで最高といっていいパフォーマンスを発揮して優勝。JRA賞の年度代表馬に選出され,これで引退となりました。
 ほぼ完璧な成績を残した馬で,スプリンターとしては日本競馬史上の最強馬だと思います。短距離やマイルで大レースの勝ち馬が輩出するのは当然だとしても,産駒の距離の守備範囲がどこまで広がるかはひとつの見どころといえるでしょう。

 スピノザの哲学において絶対的に否定される排他的思想を産出しやすい感情affectusのひとつであると僕が考えている憤慨indignatioについては,単に非礼であるということよりも,社会正義に反する感情であるというように第四部付録第二四項には書かれていました。これは,排他的思想を産出する憤慨についていわれているわけではなく,憤慨一般についていわれています。このことの意味を考えておかなければなりません。
                                
 この項は憤慨だけを特定しているわけではなく,憎しみodium一般は端正honestumとは正反対である,すなわち非礼であるということを,僕が抽出した前の部分でいっています。憎しみが非礼であるのは,論理的に示さずとも明白であるといえます。僕たちは憎んでいる相手と友情を結ぼうとは思わないのであり,むしろ友情を結ぶことを拒絶するであろうからです。ですからたとえばAという人間に憤慨すれば,Aと友情を結ぶことは拒絶するでしょう。なので憤慨が一般的に非礼であることには異議は出されない筈です。
 非礼であることは,自然状態status naturalisにおいて非礼であるだけではなく,国家Civitasや社会においても非礼です。これも当然でしょう。自然状態においては憤慨している相手との友情を拒絶するけれど,国家や社会においては友情を結ぼうとすることはあり得ないからです。そして非礼が一般に社会や国家において不正義injustitiaであるのであれば,社会や国家においても憤慨は非礼であるから不正義であるということになります。スピノザがいわんとしていることは基本的にはこれに該当します。すなわち社会正義は非礼であることを否定するといおうとしているのです。
 しかし,スピノザは項では法律lexに言及しています。ということは国家や社会における法は非礼であることを否定していると解さなければなりません。ですがこれを主張することは無理があります。というより,このような主張はスピノザ主義に反する主張であるといえると僕は思います。というのも現実的に存在している人間が,他者に対して憤慨することを禁止するとすれば,それはその人の受動的自由の範疇にある事柄を禁止しているのであり,要するに不可能なことを禁止していることになるからです。
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ローズキングダム&第三部諸感情の定義二七説明

2018-04-09 19:14:16 | 名馬
 先週のクラウンカップを逃げ切ったスプリングマンの父はローズキングダムです。
 父はキングカメハメハ。母は2001年にフィリーズレビュー,2003年にマーメイドステークスを勝ったローズバド。祖母は1995年にデイリー杯3歳ステークスを勝ったロゼカラー
                                     
 2歳10月のデビュー戦でヴィクトワールピサを2着に降して勝利。続く東京スポーツ杯2歳ステークスも勝って重賞ウイナーに。さらに朝日杯フューチュリティステークスも勝って大レース制覇。3戦3勝でこの年のJRA賞の最優秀2歳牡馬に選出されました。
 3歳初戦のスプリングステークスは3着。皐月賞はヴィクトワールピサの4着。ダービーは2着と,好走を続けたものの3歳春は未勝利。
                                     
 夏休みを挟んだ神戸新聞杯で重賞3勝目。菊花賞は2着。ジャパンカップに出走すると2着入線でしたが1着入線馬の降着により繰り上がって優勝。現行制度ではたぶん着順が入れ替わらなかった筈で,これは制度が変わる契機ともなったレース。現行制度には不満をもたれる方が多くいるようですが,僕は前制度より現制度の方がずっと合理的であると考えています。ラッキーな形ではあったかもしれませんが大レース2勝目。有馬記念は出走取消でした。
 重篤な症状であったわけでなく年が明けてすぐに日経新春杯に出走。これはルーラーシップの3着。東日本大震災の影響で阪神での開催となった日経賞も3着。天皇賞(春)で11着と,初の惨敗を喫しました。宝塚記念は持ち直して4着。
 秋初戦の京都大賞典で重賞5勝目。ところがここから天皇賞(秋)が10着,ジャパンカップは9着,有馬記念オルフェーヴルの12着と,大きく崩れ続けてしまいました。
 5歳も現役を続行。大阪杯は4着でしたが天皇賞(春)は15着。安田記念に向かいましたが13着と大敗の連続。
 秋は京都大賞典が6着,ジャパンカップが16着,有馬記念も12着と巻き返しはならず。
 翌年の大阪杯でオルフェーヴルの12着と大敗を喫した後,相手が楽な新潟大賞典に進みましたが11着。ここで現役生活に幕を下ろすことになりました。
 大レースを2勝していますが,トップクラスの能力があった馬というより,それに近い能力があった馬だったと僕は思っています。種牡馬としては重賞の勝ち馬が出るか出ないかといった成績になるのではないでしょうか。

 『エチカ』において非礼の反対の概念notioは端正honestumといわれます。ただ,ここでも注意を要する点があります。
 これは岩波文庫版の訳者である畠中尚志もいっていることですが,『エチカ』でごく全般的に端正といわれる場合,理性ratioに従って生活する人,すなわち自由の人homo liberが賞賛することを意味します。したがってここでは賞賛されることをなした人が,理性に従って能動的にそれをなしたか,そうではなく受動的に強制されてそれをなしたかは問われていません。そして『エチカ』全般においては端正というのは確かにそのような意味を有していると解するのがよいと僕は思います。たとえば第三部諸感情の定義二七の説明の最後の方で次のようにいわれているからです。
 「ある人にとって神聖なことが他の人にとって讀神的であり,またある人にとって端正なことが他の人にとって非礼だからである」。
 この部分は,僕たちがどのように教育されるかによって,何を悔いたり何を誇ったりするかは異なるということを示すために記述されています。ただ,第四部定理三五によって,理性に従う限りでは現実的に存在する人間の本性naturaは一致するのですから,その限りにおいては何が端正であって何が非礼であるのかということも,すべての人間の間で一致しなければなりません。それなのに何が端正であって何が非礼であるのかということについて一致がみられない場合があるということを明らかにこの説明は認めています。よってこれは第三部定理五七の観点からいわれているのであり,端正であるといわれる人が,必ずしも理性に従っているというわけではない,理性に従っている場合もあるでしょうが,そうではない場合も含まれていると解しておくのが適当であると考えるからです。そもそもこの説明は,理性に従う人が何を賞賛するのかということについて,各人は異なった見解opinioを有し得るといっているようなものであり,この前提そのものが,端正とは理性に従うことによってのみ生じ得ることではないということの証明であるように思えるからです。
 しかし一方で,この説明が明らかに端正と非礼を反対概念として扱っていることも明白だといえるでしょう。
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フサイチリシャール&第四部定理五七の意味

2018-02-15 19:21:26 | 名馬
 7日の報知グランプリカップを勝ったリッカルドの父はフサイチリシャールです。
 父はクロフネ。母が1999年にシンザン記念と桜花賞トライアルの4歳牝馬特別,2000年にダービー卿チャレンジトロフィーとマーメイドステークスを勝ったフサイチエアデール。ひとつ上の4分の3姉が2005年にクイーンカップを勝ったライラプス。Richardはブランデーの名前。
 2歳9月にデビュー。新馬は2着で2戦目で初勝利。3戦目にオープンも勝って東京スポーツ杯2歳ステークスをレコードタイムで制して重賞初制覇。さらに朝日杯フューチュリティステークスで大レース制覇を達成。この年のJRA賞の最優秀2歳牡馬に選出されました。
 3歳初戦の共同通信杯はアドマイヤムーンの2着。スプリングステークスも2着で皐月賞は5着。NHKマイルカップが6着でダービーは8着。この春は尻すぼみの戦績でした。
 秋の初戦は神戸新聞杯で4着。ダート路線に切り替え武蔵野ステークスに出走して5着。ジャパンカップダートは13着に大敗。また芝に戻って阪神カップを制しました。
 4歳初戦の京都金杯は13着と謎の大敗。ドバイに向かってダートのゴドルフィンマイルに挑戦するも6着。帰国して出走した京王杯スプリングカップは5着。CBC賞で12着に敗れてこの春のキャンペーンは終了。
 秋の初戦はセントウルステークスで12着。スワンステークスは2着に頑張ったもののマイルチャンピオンシップダイワメジャーの12着。連覇を狙った阪神カップはスズカフェニックスの12着でした。
 5歳初戦は阪急杯で8着。そして出走したのが高松宮記念。個人的に思い出深いレースです。
 関連性などまったくなさそうなのですが,東京スポーツ杯2歳ステークスを好走した馬が高松宮記念に出走すると好走するという傾向があります。そこで僕はこのレースでこの馬を狙いました。直線で先頭に立ち,これは勝ち負けではないかと思ったところで急激に失速。レース直後は非常に不可解な思いだったのですが,レース中に故障を発生したからでした。それがなければ,という思いは10年近くが経過した今でもあります。結果的にこのレースで現役生活を終えることになってしまいました。
 成績だけみると早咲きで,3歳以降は確たる結果を残せなかった馬。2015年産まれの現役馬までは残っていますが,リッカルドが代表産駒になるという可能性が高いのではないかと思います。

 第四部定理五七を解するにあたって注意しておかなければならないのは,高慢superbiaという感情affectusに支配されている人間と,その人を過大に評価する阿諛追従の徒が,別々に存在するとは限らないということです。むしろ同じ人間が,高慢に隷属した人間であり,また阿諛追従の徒であるということもあるのです。
                                
 阿諛追従の徒を,僕は高慢な人物を過大に評価する人間であると解します。ただ,第四部定理五七備考にあるように,他者を過少に評価して相対的に自身を過大に評価している人間も高慢といわれるのと同じで,高慢な人間のことを過大に評価しないにしても,その人が過少に評価している人のことをその人と同じように過少に評価するなら,総体的にはその人を過大に評価していることになりますから,これもまた阿諛追従の徒といわれなければなりません。したがって,Aという人間がXという民族に排他的感情を有することによって排他的思想を有し,このためにXという民族に属する人のことを,その民族の人間であるということを理由として過少に評価するなら,Aという人間は高慢であることになります。このとき,Bという別の人物が,Aと同じような排他的感情および排他的思想を有し,かつAと同じ理由によってXという民族に属する人のことを過少に評価するなら,Bもまた高慢であるといわれますが,同時にこの人はAのことを相対的に過大に評価していることになりますから,Aの阿諛追従の徒であるということにもなります。同じことはAについてもいえるのであって,Aは単に高慢であるだけでなく,Bにとっての阿諛追従の徒であることになるのです。このようにして同じ対象に排他的思想を有する複数の人物は,高慢な人間であると同時に,互いに互いが阿諛追従の徒であることにもなります。そして第四部定理五七により,高慢な人間は阿諛追従の徒のことを愛するのですから,AはBを愛し,BはAを愛するでしょう。一般に排他的思想を有する人は,同じ思想を有する人びとと徒党を組みがちですが,そうなるのにはこのような必然的なメカニズムが働いているといえるでしょう。阿諛追従の徒とは,同志とか仲間という意味でもあるのです。
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エスポワールシチー&アルベルトの場合

2018-01-19 19:31:03 | 名馬
 10日のニューイヤーカップを勝ったヤマノファイトの父はエスポワールシチーです。父はゴールドアリュールチップトップジーゲリンの分枝。祖母の従兄に1986年のJRA賞の最優秀2歳牡馬のゴールドシチーがいます。Espoirはフランス語で希望。
                                
 3歳3月と遅いデビュー。ずっと芝を走り,7月に6戦目で初勝利。芝の1戦を挟んで初ダートとなった8月のレースで7馬身差の圧勝を飾ったのが転機に。ここから1000万,1600万,オープンと4連勝しました。
 初の重賞挑戦となった平安ステークスは2着。フェブラリーステークスの4着を挟んでマーチステークスで重賞初制覇を達成するとかしわ記念も勝って大レース初勝利。ここから南部杯,ジャパンカップダートと勝ってJRA賞の最優秀ダートホースとNARグランプリのダートグレード競走特別賞を受賞。
 翌年はフェブラリーステークス,かしわ記念と勝って大レース5連勝を達成。
 連覇を狙った南部杯は2着。渡米してブリーダーズカップクラシックにチャレンジしましたが11頭立ての10着に大敗しました。前半の成績が評価されJRA賞の最優秀ダートホースを2年連続で受賞。
 立て直して出走した翌年の名古屋大賞典で復活の勝利。しかしかしわ記念は3着,帝王賞は2着。秋初戦の南部杯も4着と3連敗。みやこステークスを制して向ったジャパンカップダートも3着でした。
 7歳になって初戦の平安ステークスは2着。フェブラリーステークスも5着でしたがかしわ記念で久々に大レースを勝利しました。帝王賞は2着,エルムステークスも2着でしたが南部杯で大レース7勝目。しかしジャパンカップダートは10着と崩れ,東京大賞典も5着。この年はNARグランプリのダートグレード競走特別賞を受賞。
 8歳も現役続行。フェブラリーステークス,かしわ記念を連続2着の後,南部杯を優勝。さらにJBCスプリントに出走してこれも勝ち,大レース9勝目。ジャパンカップダートの7着を最後に引退しました。
 途中の落ち込みはありましたがまた復活し,大事に使われたとはいえ息長く活躍した馬です。ゴールドアリュール産駒は種牡馬も少なくなく,配合相手にはそこまで恵まれないかもしれませんが,自身の資質が伝われば,優秀な産駒には長期にわたる活躍を見込めるのではないでしょうか。

 スピノザが受けた害悪はひとつに限定することはできません。ここでは考察の都合上,アルベルトAlbert Burghから受け取った書簡六十七の場合で考えてみます。これは返信である書簡七十六の中で,スピノザが,アルベルトがローマカトリックの奴隷になったのは,神Deusに対する愛amorによるのではなくて,地獄への恐れ,すなわち地獄に対する不安metusないしは恐怖という感情affectusによるものだということが明らかだといっているからです。これは多分に事実であって,不安ないしは恐怖という感情を,排他的思想の根源のひとつとしてみている現在の考察にとって適当です。
 ひとつ注意しておかなければならないのは,アルベルトは地獄に対して不安あるいは恐怖を感じたのであって,それを感じた対象が特定の人間であったり人間集団であったわけではありません。ですがこのような場合でも,この感情は排他的思想の根源になり得るのです。どういう場合になるのかは後の説明から理解してもらえるものと思います。
 アルベルトは,ローマカトリックの信者,第四部定理六三備考のいい方に倣えばそうした迷信家から,地獄への不安あるいは恐怖を植え付けられたのです。ただしこのことが,それ自体で人びとにとっての害悪になったということはできません。というのはアルベルトはその不安あるいは恐怖のゆえに敬虔なpius生活を送るようになったという可能性はあったわけで,その場合には第四部定理五四備考でいわれていることが現実化したことになります。ですが結果としてはこの場合はそうはなりませんでした。アルベルトは,ただスピノザを罵倒するような手紙を送っただけでなく,おそらくスピノザがアウデルケルクAwerkerkで世話になったと思われるコンラート・ブルフをはじめとする家族に多大な迷惑すなわち害悪を及ぼしていました。アルベルトはローマカトリックと出会う前はプロテスタントの信者で,少なくとも家族やスピノザからみれば,改宗する前の方が改宗後よりも敬虔な人物であると認められていた筈です。
 なぜこのような事態になったのかは,具体的には分かりません。ただ,アルベルトにとってはこの不安あるいは恐怖が不要な感情だったことは確かだといえます。
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オルフェーヴル&第四部定理三一系

2017-12-26 19:32:30 | 名馬
 10日の阪神ジュベナイルフィリーズを勝ったラッキーライラックの父はGCカレンダーで第2位,JRA賞で2011年の年度代表馬,2012年2013年の最優秀4歳以上牡馬に選出されたオルフェーヴルです。父がステイゴールドで母の父がメジロマックイーン。3代母がグランマスティーヴンスで4つ上の全兄にJRA賞で2006年の最優秀2歳牡馬,2009年の最優秀4歳以上牡馬に選出されたドリームジャーニー。Orfevreはフランス語で金細工師。
                                
 2歳8月にデビュー。このレースは勝ったもののレース後に暴走して騎手が落馬。この気性面が災いして以降の4戦は勝利をあげることができませんでした。レースを使いながらの教えが実を結んだのが3月のスプリングステークス。東日本大震災の影響で阪神で行われたこのレースで重賞制覇を達成すると,通常より1週遅れて東京で行われた皐月賞で大レースも制覇。そのままダービーも勝ちました。
 秋は復帰戦の神戸新聞杯を勝ち,菊花賞で三冠制覇を達成。さらに古馬との初対戦となった有馬記念も勝って年度代表馬に。
 4歳になり3月の阪神大賞典で復帰。また気性の難しさを出し,レース中に逸走してしまい巻き返すも2着。このために調教試験が必要となり,調整に順調さを欠いた天皇賞(春)は惨敗。しかし宝塚記念は普通に走り,ルーラーシップを2着に斥けて大レース5勝目。
 秋はフランスへ。叩き台のフォワ賞を勝って挑んだ凱旋門賞は楽勝となる筈が自ら勝利を放棄するような形で2着。帰国して出走したジャパンカップは直線で勝ち馬にぶつけられたのを跳ね返せずに2着。これで4歳のキャンペーンを終えました。最優秀4歳以上牡馬に。
 これだけの馬なので引退もあり得ましたが現役を続行。3月に大阪杯を勝ちましたが,これ以降は順調さを欠き春はこの1戦のみ。
 秋は再度フランスへ。この年もフォワ賞は勝ちましたが凱旋門賞はどこかこの馬らしくない優等生的なレースをし,勝ち馬に及ばないという形のレースで2着。この年は帰国後に引退レースとして有馬記念を選択。2着に8馬身差をつけるという圧巻のレースで大レース6勝目をあげ,有終の美を飾りました。
 産駒の勝ち上がり率は現時点ではあまりよくありません。ただ血統的には晩成傾向なので,これから巻き返すこともあり得るでしょう。一方で,凡庸な産駒を多く出す代わりに超一流馬を何頭か出すというタイプの種牡馬になる可能性も否定はできず,産駒の今後の走りに注目です。

 第四部定理七〇備考は,実践を行う者の立場,すなわち自由の人homo liberの立場から記述されていますので,僕もこの観点から説明します。
 自由の人が無知の人を絶対に避けるのではなく,できる限り避けるのは,無知の人間は無知であっても人間であるからでした。それが絶対的な指針ではなくできる限りでの指針と結び付く規準は第四部定理三一にあります。ただし,この定理Propositioは,人間が現実的に存在するという場合だけを想定するならば,単に論理的に真verumであるというだけです。他面からいえば現実的に存在する人間だけを想定していうのであれば,机上の空論であるとさえいっていいでしょう。なぜなら現実的に存在する人間は第四部定理四の意味によって受動passioを免れるということは不可能で,第三部定理五一によって異なった人間は同一のものから異なった働きを受けるpatiことができるのですから,ある人間の現実的本性actualis essentiaと別の人間の現実的本性が完全に一致するということは不可能であるからです。このことはまた第四部定理三三からも明白であるといわなければなりません。ですから現実的に存在するある人間にとって,同様に現実的に存在する別の人間が必然的にnecessario善bonumであるということはあり得ないのです。
 ただし次のことはいえます。もし本性が一致する限りで必然的に善であるなら,本性に一致する部分が大きければ大きいほどより大なる善でしょうし,逆に少なければ少ないほどより大なる悪malumでしょう。それを示しているのが第四部定理三一系です。
 「この帰結として,物は我々の本性とより多く一致するに従ってそれだけ我々にとって有益あるいは善であり,また逆に物は我々にとってより有益であるに従って我々の本性とそれだけ多く一致する,ということになる」。
 帰結事項なので証明Demonstratioはありません。どう帰結するかは僕が示した通りです。また,スピノザはここでは善あるいは有益であることについてしか記述していませんが,善悪は相対的なものなので,善についてこのようないい方が可能であるなら,悪についても僕がいったようないい方が可能であることも明白でしょう。実際にスピノザもこの系Corollariumの後半部分ではそのような言及をしています。
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ルーラーシップ&類比

2017-11-18 19:32:57 | 名馬
 先月の菊花賞を勝ったキセキの父は,キセキと同じように角居勝彦調教師が管理していたルーラーシップです。Rulershipは統治者の位。
                                     
 父がキングカメハメハで母はエアグルーヴパロクサイドシャダイフェザーの分枝です。
 2歳の暮れに新馬戦を勝利。1月のオープン2着を挟んで3月に条件戦で2勝目。毎日杯はダノンシャンティの5着に敗れましたがプリンシパルステークスを勝ってダービーへ。ここは5着でした。
 この後,休養があって復帰は12月。鳴尾記念で重賞初勝利。有馬記念に出走するもヴィクトワールピサの6着。
 年が明けて日経新春杯で重賞2勝目。ドバイに遠征して出走したドバイシーマクラシックは6着。帰国して金鯱賞で重賞3勝目。宝塚記念は5着でした。
 また休養に入り復帰は有馬記念。さすがに人気はありませんでしたが4着と力のあるところはみせてくれました。
 5歳初戦となったアメリカジョッキークラブカップで重賞4勝目。日経賞で3着になった後,香港に遠征してクイーンエリザベスⅡ世カップで大レース制覇を達成しました。帰国して出走した宝塚記念は2着。
 秋は天皇賞,ジャパンカップ,有馬記念と出走していずれも3着。これで現役を引退しました。
 競走生活の中盤あたりから,ひどく出遅れるケースが目立つようになりました。日本で大レースを勝つことができなかったのは,それが大きく影響したといえるでしょう。
 大レースは香港での1勝だけですが,血統が血統だけに種牡馬としての期待は大きいです。キセキの菊花賞は産駒の初の大レース勝ちであると同時に初の重賞制覇でもありました。大レースの勝ち馬が輩出するというのは偉大なことではありますが,僕としては現状はやや物足りなさも感じています。

 ゲーテJohann Wolfgang von Goetheのいう原型がスピノザの形而上学の実体substantiaに該当するのであれば,メタモルフォーゼは様態modiすなわち実体の変状substantiae affectioに該当することになります。そもそも変状というのとメタモルフォーゼというのとは,語のニュアンスとして似通ったところがありますから,単にその点だけを考慮したとしても,このような類比的関係を想定するのに無理があるとはいえないことになろうかと思います。
 したがって,原型というのは,植物学に限定するなら原植物あるいは象徴的植物ということであり,これが前には第三種の認識cognitio tertii generisで認識された植物一般の本性essentiaという形式でスピノザの哲学との関連性を指摘し得たわけですが,この部分では,原型とは,同様に植物学に限定する限りでは,いわば植物実体という実体としてスピノザの哲学に関連し,なおかつメタモルフォーゼというのはその植物実体が変状した個々の植物であるというような形式で,スピノザの哲学と関連しているという仕方で関連性を指摘できるようになっているのです。
 ただし,僕はここでも次のことはいっておきます。ゲーテはシラーとの会話の中で,象徴的植物をスケッチしてみせたのでした。僕はそのとき,精神の眼によって認識される対象を絵として,いい換えれば形状があるものとして描くことができるということについては懐疑的であるといいました。それと同じように,仮にゲーテが植物実体なるものを仮構したとした場合でも,実体なるものをスケッチし得るということについては僕は同様に懐疑的です。端的にいうと,物体corpusというのは形状があるものなのでスケッチすることができるということを僕は認めますが,だからといって物体的実体substantia corporeaなるものをスケッチすることが可能であるとは僕は考えません。これと同じようなことが植物に限定した場合でも成立しなければならないのであって,おおよそ実体として認識されるものをスケッチするということに関して,僕はすべからく懐疑的であるということです。
 それから,この類比に関してはいくつかの注意が必要です。まず第一に,ゲーテが自然は原型とメタモルフォーゼという内的法則によって無限に多くのinfinitaものを産出するといっている点です。
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ダノンシャンティ&2016年12月の通院

2017-09-23 19:09:49 | 名馬
 水曜日のテレ玉杯オーバルスプリントではサイタスリーレッドが重賞初制覇を達成しました。この馬の父がダノンシャンティです。
 父がフジキセキで母はシャンソネット。シャンソネットは種付けをしても産駒を残せず,ダノンシャンティだけが競走馬としてのデビューに至りました。
 デビューは2歳11月。この新馬を勝ってラジオNIKKEI杯2歳ステークスへ。ここはヴィクトワールピサの3着に敗れました。
                                     
 3歳初戦は共同通信杯でこれは2着。3月の毎日杯から安藤勝己騎手が騎乗するようになり,このレースを中団から差し切って重賞初制覇を達成しました。皐月賞はパスしてNHKマイルカップへ。毎日杯が非常に強い内容だったので,よほどのことがない限り負けることはないだろうと思っていましたが,後方3番手から直線一気を決め,レコードタイムで優勝。大レースの勝ち馬に名を連ねました。このままダービーに向かったものの出馬確定後に骨折してしまい取消。距離延長がプラスだったとは思いませんが,出走が叶っていればどれくらい走ることができたのかは分からず,今でも残念です。
 暮れの有馬記念で復帰しましたが休養明けでは厳しくヴィクトワールピサの9着。
 年が明けて京都記念,大阪杯と出走したもののいずれも4着。これで競走生活を終えました。
 一昨年の東京スポーツ杯2歳ステークス,昨年の毎日杯と京都新聞杯を勝った現役のスマートオーディンが現在のところ代表産駒。この馬は昨年のダービーを最後に長期休養に入っていますが,相当の能力があります。サイタスリーレッドは2頭目の重賞勝ち馬ですが,どちらかが大レースを勝つようなことがあってもおかしくないのではないかと思います。

 診察の予約は午後1時でしたが,実際に始まったのは午後1時15分でした。
 HbA1cは6.8%になっていました。これは10月と同じ数値です。この数値であれば何も問題はなく,この日は特別の注意点はありませんでした。また,8月と10月はケトン体が±で,尿からケトン体が出ているという結果になっていたのですが,この日は-に戻っていました。つまりケトン体が検出されなかったということです。どういう理由で出ていたのかは僕には分かっていませんでしたし,それがために特別の対策を立てることもできませんでした。つまりケトン体を出なくするために僕が何か生活上の改善策を講じたというわけではありません。ですが出なくなったわけですからこれはこれでいいのでしょう。現時点まででいえばこの後また1度だけ±という結果が出ているのですが,やはり理由は不明です。
 それからこの日は糖定性が3+となっていました。これは計測したときの血糖値が233㎎/㎗と高めであったからだと思います。ただこれはHbA1cがさほど問題ない値であったということからも分かるように,一時的な現象でした。これも理由は不明ですが,病院で計測する血糖値は高い値となることが多いです。通院の日であるからといって朝食に何かの変化があるわけではありませんから,これは病院に到着するまでの行動が普段と異なっているということが影響しているのだろうと思います。
 いつものように帰途に薬局へ。この日はインスリンも注射針も在庫がありましたので,必要な分のすべてを受け取ることができました。診察がそれまでよりも早い時間であったこともあり,午後2時50分には帰ることができました。
 12月29日,木曜日。この日から妹は冬休みに入りました。僕はこの日は新川崎に出掛けています。
 12月30日,金曜日。母と妹が眼鏡屋に出掛けました。これは作り直した眼鏡の完成品を受け取るためです。この新しい眼鏡は従来のものより度が強くなっています。ただ,妹は僕たちがするような視力検査を普通にすることはできません。それ以外の検査でそうした方がよいという結論になったのだと思います。
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チアズグレイス&個別化

2017-08-21 19:16:13 | 名馬
 17日のブリーダーズゴールドカップマイティティーが勝ちました。この馬の祖母は1997年に産まれたチアズグレイスです。
 2歳の6月に1000mの新馬でデビュー。これを勝ちました。8月に1200mの条件戦に出走して4着。9月に1800mのオープンを勝ちました。そのまま休養して暮れの阪神3歳牝馬ステークスに出走して4着。
 年が明けて1月と2月に牝馬オープンを連続2着。チューリップ賞は1番人気に支持されましたが10着と競走歴で唯一の大敗。これは不良馬場の影響を受けたものと思われます。賞金は確保できていたので桜花賞へ。前走の大敗で人気を落としていましたが先行して抜け出し,優勝しました。そのままオークスに直行。ここも先行して一旦は先頭に立ったのですが,マークしていた同じ厩舎の馬にクビだけ差されて2着でした。
 秋はローズステークスで復帰して5着。秋華賞は4着。その後の活躍も期待されましたが,残念ながらこれで引退となっています。三冠レースでの安定した成績により,この年のJRA賞の最優秀4歳牝馬に選出されました。
 この世代で最も能力の高い牝馬であったかはやや微妙なところも残ります。ただスピード面で優れているところがあり,先行する競馬ができたことが,安定した成績を収める要因となったのではないでしょうか。
 自身の子孫からは2代を経たマイティティーが最初の重賞勝ち馬です。2002年に共同通信杯と毎日杯を勝ったチアズシュタルクはこの馬の全弟です。

 個別化ということで僕が何をいいたいか不分明かもしれないので,まず個物res singularisの本性essentiaが個別化され得るならどう個別化されるかということをいっておきましょう。
 個物の本性はすべての個物に妥当しなければなりません。人間も個物であり馬も個物です。このとき人間の本性と馬の本性は,同じように個物であるからといって同じ本性であるわけではありません。これは自明でしょう。人間も馬も個物なので,個物の本性として含まれていることはすべて人間の本性にも馬の本性にも含まれていなければなりません。つまり人間の本性と馬の本性のうちには,一致する事柄が含まれていなければならないのですが,完全に一致するわけではないのです。このとき,個物の本性は人間の本性と馬の本性に個別化できると僕はいうというように理解してください。
 これと同じことは,個物の現実的本性actualis essentiaの場合にも妥当しなければなりません。人間の現実的本性も馬の現実的本性も,同じように個物の現実的本性ではあり,したがって個物の現実的本性に含まれている事柄はどちらの現実的本性にも含まれているという点で,一致する部分があります。しかし人間の本性と馬の本性が相違するのと同じだけの相違は人間の現実的本性と馬の現実的本性との間にもあるといわなければなりません。つまりここでは個物の現実的本性が,人間の現実的本性と馬の現実的本性とに細分化されていることになります。
 次に,人間の本性はどの人間にあっても同一でなければならず,同様に馬の本性はどの馬にとっても同一でなければなりません。これもそれ自体で明らかです。よって何人の人間が現実的に存在しようとも,すべての人間が同じように人間の本性を有しているのでなければなりません。同様に何頭の馬が現実的に存在したとしても,すべての馬が同じように馬の本性を有しているということになります。
 だから,個物の本性と個物の現実的本性は同じように個別化できるのかといえば,僕はそうではないと思うのです。個物の本性はこれ以上は個別化できないけれども,個物の現実的本性はさらに個別化が可能だと僕にはみえます。なのでこれを考える必要があるのです。
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ヴァーミリアン&現実性の個別化

2017-08-20 19:31:29 | 名馬
 16日のサマーチャンピオンラインシュナイダーが勝ちました。この馬の父はヴァーミリアンです。
                              
 ヴァーミリアンは2002年産まれ。父はエルコンドルパサー。3代母がスカーレットインク。半兄に2005年の東海ステークスとブリーダーズゴールドカップと日本テレビ盃,2008年のマーキュリーカップを勝ったサカラート,3歳下の半弟に2010年のシリウスステークスを勝ったキングスエンブレム,5歳下の半弟に2012年の東海ステークスと日本テレビ盃,2013年のマーキュリーカップを勝ったソリタリーキングがいます。Vermilionは朱色。
 2歳10月に芝の新馬でデビュー。これを勝つとオープンを2戦続けて2着した後,暮れのラジオたんぱ杯2歳ステークスで重賞制覇を達成。この成績ですから翌春はクラシックを目指したもののスプリングステークスは大敗,皐月賞もディープインパクトの12着。京都新聞杯も大敗に終わりました。
 秋は神戸新聞杯で復帰するもディープインパクトの10着。次にダートのオープンに出走すると僅差で勝利。浦和記念に向かって重賞2勝目をあげました。
 4歳初戦の平安ステークスを2着。フェブラリーステークスはカネヒキリの5着でしたが続くダイオライト記念で重賞3勝目。東海ステークスは大敗してしまいました。
 秋はジャパンカップダートで復帰して4着。暮れの名古屋グランプリを制して重賞4勝目。
 5歳初戦の川崎記念で大レース初制覇を達成するとドバイワールドカップに遠征して4着。
 帰国初戦は秋のJBCクラシック。大レース2勝目をあげるとジャパンカップダートをレコードで制し,東京大賞典も優勝と大レースを3連勝。この年のJRA賞の最優秀ダートホースとNARグランプリの特別表彰馬に選出されました。
 連覇を狙った川崎記念は取消。しかしフェブラリーステークスを勝って大レース5勝目。この年もドバイワールドカップに挑戦しましたが12着。
 この年も帰国初戦はJBCクラシックでこれをレコードで勝って大レース6勝目。しかしジャパンカップダートは3着,東京大賞典は2着と,いずれもカネヒキリの後塵を拝しました。
 6歳初戦はフェブラリーステークスで6着。休養して出走した帝王賞は勝って大レース7勝目。
 秋はJBCクラシックからの復帰で三連覇となる大レース8勝目。ですがジャパンカップダートは8着,東京大賞典は2着でした。
 7歳初戦の川崎記念をレコードで勝って大レース9勝目。休養して帝王賞に出走するも9着,また休養して挑んだジャパンカップダートで14着となり,現役を引退しました。
 成績から分かるように,絶対能力ではカネヒキリには劣っていたと思います。ただ丈夫さでは上回っていたといえるでしょう。大レース初制覇となった5歳の川崎記念以降は大レースだけに出走したという稀有な馬です。
 種牡馬としては一昨年のフェアリーステークスを勝っている現役のノットフォーマルがいて,ラインシュナイダーが2頭目の重賞勝ちの産駒になります。

 個物res singularisの現実的本性actualis essentiaについて考える場合には,それを個物の本性と切り離し,単独の現実性として考えなければならない理由はお分かりいただけたと思います。そして第三部定理七は,個物の現実的本性と個物の現実的存在が一致するという意味を含み得るのですから,個物の現実的存在について考える場合にも,単に個物の存在existentiaについて考えるだけでは十分ではないということは同様です。
 『概念と個別性』においては,一般的あるいは普遍的なものからいかにして個別的なものあるいは特殊的なものが帰結するかということが論点のひとつになっていました。この考察もそういう論点のひとつであると考えることができると僕は思っています。河井が朝倉のような問題意識を有しているとは僕は思いませんが,僕はそういう観点から『スピノザ哲学論攷』の言及に関心を示します。ただ,河井はとくに現実性ということについて多大な関心を抱いているのは間違いなく,そして僕もそのことについて詳しく考察したことがありませんでした。ですからここでは一般的なこと,いい換えれば個物が神Deusの属性attributumに包容されて存在している場合のことは考察の対象から外します。外すけれども,僕の関心は実際にはそのような点にあるということは踏まえておいてください。
 次に,現実性の原因について考察する前提として,考えておかなければならないことがあります。これを僕は,現実性の個別化の問題といいます。というのは,現実性とりわけ個物の現実的本性は,どこまで細分化することが可能なのかということについては,僕はスピノザの哲学の中では決着をつけることができない問題だと考えているからです。個物の現実的本性というのは,すべての個物の現実的本性というように,きわめて一般的に考えることもできます。実際,第三部定理七で示されているような個物の現実的本性というのは,個物が現実的に存在するという場合には必ず共通するような現実的本性であるといえ,それはどの個物が現実的に存在したとしても同様であるといえるでしょう。
 しかしこれとは逆に,個物の現実的本性は,細分化しようと思えばいくらでもできるように僕は思うのです。
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アドマイヤムーン&月

2017-04-06 19:26:35 | 名馬
 先週の高松宮記念セイウンコウセイが優勝しました。父はアドマイヤムーンです。
 祖母がケイティーズファースト。2歳7月に函館でデビュー。本田優騎手の手綱で新馬を勝つと札幌のオープンも連勝。さらに札幌2歳ステークスも制して重賞ウイナーに。休養して出走した暮れのラジオたんぱ杯2歳ステークスは2着でした。
                                     
 3歳になると武豊騎手にスイッチ。共同通信杯で重賞2勝目を挙げると弥生賞も勝ちました。皐月賞は当然の1番人気でしたが4着。距離不安が囁かれ3番人気になったダービーは7着でした。
 夏の札幌記念で復帰して古馬を相手に重賞4勝目。距離適性から天皇賞(秋)に向かってダイワメジャーの3着。香港に遠征した香港カップが2着で3歳での競馬は終了。
 4歳初戦は京都記念でこれを勝って重賞5勝目。ドバイに遠征したドバイデューティフリーを見事な末脚で快勝して大レース制覇も達成しました。そのまま香港にわたってクイーンエリザベスⅡ世カップに出走するも後方から届かずの3着。このときのレースぶりが関係者の不評を買い,岩田騎手にスイッチされることになりました。
 岩田騎手での初戦となった宝塚記念を勝って大レース2勝目。この後,ドバイでの快勝が印象的であったためでしょう,ダーレージャパンファームに買われてオーナーが変更。その初戦となった天皇賞(秋)は不利もあって6着でしたが,続くジャパンカップは距離延長の課題を克服して優勝。大レース3勝目を手にして引退となりました。この年のJRA賞で年度代表馬に選出されています。
 2009年産が初産駒で,この世代からは4頭の重賞勝ち馬が出ました。ところがそれ以降の産駒は重賞制覇を果たせず,2013年産となるセイウンコウセイが久々の重賞勝ち馬世代になり,一気に大レースを優勝。アドマイヤムーンの父はエンドスウィープで,これはサウスヴィグラスと同じ。自身は中距離を中心に走りましたが,短距離を得意とする産駒が多いのはその影響でしょう。自身もそうですしサウスヴィグラスもそうだったように,エンドスウィープの仔はいいスピードをもっていても早熟傾向にはありません。その血を受け継ぐセイウンコウセイもまだ4歳ですから,長く活躍することができるのではないかと思われます。

 ペガサスは現実的に存在しません。したがって人間の精神mens humanaがペガサスを表象するimaginari場合には,表象の種類でいう想像に該当します。知覚や想起memoriaの場合にも同じように,たとえば知覚されるものを肯定ないしは否定する意志作用volitioがなければその表象像imagoがあることも考えることもできず,逆にその表象像はそれを肯定あるいは否定する意志作用なしにあることも考えることもできないとすれば,一般的に誤った観念とそれを肯定ないしは否定する意志作用は同一であることが帰結します。これを確認しておきましょう。
 ただし,知覚と想起に関しては,別個に検証する必要はありません。というのは,想起というのは,かつて知覚したものを想起するか,そうでなければかつて想像したものを想起するかのどちらかでしかあり得ないからです。すでに想像の場合は確かめられているのですから,あとは知覚の場合だけ考察すれば十分です。
 これについては月の表象像を例材とします。月が現実的に存在するということは疑い得ないので,人間の精神のうちにある月の観念ideaは,真の観念idea veraでもあり得るし誤った観念でもあり得るということが理由です。この理由というのはこの考察にあたってはとても大事です。知覚されるXの観念は,知覚される限りにおいては誤った観念ですが,Xの観念としてみた場合には,単に人間の精神と関連付けられる場合,すなわち現実的に存在するある人間の精神の本性を構成する限りでXの観念が神Deusのうちにあるとみられる場合にも,真の観念であるということが可能です。想像の場合にも,何が想像されるかということに注視すれば真の観念であることも可能ではあるのですが,例として示したペガサスの場合にはそれが不可能でした。よってここではそれと異なった関係にある月を観念の対象ideatumとして措定するということです。
 現実的に存在する人間の精神のうちにXの観念があるとみられるとき,そのXの観念が真の観念でもあり得るし誤った観念でもあり得るということは,第四部定理一を経験的に論証する際にまず有益です。Xの真の観念を有していても,Xを誤って認識することが現実的に存在する人間の精神のうちには発生するからです。
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ノボジャック&精神と思惟作用

2017-03-23 19:22:22 | 名馬
 先週の黒船賞で重賞初制覇を達成したブラゾンドゥリスの父はノボジャック。ノボジャックの産駒にとっても重賞初勝利でした。
 2歳の9月に芝の新馬戦を2着すると続くダートの未勝利戦で初勝利。ダートの条件戦を2着して出走した京王杯3歳ステークスで2着。朝日杯3歳ステークスに挑戦しましたが8着でした。
 3歳2月にダートのオープンで優勝。続くオープン戦は距離が長く5着。NHKマイルカップに出走するもイーグルカフェの最下位に大敗。このレースを最後に美穂から栗東の森秀行厩舎に転厩しました。
                                     
 転厩初戦となった根岸ステークスで古馬を相手に3着。芝のCBC賞は8着。4歳になってガーネットステークスは5着でしたが次のオープン特別を勝ってフェブラリーステークスへ。ですがこのレースは13着でした。
 ここから快進撃が始まります。黒船賞で重賞初制覇を達成すると群馬記念をレコードで制覇。さらに北海道スプリントカップもサウスヴィグラスを2着に降してレコードで優勝。クラスターカップと東京盃も制し重賞5連勝で挑んだ記念すべき第1回JBCスプリントを勝って大レースの勝ち馬に名を連ねました。
 大レースを制したことで斤量を背負わされるようになり,苦難の道が始まります。暮れのとちぎマロニエカップは2着。5歳になって根岸ステークスはサウスヴィグラスの8着。フェブラリーステークスは斤量は楽でしたが距離が長くアグネスデジタルの10着。黒船賞はサウスヴィグラスに1秒以上離されての2着。ようやく次の群馬記念を勝って連覇を達成するも北海道スプリントカップはサウスヴィグラスの5着。連覇を狙ったJBCスプリントもスターリングローズの3着でした。そして全日本サラブレッドカップも5着。
 6歳になり根岸ステークスがサウスヴィグラスの3着。間を開けて黒船賞を2度目の制覇で重賞8勝目。この後,7歳の暮れまで現役を続けましたが14戦して勝利を積み重ねることはできませんでした。
 対戦成績から分かるように,本格化して以降のサウスヴィグラスには分が悪く,同じようなダートのスプリンターとして種牡馬入りすれば,配合に不自由がない限りはサウスヴィグラスの方が選ばれることになります。したがって恵まれた種牡馬生活を送ることは当初から難しいだろうと想定された馬。重賞の勝ち馬が輩出したのですから,一応は成功したといってもいいのではないかと思います。

 当該部分の浅野の論考の中心は,スピノザが哲学の伝統としてあった人間による事物の認識cognitioを否定したという点にあります。具体的にいえば理性ratioの行使と意志作用volitioとの間に強固な関係を構築していた伝統に対し,スピノザはその関係を切断したという点にあります。
 スピノザの哲学において,現実的に存在するある人間の精神mens humanaが理性を行使することと,その人間の精神が働くagereことは同じ意味です。要するに理性とは精神の能動にほかなりません。スピノザは理性の行使と意志作用は無関係であると主張したのですから,それは精神の能動は,その能動作用をなす精神の意志作用と無関係に発生すると主張したことになります。これが浅野の論考の中心部分です。したがってここで浅野が主張しようとしていることは,何らかの主体を想定して,その主体の意向によって理性が行使されるということはないということです。これはスピノザが認識を純粋な受動と主張したことに合致するものだと僕は考えます。なので僕は浅野の見解は僕の見解と一致していると解するのです。
 このことを僕は,スピノザの認識論において主体の排除が主張されているといういい方で説明してきました。上野修が『スピノザの世界』でいっているように,スピノザの哲学ではまず精神なるものがあって,その精神が思惟作用をなすのではありません。むしろ精神などは存在しなくても思惟作用は存在するのです。そして第二部公理三により,思惟の様態cogitandi modiのうち第一のものは観念ideaなのですから,これは精神などなくても観念はあるというのと同じです。浅野がいっているのは,そのようにして生じる観念のうち特定のものをいくつか集積したものが,ある人間の精神といわれているのだということです。繰り返しになりますが,精神があってそれが思惟作用をするのではありません。むしろ思惟作用が「先立つ」のであり,それによって精神なるものが構成されているのです。
 スピノザの哲学では知性intellectusとは個々の観念の集積です。そして精神と知性は,同じものを異なった観点から把握した思惟の様態です。観念の集積から知性が構成されるのなら,精神も同じように構成されるといえるでしょう。
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