スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

サンタアニタトロフィー&糖尿病と歯周病

2010-07-31 11:15:31 | 地方競馬
 28日の夜に大井競馬場で争われたサンタアニタトロフィーは,実績馬に上昇馬が入り混じってなかなかの好メンバーでした。
 先手を奪ったのはサザンクロスラリー。ディアーウィッシュとクレイアートビュン,シャレーストーンがこれを追い,トーセンアーチャー,ボンネビルレコード,カキツバタロイヤルは固まった中団馬群の中。ルースリンドは後方集団の前。前半の800mは48秒0で,ややハイペースといったところ。
 直線に入ると外に持ち出したカキツバタロイヤルが一気に先頭に。直線半ばではセーフティーリードかと思いましたが,馬群をさばいたボンネビルレコードが内から一気に伸びて猛追。しかしぎりぎりのところでこれを凌いだカキツバタロイヤルの優勝。ボンネビルレコードが2着で3着はディアーウィッシュ。
 優勝したカキツバタロイヤルは名前からも連想できるように東海デビュー。当地の重賞も含めて5勝した後,昨年11月に船橋に転入。下級条件からのスタートとなったこともあり,南関東では9戦6勝3着3回という好成績でここに挑戦していました。斤量差の利があったことは確かですが,いきなりこれだけのメンバーを相手に結果を出しましたので,今後の南関東重賞でも目の離せない存在だといえるでしょう。父は重賞2勝のロイヤルタッチ
 騎乗した船橋の本多正賢[まさかた]騎手はデビュー10年目で南関東重賞初制覇。管理している船橋の函館一昭調教師は,厩舎開業28年目でやはり南関東重賞初制覇。日本競馬史を語る上で欠かせない函館一族の末裔です。

 I歯科での具体的な治療内容を記述していく前に,ひとつだけ説明しておきたいことがあります。
 僕はこの頃,というか今年に入ってからといっていいでしょうが,ときにの痛みを感じていました。それは虫歯あるからではあったのですが,正確にいえば,この痛みの原因はただ虫歯があるからというだけではなく,もっと別の要因があるからだと自分では思っていました。といいますのも,それまでに感じたことがある虫歯の痛みとは,痛みの質というものがやや異なっていると感じられたからです。それが歯槽膿漏なのか歯肉炎なのか,あるいはもっと別のものなのかまではもちろん自分では分かりませんでしたが,単に虫歯があるというだけではなくて,何らかの歯周病が発生している,ないしは発生しつつあると思っていたのです。
 実は,この歯周病というのが,糖尿病と大いに関係しています。一般的に糖尿病患者は歯周病を発症しやすくなります。これは身体の抵抗力というものが糖尿病の場合には低下するからというのがその理由なのですが,糖尿病と歯周病との間には,ただそれだけにはとどまらないような関係があるのです。
 たとえば,ヘモグロビンA1cの値が高い人間,要するに糖尿病患者ですが,この人間が何らかの歯周病を発症したとしましょう。そしてその糖尿病患者に糖尿病に関する何らかの治療を施すことにより,ヘモグロビンA1cの値が改善しますと,歯の治療は一切行わなかったとしても,歯周病の方も改善することがあるという統計が出ています。さらにこれは逆もあって,ヘモグロビンA1cの値が高い糖尿病の患者が,同時に歯周病を発症している場合,歯周病の方を治療して糖尿病に関しては何らの治療も行わなかった,あるいは治療はしていても,それまでの治療以上のことは何もしなかった場合でも,歯周病の方が治癒する,あるいは改善するだけで,ヘモグロビンA1cの値も改善する場合があるということも統計的に出ているのです。
 僕はこのような相関関係が糖尿病と歯周病との間にあるということを知っていました。そしてこの時期は血糖値が安定していなかった時期でもありますので,単に歯が痛いときがあり,さらに時間的にもやや余裕があったということだけが,僕が歯を治療するということを決断した理由ではなかったのです。
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王座戦&問診

2010-07-30 22:23:54 | 将棋
 第58期王座戦挑戦者決定戦。対戦成績は深浦康市王位が7勝,藤井猛九段が17勝。
 振駒で藤井九段の先手。矢倉模様から力将棋になりました。先手が熟考を重ねた駒組。途中の左右反転図というのがありますが,仮に相振飛車戦として後手がこのように組むことはあり得ませんから,時間をかけただけのことはあり,先手の作戦はうまくいったと考えていいのではないかと思います。そうであるなら先手から仕掛けていくのは当然。そしてその攻めも快調だったと僕には思えます。
                         
 ここで△6五金と逃げました。危なく感じられるのでちょっとびっくり。▲2五桂に△5五歩と角筋の方を遮断。そこで先手は▲6六金と守りの金をぶつけていったのでまたびっくり。この金交換の後,後手の△6五金に▲2三銀が厳しい詰めろ。後手は△5一角と飛車の横利きを通しましたが一歩千金という通り,▲6二歩(第2図)が巧妙な一手。事実上の決め手といっていいと思います。
                         
 もう少し続きましたが以下も好調な手順が続いて先手の勝ち。序盤からリードを奪って,これ以上はないといえるくらいの快勝だと思います。
 藤井九段は2001年に竜王を失冠した後,7大タイトル戦は初登場。絶対的な強さをみせる羽生善治王座に対してどのように戦うのか,非常に興味深いところです。第一局は9月9日。 

 扉を開けますと目の前に受付があり,中に人がひとりいました。
 最初に説明しておきますと,僕が知る限り,このI歯科には少なくとも3人の人が勤務しています。ひとりが30代前半と思われる男の人で,この人がI先生です。あとのふたりは女の人で,ふたりとも20代後半ではないかと思います。実際に歯の治療を行うのは,I先生ともうひとりで,したがってひとりは事務作業専門です。ただし,だからその人が必ず受付にいるのかといえばそうでもなく,I先生やもうひとりの治療を行う方の女の人が受付にいることもあります。つまり治療を行うふたりは,事務作業も行うというわけです。記憶は定かではありませんが,この日に僕がここに入ったときも,受付にいたのは治療をする方の女の人であったような気がします。
 僕はまず,ここに来るのが初めてであるということを伝え,予約はしていないけれども治療が可能であるかどうかを尋ねました。この後,ひとり予約は入っているけれども,30分ほど待てるのであれば治療は可能であるというのが返事でした。世の中には待つことが苦手であるというタイプの人も確かにいますが,僕はО眼科の受診のときもそうでしたが,別に待つということが,その後に予定でも入っていない限りは特段の苦痛に感じられることはありませんし,むしろ気にもならないような人間です。実際に待ち合わせをしているときに相手がいくら遅れて来ようが平気です。ですからたかだか30分程度であるならば何の問題もありません。間違いなく治療を受けられるということでしたので,ここで歯の治療を行うことに決めました。
 シックデイでみなと赤十字病院の耳鼻咽喉科に行ったときも,少し前にО眼科に行ったときも,必ず事前に問診票を渡されましたが,この日もやはりそうでした。これはある程度のプロフィールと,受診理由を記入するという点ですべて同じ。ただ,前の2回ははっきりとした受診理由がありましたから簡単に記入できましたが,この日はどのように書くべきか少し迷いました。とりあえず左の下の奥歯に痛みを感じることがあるのでそれを優先的に治療してほしいということ,さらにほかにも悪いところがあればそれも治療してほしいというようなことを書いて提出しました。
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竜王戦&I歯科

2010-07-29 12:51:26 | 将棋
 昨日の第23期竜王戦本戦トーナメント。対戦成績は久保利明二冠が13勝,郷田真隆九段が15勝。
 振駒で久保二冠が先手となり三間飛車石田流から穴熊。後手は角交換から棒金へ。
                         
 ここで先手は☗2八銀と上がってとりあえず穴熊完成。後手は銀こそ5段目まで進出しているものの,棒金の方は明らかに立ち遅れていて,すでに作戦失敗のように思えます。
 先手はここから後手の角頭を攻めつつ7七の桂と6七の銀をうまく捌いてはっきり優勢に。
                         
 飛車金両取りがかかっていますが☗7四飛が金取り。勢い☖4九角成☗5四飛と進みましたがこの手が詰めろでは大勢決す。以下十数手で後手の投了となりました。これは先手の快勝譜といえると思います。
 勝った久保二冠は挑戦者決定戦進出をかけて1組優勝の丸山忠久九段と対戦。その将棋も取り上げる予定です。

 ではこの頃の僕のの状態がどうであったかというなら,ときに左の下の奥歯に軽い痛みを感じる程度でした。感じる痛み自体としても,我慢できないくらいの,それこそ眠っていることもできないくらいの強いものではありませんでしたし,また継続的なものでもありませんでしたから,はっきりいえば僕が歯医者に駆け込むような状況とは程遠かったといってもいいくらいです。しかし当然ながらこれを放置しておいてもよくなることは望めませんでしたし,せっかく時間もあることでしたから,じっくりと歯の治療に取り組んでみようという思いから,ちょうど時間があった3月16日の午前に,その歯医者を訪ねてみました。予約はしませんでしたが,それまでもずっと飛び込みで行っていたわけですので,その点の心配はありませんでした。
 前にもいったようにこの歯医者はО眼科と同じビルの中にあります。同じ2階なのですが,この2階は以前から多くの開業医が入っていまして,О眼科の右隣は皮膚科で,さらにその右隣が僕が目指していた歯医者です。ほかに形成外科もあります。ところが,行ってみたらまったく予期していなかったハプニングがありました。その歯医者がすでになくなっていたのです。すぐ近くなのに,О眼科に行ったときには僕はそれに気付いていませんでした。
 僕が歯を診てもらっていた当時,その歯医者には若い医師と年寄りの医師のふたりの男の医師がいました。大抵の場合,僕は年寄りの医師の方の診察を受けていまして,おそらくこちらが開業していた歯医者だったのだろうと思います。その当時で若く見積もっても60近くには見えましたから,もしかしたらもう医師を引退したのかもしれません。いずれにしても診てもらおうと思って行った歯医者がなくなっていたわけですからさすがに驚きました。
 しかし幸運であったのは,そこに新しく入っていたのもまた歯科医であったということです。実をいえば歯医者はここまで来なくとももっと家の近くにも何軒かあったのですが,わざわざここまで来て,目の前に目指していたのとは違うものであったとはいえ歯医者があったわけですから,診てもらえるのならここの歯医者でいいだろうと思いました。そこで僕はこの歯医者の扉を開いたのです。I歯科という名の歯科医でした。
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王位戦&歯

2010-07-28 19:28:16 | 将棋
 挑戦者の広瀬章人六段の故郷でもある北海道での対局となった第51期王位戦七番勝負第二局。
 深浦康市王位の先手で後手の四間飛車穴熊。先手は早めに▲6六角と出て8筋を交換するという珍しい将棋に。先手はその角を5七に引き,後手が角頭を攻めてきたところで端から反撃。
                         
 ここでいきなり▲9三角成と切っていきました。△同桂▲9四香△9二歩▲9九香。後手はそこで△8一玉と早逃げしましたが,▲9三香成△同歩に▲3四桂が絶好打。銀で取れますから後手の駒得は変わりませんが,この展開なら先手としても満足だったのではないかと思います。
 この後,盤面の右側で互いの飛車角をめぐる中盤戦といえる攻防に。結果的に後手の盤上の飛車は封じ込められてしまい,何とか持ち駒にした飛車で反撃。これを先手が余しにいくという展開となりました。
                         
 反撃したいような局面ですが指し手は▲5四歩。あくまでも一貫していると思います。対して逆側へと△7五歩。龍取りに▲5五馬。この手は桂を取られた後,4五に打たれるのも防いでいます。この3手の応酬はこの将棋の中で,僕の印象に強く残りました。この後,仕方ないと思われる△1九龍に▲9三桂成から反撃。その後,▲5六金と自玉も安全にした先手が押し切っています。
 深浦王位が勝って1勝1敗。第三局は来週で,8月3日と4日です。

 眼科検診をすることを決めたときにもいいましたが,僕は今年の3月と4月は,自分で自由にすることができる時間がわりと多くありました。そこでもうひとつ,この期間中にすましておきたいと思うことがありました。それは歯の治療でした。
 僕は小さい頃から虫歯は多い方でした。小学校では1年に1回は歯科検診というのがあったと思いますが,僕は1年生のときの最初の検診でいきなり引っかかり,校医から歯医者に通うように指示を受けました。このときは左右両方の下の奥歯に金歯を埋めています。その後も中学校まで,歯の検診を受けるたびに虫歯を指摘されてはいましたが,歯医者に通うということはなく,ほったらかしにしていました。
 次に歯医者に行ったのは,もう仕事をするようになってからです。目覚めますと歯が痛くてどうしようもない。というか,正確には歯の痛みで朝早いうちから目が覚めてしまったのです。これはとても我慢できないということで,その日は仕事を休むと電話を入れ,9時頃に自転車で出掛けました。近所には歯医者はいくつもありましたが,その時間から営業している歯医者はあまりなく,ようやく見つけた歯医者にいきなり飛び込んだのです。その歯医者はいきなり痛む歯を抜いてくれたのですが,ほとんどその治療に伴う痛みというのを感じずにすみ,その処置の手際のよさに感激しました。ちなみにこの歯医者というのは,名前は忘れてしまったのですが,О眼科と同じビルの同じ階,ひとつ隣にありました。それから僕は歯が痛くなるたびにその歯医者に飛び込むようになりました。親不知はすべてそこで抜いていますし,右下の奥歯,これは金歯を入れた手前の歯になりますが,この歯を抜いて,そこに入れ歯を入れたのもこの歯医者でした。
 僕の場合,歯が痛むのにはパターンがあって,必ず朝,歯の痛みで目覚めるのです。そしてその歯医者に行く。少なくともこの歯医者には3度は通いましたが,すべて同じパターン。そしてそのたびにこの歯医者は抜歯しました。入れ歯を入れたときはもちろん別ですが,通いを強制されることがなかったのも,僕がこの歯医者を好んだ理由のひとつ。しかし最後にこの歯医者を訪れてからは,もう10年とはいわないまでも,7年か8年は経っていました。いい換えればもうそれだけの間,我慢できないほどの歯の痛みは発生していなかったということになります。
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川崎記念&尿糖

2010-07-26 19:19:54 | 競輪
 川崎記念は桜花賞として4月の開催が定着していたのですが,今年は7月に移行。名称も桜夏賞という個人的には少し無理があると感じられるものに変更され,今日が決勝(動画)。並びは佐藤友和-佐藤慎太郎の北日本,海老根-松坂-藤田の南関東,松岡-筒井の西日本,坂本-紫原の九州。
 前受けの松岡を坂本が抑えにいったのが残り2周のホーム。続いた海老根がバックで坂本を叩くと,さらに佐藤友和が前に。打鐘過ぎから松岡が反撃すると,ホームから海老根も応戦。佐藤友和も含めた先行争いに。隊列が一気に短くなったので引いた坂本がバックから捲っていくと,前の抵抗をすべて凌ぎ,最終的には抜け出す形で優勝。紫原が離れたので,海老根が坂本にスイッチするような形となりましたが,直線の入口あたりから佐藤友和が絡んでいき,両者で接戦の2着争い。外の海老根が2着で佐藤友和が3着。混戦となり,自力型の上位独占となりました。
 優勝した福岡の坂本亮馬選手は5月の平塚記念以来となる記念競輪4勝目。昨年は花月園でも優勝していて,4勝中3勝が神奈川になりますので,偶然でしょうが相性がよさそう。レース展開からするとやや遅れをとった形ではありますが,その分,前のもつれを利することができました。紫原がついていけないほどのスピードは見事。準決勝も地元分断というシビアな戦法で勝ち上がっていて,ビッグも近いうちに獲れるのではないかという予感がします。

 話がやや前後してしまいますが,この日の診察で最も重要だったのは,血糖値,とくに朝食前の血糖値をコントロールすることができなくなっているということであり,また,検査の結果として,ヘモグロビンA1cの値も高くなっていましたから,これに対してどのように対処するべきなのかということだったわけです。したがってこの日のМ先生と僕との間で交わされた会話の大半はこれについてでしたから,ここでもその点について詳しく書いてきたわけですが,案の定というべきか,やはり体重についても尋ねられました。僕は前日の夜に計測した値を伝え,体重が減っているということを付け加えました。
 М先生はこれに対してはさも当然とばかりに,ヘモグロビンA1cの値が高いと,尿糖が出ることがあって,尿糖が出ると体重は減少するという主旨のことを言いました。そしてこの日の僕の体重に関する話はこれだけで終りました。僕は自分の体重が減少しているということについては,血糖値が高い状態で推移しているということほどではありませんでしたが,やはり不安は感じていたわけですが,М先生の返答がこの程度のものでしたから,ヘモグロビンA1cの値が改善すれば,要するにこれは血糖値をそれ以前の水準くらいまでコントロールできるようになればという意味を含みますが,また徐々にではあっても増加に転じるのだろうくらいに思い,安心しました。しかし安心してしまったために,それ以上はこれについて考えませんでしたし,何も聞くことはしなかったのです。
 しかし後からよくよく考えてみますと,М先生がこのように返事をしたということは,このときの僕はおそらく尿糖が出ていたのではないかと思うのです。12時からの検査の中には採尿がありますから,糖尿病患者の尿を採取したなら当然ながら尿糖が出ているかどうかの検査はあるでしょう。そして尿糖が出ていたからこそ,このような返答になったと考えるのが自然だからです。
 ここから分かりますように,実は検査の結果というのは,僕に逐一伝えられているわけではなかったのです。というより,採血と採尿によってどのような検査が具体的に行われているのかということも僕はこの時点では知りませんでした。この時点では,というのは,後には知ったということですが,これについてはまた後で説明することにします。
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マイクは死んでも離さない&増量の効果

2010-07-25 12:22:58 | NOAH
 ブッチャーとシークの遺恨決着戦の不可解な結末の真相を明らかにした元日本テレビアナウンサーの倉持隆夫さんによる『マイクは死んでも離さない』。この本は,僕が所有しているプロレス関連の書物としては,ほかにはないような独特の特徴がひとつあります。
                         
 僕のプロレスキャリアが始まった頃,国際プロレスは崩壊直後で,全日本プロレスと新日本プロレスの2団体だけが鎬を削っていました。鎬を削るといえばあたかも切磋琢磨しているかのようで聞こえはいいですが,要は互いの団体が相手の団体に所属するレスラーを引き抜いたり,あからさまな興行合戦をやったりして,敵対していたわけです。もちろん当時の僕はプロレスを見るようになったばかりでしたし,何よりまだ小学生でしたから,そうした事情に関してはよく理解していませんでしたが,今となれば,当時の両団体によるいわば戦争状態というものが,いかに熾烈なものであったのかということは理解できます。
 倉持アナウンサーはこの時代の全日本プロレス実況中継のチーフアナウンサー的存在でしたから,このことについても著書の中で触れています。しかしその視点というのが独特で,一般的にはこれは全日本プロレスと新日本プロレスという両プロレス団体の対立として捕えられ,そういう視点から書かれたものはいくらでもあるくらいですが,倉持アナウンサーはこれを,両団体のプロレスをそれぞれ中継していた,日本テレビとテレビ朝日の対立として捕えているのです。アナウンサーといえども日本テレビの社員ではありますから,倉持さんとしてはごく自然な視点なのかもしれませんが,僕には新鮮なものでした。とくに視聴率に関して1章を割いていますが,これなどは倉持さんが書いた本ならではといえるのではないでしょうか。
 当時の新日本プロレスの中継のチーフアナウンサーはいわずとしれた古舘伊知郎さん。今から考えてみますと,倉持さんと古舘さんの実況というのは対照的な面があって,それは両団体のカラーにそれぞれ適していたようにも思います。

 0.02mlというのは量としてみればごくごくわずかです。もしかしたらそれくらいの量の液体というのは,人間が気付かない程度の量だといえるかもしれません。その程度の量のインスリンを増やして効果が上がるのかどうか疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが,注射をするインスリンの量としては,この程度であっても軽視することはできない,それどころか重視しなければならないような量なのです。もっとも,僕の場合のランタスの増量というのは,0.04mlであったものを0.06mlに増やしたわけですから,割合だけで考えるならば50%も増量したということになりますので,常識的に考えてもそれは効果を発揮するのに十分な量であると考えることはできるかと思います。
 実際に,この増量の効果は,血糖値,とくに大きな目的であったといえる朝食前の血糖値の安定を図るという観点からは覿面でした。ただし,どういうわけなのかは分かりませんが,実際に血糖値が安定してくるまでには,少しの時間が必要でした。基本的に同じような効果が24時間程度持続するというのがこのランタスという持続効果型のインスリンの機能ですので,増やしたその日から,というか増やすのは夕食前ですから,厳密にいうなら翌朝からその効果が出るというのが自然という気がするのですが,僕の場合はそうではなかったのです。
 5日の夜から増量して,6日の朝は227㎎/㎗。これはまったく効果が出ていないといえるでしょう。9日の朝に91㎎/㎗と落ち着きましたが,11日と12日はまた高くなり,13日の朝が72㎎/㎗。血糖値は80㎎/㎗くらいはあった方がいいのですが,食間が最も朝食前ということを考えればこれくらいは大丈夫。実際に通院の時の血糖値検査の適正値も,70㎎/㎗以上109㎎/㎗以下となっていますし,これくらいでは低血糖という副作用が生じたとはいえません。そしてこの日を境に,朝食前の血糖値というのは,新たな問題が出始めた以前の水準へと落ち着いていきました。つまりランタス増量からしっかりとした効果が得られるまで,僕の場合は1週間ほどの時間を要したということになります。
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竜王戦&処置

2010-07-23 22:53:26 | 将棋
 構図でいえば郷田真隆九段に戸辺誠六段が挑むという形の第23期竜王戦決勝トーナメント。公式戦初対局。
 振駒で郷田九段が先手。早々に駆け引きがありましたが,後手が四間飛車穴熊,先手が居飛車穴熊という将棋に。相穴熊は駒組の段階でうっかり悪くするとそのまま一本道で負けてしまうケースが多いということもあるのでしょうが,双方が慎重に時間を投入して戦いが始まったのは午後8時過ぎ。
                       
 ここで先手が▲2四歩といきました。△同歩▲5四歩△同歩▲3三角成△同桂▲2四飛。こうなるならうまく戦機を掴んだ気はします。さらにこの後,先手は歩もうまく使って後手の金を1枚玉から遠ざけることに成功。後手は当面は自玉に早い寄せがないような状態を作って勝負に出ました。
                       
 もう角も逃げていられないでしょうから△7七角成はこの一手。▲同金に取った銀を△9七銀と打ち込みました。ただこの攻めは清算した後,先手玉が右側に逃げられそうな形に。この後,後手も端は破ったのですが,攻め駒を攻めながら反撃に転じた先手の指し方が巧みで,後手も必死に抵抗したものの先手の押し切り勝ちとなっています。
 勝った郷田九段は準決勝進出をかけ,28日に久保利明二冠と対戦。王位戦第二局2日目と同日ですので,当日ではありませんが,その将棋も取り上げるつもりではいます。

 確固たる診断が下されました。つまり僕の血糖値,とくに朝の血糖値が高くなっていることの原因というものがつきとめられたわけです。再び第一部公理三を援用するなら,この原因によって僕の血糖値は高くなっていたわけですから,この原因というものが除去されたなら,また血糖値は適正な状態で統御できるようになるであろうということも同時に分かったということになります。
 持続効果型のインスリンの効能が薄まっているわけですから,そのインスリンの注射する量を増量するというのが最も簡単で効果的な対策であるということはだれにでも理解できることだと思います。病気の治療としてはあまりに対症療法的すぎると思われる方もいらっしゃるかもしれませんが,人間の身体にあって血糖値を安定させるようなホルモンがインスリンだけである以上,Ⅰ型糖尿病患者はインスリン注射を行うという療法以上に効果的なものはありませんし,またそれ以外に効果的な療法というのはないともいえますから,こうした対症療法というのが,結局のところは最も有効であり,あるいは有効である唯一の療法であるということができるのです。
 それまで注射していたランタスという持続効果型のインスリンの注射量はすでに説明したように0.04ml。これを0.06mlに増量するようにというのがМ先生の指示でした。ランタスに関しては僕は夕食前に注射していましたので,これはこの日,3月8日の夜から実行できました。1年以上にわたって0.04mlの注射を続けていて,これはほとんど僕にとってのルーティンワークと化していましたから,最初のうちはついつい増量し忘れてしまうということもあったのですが,0.06mlという数字に慣れるのにもそうは時間がかかりませんでした。
 この頃は2ヶ月に1度というのが通院の日程になっていましたが,次の通院日は4月5日,つまりほぼ1ヶ月後に設定されました。もちろんこれは,この増量がどれくらい効果的であるのかということを,早めにチェックするという目的でした。
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金の無心&診断

2010-07-21 11:09:25 | 歌・小説
 夏目漱石の小説において,作品の中で金の無心をする登場人物としては,『道草』の島田というのは無視することができない存在であると思います。ただ,小林と平岡が同一のタイプの登場人物であるというように,このうちに島田を加えるのは僕にはどこか違和感があるのです。といいますのも,『道草』というのは一種の自伝的小説という色彩が濃く表れていまして,少なくとも小説のストーリー自体に関してはかなりの程度まで創作であると明言できる漱石のほかの小説とは一線を画している部分があるように僕には感じられるからです。
                         
 『道草』の主人公は健三という人物で,島田というのは健三の養父にあたります。養父であるわけですから,島田が健三に対して金の無心をすることには,一定の理由があると言えるでしょう。事実,健三自身が『道草』において,そのような主旨のことをいっています。
 漱石は幼い頃に塩原家に養子に出され,後に夏目家に復籍したという経験を持っています。そして実際に後に養父から金の無心をされ,支払ったという経験もあるようです。すなわち健三というのは漱石自身のことであり,島田というのは塩原であると考えることができるわけです。小説を書かれた順に並べれば,まず平岡が登場する『それから』があり,いくらかの間をおいて『道草』が書かれ,その直後に社会主義者といわれる小林が登場する未完の『明暗』があります。しかし,だから島田について書いているときの漱石が,平岡について念頭に置いていたとは考えづらく,あくまでも塩原をモデルにしたといえると思うのです。
 もちろん漱石が平岡や小林にそれぞれの小説の中で金の無心をさせるとき,漱石の自分自身の経験,すなわち塩原のことが脳裏をよぎらなかったといえばそんなことはないようにも思います。それでも島田には塩原というはっきりとしたモデルが実在したという点で,僕はこの意味での『明暗』における小林の前身というのは,あくまでも『それから』の平岡なのであって,『道草』の島田ではないような気がするのです。

 診察といってもいつもは大した内容もないのですが,さすがにこの日は違いました。まずМ先生は,僕の日々の血糖値測定の結果を記入した自己管理ノートを見ました。といってこれはいつも見るわけですが,この日はとくに熟視したわけです。そして僕が最初に言ったように,朝の血糖値が,前日の就寝前の血糖値に比べてほとんど低下していないということを確かめました。僕は強化インスリン療法,すなわちインスリンの種類でいえば,超速効型のインスリンを食前に,そして持続効果型のインスリンを1日に1度注射していたわけですが,このように朝になっても前夜に対して血糖値が低下していないのは,持続効果型のインスリンの効果が薄くなっているからであるという診断を下しました。
 僕は持続効果型のインスリン,製品名でいえばランタスに関しては,夕食前に0.04mlの注射をこの時点ではしていました。これは退院した直後からずっと変わっていません。実はこの0.04mlというのは,インスリン療法をしている糖尿病患者が打たなければいけない注射の量としては最低です。シックデイなどで食事が不可能なときでも,これは必ず打たなければならないとされている量なのです。したがってМ先生の話では,ランタスの0.04mlの注射というのは,Ⅰ型糖尿病の患者が注射する量としては元来がかなり少なめであるということでした。
 これはすでにお話ししましたが,人体から分泌されるインスリンというホルモンには,食後に血糖値が上昇してきたときに分泌されるもののほかに,常に分泌されているものとがあります。僕はⅠ型糖尿病とはいっても,完全にインスリンが分泌されなくなっているというわけではなく,この後者のタイプのインスリンに関しては,十分ではないけれどもある程度は分泌されていたのでしょう。そしてその分泌される量というのが,この期間,すなわち前回の通院時と今回の通院時との間,もっと時期を限定するなら2月の中旬あたりで減ったのだろうというのが,М先生の判断でした。分泌されるインスリンの量が減少すれば,血糖値がそれだけ下がらなくなるわけですから,確かにこの説明というのは,第一部公理三に則したきわめて合理的なものであるように僕にも思えました。そして最後に,こういうことはⅠ型糖尿病の長期的な診察の過程においてはよくあることであるという意味のことを言いました。
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マーキュリーカップ&覚悟

2010-07-19 19:17:47 | 地方競馬
 カネヒキリの参戦で注目を集めた第14回マーキュリーカップ
 このメンバーであればマコトスパルビエロの逃げは自然。カネヒキリは2番手でこれをがっちりとマーク。少し離れた3番手をマチカネニホンバレとロールオブザダイスが並走。ミドルペースであったと思います。
 カネヒキリは後ろの動きを待つことなく3コーナーではマコトスパルビエロに早くも並び掛け,直線入口では先頭。そのまま豪快に後ろを引き離していって5馬身差の圧勝。早めに来られたマコトスパルビエロは苦しくなり,中団から差してきた2頭の2着争いとなりましたが,川崎のブルーラッドが2着でロールオブザダイスが3着。
 優勝したカネヒキリは昨年の川崎記念以来の勝利。骨折があって1年以上休んでいたわけですが,以前の水準に近い力は取り戻していると考えてよさそう。無事ならばまだまだ活躍できそうです。父はフジキセキ。Kane Hekiliはハワイの雷の精。
 騎乗した横山典弘騎手,管理している角居勝彦調教師とも,マーキュリーカップは初制覇です。

 これも前回の闘病記の中で説明しておいたことですが,ヘモグロビンA1cというのは,過去2ヶ月ほどの血糖値のコントロールの状態がどの程度であったかを示す数値です。したがって,僕は日常的に計測している血糖値が高めの状態で推移していたわけですから,この数値が悪化しているであろうということは自分自身で織り込み済みでした。ですからМ先生からそのように告げられても,少しも驚きはなく,ただ「そうでしょうね」と答えました。その方が自然に思えたからです。
 実は僕はこの日に診察を受けるにあたって,ひとつ覚悟していたことがありました。医師は糖尿病の患者に対しては,その日に検査して調べられた血糖値の値よりも,ヘモグロビンA1cの値の方をずっと重くみます。いい換えればこちらの数値こそが,糖尿病の状況を判断する最高のバロメーターなのです。そこでもしもこの数値があまりに高い状態であるなら,そのまま即入院して治療しなければならないというケースも考えられるわけです。僕が覚悟していたのはこのことでした。僕が入院中に糖尿病教室に参加したとき,僕を含めた3人の受講生のうち,ひとりは以前からのⅠ型糖尿病の患者でしたが,この人がこのとき入院していた理由は,はっきりと聞いたわけではありませんから断言できるわけではないですが,おそらくこの数値が高かったからではないかと思うのです。だから僕はこの日の診察に出かける前に,家族には,もしかしたらすぐに入院しなければならないと言われる可能性もあると告げておいたくらいです。
 しかし7.7%という数値は,幸いにして即入院しなければならないほどに悪化しているという状態ではありませんでした。僕が入院したのは昨年の元旦でしたから,検査はすぐには行えなかったわけですが,1月5日に最初に検査したときのヘモグロビンA1cの値が10.8%。1月20日に退院した後,最初に通院した2月2日の検査のときが8.8%。したがってこの日の数値はこれら2回の数値よりはまだよかったということになります。それでもそれ以降の検査時では当然ながら最高値でしたから,血糖値を適正にコントロールできなくなってから検査までそれほどの日数がなかったというのはよかったと思います。あるいは高血糖の状態に陥るのがもう少し早かったら,別の結果が出ていたという可能性もあったかもしれません。
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サマーナイトフェスティバル&診察

2010-07-18 20:46:31 | 競輪
 まれに行われる協賛競輪を別とすれば,グレードレース唯一の夜の開催となるサマーナイトフェスティバルの決勝。並びは佐藤-成田の北日本に神山,海老根-石毛-高木の南関東,中部が加藤-山口で自在戦を選択したので田中が単騎に。
 成田と佐藤が飛び出し佐藤の前受け。3番手に加藤,6番手に海老根で田中が最後尾の周回。残り2周のホームから海老根が上昇し,田中も続き,加藤も切り替えてバックで前に。打鐘から佐藤の反撃。ホームでは海老根を叩き返して先行。再びスイッチした加藤が4番手。海老根,田中も動く構えは見せましたが,佐藤のかかりがよく見せ場は作れず。直線に入って踏み込んだ成田が優勝。佐藤と成田の間を割った神山がよく迫って2着。3コーナーから捲った加藤の勢いをもらった山口が3着。
 優勝した福島の成田和也選手は昨年の千葉記念で優勝していますがビッグはこれが初優勝。グレードレースの優勝こそ少ないものの,S級S班に入っていることからも分かるように安定した力の持ち主。今日は展開に恵まれた面も否めませんが,このような走りを続けていれば,ゆくゆくはGⅠに手が届いてもおかしくない選手かと思います。

 総合内科のМ先生による診察の予約時間は午後3時からになっていますが,実際にその時間からすぐに診察が始まるということはほぼありません。最も遅かったときは40分ほど待たされたこともありましたが,逆にこういうことも滅多にありません。大抵の場合は3時20分までには診察が始まります。通院のときは最初に診察カードを所定の機械に投入して,その日の行動予定が書かれたレシート状の紙をもらうのですが,そこには検査時間は3時から3時半とありまして,大体はこの時間内に診察があるということになります。すでに説明済みですが,診察といってもこれは話をするだけで,М先生が僕の身体に触れるということはありません。
 総合内科もシックデイのときにお世話になった耳鼻咽喉科と同様に,廊下に待合所があり,その向かい側に診察室があります。診察室の数は耳鼻咽喉科より多く,耳鼻咽喉科の場合は縦に一列に並んでいるだけですが,総合内科は左右に一列ずつの二列あります。つまり医師の数もそれだけ多いということです。М先生の診察室は待合所からみれば右側の列。これは主治医の交代の前にG先生が使用していたのと同じ部屋です。
 診察室がある左右の真中,すなわち待合所の向いの中央に総合内科の受付があり,その左横に番号が表示される電光掲示板があります。最初に受け取るレシート状の紙には番号が書かれてありますので,その番号がそこに表示されたら診察室へと入っていくというシステムになっています。もちろんこの番号は日によって異なります。
 この日の待ち時間がどれくらいであったのかということはもう覚えていません。僕を示す番号が表示されましたので診察室に入っていきました。М先生は僕が入るなり,状態はどうですかという意味のことを尋ねましたので,僕は血糖値が高めで推移していること,とくに朝食前の血糖値が,睡眠前の血糖値と比べたときにほとんど下がらなくなっているということ,そしてこの状態は2月の中旬から始まっているということを伝えました。М先生はそれに対して,僕のヘモグロビンA1cの値が悪化しているということをまず話しました。1月の検査でこれは7.0%。これでも悪い数値ですが,この日はそれが7.7%となっていたのです。
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ジャパンダートダービー&体重

2010-07-16 18:42:28 | 地方競馬
 3歳ダートチャンピオン決定戦の第12回ジャパンダートダービーは,14日の夜に大井競馬場で行われました。
 スタンド前の長い直線でははっきり先手を取ると意志表示する馬がいませんでしたが,マグニフィカが逃げることになりました。バーディバーディ,バトードール,コスモファントム,トーセンアレス,プレファシオ,ミラクルレジェンドと有力どころが続く展開。前半の1,000mは62秒2でミドルペース。
 これくらいのペースならもう少し動きがあってもよさそうに思えましたが,牽制し合ったためかコスモファントムが少し上がってきたくらいでそのまま直線。人気のバーディバーディが伸びあぐねる中,逃げたマグニフィカは余裕の手応えで差を広げ,ゴール前ではまた詰め寄られるところはありましたが鮮やかに逃げ切って優勝。早めに動いたコスモファントムが2着で,横一線の3着争いは中のバトードール。
 優勝したマグニフィカは5月の東京湾カップ以来の6勝目。大レースは初制覇。たぶん2番手のバーディバーディがほかの馬にマークされていた分,楽に逃げさせてもらえた面はあり,展開にははっきり恵まれましたが,逆にいえばこういう展開であればこれくらいの力はあるということの証明でもあります。今後もどれくらいのペースでいくことができるかということが,この馬の最大のカギとなってくるでしょう。父はゼンノロブロイで,また種牡馬としての評価が高まりそう。Magnificaはスペイン語で堂々とした,というような意味。
 騎乗した大井の戸崎圭太騎手は前開催の帝王賞に続く大レース制覇。ジャパンダートダービーは初制覇。管理している船橋の川島正行調教師も帝王賞に続く大レース制覇。こちらは2007年にその帝王賞を勝ったフリオーソでこのレースを制していますので,3年ぶり2度目のジャパンダートダービー優勝となりました。

 О眼科でのすべての検査が終わって帰宅したのは12時半前でした。つまり2時間半ほどの時間を費やしたことになります。僕はたかをくくって何の用意もせずに検査に行ってしまったので,帰り道は周囲がきらきらと輝くようで危なかったです。歩くだけでこれですから,網膜症の検査の日に自動車の運転などは言語道断。この日はよく晴れていたので余計にということもあったと思いますが,次の検査のときはサングラスを用意していくことに決めました。といっても普通のサングラスでは近眼の僕にはかえって危険という面もありますので,眼鏡の上にはめるタイプのものが必須であるということになります。前にもいいましたが,この日は午後の予定をキャンセルして,あとはずっと家にいました。それくらい散瞳の効果が持続したということでもあります。
 週末は僕は中央競馬の馬券を買いにWINS横浜に行きます。6日と7日も同様でした。そして7日の夜,入浴後に体重を計測しました。これは内科の通院日の前には必ず行っています。といいますのは,診察で体重を尋ねられることがあるからです。もともと僕は体重は軽いわけですが,この日は47.5㎏。一時は50㎏に近づいたこともありますので,少し減ってしまったということになります。このあたりの日々は血糖値が高めで推移していたわけで,口渇はなかったのですが,この体重の減少も糖尿病の自覚症状のひとつであるとすれば,こちらの方は出ていたということになります。
 そして8日が内科の通院日。検査は12時開始ですので,僕は11時過ぎに家を出るのが通院日の習慣。もちろんこの日も同様でした。この日は血液検査もほとんど待たされることなく終りましたので,12時45分くらいには1度,家に戻ることができました。自宅で昼食を摂るという場合でも,僕は大抵は何か作りますが,通院日だけは煩わしいのでコンビニエンスストアの弁当などで済ませます。1日に食したものを記述しているノートを見ますと,この日はえびドリアを食べていました。
 診察は3時から。検査は手ぶらですが診察の方は用意していかなければいけないものもありますので,それらを持って,今度は2時過ぎに再び家を出るということになります。
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竜王戦&診察

2010-07-15 19:40:58 | 将棋
 昨日は第23期竜王戦決勝トーナメントも1局ありました。対戦成績は羽生善治名人が24勝,藤井猛九段が12勝で千日手が3局。
 振駒で先手は藤井九段。角交換四間飛車にして穴熊。対する羽生名人は矢倉。先手が飛車を8筋に転換して仕掛けました。
                     
 後手が駒損の代償に飛車を成ったところ。▲4九飛と逃げたのに対し,△7五歩とここに手を付けました。そして▲4八飛のぶつけに悠々と△8二龍。
 いくら龍を作ったとはいえ,駒損して引き上げるのは普通は道理に反するのですが,この場合は先手の攻めがかなり薄いので,こう引いて受けきって勝つというのが正しい判断でした。▲7五歩と取ったのに対しては△7六歩と打ち,▲6五桂には取らずに△7七歩成(第2図)。
                     
 この歩成もこの局面だけみるとどうして桂馬を取らないのか不思議に思えましたが,こうしておけば先手は飛車を使う手段がなくなり,そう進めるのが正しい大局観でした。
 この後の先手の指し手も僕にはかなり不思議に思えましたが,結局のところ中盤のうちに切れてしまい,終盤に至らぬまま投了に追い込まれました。
 勝った羽生名人は準決勝で松尾七段と阿久津七段の勝者と対戦します。その対局も取り上げる予定です。

 僕の瞳孔が十分に開いたのを確認すると,看護師は僕を医師が待機している診察室へと案内しました。待合室の隣にある大きな部屋の左側にあった個室です。僕はここで初めて医師と対面することになったわけです。О眼科というからにはこの先生はО先生ですが,おそらく30代半ば,僕より少し若いくらいと思われる男の医師でした。
 網膜症の診察のやり方というのは決まっているようで,診察の内容自体はみなと赤十字病院で2度受けたものと同じでした。部屋を真暗にして顕微鏡のような機械を用いて片目ずつ順に診察していきますが,その際,目を動かすように指示されます。左上,上,右上,右下,下,左下にそれぞれ瞳を動かしていきます。両目ですからこれがそれぞれ2度ずつあるわけですが,異常がなければそれで診察は終わります。過去の2度はそれで終っていましたが,この日も同様でした。つまり僕の目にはまだ網膜症の兆候は表れていなかったということです。ここでは眼底出血と新生血管を代表的な網膜症の症状としてあげましたが,網膜症の最初の段階というのは,網膜の毛細血管にこぶができる毛細血管瘤という症状で,これも見つからなかったということです。それから白内障の検査もあったようですが,こちらも異常なしでした。ただし,左目の下の方には新生血管ではないけれどもごく細い血管があるので,場合によってはこれをレーザー治療によって潰すことになるかもしれないとは言われました。
 診察の後,医師はひとつの手帳を僕に渡しました。それが下の写真の糖尿病眼手帳というもの。中には受診記録の記入欄や,糖尿病性網膜症に関する説明などがあります。僕はそれまでは入院中にもらった糖尿病手帳に関しては常に持ち歩くようにしていましたが,この日から,こちらの手帳もセットで携帯するようになりました。
                         
 最後にО先生は,僕のヘモグロビンA1cの値を尋ねました。8日が通院日でしたから,1月4日の検査の値であった7.0%を答えますと,これは少し高いので,4ヶ月ほどしたらまた検査に来た方がいいと言われました。4ヶ月後。それは今月にあたります。
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王位戦&散瞳

2010-07-14 18:36:26 | 将棋
 個人的に楽しみにしていた第51期王位戦七番勝負が開幕しました。対戦成績は深浦康市王位が0勝,広瀬章人六段が1勝。
 振駒で広瀬六段の先手。最も得意とする四間飛車穴熊を採用し,深浦王位も得意の居飛車穴熊に潜って相穴熊。後手が7筋,先手が5筋を攻めていく将棋。封じ手から激しくも長い中盤の戦いに突入しました。
                     
 ここで先手は▲5三銀と打ちました。▲6三飛成というのがまず浮かぶ最も自然に映る手で,そう指せないようではおかしいのではないかと感じさせるのですが,△7四角▲6七飛△8九龍▲4二銀成△同金上▲5三歩成△同金▲7七飛△7六歩▲同飛△7三歩という進展は,先手の攻めがさらに続きそう。▲5三銀というのは才能をみせた一手だったといえそうです。
 広瀬六段をゴルファーにたとえれば,ティーショットもパットも平均かそれよりやや上くらいのレベルかもしれませんが,アプローチショットに関してはだれにも真似できないような技術を持っているというタイプ。この将棋もそんなところが出ました。
                     
 ここから▲3五歩が急所の一着。後手は△5九飛の攻め合いを目指しましたが▲3四歩と取り込み,△2二銀に▲3三桂と露骨に打ち込んで後手玉の方が早く寄っていました。勝ち将棋鬼の如しといいますが,この後,8七の角まで使える夢のような展開となり,先手が押し切っています。
 広瀬六段が先勝。深浦王位としては,ティーショットの段階でリードを奪うか,アプローチを必要としないショートホールの戦いに持ち込むかしたいところではないでしょうか。第二局は27日と28日です。

 眼圧測定が終了しますと,僕は再び待合室の方に戻されました。それからしばらくしますと看護師が僕のところにやってきまして,両目に点眼薬を投与しました。これは,網膜症の検査を行うためには散瞳という,瞳孔を開く処置を事前に施しておく必要があり,そのためのもの。僕は網膜症の検査自体はО眼科ではこれが初めてでしたが,トータルでは3度目ということになりますから,これはとくに詳しく説明されなくとも何のための点眼であるのかということは分かりました。もちろんこれは説明がなかったという意味ではありません。
 散瞳のための点眼薬を投与したからといって,すぐに網膜症の検査が可能になるというわけではありません。瞳孔が開くのには時間が必要ですので,10分ほどは待つ必要があります。それくらいの時間が経過しますと,看護師がやってきて,ペンライトのような小さなライトで両目を点検し,瞳孔がきちんと開いているかどうかを確認します。これはみなと赤十字病院でもО眼科でも同じでした。ただひとつだけ違ったのは,みなと赤十字病院で行った2度の検査では,この確認の際に瞳孔の開き具合が十分ではないと判断されて,もう1度同じ点眼薬を投与され,また10分ほどの時間の経過の後に看護師が確認し,今度は大丈夫ということで医師による診察が始まったのに対し,О眼科では最初の確認のときにもう充分に瞳孔が開いているのですぐに医師による診察に入ったことです。僕は過去の2度の経験から,おそらく点眼薬はこの日も2度は投与するのだろうと予期していましたので,これは少しだけ得した気分になりました。
 ただ,今から思えば,みなと赤十字病院で散瞳のために投与した薬剤と,この日にО眼科で投与された薬剤というのは異なった薬剤ではなかったのでしょうか。といいますのも,散瞳しますと周囲が輝いているような感じになり,ものが見えにくくなります。それでもみなと赤十字病院のときは僕は2度ともそんなに辛さを感じることがなく,入院中の1度目のときは問題なく当日の午後3時からの糖尿病教室に参加できましたし,通院の2度目のときは午後から仕事のために外出しました。ところがこの日はこの輝きがなかなか治まらずに,結局のところ午後も外出の予定をキャンセルせざるを得なかったのです。たぶんО眼科で用いている薬剤は,みなと赤十字病院のものと比較して,効能が強いのだと思います。だから点眼も1度で済んだのではないでしょうか。
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竜王戦&眼圧

2010-07-13 22:16:08 | 将棋
 第23期竜王戦決勝トーナメントは,開幕戦で戸辺誠六段が中村太地四段を降し,村山慈明五段と対戦することになりました。対戦は一局で,それは村山五段の勝利。
 振駒で村山五段の先手。戸辺六段のごきげん中飛車で手順は異なりますが①Aの変化。先手が抑え込みにいったところで後手が5筋の歩を交換し,そのまま戦いに持ち込まれました。
                    
 先手が飛車の退路を封じたところ。後手は△5五同飛と取ってしまい,▲同銀△同角。先手は▲1八飛打と受け,△5六歩の垂らしに▲6六銀と出て,△2八角成▲同飛を強要しました。角銀交換で先手の駒得ですが,先手は自陣に飛車を打っていますから釣り合いは取れていそうです。
 面白いことにこの後,似たような手が出ました。
                    
 今度は後手が飛車の退路を断ったところ。このまま△2三銀と打たれてはひどいですから▲2一飛成はこの一手。後手も△2九飛と打って攻め合い模様ですが,この順は僕には後手の方が有望のように感じられました。というのも,玉の堅さに差がありますし,先手は角を十分に使えていませんので,少なくとも攻撃の主導権だけは後手が握れそうだからです。実戦は香車を取り合って,やはり後手が攻める展開になりました。
 先手も受けてばかりではキリがありませんから勝とうとするならどこかで攻め合いにいく必要があります。
                    
 ここで▲5四歩と垂らしました。銀取り放置で観戦していて驚きましたが,渾身の勝負手であったのでしょう。と金もできましたし顔は立ちました。とくにこの将棋のように,9筋を突いていない美濃囲いに対しての5三のと金はかなり威力があるように思います。しかし実戦のようにこのと金を▲4三とから使っていかなければならないようでは先手が辛い。結果的にこの勝負手も功を奏さず,後手の勝ちとなっています。小さな差であったかもしれませんが,途中からはずっと後手がリードしていた将棋ではなかったかと思います。
 勝った戸辺六段は次は郷田真隆九段と対戦します。その将棋も取り上げる予定です。

 僕が眼圧というのがどういうものであるのかを詳しく調べてみたくなったのは,父との間で以下に記すような会話があったからです。
 僕がこの日に眼圧を計測したということを話しますと,父は,眼圧が高い日にはレーザー治療を行えないことがあるという主旨のことを言いました。それで僕は,どのくらいの値だと高くてできないのかを尋ねたのですが,父によれば17mmHgくらいだと高いと言われてできないことがあるという返事だったのです。すでにこの日の僕の計測結果は示しましたが,僕は両目ともにこれよりも高い値でした。それでそういう数値だったと言いますと,父はそんな高い数値は出たことがないと言ってひどく驚きました。そして,眼圧が高いのは緑内障であるという主旨のことを付け加えたのです。
 こういう事情で僕は眼圧について調べてみたのです。すると人間の正常眼圧というのは,10~21mmHgだということで,僕は上限ぎりぎりながらも,一応は正常眼圧の範囲内に収まっていることが分かりました。だから医師も看護師もとくに何も言わなかったのでしょう。一方,父が言ったように,眼圧の高さと緑内障との間には,一定の相関関係はあるようです。ただし緑内障は,正常眼圧の人間でも罹患する場合もあるそうなので,眼圧が正常値であるというだけでは緑内障を発症していないというようには安心はできないようです。
 一般的には眼圧というのは,血圧,とくに最低血圧といわれる拡張時血圧と相関関係があるそうですが,僕は血圧はむしろ低い方ですから,僕の眼圧が,正常値の範囲内とはいえ高めであるのは,ここからの影響とは考えにくいでしょう。一方,糖尿病との相関関係があるという研究もあるようで,あるいはそれが原因となっているのかもしれません。ただ,これは父もそのように言っていたことですが,眼圧というのは1日のうちでも変化するらしいので,僕のように1度だけ検査をして,それで高いとか低いとかいうのはあまり意味がないことなのかもしれません。実際に父はレーザー治療を行う前には必ず眼圧をチェックされるようですが,チェックの結果が高いために治療は行えないとされても,時間をおいて改めて検査をすると,治療が可能な値にまで下がっているというケースもあったようです。
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京王閣記念&眼圧測定

2010-07-12 19:01:54 | 競輪
 京王閣競輪場は今年度に入ってから走路の大規模な改修がありました。新走路で行われた記念競輪は今日が決勝でした。並びは新田-大槻の北日本,平原-後閑の埼京に中谷,柴崎-山口-山田の中部で池田が単騎。
 Sは新田が取ってそのまま前受け。3番手に柴崎,6番手に平原で池田が最後尾という周回。残り2周半から平原が上昇,まずは前に並び掛けるとホームで新田を抑えて前に。さらにバックで柴崎が発進,平原を叩いて先行態勢に入ると,新田がインを上昇して山口と番手戦。引いた平原はバックから捲り発進。うまく番手に入って続いたのは池田。しかし前に出ようかというところから新田も頑張り捲りきれず。立て直した後閑が自力で発進するとこの捲りが鮮やかに決まって優勝。マークの中谷が続いて2着。柴崎と平原の中を割った山口が3着。
 優勝した東京の後閑信一選手は昨年6月の京王閣記念以来の記念競輪19勝目。2007年にも優勝していて,ホームバンクでは無類の強さを発揮しています。平原の番手を池田に奪われたのは誤算だったでしょうが,ある程度なら自力も使えるのが最大の強み。平原は行ききれませんでしたので,もしかしたら離れてしまったことにより,強さがさらに際立つようなレースになったといえるかもしれません。

 視力検査が終了しますと,再び待合室に戻されました。待機していますとほどなくして再び僕の名前がコールされました。いよいよ網膜症自体の検査の準備が開始するのかと思ったのですが,再び大きな治療室の方へと呼ばれまして,この部屋の隅にあった機械の前に座るように促されました。うまく表現できませんが,双眼鏡のような形をした機械でした。もちろんそこに両目を入れるように指示されまして,そのようにしますと,目に風が当たりました。検査の内容はこれだけでした。
 この検査はみなと赤十字病院で行ったかどうかの記憶は定かではありませんが,眼鏡を作る際などには眼鏡屋でやったことがありましたから,初体験というわけではありませんでした。しかしそれまではこの検査が何の検査なのか僕は知らなかったのです。この日に初めてそれが分かりまして,これは眼圧というものを測定するための検査でした。
 父はよく眼圧を測定して,などと家で話をすることがありましたので,眼圧というものを調べる検査があるということは僕も知っていました。それでなるほどこれが眼圧の検査だったのかと思ったのですが,眼圧というのが具体的に何であるかということまではまったく知りませんでした。これについてはこの日のうちに医師からも看護師からも一切の説明がありませんでしたので,帰宅してから少し調べてみました。それによると,人間の眼球の内部は眼内液という液体で満たされていて,この圧力というのは気圧より少し高いのだそうです。そしてこの気圧との差異を,眼圧というのだそうです。mmHg,ミリ水銀柱という単位でこれを表します。このときの検査結果は,右目が19mmHgで,左目が21mmHgでした。
 眼圧自体が具体的にどういうものであるか知らなかったわけですから,結果を知りましてもこれがどの程度の値であるのかは当然のことながら分かりませんでした。ただ,これについては医師も看護師も何も言わなかったのですから,問題となるような値ではないのだろうくらいにしか思っていませんでした。もしもこれだけで終っていたとしたら,もしかしたら僕は眼圧というのがどういうものであるのかということも調べようとは思わなかったかもしれません。
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