スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

ワンダーランドカップ&公理論の必要性

2020-05-25 18:58:12 | 競輪
 昨日の宇都宮記念の決勝。並びは渡辺雄太‐堀内の南関東,野原‐浅井の近畿中部に神山,松浦‐渡部哲男の瀬戸内,中川‐大槻の同期。
 大槻がスタートを取って中川が前受け。3番手に渡辺雄太,5番手に松浦,7番手に野原で周回。残り2周のホームを過ぎると野原が上昇開始。バックで堀内の横あたりまで来ると渡辺雄太が動き,中川を叩きました。野原はその外から上昇し,打鐘で渡辺雄太を叩いて前に。4番手に渡辺雄太,渡辺雄太に続いた松浦が6番手,引いた中川が8番手の一列棒状に。このままペースアップせずに進み,ホームを過ぎてから野原の抑え先行に。渡辺雄太がバックから動きましたが,浅井が野原との車間を開けて待ち構えていたため,それ以上は前に出られませんでした。浅井は直線に入ってから踏み込んで優勝。渡辺マークの神山が1車身差の2着でこのラインのワンツー。外から追い込む形になった松浦が4分の3車身差で3着。
 優勝した三重の浅井康太選手は前回出走の高知記念に続いての優勝で記念競輪28勝目。宇都宮記念は2013年以来の2勝目。このレースは浅井と松浦の脚力が上位。浅井は自力ではなく野原の番手を選択しましたが,その野原が先行してくれたので有利になりました。競輪は開催の中止が相次いで,出走機会が激減しているのですが,間隔があると疲労が取れて力を出せるということがままあります。これからしばらくの間は展開よりも脚力を重視した方がいいかもしれません。

 それが数学的な対象ではないとしても,存在しないものを存在論に組み込むことは可能であると僕は認めますから,バディウAlain Badiouが集合論を存在論の文脈で語ること,いい換えれば集合論を存在論のひとつであるとみなすこと自体は僕は否定はしません。ただしこれについて,スピノザがどのように解するかは分からないとしておきます。ただ,もしもスピノザがそのような,存在しないものが組み入れられているものは存在論ではないというのだとしても,現状の考察において求めているのは,集合論を存在論であるとスピノザは認めるのかということなのではなくて,存在しないものが組み込まれている集合論を数学として,正確にいえば学知scientiaとしての数学として認めるのか否かということなのですから,スピノザが存在しないものについての論理を存在論としてみなすかどうかということが影響を及ぼすことはないと思います。
                                        
 スピノザは分析としての数学には大きな関心を寄せず,公理論的な証明Demonstratioばかりを行っていたと上野は言っていますが,その理由のひとつとして,絶対的なものとしての量,分割することができない量という概念notioをスピノザは必要としていたということがあげられます。このような量というのは,経験に訴えることによって人間の知性intellectusが把握できるものではないため,公理論的な仕方で定義Definitioを与え,知性がそれを概念するconcipereことができるようにする必要があるからです。僕はスピノザが公理論的な証明を行っていた主要な理由がこの点にあったとは考えませんが,少なくともそうした量というのは,公理論の中でしか示すことができないということだけは確かなことだと考えます。
 バディウは,存在論は多の存在論でなければならず,多の存在論は空を必要とし,空は非実在的なものであるがゆえにそれは公理論として示されなければならないといっています。これも,非実在的なものについて,それは非実在的であるがゆえに人間の経験に訴えることはできないと解するなら,その直接的な原因causaとなっている概念には量と空という相違はあるものの,スピノザと同じような理由,あるいは一致した理由から公理論を必要としたとみることができるでしょう。
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大楠賞争奪戦&バディウの補足

2020-04-26 19:15:21 | 競輪
 武雄記念の決勝。並びは郡司‐中村の南関東,野原‐村上の近畿,山田‐大坪の九州で山崎と深谷と松浦は単騎。
 山田,郡司,中村の3人がスタートを取りにいきました。最内の山田が誘導の後ろを確保して前受け。3番手に郡司,5番手に野原,7番手に深谷,8番手に松浦,最後尾に山崎で周回。残り3周のホームの手前から野原が上昇。これに合わせたのが郡司。山田も引かなかったので,ホームでは3人が併走する形。誘導の退避を待って山田が突っ張り,郡司は大坪の後ろに。野原は立て直してバックから発進。ここに続いた松浦が3番手となって打鐘。外を上昇してきた山崎がホームの手前で野原を叩いて前に。そこから深谷が発進。うまくスイッチしたのが松浦で,松浦の後ろを郡司が追走。中村を捌いた野原が4番手になってバックを通過。深谷との車間を開けていた松浦が直線の手前から発進。マークする形になった郡司の追撃を凌いで優勝。松浦マークになった郡司が4分の3車身差の2着で,郡司マークになった野原が2車身差の3着。逃げた深谷が4分の1車輪差で4着。
 優勝した広島の松浦悠士選手は前回出走のウィナーズカップからの連続優勝。記念競輪は2月の高松記念以来となる6勝目。武雄記念は初優勝。このレースは松浦,深谷,郡司の3人が脚力で上位。先行はおそらく野原か深谷で,野原が先行の場合は3人のうち,深谷が先行の場合は残るふたりのうち,よい位置を確保できた選手が有利になるだろうと思っていました。機敏に動いて深谷の番手を確保できたのが勝因でしょう。力量上位の選手が最終バックで前から3人で並んでは,ほかの選手に出番はありません。もっと工夫したレースが必要だったと思います。

 エピステーメーの中に党派的なものが存在したという点に関する考察はここまでとして,次の課題に移ります。
                                        
 『主体の論理・概念の倫理』に関する考察の中で,バディウAlain Badiouについて触れた部分がありました。ただし僕は,バディウがどういう観点からスピノザを批判したのかはよく分かっていませんでした。というか,なぜバディウがスピノザを批判しなければならなかったのかということが分からずにいたのです。これについて『〈内在の哲学〉へ』の中で,理由が示されていましたので,そこのところを補足しておきます。ただしこの補足には事前に注意しておいてほしいことが含まれます。
 『〈内在の哲学〉へ』の第7章は「メイヤスーとバディウ」という表題になっています。これは,メイヤスーがバディウを解釈し,それに対する批判をしているのを,近藤が検討するという内容になっています。ものすごく大まかな説明で,正確性を欠いているといわれればその通りではありますが,とりあえずそのような内容であると思ってください。このとき僕は,メイヤスーの考え方については何も考察しません。あるいはメイヤスーの主張について,それを検証するということはしません。同様に,近藤がメイヤスーのバディウ批判をどのように解しているかということも考察しませんし,近藤の解釈の正当性についても検証はしません。ですからここではバディウの考え方について補足をしていくのですが,それを紹介しているメイヤスーや近藤の見解の正当性については何も問わないのですから,メイヤスーによるバディウの理解や,近藤によるメイヤスーのバディウ批判に対する理解に何らかの誤解が含まれているとしたら,その誤解が含まれたまま僕の考察も進んでいくということになります。これは考察としては大きな危険を孕むものではありますが,さすがにそれらの正当性について評価するには,僕には能力も足りませんし,かといってその評価のために時間を費やすのも,僕自身の関心からいえば徒労ですから,止むを得ないこととしておきます。これは僕がなぜ『〈内在の哲学〉へ』を読んだのかを説明したときにいったことからもお分かりいただけるでしょう。
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よさこい賞争覇戦&排除されるべき主体

2020-04-06 19:10:33 | 競輪
 昨日の高知記念の決勝。並びは吉沢‐岡の関東,渡辺に佐藤,浅井‐近藤の中部,小川‐山中の西国で三谷は単騎。
 浅井がスタートを取って前受け。3番手に吉沢,5番手に渡辺,7番手に三谷,8番手に小川で周回。残り2周のバックに入ってから小川が上昇開始。三谷はこのラインにスイッチ。打鐘後に浅井を押さえました。この後から渡辺が発進。ホーム前のコーナーで小川を叩いて前に。ここから吉沢が発進してかまし先行になりましたが,岡は離れてしましました。2番手に渡辺,4番手に岡,5番手に小川,7番手に三谷,8番手に浅井の一列棒状に。バックから浅井が発進。最終コーナーの前で渡辺が番手捲りを打つような形となったものの,直線手前では浅井が捲り切り,マークの近藤と後ろを離し,その近藤にも差を詰めさせずに優勝。マークの近藤が1車身差の2着。渡辺マークの佐藤が3車身差で3着。
 優勝した三重の浅井康太選手は前回出走の松阪のFⅠを完全優勝していて2開催連続の優勝。記念競輪は2月の静岡記念以来で通算27勝目。高知記念は初優勝。ここは前を回る選手の中では脚力上位なので,最有力候補とは思っていましたが,それにしても圧巻の内容でした。完全にかつての調子を取り戻していますので,怪我さえなければ今年はビッグでの活躍も期待できるでしょう。

 スピノザの哲学に限らず,ある哲学ないし思想を十全に理解した上で,理解したその当人がそれを自身の政治的立場なり宗教的立場なり,これもまたそれらふたつに限らずどんな立場でもいいのですが,何らかの立場を決定するための基礎として選択するとき,僕たちは通常は当人の意志voluntasによってそれが選択されたと解するのではないかと思います。とりわけ,十全に理解した思想なり哲学なりがふたつ以上,つまり複数あって,そこから取捨選択をしてあるひとつのものを選ぶとすれば,なおのこと僕たちはそれをその当人の意志と解すると思います。僕の考えでは,おそらく近藤は無意識のうちにこうした意志を人間が発揮することが可能であると思っているがゆえに,カヴァイエスJean CavaillèsやゲルーMartial Gueroultはスピノザの哲学を自身の政治的あるいは宗教的立場として基礎づけようとはせず,それに対してアルチュセールLouis Pierre Althusserはスピノザの哲学によってそれらの立場を基礎づけようとしたと主張しているのです。
                                   
 しかし実際はこのような選択的な意志を人間が発揮することは不可能であるということがスピノザの哲学の特徴です。このことは第一部定理三二から明らかです。そしてこの定理Propositioが正しいということは,意志が絶対的思惟ではなく,思惟の様態cogitandi modiであるということに注意さえすれば理解できます。よって意志は,というか個々の意志作用volitioはというべきですが,それは第一部定理二八の様式で個々の観念ideaがある人間の知性intellectusのうちに生じるのと同じ様式で,各々の人間の知性のうちに発生するのです。同じことは第二部定理四八でもいわれていて,ここではまさに絶対的で自由な意志は人間の精神mens humanaのうちには存在せず,第一部定理二八の様式で決定されるのだといわれています。
 こうした意志の主体subjectumとしての人間という考え方を否定することは,スピノザの哲学における主体の排除の核心部のひとつといっていいでしょう。ですから僕からみると近藤の記述というのは,スピノザの哲学において排除されるべき主体という概念notioを,暗黙裡に前提してしまっていると思えるのです。もし哲学なり思想を何らかの立場の基礎として用いるということをいうなら,別の文脈でいうべきではないでしょうか。
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ウィナーズカップ&ゲルー

2020-03-30 19:28:38 | 競輪
 福井競輪場で争われた昨日の第4回ウィナーズカップの決勝。並びは高橋‐守沢の北日本,清水‐松浦‐柏野の中国で和田と吉田と古性と原田は単騎。
 守沢がスタートを取って高橋の前受け。最初は3番手に清水がいましたが,外から上がってきた和田に譲り,3番手に和田,4番手に清水。7番手に吉田,8番手に古性,最後尾に原田で周回。まるで動きがないまま残り2周を通過。バックから清水が動き,高橋を叩いて打鐘。4番手には吉田,5番手に古性。引いた高橋が6番手でこのライを追走した和田が8番手。最後尾に原田という一列棒状になりました。バックに入ると松浦が清水との車間を開けて後方を警戒。捲ってきたのは高橋。松浦は3コーナーから番手発進。高橋はよく追い詰めましたが松浦が粘り切って優勝。高橋マークの守沢が外から4分の1車輪差の2着。高橋は8分の1車輪差の3着。
 優勝した広島の松浦悠士選手は2月の高松記念以来の優勝。ビッグは昨年の競輪祭以来の2勝目。このレースは清水と松浦の脚力が上位。そしてそのふたりが連携しましたから圧倒的に有利。単騎の選手が多くいましたので,もつれることもあり得るかと思っていましたが,予想に反して単調なレースになりました。こうなれば番手から出られる松浦が優勝するのが当然。むしろ意外なほどに差を詰められてしまったという印象です。こういうレース内容になってしまったのは単騎の選手たちが無策であったからで,何もできないのならなぜ単騎での競走を選択するのか疑問に感じます。

 アルチュセールLouis Pierre AlthusserからノンポリとみられたゲルーMartial Gueroultは,哲学者というよりは哲学史家です。つまり自身が哲学者であるというよりは,哲学および哲学者の研究家といった方が正確です。アルチュセールは自身が哲学者かそうでなくとも思想家ですから,その点でそもそもアルチュセールとゲルーの間には立場上の相違があったとみておいた方がいいでしょう。
                                        
 アルチュセールとゲルーは同時代人であるといいました。確かに同じ時代を生きてはいますが,同世代というわけではありません。ゲルーは1912年には高等師範学校に生徒として入学しているのですが,アルチュセールはその時点ではまだ産まれていません。ふたりの間には27の年齢差があります。
 ゲルーは高等師範学校に入学した2年後に,兵役に服しました。これは第一次世界大戦の時代です。戦闘で銃弾を受けて負傷し,ドイツ軍の捕虜となったのですが,終戦後に解放され,1919年に復学しました。卒業後は哲学の教員となり,1945年に大学教授となりました。これはソルボンヌ大学です。そして1951年にコレージュ・ド・フランスという,フランスの国立の特別教育機関で教授を務めるようになりました。ここで1962年まで仕事をしています。同じ頃にここで教授を務めていた人物としてはメルロ=ポンティMaurice Melaeu-pontyがいます。またフーコーは1970年からここで教授を務めていますので,同じ時期に在籍はしていないのですが,その哲学史研究の影響,とくに方法論的な影響を受けています。ゲルーの影響を受けている思想家としては,フーコーのほかにドゥルーズGille Deleuzeも同様です。
 ゲルーは哲学史家なので,スピノザの哲学だけを特別に研究したわけではありません。アルチュセールがゲルーのスピノザ以外の哲学者の研究についてどういった感想を抱いていたのかということはよく分かりませんが,おそらくどの哲学者を研究するにあたってもゲルーの方法は同じだった筈でしょうから,そうした研究もアルチュセールからみればノンポリに映ったのではないかと思われます。ただそうしたアルチュセールの感想も,僕は政治的であるとはみなしますが,それだけで党派的であったとはいいません。
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国際自転車トラック競技支援競輪&自然の一部

2020-03-22 18:58:16 | 競輪
 久留米競輪場で開催された第10回国際自転車トラック競技支援競輪の決勝。並びは桜井‐菅田の宮城に岡村,藤井‐南の近畿,竹内‐久米‐阿竹の中国四国で志村は単騎。
 スタートは牽制となり,阿竹が取らされる形に。竹内の前受けとなり,4番手に桜井,7番手に藤井,最後尾に志村という周回に。残り3周のバックを過ぎると藤井が上昇開始。志村も続きました。藤井はホームで竹内に並び,誘導が退避したところで竹内も突っ張る構えをみせたものの,さらにスピードを上げた藤井が前に。後方になった桜井がバックから発進。打鐘からのかまし先行に。4番手に藤井,6番手に志村,7番手に竹内の一列棒状に。ホームの出口から藤井が発進。菅田は桜井との車間を開け,十分に引き付けバックで藤井が並んできたところから発進。岡村が被ってしまい続けず,藤井マークの南が菅田にスイッチ。結果的にこのライン追走のレースになった志村までの3人が抜け出す形に。直線では差は詰まったものの順位は変わらず,優勝は菅田。南が4分の3車輪差の2着で志村が4分の3車身差の3着。
 優勝した宮城の菅田壱道選手は一昨年の大宮記念以来のグレードレース制覇でGⅢ3勝目。2009年6月に当地の記念競輪で優勝があります。この開催はGⅡが間近に迫っているため,GⅢとしてはやや弱体メンバー。しかも実績で上だった武田や村上が敗退したため,決勝はなお混戦模様になりました。菅田はメンバーの中では脚力上位で,同県の後輩の番手を得ましたから,ポジションとしては有利。それを生かしきって優勝に結び付けました。ただレースぶりとしていえば,車間を開けたのはよかったのですが,発進のタイミングはもう少し早い方が安全だったような気がします。

 第四部定理四は,人間が自然の一部分Naturae parsでないことは不可能であるといっています。これはつまり,人間が自然に内在しないということ,いい換えれば人間が自然を超越することは不可能であるといっているのと同じです。内在の哲学が近藤の論調に対して有する最大の意義は,この,人間が自然を超越することは不可能であるという点にあるといっていいでしょう。そしてまたも注意を促せば,ここでいわれている人間とは,人間の身体humanum corpusだけを意味するのではなく,人間の精神mens humanaも意味しているのです。とくに人間の精神が自然を超越することは不可能であるということが,近藤の主張にとっては重要であるといっていいかもしれません。
                                   
 さらにいうと,この定理Propositioでいわれている自然というのは,必ずしも能産的自然Natura Naturansだけを意味するのではないのです。むしろここでいわれていることは,人間は所産的自然Natura Naturataの一部である,つまり,能産的自然に対して内在する所産的自然のさらに一部であるというように解するのが適切であるといえます。そしてこのことは,とくに人間の精神についていえば,第二部定理一一系でいわれていることと同じことだと解することができます。なぜなら,この系Corollariumでいわれている無限知性intellectus infinitusというのは,書簡六十四から,思惟の属性Cogitationis attributumの直接無限様態であると解さなければなりません。したがって無限知性は,第一部定理二一の様式で,思惟の属性を原因causaとして生起する様態modiです。よって第一部定理二九備考により,それは能産的自然には属さず,所産的自然に属するといわなければなりません。能産的自然に属するのはこの場合はDeusあるいは同じことですが神の思惟の属性なのであって,それを原因として発生する様態の方は所産的自然であるからです。すなわち第二部定理一一系は,人間の精神は所産的自然の一部であるといっていることになります。もちろん人間の精神が能産的自然である神の思惟の属性に内在する思惟の属性の有限様態すなわち個物res singularisであることは間違いありません。しかしそればかりではなく,思惟の属性の直接無限様態という所産的自然である神の無限知性にも内在する,思惟の属性の個物なのです。
 もう少し分かりやすく説明しましょう。
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金亀杯争覇戦&〈内在の哲学〉へ

2020-03-15 18:57:57 | 競輪
 松山記念の決勝。並びは平原‐諸橋の関東,根田に守沢,松浦‐稲川‐志智の西日本で杉森と中川は単騎。
 平原がスタートを取りに行きましたが,外から上がってきた守沢に譲る形となり,前受けは根田。3番手に平原,5番手に松浦,8番手に中川,最後尾に杉森で周回。残り3周のバックから松浦が上昇。根田と併走しながらホームへ。ちょうど残り2周の地点で松浦が根田を叩いて誘導は退避。4番手に平原,6番手に中川,7番手に杉森,引いた根田が8番手という一列棒状に。松浦はスローペースに落としましたがだれも叩きに来ず,そのまま打鐘。松浦の成り行き先行かに思えましたが,コーナーで平原が上昇。松浦を押さえて先行することに。諸橋の後ろにいた中川が続こうとしましたが,これは松浦が阻止して3番手は松浦。中川は立て直してバックからまた発進しましたが松浦の横で一杯。この影響で松浦は発進することができませんでした。バックから平原との車間を開けていた諸橋が直線半ばから平原に詰め寄りましたが届かず,優勝は平原。マークの諸橋が8分の1車輪差の2着で関東のワンツー。諸橋の後ろから流れ込む形で松浦が4分の3車身差の3着。
                                        
 優勝した埼玉の平原康多選手は大宮記念以来の優勝で記念競輪22勝目。松山記念は初優勝ですが,2013年2月の全日本選抜競輪を当地で優勝しています。このレースは松浦と平原が総合的な力量で上位。ただどちらも先行タイプではないので,いい位置を確保できた方が有利になると予想していました。そういう意味では逃げたのは予想外だったのですが,松浦が先行するのを嫌がっているのを見て,機敏に先行していったのが好判断でした。中川と被って松浦が動けなかったのも有利になったといえるでしょう。また諸橋は,自身の優勝ということを考えれば,少し車間を開けすぎたかもしれません。

 12月18日,水曜日。僕はこの日は川崎に行っていました。移動の最中に1冊の本を読了しました。近藤和敬の『〈内在の哲学〉へ』です。
 読了したと書きましたが,これは最初から最後まで読んだという意味で,すべてを理解したわけではありません。当初からそのようなことは無理と予測していましたし,そういう目的で読んだ本でもないからです。近藤は『主体の論理・概念の倫理』の編集者のひとりで,巻末で鼎談を行っている3人のうちのひとりです。僕は『主体の論理・概念の倫理』に関して読後の考察をこのブログに示しました。ただその考察の中でもよく分かっていなかったことがありましたので,その補足のために『〈内在の哲学〉へ』を読みました。しかし当然ながらこちらにはそちらと無関係な事柄も含まれています。そういう部分に関しては目を通しましたが,よく理解できなかった事柄についてそれ以上調べることはしていません。それは当初の目的外に該当するからです、ですから僕はこの本全体の講評はできません。
 本の体裁は,近藤の論文を集め,それに修正を加えることで1冊の本として,つまり始まりから終りまで一貫性をもたせたものとなっています。したがって方法としていえば河合徳治の『スピノザ哲学論攷』と同じです。ただし1冊の本として成立させるという点でいえば,『スピノザ哲学論攷』ほど成功しているようには僕には思えませんでした。むしろ論文集として出版した方がよかったのではないかと思えるくらいです。「カヴァイエス ドゥルーズ スピノザ」という副題がついていますが,その3人とはおおよそ無関係といえるような論文も含まれています。もっとも,河合の本についていえば,スピノザの哲学だけが対象となっているのに対し,近藤のものは副題よりも広範に渡る内容が含まれているため,僕自身の理解力によって,前者の方が一貫した1冊の本にすることに成功していると感じられるだけかもしれません。
 補足として読んだので,まず近藤の思想の中心を簡単に紹介した後,このブログにとって必要な補足を加えます。そして最後に,近藤のスピノザの哲学に対する理解にひとつだけ疑問を呈します。
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瀬戸の王子杯争奪戦&遠縁

2020-03-08 19:12:36 | 競輪
 玉野記念の決勝。並びは新山‐佐藤の北日本,郡司‐柿沢の東日本,畑段‐東口の近畿,清水‐岩津の中国で吉田は単騎。
 佐藤と東口がスタートを取りに行き,内の佐藤が譲る形で東口が誘導の後ろに。前受けは畑段となって3番手に新山。5番手に清水,7番手に吉田,8番手に郡司で周回。残り3周のバックを出ると郡司が上昇を開始。柿沢の後ろに吉田がスイッチし,その吉田を清水が追走して残り2周のホームでは2列に。残り2周となったところで郡司が畑段を叩いて誘導は退避。コーナーでは清水が上昇していき,バックに入ったところで郡司を叩いて前に。さらに外から新山が上昇。清水を叩いて打鐘。吉田は佐藤の後ろを追走しようとしましたがこれを清水が阻止。3番手に清水,5番手に郡司という隊列になりました。ホームから畑段が発進。しかしこれもホームからコーナーにかけて清水が阻止しました。清水はバックから発進していきましたが今度は佐藤に牽制されて失速。郡司は清水の外から捲り追い込む形。直線は逃げる新山,マークの佐藤,捲り追い込んだ郡司と,清水マークから新山と佐藤の間を割りにいった岩津の4選手の争い。優勝争いは写真判定となり,最内の新山と大外の郡司で同着。外からふたり目の佐藤が8分の1車輪差の3着で内からふたり目の岩津は半車輪差の4着。
 優勝した神奈川の郡司浩平選手は昨年9月の共同通信社杯以来の優勝。記念競輪はその直前の小田原記念以来となる7勝目。玉野記念は初優勝。青森の新山響平選手は昨年9月の青森記念以来の優勝で記念競輪4勝目。玉野記念は初優勝。このレースは力量では清水と郡司。清水の方がよい位置を取ることができたのですが,吉田をブロック,さらに畑段もブロックと,レース中に力を使わなければならない場面が多く,その結果として佐藤の牽制によってすぐに失速してしまったのではないかと思います。これだと展開有利は佐藤でしたが,新山を差すには至らず。逆に新山にとってはこのメンバーで打鐘から先行して,同着とはいえ優勝できたのは自身になるのではないでしょうか。郡司も清水のさらに外からの捲りでしたから普通は苦しいパターンで,力はみせたと思います。

 線香を立ててもらった後,自宅でKさんと話をしました。それで,Kさんと祖母の関係がどういったものかが分かりました。ただ,想像できないくらい複雑なものでした。
 祖母の父には何人かの妾がいました。このために祖母には親戚筋が増えることになったのです。
 祖母が育ったのを本家であるというなら,妾の家系はその分家ということになります。その分家のひとつにK家がありました。僕は祖母に何人の兄弟姉妹がいたのかということは知らないのですが,本家とは別に,分家には異母兄弟姉妹が何人か存在したことになります。しかしKさんとの関係が現在まで続いていることからも分かるように,異母兄弟姉妹は知り合いだったことになります。つまり本家と分家の間には交流があったということでしょう。それはつまり,本妻と妾の間に交流があったということを意味する筈で,僕にはちょっと考えられないのですが,時代背景的にはそれが普通だったのかもしれません。
 ややこしいのは,Kさん本人の出自はK家にはないということです。Kさんは小学校1年生の時に,K家に養子として入りました。それは本家と何の関係もない家系から入ったのかもしれませんし,本家からあるいはK家とは別の分家から入ったのかもしれません。ですから祖母とKさんの間には,血縁関係はあるかもしれないしないかもしれないのです。それはつまり,僕とKさんは親戚筋にあたるのは確かだけれど,はっきりとした血縁関係があるかないかは分からないということです。
 年齢から考えると,Kさんは祖母の甥,祖母の父の子の子にあたる筈です。よって僕のからみたとき,Kさんは従弟ということになります。血縁関係が複雑な上に,養子なので,僕たちが一般的に従弟とみなす関係とは大幅に異なりますが,従弟にあたるということはここまでのことから間違いありません。よってKさんは僕からみると,母の従弟ということになります。僕は父親の従兄弟姉妹,つまりの両親の兄弟姉妹の子どもというのはひとりとして知りません。ですから僕の親戚筋としては,Kさんはかなり遠縁にあたることになります。
 Kさんはこの後,長崎に行くとのことでした。
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春日賞争覇戦&虫歯の治療

2020-03-02 19:25:59 | 競輪
 昨日の奈良記念の決勝。並びは平原に松谷‐伊勢崎-萩原の南関東,三谷-坂口の近畿中部,宮本-小倉-湊の中国四国。
 平原がスタートを取って前受け。5番手に三谷,7番手に宮本で周回。残り3周のホームから宮本が動いていくと,後ろを見やっていた三谷も上昇。バックの入口で三谷が平原を叩くと,さらにその外から宮本が叩き,残り2周のホームは先頭に宮本,4番手に三谷,6番手に平原の一列棒状で通過。バックに入ると平原が外を上昇。追い出しを掛けたのかと思いきや,打鐘で内に斬れ込んでいき,宮本をコーナーで掬って残り1周のホームから先行。トリッキーな動きだったため,松谷はマークしましたが伊勢崎以下が離れ,3番手を内の三谷と外の宮本で取り合う形に。この競り合いは宮本が制し,3番手に宮本,4番手に三谷。以下は小倉-坂口-伊勢崎という隊列でバックへ。最終コーナーから宮本が外から発進し,三谷はさらにその外へ,。小倉は内に進路を取りました。直線は逃げる平原をフィニッシュ寸前で松谷が差して優勝。平原が4分の1車輪差の2着に逃げ粘ってこのラインのワンツー。平原と松谷の間に進路を求めた小倉は開かず4分の3車身差で3着。
 優勝した神奈川の松谷秀幸選手は2017年4月の西武園記念以来の記念競輪3勝目。奈良記念は初優勝。僕はこのレースは脚力とレースの巧みさから平原と三谷の争いになるのではないかと思っていました。展開的にそうなっただけといういい方はできますが,関東ラインでも先行は少ない平原の先行は予想外。そのときの動きにうまくついていったのが松谷の勝因でしょう。自力もある選手なので,平原の先行を2番手でマークなら差す方が自然です。

 帰りに薬局に寄りました。この日もインスリン,注射針ともに在庫が足りていました。
 10月29日,火曜日。10月は大きな台風がふたつ来ました。その後から,屋根が小さなものではあったのですが,カタカタと音を立てるようになりました。ふたつの台風とも強風を伴っていましたので,その影響が考えられました。ただ僕の家の屋根はベランダからでも覗くことができないような構造になっていますし,仮に見ることができたとしても,僕には修繕が必要なのか否かも分かりません。そこで業者に点検を依頼しました。その点検の日がこの日だったのですが,この日は雨が降ってしまったために延期となりました。
 10月30日,水曜日。虫歯の治療のためにI歯科に行きました。午前10時の予約でした。
 虫歯は左右の上の前歯にできていました。左に2か所,右に1か所の計3か所です。まずレントゲンで患部を確認し,この日は右上の部分を治療しました。治療は医師と歯科助手のふたりで行われました。虫歯の部分を削って,そこに詰め物をするというのがその具体的な内容です。前にもいったかと思いますが,I歯科では治療の際には塗る麻酔薬を使用します。これを使用すると治療のときはもちろんですが,麻酔をするために注射をしませんから,その痛みを感じることもありません。難点があるとすれば,この麻酔は強力なので,治療後も効果が続いてしまうことです。何かを飲んだり食べたりするのに,支障があるというほどではありませんが,明らかな違和感が残ります。
 帰宅後,午後12時45分に地域担当支援主任のSさんから電話がありました。妹のインフルエンザの予防接種を行うか否かの確認でした。接種してもらうように伝えました。
 10月31日,木曜日。妹を通所施設に迎えに行きました。
 11月1日,金曜日。妹の本牧脳神経外科の通院でした。これがあったのでこの週は木曜に妹を迎えに行ったのでした。この日は診察だけでしたが,前回の通院のときに行った血液検査の結果が出ていましたので,その報告もありました。前にもいいましたが,この血液検査では妹は貧血であるけれども心配の必要はないと言われます。
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たちあおい賞争奪戦&遺骨の管理

2020-02-24 19:00:34 | 競輪
 静岡記念の決勝。並びは小松崎‐佐藤の福島,渡辺‐郡司‐岡村‐松坂の南関東,浅井‐志智の中部で鈴木は単騎。
 佐藤と浅井がスタートを取りに行き,内の佐藤が取って小松崎の前受け。3番手に浅井,5番手に鈴木,6番手に渡辺で周回。残り3周の最終コーナーから渡辺が上昇を開始。ホームで小松崎を叩くとこのラインが出きり,渡辺があまりペースを緩めなかったために,5番手に小松崎,7番手に浅井,最後尾に鈴木の一列棒状で打鐘。打鐘後のコーナーから小松崎が発進,1コーナーから2コーナーにかけて郡司が牽制し,小松崎は失速。佐藤が岡村をどかして郡司の後ろに。バックから浅井が発進。郡司が対応しきれずにやや踏み遅れ,最終コーナーは浅井が僅かに前に出ながらふたりで併走する形に。直線では外の浅井が踏み勝って優勝。マークの志智が半車身差で2着に続き中部のワンツー。郡司は8分の1車輪差で3着。
 優勝した三重の浅井康太選手は一昨年12月の四日市記念以来の優勝で記念競輪26勝目。静岡記念は初優勝。そのときは3場所連続優勝だったのですが,昨年は怪我などの影響もあってか優勝はできませんでした。昨年末からまた負傷で欠場し,今年はここが3回目の出走。前回出走の全日本選抜は二次予選で敗退したものの,3日目と4日目は連勝と復調の兆し。今回も初日から3連勝していましたので,どうやら力を出せる状態に戻ったとみてよさそうです。このレースは南関東が静岡と神奈川の混成ラインのような並びになったため,渡辺が早くから駆けて,郡司が番手から発進。郡司と岡村で優勝争いとみていたのですが,むしろ郡司は渡辺を大切にするような競走に。最終周回のバックの入口あたりからは発進してしまった方が,ラインにとってもよかったのではないかと思います。

 遺骨というのは多くの場合は四十九日法要のときに墓地に埋葬するものだと思われます。祖父が死んだのが1966年の1月11日ですから,3月初めには四十九日を迎えています。日野公園墓地の使用の権利が発効したのが9月で,発効してすぐに納骨したかどうかは分かりませんが,通常の納骨と比べると半年以上の期間はあったことになります。僕が最も知りたいのは,その半年強の間,祖父の遺骨をどのように管理していたのかということなのです。四十九日までは自宅で管理しておくのが普通でしょう。これは僕のの遺骨に関してもそうでしたし,の遺骨に関しても同様でした。父の遺骨は四十九日法要の日に日野公園墓地内の墓に納骨しましたし,母の遺骨はやはり四十九日法要のときにお寺にある共同の納骨堂に納骨したのです。そしてこの納骨までは,自宅に誂えた仮の祭壇に置いてありました。
 祖父の場合も,たぶん仮の祭壇というのはあったと思われ,そこで保管してあった,正確にいえば少なくともそのように保管していた時期があったことは間違いないと僕はみています。ただその祭壇を,実際に日野公園墓地内の墓に納骨するまで自宅に置き続けていたということにはあまり確信がもてません。むしろ半年以上の期間ということになると,そうしておくにはいささか長すぎるように僕には思えるのです。よって,日野公園墓地内の墓に納骨するということを前提として,どこかに仮の状態で納骨しておいたという可能性があることになります。この可能性を僕は排除することができません。そしてもしそうであるなら,そこに納骨の記録というのが残っているのかもしれませんが,実際にそうしたのかどうかが分からない上に,もしそういう処置をしていたのだとしても,それがどこなのかはまるで分らないため,これは調べることがきわめて困難なのです。
 ただ伯父の話としては,祖父の遺骨を日野公園墓地内の墓に納骨したということだけは確実ということでしたから,僕としては,記録上は父と祖母の納骨の記録しか残っていないのだとしても,3体が納骨されているという前提で行動するということは,石材店の店主には後に電話で伝えました。
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小倉濱田翁カップ&郵送の依頼

2020-02-16 19:06:22 | 競輪
 第2回小倉濱田翁カップの決勝。並びは松坂‐海老根‐渡辺‐近藤の南関東,取鳥‐大川の中国,佐々木‐浜田の愛媛で金子は単騎。
 金子がスタートを取って前受け。一旦は金子の横まで上がりましたが,金子が譲らなかったため2番手となったのが松坂。6番手に佐々木,8番手に取鳥で周回。残り2周のホームに入って取鳥が上昇。バックの入口で金子を叩いて前に。取鳥ラインに続いていた佐々木がすぐに発進。取鳥を叩いて打鐘から先行。佐々木ラインを追っていた松坂が打鐘後のコーナーでうまくインに斬り込み3番手を確保。7番手に金子,8番手に取鳥の一列棒状に。バックから金子が動きましたがこれは前まで届かず。直線の手前から踏み込んだ松坂が,番手から出た浜田の外から差し込んで優勝。マークの海老根は佐々木と浜田の間に進路を選択し4分の3車輪差の2着となり,南関東のワンツー。佐々木マークの浜田が1車身差で3着。
 優勝した神奈川の松坂洋平選手は新春の前橋のFⅠ以来の優勝。グレードレースは2011年の平塚記念以来の優勝でGⅢは3勝目。当時は期待していたのですが,捲りに構えるケースが多くなり,それ以降は上位では戦えなくなっていました。ここはGⅢとはいえ強力な選手は不在で,ラインも長くなりましたから,有利に戦える状況。打鐘後にうまく立ち回って好位置を確保できたことが勝因でしょう。佐々木や取鳥とは一回り以上年長になりますが,それでも4人のラインであれば逃げてほしかったという気もします。

 8月11日,日曜日。前日に電話があった通り,午後1時過ぎにお寺の奥さんが来訪しました。これは翌週に母の一周忌の法要が予定されていたので,その打ち合わせでした。法要だけでなく,母の遺骨を会堂の中の専用の納骨堂に移すことも同時に行うことになっていたので,その手順の説明もありました。概ね45分くらいの打ち合わせでした。
 8月13日,火曜日。妹を通所施設に迎えに行きました。前日の12日は振り替え休日のために休み。そして翌14日から妹は夏休みに入ることになっていましたので,もし前週の金曜日に迎えに行けば,この日に送ってまた迎えに行かなければなりませんでした。これでは僕も妹も大変です。なのでこの前の週の週末はグループホームで過ごすようにして,この日に迎えに行ったのでした。
 この夏休みの期間中,妹は本牧脳神経外科への通院が予定されていました。本牧脳神経外科への通院の場合,妹の薬が処方されますので,グループホームに預けてあるものとしては,健康保険証とおくすり手帳が必要になります。ところがこの日は,健康保険証の方は持たせてくれたのですが,おくすり手帳の方はありませんでした。なので帰宅後にグループホームに電話を入れると,おくすり手帳はグループホームにあるとのことでした。取りに行ってもよかったのですが,通院は16日でしたから,すぐに郵送してもらえればそれには間に合うように思えましたので,それが可能であるかどうかを尋ねました。着払いで構わないなら送ることができるとのことでしたので,そのように依頼しました。
                                       
 8月15日,木曜日。郵送を依頼しておいたおくすり手帳はこの日の午前9時半に配達されました。
 10日に予定されていた回向は,この日に延期されていました。午後1時からです。妹も帰っていましたので,一緒に参列しました。
 8月16日,金曜日。妹の本牧脳神経外科への通院でした。この日は診察だけでなく,採血も行われました。採血は診察室の隣の処置室で行われます。これまでは僕も同席していたのですが,この日は処置室の前で待たされることになりました。妹は血管が細く,この日も採血には苦労したようです。
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読売新聞社杯全日本選抜競輪&2019年7月の通院

2020-02-12 19:44:20 | 競輪
 豊橋競輪場で行われた昨日の第35回全日本選抜競輪の決勝。並びは平原‐佐藤の東日本,郡司‐和田の南関東,三谷‐村上の近畿,松浦‐清水の中国で山田は単騎。
 近畿両者がスタートを取りに行き,三谷の前受け。3番手に松浦,5番手に平原,7番手に郡司,最後尾に山田で周回。残り3周のバックから郡司が上昇。ホームで三谷を叩いて誘導が退避。郡司を追った平原がすぐに郡司の前に出て先頭でバックへ。6番手になった三谷が発進。平原を叩いて打鐘。さらに松浦も発進。三谷も突っ張ろうとしましたが,ホームに入るところで松浦が前に出て先行。3番手に三谷,松浦ラインを追って上がっていた山田が5番手に入り,6番手に平原,8番手に郡司の一列棒状に。車間を開けていた山田がバックから発進。しかし村上の横まで来たあたりで番手から清水が発進。そのまま粘り切って優勝は清水。山田に乗るような形になった平原が外から追い込んで4分の3車輪差の2着。山田が4分の1車輪差で3着。
 優勝した山口の清水裕友選手は立川記念以来の優勝。ビッグは初勝利。僕はここは三谷の先行と予想。脚力は松浦が上位なので,その展開で松浦と清水の争いになるのではないかと予想していました。それが松浦の先行に。清水は自力でもビッグの優勝を争えるだけの脚力がありますから,この展開になれば優勝は当然でしょう。最後は平原が迫りましたが,これは山田のスピードを利用した面があり,単騎ながら山田が脚を溜めつつとてもいいレースをしたという印象です。

 7月27日,土曜日。妹が入所しているグループホームがある地区の盆踊りの日でした。妹はこれに参加したいとのことでしたので,この週は迎えに行っていません。前年もこの盆踊りに参加したいとのことだったので同様にグループホームで週末を過ごすようにしてあったのですが,台風のため中止になっていました。なので妹が盆踊りに参加することができたのは初めてです。前年はこのために浴衣を用意し,事前に通所施設で当時はまだ通所施設に来ていたグループホームの職員に渡してありました。浴衣は持ち帰っていませんでしたからまだグループホームにあり,それを着用して参加できたとのことでした。
 7月29日,月曜日。内分泌科の通院でした。
 病院に到着したのは午後2時半でした。保険証が新しくなっていましたが,コピーの必要はありませんでした。中央検査室に待機している患者はなく,すぐに採血し,採尿も済ませて注射針の処理をしました。夏場で汗をかく時期であったためか,この日は尿の量がやや少なかったのですが,問題はありませんでした。
                                   
 診察が始まったのは午後3時40分でした。HbA1cは6.4%と6月から比べてまた下がっていました。これは朝食前と昼食前に低血糖を発症している割合が増加していたためです。何度もいっているように僕の血糖値は気温が上がると下降する傾向があり,これは時期的な影響だったというほかありません。身体的な辛さも感じていましたので,持続効果型のインスリンであるトレシーバの注射量を,0.11㎎から0.09㎎に減らすことになりました。
 ほかに3点の異常がありました。ひとつは尿素窒素で,上限が20㎎/㎗のところ,23.8㎎/㎗とオーバーしていました。これは初の異常で,理由は不明です。さらにクロールも上限109mEq/ℓのところ111mEq/ℓと上限を超過していました。これは2015年7月に下限値を下回って以来の異常です。こちらも理由はよく分かりません。もうひとつは総コレステロールです。こちらは下限値が150㎎/㎗で,検査結果は147㎎/㎗でした。これは6月に続いての異常になりますが,気にすることではありません。
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玉藻杯争覇戦&証明の成立条件

2020-02-02 18:55:31 | 競輪
 高松記念の決勝。並びは菊地‐斎藤の北日本,野口‐和田の千葉,松浦に村上,松本‐久米の四国で中川は単騎。
 斎藤がスタートを取って菊地の前受け。3番手に松浦,5番手に中川,6番手に野口,8番手に松本で周回。残り3周のバックを出ると松本がゆっくりと上昇開始。前までは上がらず,野口の横に並ぶと,ホームで野口は引き,6番手と8番手が入れ替わっての一列棒状に。バックに入ると6番手から松本が発進。打鐘で菊地を叩きました。ただあまりペースを上げなかったため,8番手になっていた野口が外から松本を叩いてホームから先行。うまく続いた松浦が3番手,このラインに続いた中川も5番手となり,松本は6番手に。バックから松浦が発進。村上がマークを離して単騎での捲りになりましたが,あっさりと野口の前に出るとあとは後ろを離していくばかりとなり圧勝。村上の後ろから自力で捲り追い込んだ中川が4車身差で2着。野口マークの和田が2車身差で3着。
 優勝した広島の松浦悠士選手は前回出走の和歌山記念に続いての優勝で記念競輪5勝目。高松記念は初優勝。ここは明らかに脚力上位。その選手が3番手を回り,番手が離れてしまいましたから圧勝になったのは当然。松本の動きは3番手を取りにいったものだと思いますが,ペースを落とし過ぎたためにかえって松浦を利することになってしまいました。このあたりはまだ経験値が不足しているということでしょう。中川は一発があるかもしれないと思っていて,松浦ラインを追走したのはよかったのですが,村上が離れてしまったのは誤算だったでしょう。3人で捲り切る形になれば,もっと差は詰まっていましたし,あるいは差し切るというところまでいけていたかもしれません。

 補足から分かるように,第五部定理二八証明の根幹は,ある観念ideaが十全な観念idea adaequataであるか混乱した観念idea inadaequataであるかという点に集中しています。スピノザはこのことを根拠とし,十全な認識cognitioである第三種の認識cognitio tertii generisへ向かう欲望cupiditasは,十全な認識である第二種の認識cognitio secundi generisすなわち理性ratioによる認識からは発生し得るけれど,混乱した認識である第一種の認識cognitio primi generisからは発生し得ないとしているからです。
                                   
 この証明Demonstratioが成立するのであれば,第三種の認識の本性naturaに属するであろうものを永遠の相species aeternitatisの下に認識するcognoscereことという場合の永遠の相と,第二種の認識の本性に属するとされているものを永遠の相の下に認識することという場合の永遠の相は,同一の永遠の相でなければなりません。というのは証明の主旨から,それが同一であるから第二種の認識から第三種の認識へと向かう欲望が発生し得ることになるからです。逆の面からいえば,それらの永遠の相が異なった永遠の相と仮定するなら,第一種の認識から第三種への認識へ向かう欲望は発生し得ないと結論するのと同じ論拠によって,第二種の認識から第三種の認識へと向かう欲望は発生し得ないといわなければならないからです。第二部定理四〇4つの意味のうち第三の意味は,十全な観念が結果effectusとして発生するのであれば原因causaは十全な観念でなければならないということをいっているのであって,その十全な観念がどのような意味において永遠の相の下に認識されているかは含んでいません。しかし含んでいないのは永遠の相がいくつもあるわけではなくひとつしかないからだということになるわけで,証明そのものだけでなく,証明の前提の時点でスピノザは第二種の認識の本性に属する永遠の相と,第三種の認識の本性に属するであろう永遠の相を,同一の永遠の相とみなしているということもできるでしょう。
 これをまとめれば,スピノザはものが十全に認識されるのであれば,それは第三種の認識によって現実的に存在する自分の身体corpusの本性や,自分の身体以外の現実的に存在する物体corpusの本性が認識されるのであろうと,共通概念notiones communesを通して認識されるのであろうと,同じ意味でものは永遠の相の下に認識されていると解していることになります。
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表彰選手&理性の対象

2020-01-27 19:09:24 | 競輪
 昨年の競輪の表彰選手は21日に発表されました。
                                        
 最優秀選手賞は福島の佐藤慎太郎選手。昨年はKEIRINグランプリを優勝しましたが,ほかにFⅠを1つ勝っただけ。グランプリだけを勝った選手がMVPを獲得するのは,GⅠの優勝選手がばらけているかどうかが大きく関係するのですが,昨年はこのケースでの獲得となりました。2006年の特別敢闘選手以来の受賞でMVPは初。
 優秀選手賞は3人。1人目は熊本の中川誠一郎選手。全日本選抜競輪高松宮記念杯でGⅠを2勝。久留米での熊本記念も制覇。GⅠ2勝ですからMVPの候補でもありました。2016年の特別敢闘選手以来の2度目の受賞。
 2人目は福井の脇本雄太選手。ウイナーズカップ日本選手権競輪に優勝。あまり多く走っていない中でさすがの成績を残しました。昨年に続き2年連続の優秀選手賞。
 3人目は広島の松浦悠士選手。競輪祭に優勝。取手記念富山記念も優勝しました。年間を通して出走し,最も安定した成績を残した選手といえるかもしれません。初受賞。
 特別敢闘選手賞は山口の清水裕友選手。グレードレースは防府記念を優勝したのみ。ただこの選手も年間を通して安定した成績を残しました。昨年に続き2年連続の特別敢闘選手賞。
 優秀新人選手賞は愛媛の松本貴治選手。ヤンググランプリを優勝。ヤンググランプリを優勝しましたので,対象選手の中で獲得賞金1位は当然。競走得点も2位でした。
 ガールズ,国際賞,は当ブログで扱っていないので割愛。特別功労賞も競輪とは無関係なので割愛します。

 すべての人間に共通する人間の本性natura humanaがどのような本性を意味し得るのかといえば,たとえば僕たちがほかの人間と交わることによって認識するcognoscereような,人間に共通の本性です。したがってこれは第二部定理三八とか第二部定理三九の仕方で僕たちに知られるような,共通概念notiones communesであることになります。こうした共通概念は第二部定理三七により,個物res singularisの本性essentiaを構成することはありません。人間の本性が個物の本性を構成しないというのは不自然に思われるかもしれませんが,実際にあの人間やこの人間という個別的な人間の本性を構成しているわけではないということは明白でしょう。他面からいえば,僕たちが一般に人間の本性といっているところのものは,実際には人間の本性というよりは,人間についてのある共通概念であるということができるのです。
 共通概念は,理性ratioによる認識cognitioの基礎となる概念です。したがって第二部定理八でいわれている個物の形相的本性essentia formalisというのは,僕たちが理性によって認識するような個物の本性であるといい換えることもできます。この定理Propositioでいわれている個物の形相的本性というのは,第二部定理八備考の比喩が正しいのであるとすれば,個別的なものの個別の本性を意味するというわけではないからです。
 一方,このように考えたからといって,そうした個物の形相的本性が,永遠aeterunusであるということが否定されるというわけではありません。むしろそれが僕たちの理性による認識の対象となるような本性であるのだとすれば,それが永遠であるということはむしろ補強されることになります。なぜなら第二部定理四四系二により,ものをある永遠の相aeternitatis specieの下に認識することが理性の本性natura Rationisに属しているからです。いい換えれば,ある事柄が理性による認識の対象となるのであれば,対象となっているそのものは永遠の相の下に認識されることが可能なものであるということになります。そして観念ideaと観念されたものideatumの秩序ordoは一致するのですから,あるものの観念が永遠の相の下に認識されるということは,観念されたそのものもまた永遠の相の下に,つまり神Deusのある属性attributumの中に,ないしはその属性の直接無限様態に含まれて,存在することになります。
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いわき金杯争奪戦&比喩

2020-01-26 19:00:14 | 競輪
 いわき平記念の決勝。並びは高橋-山崎-佐藤慎太郎‐佐藤和也‐中村の北日本,小原‐山賀‐武井の南関東で鈴木は単騎。
 佐藤慎太郎がスタートを取って高橋の前受け。6番手に小原,最後尾に鈴木で周回。残り3周のホームの手前から小原が上昇。山崎の外で併走。鈴木は隊列の短くなった最後尾に構えたままで1周はこのまま。残り2周のホームで誘導が退避するとそのまま高橋が発進。その後のコーナーで山崎があっさりと小原を捌いて番手を確保。前をみていた鈴木が6番手になり,山賀がスイッチして7番手。小原は最後尾の一列棒状のまま打鐘からホーム。バックに入って鈴木が発進。勢いはありましたが山崎に番手から発進されて一杯。展開有利に運んだ山崎が優勝。マークの佐藤慎太郎が4分の3車輪差で2着。佐藤和也が4分の3車身差の3着で中村も4分の3車身差の4着に続いて北日本の上位独占。
                                        
 優勝した福島の山崎芳仁選手は昨年9月の西武園のFⅠ以来の優勝。記念競輪は2015年9月の岐阜記念以来となる17勝目。いわき平記念は2007年,2013年,2014年と優勝していて6年ぶりの2勝目。さらに2010年に当地でのオールスター競輪の優勝もあります。このレースは高橋の先行が有力なので山崎か佐藤慎太郎の優勝になるとみていました。小原が番手戦にいったのは想定外でしたが,高橋がコーナーの手前といういいところから駆けていったので,競り合いは内が有利になり,簡単に番手を確保できました。高橋は自分のことだけを考えればもう少しペースを落としたまま進めた方がよかったわけですから,北日本の結束の末の勝利で,しかも上位独占という最高の結果が出たというところでしょう。

 第二部定理八備考についてはひとつ注意しておかなければならないことがあります。
 この備考Scholiumは,何らかの事柄についてそれを合理的に論証しようとしているわけではありませんし,何事かについて具体的に例証しようとしているわけでもありません。単に個物res singularisの観念ideaが神Deusの無限な観念が存在する限りにおいてのみ存在するといわれる場合と,個物の観念が持続するdurareといわれる存在existentiaを含む場合を,それ自体とは何ら関係のない円と円に含まれる相互に等しい無限に多くのinfinita矩形との関係で喩えているだけで,しかもそれがすべてです。ですからこれをそのまま正確なものとして解釈することはできない可能性は,若干ではあるかもしれませんが残るのです。なぜならここでいわれていることについては,それを合理的に解釈するということはだれにもできないのであって,ただスピノザが自身のいわんとしていることを正確に喩えていると信じるほかないからです。ですがそれは信じているだけであり,それについて僕たちが確実性certitudoを有しているということにはなりません。スピノザがいわんとしていることを正確に喩えていることに成功しているとは限らず,実際には失敗しているかもしれないからです。
 そのような危険性が潜んでいるとはいえ,ここではこの比喩が正確で,第二部定理八の個物の形相的本性essentia formalisは,現実的に存在する個物の本性を意味するのではなく,したがって,神の属性の中に含まれている個物の形相的本性のうちには,現実的に存在する個物の本性は含まれていないと解しておきます。ですから秋保は第二部定理八系を根拠に,個物は永遠なaeternusものであるといっているのですが,これを根拠とするのであれば,現実的に存在する個物について,それを永遠aeterunusであるという意味には解することができなくなるでしょう。
 それでは,第二部定理八でいわれている個物の形相的本性とは,どのような意味での本性と解するべきなのでしょうか。それはおそらく,現実的に存在する個物の本性,たとえばあの人間とかこの人間とかいわれるような個々の現実的に存在する人間の本性ではあり得ないのですから,すべての人間に共通するような人間の本性であることになるでしょう。
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東日本発祥倉茂記念杯&秋保説の補強

2020-01-19 19:05:57 | 競輪
 大宮記念の決勝。並びは佐藤‐守沢の北日本,平原‐木暮の関東,岩本‐岡村の南関東,小川‐岩津の四国中国で村上は単騎。
 守沢がスタートを取って佐藤の前受け。3番手に岩本,5番手に平原,7番手に小川,最後尾に村上で周回。残り2周のバックから小川が動き,続いた村上と3人で佐藤を叩いて打鐘。小川がペースを上げなかったので平原が動き,小川の前に。これを叩きにいったのが岩本。残り1周のホームで平原を抑えて先行。岩本が駆けるまでスローペースだったため,3番手に平原,5番手に小川,7番手に村上,8番手に佐藤という一列棒状がバックまで続きました。岡村は最終コーナーから岩本との車間を開けて後方を窺い,直後の平原が動いてきたところで踏み込みました。直線は岡村と平原のマッチレースになりましたが,外から捻じ伏せた平原が優勝。岡村が半車輪差で2着。小川の後ろから一旦はインを突き,フィニッシュ前で平原と木暮の間に進路を取った岩津が4分の3車身差で3着。捌かれた木暮が4分の1車輪差の4着で逃げた岩本が4分の1車輪差で5着。
                                        
 優勝した埼玉の平原康多選手は8月の西武園記念以来の優勝で記念競輪21勝目。大宮記念は2008年,2010年,2011年,2013年,2015年,2017年と優勝していて3年ぶりの7勝目。脚力は落ちているのですが,それを位置取りの巧みさでカバーしているというのが僕の最近の印象。ここはそれでも脚力で最上位。いいところで前に出て,岩本の先行を誘うという巧みなレース運びで優勝をもぎ取りました。以前であればもっと楽に勝てる展開だった筈だと思うので,もっと上のレベルでの争いになったときはもうあまり過大に評価しない方がいいのではないかという気もします。

 スピノザによる第五部定理二二証明は,まず第一部定理二五に訴求しています。岩波文庫版は旧版も新版も,神Deusは人間の身体humanum corpusの存在existentiaの原因causaであるばかりでなく本質essentiaでもあるとなっています。これは本質の原因でもある,でなければなりません。このことは訴求されている第一部定理二五の記述から明白です。よってこれは訳者の畠中のミスであるか,落丁です。
 第一部定理二五というのは,一般にものの起成原因causa efficiensとものの本性essentiaの原因は神であるということをいっています。したがって,第五部定理二二というのは現実的に存在する個々の人間の身体について言及しているのですが,証明Demonstratioの内容からすればこのことは別に人間の身体についてだけ成立するというわけではなく,現実的に存在する各々の個物res singularisについてすべからく妥当することになります。つまり,現実的に存在する各々の身体の本性を永遠の相species aeternitatisの下に表現するexprimere観念ideaが神の中にあるだけでなく,現実的に存在するすべての個物の本性を表現する観念が神の中にあるのでなければなりません。そこでまずこのことから,個物の観念は永遠でなければならないことが分かります。そして,第二部定理七によれば,観念の秩序ordoと観念の対象ideatumの秩序は一致します。よって個物の観念が永遠であるなら,その観念の対象となっている個物もまた永遠であるといわれなければなりません。よって第五部定理二二からも,個物は無限infinitumではないにしても永遠ではあるという秋保の説を,補強することができます。
 さらに,秋保が脚注の中で原理的に依拠しているのは第二部定理八系でしたが,このブログでは第一部定理一六を,神の絶対的本性から生起するものが何かということの原理としました。これを重視するなら,第二部定理三を援用することもできます。この定理Propositioは,神の本性および神の本性から必然的にnecessario生起するものの観念が神のうちにあるといっています。この神の本性から必然的に生起するものというのを,ここでは神の絶対的本性から生起するものと解しているわけです。よってそうした観念は神のうちにあるのですから,永遠であることにあります。ゆえにその観念の対象も,同じ理由によって永遠であることになるでしょう。
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