スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

小橋建太&問題の所在

2006-06-30 23:01:31 | NOAH
 昨日NOAHの三沢光晴社長が記者会見を開きました。それによると,先般行われた健康診断において,GHCタッグ王者の小橋建太選手に異常が発見され,その後の再検査(CTC)の結果,右の腎臓に腫瘍が発見され,開腹してみなければ分からないものの,悪性のものである可能性が高いということだそうです。要するに腎臓ガンですね。プロレスラーでガンというと,冬木弘道選手が若くして命を落としています。また元新日本プロレスの西村選手もガンに侵されましたが,こちらは長い闘病生活の末に現役復帰し,現在もプロレスラーとして活躍しています。小橋選手の場合,今回はガンとしては早期発見の部類に入るようですので,これが一命に関わる可能性は低いだろうと思うのですが,予断を許さないことは間違いないでしょう。僕としては,必ずや復帰することを強く願っています。なお,このことで,高山選手の復帰戦のカードが変更され,小橋選手の代わりに佐々木健介選手が出場します。小橋選手の代役はそうそういませんから,これしかないといったところでしょう。高山選手の復帰に関しても,佐々木選手の出場は相応であると思います。
 明日から競輪は前橋でGⅠの寛仁親王牌(ともひとしんのうはい)が開幕します。これは本業の競輪よりも,自転車競技で活躍した選手が優先的に出走する大会です。明日は日本競輪選手会理事長杯があるので,予想してみます。北日本が4車ですので普通は番手の伏見選手△からなのでしょうが,関東は地元の矢口選手が前を回るようなので,番手粘りか何かで見せ場を作ってきそうです。そこで豊橋記念を勝った金子選手◎と加藤選手○の中部に期待します。あとは高松宮記念杯からのGⅠ連覇を目指す山崎選手▲が,後続のもつれを誘えれば逃げ切りまで。

 公理五をスピノザが述べている仕方でそのまま理解してみましょう。人間の精神は思惟の様態であり,人間の身体は延長の様態です。したがって,人間の精神と人間の身体は実在的に区別され,共通点を有しませんから,人間の精神は人間の身体を,また人間の身体は人間の精神を認識しないということになります。もちろんここでいう人間の精神と人間の身体はひとつの例にすぎませんから,一般に,思惟の属性とその様態は,思惟以外の属性とその様態を,そして逆に思惟以外の属性とその様態は,思惟の属性とその様態を認識しないということになるでしょう。僕が問題にしたいのはまさにこの部分です。果たして本当にそうなのでしょうか。
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チップトップ&第一部公理五の意味

2006-06-29 23:19:00 | 血統
 南関東競馬史上,最強の牝馬であるロジータ。実はこの馬も母系は明治時代に日本に輸入された馬から発展しているのです。
          
 日本での祖となっている(日本に輸入されたという意味です)のは,1900年にアメリカで産まれたチップトップ(4-m)という馬。実は明治以来,現在まで脈々と続いている母系の馬は,当時の小岩井農場が輸入した馬に多いのですが,この馬は北海道廳種畜場というところの輸入のようです。また,この時代の輸入馬の多くはイギリス産ですが,この馬はアメリカ産ですね。現在ではそう幅広く発展しているともいい難い面もあるのですが,そのうち最も枝葉の広がりをみせているのは,このロジータが出現した系統といえそうです。

 僕が第一部公理五のどの部分に問題があると考えているのかを明確にするために,スピノザの記述によるこの公理Axiomaの真の意味を説明しておきます。
 共通点がないということは,実在的に区別できるという意味ですから,もしもAとBが,実在的に区別されるなら,AはBを,またBはAを認識することができないでしょう。ところで,実際には存在する実体substantiaとは神Deusだけなので(第一部定理一四),この公理は,現実的には,AとBが神の属性attributumによって区別されるなら,つまり,AとBが異なった属性そのものであるか,あるいは異なった属性の様態modi,modusであるならば,AとBは互いに互いを認識することができないという意味に理解してよいということになると思われます。
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帝王賞&今回の主題

2006-06-28 22:33:18 | 地方競馬
 今晩の第29回帝王賞はアジュディミツオーが逃げ,それを2・3番手でカネヒキリが終始マークする展開。直線は完全に2頭のマッチレースになりましたが,カネヒキリはアジュディミツオーに馬体を併せるところまでいけず,アジュディミツオーの逃げ切り勝ち,2着にカネヒキリと,非常に堅い決着となりました。
 コース適性,ローテーション,レース展開が2頭の差になったと思われますが,アジュディミツオーはマイルグランプリに続いてのレコード勝ちで,価値の高い勝利といえそうです。2頭がきちんと能力を発揮したので,3着にはサイレントディールが食い込んだのですが,6馬身もの差をつけられています。

 第一部公理五は,AとBが実在的に区別されるのであれば,その外部にある知性は,Aを認識することによってBを認識することはできないし,Bを認識することによってAを認識することもできないと理解して構わないのですが,僕が思うに,仮にそのように言明したとしても,単純に公理として成立するでしょうし,むしろ,そのようにいった方が,分かりやすかったとさえ思うのです。
 ところが,スピノザはAとBの外部には知性を立てず,単にAはBを,BはAを認識できないといっています。僕がここで考えたいのは,なぜ僕にはかえって紛らわしく感じられるような言明を,この第一部公理五においてスピノザがしたのかということです。実際,スピノザが立てている公理は,そのままの意味で理解するなら,誤っているとさえ思われるのです。
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ケガ&暫定的な意味

2006-06-27 21:06:37 | NOAH
 高山選手が復帰する日本武道館大会で,ケガで欠場していたムシキング・テリー選手も復帰することになりました。ムシキング・テリー選手はNOAHしか出ませんが,このふたりは形式的にはNOAH所属のレスラーではありません。ただ,ケガで欠場する選手が多い点が,NOAHで気になるところです。まず,潮崎選手は先日のファン感謝デーで復帰しましたが,これは出場予定だった谷口選手がケガをしたための代役復帰。鈴木鼓太郎選手も次のシリーズでの復帰が決まったばかりです。さらに,橋選手と平柳選手が欠場中です。ほかに現在は出場している選手でも,小橋選手,森嶋選手,モハメッド・ヨネ選手,丸藤選手志賀選手にはそれぞれ長期の戦線離脱がありました。全日本時代にはこんなことはなかったように思うのです。これだけ離脱者がいて,なおかつ最近は何人かが海外遠征でシリーズを欠場することが多いのに,興行は滞りなく成立させているので,層は厚くなったといえなくもないのでしょうが,いささか気になるところではあります。逆説的になりますが,ケガをする選手を減少させるためには,全日本当時程度の興行数を確保した方がいいのかもしれません。
 明日は大井で上半期のダートチャンピオン決定戦,帝王賞が行われます。宝塚記念はディープインパクト一強でしたが,ここは順当ならGⅠ4勝の2頭による争い。大井の2000メートルで,好枠から逃げられること間違いなし,マイルグランプリかしわ記念を連勝と,順調なアジュディミツオー◎の方を上位にみますが,カネヒキリ○の方が能力的には上だと思います。不安はドバイ帰りで休養明けという点。それで崩れるようならタイムパラドックス△。これもGⅠ4勝馬です。ただ,この馬も休み明けなので,一応マイネルボウノット△もあげてはおきます。

 後の定理を証明するために,公理五に訴えるケースはそう多くありません。そこで,互いに共通点をもたないということが,実在的に区別されるという意味であることを理解したところで,公理五の意味を,エチカと離れて暫定的に示しておきます。もしもAとBがあって,AとBが実在的に区別されるのであれば,我々は(知性はという意味です)Aを認識することによってBを認識することはできないでしょうし,逆に,Bを認識することによってAを認識することもできないでしょう。いい換えれば,もしもAとBが実在的に区別されるなら,Aの概念はBの概念を含まないし,逆にAの概念がBの概念に含まれるということもないのです。そしてこのことはたぶんそれ自体で公理として成立すると思いますし,エチカを十分に理解するためだけであれば,おそらく公理五はこう理解しておけば十分であると僕は考えます。
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豊橋記念&共通点

2006-06-26 20:14:41 | 競輪
 豊橋記念の決勝は,予想通りに佐藤選手の先行。僕が期待した海老根選手は絶好の4番手を確保したのですが,内を開けてしまったので金子貴志選手にもぐりこまれ,そのまま先に捲り発進されてしまい,結果的に後手を踏む形。結局,金子選手が捲りきって優勝。佐藤選手が2着に逃げ粘り,後方から捲り追い込んだ海老根選手が3着と,自力タイプが上位を独占しました。
 金子選手は京都の稲垣裕之選手とともに僕が前から注目していた選手。2004年にGⅡのふるさとダービー佐世保は優勝していたのですが,記念競輪はこれが初優勝となりました。長所は素晴らしいダッシュ力で,今日のように番手が離れてしまうこともしばしばあります。
 このメンバーで2着に粘った佐藤選手は立派。海老根選手は勝ち上がりのレース振りからはGⅠも勝てるだけの力があると思うのですが,どうも大事なところで失敗してしまう傾向が見受けられます。せっかく佐藤選手の番手を回った手島選手(5着)にとっては,何もできずにもったいないレースとなってしまいました。

 さて,第一部定理四が証明されたところで,第一部公理五の意味が,部分的にではありますが明らかになります。それは,この公理Axiomaの文章の中にある共通点というのが何を意味しているのかということです。AとBが共通点を有するとは,AとBが実在的には区別されず,様態的にのみ区別されるということなのです。
 したがって,互いに共通点をもたないものとは,実在的に区別されるもの,すなわち,実体substantiaの属性attributumの相違によって区別されるものという意味であって,そうしたものは,互いに互いを認識することはないし,また,一方の概念がもう一方の概念を含むことはないというのが,まずこの公理の意味しているところであるということになります。
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宝塚記念&第一部定理四証明

2006-06-25 21:47:45 | 中央競馬
 第47回宝塚記念ディープインパクトが,予定通りといいたくなるような内容で4馬身差の圧勝。もはやこのクラスで競馬をすると,1頭だけ別の生き物が走っているかのような感じさえ受けてしまいます。
 雨になり重くなった馬場(発表はやや重)を利して逃げ込み(といってもディープインパクトにはあっさり交わされましたが)を計ったバランスオブゲームをゴール直前でナリタセンチュリーが捕えて2着。バランスオブゲームが3着でした。
 昨日あんなことを書きましたが,久々にディープインパクトで馬券を当てました(馬単)。リンカーンは馬場のためかあるいは疲労のためか,まったくといっていいほど動けずに9着に負けています。

 明日は豊橋記念の決勝です。連日のレース振りからは海老根選手◎に期待です。この場合は番手の渡辺選手○が相手の筆頭。佐藤選手の先行なら手島選手▲にもチャンスがありそう。地元の金子選手△と山内選手も侮ることはできません。

 自然のうちに存在するものが実体であるか様態であるかのどちらかなら,第一部定理四は証明されたも同然です。
 なぜなら,実体と様態しか存在しないなら,AとBが明確に区別されるのであれば,それは実体の相違,いい換えれば実体の本性を構成する属性(第一部定義四)の相違によって区別されるか,実体の相違によっては区別できないのであれば,様態の相違によって区別されるかのどちらかしかないからです。つまりもしも,AとBが,実体の相違によっては区別できないけれども,様態の相違によっても区別することができないのであれば,これは端的にAとBは区別することができない,要するにAとBは同一のものであるといっているのに等しいのです。
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豊橋記念2日目優秀&第一部公理一の意味

2006-06-24 21:45:52 | 競輪
 豊橋記念の2日目優秀競走
 昨日の予想に反し北日本は渡辺一成選手が前で,このラインの先行だったのですが,海老根選手が早めに巻き返して捲りきり,番手を回った高木選手が1着,海老根選手が2着で,渡辺晴智選手が3着。南関東は分かれずに3車で結束だったのですが,このラインでの上位独占となっています。
 なお,まったくの余談になりますが,勝った高木選手は僕の高校時代の1年先輩。まあ,同級生でも知らない人の方が多いくらいなのでまったく知り合いではありませんが,学生食堂あたりで顔を合わせたことがあったのかもしれません。明日,決勝の予想をします。

 明日は宝塚記念ですが,自身にアクシデントでも起きない限り,勝つのはディープインパクト◎です。2着も能力的にはリンカーン○で堅そうですが,配当的妙味を加味してナリタセンチュリー△とファストタテヤマ△をあげておきます。どうしても配当のことを考えてしまうので,僕はディープインパクトが出るレースはあまり当てたことがありません。

 スピノザは第一部定義三でそれ自身のうちにあるものを実体,第一部定義五でほかのもののうちにあるものを様態といっています。実際は,実体とはそれ自身のうちにあるもので,様態とはほかのもののうちにあるものといっていますが,定義の命題は定義されるものの本性を明示しますから,Aの本性がXであるなら,Xという本性を有するものはAであり,Aだけであるという関係が成立するので,こう解釈して構いません。
 これで,第一部公理一の意味が分かります。つまり,第一部公理一でいわれているのは,自然のうちに存在するものは,実体であるか様態であるかどちらかである,あるいは,自然のうちには,実体と様態以外には何も存在しないということなのです。実際,スピノザが何らかの定理の証明のために第一部公理一に訴えるときには,このような意味でこの公理を用いています。
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ロジータ&第一部公理一

2006-06-23 22:54:01 | 名馬
 関東オークスを勝ったチャームアスリープ。これで南関東牝馬三冠を達成し,当日の記事にも書いたようにこれは史上初のことだったのですが,実は南関東には,もっとすごい牝馬がかつていました。それがロジータ
 この馬,浦和の桜花賞を勝つと,牡馬相手の羽田盃の方に出走し,ここを優勝。さらに東京ダービーも勝ちました。当時はジャパンダートダービーがまだなく,秋の東京王冠賞を勝って南関東三冠(牝馬三冠ではなく牡馬混合の三冠)達成。さらに古馬相手に暮れの東京大賞典も勝ちました。中央でたとえれば,桜花賞を勝った牝馬が,皐月賞(中央の場合は連闘になるのでまずあり得ませんが),ダービー,菊花賞,有馬記念と勝ったようなものですから,この馬がいかに強かったか理解できると思います。当時は現在のように中央馬と地方馬の交流レースが整備されていなかったため,公認重賞は勝っていません(出走も芝の2レースだけ)が,南関東史上の最強牝馬であったことは間違いありません。

 明日,豊橋記念2日目優秀ですが,また並びの予想しにくいメンバーになっています。佐藤友和,渡辺一成,内藤の北日本三車は結束するでしょう。僕は佐藤選手が前で駆けると思いますが,渡辺選手との前後は微妙です。金子貴志選手はこのメンバーなら稲垣選手の後ろでしょうか。南関東が3人乗っています。先頭は海老根選手ですが,結束するなら渡辺晴智選手と高木選手の前後は微妙だし,佐々木則幸選手が単騎ですから,どちらかがその後ろを回る可能性もありそうです。といった事情でまともな予想はできません。ここでは渡辺一成選手,金子選手,海老根選手の3人を,順番をつけずにあげておきます。

 第一部定理四の証明に必要なのは第一部公理一です。
 「すべて在るものはそれ自身のうちに在るか,それとも他のもののうちに在るかである」。
 実はこの公理,本当にそれ自体で公理として成立しているのか微妙な部分もあります。
 前に,ニーチェの哲学とスピノザの哲学にはある近似性があるといいましたが,ニーチェはたぶんこの公理は認めると思います。というのは,ふたりの哲学の最大の共通点である内在性,つまり,自然を超越するものは一切ないという考え方は,『エチカ』にあってはここから生じるからです。そこで僕も,この公理の内容は正しいと思いますから,この問題については不問に付すこととして,この公理の意味をまずは考えることにします。
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海外遠征&第一部定理四

2006-06-22 20:30:19 | 海外競馬
 ヴィクトリアマイルを勝って安田記念では5着だったダンスインザムード,桜花賞4着でオークスでは3着だったアサヒライジングの2頭が,レースに出走するために渡米しました。出走するレースはダンスインザムードが現地時間1日のキャッシュコーマイルGⅢ,アサヒライジングは現地時間2日のアメリカンオークスGⅠです。アメリカでの競馬ということで,相手関係がはっきりとしないのですが,少なくともともに勝機はあるものと思います。日本時間3日のうちには結果も判明していると思うので,結果についてはその日に記事にする予定です。まだ関連の特設ブログは開設されていないようですが,開設されればお知らせしようと思っています。
 競輪は明日から豊橋記念です。今回は2日目優秀と決勝を予想します。

 公理五は定理四まで進まなければ正しい意味を把握できないのではないかと思います。「異なる二つあるいは多数の物は実体の属性の相違によってか,そうでなければその変状の相違によってたがいに区別される」。この定理に関しては証明しておく必要があると思いますが,それは明日以降に後回しするとして,今日は区別に関する用語を説明しておきます。AとBがあって,それが属性の相違によって区別されるとき,AとBは実在的に区別されるといいます。しかしAとBが変状の相違によって区別されるなら,AとBは様態的に区別されるといいます。たとえば,人間の身体と人間の精神は属性の相違(延長と思惟)によって区別できるので,これは実在的区別です。しかし人間の身体と三角形という物体,あるいは人間の精神と三角形の観念は,それぞれ属性の相違によっては区別できず,単に変状の相違によってのみ区別することが可能ですから,様態的に区別されるということになるのです。
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高松記念&第一部公理五

2006-06-21 19:59:23 | 競輪
 昨日,決勝が行われた高松記念。
 伏見選手,渡部哲男選手,平原選手できれいな三分戦。道中7番手から抑えた平原選手が伏見選手を突っ張って先行。7番手になった渡部選手の捲りに合わせて4番手から伏見選手も捲って出て,前段を飲み込んで優勝。高松記念は連覇となりました。前回は今年の1月に行われていて,今年の記念競輪も2勝目となりました。
渡部選手が2着に入り,渡部選手マークの小倉選手が3着に流れ込んでいます。

 今日から始める新しいテーマは,第一部公理五です。
                         
  「たがいに共通点を持たないものはまたたがいに他から認識されることができない。すなわち一方の概念は他方の概念を含まない」。
 僕が改めて『エチカ』を読み直したとき,まず最初に躓いてしまったのがこの公理Axiomaでした。そもそも,何の前提条件ももたずに『エチカ』を読み始めたならば,この公理の意味を正確に把握することはほぼ不可能なのではないかと本気で思ってしまうほどです。そこでまず,この公理の何が問題であるかを説明する前に,この公理の意味の方を先に考えておくこととします。
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棋聖戦&第二部定理一三備考まとめ②

2006-06-20 20:26:14 | 将棋
 棋聖戦の第二局は昨日書いた通りの戦型。後手の鈴木八段はその後向飛車に転換して挑戦者決定戦と同じ持久戦になりました。本格的な戦いは6筋方面から生じて,難しい分かれではあったようなのですが,先手の佐藤棋聖がうまい具合にその方面に金銀を集中させて攻め,反撃の暇を与えないままに鈴木八段を投了に追い込みました。まだ後手玉が詰むという形ではなく,早めの投了という気もしますが,最終的には一方的な展開ではあり,やむを得ないのでしょう。これで佐藤棋聖の2連勝。佐藤棋聖は今期(4月以降)は連敗スタートだったのですが,その後は今日も含めて8連勝。その間に,竜王戦では挑戦者決定トーナメント進出を決め,王位戦では挑戦者になるなど好調です。第三局は来月5日。棋聖戦は5番勝負なので,佐藤棋聖が勝つと防衛が決まります。なお,棋聖戦の持ち時間は双方4時間でした。第一局のときには5時間と勝手に勘違いしていたので,一部,変な記事になってしまいました。あれは両対局者に失礼な内容で,申し訳ありませんでした。

 精神ということばでスピノザは機能的な側面を意味しないのなら,精神の機能,すなわち各々の精神が何をなし得て,また何をなし得ないのかということを,どのように考えればいいのでしょうか。端的にいえば,それはすべて平行論から帰結するのです。つまり,各々の精神を構成する観念は,この観念の対象と同一の個体で合一しているわけですから,各々の精神がなし得ることは,この精神を構成する観念の対象(人間なら人間の身体)がなし得ることと平行的な関係にあるのです。人間の精神が優秀な精神であるといえるのなら,それはいかにして優秀であるといえるのかということや,どのような精神が人間の精神に近いことをなし得るのかといったことも,すべてここから説明されるのです。
 このテーマはこれで終りです,明日からまたテーマが変わります。
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高山善廣&第二部定理一三備考まとめ①

2006-06-19 21:31:15 | NOAH
 杉浦貴選手のことを税金泥棒といった高山善廣選手。2004年の8月の試合後に倒れて以来(脳梗塞),ずっと欠場を続けていましたが,このたび来月16日のNOAHの日本武道館大会での復帰が発表されています。カードも高山選手が小橋選手と組んで,三沢選手・秋山選手のチームと対戦するという,こういう機会でなければ考えられないような豪勢なもの。高山選手が倒れたのは新日本での佐々木健介選手との対戦の後ということで,僕は新日本(当時と体制はずいぶん変っていますが)か佐々木選手(現在の主戦場は全日本)が絡むカードでの復帰と予想していたのですが,NOAHでの復帰ということは,高山選手の何らかの意志が作用したと考えられ,それに対してNOAHの側も最大級のカードで応えたということだと思われます。これでNOAHの7月の武道館大会ではGHCのヘビー(チャンピオンが秋山選手なので),タッグ(チャンピオンのひとりが小橋選手のため),ジュニア(チャンピオンの杉浦選手がヨーロッパへ遠征するため)のタイトルマッチがなくなったわけで,まさにこの試合一本で勝負する興行となりました。
 明日,棋聖戦の第二局です。後手番の鈴木八段がごきげん中飛車,対して佐藤棋聖が角交換から▲9六歩とする戦型がかなり濃厚。ま,この予想は的中しても配当がありませんけど。

 定理一三の備考の中でスピノザが「すべての個体は程度の差こそあれ精神を有している」というとき,何よりも注意しなければならないのは,スピノザがいう精神の意味です。スピノザによれば,すべての形相的事物にはその十全な観念があり,その形相的事物と観念は同一個体であり合一しています。すなわちどんな事物もある形相的な属性の様態であると同時に思惟の様態なのです。そしてスピノザは,事物がそのように合一しているという事態を思惟の属性によって表すとき,それをその事物の精神というにすぎないのです。したがって,スピノザのいう精神というのを,ある機能的な意味で理解してはならないのです。
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高松記念2日目優秀&人間の身体と機械の違い

2006-06-18 21:31:31 | 競輪
 高松記念の2日目優秀
 昨日の時点で不明だった並びですが,三ツ石ー小倉と渡部ー児玉で四国は別線,東口ー山口の近畿・中部と平原ー大塚の混成ラインで4分戦。香川選手が単独でした。
 結局,三ツ石選手の先行となって,番手の小倉選手が差して1着,三ツ石選手も2着に粘り,3着には渡部選手ということで,地元の香川勢こそ4着と6着に負けましたが,四国勢の上位独占となっています。
 まあ競輪の場合はよほどの力量差がない限り,ラインが結果に直結しますから,ラインが不明のまま予想してしまったのは無謀でしたね。とくにこのレースのように,どうラインが結成されるか難解な場合はなおさらです。

 物体としての機械を機械の身体と考えた場合に,この機械の身体と人間の身体の相違を最も明確に示しているのが,自然学②の要請であるといえるでしょう。
 すなわち,確かに機械の身体は人間の身体がなし得ないことをなすことがあるかもしれませんが,人間の身体のようにきわめて多くのことをなすということはなく,むしろ単一のこと,あるいはきわめて少ないことだけをなし得るわけです。むしろこの要請に従う限りでは,諸動物の身体の方が機械の身体よりずっと人間の身体に近いことは明白であって,したがって平行論の帰結として,機械の精神よりは諸動物の精神の方が人間の精神により近いということになるわけです。そしてこのように考える限り,このテーマに関係するところでは,定理九系にはほとんど矛盾や不条理はないといえるだろうと思います。
 このテーマはこれで終わります。明日から簡単にまとめます。
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名人戦&中に起こることの観念

2006-06-17 22:10:14 | 将棋
 一昨日,昨日と指された将棋の名人戦第六局は,後手の谷川九段が得意の一手損角換わり。新手も交えて積極的に攻めたのですが,森内名人の受けの前に非勢となり,結局そのまま押切られる形となって投了。これで森内名人の4勝2敗となり,名人防衛を果たしました。将棋の名人は通算で5期保持すると,永世名人の称号を得るのですが,森内名人はこれで4期。来年度は永世名人の称号も賭けての戦いとなります。今期の名人戦に関しては,中盤で優位に立った方がそのまま押切って勝つという展開ばかりでした。将棋は逆転のゲームといわれているので,こういったケースは珍しいでしょう。今後,再来年度から名人戦の主催を朝日新聞に移行することをにらんでの話し合いが,日本将棋連盟と現行の主催者である毎日新聞の間で行われ,その後,棋士による投票でどうするか決定をする予定です。
 明日,高松記念の2日目優秀競走なのですが,三ツ石選手と渡部哲男選手が乗ってきて,僕は四国5車の並びがまだ分からないのでかなり予想しづらいです。さらに平原選手の後ろも山口選手なのか大塚選手なのか分かりません。もしも,三ツ石-小倉-大塚と渡部-児玉-香川(この香川両車の並びも微妙)で別線なら,小倉選手◎,大塚選手○,渡部選手▲,平原選手△ですが,四国5名で結束するなら,大塚選手や平原選手より,四国勢を重視するところでしょう。

 人間が何らかの操作をしなければ機械の中には何事も生じ得ないのであれば,機械の中に起こることの観念は,この限りでは,機械の観念を有する限りでの神のうちにはなく,むしろ機械の観念とともに,それを操作する人間の観念を有する限りで神のうちにあるということになるでしょう。この場合には,明らかに機械を操作する人間が,機械の中に起こることの,少なくとも部分的原因になっているからです。ということは,定理九系からして,こういった意味での機械の中に起こることの観念は,機械の精神のうちにはないということになります。つまり,前回のテーマで,身体の中に起こることをどのように考えればよいのかが問題になったのと同じ問題が,ここでも発生しているのです。
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女流王将戦&機械の本性

2006-06-16 23:11:34 | 将棋
 13日に第5局が指された女流王将戦は,振駒で後手番になった千葉女流王将が,第4局と同様に急戦矢倉。やはり第4局と同様に中盤では形勢を損ねたのですが,中井広恵女流六段の疑問手に乗じて逆転勝ち。見事に防衛を達成しました。女流の将棋界では,千葉王将を含めて,矢内理絵子女流名人石橋幸雄女流四段の3人が若手三強といわれています。千葉王将はほかのふたりに比べると,タイトルの獲得では大きく遅れをとってしまいましたが,ほかのふたりがなし得なかったタイトルの防衛を一気になし遂げたことで,この点では一歩リードしました(関係ないけど結婚でも)。俗にタイトルは奪取するより防衛する方が難しいといわれていて,これは立派なことだと思います。将棋は基本的には個人闘争ですが,世代交代という意味でも,これは一歩前進といえるでしょう。
 明日から競輪は高松記念です。今回は2日目の優秀競走のみ予想する予定です。

 一般的に機械というのは,それに対して人間があるアクションをなすことによって(たとえば電源を入れるとかスイッチをオンにするというようなこと)ある運動をなすわけです。したがって,たとえば電源の入っていない冷蔵庫や電子レンジといったものは,実際にはただの何の変哲もない箱と同じようなものであって,それでは何もなすことはできないわけです。するとこの限りにおいては,たとえ人間がなし得ないようなことをなし得る機械だとしても,これは物体としての三角形と同様に,それ自体の中には何事も起こりようがないのであって,したがって,たとえ精神を有していようとも,何も認識できないし,一切の思惟作用をなし得ないでしょう。機械の精神について考える場合には,まずこういった機械の本性を無視してはいけないのです。
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