スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

東日本大震災被災地支援松戸記念&我々

2011-07-31 19:32:20 | 競輪
 ふたつのビッグの狭間となったこともあり,S班は不在となった松戸記念の決勝。並びは根田-鈴木の千葉に幸田,松坂-新田の南関東,高城-北川の近畿,北津留-浜田の西国。
 北津留の前受けで,3番手が松坂,5番手に高城,7番手に根田という周回だった模様。根田の上昇に高城が続き,北津留と松坂は下げて叩いた根田が打鐘前のバックで先頭に立って一列棒状。このまま根田の先行。ホームから後方の松坂が発進したものの,バックで鈴木が番手発進して前には届かず。その後ろもそのまま続いて,ゴールまで態勢は変わらず,鈴木が優勝。マークの幸田が2着。4番手を確保していた高城が3着。
 優勝した千葉の鈴木裕選手は記念競輪初優勝。昨年の1月に2班に上がり,まだ1班の経験はありませんが,今年の3月には前橋で完全優勝するなど,じわじわと力をつけてきていました。ここは根田という好目標がありましたし,競ってくるような相手もいない分,恵まれた面はありました。ただこうしたことが契機となって一気に上位に食い込んでくるというケースもありますから,今後には少しばかり注目してみたいところです。

 第三部定義二の立場というものをこのように理解する以上,一般的に能動と受動というものがいかにして発生するのかということを明らかにしておくことは欠かせません。なぜならば,それが明らかではないとすると,第三部定義二というものが単に名目的にしか理解し得ないということになってしまうからです。僕は現実的に存在する能動と受動,とりわけ人間の精神の能動と受動についても考察しようと試みていますので,この定義自体が実在的な意味を伴っていなければ,その試みをなすこと自体が無意味に化してしまうおそれがあります。しかしその前の準備段階として,先にこの定義でスピノザが我々ということばで名指しているものがどのようなものであると理解するのかということを説明しておかなければなりません。そうでなければ何の能動と受動の発生について明らかにしなければならないのかということが明瞭ではないからです。
 常識的に考えて,スピノザが我々というならば,それは一般に人間のことであると考えられます。これは読者に向って我々といっているわけで,スピノザが読者として想定しているのは,当然ながら人間であると考えられるからです。そして『エチカ』の理解においてはそれで正しいだろうと僕は思います。というのは,第三部の副題というのは感情の起源および本性についてとなっていますが,この感情というのは,人間の感情であると考えられるからです。したがって,第三部の全体が人間の感情についての考察であるわけですから,第三部定義二も,人間の能動と受動に関する言及であると理解するべきでしょう。
 よって,第三部定義二がこのような解釈から意味している事柄というのを,現時点までで明らかになったことから暫定的に記述すれば,人間の能動の本性というのは,人間が十全な原因となってある結果を生み出すことであり,逆に人間の受動の本性というのは,人間が部分的原因としてある結果を生み出すことであるということになります。
 とくにこの定義の探求には限定されませんが,僕は『エチカ』のことは『エチカ』に訴えて解決するという立場を採用しています。そしてその立場からの解釈はとりあえずはこの通りです。しかしここでは僕はあえて,それ以上まで踏み込みたいと思います。
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東京都体育館&第三部定義二の立場

2011-07-30 18:33:05 | NOAH
 全日本プロレスはいくたびかピンチはチャンスということばを実現させてきました。そのうちSWSの設立,天龍をはじめとする選手の大量離脱のピンチを脱したのは,三沢がタイガーマスクから素顔に戻ることによってでした。これは1990年5月14日の東京都体育館での試合中のことでした。実は僕はこのとき,現地でこの試合を観戦していました。大仰にいうならば歴史の目撃者のひとりであったわけです。
                         
 東京都体育館ではそれ以前にもプロレスは行われていて,たとえば新日本プロレスとUWFの5対5のイリミネーションマッチが行われたのも東京都体育館で,僕はその試合も現地で観戦しています。ただしこれは旧東京都体育館。おそらく建物の老朽化から新装されまして,その新装後の最初のプロレスが,先述の三沢が素顔に戻った全日本プロレスの大会だったのです。
 東京都体育館というのは,バレーボールとかバスケットボールの試合ができるような構造になっています。そのため建物自体が横長になっていまして,たとえば日本武道館と比べますと,プロレスの会場としてはあまり相応しくないかもしれません。とくに僕はこの日はそれを感じたのですが,それは,この当時の全日本プロレスを牽引していたといっても過言ではないであろう天龍が去って,これからの全日本プロレスはどうなってしまうのだろうというような,漠然とした不安感にも影響されていたかもしれません。僕自身,まさか素顔に戻った三沢が,この後,全日本プロレスの最良の時代をもたらすであろうとは,この時点では少しも想像できませんでした。
 この東京都体育館大会がシリーズの開幕戦。最終戦の日本武道館大会で三沢はいきなりジャンボ鶴田とシングルマッチを行い,大逆転とはいえフォール勝ちをおさめます。その武道館大会も僕は現地で観戦しました。このふたつの試合をライブで観戦していたことは,僕のプロレスファンとしての誇りのひとつなのです。

 それではまず第一の主題である僕自身による第三部定義二の考察に入りますが,その準備として,そもそもこの定義Definitio自体をどのようなものと考えるのかということについて,ふたつばかり僕自身の立場というものを明らかにしておくことにします。
 まず,スピノザの哲学において,一般的に定義というのは,定義される事物について,その本性natura,essentiaと発生を含んでいなければならないということになっています。これは僕がこの定義を今回のテーマとして設定した理由のひとつでもあります。よってこのことに従うならば,第三部定義二には,一般に能動actioと受動の本性と発生とが含まれているということになります。しかしながら,僕はこの定義については必ずしもそのように考えてはいません。この定義が一般に能動と受動の本性を示すということについては完全に同意しますけれども,能動と受動の発生を含んでいるということに関しては疑問の余地があると思うからです。というのも,この定義が能動と受動の発生を含むためには,この定義で我々といわれているものが,十全な原因causa adaequataとなって結果を生ずること,ならびに部分的原因となって結果を生じるということが,自明のものであるとする必要があると僕には思いますが,こうしたことを必然的な意味において自明な事柄とみなすためには,少なくとも何らかの証明が必要であると僕には思われるからです。
 したがって,まず原則として,僕はこの定義に能動および受動の発生が十全に含まれている,別のいい方をするならば,ここでスピノザが我々といっているもの,そもそもこの我々というのをどのように理解するのかということ自体がひとつの解消するべき問題であるともいえるわけですが,ここではそのことは眼中にはおかないとしても,その我々が十全な原因となりまた部分的な原因となるということに関して,それが我々といわれているものの本性に自明な事柄として属しているという立場には,少なくとも当初からは立ちません。ただこの定義は能動および受動についてその本性だけを含んでいるという立場を採用します。よって,能動と受動の本性というものはここにスピノザが示した通りのものであるというように理解しますが,現実的にそれら各々のことが生じるということについては,別途に証明していくこととします。
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王座戦&考察の主題

2011-07-28 18:43:54 | 将棋
 昨日は第59期王座戦挑戦者決定戦も指されました。対戦成績は渡辺明竜王が6勝,久保利明二冠が11勝。
 振駒で渡辺竜王が先手となり,久保二冠のごきげん中飛車③▲4八銀。互いに銀を繰り出した後,相穴熊に組み合いました。
                         
 先手から仕掛けて銀交換となり,後手が4二の角を飛び出したところ。ここで先手は▲2二銀と打ってと金作りを目指しにいきました。△6一飛は仕方がないところ。先手は▲3三歩成とし,これは△同桂と取られたものの▲同銀不成でまずは桂得。△5六歩▲同歩△5八歩に▲5四桂。△5九歩成▲4二銀成△5八銀▲6八金引。後手は攻めを繋げるために△4二角と取り▲同桂成。これで角桂と銀の交換。後手は△6七銀打(第2図)と繋いでいきましたが,さすがに駒損が大きかったよう。この後も駒得を拡大していった先手が反撃に転じ,快勝となりました。
                         
 第1図の▲2二銀のような手というのは,とんでもないところを攻めているので緩手となる可能性もありますが,この将棋の場合には好手でした。渡辺竜王が挑戦権獲得。この棋戦では圧倒的な強さを誇る羽生善治王座ですが,渡辺竜王ならばその牙城を崩すことも可能なのではないかと思います。第一局は9月7日です。
                         

 続いて,今回のテーマの中で何を考えていくのかということを,具体的に説明しておきます。
 そもそも今回の考察の契機となったのが,第一部定義四の考察の中で,スピノザの哲学の能動と受動,とりわけ人間精神の能動と受動ということをどのように考えるべきであるのかという課題が発生したことでした。ですから当然ながら,この考察の主題というのはそのことになります。ただし,この考察はこの考察として,それ単独でも成立するということを目指していますから,まず最初に,僕がこのことをどのように理解しているのかということを提示することになるでしょう。もちろん,それは単に結論の部分だけを提示するという意味ではありません。僕がそのように理解するのには,そのように理解するだけの根拠というものが存在するわけですから,その根拠も同時に示していくということになります。したがってその部分に関しましては,前回の考察とはあまり関係がないということになります。
 一方,第一部定義四に関係するマシュレの分析をどのように考えるべきであるのか,あるいはそれを僕はどのように理解しているのかということについては,僕自身の結論を出した後で考察することにします。とりわけ,僕自身は,僕とマシュレの考え方との間には深い谷があると考えていますが,その深い谷というものは埋めることができるような性質のものであるのかどうか,あるいは,仮にそれが完全には埋めることができないものであるとしても,どの程度まで埋めることが可能になるのか,いい換えるなら,人間精神の能動と受動ということに関して,どこまで僕とマシュレとの間で共通の認識を得ることができるのかということが,この部分の考察の主題となっていくことでしょう。そしてそのためには,おそらく人間精神による事物の認識の仕方というのを具体的に考えていく必要が出てくることになるだろうと思います。そもそもマシュレは,人間精神による能動および受動について,それ自体を存在しないものと否定しているわけではありませんから,こうした考察によって,部分的にではあれ,必ずや一致点を見出すことができるだろう,あるいはできなければおかしいと思っています。
 このように,やや異例ではありますが,今回の考察にはふたつの主題が混在しているとお考えください。そしてそれはいずれも,テーマである第三部定義二に関連しているということになります。
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王位戦&テーマ設定の理由

2011-07-27 19:23:57 | 将棋
 港とともに発展を遂げてきた神戸での対局となった第52期王位戦七番勝負第二局。
 広瀬章人王位の先手で羽生善治二冠の一手損角換り1-Ⅱに。相早繰り銀から後手が先攻,仕掛けに乗じた先手が6筋の位を取って6六に角を打つ中盤戦。先手が猛攻し龍を作り,後手が一旦は盤面の右側上部に脱出した玉を今度は左側に逃げていったところから観戦。
                         
 ▲6五金は攻め続けるならこれしかないでしょう。△5九角の王手に▲5八王と外し,△6七と。▲同金は詰みですから▲同王の一手。△7六銀から金を抜く順も考えられたところですが△7八飛成の方でした。これも取れば簡単な詰みですから▲5六王は当然。第1図からここまではいかにも後手快調ですが,ここでどう指すのかは難しい。まだ残っていた時間をかなり投入して△7六龍。いろいろ考えていましたが検討していた手のひとつ。攻めにも効かせつつ▲6六桂が有力に思えますが,すぐに▲6六歩と合駒したので,もしかすると読み切っているのかもしれないと感じました。△6四金は△7六龍の局面でも検討していた手のひとつ。ここでは先手の方が時間が残っていて,考えていましたからやはり読み切っているわけではないと判断。あるいは何か誤算があったのかもしれません。▲7四歩と打ったのは最も自然な攻めですが,実はあまり検討していませんでした。取ると上から抑えられそうなので△8二玉と逃げました。次の▲6四金も最も自然な手かもしれませんが,これも検討していませんでした。△同歩(第2図)は当然。
                         
 ここは単純に詰めろを掛けたのでは先手の負け。しかし▲1五龍として自玉を上の方に逃げ出す手を作るのは思い浮かびませんでした。後手はここで1分将棋となり△6六龍。▲同王△6五金▲同龍△同歩▲5六王△7六飛。ここで▲4五王と逃げますと△7四飛がありそうで,▲6六桂の犠打。△同飛に▲4五王(第3図)と逃げ出し,危険極まりない王手は続くもののどうやら逃げ切れると判断。実際に逃げ切った先手の勝ちとなりました。
                         
 最後も金銀でなく金が2枚なら詰んでいたと思われ,かなりきわどい勝負だったのですが広瀬王位が制して連勝。最強の挑戦者を迎えて,防衛が視野に入ってきたともいえますが,これからが大変であるともいえるのではないでしょうか。第三局は来月の2日と3日です。

 まず最初に,僕が今回の考察にあたって,なぜ第三部定義二をそのテーマとして設定したのかということから説明しておきます。
 実際のところ,今回の考察の主題となりそうなことは,スピノザの哲学において,能動とはどういうことであり,また受動とはどういうことかということです。そのことだけでみるならば,第三部定理一の方をテーマとして設定した方が,考察を展開しやすいと僕は考えなかったわけではないのです。
 また,能動と受動といっても,ここではとりわけ人間精神の能動と人間精神の受動についての考察がおそらくその中心となるでしょう。そこでこの観点からいうのであれば,一般に能動と受動についてスピノザが言及しているような箇所よりも,人間精神の能動と受動についてスピノザが言及しているような箇所の方が,設定されるテーマとして相応しいといえなくもありません。もちろんとくに人間精神に限定してその能動と受動について説明されているような箇所が,『エチカ』の中にないのであれば,最初からそうした部分をテーマとして設定するということは不可能でしょう。しかし,そうしたところというのが皆無というわけではないと僕は考えています。ここでは一例だけをあげておきますが,たとえば第二部定理一八の備考においてスピノザが記憶あるいは記憶の現前としての想起について説明するとき,人間身体の変状の秩序および連結と,知性の秩序というのを明確に分けています。このとき,前者は人間精神の受動に属し,後者が人間精神の能動に属するということは,スピノザ自身は言明しているわけではありませんが,明らかなことだと思います。そこでこうした部分こそ,設定するべきテーマに相応しいと考えることもできるのです。
 しかし僕は今回の考察の目標のひとつとして,この考察の契機は前回の第一部定義四の考察に関連していたとしても,これをそれ自体でも完結するようにするということを打ち立てています。そうであるならば,まずは能動と受動について,スピノザが定義している部分から始めるのでなくてはならない,あるいはそれが最善であると考えるのです。ご承知のように,スピノザの哲学においては,定義こそが定義される事物の本性と発生とを含むということになっているからです。
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竜王戦&第三部定義二

2011-07-26 23:56:05 | 将棋
 第24期竜王戦本戦トーナメントは1組の4人が残り,今日は佐藤康光九段と深浦康市九段が対戦。対戦成績は佐藤九段が19勝,深浦九段が18勝。
 振駒で深浦九段の先手。佐藤九段の作戦は一手損角換り1-Ⅱ。相腰掛銀となり,先手が4筋に飛車を回り2六に角を打つ形。先手が4筋から仕掛けると後手も7筋から反撃して中盤の争い。夕食休憩後,数手のところでいきなり激しくなるかもしれないと注目しました。
                         
 ☗9五同歩は取ると思いました。いろいろな組み合わせがありそうですがすぐに☖4五銀右。ここで銀を取らずに何かするのではないかと考えていたのですが☗同銀。となれば☖同銀☗同飛は一直線。☖5四角と打つのだろうと思っていましたが☖6九銀でした。☗6八金右☖7八銀成は自然な進行で,☗同玉もここではこう取りたい感じがします。それから☖5四角(第2図)。
                         
 実戦の金銀交換を入れた方が先手玉は薄くなるので得とみての選択だったと思われます。☗5五馬☖4四歩☗5四馬までは僕にはこれ以外に考えられません。☖同金も僕が本線で考えていた手。☗4九飛はごく自然な逃げ場所だと思います。☖6四桂と打って攻めていく手を検討していましたが☖5五金の進出。善悪は別にこの手は佐藤九段らしい手だと思います。☗6七銀打とがっちり守る手と☗4四飛から反撃に転じる手のふたつを検討。実戦は前者で,こちらも深浦九段らしい手だと思います。☖6四桂☗6五銀といった手順を検討していましたが☖5四桂。ここは何か攻めてみたい感じ。☗2四歩が思い浮かぶのですが,歩切れの後手に歩を渡すのでどうかと思っていると☗7三角でした。これは考えていなかった手。催促の意味がありますから☖6六金は当然。☗同銀☖同桂は一本道で桂先の玉寄せにくしといいますから☗6七玉(第3図)もこう逃げるところでしょう。
                         
 上部を押さえたいところ。ひねって金銀を打つ手もあったかとは思いますが☖6五歩は最も自然という気がします。☗5五角成☖5四金というのを検討していたのですが,これは先手が困りそうです。しかし☗4七銀と受けたのは驚きました。不屈の闘志を感じた一手だと思います。あんまり急がなくてもよいように思いましたが☖7八銀。読み筋だったようですぐに☗5六玉と逃げました。対して☖8九銀不成。後手玉に迫っていない現況では取れません。ただどう指せばいいのか僕にはまったく分かりませんでした。実戦は☗3八銀。☗4六銀と出ると王手飛車を食らうので,代案として引いたのではないでしょうか。☖7八桂成☗5八金☖7七桂成(第4図)はすぐに先手玉に迫っているわけではないですが,この局面では自然な進行ではないかと思います。
                         
 ここで☗4四飛と出ました。これは指しておきたい手という印象。☖7六成桂と取ったのに☗2四歩も攻めとして指したい手。☖同歩は当然でしょう。☗4一飛成か☗2三歩のどちらかで,実戦は後者。☖同王かと思っていましたが△同金でした。☗6二歩で飛車の横利きを遮断。☖6六成桂と寄るかと思いましたが単に☖3三角。☗4一飛成はこの一手で☖3一金(第5図)もこう受けるところでしょう。
                         
 ☗同龍で寄ればいいのですが無理そうなので☗5二龍の王手。☖4二歩は当然と思え,次の☗4四歩はいい手だと思いました。成らせるわけにはいきませんから☖同角。手の流れから☗4三金かと思いましたが☗5五銀でした。ここで☖6六成桂。3か所ありますがまあ☗4七玉と逃げるでしょう。☖2六角は考えていなかった手で,どんな効果があるのか分かりませんでした。当然☗2七歩で,ここは後手が勝つのは大変になったと思いました。☖6八成桂くらいしか考えられませんでしたが☖9三飛☗6四角成としてから☖6八成桂。角を取るのは怖い感じもあるので☗同金。☖5九角成はこれしかありません。☗5八金打で捕獲。6八の方を取ると思っていましたが☖同馬でした。☗同金(第6図)は自然。
                         
 どう指すか分かりませんでしたが☖4一銀と受けました。☗5一龍とこちらに逃げるのは自然と思います。飛車筋を通して☖5四歩ですが,この手は善悪が微妙そうだと感じました。☗同銀と取るのも自然な指し方だと思います。そこで☖5ニ桂と馬取りに打ちました。☗5五馬とは逃げづらいので☗8二馬はこう指すと思いました。☖5六歩☗同歩は検討通りですが☖3三飛は考えていませんでした。☗4五桂はまた自然に思える攻めでここは先手がはっきりとよくなっていると思い,検討終了。ところが☖4四桂☗3三桂成☖同桂(第7図)となってみると後手玉はすぐには捕まらないのでまだ難しいところがありそうだと思い直して検討再開。
                         
 ☗5五馬は☖5六成桂があるだけに驚いたのですが,☖5七歩でした。これには☗同金と思いきや☗6八金。ここで☖6六成桂。☗同馬☖同桂☗同玉まではさすがに検討手順。☖8八角を考えていましたが☖5八歩成☗同金としてから☖2八角と反対側に打ちました。☗3七角☖3九角成☗4八金☖4五桂打☗同銀☖同桂までは検討手順。☗同玉を考えていましたが☗5五角(第8図)と王手に出ました。
                         
 ☖3三銀は攻めを考えるなら打ちたくないでしょうが安全ではあります。☗4九金とは引けませんから☗4九歩と受けました。☖5七金も取れないので☗4五玉。どうでもいいことですが,たとえば第7図の時点で一時的に桂馬は4枚とも後手が持っていたのですが,ここではそのすべてが先手に。ここからも大激戦であることが窺えると思います。☖4八金は当然。☗5四玉と入玉を狙いにいきました。☖3八金もここでは有力な取り方と思います。対して☗4五桂の詰めろ。☖4四金で受けました。何もせずに☗6三玉と入りました。☖5五金は当然。☗同龍と取ったので☖7一歩と打って捕まえにいきました。☗3三桂成☖同金☗4五桂(第9図)は検討通り。
                         
 単に受けていては後手が勝てそうもありません。☖7ニ銀☗7四玉☖6三角☗8四玉☖9ニ桂☗9三玉☖7五馬☗8二玉☖8一歩☗9一玉までは検討通りで,そこで☖4五角と外しました。この局面では☗同龍とできないので☗9四桂の受け。☖6七角成に☗7三歩と打ちました。☖7七馬は自然な手で☗5一飛とつなぎました。☖5五馬☗同飛成も自然で☖7三銀と払いましたが,ここで再び☗4五桂(第10図)。今度こそ大勢は決したと思いました。
                         
 この後,先手が寄せられないように堅実を期したので手数こそ伸びましたが,最終的には大差で先手が勝っています。200手を超える死闘を制した深浦九段は,久保利明二冠との挑戦者決定戦進出を賭けて丸山忠久九段と対戦します。
 実際には27日午前0時20分過ぎの更新ですが,便宜上,26日付にしてあります。

 前回の第一部定義四の考察の最後のところで約束しましたように,今回からはスピノザの哲学における能動actioと受動passioということ,とりわけ人間精神の能動と受動ということを,具体的にどのように理解するべきなのかということに関して,考察していくことにします。この問題は,前回の考察の中で派生してきたものですから,前回の続きであるとも考えることができますし,しかし一方で,スピノザによる属性attributumの定義Definitioというものをどのように理解するのかということと,人間精神mens humanaの能動と受動ということをどのように理解するのかということは,完全に別の問題でしょうから,前回とはまったく関係がない考察であると考えることもできると思います。僕がこの考察を前回のテーマである第一部定義四の中では行わずに,こうして稿を改めたのは,後者の考え方に依拠したからですが,一方,この問題の発生というのは明らかに前回の考察と深く関係していますので,今回の考察の中でも,前回の考察,とりわけ第一部定義四に関するマシュレの分析に回帰していくことは,当然ながら生じてくるだろうと思います。
 とはいえ,こうしてこの問題を新しい形で探求していくわけですから,今回の考察は今回の考察で,前回のテーマとは関係なく,それ単独で成立させなければなりません。もちろん僕自身,そうなるように努力する所存です。しかしそのためにはまず,テーマの設定というのが重要になると思います。そこでここでは,第三部定義二というのを,第一部定義四とは関係のないテーマとして設定することとします。
 「我々自らがその妥当な原因となっているようなある事が我々の内あるいは我々の外に起こる時,言いかえれば(前定義により)我々の本性のみによって明瞭判然と理解されうるようなある事が我々の本性から我々の内あるいは我々の外に起こる時,私は我々が働きをなす[能動]と言う。これに反して,我々が単にその部分的原因にすぎないようなある事が我々の内に起こりあるいは我々の本性から起こる時,私は我々が働きを受ける[受動]と言う」。
 これは『エチカ』の岩波文庫版の中での約束事ですが,()の中は,ラテン語版Opera Posthumaではなく,オランダ語の遺稿集De Nagelate Schriftenから補われたことを示し,[]の中に関しては,訳者である畠中尚志による補足です。
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パートナー&祖母の体重

2011-07-25 19:04:09 | NOAH
 新日本のブッチャーが残念ながらもうひとつ輝くことができなかった理由のひとつとして,パートナーの問題があったと僕は考えています。プロレスの場合,シングルマッチはわずかで,ほとんどがタッグでの試合になりますから,だれと組むのかということはかなり大事なことだと思います。
 この当時,頻繁にブッチャーとチームを結成していたのは,猪木とのシングルマッチでも乱入しようとしたバッド・ニュース・アレンとか,スペシャル・デリバリー・ジョーンズといった選手でした。彼らは,プロレスラーのタイプとしては,トップに立つほどの力量は備えていないけれども,堅実に仕事をこなす中堅どころ。プロレスの場合,そういう役回りの選手というのは絶対に必要ですから,僕はその点で彼らを否定するつもりはありません。しかし,ブッチャーのパートナーとしてはあまり相応しくなかったのではないかと思っています。たぶん新日本プロレスの意向もあってこういうチーム結成になったのではないかと思いますが,そういう意味では,新日本プロレスの選択の失敗という一面も否めないだろうと思います。
 黒い呪術師というのは,存在自体がキャラクターの塊といった面があります。たとえば全日本プロレスでは,ジャイアント馬場のライバルとして戦っていましたが,馬場もまた同じような一面を兼ね備えた選手ですから,ブッチャーのキャラクターだけが際立ってしまうということはありません。しかし新日本プロレスには,存在自体がキャラクターという選手はいなかった,というか少なくともその当時は,そういうプロレス自体を否定していた一面があります。このために,ブッチャーのキャラクターのみが突出してしまい,試合の中で浮いてしまうような印象を観客に抱かせていたのではないかと思います。したがってブッチャーのパートナーには,そういう部分を消失させるような力をもったレスラーこそ相応しかった,というか相応しいと思うのですが,アレンとかジョーンズというのは前述したようなタイプでしたので,むしろタッグマッチにおいても,ブッチャーをさらに浮かせてしまうような役回りになってしまったのではないかと思うのです。これはブッチャーにとってはもちろん,アレンやジョーンズ自身にとっても,一種の悲劇であったと僕は思っています。

 母の体重が増加してきていることについて,現時点では僕自身はそうも心配しているわけではありません。実際のところ,身長が150㎝の人間の体重が40㎏あったところで,それは太りすぎを心配しなければいけないような状況ではないということは確かだろうと思います。むしろ年齢的なことを考慮に入れるならば,体重がだんだんと減ってきてしまうということの方が,僕には深刻な状況なのではないかと思えるくらいです。
 しかし,の心配にも一理はあるのです。それは祖母,母の母のことです。
 前にもいったことがありますが,祖母は僕のの直接的な死の原因となった大腸癌を発症,転移もしています。高齢ということもあり,それについては一切の処置はしていません。もちろん腫瘍マーカーのチェックはしていますが,数値に大きな変動はなく,要するにそれでも癌が急激には進行してはいないのです。
 一般的には父の場合もそうでしたが,癌になれば痩せてくるものです。ところが祖母の場合,むしろ体重は増えています。祖母は母よりもさらに身長は低いのですが,現在の体重は母の倍とまではいきませんが,70kg前後はあるのです。とくに顕著なのは腹回りで,はっきり太りすぎだといえるくらいです。もちろん癌との関連でいえば,体重の増加は結構なことかもしれません。しかしここまで太ってしまいますと,立って歩くということも大変なことになってきます。というか,立ち上がること自体が大変なわけです。母があまり太りすぎてはいけないと思っているのは,そうした祖母の状況を間近に見ているからだと思います。もちろん母の場合は,今すぐにそこまで心配しなければいけない状況ではありませんが,そうなる可能性が皆無というわけではありませんから,僕としてもその点には気をつけておかなければいけないだろうと考えています。
 糖尿病共生記②は,とりあえずここまでとします。31日に父の一周忌が予定されていて,そのためにロサンゼルスの伯母,母の姉も来日を果たしています。また,K伯母がそれに出席できるかどうかも,現時点でまだはっきりとはしていません。またその翌日は僕のみなと赤十字病院の通院ですし,今週の木曜には母の磯子中央病院の脳外科の通院も予定されています。しかしそのあたりのことは次の③で詳しく説明することにします。
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東日本大震災被災地支援サマーナイトフェスティバル&母の体重

2011-07-23 20:56:07 | 競輪
 夏目漱石の愛読者として,松山は訪れてみたい地のひとつ。今年のサマーナイトフェスティバルは松山競輪場が舞台となり,昨日の予選を勝った9選手による決勝が争われました。並びは長塚-神山の茨城栃木,深谷-南-小嶋と並ぶ中部近畿,坂本-紫原の福岡で,伏見と五十嵐は連係せずにそれぞれ単騎。
 Sは坂本が取って前受け。3番手に長塚,五十嵐,伏見と続いて7番手から深谷で周回。深谷は残り2周のホームから上昇。長塚がこれに併せて出て,打鐘からふかした深谷の番手を奪取。ホームから南もまた追い上げましたが神山に弾かれ万事休す。小嶋は自力を出しましたが前には届かず。直線に入って長塚が踏み込むと神山が中を割って強烈な伸び。逃げ粘る深谷を差して優勝。深谷が2着に粘り,長塚は3着。
 優勝した栃木の神山雄一郎選手は一昨年の暮れに広島記念を優勝して以来のグレード制覇。ビッグは2005年にオールスターを優勝して以来となる6年ぶりの25勝目。さすがに全盛期の力はありませんし,記念競輪の優勝からも遠ざかっていた近況なので,もうビッグを勝つのは無理なのかと思っていましたが,ここでチャンスをものにしました。S班の地位を確保しているだけでも立派なことだと思うのですが,やはりこれだけの選手になると僕の常識でははかり知れないくらいの底力があるということなのでしょう。
                         

 最近のの状況に関して,ひとつだけ説明をしておきたいことがあります。実はこのところ,母の体重が増えてきているのです。
 母は身長はおよそ150㎝ほどですから,小柄であるといっていいでしょう。また,保健体育の教師をしていたということからも予測可能かと思いますが,太っているという状況からは程遠く,およそ40㎏前後の体重で推移していました。もっともこれは,まだ仕事をしていた頃の話であって,退職後はその体重がさらに減少し,30㎏台の後半で推移していました。一般的に老齢化とともに体重というのは全盛期よりも減少してくるものと思われますから,これはごく自然な現象であったと考えてよいだろうと思います。母の異変が生じたとき,母はほとんど飲まず食わずで幾日間かを過ごしたわけですから,その間にさらに体重は減っていたのだろうと類推されますが,基本的にはそのくらいの体重で入院したと考えてください。
 それが最近は40㎏をオーバーしているようです。入院前に穿いていたジーンズがきつくなったとか,あるいは穿けなくなってしまったということも生じました。僕はむしろそれは好ましいことではないかというくらいに考えていますが,母自身は必ずしもそうではないようです。
 退院後の母が,入院前に比べて食事の量が多くなったというようには僕には見受けられません。それなのになぜ体重が増えたのかということについて考えられる原因はひとつで,それは禁煙です。
 僕が喫煙を始めた頃のエピソードでも紹介しましたが,母は僕の記憶がある頃からずっと喫煙者でした。異変が生じて家で寝ていた頃は吸いたくても吸えない状況でしたが,その直前までは吸っていました。それがこの小脳出血を機に,これは医師の勧めもありましたが,禁煙したのです。したがって昨年の12月に退院してからも,母はずっと煙草は吸っていません。
 一般に,禁煙すると体重は増えるといわれていまして,母の場合にもそれに該当したわけです。この理由として,禁煙したことによって食事が美味く感じられるようになり,その量が増えるというのがあるようですが,先述したように母の場合にはこれは当て嵌まりません。ただ,喫煙する代わりにビスケットやクッキーなどの菓子類を以前よりも多く摂取するようになったのは,僕からみましてもはっきりしています。これが母の体重増の一因になっているのだろうと考えられます。
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習志野きらっとスプリント&脳梗塞

2011-07-22 18:45:22 | 地方競馬
 地方競馬スーパースプリントシリーズファイナルとして新設された昨日の第1回習志野きらっとスプリントは,愛知から1頭,笠松から4頭,高知から2頭,荒尾から1頭の遠征馬を交えて行われました。
 テイエムカゲムシャは大きく出遅れ。予想されたようにジーエスライカーが先手を奪い,外のラブミーチャン,内のバトルファイターの3頭で後ろを引っ張っていく展開。最初の400mは22秒7で,ミドルペースに近いくらいのハイペース。
 3コーナーを回るとバトルファイターが脱落していき,前の2頭と後ろとの差が開き,直線はマッチレースに。食い下がるジーエスライカーを競り落としたラブミーチャンが優勝。ジーエスライカーが2着。4番手のコアレスピューマが5馬身遅れましたが3着確保。短距離戦は不確定要素が大きいですが,ここはスピード能力上位の馬たちによる順当な結果でした。
 優勝した笠松のラブミーチャンは前走でこのシリーズの名古屋でら馬スプリントを勝っていて連勝。南関東重賞は初出走ですが,一昨年の12月には川崎で全日本2歳優駿を勝っています。ここは上位2頭が重賞でも通用する馬。相手に地の利があった中での勝利ですし,鐙が外れるアクシデントもあったそうで,その分の価値はあると思います。父はサウスヴィグラス
 騎乗したのは笠松の浜口楠彦騎手で,管理しているのは笠松の柳江仁調教師です。

 一方,母と妹が不在の間にアパートの叔父から掛かってきた電話の内容ですが,総合しますとそれは以下のような話でした。
 この日,特別養護老人ホームに入所中の祖母が,トイレで倒れたのです。それを職員が発見し,祖母はみなと赤十字病院へと運ばれました。これは,叔父に連絡があって叔父が連れていったのか,それとも救急車で運ばれたのかは分かりませんが,みなと赤十字病院が診察を受け付けない土曜日のことですから,たぶん後者であったのだろうと推測します。
 祖母は以前に脳出血で倒れていますが,その後も何度かは入院しています。徘徊などの行動をみせたのはそのときのことでした。ただそれは,脳の病気ではなく,脚に血栓ができて,血流が滞ってしまったためです。それでみなと赤十字病院の脳外科と循環器科にも通うようになっていましたから,このときもみなと赤十字病院に運ばれたのでしょう。叔父から僕のところに掛かってきた電話は,たぶんみなと赤十字病院からであったと思います。
 脳外科ではМRIなどの撮影も行われていましたが,祖母の脳には脳梗塞を発症したと思われる痕跡があるということは以前から伝えられていました。ただ,祖母は脳梗塞で倒れて入院したという経験はなく,おそらく目立った症状を発しないうちに,血流が回復していたということでしょう。痕跡は1箇所ではなく,複数あるとのことでしたから,実際には祖母はそれとはだれにも分からないうちに,何度か脳梗塞を起こしていたのだと考えられます。
 病院に運ばれて検査をしたのですが,この日も脳梗塞を起こしたということでした。ただし,検査のときには普通に,といっても祖母は要介護4ですから,一般的に健康な人をイメージしてもらっては困りますが,要介護4の人間としては普通に行動をすることができていたようです。そこでこの日の脳梗塞に関しても,これまでと同様に一過性のものであると考えられるから,入院して治療を施す必要はないであろうということになり,そのまま帰されました。
 したがって祖母はこの日のうちに特別養護老人ホームの方へと戻ったのです。その後,この点については何の異常も生じることなく今日まできていますから,やはりこのときの脳梗塞も,それまでと同じように一時的なものだったのでしょう。
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竜王戦&K伯母の様子

2011-07-21 21:58:38 | 将棋
 第24期竜王戦は右の山から久保利明二冠が挑戦者決定戦に進出。左の山はこれからが佳境で,今日は佐藤康光九段と永瀬拓矢四段が対戦。今期のNHK杯で1局だけ対戦があり,2千日手の末に永瀬四段の勝ち。
 振駒で永瀬四段の先手。三間飛車に佐藤九段も向飛車で対抗し相振飛車。先手が美濃囲いを作って急戦を目指すと後手も呼応,あまり玉形を整備しないままに攻め合いに。観戦は第1図の少し後から。
                         
 ここで後手は△5五角と逃げました。対して▲4三香成。このまま黙っていれば後手はじり貧になるのが目に見えていますので,何かしなければいけない局面。△2一香と打ちました。先手は▲3九玉の早逃げですが,後手が歩を二枚持っているので大胆といえば大胆。当然△2八歩。▲同玉では何をやっているのか分からないので▲1七桂と逃げたのは予想通り。手が広いところですが△4五桂は考えていませんでした。対して▲4八玉と受けたのも大胆な一手と思います。△2七飛成は検討していた手のひとつ。▲同銀は△3七角成でダメですから▲5九玉とまた逃げました。一気にいく手も考えられなくはないでしょうが△1七龍は最も穏当な手という印象です。▲5六歩(第2図)と催促しましたが,これもすごく怖い感じの手だと思います。
                         
 △6四桂と打つ手を中心に検討していましたが△3七角成だったのでやり直し。▲同銀は当然。3通りのいずれもあるところと思いますが△同桂不成の金取りでした。▲3八金か▲4八金寄だと思いましたがまた▲6九玉と逃げました。△4九桂成は当然。そこで▲4四角は攻防風。△1九龍は最も自然で検討の本線。部分的には先に▲6二角成の方が迫れそうですが,駒は渡したくないので▲5三成香で攻め合いにいきました。△4八成桂はこうするところでしょう。▲7八玉△5八成桂は必然。▲6二成香△同金もここまでの手順からは当然という感じ。そこで▲6五桂(第3図)と跳ねました。
                         
 この瞬間は後手玉が詰めろになっています。ただ後手は持ち駒が豊富なので,ここを受けきれば勝ちだろうと思いました。△7ニ金打。時間を使って▲5三銀。△6一香は当然の受け。▲7四歩でこじ開けにいきました。ただし詰めろではないので後手は手番。△8五桂と打ちました。このあたりは指し手の進行が早く十分に検討できませんでしたが,これは詰めろだったよう。▲7三桂成は攻めつつそれを受けた手。△6九龍▲6七玉△6八成桂▲6六玉△6七成桂▲6五玉。逃がした感じがなきにしもあらずでしたがそこで△7三桂と王手で取りました。▲同歩成△同金左(第4図)は必然と思います。
                         
 成るか成らないかの選択はありますが▲6四銀不成はこう指すでしょう。△6二桂もあったと思いますが△8一王と逃げました。王手はないので▲7三銀不成はこれしかありません。ここは6四に効かせて当然ですが成らないわけで,一手前も不成の方がよかったということでしょう。ただしこれも△6四銀と打って詰みでした。よってそこで先手の投了。第1図から第2図の過程で▲3九玉と逃げたのは,永瀬四段らしい手とは思いますが,失着ではなかったかと思います。
 勝った佐藤九段は来週の火曜に深浦康市九段と対戦。これ以降の将棋はすべて紹介します。

 と妹がK伯母の見舞いを終えて家に戻ったのが何時頃であったかは失念してしまいましたが,そんなに遅い時間ではなかったということだけは確かです。それで僕はまず,母からK伯母の様子についての話を聞きました。
 K伯母は4人部屋に入院していたとのことですが,最初に母が病室に入ったとき,そこにK伯母がいるということが分からず,一旦は退室したそうです。部屋の外の名札にK伯母の名前があることを確認して再入室。それでようやくK伯母のことが分かったとのこと。父の姉たちは,喘息持ちであった長女を除きますと,4人が4人ともどちらかといえばふっくらとした体型をしていたのですが,H伯母からの連絡があった通り,K伯母は何も食べられないような状態が続いていて,かなり痩せていたようです。僕は実際には見ていないですから,それがどの程度のことであるかは分かりませんけれども,母がぱっと見て分からなかったというほどなのですから,見た目はそれまでとはかなり変わってしまったのだろうと思います。
 もっとも,これにはもうひとつ別の理由もあって,K伯母は酸素マスクをしていたのだそうです。だから余計に母はK伯母と気付きにくい面があったのでしょう。ただし,だから重篤な状態であったかといえば必ずしもそうではなかったようで,話は普通にすることができたとのこと。また,H伯母の話ではK伯母には痴呆の症状が窺えるとのことでしたが,このときはそういった様子はなかったようです。
 母の異変が発生したとき,寝返りを打つのもままならない状況ではありましたが,母の意識はしっかりとしていて,僕とのやり取りに異常なところは皆無でした。ただ,一般には高齢で病に伏せますと,痴呆の症状が出ることはあります。たとえば僕の祖母,母の母は,入院中は夜中に徘徊するというようなこともありました。しかしこれはあくまでも一過性のものであって,病の状況というものが改善してくれば,そういうことはしなくなりますし,本人はそれ自体を覚えていません。現に祖母は家にいたときなどには,そうした行動をすることは一切ありませんでしたし,入所中の特別養護老人ホームでもそんなことはしていません。K伯母の場合にも,あるいはそれと似たような状況が一時的に生じていたのかもしれません。
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ロシアのキリスト教&電話

2011-07-20 18:23:41 | 歌・小説
 漱石のドストエフスキー評二律背反になっていること,とりわけその中に否定的側面があることの理由のひとつとして,夏目漱石社会主義の評価というものが関係しているのではないかと僕は考えています。しかし,ここにはもうひとつ,おそらくそれよりも大きな別の理由があるようにも思うのです。それは,ドストエフスキーの小説には,キリスト教色が色濃く滲んでいるという点です。ただ,これをいうためには,まずドストエフスキーの小説というのが,どの程度までキリスト教という宗教と関係しているのかということについての理解を欠かすことができません。そしてそのためには,ロシアの,もちろんこれはドストエフスキーが生きていた時代のロシアのという意味ですが,その時代のロシアのキリスト教の状況についても,一定程度まで把握しておく必要があると思います。そこでまず,それについて必要最小限のことを列記しておくことにします。
 ロシアのキリスト教といえば,ロシア正教というのを思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。キリスト教というのはいわゆる三位一体,つまり父と子と聖霊という三者への信仰であるというのが正統な理解ですが,ロシアのキリスト教は歴史的にイエスの母であるマリアに対する信仰心が強く,基本的にロシア正教というのはそうした流れを汲んでいると考えてよいようです。
 ただし,ロシア正教というのがロシアの正統なキリスト教であると仮定するならば,その正統に対する異端というのもあります。とくにドストエフスキーの時代には,そうした異端派を信仰する人もそれなりの数に上っていました。そしてドストエフスキーの小説との関連でいえば,実は異端派の方が強いという側面があります。
 一口に異端派といいましても,それはひとつではなく,いくつかの宗派があります。これについてはここでは詳述しませんが,ドストエフスキーの小説とキリスト教との関係を考える上では,それら異端派の教義との関係が重要になってきます。
 ロシア文学では有名な亀山郁夫に『ドストエフスキー謎とちから』という著作があります。そこではドストエフスキーの時代のロシアのキリスト教の状況が詳しく説明されていますので,興味のある方はお読みください。
                         

 その週末の土曜日,6月25日のことになりますが,が妹を連れてK伯母を見舞いに行くことになりました。
 K伯母が入院した横浜栄共済病院のすぐ近くに,中学校がありました。母はかつてそこに勤務していたことがありました。母は定年を前に退職しましたが,最後に勤めていたのがその中学校だったのです。したがって母は,K伯母が入院した病院の場所に関してはよく心得ていたのです。なぜこんなことをいうかといいますと,実は母はやや方向感覚には鈍いところがあったからです。5月17日の妹のこども医療センターの通院の際,僕は途中まで一緒に行ったといいましたが,それも,バスを乗り換えるときに間違えるのではないかという心配もあったからでした。これはとくに僕だけがそう思ったというわけではなく,母自身も心配していました。つまり母は自分自身でも方向感覚が鈍いということを自覚しているわけです。中学校に勤務していた当時は母は自動車通勤で,運転をやめた現在とは状況は異なるわけですが,中学校も病院も根岸線の本郷台駅から歩いてすぐのところにありますから,この日は妹とふたりであってもとくにそうした心配は不要であったのです。
 この日も僕は午前中は本牧に所要があり,家に戻ったのは正午少し前。母と妹は途中で昼食を摂るとのことで,ちょうど出掛けようとするところで,入れ違いのような形になりました。僕は午後は用事はありませんでしたので,この日はこの後はずっと家にいました。したがって,母と妹が家に戻るまでの間は,ひとりで留守番というような形となったわけです。
 そしてその間に,1本の電話がありました。これはアパートに住んでいる叔父からのもの。その電話に出たときの叔父の話し方の雰囲気からしてただ事ではないような印象を受けたので身構えました。ただ,叔父は僕にではなくて母の方に話がしたかったようで,電話の用件については何も教えてくれませんでした。そこで僕は,母はK伯母の見舞いに行っていることを伝えました。叔父は合点がいった様子でしたので,K伯母が入院しているということは母から伝えられていたのだと思います。母は携帯電話を持っていますから,そこに電話するように言いました。結局,このときの用件は後から母に聞かされることになったのです。
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農林水産大臣賞典マーキュリーカップ&K伯母の入院

2011-07-18 19:00:19 | 地方競馬
 東日本大震災の影響を大きく受けた岩手県競馬。5月に何とか開幕を迎え,今日は第15回マーキュリーカップ(動画)が行われました。コアレスレーサーが取り消して8頭。
 ここはゴルトブリッツが逃げてしまうのではないかと思っていたのですが,発走後に先頭に立ったのはミラクルレジェンド。これを1コーナー手前でメイショウタメトモが交わしていき,この馬の逃げに。ゴルトブリッツ,ミラクルレジェンド,パワーストラグルまでは差なく続き,向正面に入るとペースが落ちたためでしょう,後続も追いついてきて馬群がぐっと凝縮しました。
 3コーナー手前でパワーストラグルが上昇し,メイショウタメトモに並び掛けるとペースアップ。ゴルトブリッツはこれを追い掛け,競馬になったのはこの3頭。直線に入ると外に出したゴルトブリッツが楽に内の2頭を捕え,3馬身の差をつけての快勝。早めに動いたパワーストラグルは苦しくなったようで,逃げ粘ったメイショウタメトモが2着で3着にパワーストラグル。
 優勝したゴルトブリッツは前々走のアンタレスステークス以来の重賞2勝目。父がスペシャルウィーク,叔父にディープインパクトがいる良血馬。素質は最初から見込まれていた筈ですが,開花は遅れ,昨年後半から軌道に乗って一気に上昇。大レースとなるとまだいくらかの成長が必要かもしれませんが,今日の相手関係では力量上位ですから,順当な勝利。まだ勝ち星を積み上げていく馬だろうと思います。Gold Blitzはドイツ語で金の稲妻。
 騎乗した川田将雅[ゆうが]騎手,管理している吉田直弘調教師にとってはマーキュリーカップ初勝利。
                         

 一方,このときにK伯母が訴えていたというひどい腰痛に関してですが,これには僕たちにははっきりと思い当たる原因というのがありました。
 実は以前,K伯母は自宅で転倒し,腰部を強打したということがあったのです。もちろんそのときはK伯母も病院に行きました。診断した医師によれば,骨折こそしてはいないものの,普通に考えたら歩くことも困難ではないかと思われるくらいの重症だったのです。ところがK伯母は普通に歩くことができました。このためにしっかりとした治療を施さず,ほとんどほったらかしにしたのです。医師がそのように診断するほどの状況でしたから,詳しいことはもちろん分かりませんが,たとえば骨が変形していたというくらいのことは十分に考えられます。それがだんだんと神経を圧迫するようになり,この時期になって強い痛みを発生させるということになったのではないでしょうか。いずれにしろはっきりとしたことは分かりませんけれども,このときのK伯母の腰の痛みと,過去の転倒とが,何らかの因果関係で結ばれていることは,僕は間違いないところであると考えています。
 前述しましたように,これを機に,Y伯父がK伯母のところをしばしば訪れるようになりました。そうしているうちにこれはいよいよ手に負えなくなったということで,救急車を呼んだようです。運ばれたのは横浜栄共済病院でした。
 横浜栄共済病院が選択されたことについて,K伯母の意志が関与していたのかどうかは僕には分かりません。このときの症状と,心臓病との間に何か関係があったとは僕には思えませんが,寺の信者たちは,K伯母がペースメーカーを入れているということはもちろん知っていましたから,K伯母の体調に関する心配というのは,ほぼ心臓病の心配と同義であったようです。このためにK伯母自身も,心臓病との関連を疑ったのかもしれません。あるいは僕はシックデイの頃,それが糖尿病とは関係ないと分かりきっていましたが,できればみなと赤十字病院で診察を受けたいと思いましたから,K伯母もまた,僕と同様のことを考えたのだとしても,それはごく自然な感情の発露であると,少なくとも僕自身は考えることができます。いずれにせよ運ばれたK伯母はそのまま入院となりました。これが6月21日のことでした。
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妙手⑯&K伯母の症状

2011-07-17 18:44:02 | ポカと妙手etc
 第10期竜王戦1組1回戦より。横歩取り△3三角戦法から3五で銀交換が行われたところ。
                         
 放置しておくと▲5二銀が痛打。普通は△3四歩でしょうがそれでは面白くないとみて△7五飛と浮いたのが妙手。▲5二銀はありますが,△同玉▲3ニ飛成のときに△5五飛と角を取れる仕組み。これを避けるのに先に▲7三角成とすると今度は△3五飛と飛車の方を取られます。
 どちらも先手が困るので▲6六銀と打ち,△7四飛とまた引かせてから▲7三角成としましたがそこで△同飛と取っておくのがまた好手。▲5二銀△同玉▲3ニ飛成で先手の狙いは実現したものの,△7一飛(第2図)と引いて受け止めた格好になりました。
                         
 ここで▲6二金もありそうですが実戦は銀を働かすべく▲5五銀。ただしこれには△1四角と打ち,後手が3筋で無理やりに金を入手し第3図のように龍を捕獲。
                         
 ここで▲7ニ銀の返し技こそありましたが,この飛車交換は後手の方が得。これ以下も激しい攻め合いが続きましたが,最後は後手の勝ちに終っています。

 実をいいますと,K伯母というのは僕などからみましても人間的にやや難しいところがあります。単純化していいますと,大きな事柄であれ些細な事柄であれ,物事が自分の思う通りに進捗しませんと嫌気をさすというか,腹を立てたり拗ねたりするようなところがあるのです。こういう性格が災いして,他人と衝突してしまうということもそれまでにしばしばありました。夫の埋葬に関して一悶着が起きてしまったことの一因にも,こうしたK伯母自身の性格があったということも確かなことだと思います。そしてこうした性格ですから,他人の意見を聞き入れるということもあまり好みではありません。病院に行くようにというH伯母の進言をK伯母が聞き入れなかったのは,K伯母をよく知っている僕には何となく理解できることでした。
 一方,H伯母の方ですが,この人もⅡ型糖尿病です。網膜症も発症しまして,実は父が死んだときにその手術のために入院中。このため,通夜と葬式には出席できませんでした。ただこの人は夫も健在ですし,娘がひとりいて,孫もいますから,とくに僕たちが健康に関して心配しなければいけないような状況ではありません。しかし,膝が悪いために出歩くことには困難が伴います。このときは夫と一緒にK伯母を訪ねたようですが,そうもしばしば訪ねていくということはできません。それで今度は父が横行結腸癌であることを医師から告げられたときに同席していた父の長兄,H伯母やK伯母からみますと弟になりますが,この人に白羽の矢が立ち,ここではY伯父といっておきますが,このY伯父がK伯母の様子をちょくちょく見に行くようになったようです。
 この時点でH伯母から聞かされたK伯母の状況ですが,K伯母がとくに訴えていたというのは腰の痛みであるとのこと。そしてあまりものを食べられるような状況ではないため,かなり痩せてきているということ,そしてもうひとつ,K伯母に痴呆のような症状が窺えるということでした。
 実は痴呆に関しては,僕はもしかしたらそうではないかと思っていたふしがありました。というのは,寺との関係はK伯母が担っていましたから,父の一周忌のことで,何度か連絡を取っていたのです。基本的にそれは母の役目だったのですが,母から聞かされるK伯母とのやり取りに,どう考えても不自然なところがあると僕には思えていたからです。
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竜王戦&K伯母の体調

2011-07-15 22:35:08 | 将棋
 第24期竜王戦本戦トーナメントは今日も2局。僕の注目は右の山の準々決勝。対戦成績は久保利明二冠が2勝,山崎隆之七段が4勝。同じ関西勢なのに対局数が少なくて驚きました。
 振駒で山崎七段の先手。となれば久保二冠のごきげん中飛車。最近はめっきりと減った印象がある③Bに。先手が玉頭位取り,後手が銀冠という形になり,2筋に飛車を回っていた後手から開戦し,すぐに飛車交換。先手は自陣角を打ちました。再び飛車交換があり,後手も自陣角。両者が苦心を重ねているといった印象の中盤戦。断続的に見ていましたが下図となって本格的に観戦開始。
                         
 ここから△4六飛と切りました。▲同銀に狙いの△7八金。▲同飛△同角成▲同玉△4八飛までは一本道。▲5八角打もこれしかなさそう。△4六飛成は当然。▲5六金打を考えていましたが▲5六飛でした。交換は明らかに損と思えるので逃げるのは自然。自陣に引いてしまうのもあったかと思いますが△4八龍と入りました。このまま△5七歩とされてはかないません。ほかの受け方だと△4五桂がありそうですから▲4七金と龍に当てるのはこの一手でしょうか。△2八龍は当然の逃げ場所という印象。今度は△4八歩があるので▲4八歩は仕方ないところ。そこで△4五銀(第2図)は考えていなかったのですが,指されてみればなるほどで相当に厳しそうです。
                         
 ▲5七飛△4六歩では勝ち目がありません。▲6四歩と攻め合いにいきました。△同銀は最善かどうかは別にここでは自然な応手と思います。▲5四歩は銀挟みですがこれでは苦しそう。△5六銀▲同金寄は自然な進行。そこで△4六歩と叩いたのはぬかりない一手で▲同金寄とさらに金を遠ざけてから△2九龍(第3図)と取りました。
                         
 差がついていると思いましたがここで先手が投了。本格的な戦いになる以前でどうやら事実上の決着がついていたようです。久保二冠は来週の火曜に準決勝を戦います。

 このK伯母に最初の異変が生じたのは,僕のが退院した直後,したがって昨年の暮れから今年の正月にかけてのことでした。入居していた市営住宅であまりに体調が悪くなり,自分で救急車を呼んだとのことでした。
 実をいいますと,僕はこのことを後になってから知りました。というのも,母が退院したばかりということで,あまり心配をさせるのはよくないだろうという配慮があったようで,僕たちにはその時点では知らされなかったのです。したがって,実際にそのときにどのようなことが起きたのかということを,僕は詳しくは知りません。つまりここの部分に関しては,すべて事後に聞かされた話です。
 K伯母が運ばれたのは,保土ヶ谷区,といっても南区や西区との境に近いところにある病院でした。診断の結果は肺に水が溜まっているということで,それを抜いたようです。結果的には1週間程度の入院で済んだのですが,病院に運ばれた時点では,生命に関しても保証はできないと医師から言われたほどだったそうですし,救急車の中では意識不明に陥ったとのことで,きわめて重篤な状態であったのだろうと思います。
 このことがあった後にも,僕はもちろんK伯母に会っていますが,少なくとも僕が見た感じだけでいうなら,入院する前とそうも変わったところがあるようには思えませんでした。したがって,詳しい病名などは何も知らされていないのですが,病後の経過に関する限り,それは順調であったと判断してよいのだろうと思います。
 しかしK伯母は,5月に入ってからまた体調を崩し始めていたようです。僕たちがこのことを最初に知らされたのは,K伯母本人からではなく,寺の信者仲間からでした。前にもいいましたように,K伯母はかなりの頻度で寺に通っていましたので,同じ寺の信者たちは,僕たちよりはK伯母と会っています。それで様子がおかしいのではないかということで,僕の家の方に連絡があったのです。
 K伯母は上に4人の姉がいますが,そのうちふたりはすでに死んでいて,ひとりはアメリカ在住。ということで残りひとりの姉が,K伯母の住む市営住宅に訪ねていったのですが,確かにK伯母の体調は非常に悪かったようです。そこでその姉,ここではH伯母といっておきますが,H伯母は病院へ行くことを勧めました。しかしK伯母は受諾しませんでした。これが先月の上旬のことです。
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農林水産大臣賞典ジャパンダートダービー&ペースメーカー

2011-07-14 18:46:07 | 地方競馬
 昨晩の大井競馬場では,3歳ダート王者決定戦の第13回ジャパンダートダービーがありました。ジャクソンライヒが火曜の朝に発熱,出走取消で15頭。
 抑えきれないといった感じでエーシンブランがハナに。ピュアオパールが外に並び,岩手のベストマイヒーローも続いてこの3頭が後続を離しての先行。グレープブランデー,クラーベセクレタ,タガノロックオン,ボレアスと人気の4頭が好位を占めました。前半の1000mは61秒2のハイペース。
 前の3頭は3コーナー手前から苦しくなり,絶好の手応えでグレープブランデーが外を進出。クラーベセクレタもこれを追い,タガノロックオン,ボレアスも続きました。直線に入るとグレープブランデーがエーシンブランを交わして先頭に。クラーベセクレタが必死に追い,この2頭の中を割ってボレアス,外からタガノロックオン。追い比べはゴールまで続き,4頭は差がなく入線。優勝は最初に先頭に立ったグレープブランデーで,こじ開けたボレアスが2着。外の追撃は凌いでクラーベセクレタが3着。
 優勝したグレープブランデーは前々走のオープンを勝った後,前走のユニコーンステークスは2着。その前走は出遅れもありましたが,ついていくのに苦労していた面もあり,距離はこれくらいあった方がいいのかもしれません。また,前走は馬体重の減少も響いていたのでしょう。父はマンハッタンカフェ。五代母がディープディーンの叔母にあたります。
 騎乗した横山典弘騎手は昨年のオークス以来の大レース制覇。2008年以来となるジャパンダートダービー2勝目。管理している安田隆行調教師はフェブラリーステークス以来の大レース制覇。ジャパンダートダービー初勝利。

 どこでもそうだと思いますが,市営住宅のような公営住宅というのは入居するのにそれなりの条件というのを満たしていなければなりません。そのうち最大のものは世帯の収入ということになるのだろうと思いますが,家族構成というのも条件のひとつになります。K伯母はこの時点で,夫婦ふたりで入居していました。いい換えれば夫婦がふたりで生活するのに十分な程度の部屋数がある住宅であったわけです。それが夫が死に,ひとりで暮らすようになるのですから,この市営住宅を出ていかなければならない可能性がありました。しかし,どういう手続きがあったのかは分かりませんが,結果的にはK伯母はその後もそこに住み続けてよいということになり,現在もそこに居を構えています。
 それから,K伯母も心臓に疾患を抱えてしまい,栄区の本郷台というところにある横浜栄共済病院というところに入院。そこで心臓の手術を受け,ペースメーカーを埋め込みました。ペースメーカーを使いますと障害者として認定されることになっていて,もちろんK伯母も認定を受け,無事に退院。とくに問題なく,それ以前と同じような生活ができるようになりました。これは前にもいったかと思いますが,僕のの母,祖母が熱心に信者として通っていた寺との関係は,現在はほとんどがこのK伯母が一手に引き受けるようになっています。したがってK伯母もかなりの頻度で寺の方へ参詣しているのですが,この寺は祖母が頻繁に出掛けていたことからも分かるように,僕の家からそうも遠くないところにありますので,その折などには僕の家にも訪ねてくるということがよくありました。
 父が入院していたときもよく見舞いに来てくれましたし,母の入院中も,たとえば妹を美容院に連れて行ってくれるなど,僕もK伯母には大いに助けられていたわけです。ただ,父の姉であるということからも分かりますように,高齢ではあり,横浜市内とはいえ辺鄙なところに,ひとりで暮らすようになりましたから,親戚はこぞって心配していました。これ自体は以前,とくにペースメーカーを入れてからで,そもそも僕の父自身も,存命中から心配していたくらいです。それでもその後は,検査のために定期的に病院にも通っていて,特別に異常は出てはいませんでした。
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王位戦&K伯母

2011-07-13 19:35:52 | 将棋
 真珠の養殖で名高い三重県志摩市での開幕となった第52期王位戦七番勝負第一局。公式戦での対局は昨年度の王位戦挑戦者決定戦以来2局目。
 振駒で羽生善治二冠の先手。個人的には意外な相振飛車。先手が金無双,後手の広瀬章人王位は美濃囲い。先に攻撃態勢を整えていた後手が先手玉頭方面から仕掛ける形で全面的な中盤の戦いに突入。観戦は終盤に入り,クライマックスのあたりから。
                         
 △4八成桂は最も平凡で手堅い手。これでよいなら一番いいと思えます。▲6三桂の王手は検討の間もなく指されましたが,こう指すと局面が決定的になりますから,どちらが勝つにしても終局は近いと思いました。△同金▲同歩成ないしは▲7ニ歩△8一王▲6三歩成となれば後手玉は受けが効かないでしょうから,それが嫌なら単に△8一王ですが実戦は△6三同金。要するに受けなしになっても先手玉を詰まして勝ちという意味の一手。実際にその形は詰むことを確認。ただし実戦は▲7ニ歩△8一王に▲6七金と受けました。後手玉に有効な王手が掛からない形なので,手数の状況は変化ありませんが,後手は金は渡せないという局面になったので,粘り方としてはこれが最善ということなのかもしれません。そこで△5八成桂は中心に検討していた手。取るのは△4九銀~△5九馬とし,8六の飛車を取れば後手が勝つという結論。実戦は▲7九玉と逃げ,すぐに△5九馬。この手は詰めろになっています。よって▲6三歩成とはできないので△8二歩の王手。△同銀▲同成桂△同王▲8四飛(第2図)と王手で逃げるところまでは一本道。
                         
 歩合い,銀合いの順で検討していましたが△8三桂でした。ここまでくればさすがに▲6三歩成しかありません。これで先手玉に詰みがあるかどうかの勝負。△6九馬▲8八玉は一直線。△8七銀と上から王手。▲同飛△同馬▲同玉も一直線。ここまで進んでようやく第2図で桂合いをした意味を把握。△8六歩。このとき▲7五玉と逃げられなくなっているので▲同玉。△9四桂も考えていましたが△8五歩の方でした。実はこれは▲9七玉で詰まないのではないかと思っていたのですが,△7七桂打という手があって詰みだったよう。ということで▲7六玉でした。ここで検討やり直し。△7九飛で▲7七銀打(第3図)は仕方ありません。
                         
 △7五金と打っていく手から考えましたがこれは詰まないよう。△7五歩でした。▲同銀は仕方なく,△7七桂成に▲同金も仕方ありません。そこで△8四桂がかっこいい決め手。どう応じても詰みですので先手の投了となりました。かなりきわどかったですが,第1図で後手の一手勝ちだったようです。
 広瀬王位の先勝。第二局は26日と27日です。

 僕たちとともに父の最期を看取った中に,僕の父からみて最も下の姉がいました。僕からみると伯母にあたるわけですが,父には5人も姉がいて,なにぶんにも伯母は何人もいますから,ここではK伯母ということにします。
 K伯母は一時期,僕が小学生から高校生の頃にかけてですが,僕の家のごく近所の借家に住んでいたことがありました。夫は配管工で,夫婦に子どもはなく,ふたり暮らし。近くということもあり,しょっちゅう行き来をしていました。僕の将棋キャリアの初めの頃は,この夫,つまり伯父ですが,この伯父ともよく指しました。先手後手とか,相手の戦法とかは関係なしに中飛車にして美濃囲い一辺倒。僕も当時は初心者ですからそんなことを理解するだけの力はありませんでしたが,今から考えると猛烈な攻め将棋でした。
 また,夫婦に子どもがなかったこともあるでしょうが,この伯父は僕の妹をとてもかわいがってくれました。妹は基本的に平和主義者であり,だれが好き,だれが嫌いというような感情は,少なくとも僕たちほどは強くないように思えるのですが,それでもこの伯父には非常によく懐きまして,週末などには泊まりにいくということもしばしばでした。
 その後,夫婦は市営住宅への入居に応募。これに当せんしまして,戸塚区,といってもこれはむしろ泉区に近い方の,横浜市内でいえばやや辺鄙なところですが,そちらへ引っ越し。このためにそれまでのような頻繁な付き合いというのはできなくなりましたが,それでも一緒に旅行に行ったりすることはありました。
 しばらく経って伯父は体調を崩して入院。これはみなと赤十字病院に移転する前の日赤病院,つまり僕の家から歩いていかれる病院に入院しました。経過は良好で,順調に回復したのですが,翌日には退院という日の深夜になって急変。そのまま永久欠番となりました。不可思議な死に方で,病院では解剖をしたのですが,死因は心疾患。このときに入院していた病気とはまったく関係がないもので,文字通りの突然死であったわけです。ふたりの間に子どもがなかったことが関係して,この後の埋葬に関して一悶着が起きてしまったのですが,これはすでに解決済みですし,あまり関係がないので割愛します。
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