スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

ドゥラメンテ&結果の相違

2021-12-03 19:47:58 | 名馬
 菊花賞を鮮やかに逃げ切ったタイトルホルダーの父はドゥラメンテです。父はキングカメハメハ。母はアドマイヤグルーヴで祖母がエアグルーヴ。5代母がパロクサイド。Duramenteは音楽用語で荒々しく。
                                        
 デビューは2歳10月。新馬を2着に負けた後,未勝利戦で初勝利。
 3歳初戦の500万の特別戦を勝つと共同通信杯に出走して2着。賞金を上積みできたのでそのまま皐月賞に出走すると,4コーナーで外に大きく膨れ,ほかの馬に迷惑をかけたものの優勝。初の重賞制覇が大レースとなりました。さらにダービーも勝って大レース連勝。故障で休養に入りましたが,この年のJRA賞の最優秀3歳牡馬に選出されました。
 故障が癒えて4歳初戦となったのが中山記念でこれは優勝。遠征したドバイシーマクラシックは2着。帰国して臨んだ宝塚記念も2着。また故障を発症してしまったため,これで現役引退となりました。
 競走能力は確かなものがありましたが,精神面は常に課題であった馬。とはいえこの能力で血統も確かですから,種牡馬として成功できないとは考えにくいです。まだ重賞の勝ち馬がタイトルホルダーだけというのはやや意外なくらいです。

 スピードを優先させるか,得点を優先させるかということで,当然ながら打ち方に相違が生じてきます。打ち方に相違が生じてくれば,ゲームの結果も異なってくるということになります。つまり,同じようにデジタルといっても,得られる結果まで完全に一致するというわけではありません。このあたりは,第二部定理四〇備考二とは一致しないので注意してください。ただしこの相違は,与えられているテーマの相違に依拠するものです。つまり,比例数を抽出するという問題の場合は,3つの項が与えられさえすれば,残る1つの項は決まっているのであって,得られる解はそれが唯一です。そして唯一の解を求める場合には,どのような知性intellectusが第二種の認識cognitio secundi generisを駆使してそれを求めようと,求める手順には相違が生じる可能性はあるでしょうが,求められる解は同一です。この点は僕がいうスピノザの哲学の特徴のひとつである,主体の排除と関連しています。しかし麻雀のようなゲームの場合には,勝ついい換えればトップになるための解というものが存在するわけではなく,各々のプレイヤーが各々の方法でその解を求めにいくことになります。したがって各々のプレイヤーが何を重視するのかということに差異があると,打ち方に差異が生じ,そのために結果が異なってくるのです。そしてそれは前にいった,将棋でいう場合の棋風と同じ,雀風によるものなのであって,デジタルすなわち第二種の認識に即して打つにしても,その雀風に応じた相違が発生するということです。
 さらに注意しなければならないのは,オカルトに依拠して打つのか,デジタルに即して打つのかということは,雀風の相違には還元することができないということです。というのは,たとえば,オカルトに依拠したとしてもスピードを重視するのか得点を重視するのかといった相違は当然ながら生じてくる筈だからです。したがって,デジタル派の打ち手がふたりいて,オカルト派のふたりの4人で麻雀をプレイすると仮定して,得点重視派とスピード重視派がひとりずつオカルト派とデジタル派に含まれていれば,似た打ち方をするプレイヤーはデジタル派とオカルト派では分けられないでしょう。
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デイリー盃クイーン賞&打ち方

2021-12-02 19:08:07 | 地方競馬
 昨晩の第67回クイーン賞
 サルサディオーネが即座にハナへ。2番手にリネンファッション。3番手にはエリザベスタワーとデジマノハナとウェルドーン。6番手にダイアナブライト。7番手にハピネスマインドとプリティーチャンス。9番手にサルサレイアとディアリッキー。11番手にファイントリック。12番手にゴールデンヒーラーとナラ。大きく離れた最後尾にハナウタマジリ。かなり縦長の隊列になりました。最初の800mは47秒2の超ハイペース。
 直線の入口でサルサディオーネのリードは2馬身くらいに。ここまででサルサディオーネを追いかけた馬たちは苦しくなり,コーナーで内を回って上がってきたダイアナブライトが2番手に。ここからは2頭の優勝争い。ダイアナブライトは外に外にと走ろうとしたのでかなり馬場の外を走ることになりましたが,直線では一旦は開いたサルサディオーネとの差を徐々に詰めていき,フィニッシュ直前で差し切って優勝。逃げ粘ったサルサディオーネがクビ差で2着。道中はダイアナブライトの後ろに位置していたプリティーチャンスが5馬身差で3着。
 優勝した川崎のダイアナブライトは重賞初勝利。JRAでデビューして4勝。前走のレディスプレリュードで4着になったのを最後に川崎に転入。転入初戦で重賞を制覇しました。前走は4着といっても1秒4の差で,ここでは苦しいのではないかとみていました。超ハイペースで逃げたサルサディオーネが追い掛けてきたほかの有力馬を潰し,サルサディオーネ自身も最後にペースが祟って一杯になってしまったという展開に恵まれた面はありましたが,かなり荒い競馬で逃げれば強いサルサディオーネを差し切った上に,3着以下には大きな差をつけているのですから,それ相応の評価は必要かと思います。父はディープインパクト
 騎乗した大井の笹川翼騎手はデビューから8年8ヶ月で重賞初勝利。管理している川崎の内田勝義調教師は一昨年のマリーンカップ以来の重賞2勝目。

 デジタルに基づいて打っても,オカルトに依拠して打っても,結果的に打ち方は同じようになることがあるということは,第二部定理四〇備考二でスピノザがいっていることからも理解することができます。なぜならそこでは,比例数の問いに対する答えを出すために,第一種の認識cognitio primi generisに基づいて答えようと,第二種の認識cognitio secundi generisに基づいて答えようと,出てくる答えは同じになるということ,少なくとも同じ場合になり得るということがいわれているからです。このことは,暗記することを強く要請するような教育のあり方の問題に関連しているといえますが,ここではそれに関する事柄には言及しません。ここでは,直感に基づいて打つということはオカルトではなくデジタルな打ち方であるのだけれども,その打ち方が,結果的にオカルトに依拠した打ち方と同一になる場合があり得るということについては,スピノザの哲学からも肯定することができるという点を強調しておきます。
                                        
 一方,デジタルに基づいて打つからといって,それに基づけばだれでも一様な打ち方になるというものでもないという点にも気を付けておいてください。これは,デジタルに基づく,つまり第二種の認識に基づいて打つとしても,麻雀のようなゲームの場合には,どの合理性に基づいて第二種の認識を働かせるのかということは諸個人によって異なり得るからです。このゲームですでに説明した例でいえば,パイレーツがテンパイを果たしたときに,リーチを宣言するのも合理的だし,リーチを宣言しないのも合理的であるので,たとえデジタルに基づいて打ったとしても,あるプレイヤーはリーチを宣言し,別のプレイヤーはリーチを宣言しないという場合があり得るからです。こうしたことが各場面で生じ得るのですから,ふたりのデジタルに基づくプレイヤーが,あまりに異なる打ち方をしたとしても,それは驚くに値しないのです。そもそも麻雀というゲームについての根本的な考え方からして,得点は低くてもよいからとにかくスピード優先で得点の獲得を目指すのは合理的な考え方ですし,一方でスピードは遅くなってもなるべく多くの得点の獲得を目指すというのも合理的な考え方です。
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アパパネ&直感とオカルト

2021-12-01 19:34:32 | 名馬
 秋華賞を勝ったアカイトリノムスメの母はアパパネです。父はキングカメハメハ。Apapaneはハワイに住む鳥の名前。この鳥が赤い鳥なので産駒にアカイトリノムスメという名がつけられました。
                                        
 アパパネのデビューは2歳の7月。このレースは3着に敗れましたが2戦目の未勝利を勝つと次の特別戦も連勝。年末の阪神ジュベナイルフィリーズも制してこの年のJRA賞の最優秀2歳牝馬に選出されました。
 3歳初戦のチューリップ賞は2着。これをステップに挑んだ桜花賞で大レース2勝目。さらにオークスも同着でしたが優勝し,大レース3勝目。
 秋初戦のローズステークスは4着でしたが,秋華賞は制して大レース4勝目。2歳女王になった上に3歳牝馬三冠を達成という快挙を成し遂げました。古馬との初対戦となったエリザベス女王杯は外国馬の3着。文句なしにJRA賞の最優秀3歳牝馬に選出されました。
 4歳の初戦に選んだのはマイラーズカップでここは4着。しかし続くヴィクトリアマイルを制して大レース5勝目。安田記念に進みましたがここはリアルインパクトの6着でした。
 秋は府中牝馬ステークスで復帰。ここで14着と生涯初の大敗を喫しました。ここまでは前哨戦は負けて本番で巻き返していましたが,エリザベス女王杯は前年と同様に外国馬の3着。香港マイルに遠征したものの13着と大敗でした。
 現役続行を選択しましたが,5歳初戦の阪神牝馬ステークスは7着。ヴィクトリアマイルも5着。安田記念で16着と敗れ,現役を引退しました。
 いずれも牝馬戦で大レース5勝。牝馬には,牡馬相手でも対等に戦える馬と,牡馬が相手になると牝馬戦での能力を十分に発揮できない馬がいるのですが,この馬は典型的な前者のタイプであったといえるでしょう。

 近藤が一方では経験が理論および思考とともに直感の基礎を構成し,他方では直感は経験則とは異なるというとき,デジタルとオカルトという区分が意識されているのです。すなわち近藤がそこでいわんとしているのは,直感というのはデジタルなものでありオカルトではないということなのです。そしてこのようにみたとき,近藤がいっていることが,スピノザが第二部定理四〇備考二第五部定理二八でいっていることと近似しているということが理解できるのではないでしょうか。近藤のいい方に倣えば,経験則というのは第一種の認識cognitio primi generisであり,それは第三種の認識の基礎cognitio tertii generisにはならないからです。
 近藤がこのことを強調するのは,近藤が自身の打ち方は,オカルトには分類することができないと考えているからです。つまり,確かに近藤は直感を用いて麻雀を打っているのですが,それはオカルトではなくデジタルなのです。つまり直感とオカルトというのは異なるのであって,そのことは近藤自身も強調しています。そして裏を返せば,麻雀を直感で打つにしても,それはデジタルな仕方で,いい換えれば論理的に説明することができるということです。つまり,オカルトが第一種の認識に依拠した打ち方であり,デジタルが第二種の認識cognitio secundi generisに依拠した打ち方であるとすれば,デジタルな打ち方は直感の打ち方の基礎になっても,オカルトな打ち方は直感の基礎にはならないのです。そして同時に,第一種の認識に基づく打ち方,すなわちオカルトに依拠した打ち方は,どのように打つかということを合論理的に説明することができないのに対し,第二種の認識すなわちデジタルな思考に基づいて打つ場合は,どう打つのかということを合論理的に説明することができるのですから,直感すなわち第三種の認識に基づく打ち方もまた,なぜその直感が働くagereのかということについて,合論理的な説明が可能であると近藤はいっているのです。
 前もっていっておいたように,デジタルな思考に基づいて打とうとオカルトに依拠して打とうと,打ち方自体は同一になるという場合が往々にしてあります。異なるのはそれについて,合論理的な説明が可能であるか否かという点にあります。
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大山名人杯倉敷藤花戦&デジタルとオカルト

2021-11-30 19:03:01 | 将棋
 21日に倉敷市芸文館で指された第29期倉敷藤花戦三番勝負第三局。
 倉敷市長による振駒で加藤桃子清麗の先手となり,里見香奈倉敷藤花のごきげん中飛車。①-Aに進みました。
                                        
 第1図で先手は☗3四馬と引きましたが,この手はあまりよくなく,☗7五桂と打って攻め合っていくのが優ったようです。
 ☖6六香☗同金に後手は☖6五銀打と上から打っていきました。これはよい判断だったようです。☗6七金引☖7六銀☗同金☖同角成☗7七香までは一本道の進行かと思います。☖6五馬と逃げました。
                                        
 第2図で☗8八玉としていますが,第1図で☗7五桂が有力であるのならも第2図でも有力だったかもしれません。実戦の☗8八玉に☖6九金と打たれてからは先手にはチャンスがなかったように思います。
 2勝1敗で里見倉敷藤花が防衛第16期,17期,18期,19期,20期,23期,24期,25期,26期,27期,28期に続く七連覇で通算12期目の倉敷藤花です。

 デジタルとオカルトというのは,確かに存在する区分であり,かつそういう区分があるというように認識されています。ただ,これは私見ですが,この区分はいわれているほど大きなものではありません。デジタルに即して打ってもオカルトに即して打っても,打ち方自体は変わらないという場合も生じるからです。ここではそういった例を紹介します。この仕方で紹介した方が,第二部定理四〇備考二でいわれていることに即して理解することができるからです。
 麻雀を打っているときに,自身が次つぎと得点を獲得していき,2位のプレイヤーと大きな差があるトップに立っていると仮定します。このときに,このゲームでは自分の調子がよいとか,このゲームの流れが自分に来ているというような理由で,次の局は失点することは考慮に入れず,いい換えれば失点の回避という麻雀というゲームの性質は無視して,自分がさらに得点を重ねるという,麻雀のもうひとつの性質だけを目指して打つと仮定します。このときこの打ち方はオカルトに分類されます。一方,ここは2位のプレイヤーと得点の差がかなり大きいため,たとえ失点することになっても順位を落とす可能性がほとんどないので,失点のことは考えずに得点の獲得だけを目指して打つと仮定します。この場合はこの打ち方はデジタルであるとされます。
 この説明から,おおよそデジタルとオカルトがどう区分されているのかの予測はつくと思います。すなわち,何らかの論理的な理由,上述の例でいえば得点差とか順位を落とす可能性といった,論理的に説明することができるような理由によって打ち方を決定するなら,それはデジタルといわれます。これに対して,調子とか流れというような,おおよそ論理的には説明することができないような事柄を理由として打ち方を決定する場合,それはオカルトといわれるのです。しかしここで示した例では,デジタルな打ち方をしようとオカルトな打ち方をしようと,失点を恐れずに得点の獲得だけを目指して打つことになるのですから,具体的にどのように打っていくのかという打ち方の内容は変わるところはありません。むしろ同じような打ち方になるでしょう。
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施設整備等協賛競輪飛龍賞&経験則

2021-11-29 19:51:35 | 競輪
 武雄競輪場で争われた昨日の飛龍賞の決勝。並びは坂本‐内藤の北日本,原田‐高原の徳島,荒井に五十嵐,上田‐松岡辰泰‐松岡貴久の熊本。
 坂本がスタートを取って前受け。3番手に荒井,5番手に上田,8番手に原田で周回。残り3周のバックから原田が上昇。このラインに上田が続きました。原田は坂本に並ぶところまでいったのですが,坂本が突っ張りました。原田は引いて五十嵐の後ろに。上田はバックから発進。打鐘で坂本を叩いて先行。坂本はどこにも飛びつけずに4番手。少し離れた6番手に荒井,かなり離れた8番手に原田という縦長の一列棒状に。バックから荒井が発進。最終コーナーで松岡辰泰が番手から発進しましたが,それを乗り越えて荒井が優勝。松岡辰泰が半車身差で2着。荒井マークの五十嵐が半車輪差で3着。
 優勝した佐賀の荒井崇博選手は前回出走の佐世保のFⅠを完全優勝したのに続いての連続優勝。GⅢは一昨年4月の武雄記念以来の16勝目。2008年,2010年,2014年にも武雄では記念競輪を優勝しています。このレースは現状の脚力からは原田が最有力とみていたのですが,位置取りがあまりに悪くなってしまい,まったく勝負になりませんでした。荒井は原田に次ぐ脚力ですから,前とそれほど差がない6番手であれば十分に圏内。地元でしたが熊本勢とは分かれて自力の勝負を選択したのが,結果的に幸いしたといえそうです。

 理論と思考についてはスピノザの哲学と齟齬を来すものではありません。しかし経験は違います。第二部定理四〇備考二でスピノザは経験による認識cognitioについては第一種の認識cognitio primi generisに分類しています。したがって第五部定理二八でいわれているように,それは第三種の認識cognitio tertii generisで人間の精神mens humanaが事物を認識するcognoscereことの基礎とはならないのです。
                                        
 ただし,事前にいっておいたように,近藤が直感の基礎として経験をあげているとき,この経験を,第二部定理四〇備考二でいわれている意味での経験と等置する必要はありません。近藤がこの部分で経験と理論と思考が直感の礎になるといっているとき,これは麻雀の世界,とりわけ麻雀のプロの世界での文脈を考慮しているのであり,そのままスピノザの哲学に照合させて解釈できるわけではないのです。むしろ近藤はこの文脈の中で,たまたまの経験を法則化したものと直感とは異なるといっています。つまり,直感というのは経験則のことを意味するのではないといっているのです。これは単純な経験の蓄積が直感の条件となるのではないという意味であり,それはつまり,第一種の認識は第三種の認識を生み出すことはないというスピノザの主張に合致しているといえるでしょう。基本的に近藤はこの路線の主張をしていると解するべきであるというのが僕の考え方であり,したがってこの点でも近藤の主張はスピノザの哲学の正しさを実証するものであるのです。
 一方では理論と思考と経験が直感の基礎部分であるといい,また他方では経験則の蓄積は直感とは異なると近藤はいっていて,これだけでみると近藤が何か矛盾したことをいっているというように思えるかもしれません。おそらく麻雀の世界のことが分からない場合には,そのように思えてしまう度合が強くなってしまうかもしれません。これは,この文脈で近藤が最も主張したいことがどういうことであるのかということと関係します。実はここで近藤が最もいいたいことは,何が直感の基礎になるのかということではないのです。実際に近藤がいいたいのは,麻雀に関する事柄なので,それについて僕の方から説明します。
 麻雀にはオカルトとデジタルという区分があります。
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ロンジン賞ジャパンカップ&プレイの可能性

2021-11-28 19:20:00 | 中央競馬
 アイルランドから2頭,フランスから1頭が招待された第41回ジャパンカップ
 ブルームはタイミングが合わずに1馬身の不利。アリストテレスが先手を奪い,向正面にかけて3馬身くらいのリードを取りました。2番手にはシャドウディーヴァとワグネリアン。4番手にオーソリティ。5番手にシャフリヤール。6番手にサンレイポケット。7番手にコントレイルとユーバーレーベン。2馬身差でグランドグローリー。10番手にブルーム。11番手にジャパンとウインドジャマーとユーキャンスマイルとロードマイウェイ。15番手にマカヒキとモズベッロで2馬身差でムイトオブリガード。発走後の正面では最後尾にいたキセキは向正面でかなり外の方を上昇。先頭に立って3コーナーから4コーナーにかけて7馬身くらいのリードになりました。最初の1000mは62秒2の超スローペース。
 直線に入るところでもキセキは5馬身くらいのリードがありましたがさすがに失速。すぐに2番手に上がったオーソリティが先頭に。その外から並んで追い上げてきたのがシャフリヤールとコントレイル。シャフリヤールの伸び脚は坂を上ったあたりで止まりましたが,コントレイルは最後まで伸び,オーソリティを差し切って優勝。オーソリティが2馬身差で2着。シャフリヤールが1馬身半差で3着。
 優勝したコントレイルは昨年の菊花賞以来の勝利で大レース5勝目。菊花賞まで7連勝した後,3連敗していましたが,2着,3着,2着でしたから,力量は上。そういう意味では順当な優勝といっていいでしょう。事前からここが引退レースと宣言していましたから,有終の美を飾れてよかったという思いが強いです。父は第26回を勝っているディープインパクトで父仔制覇。Contrailは飛行機雲。
                                        
 騎乗した福永祐一騎手はスプリンターズステークス以来の大レース41勝目。ジャパンカップは初勝利。管理している矢作芳人調教師ブリーダーズカップディスタフ以来の大レース21勝目。日本国内では昨年の菊花賞以来。ジャパンカップは初勝利。

 近藤が1索を捨てないで失点を回避したのは,直観scientia intuitivaが働いたからだというのは確かです。そのことは近藤自身が認めています。しかし,直観が働くagere場合にのみこの1索による失点を回避することが可能で,直観が働かない場合は失点の回避は不可能であるかといえば,そうではありません。そしてこのことも近藤は認めています。このプレイは,そのプレイに要した時間の短さのゆえに,近藤が独自の直観によって失点を回避したと解釈されるかもしれないけれど,だれにでも構築することができる理論の結果effectusとしての失点の回避であった可能性もあるという意味のことを近藤は書いているからです。そしてこのことは,僕が示した1索を手の内にとどめた理由というのは,確かにだれにでも構築することができる論理の集積であるということから確かだといえます。また,そもそも直観すなわち第三種の認識cognitio tertii generisがある人間の知性intellectusのうちに働くためには,第五部定理二八にあるように,それに関連する第二種の認識cognitio secundi generisの蓄積がその人間の知性のうちでなされていることが不可欠な要素であるということからも確かだといえるでしょう。第三種の認識は第二種の認識の蓄積によって働くのであるとすれば,蓄積されている第二種の認識だけでも,同じ認識がその知性のうちには生じるからです。ただ,第三種の認識でそれを認識するcognoscereことと,第二種の認識でそれを認識することの間には,要する時間に決定的な差があるというだけのことです。そしてこれもまた,直感の麻雀は答えが一瞬で出るのが特徴であるといっている近藤の主張に合致しているといえます。
 ここから分かるように,直観には理論的な蓄積が必須とされます。しかし近藤は,直感の条件として,理論だけをあげているわけではありませんでした。近藤が直感に至るためのみっつの条件に,理論は含まれていますが,ほかに思考と経験もあげられていたからです。そこでいよいよ,ここの部分の検討に入ります。このうち,理論と思考というのは,いずれも第二種の認識を意味すると解することができるので,近藤がいっていることとスピノザの哲学との間には何の齟齬もありません。これは第五部定理二八そのものだからです。
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タイセイレジェンド&10秒

2021-11-27 19:20:23 | 名馬
 エーデルワイス賞を差し切って優勝したスピーディキックの父はタイセイレジェンドです。父はキングカメハメハ。母の父はメジロマックイーン。4代母がクレアーブリッジ
                                        
 デビューは2歳の8月。2戦目の未勝利戦で初勝利。この2戦が芝1800mだったこともあり,この後は芝の中長距離戦ばかりに出走。初めてのダート戦となった3歳6月に2勝目をあげました。ここからは主戦場をダートの中距離戦に。4歳の4月に3勝目をあげると次のレースも連勝してオープン馬に。当時は降級制度がありましたのですぐに降級。11月に1400m戦を勝ってオープンに復帰しました。ここからダートの短距離戦にシフト。
 5歳の2月にオープンで初勝利。6月に北海道スプリントカップで2着に入ると次のクラスターカップで重賞初制覇を達成しました。東京盃で2着になって向ったJBCスプリントをレコードタイムで制して大レース制覇を達成。
 6歳初戦は根岸ステークスで11着。フェブラリーステークスが14着。遠征したドバイゴールデンシャヒーンは12着とこの春は大敗続き。帰国して初戦となったクラスターカップで2着になるとオーバルスプリントも2着。東京盃を制して重賞3勝目。JBCスプリントエスポワールシチーの11着でした。
 翌年の初戦がクラスターカップで6着。東京盃は8着。JBCスプリントこそ3着でしたが兵庫ゴールドトロフィーは8着でした。
 8歳になっても現役続行。しかし黒船賞が6着,さきたま杯が8着,北海道スプリントカップが10着と,勝ち馬から1秒以上の敗戦続き。この後,大井に移籍してソウルへの遠征も含めて2戦しましたが勝ち星はあげられず,現役を退きました。
 通算成績から分かるように,大レースこそ勝ったものの,超一流には程遠い馬です。このクラスの馬が種牡馬になれたというだけで個人的には驚きを感じますので,重賞の勝ち馬が出たことには本当にびっくりしました。

 この場面でフェニックスが1索を手の中に残し,9萬を捨てて失点を回避した理由は,概ねここまで述べてきたことが積み重なっていたからと解して間違いないと僕は考えます。しかしこのときに,9萬を引いてきたフェニックスが1索を捨てるまでに要した時間は,およそ10秒ほどです。それは,ここまで僕が説明してきたことのすべてを十全に認識するcognoscere,第二種の認識cognitio secundi generisによって十全に認識するために十分な時間であるとは到底いえません。ということは,このとき,フェニックスのプレイヤーである近藤には,何らかの直観scientia intuitiva,すなわち第三種の認識cognitio tertii generisが働いたために,このプレイに至ったのだと解釈するのが適切でしょう。実際に近藤は著書の中のこの場面について,直感的にも1索は捨ててはいけないと思ったという意味のことを記述しています。近藤がいう直感というのは,第三種の認識のことにほかならないのですから,確かにこの場面では近藤の知性intellectusのうちに第三種の認識が生じたのです。
 ここから分かるように,このような場合でも直観は働くagereのです。近藤は,麻雀のふたつの性質のうち,自身が得点を獲得することに向う場合には直感は有効で,自身の失点を回避するためには直感はあまり有効ではないといっていますが,実際にはどういう場合に直観いい換えれば第三種の認識が有効であるかということは,麻雀のふたつの性質に還元することができるわけではありません。そうではなく,第三種の認識が働くための,あるいは第三種の認識で事物を認識する契機となるための,第二種の認識,近藤のいい方に倣えば理論による認識が,十分に蓄積されているか否かということに還元されるのです。要するにこの局が進捗していく最中に,近藤の知性のうちにはこの局に関する様ざまな論霊的な認識が蓄積されていき,その結果effectusとして第三種の認識が働くことによって,失点の回避というプレイが生まれたということです。
 そしてこれと同時に理解できるのは,このプレイは,近藤の知性のうちに働いたような直観が働かないのであれば,することができないプレイであるとは,必ずしもいえないということです。直観だけがこのプレイを産出するのではありません。
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将棋日本シリーズJTプロ公式戦&状況的理由

2021-11-26 19:13:12 | 将棋
 21日に幕張メッセで対局があった第42回日本シリーズの決勝。対戦成績は豊島将之JT杯覇者が9勝,藤井聡太竜王が13勝。
 振駒で豊島JT杯の先手となり角換わり。先手は攻めの銀を動かさずに桂馬で速攻。後手の藤井竜王は早繰り銀から銀を交換と,早い段階から攻め合う将棋になりました。
                                        
 ここからも☖8八歩☗4四歩☖8九歩成☗4三銀と攻め合いが続きましたが,この順は先手の攻めの方が早く,大勢が決しました。後手としては第1図で☖7三桂とか☗4四歩には☖5四桂など,受けの手が必要だったようです。
 豊島JT杯が優勝。第41回に続く連覇。JT杯は第37回も優勝していて3度目の優勝。棋戦の優勝は4回目です。

 近藤は著書の中で,9萬を捨てた後,どのように打つかを考えていたといい,その考えの内容を示しています。
 この場合,7萬を引いてくるとテンパイになり,その場合は1索を捨てる必要が生じます。実際には7萬はパイレーツの手の中に残りの3枚がありましたから,7萬を引いてくることはないのですが,近藤にはそれは確知するcerto scimusことができるわけではありませんから,その場合のことも考えておく必要はあります。そしてその場合は,1索はパイレーツに対して危険ではあるけれども,それを捨てるつもりであったといっています。これは,テンパイして1位になれる可能性が出るのであれば,3位に落ちてしまうリスクは背負う価値があるからです。
 これでみれば分かるように,もしも1索を引いてきた時点でも,フェニックスがテンパイをしていたのであれば,おそらく1索は捨てられていたのです。なのでフェニックスの手がイーシャンテンであったということは,このときに1索が手の中に残され,失点を回避した理由のひとつになっているのです。つまり,テンパイしているのならどのような危険な牌でも捨てる価値はあるけれども,テンパイしていない段階では危険な牌を捨てるにはリスクが高すぎるという考え方はそれなりに合理性があるものであって,その合理性に則して打つと,この場面での1索は手の中に残るということになるからです。
 これは状況によるものでありますが,1索がパイレーツに対して危険であるという判断があったから手の中に残されたのは間違いありません。いい換えればその判断ができていなければ,1索はそのまま捨てられたでしょう。9萬を捨てる場合より,9萬を残しておいた方が,テンパイすることができる確率は明らかに高いからです。ですから,フェニックスの手がイーシャンテンであったという状況が,失点を回避した理由のひとつになっているとはいえ,そのことで近藤のプレイ自体の価値が低下するわけではありません。1索を残して9萬を捨てたのが高度なプレイだったのは間違いありません。それは1索が手の中に残された後に,解説者が吹き出してしまっていることが明白に物語っているといえます。
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農林水産大臣賞典兵庫ジュニアグランプリ&イーシャンテン

2021-11-25 18:56:02 | 地方競馬
 第23回兵庫ジュニアグランプリ
 エンリルが鞭を入れて逃げようとしましたが,外からバウチェイサーが追い抜いていきました。さらにプライルードも2番手に上がり,エンリルは3番手に。4番手にはセキフウ。5番手にヒストリックノヴァとコンバスチョン。7番手にイチローイチローとトモノボーイ。9番手のネフィリムとワイドオープンまでは一団。3馬身差でイネッサ。4馬身差でドームサウナという隊列。ミドルペースでした。
 バウチェイサーとプライルードは並んで直線に。コーナーで外を回ったコンバスチョンは2頭の外から,内を回ったセキフウはバウチェイサーとプライルードの間に進路を求め,4頭の争い。抜け出たのはセキフウとコンバスチョンの2頭。狭くなりかけたところがあったものの,間を割ってからは鋭く伸びたセキフウが争いを制して優勝。コンバスチョンがクビ差で2着。フィニッシュ前でバウチェイサーを差したプライルードが3馬身差の3着でバウチェイサーはクビ差で4着。
 優勝したセキフウは重賞初挑戦での優勝。ここはJRAの2勝馬が2頭いて,例年通りの傾向であればその2頭の争いになるとみていましたが,やはりその通りの決着になりました。この着差ですから,通ったコースの差が結果に大きく影響したといえそうです。とはいえ苦しいところを割って伸びてきた馬の勝負根性は立派だったといえるでしょう。8つ上の半兄に,2016年に高松宮記念とセントウルステークスを勝ったビッグアーサー。中国語でシフォンケーキを戚風と漢字表記し,それを日本語で読んだのが馬名です。
                                        
 騎乗したミルコ・デムーロ騎手は第21回以来2年ぶりの兵庫ジュニアグランプリ2勝目。管理している武幸四郎調教師は兵庫ジュニアグランプリ初勝利。

 赤5筒の方が獲得できる得点を高くするために有用なのに,先に手の中から赤5筒を捨て,その後に3索を手の中から捨てたということは,3索に関連する牌をパイレーツは持っているのではないかという予測が成り立ちます。そして3索に関連する牌とは,1索,2索,3索,4索,5索の5枚です。ですがこの時点では2索と3索は4枚すべてが捨てられているのですから,パイレーツの手の中にあることはありません。そもそも2索も3索もパイレーツは捨てているのですから,それがパイレーツの手の中にあるということは,近藤が予測しているパイレーツの役との関係からもないのです。これと同じように,この時点ではパイレーツは5索も4索も捨てているのですから,それがパイレーツの手の中にはないということも想定することができます。よって残るのは1索です。つまり,パイレーツが3索を手の中から捨てたときに,本当に3索に関連する牌があったのなら,それは1索だったとしか考えられません。よってこの観点からも,1索はパイレーツに対して危険な牌であるという認識cognitioが発生し得ることになります。
 それからもうひとつ,このときにフェニックスが1索を手の中にとどめ,失点を回避することができた理由を,著書から推測することができます。
 近藤はこの時点で,アベマズとパイレーツはテンパイしていると認識していました。これに対してフェニックスはまだテンパイしていません。フェニックスが1索を引いてきたときの手でいえば,1索でなく,1萬,2萬,3萬,4萬,7萬,8案,9萬のいずれかを引いてきた場合にテンパイをするという形でした。このように,次にある牌を引いてきたらテンパイすることができるという形のことは,イーシャンテンといわれます。つまりフェニックスの手は,パイレーツがテンパイした時点ではイーシャンテンであったわけです。
 そのイーシャンテンで1索を引いてきたわけですが,ここで9萬を捨てても,イーシャンテンはイーシャンテンなのです。受け入れることができる牌は,1索,1萬,4萬,7萬に減るので,テンパイする効率は悪化しますが,イーシャンテンはイーシャンテンです。
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朝日新聞社杯競輪祭&所在の推論

2021-11-24 19:31:54 | 競輪
 小倉競輪場で行われた昨晩の第63回競輪祭の決勝。並びは新山‐渡辺の北日本,古性‐山田の近畿,北津留‐園田の福岡で吉田と郡司と松浦は単騎。
 北津留がスタートを取って前受け。3番手に新山,5番手に松浦,6番手に郡司,7番手に古性,最後尾に吉田で周回。残り3周のバックの出口で古性が動くと,先んじて郡司が上昇。ホームの出口で郡司が北津留を叩きました。郡司に続く形になった古性はバックで郡司の前に。3番手に郡司,4番手に吉田,5番手に北津留という隊列になったところで新山が発進。古性を叩いてホームから先行。郡司は古性マークの山田をどかして4番手に入りましたがそれで一杯。郡司の後ろに入った松浦がバックから発進しましたが,渡辺の牽制を受けて失速。松浦に乗るようなレースになった吉田が直線でイエローラインのあたりを通って突き抜けて優勝。逃げ粘った新山が4分の3車身差で2着。吉田にスイッチした園田が4分の3車輪差で3着。新山マークの渡辺が半車輪差で4着。
 優勝した茨城の吉田拓也選手は10月の松戸のFⅠ以来の優勝。グレードレースは6月の久留米記念以来の優勝でビッグはこれが初制覇。このレースはラインの先頭を走る選手よりも単騎の選手の方が総合的な脚力では上なので,どのような結果になるのかを予想するのがきわめて難しくなりました。郡司は道中で脚を使いすぎてしまったために捲りを打つことができなくなり,松浦はいいスピードではありましたが,タイミングが悪く厳しい牽制を受けてしまいました。結果的にさらに後ろで脚を溜めていた吉田に勝機が到来したという結果。展開の利での優勝ですが,これは吉田にとって大きなきっかけになるかもしれません。

 1索はまだ引かれていない山の中にあるかもしれないので,パイレーツなりサクラナイツなりの手の中に必ずあると断定できるものではありません。ただ,あるのならサクラナイツの手の中にはなく,パイレーツの手の中にある可能性が高いということは,おそらく認識するcognoscereことができます。その理由を示していきましょう。
                                       
 この局面では,2索と3索はそのすべてが捨てられているのでした。その8枚のうち,最初の1枚を捨てているのはサクラナイツで,それは2索です。もしもサクラナイツの手の中に1索があるのなら,これほど早い段階で2索を捨てるのは少しばかり変です。このことから,サクラナイツの手の中に1索があるという可能性は低下します。
 次に,パイレーツは5巡目,自身の手番でいえば4打目で赤5筒を捨てていました。これほど早い段階で赤牌を捨てるのは異常ですが,このときは,フェニックスが發をポンした直後で,フェニックスが確実に2000点を獲得することができるように協力したともとれる状況だったので,他のプレイヤーはそれをおかしいとは感じなかったのでした。しかしこの段階では,パイレーツは順位の上昇を目指しているということが分かっているのですから,そこまで遡って考える必要があります。すなわち,その時点でパイレーツは順位の上昇を目論んではいた筈なのであり,しかしそのために赤5筒は不要であったのだというように,認識cognitioを改めなければなりません。
 次の6巡目に,パイレーツは引いてきた牌を手の中に残し,3索を捨てています。つまり手の中から3索を捨てたことになります。仮に,赤5筒と3索が手の中にあったとして,どちらもそれに関連する牌が手の中にないのなら,順位の上昇を目指すのであれば3索を捨てて赤5筒を手の中に残すのが普通です。赤5筒はそれを使えば獲得することができる得点が増加する牌なのですから,パイレーツのように,2位とは得点差が大きな3位でありながら順位の上昇を目指すのであれば,そのために有用なのは赤5筒の方であり,3索の方ではないからです。いい換えれば,パイレーツが使いたいのは3索よりも赤5筒の方である筈だからです。
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