スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

霧島酒造杯女流王将戦&余命

2018-10-19 19:11:09 | 将棋
 13日に霧島ファクトリーガーデンで指された第40期女流王将戦三番勝負第一局。女流公式戦での対戦成績は里見香奈女流王将が12勝,加藤桃子奨励会初段が6勝。
 振駒で加藤初段の先手になり里見王将のいきなり三間飛車。角交換から互いに角を打ち合った後で飛車交換。さらに打ち合った角も交換という進展。先手が対応しなければならない展開で,実戦的には後手が指しやすいという局面が長かったのではないかと思います。
                                     
 交換した飛車を先手が打った局面。このような手が必要とされていること自体,後手の方に指しやすさがあると僕には思えます。
 後手は☖2五歩☗同飛とずらしてから☖2三歩と受けました。そこで先手は☗7七桂と跳ねたのですが,これはこの一局における先手の数少ないミスのひとつだったと思われます。
 後手から☖5五歩と取り込んでくるのはおそらく先手の読み筋で,☗2四歩と合わせました。後手は☖3三桂☗2六飛としてから☖2四歩と取りました。そこで☗同飛☖2三歩に☗7四飛と回るのが先手の狙い。ここから7六に飛車を引いて7四に歩を打てば先手がよくなります。このために桂馬を跳ねておいたのでしょう。ですが後手の☖2六飛がその狙いを打ち砕く好手でした。
                                     
 これは飛車が引けなくなっている上に逆に☖7六歩と桂馬を狙われる筋が発生しています。先手は☗4六角と打ってそれを阻止したものの☖2九飛成で後手が桂得で龍を作りました。
 ☗5五角☖5三銀☗3四飛に☖6四銀で遊んでいた銀が働き☗3三飛成☖同金☗7四桂☖9二王☗3三角成と進みました。
                                     
 第3図は後手玉が9三にきたとき☗6六馬の王手に☖7五歩と受ける手があるので後手には余裕があります。☖8九角以下鮮やかに寄せ切って先手の勝ちとなりました。
 里見王将が先勝。第二局は今日の対局でした。

 母はこの日の夜もひとりで入浴しました。暑い時期でしたから,入浴すると身体的にも気分的にも爽快になることができたようです。
 6月26日,火曜日。午前10時半に訪問医の診察がありました。母は,あとどれくらいで入院するべきかを尋ねたのですが,訪問医からははっきりとした返事はありませんでした。それはおそらく,まだこの段階では母の余命がどれくらいであるのかということが,医師にとっても判別することができなかったからだと思います。少なくとも自分の力でものを食べることができている間は,心配することはないという話があって,この時点での母は僕が作ったものを食べていたのですから,入院することについて考えるのは時期尚早であるように僕には思えました。
 この日も処方箋が出ました。医師は11時には帰った,というか別の患者の往診に向いましたので,午前中に薬局に行きました。
 この日に処方されたのはフェンタニルパッチとフロセミド,そしてフロセミドと同じ利尿剤のスピロノラクトンでした。フロセミドは朝食後に服用するものでしたが,スピロノラクトンは朝食後と夕食後に服用するものです。母が最初に利尿剤を処方されたのは4月20日にみなと赤十字病院の消化器内科に通院したときですが,そのときに処方されたのがこの二種類でした。
 ただこの日はフェンタニルパッチが1枚だけ足りませんでした。ですからこれらの薬剤はすべて,翌日にまとめて受け取ることにして,代金だけ支払いました。またその後,I歯科に寄って歯科検診の予約を入れておきました。母の状態からして,受けることができそうだと判断したからです。
 午後1時半には訪問看護がありました。この日は初見の看護師がひとりで来訪しました。いつもの検査だけでなく,この日は聴診器を用いた診察も行われました。それらの診察が終わった後で入浴の介助で終了です。
 6月27日,水曜日。前日に予約を入れておいた歯科検診でした。予約は11時半。この日もクリーニングをしただけだったのですが,前回の診察以降,歯間ブラシを使うと左下の歯茎から出血がみられましたので,チェックを要請しました。
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スポーツニッポン賞鎌倉記念&利尿剤の再処方

2018-10-18 19:12:54 | 地方競馬
 北海道から3頭が遠征してきた昨晩の第17回鎌倉記念。町田騎手が9レースに騎乗した際,発馬前に馬がゲートに突進して落馬。第3腰椎横突起骨折のためドゥーナは本橋騎手に変更。
                                     
 思ったほど激しい先行争いにはならず,カンゲキがハナへ。リンゾウチャネルが2番手に控えました。それをマークする位置にミューチャリー。その後ろはヒカリオーソとルマーカーブル。さらにセイシャレードとカネトシテッキン。ミッドサマーナイト,グラビテーション,スフォルツァートの順で続き,リンノレジェンドがこの後ろに。後方2番手がドゥーナでリックシンパは前の12頭から離されての追走。発馬後のラップがきわめて速いハイペースでした。
 3コーナーを回るとカンゲキにリンゾウチャネルが並び掛けていきさらに外からミューチャリー。この3頭が横並びで直線に入りましたがカンゲキはすぐに脱落。さらにミューチャリーがリンゾウチャネルを置き去りにしていき突き放す一方での圧勝。リンゾウチャネルが6馬身差で2着。大外から一旦はヒカリオーソが3番手まで上がりましたが,その内から差し脚を伸ばしたグラビテーションの伸び脚が優って4馬身差の3着。ヒカリオーソが4分の3馬身差で4着。
 優勝したミューチャリーは8月の新馬戦を2番手から抜け出し7馬身差で快勝。2戦目の認定競走は後方から向正面で追い上げていき3馬身差で優勝。ここが3戦目で,2戦の内容から南関東勢の中では間違いなくトップと目されました。遠征馬との力関係は不明でしたが,少なくとも一線級ではない北海道勢に対してははっきりと力量上位であったと判断してよさそうです。体重が減っていた点が気掛かりですが,無事にいけばかなりの活躍を見込めそうです。母の従妹に2014年にオークスとローズステークス,2015年に中山記念,2016年にレッドカーペットハンデキャップを勝ったヌーヴォレコルト。馬名の英語表記はMutuallyです。
 騎乗した大井の御神本訓史騎手は習志野きらっとスプリント以来の南関東重賞30勝目。鎌倉記念は初勝利。管理している船橋の矢野義幸調教師も鎌倉記念は初勝利。南関東重賞は17勝目。

 6月22日,金曜日。この日は訪問看護でした。この日に来訪したのは,火曜に初めて来た看護師ひとりでした。
 この日も僕は妹を迎えに行かなければなりませんでしたから,訪問看護の中途で家を出ています。通常は午後2時10分に出るのですが,この日は1時50分に出ました。これは迎えに行く前に,薬局に行って前日に処方された薬剤を入手するためでした。上大岡へ向かうバスは根岸駅が始発で,僕の家の最寄りのバス停を経由します。薬局は根岸駅前にありますから,まず薬局に行って,薬を入手したら,上大岡行きのバスに乗ればいいのです。
 処方されていたのはまずフェンタニルパッチで8.4㎎のもの。この8.4㎎の処方は最後まで変更がありませんでした。母はこのパッチを使うようになったために家に帰ってくることができたという側面があり,母にとっては最適の麻薬であった可能性が高いです。それから足のむくみと腹の張りを抑制するための利尿剤としてフロセミドの処方がありました。これは朝食後に服用する薬です。
 このほかに2種類の薬剤がありました。ひとつはカロナールというシロップで,これは鎮痛剤です。それからドンペリドンという錠剤があり,これは吐き気止めの一種でした。このうちカロナールは毎食後と就寝前に,ドンペリドンは毎食前に服用するようにという指定があったのですが,母はその指定通りにはこれらの薬剤は使用しませんでした。ただし服用しなかったというわけではなく,カロナールはオプソ内服液と同じように,疼痛があったときに飲むことがありましたし,ドンペリドンの方は吐き気を感じるというか気分が不快であるときには飲むことがありました。
 6月23日,土曜日。午後3時前にKさんが来訪しました。これは母が買い物を頼んでおいて,それを買って持ってきてくれたものです。
 6月25日,月曜日。妹を通所施設まで送りました。
 この日は母の同僚であるYさんとUさんが来訪されました。午後2時半前後のことですが,一緒にではなく別々でした。Yさんは迷わずに来られたのですが,Uさんは迷ってしまったようで,電話を受けて僕が迎えに行きました。
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農林水産大臣賞典報知新聞社杯エーデルワイス賞&椅子の入手

2018-10-17 19:51:53 | 地方競馬
 昨晩の第21回エーデルワイス賞
 ヒストリコとファーストメロディは出足が鈍く,ほかの14頭から取り残されました。先行争いが激しくなりましたが単独での先手を奪いきったのはシェリーアモール。エムティアンとアークヴィグラスの2頭が追う形となり,カシノティーダ,スティールティアラ,パレスラブリー,デンバーテソーロの4頭が大きく横に広がって追走。前半は前にいたものの内で控えたのがタイムゴールドで,ここまでは集団でした。この後ろもオスピタリタとレコードチェイサーで併走。ケイゴールド,キスミーローズと続き,盛り返したヒストリコがレスプレンデントと並んでその後ろ。後方2番手がファーストメロディで最後尾にグレイアンジェラという隊列で3コーナーを通過。前半の600mは35秒5のハイペース。
 逃げたシェリーアモールが内を開けたのでそこをスティールティアラが突き,4コーナーでは内からスティールティアラ,シェリーアモール,エムティアン,アークヴィグラスの4頭が横並び。この競り合いから内の2頭が脱落し,さらにエムティアンも苦しくなり,アークヴィグラスが先頭に。これにすぐ外から襲い掛かってきたのがデンバーテソーロで,徐々にアークヴィグラスとの差を詰めていきましたが,フィニッシュまで粘り切ったアークヴィグラスが優勝。デンバーテソーロがクビ差で2着。アークヴィグラスとの競り合いからは脱落したエムティアンが何とか粘って1馬身半差の3着。3コーナーでは最後尾だったグレイアンジェラが瞠目の末脚を発揮して大外からクビ差の4着まで迫りました。
 優勝した北海道のアークヴィグラスはフルールカップ,リリーカップと連勝中で,北海道の2歳牝馬の中ではトップ。JRA勢との力関係は不明でしたが,1000mの未勝利戦で59秒3というタイムを出し,2着馬に4馬身の差をつけたデンバーテソーロとは同等の力量があったということでいいでしょう。今後は距離の延長にどこまで対応できるのかということが最大の課題になってきます。父はサウスヴィグラス。母の父はフジキセキ。3代母は1986年に京成杯と牝馬東京タイムス杯,1987年にエプソムカップと新潟記念とオールカマーを勝ったダイナフェアリー。5代母がファンシミン
 騎乗した北海道の石川倭騎手はデビューから約5年半で重賞初勝利。管理している北海道の小野望調教師は開業から約9年半で重賞初勝利。

 6月20日,水曜日。午後1時に介護用品の業者の方が来訪されました。これは母にとって最適の入浴介助用の椅子に在庫ができたので,持ってきてくれたものです。前にもいいましたがこの椅子は購入しました。実費で買ったのですが,後に補助が出て,最終的には1割負担になりました。これは介護保険によるサービスであった筈です。母は介護認定は結果が出ていましたので,介護保険証は所有していました。そのコピーはこの業者にも渡したように記憶しています。ただ,母はケアマネージャーをつけることは最後までできなかったので,なぜ補助を受けることができたのかはよく分かりません。1週間前に持ってきてくれた見本は,この日に返却しました。これは見本でしたので,レンタル料のようなものは発生していません。
                                     
 この日の夜に母は新しい椅子を使ってひとりで入浴しました。入浴自体を僕が見守るわけにもいきませんが,風呂はリビングの近くですので,入浴の間はリビングで待機しました。これはこの日に限らず,母がひとりで入浴した場合には常に同一です。風呂には緊急を知らせるブザーがついているからですが,そのブザーが鳴ったことはありません。
 6月21日,木曜日。午後1時半に訪問医の往診がありました。癌の進行についてはまだ問題はないという話でした。退院したときに処方されたフェンタニルパッチの残量が少なくなっていましたので,その処方箋が出されました。また,この日の往診は腹の張りと脚のむくみがひどいためであったのですが,こちらについては利尿剤を処方されています。処方箋はこの後で僕が薬局に持っていきましたが,フェンタニルパッチは麻薬ですからこの日のうちの入手は不可能で,翌日にその他の薬剤も含めてすべて入手することにし,この日は代金だけ支払って帰宅しました。
 退院後の母は常に介護用ベッドで横になっていたわけではなく,日中はリビングに座っていることも多かったです。ただ,前にもいいましたように,フローリングから立ち上がるというのは大変です。この日以降は介護用ベッドの中で過ごす時間が目に見えて長くなりました。ただし食事はリビングで摂っています。
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滝澤正光杯in松戸&薄手のテープ

2018-10-16 18:52:23 | 競輪
 松戸競輪場で争われた千葉記念の決勝。並びは坂本に諸橋,山岸‐神山‐飯嶋‐尾崎の関東,鈴木‐成清の千葉で村上は単騎。
 村上がスタートを取って前受け。この後ろは牽制になりましたが2番手は山岸に。6番手に鈴木,8番手に坂本で周回。残り3周の最終コーナーで坂本が上昇。これに鈴木も続き,まだ誘導を斬っていなかった村上の後ろに坂本。バックで坂本がまた動き村上を叩くと3番手は村上になり,4番手に鈴木。引いた山岸が最終コーナーで発進していくもそれを鈴木がブロック。ホームではまた6番手に下がった山岸はバックから発進して打鐘。ここから坂本と山岸の先行争い。この争いを制したのは坂本で,山岸はバックの手前で脱落。神山が自力で動こうとしましたがその内にいた村上が神山を弾いて発進。直線入口で坂本を捕えるとそのまま抜け出して優勝。村上にスイッチしていた成清を牽制してどかした諸橋が3車身差で2着。1車身差の3着争いは成清とその内から伸びた尾崎で大接戦。写真判定となり3着は成清で微差の4着に尾崎。
                                     
 優勝した京都の村上義弘選手は昨年7月の小松島記念以来となる記念競輪34勝目。千葉記念は初優勝。ここは山岸を先頭としたラインが展開的に有利になりそうでしたが,坂本も鈴木もマークしたために先行することさえできませんでした。こうなると現状は諸橋と村上が実力上位でしょうから,展開とは関係なく,力で決まったというレースになりました。村上は脚を使わないようにあっさりと前を取り,坂本ラインの3番手に入ったらその坂本が先行するという展開になりました。諸橋が坂本マークだったためにすぐに牽制するのが難しい隊列であったことも味方し,大きく離しての優勝ということになったといえます。

 訪問医療で必ずするのは血圧と血中酸素の計測です。もっともこのふたつは訪問看護の際にも医療行為として行われていました。この日はフェンタニルパッチを貼った部分の跡を目視で検査し,かぶれているということで,軟膏の処方がありました。常に貼っている薬剤なのに貼った跡があるのを不自然に感じる方がいらっしゃるかもしれませんが,同じ部分に貼るわけではありません。たとえば右側,具体的にいうと右の鎖骨の下あたりに3日間貼り続けたら,次は左の鎖骨の下あたりに貼るというように,貼る位置は変えているのです。これはフェンタニルパッチの使用上の注意のひとつに含まれていました。身体全体の触診もありましたが,腹部の張りと足のむくみが大きいようなので,木曜日にまた訪問するということになりました。
 軟膏の処方があったといいましたが,これは薬剤自体が処方されたわけではなく,処方箋が出されたという意味です。なのでこれは午後に僕が薬局に取りにいきました。このときに処方されたのはロコイド軟膏という,小さなチューブに入った薬剤でした。
 6月19日,火曜日。この日は訪問看護でした。午後1時35分にふたりの看護師が来訪しましたが,そのうちのひとりはこの日に初めて来た方でした。訪問看護のときにも血圧と血中酸素を計測するのは訪問医療の場合と同じで,検温もします。前にもいったように,フェンタニルパッチを貼り換える日に該当すれば貼り換えも行います。先週の火曜と金曜は両日ともそれに該当していましたが,この日はそうではありませんでしたので,これは行っていません。その後で入浴の介助になります。フェンタニルパッチは濡らしてはいけないことになっているので,入浴のときはパッチの上からビニールのテープのようなもので覆います。母はこの介助の日以外にも,ひとりで入浴するケースがあったのですが,そのときにも使えるように,覆うためのテープは何枚か置いていってもらってありました。ただこのテープもまたとても薄手のもので,僕は貼るのを手伝ったことがありますが,とても大変でした。パッチよりもこちらの方が難しかったです。
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竜王戦&最後の手料理

2018-10-15 19:05:00 | 将棋
 11日と12日にセルリアンタワー能楽堂で指された第31期竜王戦七番勝負第一局。対戦成績は羽生善治竜王が15勝,広瀬章人八段が8勝。
 文化庁長官による振駒で羽生竜王の先手となり角換り。戦いが始まってから相腰掛銀になりました。ハイライトは熾烈な終盤戦。
                                     
 後手が桂馬を打った局面。ここで☗4一飛☖2九飛のように攻め合うと後手が勝つようです。そこで先手は相手の打ちたいところに打てと☗2九飛と自陣飛車を打ちました。先手は自陣に駒をたくさん打っているのですが,角と金銀の交換で駒得になっていますから,長引けば自然とよくなっていくような局面だと考えていいのではないでしょうか。
 後手は☖7七歩☗7九金の交換を入れてから☖2四飛と打ち返して馬取りを受けました。先手は☗2六飛☖同飛と取ってしまって☗3一角の王手。攻めるなら飛車より角がよいということでしょう。後手は☖4三玉と逃げて先手は☗6四角成と馬を作りました。
 後手は☖2九飛成と反撃。これには☗3九歩。後手は☖4七桂成☗同金直と進めて取った銀を☖2七銀と打ちました。先手は☗6五銀と取り後手は☖3八銀不成。
                                     
 ここで☗5四銀☖3四玉☗4五銀打なら先手が押し切っていました。しかし☗5四馬と取って☖3四玉に☗2六桂☖同龍☗3八歩の順で銀を外したので混戦に。後手の☖3九飛が攻防兼用のぴったりした手でした。
 ☗5九桂の受けに☖3八飛成☗4八銀。そこで☖3五桂と打ったのが厳しい手のようで敗着に。
                                     
 第3図は☗4九銀と埋められて後手に適当な手段がありませんでした。ですから後手は先に☖4九金と打っておくべきで,それならむしろ分のある戦いでした。
 羽生竜王が先勝。第二局は23日と24日です。

 6月15日,金曜日。午後1時40分に訪問看護師が来訪しました。これは12日に来訪したのと同じふたりでした。母が使うことができそうな試供品をいくつか持ってきてくれました。この中に風呂上りに飲用するパック入りの水がありましたが,これは母が気に入りましたので,僕がドラッグストアで買い続けることになりました。正式な契約を交わしたのはこの日で,基本的に火曜日と金曜日に訪問介護を実施することになりました。ただ,訪問看護師は母だけを看護するわけではなく,ほかにも患者がいます。ですから何時に訪問するかは,個別に決定するということになりました。とはいえ基本的には午後1時半でした。
 この日は入浴の介助が行われたのですが,僕は妹を迎えに行かなければなりませんでしたので,訪問看護の最中に出掛けました。僕が帰宅するまでには看護は終って看護師は帰ります。つまり自宅には母がひとりだけということになるのですが,この時期の母はまだひとりで家にいてもとくに心配する必要はない状況でした。母は最終的には希望していた通り,緩和病棟に入院することになるのですが,その入院のときまで,同じような状態であり続けたと考えてもらって構いません。ただそのときには伯母が来日していましたので,実際に母がひとりで家にいるという状況は発生しなくなっていました。
 この日は妹を連れて帰ったとき,夕食の支度がしてありました。母が家族の夕食の支度をしたのはこの日が最後です。僕はともかく妹には最後にもう1度だけ手料理を振舞いたいという思いが母にはあったようです。
 6月16日,土曜日。母の学生時代の同級生がふたり来訪し,1時間半ほど母と話をして帰りました。これはもちろん母が自身の状況を伝え,来てもらったものです。
 6月17日,日曜日。ピアノのレッスンがありました。この週は金曜日に先生から電話があり,午後3時の開始となっています。
 6月18日,月曜日。妹を通所施設に送りました。そして午前11時45分に訪問医の来訪がありました。訪問医は往診時には僕がいる必要があるという見解でした。この時間なら間に合うのは確実だったのです。
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秋華賞&椅子

2018-10-14 19:04:46 | 中央競馬
 第23回秋華賞。スカーレットカラーが右の後ろ脚を跛行したため出走取消となり17頭。
 サトノガーネットは加速が鈍く半馬身ほどの不利。先手を奪ったのはミッキーチャーム。向正面に入るところでリードは1馬身ほど。2番手にオスカールビー。1馬身差の3番手をランドネとハーレムラインで併走。1馬身差でサヤカチャン。1馬身差でラテュロスとラッキーライラック。1馬身差でゴージャスランチ。1馬身差でサラキアとオールフォーラヴ。1馬身差の11番手がアーモンドアイ。1馬身差でカンタービレ。1馬身差でトーセンブレスとダンサール。1馬身差でパイオニアバイオとプリモシーンで1馬身差の最後尾がサトノガーネットと一団でのレース。前半の1000mは59秒6のスローペース。
 ミッキーチャームは向正面でリードを広げていき,3コーナーでは3馬身。2番手のオスカールビー,3番手のランドネとハーレムラインは4コーナーまでは追い掛けましたが,直線に入るとミッキーチャームが完全に振り切り,抜け出しました。アーモンドアイは道中に位置していた外目のままコーナーを回ったため直線入口ではまだ後方。しかし直線ではその外目を真一文字に伸び,逃げ切り態勢のミッキーチャームをあっさりと捕えて優勝。ミッキーチャームが1馬身半差で2着。内目から勝ち馬マークのようなレースになったカンタービレが最後はアーモンドアイの外から脚を伸ばして1馬身差で3着。
 優勝したアーモンドアイはここがオークス以来のレースで大レース3連勝となる3勝目。この中で能力が図抜けていることははっきりしていましたので,ぶっつけ本番となったことだけが課題。内回りの後半のラップの方が速いレースで外を回ってこれだけの差をつけたのは能力の証以外の何ものでもなく,出走態勢がきちんと整っていたということでしょう。この後はエリザベス女王杯ではなくジャパンカップに向ってほしいところです。父がロードカナロアで母がフサイチパンドラ。祖母がロッタレース
                                     
 騎乗したクリストフ・ルメール騎手は帝王賞以来の大レース制覇。第22回からの連覇で秋華賞2勝目。管理している国枝栄調教師はオークス以来の大レース14勝目。第15回以来8年ぶりの秋華賞2勝目。

 業者の方が来訪された意図は,介護用ベッドの使用に問題がないかを確認するためでした。これには何も問題がありませんでしたので,本来ならそれで事足りました。ただ,僕たちの方からもうひとつ,別に依頼したいことがあったのです。
 前日に訪問看護師と訪問医が来訪し,訪問看護の内容として,入浴の介助を行うことが決定していました。入浴は毎日ではありませんが,入院中にも行なっていました。そのときは介助用の椅子を使用していました。これを利用すると母はとても楽だったようです。ですがそのような椅子は家にはありません。そこで,この椅子を入手することができないかという相談をしたのです。
 ベッドを借りたのはベッドの専門店ではなく,介護用品を扱う業者です。ですからこのような椅子の在庫はあるということでした。ただし,椅子はベッドと異なり,レンタルすることは不可能で,買取が必須でした。そう長く使用するものではない筈ですが,あった方がよいものですから購入することにしました。いろいろなタイプがあって,母にとって最もよさそうなものはこの日のうちには手に入れることができませんでしたが,偶然にも業者の方は見本として椅子を社用車に積んでありましたので,この日はそれを置いていってくれました。次の訪問看護は金曜でしたから,その日に使用することができるようにとの配慮でした。実際に購入するものが用意できたら持ってきて,そのときにこの見本と交換することになりました。
 業者の方が帰った後で,薬局に薬を取りにいきました。その後,午後3時ごろにFさんが来訪し,30分ほど母と話をして帰りました。
 6月14日,木曜日。午後4時ごろに地域ケアプラザのNさんが来訪し,母と僕の3人で20分ほど面談をしました。これは今後,もし何か困ったことが生じたときに,地域ケアプラザとしてどのような手助けをすることができるのかということの説明でした。この中に,車椅子のレンタルというのがあり,1日くらいであれば貸し出すことが可能であるという話がありました。これは利用することができそうと思ったのですが,実際にレンタルすることはありませんでした。
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新人王戦&常備薬

2018-10-13 18:58:09 | 将棋
 10日に指された第49回新人王戦決勝三番勝負第一局。藤井聡太七段と出口若武奨励会三段は公式戦では初対局。
 振駒で出口三段の先手となり相掛かり。先に後手の藤井七段が飛車先を交換する手順から先手の浮き飛車,後手の引き飛車になりました。先手が腰掛銀進出させて歩得を果たしたところで後手が反撃。後手の香得の分かれに進みましたので,そこで後手がリードしていたかもしれません。
                                   
 先手が歩を突いた局面。後手の☖7七歩成はこの一手でしょう。先手は☗4三歩成。これに対して☖同王はおそらく最善の応手だったと思います。先手はそこで☗7七金とと金を払いました。後手も☖4四歩と香取りを受けました。
 ここで☗4五歩と合わせていきましたが,歩はたくさん持っているので先に☗4二歩と打っておくのは有力だったように思えます。後手は☖5二王と早逃げしました。
 先手は☗4四歩と取り込んで後手は☖4六香。ここでは☗3二桂成から攻め合えなければいけないと思われますが無理だったようで☗4三歩成☖同金に☗4七歩と受けました。
                                   
 これは香取りではありますが先手とまではいえません。ここで手番を渡してしまうのでは,はっきりとした差がついているといえそうです。
 藤井七段が先勝。第二局は17日です。

 訪問看護師からはケアマネージャーについてはやはり決めた方がよいのではないかという話がありました。決めることができればそうしましたが,結果的にいえば見つからなかったので,母は最後までケアマネージャーをつけることはありませんでした。
 訪問医は処方箋を出しました。主に常備薬として家に置いておくものです。座薬がほとんどで,ほかにすでに母が服用していたオプソ内服液が飲み薬として処方されていました。処方箋はこの後で僕が薬局に持っていったのですが,常備薬のひとつであったアンペック坐剤は麻薬であったため,取り寄せが必要でした。ですからそれが用意できた後で,ほかの薬もまとめて入手することにし,この日は代金だけを支払って帰りました。
 伯母はいませんから,ここからは家でほぼ僕と母のふたりでの生活に突入しました。後にまた伯母が来日するのですが,それまではふたりだけだったのです。この間,母は洗濯機を回して洗い終わった洗濯物を籠に入れておくことと,僕が取り込んだ洗濯物を畳むということはずっと続けました。以前はこれに夕食の支度がプラスされていたのですが,これはもうできなかったので,僕が僕と母のふたり分,妹が滞在しているときには妹のも合わせて3人分の夕食を作ることになりました。僕は最後に母とこのような時間をもつことができたのはとても幸せなことであったと思っています。僕にしろ妹にしろ母がいなければ育つということはなかったわけです。それからすればごく些細なことだし,また短い時間ではありましたが,最後に少しだけ恩を返すことができたように思えるからです。
 6月13日,水曜日。午前11時5分に薬局から電話がありました。これは前日に処方された薬剤のすべてが揃ったという連絡でした。ただ,この日はこの後で,介護用ベッドの業者の社員が来訪し,母に使い心地を聞きに来ることになっていました。これが午後1時で,それまでに薬を取りにいくことは時間的にいえば可能でしたが,後回しにしました。母の状態はそれをすぐに入手しなければならないようなものではなかったのです。
 業者の方が来訪されたのは午後1時10分でした。
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農林水産大臣賞典レディスプレリュード&訪問医療と訪問看護

2018-10-12 18:58:38 | 地方競馬
 昨晩の第15回レディスプレリュード
 アンジュデジールは発馬が悪く1馬身ほどの不利。先手を奪ったのはニシノラピート。2番手がディアマルコで3番手にプリンシアコメータという並びになりました。この後ろをリエノテソーロとブランシェクールで併走。ワンミリオンスがその直後でこの後ろはジュエルクイーンとクイーンマンボ。さらにアルティマウェポンとステップオブダンスが併走しているところへアンジュデジールが追い上げてきました。あとはエースウィズとラインハートが並んで続き,ユッコは1頭だけ置かれて最後尾。最初の800mは51秒1のスローペース。
 3コーナーではニシノラピートにディアマルコが並び掛けていき,コーナーではその外からプリンシアコメータが追撃。それをマークしてブランシェクールも上昇し,大外をワンミリオンス。内の2頭は一杯になり,直線ではプリンシアコメータが先頭に。これにブランシェクールが襲い掛かり,その時点では差すかの勢いだったのですが,そこからまたプリンシアコメータが一頑張り。フィニッシュまで抜かせなかったプリンシアコメータが優勝でブランシェクールがアタマ差の2着。内を回って直線に入ってから外に切り返してきた北海道のアルティマウェポンが1馬身半差の3着に入って大波乱の結果。
 優勝したプリンシアコメータは昨年のクイーン賞以来の勝利で重賞2勝目。このレースは能力を十全に発揮できなかった馬が多く,この馬も2着馬と同等の能力とは考えにくく,存分に力を発揮したとはいえないのかもしれませんが,有力馬の中では能力に近いところまで出しました。それによって優勝を手に入れることができたというような結果。ただ,逃げることで良績を残していた馬が,3番手からのレースで結果を出した点は収穫。この路線はかなり混沌としてきた印象が強く,しばらくは馬券面で難しい結果が続くことになるかもしれません。父はクラフティワイフの第11子になるスパイキュール。母の4つ上の全姉に2004年のNARグランプリ最優秀牝馬に選出されたベルモントビーチ。Cometaはイタリア語で彗星。
 騎乗した香港のジョアン・モレイラ騎手と管理している矢野英一調教師はレディスプレリュード初勝利。

 この間,母はずっと病室のベッドで横になったままでした。退院となれば歩かなければなりませんが,この病室はエレベーターから遠いところにあり,そこまで歩くのは大変だろうということで,車椅子を用意しました。みなと赤十字病院は正面玄関を入ったすぐのところに何台かの車椅子が置いてあり,院内では自由に使用できることになっていたのです。それで僕はその車椅子を取りにいきました。
 車椅子を用意して病室まで戻ると,薬剤師が来ていました。これはこれから使用する薬剤の説明のためです。これで病院でしなければならないことはすべて終わりましたので,正面玄関まで母を乗せた車椅子を押して,あとはタクシーで帰りました。母はタクシーを降車するときに転んでしまい,右膝の上のあたりに擦り傷ができました。とはいえこれは処置をする必要がないほどの小さなものでした。
 僕たちが帰宅したのは11時15分です。母は昼食にはパンを食べたいと所望しましたので,僕がバスで根岸駅まで行って買ってきました。ついでですから僕もパンにしました。
 午後2時40分に,依頼してあった診療所の訪問看護師がふたり,訪問してきました。これは今後の訪問医療の説明のためです。要は,訪問してどのような医療を実施するのかということです。これは母の希望があって,入浴の介助が中心になりました。ただし,この日は入浴はしていません。また,この日はちょうどフェンタニルパッチを貼り換える日に該当していましたので,これは看護師がやってくれました。ただ,前にもいいましたように,この貼り換えは基本的に母が自分でやりました。例外はこの日のように,訪問看護の日と貼り換える日が合致したときだけです。
 看護師と話している間に,医師も訪問してきました。これは訪問医です。診療所は医師も看護師も同じところに属していましたが,手続き上は別の組織になっていました。つまり契約をしたわけですが,訪問看護と訪問医療は別々の契約でした。ただ,同じ診療所ですから,互いの連絡はよく取り合えていました。基本的に訪問医療は月に2回の頻度,訪問看護は週に2度の頻度で実施することが決定しました。
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農林水産大臣賞典東京盃&設置

2018-10-11 19:35:08 | 地方競馬
 昨晩の第52回東京盃
 発馬後の加速が鈍かったのでやや手間取りましたがマテラスカイがハナへ。加速がよかった馬と追い上げてきた馬で位置の取り合いになり,隊列が定まるのには時間が掛かりましたが,2番手は単独でネロに。この後ろは外を回ったサクセスエナジーとグレイスフルリープ。キタサンミカヅキは内に控え,エイシンヴァラー,エイシンバランサー,キャンドルグラス,テーオーヘリオスと続きました。この後ろはゴーディーとサクラレグナム。以下はコパノリスボン,マイネルルークス,タッチライフ,コスモプラシデスの順。前半の600mは34秒4のハイペース。
 直線に向いたところでもマテラスカイは手応えがよさそうにみえましたので,離していくのではないかと思ったのですが,追ってから伸びを欠きました。この間に最内からキタサンミカヅキ,外からネロ,さらに外からグレイスフルリープの3頭が伸びてきて,一旦は先頭に立ったネロを最内のキタサンミカヅキが急追。フィニッシュ直前でキタサンミカヅキが差し切って優勝。ネロはアタマ差の2着。大外のグレイスフルリープが1馬身4分の1差の3着でマテラスカイは4分の3馬身差の4着。
                                
 優勝したキタサンミカヅキアフター5スター賞に続いて3連勝。第51回からの連覇で重賞は2勝目。ここはマテラスカイのスピード能力が明らかに上位でした。ただ,はっきりとした原因は不明ながら,その優位さを生かしきれないレースに。それ以外ではテーオーヘリオス,キタサンミカヅキ,ネロ,サクセスエナジー,グレイスフルリープの5頭がほかの馬に対して能力的なアドヴァンテージがあり,しかし実力は伯仲という関係でしたので,接戦になったのは当然。内を回ってくることができたのがキタサンミカヅキの大きな勝因になったといえるのではないでしょうか。以前は追い込み一辺倒でしたが,先行力をつけてきたので,成績は安定してきています。ただ大井の1200mがベストなのは疑い得ないので,JBCスプリントでも好走できるのかは何ともいえないところでしょう。父はキングヘイロー。母の父はサクラバクシンオー。母の8つ上の半兄に1998年に埼玉新聞杯を勝ったキタサンシーズン
 騎乗した船橋の森泰斗騎手はデビューから約20年半で重賞初勝利。管理している船橋の佐藤賢二調教師は昨年の東京盃以来の重賞8勝目。東京盃は連覇で2勝目。

 6月10日,日曜日。午前11時半に業者の社員の方が来訪されました。これは前日に来て,計測を行ったのとは別の方です。医療用のベッドの設置ということで,作業衣を着用した人が現れるのではないかと勝手に想像していたのですが,スーツ姿でしたので面喰いました。
 ベッドの設置は40分ほどで終了しました。作業後に,契約書にサインをして,契約も完了しました。このベッドはマットレスが備え付けてあるもので,マットレスの上に布団を敷くことはしないようにとの注意が与えられました。また,実際に使用してみての感想を聞きたいので,母が使用するようになったら,というのは火曜以降ですが,また来訪するとのことでした。
 午後2時過ぎに妹と母の見舞いに行きました。布団を敷くことはできませんが,マットレスの上にそのまま横たわるわけにもいきません。つまりシーツは敷かなければならないわけです。そこでどのようなシーツを敷くのがよいのかということについて,母の希望を確認しておきました。これからはどんどん暑くなっていきますので,なるべく薄手のものをというのが母の希望で,実際に敷くシーツの指定もありましたので,帰ってから言われたものを敷きました。
 6月11日,月曜日。午前中は妹を通所施設まで送り,午後から母の見舞いに行きました。
 退院が翌日でしたから,主にその打ち合わせです。それから,5月分の入院費の請求が来ていましたので,これはこの日のうちに支払っておきました。
 6月12日,火曜日。退院の日です。
 病院に到着したのは午前9時15分でした。7階のナースステーションに向いますと,クラークが病室に案内してくれました。この段階で入院費の支払いは可能な状況になっていましたので,まず支払いを済ませました。
 次に当日の担当の看護師が来て,忘れ物がないかなどのチェックを済ませ,入院患者が巻いている手首の輪を外してくれました。それと同時に書類を渡されました。これは相談員の援助により,訪問医療と訪問看護が行われることが決定していましたので,訪問医に渡すためのものでした。申し送りのようなものだと理解してください。
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寛仁親王牌・世界選手権記念&下調べ

2018-10-10 19:10:15 | 競輪
 8日にグリーンドーム前橋で争われた第27回寛仁親王牌の決勝。並びは渡辺‐小松崎‐佐藤の福島,脇本‐三谷の近畿,清水‐柏野の中国で平原と浅井は単騎。
 三谷が飛び出してスタートを取り脇本の前受け。3番手に清水,5番手に浅井,6番手に平原,7番手に渡辺で周回。残り3周のホームの出口から渡辺が上昇開始。バックの出口で脇本に並び掛けると誘導を斬った脇本が突っ張りました。渡辺はそれ以上は追い掛けられず,また7番手まで引いて周回中の隊列に。バックに入り清水が発進。柏野は離れそうになりましたが何とか続き,このふたりが脇本を叩いて打鐘。浅井がこのラインに続こうとしたのですが,これは三谷がブロック。3番手に脇本で5番手に平原という隊列に。清水が飛ばしたので一時的に差は開いたのですが,バックから脇本が発進すると直線の入口では捲り切り,その勢いのまま優勝。マークの三谷が半車身差の2着で近畿のワンツー。このライン追走になった平原が流れ込んで1車身半差で3着。後方から捲り追い込んだ渡辺が半車輪差で4着。
                                     
 優勝した福井の脇本雄太選手はこれがオールスター競輪以来の出走でGⅠを連覇。ビッグも2勝目。ここは脚力的に相手になり得るとすれば渡辺だけ。前受けしてその渡辺が押さえにきたときに,突っ張って引かせた時点で勝負は決まりました。瞬間的なスピードは渡辺の方が上なのかもしれませんが,持久力は明らかに脇本に分があるからです。そこを考慮すれば渡辺は脇本が突っ張るのが難しくなるくらいの早い段階で動いていかなければならなかったということでしょう。現時点では脇本が最強選手で,競技があるため出走は少ないですが,しばらくは脇本を中心に展開していくことになるでしょう。

 6月9日,土曜日。午前11時10分に地域ケアプラザのNさんから電話がありました。週末でも介護用のベッドを設置することができる業者に僕のことを紹介したので,後に業者から連絡があるだろうという内容のものでした。11時35分に業者から連絡が入り,午後5時に社員が訪問するとのことでした。ただしこれはベッドを設置するための来訪ではなく,設置することが可能であるか否かの下調べのためです。
 午後,妹と母の見舞いに行き,母の意向を確認しました。ベッドを置くのは父が最後に退院してきたときに設置した部屋をおいてほかにはありませんでしたから,部屋に関しては意向も何もありません。それはもちろん母も分かっていたことです。ただ,現状も母が入院前に使用していた普通のベッドは置いてあり,これを片付ければ設置する場所は部屋の端でも中央でも可能です。ですからまず,ベッドをどの辺りにどの向きで設置するのがよいかということは確認しておかなければなりませんでした。
 次に,母が使用していたベッドは簡易カーペット,大きさでいえば絨毯といってもいいですが,その上に設置してありました。このカーペットを敷いたままにした方がいいのか,それともフローリングの上に直に設置する方がよいかということも確認事項のひとつでした。母の意向は,簡易カーペットは敷かずにフローリングの上に設置すること,そして場所は部屋の中央にすること,向きは南北にして頭が南側になるように設置することの三点でした。僕たちは見舞いを終えて午後3時50分に帰宅しましたので,これまで使用していたベッドは中央から隅に移し,カーペットは折り畳み,スペースに収納して業者の来訪を待ちました。これまであったベッドが部屋の隅に移動することで,部屋が何だか広くなったような気がしました。
 予定通り,午後5時に業者の社員の方が来訪しました。メジャーで部屋の大きさを計測し,母が希望したようにベッドを設置することが可能であるということが確かめられました。退院は火曜ですからそれまででよかったのですが,翌日の11時半から12時半の間にベッドを設置するということが決定しました。
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