スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

ミコールカの場合&平行論的証明

2012-01-31 19:29:01 | 歌・小説
 『罪と罰』からもうひとつ,ドストエフスキーの小説がいかにキリスト教と関係しているかを示す例をあげてみます。
                         
 『罪と罰』ではラスコーリニコフが自首する前に,ミコールカというペンキ職人が犯人は自分であると警察に名乗り出ます。ミコールカは出身地こそ同じですがとくにラスコーリニコフと関係があるというわけではなく,なぜ彼がいわば身代りに自首しなければならなかったのか,僕にはよく理解できませんでした。その事情を亀山郁夫が『ドストエフスキー 謎とちから』で解説しています。
                         
 ミコールカは異端派のひとつ,逃亡派のセクトで終末論的世界観に浸っていました。ペンキ職人とはいっても自堕落な生活を送っていて,それはこのセクトとの関係から説明されます。ラスコーリニコフが老婆とリザヴェータを殺したのはこのミコールカが住んでいたアパートの上階でした。つまりミコールカの近辺で起こった殺人事件であり,このことがミコールカにある恐怖感を与えるのです。しかしそれは,単に殺人が起きたというだけの恐怖感ではありませんでした。
 物語の舞台は1866年。いわゆる異端派がロシア正教から分離したのが1666年のことで,ちょうど200年の節目にあたっていました。このゆえに,異端派の間では,この年にアンチキリストが出現すると強く意識されていました。つまりミコールカは,この殺人のうちに,反キリストの出現を強く感じ,そのために恐怖を覚えたわけです。そのために警察の庇護を求めてわざと自首をしたというのが亀山の見解です。
 ドストエフスキーが本当にそれを意図していたかどうかは僕には分かりません。ただ,ラスコーリニコフの思想の中に,反キリスト的な部分があるということだけは,疑いようのないことだと思います。
 こうしたことはよほどロシアのキリスト教の事情に精通していなければ理解できないことです。ラスコーリニコフの場合が分かりやすい形でドストエフスキーとキリスト教の関係を示しているとすれば,このミコールカの場合には,分かりにくい形で暗示されているといえるでしょう。そしてこうした暗示は,僕が気付かない仕方で,ほかにもドストエフスキーの小説のうちに織り込まれているのではないかと思われます。

 第二部定理九系証明は,スピノザによる第二の訴訟過程を省略したとしても,以下のような仕方で可能になると僕は考えています。
 まず観念の対象ideatumとなる何らかのもの,Aがあるとします。そしてこのAの中にXが生じると仮定します。ここではXを,事物そのものと考えてもいいですし,ある働きないしは作用というように考えても構いません。どちらの場合でも成立すると僕は考えていますから,そのどちらの場合も含むと仮定しておきます。
 このXの観念が神のうちにあるということは,第二部定理三から明らかです。そして第二部定理三は,どのような意味においても無限であるものの観念も,また自己の類において有限であるものの観念も,すべてが神のうちにあるということを明らかに意味しています。したがってこの証明の過程におけるXそしてAについては,それが無限であろうと有限であろうと,同じように神のうちにあるということになります。
 そこで問題となるのは,Xの観念が神のうちにあるというとき,その観念がどのような形式で神と関連付けられるのかということです。ここで鍵になってくるのが第二部定理七における平行論です。第二部定理七は,それ自体では延長の属性と思惟の属性の間の平行関係だけを示しています。しかしこの同じ平行関係は,神の客観的属性である思惟の属性と,形相的属性である延長の属性をはじめとする無限に多くの属性のすべてとの間で,同じように成立します。これは第二部定理七備考で示されていることですから,スピノザが否定することはできません。
 すると,XがAのうちに生じると仮定されているのですから,Xの観念はAの観念のうちに生じるということが帰結します。いい換えれば神はAの観念を有する限りでXの観念を有するということになり,思惟の絶対的力を有する限りでXの観念を有するということにはなりません。いい換えれば,観念の対象の中に起こることの観念は,神がその対象の観念を有する限りで神のうちにあるということになります。
 念のために付け加えれば,Xは別にAの中に固有に生じるのではなく,たとえばBのうちにも生じるかもしれません。しかしその場合には,神はAの観念を有する限りでXの観念を有するでしょうし,Bの観念を有する限りでも同様にXの観念を有するでしょう。つまり,神はXの観念を有するために,AとBの両方の観念を有すると説明されなければならないのではありません。
コメント

東日本大震災被災地支援向日町記念&僕の見解

2012-01-29 18:43:52 | 競輪
 S級S班4人が顔を揃えた向日町記念の決勝。並びは海老根ー中村の東日本,柴崎ー星島で西日本,藤木ー村上義弘ー村上博幸の京都,北津留-小川で西国。
 海老根の前受け,3番手に北津留,5番手に柴崎で7番手から藤木という周回になったようです。残り2周のホームで藤木が動きを見せると,柴崎と北津留も上昇していき,1コーナーでは柴崎が先頭に。これを外から藤木がバックで叩ききって先行。柴崎が4番手を確保し,6番手に北津留,8番手が海老根となって一列棒状。藤木は緩めることなく駆け続け,村上義弘がバックから番手発進したので後ろはまっったく動くことができず,村上兄弟のマッチレースに。接戦となりましたが差した村上博幸の優勝で村上義弘が2着。3着も柴崎の流れ込み。
 優勝した京都の村上博幸選手は昨年の西王座戦以来のグレードレース優勝で,記念競輪はその直前の向日町記念以来の4勝目。当地は連覇となります。ここは藤木がいましたので,このようなレース展開となることが十分に予想され,差せるか差せないかの勝負。兄もいつものように後ろの動きと関係なく動いてくれましたので,少しばかり恵まれたかもしれません。昨年は好発進したもののその後は落ち込んでしまいましたので,今年は再上昇に賭ける1年となりそうです。
                         

 スピノザによる第二部定理九系証明に対する僕の見解は概ね次の通りです。
 まず,この証明Demonstratioが成功しているか失敗しているかと問われれば,僕は成功していると解答します。よって第二部定理九系において示されている内容に関しては,それが真理veritasであるということを僕は肯定します。これが最も基本的な立場ですから,これ以降はこのことを踏まえた上でご理解ください。
 僕はこの証明の訴訟過程にはいくらかの疑問があります。そしてそれは第二過程に関係します。単純にいって,観念の対象ideatumというとき,その対象というのを個物res singularisに限定しなければならない理由は,このこと自体のうちには含まれていないのではないかと僕は考えるのです。そもそもスピノザ自身,第二部定理三では,神Deusのうちには神の本性essentiaの観念があるということを認めています。スピノザの哲学では第二部定義二によって,事物の本性とその事物自身は同等のものであるということになっています。いい換えれば,神の本性を十全に認識するということは,神を十全に認識するということにほかなりません。つまり神の本性の観念があるということは,神の観念idea Deiがあるということに等しいのです。
 次に,第一部定理一六が示していることは,神のうちには無限に多くのinfinita事柄が無限に多くの仕方で生じるということだと理解することが可能です。いい換えれば第一部定理一八により,神はそうした無限に多くの事柄に対して内在的原因causa immanensなのです。したがって自然のうちに生じるあらゆる事柄は,神のうちに生じているということになるでしょう。つまり,観念の対象というのをこのように神,個物ではなくて神であると考えた場合にも,その対象のうちには確実に何事かが,というよりも無限に多くの事柄が生じるということになります。よってこのことからも観念の対象というのを,個物に限定しなければならない理由というのを,少なくとも積極的には見出すことができないのではないかと僕は考えるのです。
 したがって,僕はスピノザの訴訟過程の第二過程というのは,この手続きには不要なのであって,むしろ第一過程から第三過程にダイレクトに進むことによって証明するべきではないかと思います。
コメント

王将戦&第二部定理九系証明

2012-01-27 19:47:51 | 将棋
 挑戦者の先勝で幕を開けた第61期王将戦七番勝負第二局。
 久保利明王将の先手で三間飛車。佐藤康光九段も三間飛車に振り,相振飛車となりました。序盤で後手が矢倉に組もうとしましたがうまく先手が攻めてその構想が破綻。封じ手の時点で明らかに先手がよくなっていたと思えます。もしかしたら早い終局もあるかと思っていたのですが,終盤は観戦することができました。
                         
 後手玉が中団に出て少し寄せにくくなっているような気もしますが,先手がリードしているように思いました。△4六桂打▲同歩△同桂▲4七銀△5八桂成▲同銀。そこで△4六歩と伸ばしたのに,▲4七歩と受けました。
                         
 ここで△6九成香という僕には訳のわからない手が出ました。先手は▲4六歩と取って,△6八成香に▲4七銀。もうかなり難しくなったと思いますが,この手はただ逃げただけではなく後手玉への詰めろになっていて,まだ先手が勝っていたのではないかと思います。△3四玉と受けました。そこで▲2六桂と捨てて△同歩▲同銀。考えていなかった手順でしたが,これは後手が受けにくそうにも思いました。△1二歩で龍筋を遮断。
                         
 僕の第一感は▲3六歩と突く手で,ほかに▲3六銀もあったよう。実戦は▲3六香と打ったのですが,この手が敗着になったのかもしれません。以下,△4三桂と受け,▲3五香△同桂▲同銀△同玉。この瞬間は先手玉が詰めろになっていて,▲3八王と受けました。△6九角が詰めろで,▲3六銀打と王手で受けるのは仕方ありません。△2四玉に▲3五桂で,この時点ではまだ先手が勝つようにも思えたのですが,△3四香がいい手だったようです。
                         
 ▲2三桂成以外の手はなさそう。それを△同金と取って,▲1二龍の瞬間,香筋が通って先手玉に詰みが発生していました。
 正直,昨晩の時点ではこの将棋を後手が勝つとは思えませんでした。佐藤九段が2連勝。第三局は来月16日と17日です。

 それではスピノザによる第二部定理九系の証明の分析へと移ります。この証明の訴訟過程は,基本的にみっつの手続きから構成されています。
 まず第一に,ある観念の対象ideatumの中に何かが起きるというとき,このこと自体の観念というのが神のうちにはあります。これは第二部定理三から明らかです。
 次に,この起こることというのは,たとえば延長の属性で示すならば,ある物体そのものが生じると考えることも可能ですし,そうではなくてある物体が運動ないしは静止という延長作用をなすというように考えることも可能です。しかしどちらの場合であっても,物体は第二部定義一により神の延長の属性の有限様態すなわち個物ですから,これが神の延長する絶対的な力,いい換えれば延長の属性の絶対的本性から生じるということはできません。このことは第一部定理二三から明らかです。むしろそれは第一部定理二八の仕方で生じます。そして延長の属性についてこのようにいわれることは,第一部定義六によって神の本性を構成する無限に多くのすべての属性に関しても同様でなくてはなりません。したがってそれが神に認識される,いい換えれば神のうちに観念として生じる場合にも,それは神の思惟する絶対的な力,すなわち神の思惟の属性の絶対的本性から生じるのではなくて,ある思惟の有限様態,つまり思惟の個物である個物の観念に変状した限りでの神から生じるのでなければなりません。要するにそれは,第二部定理九で示されているような仕方で,この観念は発生するという意味になります。
 最後に,第二部定理七によって,こうした観念の秩序というのは,その対象の秩序と同一です。よってたとえば観念の対象となる何らかの事物Aがあり,この事物Aのうちにやはり何らかの事象であるXが生じるという場合には,Xの観念というのは,Aの観念のうちに生じるということになります。逆にいうならXの観念がAの観念の外に生じるということはありません。よって神のうちにXの観念が生じるためには神はAの観念を有する,いい換えればAの観念に変状するだけで十分です。したがって,観念の対象の中に起こることの観念は,その対象の観念を有する限りで神のうちにあることになるでしょう。
コメント

農林水産大臣賞典川崎記念&第二部定理三

2012-01-25 18:56:10 | 地方競馬
 今年最初の大レースとなる第61回川崎記念
                         
 抜群の発走だったのがスマートファルコンでそのまま逃げました。2番手の外をフリオーソが追い,3番手の内にランフォルセ。キングスエンブレム,ニホンピロアワーズと続きました。ペース自体は速かったですが,無理をしたというほどではありません。
 前2頭の能力がここでは上でしたが,苦しくなったのは追い掛けていったフリオーソの方で,直線に入るところではもう一杯。スマートファルコンはそこからも快調に後ろを離していき,4馬身の差をつけるレコードタイムで快勝。そつなく内を回ったランフォルセが2着で,かなり苦しくなったフリオーソも地力で3着は何とか確保。
 優勝したスマートファルコンは暮れの東京大賞典は辛勝でしたが,どうもあのときは太かったよう。今日は絞れて真価を発揮しました。当面のライバルが休養明けということもあり順当な勝利でしょう。これで9連勝。大レースは6勝目。父はゴールアリュール,曾祖母がアリアーン,兄に1999年の東京大賞典を優勝したワールドクリーク
 騎乗した武豊騎手は東京大賞典に続き年をまたいで大レース連勝。第54回,第59回に次いで川崎記念3勝目。管理している小崎憲調教師も大レース連勝で川崎記念は初勝利。
                         

 もうひとつ必要となるのは第二部定理三です。
 「神のうちには必然的に神の本質の,ならびに神の本質から必然的に生起するあらゆるものの,観念が存する」。
 この定理は,第二部定理一に注意しさえすれば必然的に帰結すると僕は考えます。すなわち,思惟は神の属性です。そして属性というのは自己の類においては無限です。よって神のうちには思惟する絶対的な力,それを限定したり凌駕したりするものが一切ないような力というのがあるということになります。一方,第一部定理一六により,神の本性からは無限に多くのものが無限に多くの仕方で存在します。つまり神のうちには,それら無限に多くの仕方で生じる無限に多くのものの観念を形成する力というのがあるのでなければなりません。これは,もしもこのことを否定するならば,それの観念を形成する力を有するものによって神が限定される,あるいは凌駕されるという意味になりますから,それ自体で明らかであるといってよいでしょう。さらに付け加えれば,無限に多くのものが無限に多くの仕方で生じるということのうちに,思惟という仕方によって無限に多くのものが,まずは第二部公理三によって観念として神のうちに生じるということがすでに含まれていると考えることもできると思います。
 しかるに,第一部定理三五が明らかにしたことは,神の力のうちにあると概念されるもの,もっと端的にいうならば,神の力のうちにあるものは,必然的に存在するということでした。したがって神の本性およびその本性から生じる無限に多くのものの観念は,神の思惟する絶対的な力のうちにあるのですから,必然的に存在するということになるでしょう。
 これでこの定理は証明されていると僕は考えます。ただしスピノザはこの後でさらに第一部定理一五の方を援用して,こうした観念というのがただ神のうちにのみあるということも合わせて証明しています。これはたとえば第二部定理一一系のような事柄を帰結させるためにはかなり重要な意味を有すると僕は思いますが,現状の目的として第二部定理三を証明しようとする場合には不要ですので,ここではその点に関しては省略することにします。
コメント

いわき市復興いわき平記念&第一部定理三五

2012-01-24 18:40:15 | 競輪
 2日目には災害復興支援のための単発レースが組まれたいわき平記念の決勝。並びは坂本-伏見-成田の北日本,川村に神山-山口の栃木,三宅に武井で山田は単騎でしたが,展開上は北日本追走。
 前に三宅,中団に坂本,後方で川村という隊列で残り2周のバック。打鐘前に坂本が動いて山田まで出きって先行。川村がコーナーからホームにかけて巻き返していくと伏見が牽制。間に挟まれるような形になった神山が落車。バックでは逃げる坂本の後ろで伏見と成田が並走する形に。力を温存していた三宅が捲っていくとこれはだれも止められず番手の武井との勝負に。差した武井が優勝で2着に三宅。3着は伏見。
 優勝した千葉の武井大介選手は2006年11月の伊東温泉記念以来となる記念競輪2勝目。ここは目標の三宅も常に連係している選手というわけではなく,やや気楽な立場だったと思います。三宅も自分が優勝するために一発を狙ったようなレースで,それがうまくはまりました。差しこんでチャンスをものにしたのは,追い込み選手としてやっていく上での自信になったのではないかと思います。

 それでは次に,第二部定理九系の中に示されていると考えられる原因に関して,スピノザ自身はそれを十全な原因であると考えているのか,それとも部分的原因であると考えているのか,あるいはそのどちらの場合も含んでいると考えているのかということを探求していくことにします。
 このためには,スピノザはこの第二部定理九系には証明を付していますから,この証明を詳細に検討してみることが最善であると思います。しかしそのためには,まだこのブログでは取り扱ったことがない部分がふたつほど必要になってきますので,先にそちらの方を考えておくことにします。まずは第一部定理三五です。
 「神の力の中に在ると我々の考えるすべての物は必然的に存する」。
 この定理の意味を把握する場合に注意しておくべきことはふたつです。ひとつはここで力といわれているものは,たとえば権力ということばで説明されるような類の力ではなく,むしろ能力ということばで説明されるような類の力であるということです。そしてもうひとつは,ここで考えるといわれているのは,スピノザが認識の種類として知覚と概念を厳密に区分する場合の,概念に妥当するということです。
 証明は容易です。まず第一部定理一一により,神の本性は神自身の原因です。次に第一部定理一六により,神の本性はすべてのものの原因でもあります。したがってこの限りおいて,神の力というものと神の本性というものは,実は同一のものであるということが理解できます。いい換えれば,もしも僕たちがあるものが神の力の中に存在するということを十全に概念するとするならば,それは神の本性から必然的に生起するということ,あるいはそのような仕方で必然的に生起するように神の本性のうちに含まれているということを十全に概念しているのと同じであるということになります。しかるに,第一部定義六によって神は実体であり,そのゆえに第一部定理七によって,神の本性には神の存在というのが属しているのです。よってあるものが生起するように神の本性のうちに含まれているとするなら,こうしたものの存在もまた神の本性のうちに属しているということになります。よって神の力の中に存在すると十全に概念されるあらゆるものは,必然的に存在するということになります。
コメント

ユニバーサル杯女流名人位戦&部分的原因の場合

2012-01-22 18:51:33 | 将棋
 恒例ともいえる千葉県野田市の関根名人記念館での対局となった第38期女流名人位戦五番勝負第二局。
 清水市代女流六段の先手で里見香奈女流名人の中飛車。後手が端から一旦は仕掛け,再び駒組に戻るという将棋でしたが,最初の端攻めを逆用するような形で先手が飛車を成り込みましたので,中盤は先手が押していたのではないかと思います。後手も反撃含みに大きな差をつけられることはなく戦いが続きました。
                         
 ここは▲5二香成と取ってしまいたくなるのですが,解説だと少し損なのだそうです。実戦も▲6五同香。後手は△5五飛と食いちぎり▲同銀△同角。ここは▲6一香成と攻め合う手と▲6六銀打と手堅く受ける手の両方が有力で,後者が指されたのですが,結果的にはそれが敗着となってしまったようです。△5六歩▲5五銀△5七歩成としてから▲6一香成。
                         
 と金は作られたもののさらに角を手持ちにし,詰めろで香車が成りましたから,単に攻め合うよりも一旦は受けに回っておいた方が先手は得をしたかのように思えます。ところがここから△6七銀▲8八玉△7八金▲9八玉△9七香▲同玉△8八角▲9八玉△5五角成と,王手を掛けながら最後に詰めろ逃れの詰めろという返し技があり,後手の勝ちになっていました。
                         
 ここまで進んでは先手も修正はできません。鮮やかな逆転勝ちで里見名人が1勝1敗のタイに追いつきました。第三局は来月5日です。

 次に,対象ideatumの中に起こることの観念に対して,対象の観念が部分的原因にすぎないという場合です。僕の理解では,少なくともスピノザは,こうしたケースが生じ得るということを否定することは困難であるように思えます。ここでは具体的に人間について例示しますが,このときに第二部定理一三でいわれていること,すなわち人間の精神という観念の対象は,その人間の身体であるということに注意しておいてください。
 人間の身体の中にある運動ないしは静止が生じるときに,この観念に対して対象の観念すなわちこの人間の精神が十全な原因であるとするなら,平行論からの帰結として,この運動ないしは静止に対しては,その人間の身体が十全な原因であるということでなければなりません。しかしこれを主張することは僕には,少なくとも一般的に考えて,無理があると思えます。というのは,人間の身体というのは物体であり,したがってその各部分も物体であるということになります。そこで人間の身体を構成するある部分が何らかの運動をするということは,この人間の身体の中である運動が生じていると考えるのが普通の理解だと思うのです。
 しかるにこの運動は,第二部自然学②公理一により,その部分の本性のみから生じるのではなく,それを運動に導くほかの物体の本性とともに生じます。このときに,そのほかの物体というのを,この人間の身体を構成していない,いい換えればこの人間の身体の外部の物体であると考えることは,第二部自然学②要請三から無理なことではありません。するとこの場合には,この人間の身体はその中で生じている運動に対して,部分的原因にすぎないということになります。つまり平行論的帰結として,対象の中に起こることの観念に対しても,対象の観念が部分的原因であるということにならなければなりません。
 たとえば第二部定理一七というのは,こうした場合を示しているとしか僕には思えないのです。もっともこれは外部の物体の表象ですから,むしろ自分の身体の表象を示す第二部定理一九の方がこの場合にはさらによいかもしれません。いずれにしてもこうした理由で,僕はこの場合も生じ得るということを,スピノザが否定することは難しいだろうと考えます。
コメント

長州力&分節の有効性

2012-01-20 18:39:15 | NOAH
 ジャパンプロレスとの対抗戦時代に,僕が全日本プロレスから少し離れてしまった理由のひとつに,ジャパンプロレスのリーダーが長州力だったということは,確かに影響していたように思います。僕は長州が素晴らしいプロレスラーであるということはいっかな否定しません。ただ僕は,長州のプロレスには馴染めなかったというか,いまひとつ納得がいかない部分があったのです。
 長州というのはヘビー級としてはそうも大きなレスラーではありません。もっとも,僕は必ずしもプロレスラーは大きくなければならないと考えているわけではないです。三沢なども大型とはいえませんが,最良の時代には僕は全日本に回帰していますから,長州の身体が大きくなかったということだけが僕にとっての問題であったわけではないのです。
 僕が納得できなかったのは,長州がラリアートをフィニッシュホールドにしていた点でした。長州は全日本に登場する以前,新日本では基本的に藤波をターゲットにして戦っていました。藤波もまたそうも大きなレスラーではありませんから,仮に長州がラリアートで3カウントを奪ったとしても,そんなに違和感はありません。ただ,全日本で自分より明らかに大きなレスラーと戦うようになった場合には,どうもすっきりしないものが僕にはあったのです。もちろんこれはとくに全日本時代に限った話ではなく,新日本にUターンした長州が,たとえばスコット・ノートンを相手にラリアートで勝つというような場合にも,僕にはいまひとつ釈然としないような気持ちがありました。この当時の長州が戦っていた鶴田や天龍は長州より大きかったですし,全日本には大型の外国人レスラーも揃っていましたから,とくにそういう部分が顕著になって僕に表れたということはあるかもしれません。
 三沢も大きなレスラーではありませんが,三沢がエルボーでハンセンに勝ったとしても,僕は納得できたのです。つまり三沢のエルボーに感じられるようなものを,僕は長州のラリアートにはなぜか感じ取ることができなかったのです。

 まずは,第二部定理九系で,対象ideatumの中に起こることの観念の原因がその対象の観念であるという意味を含んでいなければならないというとき,この原因を十全な原因と部分的原因とに分節することが,それ自体で意味を有するのかどうかということを確認しておくことにします。というのは,もしもこうした場合にはこの原因は必然的に十全な原因であるとか,逆に必然的に部分的原因であるということであるなら,そもそもこうした分節をすることによって何事かを探求するということ自体が,その有効性を失するということになるであろうからです。逆にいえば,スピノザが第二部定理九系で示している事柄が,対象の観念が十全な原因となって生じる場合もあるし,部分的原因となって生じる場合もあるということが示せれば,この課題は克服できるということになります。
 まず第一に,対象の観念が対象の中に起こることに対して十全な原因であるという場合ですが,これは僕はそれ自体で生じ得ると考えなければならないと思います。前回の考察において,人間の精神のうちで,思惟作用として半円の回転が生じることによって球の十全な観念が発生するということを示しました。そこである人間がこうした思惟作用をなすときは,この思惟作用はこの人間の精神のうちで生じているのであり,そしてこの人間の精神だけがこの思惟作用の原因を構成するということは明白でしょう。いい換えれば人間の精神という観念が,この観念の中で生じていることの十全な原因となっているのです。
 厳密にいうならこれは理性の有についての説明であって,観念,とくに第二部定理九系のように,その対象と関連付けられるような観念についての説明ではないということは僕も認めます。しかし重要なのは,こうした思惟作用だけがその人間の精神の能動を意味するということです。したがって,対象の中に起こることの観念に対して,その対象の観念が十全な原因を構成するということはないと主張するならば,それはその対象の観念は,その観念のうちに生じるすべての思惟作用に対して能動的であるということは不可能であると主張しているに等しくなります。しかしこの主張はそれ自体で不条理であり,よって対象の観念が十全な原因の場合は生じると考えます。
コメント

TCK女王盃&系との関係

2012-01-18 19:33:44 | 地方競馬
 川崎,船橋に続いて今週からは大井競馬が開幕。今日は第15回TCK女王盃
 好発からまずはカラフルデイズが先頭に。逆に発馬が悪かったプレシャスジェムズは押してこれを外から交わしていっての逃げに。カラフルデイズが2番手に控え,3番手にはウェディングフジコ。その後ろのインにハルサンサン。最初の800mは51秒8でこれは超スローペース。
 ペースのわりには道中で動く馬はなく,前4頭の順位は変わらずに直線に。逃げ粘るプレシャスジェムズの外にカラフルデイズでその外にウェディングフジコ。そして直線だけ大外に持ち出したのがハルサンサンでこの4頭の競馬。一旦は抜け出したのがカラフルデイズでしたが,一番外のハルサンサンが少しずつ迫り,ほぼ並んだところがゴール。頭差だけ差し切っていたハルサンサンの優勝でカラフルデイズが2着。プレシャスジェムズがウェディングフジコをハナ差だけ凌いで3着。
 優勝したハルサンサンは昨年7月以来の5勝目で重賞初勝利。南関東重賞でも2着は2回あったものの未勝利でしたからそれだけでいえば金星。ただ,カラフルデイズとの比較ではそんなに大きな力量差はない筈で,斤量も1キロですが軽かったですから,勝ってもおかしくないだけの馬ではあったと思います。父はサウスヴィグラスで,もっと長い距離でも一定の結果は出していますが,本当はもっと短くてもよい馬と思え,超スローの決め手比べとなったのは向いたと思いますし,道中はロスなくインを回り,直線だけ外に出した鞍上の手綱捌きも見事だったと思います。明治から続く在来血統の馬で,ブルードメアサイアーのワカオライデンはこの馬の4代母の弟でもあります。
 騎乗した川崎の今野忠成騎手は南関東重賞だと昨年の9月に東京記念を勝っていて,第13回以来のTCK女王盃2勝目。管理している船橋の佐藤賢二調教師にとっては初勝利でした。

 まず最初に,今回の考察の主旨とはあまり関係がない事柄ではあるのですが,第二部定理九をテーマとして設定したならば,避けて通ることはできないいくつかの問題がありますので,まずそちらの方から先に僕の考え方を示しておくことにします。
 この第二部定理九には系がひとつついています。『エチカ』における系というのは,基本的に定理からの必然的な帰結事項という立場です。このことは,『エチカ』の中には多数の系があるのですが,そのうちのいくつかの系についてはスピノザが証明を付していないということから明らかだといえると思います。おそらくスピノザは,系は定理から必然的に帰結するのだから,定理さえ証明すれば,系に関してはそれ以上の証明は不要であると考えていたと思われるからです。
 しかし,これはすでに僕の立場として幾度となく明らかにしてきたことですが,僕はこの第二部定理九系に関しては,それが第二部定理九から必然的に帰結するということにはいくらかの疑義があります。まずそのことを改めて説明しておきましょう。
 もしも第二部定理九系が第二部定理九から必然的に帰結するのであるとすれば,ある観念の対象ideatumの中に起こることの観念の原因は,その対象の観念であるということでなければならないと僕は考えます。これはたぶん第二部定理九と第二部定理九系とを読み比べたなら,必然的に出てくる事柄であり,反論の余地はないものと思われます。
 ところで,スピノザの哲学において原因というのは,いくつかの仕方で分節されるのですが,第三部定義一においては,それが十全な原因causa adaequataと部分的原因causa inadaequataとに分節されています。各々の訳語は岩波文庫版とこのブログとで異なっていますが,これはただそのラテン語をどう日本語に翻訳するかという相違ですので問題とはなりません。
 このときこの第三部定義一における原因の分節,すなわちそれが十全な原因であるのかそれとも部分的原因であるのかということをまったく考慮に入れなくてもよいのであるならば,僕は確かにおそらくスピノザがそう考えていたのであろう通り,第二部定理九系が第二部定理九から必然的に帰結するということを認めます。
コメント

東日本大震災被災地支援大宮記念&第二部定理九

2012-01-17 18:42:07 | 競輪
 グランプリ覇者の新年初出走となった大宮記念の決勝。並びは平原-斉藤の東日本,岩本ー渡辺の南関東,村上ー山口-富永の近畿中部,松岡-柏野の西国。
 前受けが岩本,3番手に村上,6番手に平原,8番手に松岡という周回だったようです。松岡から上昇して打鐘前のバックで岩本を叩いて先頭に。このラインに続いたのが平原で,打鐘で引いた村上が巻き返して前に出ると,その外をさらに岩本が叩いて先行。結局,周回中と同じ隊列で一列棒状に。バックから平原の発進に合わせるように村上も発車。山口が外を並走していた平原に極められ,村上の後ろに平原となり捲りきりました。平原は直線の伸びが悪く,むしろ迫ったのは外を捲り追い込んだ松岡でしたが,僅かに凌いで村上の優勝。松岡が2着で続いた柏野も平原を交わして3着。
 優勝した京都の村上義弘選手は11月の四日市記念に続いて記念競輪23勝目。このレースは近況と実績を考えると最も優勝に近いとは思っていましたが,500バンクは難しいところもあります。うまく立ち回って岩本の3番手を確保したのが最大の勝因でしょう。後ろをそれほど待たずにバックから捲っていったのも,いかにもらしいレースであったと思います。
                         

 前々回は『エチカ』における属性をどのように考えるべきかを考察するために第一部定義四をテーマとしました。前回はスピノザの哲学における能動受動ということを僕がどのように考えているのかを明示するために第三部定義二をテーマに設定しました。属性について考えることと,能動および受動について考えることは,それ自体でみれば別の事柄に関する考察です。しかしこのブログにおいて,これらふたつの間にはある関連性がありました。すなわち,属性について考え,その最終的な結論を導き出す段階において,スピノザの哲学における能動と受動をどのように考えるべきなのかということが,いわば別の問題として派生してきたのであったからです。
 そこで今回も,こうした関連性ないしは継続性を重視することにします。前回の能動と受動に関する考察の最後の部分において,僕は,ある人間が何らかの思惟作用をなすというときに,その思惟作用が能動的な作用であるのか受動的な作用であるのかということは,スピノザにとっては哲学の実践という側面から非常に重要であったと思われることを示唆しました。一方で,人間の精神が,というよりもこれは人間に限らずあらゆる精神がといってもいいのですが,思惟作用をなすときに,その作用自体がそれをなす精神のうちで自己完結しているのか否かということは,スピノザにとってはさほど重要ではなかったのではないかと主張しました。それはそもそもスピノザが,精神が事物を認識するという作用自体を,どのように考えていたのかということと関係していると僕は考えています。そこで今回はその僕の考えを詳述します。そしてこれについてはいろいろな角度からテーマを設定することが可能だと思うのですが,ここでは後に明らかにしていくであろう意図を含め,第二部定理九を中心に考察することとします。
 「現実に存在する個物の観念は,神が無限である限りにおいてではなく神が現実に存在する他の個物の観念に変状した[発現した]と見られる限りにおいて神を原因とし,この観念もまた神が他の第三の観念に変状した限りにおいて神を原因とする,このようにして無限に進む」。
 発現したという部分は,岩波文庫版の訳者である畠中尚志による補足です。
                                          
                         
コメント

ユニバーサル杯女流名人位戦&年末

2012-01-15 18:52:29 | 将棋
 里見香奈女流名人にとっては,入品後の初のタイトル戦となる第38期女流名人位戦五番勝負第一局。対戦成績は里見名人が12勝,清水市代女流六段が9勝。
 振駒で先手は里見名人。オーソドックスな四間飛車に。細かいやり取りはあったものの後手が天守閣美濃から銀冠,先手が高美濃の持久戦に。
                         
 ここで先手が▲2五歩と仕掛けていきました。△同歩▲1五歩△同歩と堂々と対応。▲2五桂に△2二銀と引き,▲6五歩にも△5三角と撤退。しかしこれには狙いがあったようです。▲6八飛に△6六歩と手筋の焦点の歩を放ち,▲同角でしたので△8六飛。先手は▲8八歩と受けました。
                         
 ここで△2四歩。▲1三歩△同桂▲同桂成△同玉と桂交換を強要し,▲6四歩と伸ばしたのに△1六桂と打っていきました。
                         
 結果的にこの攻めが厳しく,ここでは後手が優位に立っていたようです。つまり先手の仕掛けにはやや無理があったということでしょう。将棋もこのまま後手が押し切りました。
 清水女流六段が先勝。第二局は来週の日曜日です。

 この後,年末はとくに重大な出来事も発生することなく,穏やかに新年を迎えることができました。もう年も改まって半月ほどが経過していますから,その間にはここに記しておいた方がよいと思われることもありましたが,きりもいいですからそれは次回の糖尿病共生記の方に譲ることとして,今回は2011年末までで終了ということにします。
 最後に一点だけそのときのためにも,僕の血糖値の推移について書きとめておきます。これは12月20日頃から始まったのですが,血糖値があまり上がらなくなったのです。というよりもむしろ,低血糖を発症しているというケースの方が,血糖値が正常とされる値よりも高くなっているというケースよりも多く見受けられるようになりました。ここを境に生活の状況に何らかの変化があったというわけではありませんから,どうしてそういうことになったのかは把握しかねます。この傾向は年が明けて1月3日くらいまでははっきりとした形で継続し,現在はまたほぼそれ以前と同じような状況へと戻っています。
 前にもいいましたが,僕の血糖値の推移には明らかにバイオリズムのようなものがあるとしか考えられず,低血糖にまで至ってしまうかどうかはともかく,わりと高くならない時期というのが一定の期間は継続するということはそれ以前にもありました。なのでこの傾向が始まった当初のクリスマスの時期には,またそうした期間に突入したのだと思っていたのですが,今回は明らかにその期間が長く,しかも血糖値は明らかに低くなりすぎていると僕にも思えましたから,これははっきりとした異変であったと思います。計測すれば200㎎/㎗を超えるということも,とくに就寝前ですとそれほど珍しいことではないのですが,この時期は100㎎/㎗を超えることすらむしろ少なくなっていたからです。今月は26日の木曜日に通院が予定されていますので,そのときの診察で,М先生の方から何らかの話があるのではないかと思います。
 ということで今回の糖尿病共生記はここまでで終了。次回からはまた『エチカ』について考えていくこととし,そのテーマが終了しましたら,今年以降の出来事を綴っていくということにします。
コメント

表彰選手&妹の体調不良

2012-01-14 19:17:05 | 競輪
 2011年の競輪の表彰選手は12日に発表されました。
 МVPは岐阜の山口幸二選手。競輪グランプリで優勝したのみ。それが大きく獲得賞金こそ1位でしたが,競走得点や勝率はさほど高いというわけではなく,個人的にはやや意外な選出という気もしました。1998年に優秀選手賞と特別敢闘選手賞に選出されて以来の2度めの受賞。
                         
 優秀選手賞は3人。まずは三重の浅井康太選手寛仁親王牌オールスター競輪でビッグ2勝。賞金,得点,勝率,連対率のすべての部門でベスト10に入っていて,それだけ安定していたということ。ワールドカップのケイリンで銅メダルも獲得し,国際賞にも選出されています。初受賞。
 ふたりめは京都の村上義弘選手。日本選手権優勝。高松,豊橋,四日市と記念競輪は3勝。賞金と得点は2位でした。2002年,2003年,2010年に優秀選手賞を受賞していて,2年連続4度め。
                         
 最後が愛知の深谷知広選手高松宮記念杯を制し,立川一宮で記念競輪2勝。こちらもすべての部門でベスト10入りを果たしました。2010年は優秀新人選手賞で2年連続2度め。おそらく常連になるでしょう。特別賞を合わせて受賞しています。
                         
 優秀新人選手賞は静岡の柴田竜史選手。ヤンググランプリの優勝が決め手となりましたが,賞金だけでなく得点もこのカテゴリーの中ではトップでした。もちろん初受賞。
 特別敢闘選手は茨城の武田豊樹選手。東王座戦春一番でビッグは2勝。和歌山大垣で記念競輪を制し,岸和田の被災地支援競輪も優勝。得点と連対率は1位で,年間を通じて最も強かった選手といっていいのではないかと思います。2004年に優秀新人選手賞,2005年と2009年に優秀選手賞,2010年が特別敢闘選手賞で3年連続5度め。
                         

 伯母がロサンゼルスに緊急帰国した12月23日は祝日。ですから妹の作業所も休みでした。そこで概ね月に1度の割合で利用することになったガイドヘルパーをこの月はこの日に依頼。予定通りに午前中は映画を鑑賞し,レストランで昼食を摂ったらしいのですが,その後で妹が気分を害して嘔吐したとのことで,そのまま帰宅しました。祝日でしたが,僕はこの日は仕事があって,東京都大田区の池上まで行っていまして,家に戻ったのは午後4時前くらい。すでに妹は家に帰っていたわけですが,寝室のベッドで横になっていました。
 僕は入院することになった前日,2008年の大晦日嘔吐しましたが,記憶の中ではそれが人生において2度めの嘔吐。その後は1度もしていません。つまり僕は滅多に吐くということはありません。しかし妹の場合はこれとは逆で,おそらく体質の問題があるのでしょうが,ちょっと体調を崩してしまうと途端に嘔吐してしまうというタイプでした。したがってそれまでにもこうした症状というのを見せたことはあり,嘔吐したといってもそんなに心配しなければならないというわけではありません。妹はどちらかといえば大食漢で,この日の夕食は普段と比べれば少なめではありましたが,食べるには食べました。このことからもこのときの妹の状態というのが,そこまで深刻に考えなければならないものではなかったということはお分かりいただけるかと思います。ただ,この食後にまた嘔吐してしまい,結局この日はそのまま寝てしまいました。
 この後,24日と25日は土日でやはり作業所は休み。僕もこの両日は午後はずっと家にいましたから妹の様子もそれなりに注意深く窺うことができました。その見た目だけでいえば,少なくとも24日の午後にはそれ以前と変わらないだけの状態を取り戻していました。ただ,以前には嘔吐したということがあっても,久しぶりのことでありましたし,妹自身にはそれに対する不安があったようで,作業所で吐いてしまったらどうしようということを心配していました。そうした意志もありましたので,26日の月曜日は作業所を休ませ,27日から再び通い出しました。といっても,28日が年内最後の出勤日でしたが。
コメント

NARグランプリ&緊急帰国

2012-01-13 19:14:47 | 地方競馬
 2011年のNARグランプリが11日に発表されました。今回からカテゴリーに変更があり,最優秀牝馬が廃止された代わりに,各世代別に牡馬と牝馬が選出されることになりました。
 年度代表馬は船橋のフリオーソ川崎記念かしわ記念で大レース2勝ですから文句なし。2006年最優秀2歳馬,2007年年度代表馬,2008年年度代表馬,2009年最優秀4歳以上馬,2010年年度代表馬で,実に6年連続となる受賞で史上空前の4度目の年度代表馬。長きにわたってトップクラスで活躍を続けるこの馬や関係者は立派ですが,続く馬が育っていないというのも現在の地方競馬の弱みかもしれません。部門別では4歳以上最優秀牡馬。
 2歳最優秀牡馬は北海道のゴールドメダル。実績的には北海道でイノセントカップを勝っただけ。この世代は重賞の勝ち馬が不在で,全日本2歳優駿で4着になったのが評価の対象となりました。現在は大井に転入しています。
 2歳最優秀牝馬は大井のエンジェルツイート。北海道時代に遠征して平和賞を勝ち,大井に移籍して東京2歳優駿牝馬も優勝。東京2歳優駿牝馬は地方競馬の女王決定戦という位置付けになりましたから当然の受賞でしょう。
 3歳最優秀牡馬は兵庫のオオエライジン。2歳時から兵庫ダービーまで7連勝。大井で黒潮盃,笠松で岐阜金賞も勝ち,地元に戻って連勝を10まで伸ばしました。年末の重賞初挑戦でついに3着と土がつきましたが,この馬も当然の受賞。今年は重賞を勝てるだろうと思います。
 3歳最優秀牝馬は船橋のクラーベセクレタ。昨年の初戦となったユングフラウ賞を優勝すると京浜盃,羽田盃,東京ダービーまで4連勝。秋はロジータ記念を圧勝した後,クイーン賞で重賞も制覇。この馬も当然の受賞です。
 4歳以上最優秀牝馬は笠松のラブミーチャン。名古屋の名古屋でら馬スプリント,船橋の習志野きらっとスプリント,佐賀のオッズパークグランプリの3勝。勝てはしなかったものの重賞でも2着1回,3着2回ですからこの馬も当然。特筆すべきは遠征の多さでしょう。2009年年度代表馬。
 最優秀短距離馬は船橋のナイキマドリード。この馬もさきたま杯で重賞制覇を達成していますので文句なし。暮れにはゴールドカップも制しました。2010年最優秀短距離馬。
 最優秀ターフ馬は該当馬がなく,ばんえいは割愛します。
 ダートグレード競走特別賞はJRAのスマートファルコン。地方競馬場のみで走り,ダイオライト記念,帝王賞,日本テレビ盃,JBCクラシック,東京大賞典と全勝。これは地方競馬での実績が重視されるべきで,きわめて当然の選出でしょう。2010年ダートグレード競走特別賞。

 この日の母の通院で僕が最も気にしていたのは,降圧剤の中止という処置がさらに継続されるのか,それともまた処方されることになるのかという点でした。僕はこの時期の母の血圧の変動については聞いていなかったのですが,それ以前の言い分では,血圧と気温とは一定の比例関係があって,気温が低くなるほど血圧は高くなりがちとのことでした。12月に入って気温は一段と低下していましたから,母の言うことが正しいのであれば,血圧はさらに高くなっているということは十分に考えられました。さらに肺の影が発見されたときの健康診断の結果では,血圧に関しても経過観察という結果が出ていたからです。しかし,この日の診察でも血圧降下剤が処方されるということはありませんでした。診察の前には検査があり,母の場合には血圧も計測していると思いますが,仮にそれが高めであったとしても,とくに薬を飲んで下げなければならないような数値にまでは至っていないと主治医が判断したのだろうと思います。一方,出血があった脳の方の予後は順調であったようで,次回の診察はまた間隔を広げて,3ヶ月後でよいということになりました。
 翌日となる23日。伯母がロサンゼルスに帰国しました。祖母の死に伴う緊急の来日でしたが,死後の遺品の整理などもありますから,本当は28日に帰国する予定で,その日の飛行機のチケットも事前に取得していたのです。それをなぜこの日に早めたのかといいますと,伯母の夫の母,つまり伯母からみますと姑ということになりますが,健康を害して入院してしまったからでした。その連絡がありましたので,急いで早めのチケットを取り,この日の帰国となったわけです。したがって今回は緊急に来日し,また緊急に帰国するという,何とも大変な日程となってしまいました。
 この姑ですが,僕はロサンゼルスには行ったことがありませんから会ったことはありません。ただ,母と妹は何度か渡米していますので,会っています。最後に会ったのはが入院する直前に渡米したときということになります。年齢的には死んだ祖母よりさらに年上,もう98歳ということですので,連絡では心配はないという話だったようですが,さすがに何があるか分かりません。そういったことを考慮しての帰国だったのです。
コメント

東日本大震災被災地支援和歌山記念&予約の変更

2012-01-12 18:32:28 | 競輪
 今年からS級S班は年末のグランプリに乗った9人のみとなったのですが,そのうちの3人が出走してきた和歌山記念は昨日が決勝でした。並びは武田-五十嵐の東日本,浅井-山田ー有賀の中部,市田-東口ー西岡の近畿で佐々木が単騎。
 スタートは浅井が取ったものの東口を前に入れて市田の前受け。浅井が4番手,武田が7番手,最後尾に佐々木で周回。まず武田が上昇。浅井が引いて,4番手に武田。さらに打鐘前のバックで市田を叩いて先頭。ここから浅井が巻き返して先行に。武田が3番手を狙うような展開になりましたが有賀が死守。結果的に武田は内に詰まり,市田が外を捲りましたがこれはあまり出て行かず,番手の東口がさらに自力発進。これを直線入口の手前で山田が牽制し,そのまま山田が踏み込むと,後ろの追撃を抑えて優勝。直線に入ってからようやく抜け出した武田はかなり迫りましたが惜しくも2着。3着は有賀。
 優勝した岐阜の山田裕仁選手は昨年,一昨年とグレードレースの制覇がなく,2009年暮れのSSカップみのりで優勝して以来となる実に久々の優勝。記念競輪はその年5月の平塚記念以来で通算では59勝目。記念や特別で結果を残せていなかったのは,FⅠの配分が多くなっていたこともひとつの原因。FⅠでは優勝を連発しているように,極端に力が衰退しているというわけではありませんから,またどこかで記念競輪を制覇するということもあるのではないかと思います。あとひとつで60勝ですから,それは何とか達成してほしいものです。

 翌週の木曜日,12月22日は母の磯子中央病院の脳外科の診察でした。といってもこれは予約が入っていたというわけではありません。予約はこの前の週の木曜,15日であったのですが,この日が祖母の葬儀と重なってしまったために行くことが不可能になり,1週だけ遅らせたのです。僕は父が緩和ケア病棟に入院している間に糖尿病の定期検診があり,そのためにインスリンのことで心配事を抱えていました。実際にはその通院のときには父はまだ生存していましたから心配自体は杞憂であったわけです。ただ,そのときのように,何らかの薬を処方してもらっている患者というのは,こういう場合にはその薬の数が足りなくなってしまうという可能性はあるわけです。ただ母の場合は夏,現時点からみれば昨年の夏ということになりますが,降圧剤の中止という処置がなされ,その後は薬を処方されることなくきていましたので,この方面での問題は何も発生しませんでした。
 みなと赤十字病院の場合,このように予約が入れてある日に何らかの事情で行かれなくなってしまったという場合,事前に電話で連絡を入れ,別の日に予約を入れることになります。僕は幸いにもまだそうしたケースには遭遇していませんが,妹の歯科についてはそうしたことがあり,予約の変更をしたことがありました。祖母の葬儀を15日に営むということは事前に分かっていたことですから,母は同じように磯子中央病院に電話を入れ,予約の変更を申し込んだのです。ところが磯子中央病院では,予め決定されている診察の予約に関しては変更ができませんでした。その代わり,担当の医師が外来の診察にあたっている日であれば,初診という形でいつでも診察が可能ということ。母の主治医は月曜と木曜が外来の診察日でしたので,22日に行くということに決めたようです。
 木曜は妹の新たなる支援である家までの迎えがありませんから,こういった日は大抵は僕が送っていたのですが,この日は予約を入れているというわけではない,つまり診察時間が決まっているというわけではありませんでした。なので母が妹を作業所まで連れて行き,そのまま磯子中央病院に向うということになりました。
コメント

船橋記念&歯科検診

2012-01-11 19:22:12 | 地方競馬
 月曜にJRAの開催があった影響で昨日が開幕となった今年の船橋競馬。この開催のメーンは第56回船橋記念。坂井英光騎手が病気でスパロービートは森泰斗騎手に騎乗変更。
 バトルファイターが飛び出しましたが先手を奪ったのは外からグリッターアイス。内から激しく追っていったギオンゴールドとバトルファイターが2番手で追走。スパロービート,ダイワディライトが続き,ダイワシークレットの後ろにナイキマドリード。最初の400mが23秒1で,この距離のレースとしてはかなりのハイペースであったと思います。
 2番手の外を追走していたバトルファイターは手応えに余裕があり,直線では満を持したように抜け出しました。これで勝負ありと思われたのですが,馬場の中ほどをナイキマドリードが伸びてきて,わりとあっさりと交わすと最後は2馬身の差をつけての快勝。2着争いが微妙になりましたが,一旦は抜け出したバトルファイターがセントラルコーストの追撃を凌ぎました。
 優勝したナイキマドリードは暮れのゴールドカップからの連勝で南関東重賞は3勝目。重賞の勝ち馬ですから力量は最上位。距離が短縮されるのがどうかと思われましたが,結果的には問題ありませんでした。前半がかなり速くなったのは,底力上位のこの馬には好都合であったと思います。ただやはり適距離はもう少し長いところにあるとは思います。
 騎乗した船橋の川島正太郎騎手は一昨年の暮れにこの馬でオーバルスプリントを勝って以来の南関東重賞3勝目。管理している父の川島正行調教師は第43回,44回,51回,52回に続く船橋記念5勝目。

 祖母の葬儀の翌日,12月16日の金曜も午前は予定が空白になっていましたので,I歯科に定期検診に行きました。前回の定期検診で虫歯が発見され,虫歯治療のために1日だけですが通いました。なのでそのことに関してまた何か話があるかもしれないと思っていたのですが,何も言われることはありませんでした。治療はI先生自身の手によってなされたものであり,いくら患者の数が多いとしてもカルテがあるわけですから,さすがにそのことを忘れていたということはないだろうと思います。したがって何も言われなかったということは,とくに問題は発生していないということなのだろうと解釈しています。
 ですからこの日はクリーニングだけ。このクリーニングというのは施す手順に決まりがあります。まずやや強めの水流が出る器械を用いてのクリーニング。続いてこれだけでは落とすことができなかった汚れを,人の手で,金属製の器具を用いて落とします。その後でローラーのような器械を使って歯の表面を磨きます。そして最後に,これはどんな成分のものであるのか分かりませんが,薬品を塗ります。これが定まった一連の手順で,この作業はほとんどの場合はI先生ではなく歯科助手が行います。
 それからこの日は,ひとつ注意を受けました。これはとくに右上の歯に顕著であったようですが,歯の表面の組織が薄くなってきているようなのです。これは病気ということではないのですが,薄くなると冷たいものなどが沁みることがあるとのこと。実際に冷水でうがいなどをするときに,我慢できないというほどではないのですが,歯に沁みるという感覚はなかったわけではありません。原因として考えられることはふたつで,ひとつは歯磨きをするときに力を入れすぎているということで,もうひとつは歯を磨くときに使っている歯ブラシが硬すぎるということだそうです。
 歯磨きのときに力を入れすぎるのは逆効果だということは僕は以前から知っていましたから,そうならないように注意していました。ただ,歯ブラシに関しては毛先が硬いものの方が僕の好みでしたから,そうしたタイプを選んで使用していました。ですから僕の場合には,歯ブラシの方がこの問題の原因となっていたのだと思います。
コメント

王将戦&繰り上げ初七日

2012-01-09 18:55:41 | 将棋
 静岡県掛川市で開幕となった第61期王将戦七番勝負第一局。対戦成績は久保利明王将が21勝,佐藤康光九段が22勝。
 掛川市長の振駒で佐藤九段の先手。久保王将のごきげん中飛車に③▲4八銀。後手が序盤の早い段階で類例の少ない手を指したところ先手が最も激しいと思われる手段で応戦し,乱戦となりました。
                              
 これは封じ手の局面。先手玉が妙な所に鎮座しているのは,歩得を生かすために歩を守ったため。封じ手は角を追う△4四歩で▲1八角と最も下まで引きました。後手は玉頭を狙って△6五角。先手は直接は受けずに▲7七銀と上がり,△5六飛に▲6八玉と逃げました。そこで△3三歩と打ち,▲2三銀成△同金▲2四歩△1四金と進展。
                              
 ここは後手の銀得となってさすがにいいだろうと思えるのですが,そうでもなかったよう。後手にとくに変な手があったとも思えないのですが,終ってみれば先手が差をつける形で勝ちました。なんだか狐につままれたような気がしますが,佐藤九段の腕力の強さが光った一局だったと思います。
 佐藤九段の先勝。第二局は26日と27日です。

 大抵の場合,初七日の法要というのは葬儀の当日に済ませてしまうものではないかと思います。その場合,火葬の後で遺骨を自宅ないしは寺に持ち帰り,営むというのが典型的なパターン。父のときもK伯母のときもこれは同様で,共に寺で葬儀当日に初七日法要も営みました。しかしこの日はそうではありませんでした。そもそも寺の所在地が平塚市内でしたから,火葬の後でそこまで行くというのは大変。したがってもしもこのパターンを選択するとすれば,アパートに遺骨を持ち帰って営むということになるでしょうが,この場合は住職の方に過度の負担を掛けてしまうことになります。もちろんそれは住職としての仕事といえば仕事には違いないでしょうが,わざわざそうせずとも済む方法があるなら,それに越したことはありません。というわけで,葬儀を営んだ直後,まだ火葬を行う前の段階で,南部斎場の式場で引き続いて繰り上げ初七日の法要も済ませました。僕は葬儀には何度か出席したことがありますが,いずれの場合にも前述したどちらか,つまり場所が自宅であるか寺であるかの相違があっただけでした。したがってこのパターンの初七日の法要は初体験でした。
 火葬が11時から。その間に別室で少し早目の昼食。そして遺骨を拾い終えましたら,先に初七日の法要を営んであったわけですから,この日に予定されていたすべての儀式が終了。そこで住職と別れ,僕たち5人,つまり母と叔父と伯母,そして僕と妹の5人はレンタカーで帰りました。少し遠回りにはなりますが,ずっとお世話になっていた本牧ホームの前を経由しました。家に戻ったのが午後1時過ぎですから,葬儀としては異例なほど早くに終了したといっていいのではないかと思います。時間があればこの日は午後にひとつ仕事をしておきたいと思っていたのですが,この時間ですから何の問題もなく,というよりもむしろ時間的には余裕があるくらいでした。
 仏壇がアパートにありますので,遺骨もアパートの方で管理しています。四九日法要のときに納骨するということもすでに決まっていて,これは今月の28日の予定。祖父の遺骨が納められている墓が大和市内にありますので,当然ながらそこに納骨するということになります。
コメント