スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

アルパカル&第三部定理三九

2018-02-26 19:01:05 | 哲学
 『スピノザ―ナ15号』の高木久夫の論文では,『神学・政治論Tractatus Theologico-Politicus』の中にはある捏造が含まれていると指摘されています。これはスピノザが第十五章の冒頭で,聖書に理性ratioが従うべきだと主張する懐疑論者scepticiと,逆に聖書が理性に従うべきだと主張する独断論者dogmaticiの双方を批判していることと関連します。高木の論文を読む限り,確かにある種の捏造があったとするのは事実だと僕は考えます。しかしそれより先に,それと関連した別の事項について,高木の論文だけでは分からないことがありますので,これを解説しておきます。
                                     
 スピノザは『神学・政治論』の中で,独断論者の代表としてマイモニデスMoses Ben Maimonidesをあげています。そしてマイモニデスの論旨については,第七章で詳しく批判しています。こちらの方は問題ありません。これに対して懐疑論者としてはAlpakharという人物をあげています。
 このAlpakharというのはラテン語名なのですが,アラビア語名をラテン語に翻訳するとき,この訳名は違和感があると高木は唱えています。なので高木は,『神学・政治論』に忠実に訳すならこの名前はアルパカールということになるけれども,論文の中ではアルファカールというべきだと主張しています。つまり捏造以前の段階で,一種の誤訳があったとみているわけです。
 ただ,この高木の主張は正当であるといいきれない面があるのです。僕が使用している『神学・政治論』は光文社版で,訳者である吉田量彦は,アルパカルと,スピノザのラテン語版に忠実に訳しています。そしてこの部分には訳注が与えられていて,この人物の表記は不統一であるとしています。アルファカールあるいはアルファカルという例示はありませんが,アルファハルという,高木の指摘にはない表記が一例として示されています。
 マイモニデスと比べると,この人物はさほど有名な人物ではありません。そのために表記の不一致が生じているのだと思います。ですから高木が主張しているように,必ずしもスピノザがおかしな翻訳をしたというようには解さなくてもいいのではないかと僕は判断します。

 それが諸悪の根源となるような感情affectusなら,第四部定理四五にあるように,憎しみodium,なお特定すれば人間の人間に対する憎しみは善bonumすなわち有益ではあり得ません。もちろんそれ自体で悪malumといってもいいでしょうが,それ自体が悪であるということより,悪を産出する感情であるということを強調したかったために,スピノザはそこではあえて人間の人間に対する憎しみをそれ自体では悪とはいわずに,人間にとって善ではあり得ないといったのだという想定は,あり得ない想定ではないように僕には思えます。
 いずれにせよこれは僕の想定で,スピノザの真意がどこにあったのかということまでは分かりません。ただ,人間の人間に対する憎しみが,人間にとって諸々の悪すなわち有害を産出する感情であるとスピノザがみていたということは間違いないと僕は考えます。そしてなぜそれが人間にとって諸悪の根源であるのかということについての根拠としては,ふたつのことがあげられます。
 そのうちのひとつは第四部定理三五で,人間は理性ratioに従う限りでは,すなわち能動的である限りではその本性naturaが必然的にnecessario一致するということです。この定理Propositioはたとえば第四部定理七〇備考で,自由の人homo liberが無知の人の親切をできるだけ避けるようにするのであって,絶対に避けようとするのではないということの根拠にもなっていましたが,それと同じような意味において,憎しみが諸悪の根源であるということの根拠になるのです。
 もうひとつの根拠になるのが第三部定理三九です。そこでは次のようにいわれています。
 「ある人を憎む者はその人に対して悪〔害悪〕を加えようと努めるであろう。ただしそのために自分自身により大なる悪の生ずることを恐れる場合にはこの限りではない。また反対に,ある人を愛する者は同じ条件のもとに,その人に対して善〔親切〕をなそうと努めるであろう」。
 これでみれば分かるように,ある人間Aが別の人間Bを憎めば,AはBに害悪すなわち悲しみtristitiaを与えようとします。しかしもしAもBも理性に従っていると仮定するなら,AとBの本性は一致します。つまりAは本性が一致し得るものに害悪を与えようとするのです。
コメント
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