魯生のパクパク

占いという もう一つの眼

目に栄養

2011年07月09日 | 日記・エッセイ・コラム

近頃、目薬が離せなくなった。
30年以上ほとんど毎日、ディスプレーをにらんでいる。その間、人並みに老眼にもなり、眼鏡をかけると、大人になったような気がして喜んだ。その時、高齢化のこれからは、老眼鏡が売れるだろうから、HOYAの株は良いんじゃないかと思ったら、他の理由で既に上がっていた。

元来、視力には自信があったので、目薬を差したことはなかったが、
4~5年前、ものもらいで、抗生物質入りの目薬を差したら、妙に気持ち良かった。それがきっかけで、疲れ目用の目薬を差したら、まさに「キターッ」で、クセになってしまった。

と言っても、過ぎたるは及ばざるがごとしだ。一日、せいぜい、2~3回しか差さない。目薬の容器は小さすぎるじゃないかと思ったが、意外に減らないことを知った。それでも、これまで、ついに、2本を使い切り、もうすぐ、3本目が空になる。

街角などで、中高年の男性が、よく目薬を差しているのを見かける。
自分が使うようになったから、目に付くようになったのか、実際に、目薬の必要な年齢層が増えたからか、どちらか解らないが、女性が目薬を差しているのは見かけない。

やはり、女の心遣いで、人目に付かないところで使っているのかも知れない。それとも、実際に、男の方が目薬が必要なのかも知れない。
なにしろ、男は目で興奮する。グラビア、ミニスカ、巨乳と、朝から晩まで、女の策略にハマって目を懲らしていれば、疲れるのは当然だ。
悲しい男の性なのかも知れない。

女の人の目薬はあまり見たことがないが、30年ほど前、某有名女子大がある地下鉄の、電車が行ってしまったホームで、天海祐希のような大柄の女子大生が、友達を抱き寄せるようにして、目薬を差してやっていた。

宝塚のようなショットに、『学生時代』の歌が頭をよぎって、思わず、見ほれてしまった。