魯生のパクパク

占いという もう一つの眼

大崩壊 1

2009年02月11日 | 大転換

デパートの売り上げが落ちて統廃合が進んでいる。不景気だけが理由ではない。すべて、大転換の現象だ。
製造、流通のすべてに崩壊が始まった。
崩壊は突然訪れる。後で振り返れば前兆は至る所にあったと気づく。

今は、ビシッ、ゴロッ、と崩壊の音が聞こえ始めた状態だ。
もう、つぎはぎ修繕の時ではない。
津波が来るのに、魚を獲ろうと欲を出したり、理屈を言い争ったりしている時ではない。
逃げた者勝ちだ。

見捨てるべき時に、過去にとらわれ、崩壊を考えない。
目の前の巨大なダムが今、崩れ落ちるとは思えない。
白銀の山が今、雪崩を起こすとは思えない。
それが人間だ。

大企業もデパートも、産業革命の申し子だ。
量産品に付加価値をつけて売るデパート。より多くさばくスーパー。
個人生産を集約する問屋や仲買。これら量産社会を担うシステムは、産業革命後に大発展をしたが、あまりにも巨大になり過ぎ、もう生まれ変わることはできなくなった。崩壊するしかない。

当然のことながら、大量生産を支えるものすべてにそれが始まっている。工業、金融、流通、教育、政治、婚姻・・・
次の250年に向けて崩壊する。これは「文明の脱皮」だ。
抜け殻を、つぎはぎ修繕をする時ではない。

metamorphosis
今の姿は革命や破壊が無くても壊れる。「創造」だけが救われる道だ。
目の前の修繕をうまくやるほど、理路整然と語って納得するほど、手遅れになっていく。
饒舌な政治家や経済学者が、対処も説明もできないのは、過去(現状)しか見てないからだ。

全く新しい想像が必要だ。想像力なくして「創造」はない。
おそらく、今起こりつつある革命は情報革命なのだろう。
当たり前だと言われるだろうが、その認識を超える意味を持つ。
情報を軸に据えた時、
工業、金融、流通、教育、政治、婚姻・・・といったシステムが大変貌するはずだ。

今は、流れのどこにいるのか
おおまかに700~750年の周期がある。
日本の権力史で考えると、
王朝時代700年→武家社会700年→市民社会はまだ140年。
(王朝以前は渡来流入の弥生時代)

経済史では
産業革命は日本の江戸中期から始まっており、「テクノロジーの時代」が700年とすれば、250年×3幕があり、まだ第一幕の終わりで、これからが第二幕だ。
その250年の中で、天王星84年が3周する。
100年に一度と言われる恐慌の再来は、天王星84年の話で、3度目の今回は250年目とダブっていることを理解しなければ、どん帳に頭をぶつけて、舞台に取り残される。
前回の恐慌は、産業革命の250年パラダイム内の出来事であり、参考にならない。潔く、250年の大道具を片づけなければ、次の幕に立つことはできない。