転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 



タイトル通りです(爆)。
昨日のポゴレリチが、あまりにも、強烈過ぎました。

************

私はこれまで、91年5月のポゴレリチが、彼のピアニスト人生で、
最高に輝いていた時期だったかもしれない、とずっと思って来た。
その後の彼も見事ではあったが、私の中では91年来日公演を超えるものはなく、
90年代半ばからは、今後は余韻のように、あるレベル前後の演奏をしながら、
このまま緩やかに年を取って行くのかな、と想像したこともあった。

それが、96年に最初の夫人が亡くなってからは、否応無しに、
彼がピアニストとして自身の変革を迫られることになったので、
私は徐々に、これは危機的状況かもしれないがチャンスかもしれない、
と感じるようになった。
それで、冗談めかして、「91年5月が『前期ポゴレリチ』の頂点」
という言い方を、掲示板などで使うようになった。
『後期ポゴレリチ』がこれから始まる可能性ができたからだ。

2005年から2010年の来日公演で聴く限りにおいて、
あの頃の彼は、少なくとも傍目には混迷の時期にあると思われた。
私が、2010年来日公演のKAJIMOTOのパンフレットの文章を書いたとき、
『ディオニュソスの狂乱』という題を使ったのは、
あの時点でのポゴレリチは『狂乱』のただ中にあると思っていたからであり、
また、もしこれを抜け出すことが出来たなら、
神話のディオニュソスのように、神性を獲得した強大な存在になり得るのでは、
……いや、ファンとしては、きっといつの日にか、そうなって欲しい、
と考えていたからだった。

しかしそれが、僅か二年で実現の方向性が見えてくるとは、
全く想定していなかった。
あと数年くらいはかかるか、場合によってはもっと老年になってからの話か、
と想像していた程度だった。

たった二年で、ポゴレリチの変化は、あまりにも急激だった。
彼に何があったのか全くわからないが、
そして、これで本当に良いのかどうかも、私などには判断できないことだが、
とにかく、昨日の演奏は私が予想だにしていなかったものだった。
また、80年代のような、自分を追い詰める破滅的な方向の「自我」も、
昨日のポゴレリチからは、私は感じなかった。
ポゴレリチは、それだけまた大きくなったのだと思った。
あの演奏に耐えられるどころか、それを自在に操ろうとするほどに、
巨大な演奏家になったのだと。

**********

名古屋でもまた大勢の方にお会いすることができました。
皆様本当に親切にして下さり、楽しいお話もお聞かせ下さいまして、
心よりお礼を申し上げます。ありがとうございます。
しらかわホールは初めて参りましたので、
地元の方にはいろいろとご案内も頂き、感謝しております。
一方で、すれ違いになってしまった方々には心よりお詫びを申し上げます。
次の機会に、またお声をおかけ下さいましたらと願っております。
お世話になりました。楽しい一日を、ありがとうございました<(_ _)>。

Trackback ( 0 )



« ポゴレリチ@... 周辺にあった ... »