転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 



昨夜、広島厚生年金会館でブーニンの演奏会を聴いた。
理由はわからないが開演が10分近く遅れ、
演奏が始まったあとも、ブーニンはたびたび汗を拭いたり、
数曲終わるごとに舞台袖に引っ込んだりして、
全体にやや落ち着かない雰囲気のリサイタルだった。
演奏そのものは結果的には良かったと思うのだが、
もしかしたらベストコンディションではなかったのかもしれない。

使用楽器は珍しいことにイタリアのファツィオリで、
今までこれが広島に来たことがあったかどうか私は詳しくないが、
私自身は初めて生で聴く楽器だった。
全部の音域が均質な音色を持つのが特色と言われるファツィオリで
スカルラッティやバッハを聴いたらさぞかし面白いだろう、
・・・という私の予想はある意味で外れまくり、
ブーニンが最初に弾いたスカルラッティ3曲(L.187、L.422、L.495)
いつかどこかで聴いたことのあるブーニン節のショパンそっくりだった。

次のバッハ『イギリス組曲第2番』も不思議な演奏で、
ペダルを遠慮なく踏み込み、テンポ・ルバートを存分に効かせて、
確かにこういう演奏に接してみると、私がいつも思っている、
『ショパンもまた秀逸なポリフォニーだ』ということが
バッハによって証明されたような(?)意味不明な手応えは感じたのだが、
これらスカルラッティとバッハで、あまりにも奇妙な気分になっているうちに、
前半のメインが終わってしまった。

前半の最後がメンデルスゾーン『甘い思い出』と、
シューマン=リスト『献呈』だった。
ここに来て初めて私は、ブーニンの良いところが聴けた気分になった。
甘く歌う旋律、柔らかな和音の響きは、
ブーニンの繊細さがあってこそ、という気がした。
ブーニンがどういう人か、私人としては全く知らないが、
大変なロマンチストなのではないかと、こういう曲を聴くといつも思う。
考え過ぎかも知れないが、今回は最初からブーニンの感性が、
ロマン派の音楽のほうにはっきりと力点の置かれたものになっていて、
その影響が、スカルラッティやバッハにも、
多少なりとも出ていたのではないだろうか?

ここで休憩になり、舞台上では調律が行われていた。
ファツィオリなので専門の方がついて来られたのだろうか?

後半はショパンとドビュッシーだった。
まず、ショパン『夜想曲嬰ヘ長調作品15-2』『英雄ポロネーズ』
そして『マズルカ変ロ長調作品7-1』『マズルカ嬰ハ短調作品63-3』
最初の二つは、85年のショパン・コンクール二次予選で弾いた曲だし、
変ロ長調のマズルカはコンクールの受賞者演奏会で披露した曲だ。
これらはブーニンの最も初期から、私にとって馴染みのある曲で、
覚えのあるブーニンのショパンが聞こえてきて、懐かしかった。

私にとっては面白いことに、ブーニンはショパンになると、
シューマンで聴かせたようなロマンチストぶりが、
なぜかあまり前面に出て来ないような気がする。
ブーニンのショパンは、美しいには違いないのだが、
根底には、即物的に処理した爽快さがあって、それゆえに、
ブーニンは日本で、従来のクラシックファンでない層からも
広く支持されたのではないかと私は常々思っている。
昨夜のショパンにもその割り切れた小気味よさがあった。

最後がドビュッシー『喜びの島』『ピアノのために』
これらは当初、プログラムとしては逆の曲順で掲載されていたのだが、
「演奏者の都合により」入れ替えると休憩時に放送があった。
ドビュッシーは、ブーニンのレパートリーとしては
私は昔から破格に気に入っているものだ。
ブーニンをドビュッシー弾きだと定義する人は少ないようだが、
私は現代ピアニストの弾くドビュッシーなら、
今も昔も、ブーニンのものが抜群に好きだ。

ブーニンは、ドビュッシーにピタリと添っているように私には感じられる。
音色の変化、ダイナミックな表現、微妙な揺らぎのような歌い方、
どれを取ってもドビュッシーの表情の魅力が
本当によく伝わってくるように思われるのだ。
バッハのときはペダリングに違和感があって、
楽器が悪いのか、私の場所(二階の最後尾)が良くなかったかと
いろいろ理由を考えていたのだが、ドビュッシーのペダリングは、
実に多彩で、効かせるべき音にだけ効いていて、
本当に見事だったと思った。

アンコールはバッハ『目覚めよと呼ぶ声あり』
最後にこれを弾いてリサイタルを閉じるということは、
私の感触とは違って、ブーニンは今、バッハへの思い入れが深いのだろうか。
このタイミングなら、ドビュッシーの『ベルガマスク組曲』から何か、
『プレリュード』とか『月の光』あたりを最後に聴きたかったが、
しかし、これはこれで、クールダウンの一曲として心地よかったのも本当だ。


ブーニンは85年以降の数年間、あまりにも日本で騒がれ、
アーティストとしての生活すら脅かされそうな印象があったが、
よくぞここまで来られたと、昨夜は私の側に勝手な感慨があった。
ブーニン本人にも、きっと幾多の困難な課題がこれまであり、
そうしたものを彼なりに乗り越えてきたのが今の姿だと思った。
そして、ブーニンの演奏を、これからも聴きたいし、
デビューから聞いてきた聴衆のひとりとしては、
今後、彼が年を重ねていくところを、追い続けたいものだと思った。

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