転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 



5月3日の初日から5日の昼の部まで、團菊祭の幕開きを二日半楽しんできた。
このように素晴らしい舞台を早々と観ることができただけでなく、
観終わって広島に戻って来てもなお、休日が続いていたというのが
今回の道楽旅行に関して、最も素晴らしかった点だった(笑)。
出発前から、「いつもとは違う、遠征の後もまだ休み…」と思うだけで、
感激と解放感で踊り出しそうだったものだ(^_^;。
私が常に渇望しているもの――それは休日!それは自由時間!
道楽と自由のそれぞれが、短いながらも満たされた今年の連休は、天国であった。

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今年の團菊祭は尾上梅幸二十三回忌・市村羽左衛門十七回忌の追善興行で、
かつ、羽左衛門長男一家の襲名披露興行でもあった。
これまでの坂東彦三郎が初代坂東楽善に、その長男が九代目彦三郎に、
次男は三代目亀蔵に、そして孫息子が六代目亀三郎に。
更には、菊五郎の孫息子の寺嶋眞秀(まほろ)くんの初お目見得もあった。
つまり梅幸・羽左衛門それぞれの曾孫が出演する公演でもあったのだ。



昼の部は『石切梶原』『吉野山』『魚屋宗五郎』
夜の部は『曽我の対面~口上』『先代萩』『弥生の花浅草祭』、
今回は二泊三日の間に、昼の部を三回、夜の部を二回観たので、
気づいたことや感想も膨大にあり、
それらを逐一ここに記録しておくことは時間的に到底できそうもないが、
とにもかくにも、彦三郎の美声に惚れ惚れしたこと、
新・亀三郎である倅マンのしっかりした舞台姿に感心したこと
(大叔父にあたる権十郎が保父さん状態でお世話していて微笑ましかった)、
楽善の懐の深い、力強い芝居に感銘を受けたこと、を記録しておきたいと思う。

また、松緑×亀蔵の変化舞踊が、あまりにも目覚ましい内容であったことも、
私にとって印象強く、かつ大変嬉しいことだった。
松緑と亀蔵の踊りの凄さは、昨年の『討ち入り』の立ち回りでも堪能させて貰ったが、
今回の『弥生の花浅草祭』は、現在の、この年齢の二人だからこそ、
心・技・体のすべてが高度に研ぎ澄まされ、実現できた舞踊であったと思った。
これまた、あの踊りのココと書き出すことは大変難しいのだが、
随所に、松緑と亀蔵それぞれの工夫や懲り方を感じて、大変に興味深かった。
今の二人の組み合わせでなければ到底、これほどの舞台にならなかっただろうし、
互いに、またとない相手役を得たということだろうなと、観ていて強く感じた。



海老蔵は、先代萩の仁木弾正が良かった。
特に序幕第二場、仁木弾正が無言で花道を去って行くに従って、
蝋燭の灯りに照らし出された影が、背後に黒々と大きく伸びて行くところなど、
海老蔵の凄みのある表情と相まって圧巻だった。
菊之助は全体的に安定感が抜群で、何を演っても破綻がなく見事だったが、
やはり先代萩の政岡が、最も強く印象に残っている。
まま炊きの場面は省かれていて、さぞかし賛否のあるところだろうが、
私は現代的なテンポの中で納得感を出す試みとして、支持したいと思った。
幼い主君を守る乳母としての気高さ厳しさ、我が子千松を思う母としての慟哭、
菊之助は細部まで丁寧に、かつ心情面では深く熱く、見せてくれたと思う。

『宗五郎』の菊五郎はもう、ただただ感動した。
三度観て、音羽屋の台詞は三度とも、細かいところでニュアンスが違っていた。
意味内容は同じでも言い回しの異なっていた回もあった。
それは平たく言えば「一瞬のミスをした」箇所もあったのかもしれないが、
しかし最早、今の菊五郎にとっては、どの言葉も全て宗五郎が言った、
ということなのだろう、とも感じた。
『宗五郎』二幕の間、私の中で、宗五郎は菊五郎と完全に一心同体だった。
音羽屋の宗五郎に出会えたことを、私は改めて嬉しく思った。

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前も書いたが、自分がこうして中年・初老になるまで歌舞伎を観てきて、
年齢を経たファンならではの楽しみ方があるのだなと、最近はわかるようになった。
すなわち、名優たちの役者人生後半から晩年の舞台に導かれて歌舞伎に出会い、
その息子世代が壮年期を迎え、更に孫の世代が花形歌舞伎で活躍するようになると、
やがては曾孫世代の初お目見得を見守る日が来る、という……。
これは年取った(笑)ファンでなければ知ることのできない喜びだ。

歌舞伎が世襲であることの面白さを、私は近年ひしひしと感じるようになった。
勿論、芸養子や研修生からの出世も実に良いことだと思うのだが、
それらと同時に、「家」や「血筋」を大切に守っていく面は、
どのような時代になっても、なくして欲しくないと思った。
「お祖父さんのファン」「曾お祖父さんの舞台をたくさん観た」
という思いでミニ音羽屋たちを迎えるのは、
観客としてなんと恵まれたことなのだろうかと、
私は過去の舞台と現在の公演とに、心から感謝した。
倅マンとマホロン、ほか、それぞれの家の小さな名優ちゃんたちが、
将来きっと立派になって、この同じ歌舞伎座の舞台で、
大活躍してくれることだろう、……と、幸せな想像に浸った三日間だった。

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