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転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 



12月に尾上菊之助の主演で歌舞伎版『風の谷のナウシカ』が
新橋演舞場で上演されることになっている。
企画から5年をかけての実現で、音羽屋ファンとしても
私は大変に期待をしていた。のだが……!

一般発売前の今にして既に、チケットが、ない

私は以前から松竹歌舞伎会に入っており、
去年一年間の購入実績により今は「特別会員」というランクに居るので、
松竹の公演に関しては一般に先駆けて切符を購入できるのだが、
昨日から先行販売の開始された『ナウシカ』を買おうと
今朝ほど、チケットweb松竹のサイトに行ってみたらば、
もはや桟敷席18000円か一等席17000円しか無く、大半×がついていた。
公演全体として、最初から貸切になっている日時も複数回あるし、
「特別会員」より格上の「ゴールド会員」のほうが予約開始が早かったので、
ここまでの段階で、既に、おおかた押さえられてしまったようだった。
しかも、高い席なのに前方や通路沿いなどのいわゆる「良席」は、
ほぼ残っていなかった。

ぴあやイープラスなど、松竹以外のプレイガイド扱い分が
一般発売で出てくるだろうという期待は、まだできるし、
公演日までの間、チケ松のサイトをまめにチェックしていれば、
おそらく『戻り』チケットが幾度かは出てきて、
タイミング次第では安価で条件の悪くない席が買える可能性も、
まだまだあるのだが、今の私はそれらに賭けて待っている訳には行かない。
チケット取りにそうそう時間をかけられないし、
東京遠征は泊つきだから、年末の日程をあれこれと調整をした上で、
新幹線とホテルを確保しなくてはならず、
突然に戻りチケットが手に入っても、出られるとは限らない。

発売日だった昨日は、仕事で全く体が空いていなかったのだが、
結果論だけを言えば、帰宅後、夜中にでもチケ松を確認するべきだった。
よもや、こんなに売れているとはね(汗)。
先行の段階で桟敷か一等席とは、とさすがに萎えた。
公演によっては、チケットがない!となったとき、
「何!?まだ打てる手がある筈!」と燃える場合もあるのだが、
今回に関しては、どうも、そういう気分になれなかった。
むしろ「お前は観なくてよろしい」という天の声ではないかと感じた。
古典でなく、新作歌舞伎だから私はそう思うのだろうか。
それとも、もともとジブリが私の興味の範疇にないからか。
菊之助(ナウシカ)×七之助(クシャナ)の一騎打ちは
素晴らしいに決まっている!と観なくてもわかっているが……。

何であれ、かくも世間の注目度が高いのならば、
いつの日にかきっと、テレビ放映かDVD発売か、何かがあるだろう。
今回の評価如何によっては、歌舞伎座等での再演も、
もしかしたら期待できるかもしれない。
『ナウシカ』の大入りを心からお祝い申し上げますとともに、
12月の私は、予定変更して南座の顔見世に行こうかと思います(^_^;。


追記:いや、まだ早い、歌舞伎座12月が何になるかまだ発表されていない。
ことと次第によっては、私は歌舞伎座のほうこそ、
観倒さなくてはならないことになるかもしれない。
とりあえず来月の発表を待ってからだな、12月の予定を決めるのは(^_^;。

追記2:10月2日、歌舞伎座12月の予定演目が発表された。
松緑は『阿古屋』の「岩永左衛門」と『神霊矢口渡』の「渡し守頓兵衛」、
しかも前者は役代わりのうちAプロに出るので、上演日が限定される。
一度の東京遠征で歌舞伎座・昼夜と演舞場・昼夜を実現させることは
どうやっても無理だ。仮にナウシカの切符が手に入ったとしても。
チケットの問題を抜きにしても、この選択なら私は歌舞伎座を取る。
とりあえず歌舞伎座昼夜を昼Aプロの日に押さえたあと、
もしも縁があるものであれば、ナウシカをどこかで……(大汗)。
首都圏在住でない者の道楽は、こうやって取捨選択することの連続だ。
十二月大歌舞伎(歌舞伎美人)



新作歌舞伎 風の谷のナウシカ公式ウェブサイト(松竹)
令和元年12月6日(金)初日→25日(水)千穐楽 新橋演舞場
10月19日(土)10:00より 電話予約Web販売開始

歌舞伎『ナウシカ』終了時間は未定 七之助「腹くくって観よう」(岩手日報)
『歌舞伎俳優の尾上菊之助、中村七之助が9月30日、都内で新橋演舞場12月公演の新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』の制作発表会見に参加した。』『映画監督の宮崎駿氏の代表作『風の谷のナウシカ』(1984年公開)を歌舞伎化。宮崎駿作品が歌舞伎舞台化されるのは初であり、スタジオジブリの関連作品歌舞伎舞台化も初となる。映画版では描かれなかった漫画原作全7巻を、昼の部・夜の部通しで完全上演する。』

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昼の部のほうは19日しか観ていないので、
幸四郎が代役を務めた『沼津』は観られなかった。
しかし、昼に幡随長兵衛と呉服屋十兵衛、
夜に武部源蔵と弁慶または富樫の日替わり、
というのはいくら幸四郎が若くてもシにます(^_^;。
3日間とはいえ、よくぞ務めおおせたものだと感服した。
しかも『沼津』は、幸四郎は以前に出たことがあるとは言え、
十兵衛を務めたことはなく、今回が全くの初役だった。
さすがに、歌舞伎の家に生まれ、祖父や父親達の舞台に直に触れ、
たゆまぬ修練を重ねて生い育った御曹司だからこそ、
と幸四郎の力量に畏れ入った。

さてその幡随院長兵衛だが、幸四郎が実に端正に務めていて、
全体として美しい舞台だったと感じた。
女房お駒の雀右衛門との釣り合いもなかなか良くて、
やはりここでも、襲名で役者は一回り大きくなるのだなと
幸四郎の主役ぶりに感じ入った。
水野十郎左衛門を松緑が演じていたが、こちらもぴったりだった。
前に菊五郎が演ったときには、水野があまりに立派に見えて、
これほどの人物が長兵衛(そのときは海老蔵)程度の若い者を
太刀を振り回して自分で手に掛ける必要までは無かったのでは、
手下や近藤登之助に殺らせておけば十分だったのでは、
と感じてしまったものだったのだが、
今回の松緑は、年齢的なバランスも良かったのか、
お坊ちゃん育ちながら、いかにも愚連隊を束ねているガラ悪、
みたいなニュアンスがとても巧く出ていて、抵抗なく観られた。

そういえば、今回の『幡随長兵衛』では、
劇中劇に乱入する客の役者が、客席通路から登場し花道に上がったのだが、
こういう演出は私は初めてで、大変に臨場感があった。
歌舞伎座でやるときはこういうのも以前からあったのだろうか。
私はどうも、この芝居は地方公演の印象のほうが強く、
「こんなんだったっけ……?」と意外に思いつつも、とても新鮮に感じた。

『お祭り』は梅玉の華やかな二枚目ぶりが目の保養。
前後の『幡随長兵衛』と『沼津』がどちらも重い結末になる芝居だが、
『お祭り』だけは手放しで明るく、小気味よい太鼓も楽しく、
魁春・梅枝と「両手に花」状態の芸者さんも色っぽくて、
観ているこちらの心も晴れやかになった。
バレエのパ・ド・トロワでも思うことだが、
ベテランと若手の女形が組んで並ぶと、
かたや長い芸歴から来る余裕と円熟の域にある色気が半端なく、
かたや技術の正確さや瑞々しい一挙手一投足が鮮やかに映り、
いずれ劣らぬ魅力があって、実に見応えがあった。

19日昼の『沼津』は、吉右衛門の復帰公演となった舞台だったので、
登場時から万雷の拍手、「播磨屋!」「お帰りなさい!」の声がかかり、
私まで、うっかり涙ぐみそうになった(^_^;。
だってひととおりは案じておりましたのですよ、
大播磨だってそろそろ後期高齢者。
高熱の苦痛より休演の無念さのほうが、おつらかったとはお察ししますが、
どうか今後も無茶はなさらず、お体を大切になさって下さいまし。
……と、当初は回復具合を見守るような心境で見始めたが、
この日の大播磨は絶好調で、呉服屋十兵衛は生き生きと若々しく、
3日間の静養でかえって御元気回復されたのでは、
と思ってしまうほどの出来映えだった。
劇中、歌昇長男の綜真くん初お披露目もあり、
花道で元気にお名前が言えて、きちんとご挨拶もできた。
次世代を担うであろう子供達が、こうして次々に育っていて、
歌舞伎の未来は明るいと、とても嬉しく思ったお披露目だった。

『沼津』は深刻な結末ながら、合間合間には愉快な展開もあり、
妊婦の旅人の演技とか、雲助平作(歌六)のよろよろした所作に、
私の近くにいた外国人のお客さんが声を出して笑っていた。
最初、いくら字幕ガイドがあるとはいえ、
こういう芝居を、外国人の初めて(だろう)の方々が
最後まで飽きずに観て下さるだろうかと、
要らない心配をしていたのだが、全くの杞憂だった。

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(写真は、歌舞伎座地下の木挽町広場タリーズの、隈取アート。)

18日の夜の部と、19日昼の部・夜の部、を観てきた。
16日から3日間、吉右衛門が休演したため、
18日の夜の『寺子屋』は、松緑が代役で松王丸を務めていた。

松王丸は本当に芝居が巧くなくては務まらない役だと思う。
私程度にしか素養のない者は、松王のように動きの少ない役柄は、
重々しく演じられればそれだけ冗長に感じられ、
ついには眠気を誘われるのが常だ(殴)。
表面上、激しい葛藤をそのまま芝居として見せてくれるのは
武部源蔵のほうなので、若い頃の私にはどうしても、
こちらのほうが主役にさえ、見えていたものだった。

しかし今回、松緑の演じ方を観て私は、
この芝居で最も激しい役は松王丸なのだと、
遅まきながら、心から納得することができた。
静かな台詞と僅かな表情の変化しか表には現れないが、
松王丸の内心は荒れ狂い、身を引き裂かれるほどの、
激しい感情のせめぎ合いのまっただ中にいる。
私は初めて、我知らず、松王丸の「心」に自分の気持ちを添わせて観ていた。
とりわけ、我が子の最期の様子を源蔵から聞かされて泣き笑いになり、
その見事な死に様にひきかえ、菅丞相に恩返しもできずに自害した弟・桜丸が
あまりに不憫だとむせび泣く場面に至り、
私は松王の嘆きに強く打たれ、本当に初めて『寺子屋』で落涙した。
我が子の最期は褒めねばならぬ、決しては嘆いてはならぬ、
それゆえにこそ、桜丸の憐れさを言葉にしつつ我が子を思い、涙を流すのだ。

急な代役、しかも音羽屋の型でなく、吉右衛門の演じ方を踏襲した松緑、
かつ、音羽屋の銀鼠でなく播磨屋の黒の衣装で務めた松緑、
と、実に貴重な舞台での名演に遭遇することができ、私は大変幸運であった。
ひとつ気がついたのは、松緑は首実検の場で
「でかした、源蔵、よく討った」の『でかした』を言わなかったことだ。
どういうふうに言うかと注目していたのに、無かったので「!???」と
思ったのだが、Twitterで調べたら、松緑は以前から言っていなかったそうだ。
ここには松緑の独自の考え方があるらしいとわかった。

一方、翌日はめでたく吉右衛門の復帰がかなったので、
本来の配役による『寺子屋』も、私は満喫することができた。
やはり吉右衛門の務める松王丸は、時代物の英雄としての大きさがあり
圧倒的な存在感であった。
武部源蔵が幸四郎だったので、松王丸の重量級の存在感とも
絶妙に似合い、互いにこういう位取りになるほうが本筋だ、
とも、はっきりと感じられた。
動きの無い役での大きさ、主役然とした在り方は、さすが大播磨。
菅秀才を丑之助が務めていたので、爺孫共演となったことも微笑ましかった。
その丑之助だが、一応、子役の台詞回しには従っているものの、
声を張り上げた典型的な子役の発声とはやや異なる自己主張があり、
早くも台詞を自分なりに言いたい気持ちが強いらしいと思われ、
なかなかに頼もしく感じた。
また、菅秀才の母・園生の前の役で福助が登場し、
右半身はやや不自由ながら、優雅な立ち居振る舞いで、
ここまで見事に回復できたかと感銘を受けた。
左半身の演技は確かに本来の福助のものだった。
この日は、千代役の菊之助が、松王丸の見栄の直前に、
涙を拭くようにと、あまりにも自然にそっと懐紙を手渡していて、
吉右衛門との呼吸にも感じ入った。

  

夜の部は他に『勧進帳』が、奇数日・偶数日で役代わりになっていて、
奇数日が仁左衛門の弁慶と幸四郎の富樫、
偶数日が幸四郎の弁慶と錦之助の富樫、という組み合わせだった。
仁左衛門の弁慶は、もう、どの瞬間を切り取っても「美しい!」の極みで、
観ているこちらは、「!」「!!」の連続だった。
これほど磨き抜かれた弁慶はほかにあり得ないと痛感した。
仁左衛門の年齢を考えると、ほぼ最後の機会に近いと思われる今回の上演に
私は間に合うことができたと、心から嬉しく思った。
幸四郎も、襲名で大きくなったことがひときわ強く感じられた。
以前は、喉を絞るような発声がいささか気になったこともあったが、
今回は役柄に応じた声の使い分けが巧みになり、
巧くなったなぁと感心した(←何様!!)。
襲名が役者を育てるというのは、やはり本当だった。
延年の舞のあとに滝流しが入り、引っ込みは飛び六方、
という恐ろしく体力勝負な構成の今回の弁慶を、
最後まで勢いを持って演じられるのは、幸四郎の若さならではだった。
一方、錦之助の富樫もこれまた美しかった。
まさに錦絵のような古式ゆかしい華やかさの漂う富樫。
孝太郎の義経がまた、登場時に花道七三で見せた気品と、
その後の台詞の丁寧さが絶品だった。

『松浦の太鼓』は緊迫した瞬間を扱っていながら、楽しいお芝居。
今年の秀山祭は三世歌六の百回忌追善でもあり、
当代歌六が松浦侯を務めた。
最初、必要以上に名君に見えて、どういう演じ方で行くのかと
こちらが迷った(汗)が、徐々に愉快なお殿様になって、
最後に「合点の行かぬそのお姿」になるところでは
気持ちよく笑わせて貰った。
大高源吾(又五郎)らの赤穂浪士吉良邸討ち入りから、
いずれ切腹、となることが明らかな時期が描かれているのに、
この芝居では登場人物が皆明るく、満足感、ひいては幸福感さえ
舞台の端々に感じられる。
それらの間に、粋な俳諧のやりとりが垣間見え、
不思議なバランスの上に成り立っている世界を、味わわせて貰った。

百回忌ともなると、この公演を観に来た観客の誰一人、
生前の三世歌六の舞台を知らないということになるが、
歌六の名前は今日もこうして立派に受け継がれ、
歌六がかつて演じた芝居も、歌六が残した芸も継承され、
死後100年を経た今も、現代の観客の前でかたちを変えて再現されているのだと
大変に感慨深く思った。
伝統芸能、とりわけ世襲の芸の面白さを、また、感じた。



昼の部『幡随長兵衛』『お祭り』『沼津』については、のちほど。

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13日(土)、いつもの3時の仕事がひとつキャンセルになったので、
私は急遽思い立って、大阪松竹座に行った。
もともと14日(日)15日(祝)の二日間は国立劇場に行く予定で、
東京旅行の算段は早くからしてあったのだが、
それの前に大阪遠征をくっつけることに成功したのだ(^_^;。

出発が遅く、夜の部の最初の『葛の葉』は間に合わなかった。
時蔵は美しかったことだろうと思い、残念だったが、
その次の『弥栄芝居賑』からは、通して観ることができた。
これは、「関西・歌舞伎を愛する会 結成四十周年記念」を祝う口上の一幕で、
幹部俳優が勢揃いし、大阪の歌舞伎をここまで守り立ててきた、
「関西・歌舞伎を愛する会(=発足時は「育てる会」)」への感謝を述べ、
上方歌舞伎が今後も更に発展しますようにと、観客の支援を乞い願う、
という内容だった。
私自身は、幼い頃から普通に中座にも南座にも行っていて、
東京の歌舞伎座ほどではないが、関西には関西の歌舞伎がある、
と当たり前のように思っていたのだが、
考えてみれば、一時期、西の歌舞伎の灯は消えそうにすらなっていたのだった。
今だって、実のところ、大阪松竹座は完売御礼とは行かなかったし、
先月の博多座もその前の御園座も、観客動員に苦戦している様子は明らかにあった。
これは西日本在住の歌舞伎ファンとして、今後も積極的に通わなくては、
と改めて思ったことだった。

その次の『上州土産百両首』、これは素晴らしかった。
主演の芝翫の正太郎が江戸前で格好良く、
幼なじみの牙次郎を思う気持ちがひたすらに熱く、まっすぐで、泣けた。
弥十郎の「できた」親分としての姿にも心打たれるものがあったし、
出番は少ないが猿弥のふくよかな(笑)「宿屋の主」ぶりも気に入った。
また、橋之助の悪役・三次もかたちがキマっていて色っぽさもあり、かなりの好演、
正太郎を慕う娘おそでの壱太郎も、短い場面ながら印象的で良かった、のだ、
が!何より!菊之助の牙次郎のハマり具合に
私は最も驚き、唸らされてしまったのだった。
藤山寛美がかつて務めた役であり、ドジで役立たずだが魂だけは綺麗、
というのが、この第二主役である牙次郎の役どころなのだが、
菊之助はおぼつかない感じの歩き方からして既に独特で、
のろまの「がじ」でも菊之助なのでやはり美形でもあり、
しかも正太郎に向かって「あにぃ」と呼びかける声音の、
なんとも言えぬ愛らしさ、まろやかさ。
彼の非凡さが観客には垣間見えるだけに、正太郎の真情が更に際立ち、
この「がじ」ならばこそ、正太郎が命を賭けるのも頷ける!
という並々ならぬ説得力が生み出されていた。

……というか菊之助、5月は道成寺、6月は土蜘、今月は「がじ」、
なんでアナタそんなに何でも出来るの?なんで何やってもそこまで巧いの??


道頓堀の松竹座の終演が8時半で、そこから地下鉄御堂筋線で新大阪に行くと、
あまり焦らずとも、東京行きの最終の「のぞみ」に間に合った。
日付が変わる頃に東京に着き、そのまま定宿のホテルに入って、寝た。
実は今回、連休ということで主人も私とは全く別のルートで東京に来ており、
ホテルも、彼のほうの事情と趣味とで赤羽に取っていたので、
我々はLINE以外では全く接触のないまま、別々に東京入りすることになった。
翌日も、私は国立劇場を昼夜観劇、夜は早くからホテルで爆睡したので、
またもや主人とはLINEで遣り取りしたのみだった。
夫婦で東京に行った、……と周囲は思っていたかもしれないが、
実情は、ここまで食事すら接点が無かった。
私は観劇後はファミレスやコンビニで十分な人間だが、
主人はそういうものは絶対に許さないのだ(^_^;。
良いのだ、お互いに重視するところが違うのだから、めいめいで遊べば(^_^;。

 

15日(祝)には、私は再度、国立劇場に行った。
「七月歌舞伎鑑賞教室」が松緑の主演であったことと、
玉太郎と左近が交互にダブルキャストで出演する企画であったこととで、
私には、複数回観る楽しみが大きかったのだ。
更に、15日は終演後にそのままアフタートークが行われると、
予め発表されていたので、それを観るという目的もあった。
この日は友人某氏と一緒に観劇した。

公演の最初は、坂東新悟と中村玉太郎による『歌舞伎の見方』、
素晴らしい口跡と、テンポの良い解説に気持ち良く聴き入り、
『車引』では松緑の松王丸を観て、その大きさに心から満足し、
息子・左近の演じる杉王丸の、輪郭の鮮やかさにも感じ入り、
最後は『棒しばり』で、松緑×亀蔵の、息の合った踊りを堪能させて貰った。
『棒しばり』は以前、松緑×菊之助が演じたときには、
菊之助の持ち味のためなのか「可愛いけど妖しい」隠し味があって
不思議な魅力のあった演目だったが、今回は亀蔵なので、
徹底的に楽しいエンターテインメントに仕上がっていた。
松緑×亀蔵は、研ぎ澄まされたような踊りの技術を持っているのだが、
それをオモテには出さずに、ひたすら楽しく見せてくれて、
ふたりの踊りの相性の良さと、それぞれの力量の高さをつくづく感じた。
また、曽根松兵衛の松江は大らか、かつ上品な可笑しさが絶品で、
『いてくるぞよ~』の愉快な声音は、今思い出しても頬が緩む(笑)。
尾上緑のスマートな後見ぶりも逃さずチェックした、ワタクシであった(^_^;。

アフタートークは、進行役が松緑で、松江・亀蔵・新悟の3人と登場、
今月のは短い演目ながら大変ハードな内容の公演であることや、
鑑賞教室なので学生さんや社会人の初心者の方々が多く、
客席の反応が普段とは違う面があるので、
そういう場に相応しい演じ方を意識しているということ、
外国人の方が最前列にいらした日には、最後には座席で踊り出されて、
一緒に楽しんで下さったのが嬉しかったこと、等々のお話があった。
また、この度の演目選定については、
当初は『夏祭り』を考えたが「学生さんたちに親殺しの話はNG」、
では『身替座禅』はというと「今時『不倫』はヨロシくない」、
となり、なかなか難航した、等々松緑より暴露(!)されていた。
そして最後は、各出演者の出題する三択クイズに正解すると押隈が貰える、
というイベントもあって、なかなか盛りだくさんだった。
おっとりとした松江さんが、松緑にイジられていたのが可笑しかった(^_^;。

ということで、満足した友人と私は、そのあとお茶をし、
松緑話ほかで盛り上がり、某ホテルのラウンジでケーキを楽しみ、
私は東京発・広島行きの最終の「のぞみ」で帰って来た。
今回は人並みに、週末三連休を満喫できた!と幸せに思った。
付き合ってくれた友人も感謝感謝<(_ _)>。

******************

ところで、15日の昼に某ホテルにて、主人、娘、友人某氏、私で
揃ってランチを楽しみ、これが期間中唯一の家族イベントとなったのだが、
その時点では大変元気そうだった娘が、
同日夕方から微熱が出て咽喉が痛くなり、
昨日は久しぶりに近医の内科にかかることになった。
梅雨入り以来、東京は長雨で、娘はなんとなく元気が出ず、
頭痛のする日も多かった、という話を今になって聞き、
それは低気圧のせいもあるかもしれないが、
やはり6月から大宮勤務に変わったことで、
ちょうど疲れが出る頃だったのだろう、と私は思った。

娘はもともと、体調不良にはほぼ必ず頭痛がついて来るヒトだったので、
この際だからと、家に近いところで頭痛外来のある「内科、神経内科」を
検索して探し、昨日は休息も兼ねて有休を取り、受診してきた。
扁桃のあたりに炎症が起きており、肩凝りが原因の筋緊張性頭痛もある、
との診断で、抗生剤と解熱鎮痛剤、他、漢方薬など処方されたとのことだった。
さきほどのLINEによると、きょうは娘は通常どおり出勤はしていたが、
まだ怠いのと、昨日より更に咽喉が痛い、と書いていた。
ウィルス感染の扁桃炎や咽頭炎なら、薬を飲んでも1日ではなおらんな(^_^;。
とりあえずこの際、ちゃんと安静にして、酒を断つことさね(爆)。


追記(7月19日):娘の扁桃炎は、一筋縄では行かなかった(汗)。
18日には一旦、気分がすっきりして頭痛もなくなり、
「ただ咽喉だけが痛い」とLINEで言っていたのだが、
19日の午後には咽喉痛が耐え難いほどになり、微熱が出て再び頭痛も感じ、
娘はたまらず耳鼻咽喉科に行ったそうだ。
両側の口蓋扁桃が真っ白に化膿しており、
それまで貰っていたフロモックスが、ジェニナックへと変更されたとのことだ。
細菌性なら抗菌剤が効くだろう。ウィルス性なら自然治癒を待つしか……。


追記2(7月22日):娘はどうやら「伝染性単核球症」に罹っていたようだ。
ジェニナックを3回服用しても改善がなく、きょう耳鼻科にかかったら、
そのように言われ、確定診断のために血液検査をされたそうだ。
娘は発熱38度と、両側口蓋扁桃の化膿、首のリンパ節の腫れ、等々が症状だ。
検査結果は一週間後に出るが、恐らくアタリだろう。
こうなると治療は要らないが、ウィルス感染なのでなおるまで付き合うしかなく、
少々、時間のかかる話になりそうだ。
日本では、大人になるまでにほぼ全員がこのウィルスの抗体を獲得するのだが、
小さい頃なら単なる扁桃炎と区別がつかないかたちで済むものが、
思春期以降に初感染すると、娘のように、結構ハデな症状になってしまう。
世の中の成人全員が持っているウィルスなので、そもそも予防は不可能、
罹ったタイミングがさほど悪くなかったことを感謝するしかなかろう(^_^;

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初日翌日の昨日、博多座で菊五郎劇団中心の大歌舞伎を観てきた。
音羽屋の旦那さん(菊五郎)は『野晒伍助』一本で、絶品!
こういう役を、ここまで粋に大らかに演じられるのは、
菊五郎の芸歴があってこそなのかもしれないと思った。
実年齢が合っていれば良いという訳には到底行かない、
歌舞伎の難しいところでもあり面白いところでもあった。

それより驚いたのが、突然の左團次休演だった。
前日の初日の夜の部の途中から、体調不良のため出演できなくなったそうで、
情報弱者の私は(汗)そんなことはつゆ知らず、
博多座に行ってから貼り紙を見て仰天した。



代役が、昼はあらしちゃん(松緑)、夜は彦兄(彦三郎)。
どんなアクシデントでも、それによって新たな配役が見られる妙味はあり、
ここは左團次のためにも両者、頑張ってくれよと念じつつ、開幕を待った。
結果として、あらしちゃん(松緑)は昼の一本目から悪役で大活躍、
昼夜出ずっぱりの公演となった。
仁三郎役で菊五郎の伍助と並んだとき、あらしちゃんの大きさを強く感じ、
立派になった……(T_T)、と感動を禁じ得なかった。
声も深さがあって惚れ惚れ。

『土蜘』は菊之助の凄さに言葉もなかった。
登場時の、深い闇をまとって姿を現すような妖気と静けさ、
そして、この世のものと思われぬほどの声の迫力!
菊之助の投げた蜘蛛の糸は、虚空に舞い上がったあと、
ふわりとスローモーションのように弧を描いて、
細やかに広がりながら降って来るのだが、
その軌跡まで美しく、まさに異界の気、ただただ圧巻だった。
彦兄が代役で平井保昌を務めたが、これまた美声が響き渡り、
若々しく張り詰めた舞台が、良い意味での緊張感に繋がっていたと思う。

最後の『権三と助十』は、打って変わって楽しい一幕。
喜劇の巧い人は本当に芝居が上手、というのが私のひとつの認識なのだが、
芝翫と松緑は笑いの相性もなかなか良いようで、
初日開け二日目にして既に素晴らしいテンポだった。
松緑と亀蔵の兄弟ぶりのほうも、阿吽の呼吸で文句なく愉快!
團蔵はときどき台詞が怪しく(爆)
言葉そのものは出ないが、意味合いを台詞にして繋いでいる、
という感じのところが何カ所かあった。
猿回しの福之助は愛嬌があり、なかなかの熱演で印象に残った。
彦三郎の勘太郎は、あの超一級の美声と相まって最高の舞台映えで、
彦兄の声は現代歌舞伎界の宝!!
ほかの人の演る勘太郎など、私はもう、考えられない(^_^;!!

というわけで、慌ただしかったが博多座昼夜観劇を果たして来た。
私は本当に菊五郎劇団が好きで、この座組でまたやって貰いたい、
と心から思ったが、なかなか私自身の時間の都合がつかず、
こんなに近所でやっている博多座公演ですら、残念ながら、
おそらくはもう今月はこれ1回しか機会が得られないだろう。
舞台は一期一会で、なんとも勿体ないことだが、
今回一日だけでも行けたことを、今は、感謝せねばならないと思っている。

   

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……というわけで、腰痛症の最中、私は東京に行って来たのであった。
毎年これだけは外せない團菊祭、特に今年はじゅふたん丑之助の襲名とあって、
文字通り這ってでも行かねばと、私は思い詰めていた。
幸い、前日までの激痛が嘘のように、21日(火)の夕方から体がラクになり、
私は勤務先の会社からタクシーで広島駅に直行、夜ののぞみに乗った。

奇しくも、5月22日(水)は吉右衛門の誕生日で。
私は実にお目出度い日に観劇することになった。
今年の大播磨のお誕生祝いは、初孫・丑之助との共演であった。
小さいじゅふたんには、まだそうとはわからないだろうけれど、
ほかの誰もできない大きな贈り物を、彼は母方じぃじにしてあげた(^^)。
初舞台の祝い幕は、宮崎駿による牛若丸と弁慶のイラスト。
イヤホンガイドで幕間に流れるインタビューを聴いていたら、
この牛若丸の絵は「(自分に)似てる」と丑之助もお気に入りであった。

牛若丸に分した丑之助は、いいお声で台詞の冴えも素晴らしく、
堂に入った見栄の切り方と、舞台度胸のある立ち回りや六方で、
まことに立派な初舞台を見せてくれたのだが、
背後に控えている鬼一法眼の吉右衛門と吉岡鬼次郎の菊五郎とはもう、
全く芝居になっておらず、話の筋と無関係なほどニコニコで、
真ん中で時蔵が台詞を言っていようが雀右衛門が踊っていようが、
あからさまに、丑之助のほうしか見ていなかった(爆)。
ポスターの吉右衛門は、まさに剣術の神・鬼一法眼のこしらえだが、
実際に舞台にいたのは、「ただのお爺ちゃん」であった(爆爆)。
だいたい、なんで大播磨が当然のように團菊祭に居るんだよ(笑)!

菊五郎も目尻が下がりっぱなしで、可愛い丑ちゃんをほくほく見守っていた。
幕間のイヤホンガイドのインタビューの話にもあったが、
菊之助によると両祖父はとにかく甘く、
丑之助のことをよく褒めてくれるとのことだ。
菊之助本人はその点、父親としての責任感が大きいので、
稽古をつけるときも厳しく、できるまで要求していると語っており、
舞台でも、幼い息子の傍に控え、真剣な面持ちで
丑之助の一挙手一投足を見つめていた。

その菊之助の、このたびの挑戦は『京鹿子娘道成寺』。
前の幕で、弁慶として野太い声+おおどかな存在感を発揮した直後に、
ここでは、なんと目の覚めるような白拍子花子に扮しての、独壇場。
菊之助の緻密さ、ひとときも気を抜かぬほどのきめの細かい踊りは、
おそらく玉三郎の薫陶を受けた時期に身につけたのではと想像しているのだが、
それに加えて、菊之助らしい幸福感のようなものが充ち満ちていて、
まことに美しい娘道成寺だった。
圧巻の一幕。

今年は、音羽屋の繁栄をいつも以上に、しみじみと嬉しく感じた團菊祭であった。




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歌舞伎座の昼の部だけ観て、さきほど広島に帰ってきた。
詰め込んだ東京滞在であった(^_^;。

あらしちゃん(松緑)の富樫、めっっっっちゃ美しかった!!
強力(荷物持ち)に身をやつした義経を見咎め、さぁっと扇を投げ放って
「これなる強力、止まれとこそ!」
と太刀を手にキマった姿、私の観劇史上、最高の鮮やかさだった。
富樫とは、あのように体の線が美しい役だったのか!!

義経は菊之助、弁慶は海老蔵。
登場したとき、花道七三で見返りのかたちになる義経の、
馥郁たる余韻ある姿、本当に圧倒された。
声も歌うように美しく涼やかで、プリンス菊之助、これにあり!!
海老蔵の弁慶は、以前見たときより年齢が役に出るようになり、
大きさが際立ってきたと思った。
最後の六方まで迫力が全く衰えないのも圧巻。

幕間にイヤホンガイドで音羽屋三代のインタビューがあり、
『令和に期待することは』と訊かれて菊五郎が、
「私から申しますなら、知ったこっちゃない、と(笑)」
と答えており、『ひーま』らしくて実に愉快だった。菊五郎は、
「明治・大正生まれの役者さんから教わったものを、
 昭和生まれの私たちが、平成で御披露した、
 そして、これからの歌舞伎は、今度は息子達世代がつくっていく」
「音羽屋の型を伝えて行く仕事は、今後は倅が致します」
という意味のことを語っており、まさにその言葉通り、
世代交代を目の当たりにした『勧進帳』だった。

あらしちゃんについては、これのほか『曽我対面』の工藤祐経を演っており、
「高座、御免」の挨拶が劇中であって、
大向こうさんから「紀尾井町!」の声が飛び、
辰之助の遺児であったあらしちゃんが、よくぞここまで、
……と歌舞伎座の真ん中で座頭としての役を務める松緑の姿に、
おば(あ)さんファンとして目頭の熱くなる思いだった。
この演目は、実の兄弟である梅枝・萬太郎が曽我兄弟を務め、
特に萬太郎が一風変わった柔らかみのある曽我五郎を表現しており、
なかなか面白い仕上がりになっていたのだが、それにもまして、
私は朝比奈を演った歌昇が巧くてびっくりした。
声の出し方、台詞回し、舞踊としての完成度も高い朝比奈の身のこなし、
猛る曽我五郎を、袖を引いて留めたかたちなど、
首のかしげ方まで魅力があり、可愛らしさすらあって、
「朝比奈のぬいぐるみが欲しい!」(笑)
と私は胸がときめいた。
歌昇にああいう役ができるとは、全く予想もしていなかった。
尾上右近は、『対面』の大磯の虎と『め組』の鳶をやって大活躍だったが、
声が若干、おかしいように思った。
風邪をひいていたのだろうか(^_^;。
女形の大役と、活きの良い江戸っ子の鳶を一度に務めるのは
恐らく心身の負担が大きいことだろう。

『め組の喧嘩』は、音羽屋の旦那(菊五郎)の格好いいところを
存分に堪能させて戴き、もう申し上げることはございません<(_ _)>。
もう若い人たちの時代、……と仰りながら、あの舞台姿!!


團菊祭は今月後半に、また改めて。
丑之助の襲名(+音羽屋と大播磨の、芝居になっとらん幸せな爺ちゃん姿)を
私はまだ観ていない!!

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24日(日)の昼に国立劇場を、
25日(月)の昼夜に歌舞伎座を観て来た。
25日の開演前には、「初世尾上辰之助」展@松竹大谷図書館にも寄った。

下の写真は、国立劇場前の桜。
既に東京は今週にも桜の最盛期を迎えるということだった。
広島は、縮景園のソメイヨシノの開花が、数日前にニュースになったばかりだったが。

   

国立劇場のほうは、小劇場にて『元禄忠臣蔵』『積恋雪関扉』。
扇雀の徳川綱豊卿、大きさは素晴らしかったが、
声がときどき枯れているように聞こえて、少し心配だった。
又五郎の新井勘解由が背筋まで見事に決まっていて、シビれた。
菊之助の大伴黒主は、ニンではないのかもしれないとも感じたが、
とにかく声が素晴らしくて、さすが音羽屋の後継!と聴き惚れた。
立役の踊りとしては、これは必修科目のようなものではないだろうか。
着々とひとつずつ課題をこなして昇っていくプリンス菊之助の姿を
私は世代的に、目の当たりにすることができたと思う。
梅枝のは墨染が気に入った。まさに桜色に薄墨のかったお色気だった。

歌舞伎座は、今回は旦那さん(菊五郎)も松緑も居ないので
三階席から気持ちの面ではゆったりと観劇することができたが、
マホロン(寺島眞秀)がお父さんもお爺ちゃんも居ない中、
『盛綱陣屋』の盛綱一子小三郎として健闘していて、なかなか頼もしかった。
声も冴え冴えと、台詞明晰で素晴らしかったし、
花道を渡る姿も舞台上で座ったかたちもキマっていて、
マホロンもまた小さいながら役者の道を歩み始めたのだなと感慨深く思った。
高綱一子小四郎の勘太郎は更に見事で、8歳になったということもあり、
子役の中では大役中の大役を立派に務め、その芝居心には全く感心した。
私は千秋楽直前のを一度観ただけだが、
あの年齢ならばきっと、初日からここまでに大きな成長があったことだろう。
盛綱は仁左衛門、篝火は雀右衛門で、今日の決定版と言える配役だった。

しかし今回の歌舞伎座で、私にとって大変に注目度が高かったのは猿弥で、
昼の『傾城反魂香』では不破入道道犬を、
夜の『盛綱陣屋』ではご注進の愉快なほうである伊吹藤太と、
更に奇数日の『弁天小僧』では南郷力丸、と重要な役を次々と務めており、
個人的には三月大歌舞伎は「猿弥祭り」であった(^_^;。
私が猿弥に最初に目を留めたのは、2011年9月松竹座『幸助餅』の女房おきみ、
その次が2012年9月の公文協『熊谷陣屋』の弥陀六で、
何を演じても描線が太く(←体型の話ではない(汗))、
私好みのくっきりとした印象を残す役者さんなのだなと、
ここ何年かの間、密かに注目していたのだ。
今回は澤瀉屋の猿之助が出ているからか、何なのかわからないが、
俄に猿弥にスポットが当たったようで、とても嬉しく思った。
悪役と道化役、それに準主役級の男臭い兄貴分、と、
それぞれに色合いの異なる役を一日で見せて貰い、猿弥の魅力を満喫した。
大変、楽しかった(^^)!この手応えが、猿弥の良いところではないか。

24日の夜は、少し時間があったので池袋で娘と会い、夕食を一緒にした。
娘は変わりなく過ごしている様子だった。
某・地質調査&建設コンサルタント系の会社で営業職として働き、
週末には趣味の絵を習いに行ったりもして、結構楽しそうだった。
18歳で家を離れて一人暮らしを始めて、今年は早6年目の終わり、
娘は私にとって、日常的には近しい存在ではないが、
会えば自然に距離がなくなり、実に不思議なものだなと思った。

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24日(日)の夕方再度、東京に行き、歌舞伎座の夜の部を1階2等席で観て、
25日(月)は朝から歌舞伎座に居座り、昼夜を通しで観た。
特に夜の部は前楽(千秋楽前日)ということで、
最後に一度はと思い、1階1等席花道側を奮発した。
私のような3階常連さんには、1階「1扉」から出入りするなんて、
実に晴れがましい、久しぶりの感激だった!

いがみの権太、縮屋新助、どちらもこの一ヶ月の進化が素晴らしく、
今回は幸運にも、初日の翌々日と千秋楽前日を観劇できたことにより、
なるほど同じ舞台はふたつと無いのだな、
同じ役の人生を生きているようでいて、そこには日々の蓄積が
ひとつずつ少しずつ、現れて来るものなのだなと、実感することができた。

そして、左近!
あの舞台姿、………いいわ(爆)。
観れば観るほど忘れられなくなり、今回はついに写真を買ってしまった。
ちょっとこれから夢に見そうだ。陥ちたかもしれない(^_^;。
今月の左近の成果には、いつもは手厳しい親の松緑も感心したようで、
珍しく日記の中で、はっきりと褒めている
さすがは辰之助の孫、紀尾井町のおじさまの曾孫!
えらく大きな楽しみが、できてしまった(^^ゞ。
梅玉のおじさま、よくぞ追善の月に左近を出して下さいました<(_ _)>!

  

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2月4日、二月大歌舞伎を昼夜、観て来た。
昼の部も夜の部も、初代辰之助の追善狂言が出る二月公演は、
私にとって特別な一ヶ月になると前々からわかっていたので、
初日が開いてすぐの時期と、可能であれば千秋楽近くに再度、
という具合に、今月は二度遠征をする計画にしてある。
今週のは、そのうちの第一回、のつもりで出かけた。

歌舞伎座に行ってみると、事前にわかっていたことだが、
正面玄関を入って左側前方に、亡き辰之助の写真が置かれていて、
香炉からは、ほのかな香りが立ち上っていた。
なんだってこんなところで「遺影」になんかなっているのか!と、
改めて、どうにも納得できない思いになったが、もはや三十三回忌なのだった。
86年秋の『テレフォン・ショッキング』出演が、私の、辰之助の最後の記憶だ。
その半年後に辰之助は再度倒れて助からず、父・二代目松緑も間無しに亡くなり、
遺児あらしちゃんが89年に14歳で藤間流六世家元藤間勘右衞門を襲名、
91年に16歳で二代目尾上辰之助を襲名……、
歌舞伎座で観た、花道を渡って来る燃えるような曽我五郎の姿を
私は今も、思い出すことができる。
あの日から数えても、早28年の歳月が流れたのだ。
あらしちゃんは健気にも立派に精進し、今や四代目尾上松緑、
父・辰之助の亡くなった年齢を既に越えた。

追善狂言は、昼が『義経千本桜 すし屋』『暗闇の丑松』、夜が『名月八幡祭』。
イヤホンガイドでは幕間に、81年の二代目尾上左近・初舞台の際に収録された、
松緑・辰之助・左近の三世代インタビューの、貴重な録音が流された。
  

昼の部『すし屋』の「いがみの権太」は、当代松緑には今回が初役だったが、
ニンに合った、小気味よいテンポの芝居で、なかなか良かった。
前半のやんちゃなところは若い頃のあらしちゃんを彷彿とさせ、
後半の「もどり」からは父を慕う真情と相まって、熱い舞台となった。
要所・要所をきちんと決め、緩急が見事で、
観客に印象づけるべき場面のかたちが大変に美しく、
演技的な要素のみならず、舞踊家としての松緑の長所も
ふんだんに発揮されていたと思う。

菊五郎による『暗闇の丑松』は圧倒的なスケールだった。
この役に賭ける菊五郎の思いを、私は丑松の周囲の暗闇の中に感じた。
辰之助が存命だった頃、若き菊五郎は相手役の「お米」を演じたものだった。
辰之助と菊五郎の組んだ舞台は数え切れないほどあり、
二人は生涯の相手役同士と、私は当時、信じ込んでいた。
その辰之助の訃報に、『一生分の涙を流した』との菊五郎の言葉が、
今月の筋書に掲載されている。
辰之助の早すぎる逝去が、菊五郎を公私ともに、
根底から揺るがすほどの出来事であったことは、想像に難くない。
そしてそれは、菊五郎にとって結果的に大きな転機となった。
あのときから菊五郎は、辰之助が生きていれば務める筈だった役を
二代目松緑らに教えを請い、無二の相手役になりかわるように、
ひとつひとつかたちにして、今日まで演じてきたのだ。
『暗闇の丑松』もまた、そうした役のひとつだった。
終盤に向かうほど、丑松の闇は深みと凄みを増した。
かつて菊五郎の目に映っていた、若き日の辰之助の丑松、
今の菊五郎が全身で造型した、亡き辰之助とともに演じる丑松。
このようなかたちで、舞台に辰之助を蘇らせることができるのは、
菊五郎の磨き上げた芸があればこそだった。

夜の部の追善狂言は『名月八幡祭』。
松緑にとっては二度目の「縮屋 新助」だが、
今回は盟友・辰之助のためにと、玉三郎が「美代吉」、仁左衛門が「三次」を務め、
まさにかつての辰之助の名舞台の再現となった。
酷薄さをたたえた、この世のものとは思えぬ美貌の美代吉と、
その彼女に指先までぴったりと添わせるような色男の三次が並ぶと、
そこには新助の入る余地など全くなく、彼の純朴さ・哀れさが際立った。
美代吉への、叶わぬ思いが場を追うごとに高まりを見せ、
頂点を極めたあと、終盤で狂気を爆発させるという劇的な見せ方に、
当代松緑の持ち味が実に良く出ていたが、
それはそのまま、亡き辰之助が得意としたところでもあった。
美代吉に騙され(玉三郎の美代吉は確かに「騙した」と思われる)、
花道でくずおれ、何もかも取り返しがつかぬと慟哭したあと、
一瞬「しん」と静かになって、次に顔を上げたときの新助の目は凄まじかった。
当代・尾上松緑の面目躍如!

松緑の後ろに、いつも辰之助が居ることを、端々に感じた追善狂言だった。
不肖の自分の命を、できるものなら父に差し出したいと、
松緑は今もしばしば言っているのだが、
松緑が舞台に立ち、役に命を吹き込むことにより、
父・辰之助もまたこうして、再び命を得るのだと私は思った。
それは、辰之助の血を受けた松緑でなければ出来ないことだ。
そして、追善狂言ではなかったが『當年祝春駒』の、左近。
辰之助がこの世で見ることの叶わなかった、彼の孫は、
まことに真っ直ぐな、正しく筋の良い芸風の少年へと成長している。
彼の踊った曽我五郎は、墨跡も鮮やかに匂い立つ楷書の如き出来映えであった。
ひとり息子をここまで育てて来たあらしちゃんを、どうか褒めてやって欲しい。
辰之助がいたら、この才気ほとばしる孫息子を、どれほど愛したことだろうか!

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