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転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 



サブリナ観たさに、ちょっと久々の聖地巡礼を決行。
行って良かった。なかなか面白かった。
詳しいことはまた後ほど。

宝塚も大阪も晴れて暑かったのに
帰りの新幹線が岡山に近づいたところで大雨。
車内のアナウンスによると、激しい雨のために伯備線が遅れたらしい。
広島も雨だったのだろうか。
ああ、朝干して出た洗濯物たちの運命や如何に……

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きょうは、いわゆる革命記念日だ。
1789年7月14日、バスティーユ襲撃をきっかけとして、
フランス全土に広まった争乱が
後に「フランス革命」と呼ばれる事態に発展した。

その後、革命政府がオーストリアに宣戦布告した際につくられたのが、
『軍隊を組織せよ / 進め!進め!/ 敵の汚れた血で / 田畑を満たすまで』
というスプラッタな歌詞の『ラ・マルセイエーズ』で、
これが今日もフランス国歌として歌い継がれている。

一般の日本人は、『ラ・マルセイエーズ』を全部は知らない人も多いと思うが、
宝塚ファンは、少なくとも旋律だけなら、結構、鼻歌でイケる。
なぜなら、これは『ベルばら』のロケット(ラインダンス)の音楽だから。

更に、普通の日本人は、7月14日と聞いても瞬間的に「革命記念日!」
とまでは思わないだろうが、こっちも宝塚ファンならみんな知っている。
なんしろ、オスカル様のご命日なもんで。
(ちなみにアンドレの命日は、これの前日)

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(以下の感想には、部分的にネタバレを含んでいるところがあります。
まだご観劇になっていない方で、舞台を白紙の状態でお楽しみになりたい方は、
現時点では、このあとの文章をお読みになりませんようお願い致します。)

**************

この作品がバウホール・デビューとなる原田 諒の脚本が
大変綺麗にまとまっていたというのが、
まず、出発点として成功していた点だと思うのだが、
それに加えて、主人公シャルル・トレネの描かれ方が、
現時点での凪七瑠海の若さや真面目さに実に良く似合っていて、
うまい配置だったと感じた。

シャルル・トレネは実在のシャンソン歌手だが、
この舞台で描かれるのは彼の青年時代で、
名も無く地位もなく、ただ前途と夢だけがあった若い彼の、
人生に対する素直な向き合い方が、凪七瑠海の演技でよくわかった、
自分の感じたままを真摯に歌う姿が、彼の周囲を魅了したように、
観客の私たちも、ごく自然に彼の支持者となって、
物語の展開を見守ることができたのが、とても良かった。

凪七瑠海は痩せ過ぎというほど細くて、しかも優しい顔立ちなので、
シルエットの点で、男役としてどうかなと思う点もあったのだが、
シャルル役は、力むことなく自然体で演じていて、
それがぴたりと嵌っていたと思う。
そんな主演男役に対しては、今回の花影アリスのように、
繊細で華奢な娘役でなければ、釣り合いが取れないと思うのだが、
彼女がまた、女優(美穂圭子)の付き人をしていた若い頃から始まって、
後にレビューのスターとしての地位を確立するところまでの変化を、
少しも不自然さを感じさせずに作っていて、とても巧かった。

そして、今回は脇も名演揃いだったのだが、
まず、物語全体の骨格をつくった功労者が、美穂圭子だった。
彼女の、輪郭の鮮明な演技があった御陰で、
話の要所要所に句読点を打たれたような効果があったと思う。
それからもうひとり、陰の功労者は磯野千尋で、
この人が劇場支配人として大きな存在感を発揮してくれた御陰で、
そこに関わる歌手やレビュー・スター達の社会的地位が明確になり、
シャルルが名声を獲得していく様も明瞭になったと思う。

シャルルの親友で作曲家のジョニー(鳳樹いち)の明るさも良かったし、
無名時代のシャルルの勤務先にいた映画監督バロンセリ(風莉じん)、
歌手としてのシャルルを最初に見出すラウル・ブルトン(寿つかさ)、
最後に物語を動かす一役を担う、マネージャーのベル(美風舞良)、
といった面々も、素晴らしい名演揃いだった。
皆、それぞれの場で、台詞に表されていない心情も演技で見せてくれたし、
後々の展開に備える伏線のように、必要な印象は過不足なく残して、
シャルルの人生の、どの部分に彼らがどう関わったかがよくわかり、
見終わったときにパズルが全部おさまったような納得感があった。

そして私が、今回、どうしても書いておきたいのが、
ゲオルグ・シュタイネル少佐役の春風弥里だ。
華やかなレビューのスターとなったジジ(花影アリス)の愛人として、
シュタイネル少佐は一幕の最後になって初めて登場するのだが、
立ち姿が見事で、この一発目の印象が大変鮮やかであった上に、
少佐の出現をきっかけに物語が、というか時代そのものが、
新たな局面を迎えることが、はっきり示された瞬間になっていた。
本当に、春風弥里は、巧かったと思うのだ。

加えて、ナチス将校としての彼の立場、男性としての愛情と苦悩、
などが、とてもよく客席に伝わるように演じていたのも素晴らしかった。
少佐は、ナチス親衛隊としての自分の信条を揺るぎないものとしており、
ジジが自分と関係を持ったのも「打算」であると看破しているのだが、
にも関わらず、彼は男性として、ジジを愛しているのも本当なのだ。
それは、ユダヤ人の父親を持つという、ジジの出自を知ってからも
結局変わることなく、それゆえに彼の苦悩はいっそう深まることになる。
おそらく、一番の悲劇は、シャルルではなく少佐の人生だったと思う。
ある意味、彼の出番がこの程度に限定されたものであって良かった。
もし作者が、もう少しシュタイネル少佐について書き込んでいたら、
「黒い役」の面白さと相まって、誰が主役かわからなくなっていたかもしれない。

どの角度から見ても非常によくまとまった舞台だったと思うのだが、
使われている楽曲の、本質的な素晴らしさも、とても印象に残った。
タイトルでもある『私は歌う(Je Chante)』だけでなく、
『ブン (Boum)』『ラ・メール(La Mer)』『パリに帰りて(Retour a Paris)』
など、宝塚歌劇の過去のショーでもお馴染みだったシャンソン・ナンバーが
シャルルやそのほかの歌手によって劇中で繰り返し歌われ、どれも心に染みた。
この作品の、もうひとつの主人公は、シャルル・トレネの遺した、
名曲の数々だったと、見終わってしみじみ思った。

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専科のソル(磯野千尋)さんがご出演になっているから、
という、ただそれだけの理由で、きょうの14時半公演を観たのだが、
全体として、とてもとても、良い舞台だったと思った。
主演の凪七瑠海・花影アリスのコンビに魅力があったのは勿論、
メイン・キャスト全員が素晴らしく好演していて、
かつ、脚本・演出の点でも、この出演者とバウという会場に
実にぴったりと合った出来映えだったからだ。

ゲオルグ・シュタイネル少佐(春風弥里)が特に私好みだった。
私はやはり、軍服を着こなす男役らしい男役が好きなのだ。
フィナーレ・ナンバーも短いが宝塚ならではで素晴らしかった。

きょうは遅いので、また詳しいことは、明日以降に。

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最近は『宝塚おとめ』が手元にないので
テレビで公演を見ても、誰がどのポジションなのか、わかりづらくて困る、
・・・と、主人が、先日来、幾度か言ったので、
きょう、何年ぶりかで、今更なのだが今年度版『おとめ』を買った。

『おとめ』というのは、宝塚版の選手名鑑みたいなものだ。
宝塚歌劇団に現在在籍している団員(=生徒さん)が、
組ごとに、入団年(=学年)順に、全員、掲載されている。
まだ十代であろう初舞台生から、最高齢の春日野八千代先生まで
ひとり残らず、紋付で正装した顔写真が載っている。
同じ学年の生徒さんの場合は、掲載は成績順(爆)だ。
基準はそれだけで、誰がトップだとか二番手だとかは書かれていない
ただ、表紙を飾るのはトップ(=主演)男役のうちのひとりと決まっている。

かつて、なーちゃん(大浦みずき)がトップだった頃と、
たかこ(和央ようか)さんが二番手から卒業までの間は、
毎年、『おとめ』が出るたびに買っていたものだったが、
最近は、とんとご無沙汰だった。

開いてみてビックリしたのだが、
なーちゃんが退団した91年よりあとに入団した生徒さんが、
既に、各組では最上級生かそれに近いところにいて、
私は、ほとんどの生徒さんの初舞台公演を、実際に観たか、
あるいは観劇はしないまでも時代的にちゃんと記憶していた。
考えてみたら当然か。
91年入団の生徒さんだって、もう研19(研究科19年=入団19年)だ。

歌舞伎は三年観ないと役者さんの名前がいろいろ変わってしまうが、
宝塚は三年観ないと知っている生徒さんがかなり居なくなってしまう。
そのことがこのたび、よく実感できた。
若いと勝手に思い込んでいた生徒さんが、
実は既に組長クラスで、自分の浦島ぶりにびっくりだった
(注:宝塚では、花組・雪組・月組、等々の各『組』の
最上級生の生徒さんを『組長』、その次の学年の人を『副組長』といい、
以下、その組に所属する生徒さんのことを『組子』と称する)。

広島出身の生徒さんはときどき見かけるのだが、
今回、かなり若い男役さんの中に、
娘の先輩にあたるA女子高校出身の人を見つけた。
娘がA中に入る前に宝塚音楽学校に合格されていて、
直接の交流はないと思われる学年だったが、
「先輩おるじゃん!」
と主人と娘は盛り上がっていた。

『おとめ』には、顔写真、芸名、入団年、出身校、特技、愛称、好きな花、
好きな食べ物、演じたい役柄、などが箇条書きで掲載されているのだが、
私の楽しみのひとつは、「芸名の由来」を見ることだ。
「同期みんなで考えました」
「自分で考えました」
「尊敬するかたから一字頂きました」
「恩師につけて頂きました」
「きょうだいの名前から貰いました」
「大勢のかたのお知恵を拝借しました」
等々を眺めていると、私はいつも、
それぞれの経緯を詳しく聞いたら面白いだろうなあ
と想像してしまう。

が、これは昔からなのだが、ホントにたまに、
宝塚の生徒さんの芸名の中には、
「をい!そこまでやると、懲りすぎて失敗ぢゃないのかっ」
という、変なの(爆)が、あったりするのだ(逃)。
そりゃユニークなのはいい、目立つ必要もあるだろう、
しかし最低限、名前として綺麗かどうか、
響きとして、なんらかの残念な言葉に酷似していたりしないか、
とくと検討すべきではないだろうか。
しかも、そういう困った名前に限って、
「家族みんなで考えました」
などと由来のところに書いてある。
誰か止めたれよ(泣)。

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昨日夜は、紫苑ゆう『Legend of Shion―再会Part10』に行った
『Legend of Shion―再会Part9』及びPart6~8のリンクあり )。

2005年から参加しているので、私にとって今回は、
連続5回目の『再会』だったのだが、
第1回から数えると、今年はちょうど十年目だった。
それを記念して、この秋には紫苑ゆうバウ公演『True Love』も行われ、
昨日の『再会』は、シメさんいわく「バウのお茶会」、
という意味合いもあり、バウでの曲目や制作の思い出話など
今回の公演にちなんだ内容になっていた。

登場時のシメさんは黒いマント姿で、
バウではこれに白い百合を抱いて「アルブレヒト」として
ご登場になったということだった(私はバウを観てない!)。
今回のバウを制作するにあたり、担当の谷正純先生が、
「何をやりたいか」とお尋ねになったので、シメさんは即答で
「アルブレヒト」を挙げ、それが実現したわけだったが、谷先生は
「ジゼルて墓場やろ。それから話、どーすんねん」
と随分、悩まれたということだった。

昨日はバウで共演者だったウル(未央一)さんが来られていて
シメさんに乞われてステージに上がられ、
公演の裏話や、植田先生のモノマネ(シヌほど笑わせて貰った!!)
など恐ろしく話術が巧みで芸達者なところを披露されたあと、
ウルさんからの『クリスマスプレゼントのお願い』として
「東京でもシメのリサイタルをして欲しい」
「衣装をつけてトートをやって欲しい」
等々を挙げて下さり、客席は大喝采だった。ウルさん素敵過ぎ!!

シメさんは、バウが終わってこのかた「変」なのだそうで
昨日の『再会』も、ご本人的には、
「こんなに準備しないで迎えた『再会』は初めて」
とのことだった。
しかし実際には、バウ本番もかくやと思われる熱唱が続き
(『True Love』主題歌、『うたかたの恋』『熱愛のボレロ』
『闇が広がる』(←ひとりトート&ルドルフ)等々)、
いつものシメさんの可笑しいトークも連発で、
全然「準備してない」とは思えない内容だったけれど(苦笑)。

バウのときのボレロ調『フォーエバー宝塚』の振付は
ヤン(安寿ミラ)ちゃんだったが、そもそもは、
公演予定が決まった頃に、偶然、東京でヤンちゃんと会い、
「シメさんが黒燕尾を着ないでどうするの」
「私が振付するから」
とヤンちゃんのほうから言ってくれたことで、
あの場面が決まったということだった。ヤンちゃん男前!!

振付はひとつひとつ、「宝塚への愛と感謝」が込められたもので、
ステージ上手下手それぞれから、喜多先生や小原先生寺田先生と
ほか、故人となられた先生方へお礼を捧げるかたちになっていて
シメさんだけでなく、クールなヤンちゃんまで振付しながら泣いたそうだ。
そして予科!本科!初舞台!初主役!と宝塚の日々を重ねる振りがあり、
最後、愛する宝塚から去っていく場面があり、
再度正面を向いて「はい戻ってきました、きょうのリサイタル」
という構成になっていたのだそうだ。

昨夜は、仙堂花歩ちゃんも会場に来ていて、
エリザベートの一幕最後のシシィとトートの歌を、
シメさんとのデュエットで披露してくれた。
仙堂花歩ちゃんにとってはシメさんは、既に最初から、
音楽学校の渡辺奈津子先生、という存在だったそうだが、
現役男役スターさん同然(それ以上!?)の格好良さで、
また、先生なのに
「入待ちのファンがいる」
という特別なかただったということだ。
ほか、昨日は、現・星組男役スターの涼紫央さんの姿も客席に見え、
あまりにお綺麗なので、客席でも皆の注目を集めていた。

シメさんご本人は、このたびのバウ公演に際して、
皆の愛情と尽力とに感謝するとともに、
とにかく期間中、最後まで無事に務められるよう・声が出ますように、
と祈るばかりの毎日だったそうだ。
公演が全うできてからのシメさんは、しばらく社会復帰できないほど
「変」になってしまい、今もまだ、普通ではないとのことだった。
そういえば、唯一、シメさんがいつものようでなかったのは、
昨夜のショーの最後の、挨拶の部分だったかもしれない。
アンコールを求める客席に対し、もう何も用意していないと話し、
え?アカペラ?と気を持たせた割には、結局挨拶だけで終わって、
いつも客あしらいのうまいシメさんとしては、
昨夜の幕切れは、ちょっとシまらない、奇妙なものだった。

しかしバウは終わっても『再会』は続いていくので、
今年はなんだかおかしなシメさんだった、
というのも良いかも、と温かい余韻があったのも本当だった。
また来年、貴公子・紫苑ゆうに会えるのが楽しみだ。

なお、昨日は私は珍しいことにテーブル対抗じゃんけんで勝ち抜き、
100以上あるテーブルのうち5テーブルにだけ与えられる賞品
(私のは、写真の、シメさんの記事掲載雑誌・直筆サイン入り)
を勝ち取ることができた。
同じテーブルの方々全員になんらかの賞品があったので、
皆さんにも喜んで頂くことができ、本当にシアワセだった。



追記:上記の文章を書くのは、私にとってつらくなかった。
宝塚の話題だというのに。しかもウルさんはなーちゃん同期なのに。
シメさんはやはり凄い人だと思った。シメさんの魔法は偉大だ。

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私は行けなかったが、きょうは、東京で、
なーちゃん(大浦みずき)の「お別れ会」があった。
お身内だけの密葬は既に済まされていたので、きょうは、
ファンも参列して改めて偲ぶ「本葬」のようなものだった。

2ちゃんの「大浦みずきさんPart5」のスレに、
その様子が、少しずつ書き込まれていた。
大変な人数の参列があり、喪主となられたお姉様が、
『お見舞いもほとんど断り、最後まで身内だけで密葬したこと、
女優・大浦の矜持と思って欲しい』
という意味のお話をなさったそうだ。
ほか、三浦朱門先生や植田紳爾・元歌劇団理事長、
阿川佐和子さん、剣幸さんらが弔辞を述べられ、
タンゴ・ナンバーの演奏が続き、
ペイ(高汐巴)さん率いる当時の花組メンバー有志が揃い、
『心の翼』を皆で歌って、見送った、ということだ。

だいぶ遅くなって、ほとんど夜に近くなってから、
かつて私が花組観劇に奔走した当時のお仲間
(というより、大先輩!)だった某氏が、
仕事を抜けて会場に駆けつけてみたが、
もう、すっかり片付けられたあとだったそうだ。
そうしたら、近くにいらした警備員のかたが、
「大浦みずきさんですか?もう昼間は凄い人で・・・」
と話しかけてきて下さり、その雰囲気が、
本当に温かかったとのことだった。

某氏によると、会場は本当に撤収が終わって何もなく、
『写メを撮るのもはばかられるほどで』
とのことだったが、しかし同時に、
その、見事なまでの片付きっぷりが、なんだか、
いかにも、あのさっぱりしたなーちゃんらしくて、
アッパレというか、最後までホントに「らしい」なあと、
悲しい中に、笑みが浮かんで、すがすがしい気分になった、
ということだった。

「雨女の大浦様」が、よりによって、こんな良い天気の
暖かい師走の午後に、皆に見送られて天に昇るとは。


大浦みずきさんお別れの会に3000人(デイリースポーツ)
3000人が最後の別れ 大浦みずきさんお別れの会(産経ニュース)
元宝塚・大浦みずきさんとの別れに”幼なじみ”阿川佐和子も沈痛「・・・ショックです」(ORICONニュース)

亡くなって病院を出る際、車で日比谷の東宝前を通って別れを告げた、
との記述には、泣いた。
日比谷と旧東宝の光景を、私は絶対に忘れない。

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28日11時公演しか観ていないので、把握できていないところも
多々あると思うのだが、忘れないうちに印象を記しておきたいと思う。

全体としては、とても洗練された、良い舞台だった。
コスプレを求めるタイプの観客から見ると、
スーツが主体の現代物は物足りない面もあるかもしれないが、
主演も脇もいずれ劣らぬ名演揃いで、見どころが多く、
観た!という手応えが随所にある、実に完成度の高い公演だった。

主役のリックは、ゆうひ(大空祐飛)くんにピッタリで、
大人の男性を演じられる彼女の強みが、存分に発揮されていた。
加えて、ゆうひくんの男役には「型」がちゃんとあって、
立ち方や衣装の見せ方、煙草の扱いに至るまで、
下級生の「お手本」となる、素晴らしい主演ぶりだったと思う。
宙組にはこれまで、「型」を持ち込むタイプのスターが少なかったので、
ゆうひくんは今後、組カラーに影響を与える人かもしれないと思った。

私にとって良かったのは、以前も書いたように、
酒場「カフェ・アメリカン」で、客のドイツ人とフランス人とが
それぞれの国の歌を競い合って歌う場面で、
リックはそのどちらにも属さず、愛するアメリカに帰ることも出来ない、
という孤独感が非常に強く出ていた箇所が、とても印象に残った。

総じて、ゆうひくんのリックは、持っている孤独感が際だっていた。
イルザの愛を見失ったことで彼の心は閉ざされた、というのがよくわかった。
そのことが、パリの回想シーンで、リックが恋に落ちる場面を観て、
いっそう鮮やかに感じられた。
イルザと初めて出会う場面でのリックは、明らかに現在の彼ではなく、
台詞を言う前から、「損なわれる前の彼」であることが
明瞭に表現されていたと思うのだ。

彼女に「捨てられ」、異境の地に流れ着き、
自らの経営する店に、運命の女性イルザが再度現れ、
まわり道の後に、ついに彼女の愛を確かめることが叶い、
自分の選ぶべき道を見定める……、という後半のリックも良かった。
最終的に、またしても独りにもどるリックだが、
退廃的だったリックが、今や自らの再生を手にしたということが、
ゆうひくんの静かな演技から存分に伝わっていたと思う。

ただ、もしかしたら、宝塚的には、
トップのやる役の系統はむしろラズロのほうであって、
リックは、キャラ的には、本来なら二番手の役ではないか
とも、私には思われる。
宝塚では多くの場合、トップの役は理想に燃えるまっすぐな二枚目であり、
二番手に、ねじれた男の魅力が加味されることが多いと思うのだ。
二番手にそういうオイシイところを存分に演らせた上で、
トップは何もしていないようでいて、実は最終的にはやはり主演者、
さすが、組の頂点に立つ男役の存在感は違う!
……という具合に行くと、観る側の陶酔感も大きいように私は思う。

その点リックは、過去を封印した男性のやりきれなさ・見事さが、
多くの場面を費やして丁寧に書き込まれているばかりでなく、
恋に落ちる青年の純粋さを発揮する場面や、
なくした恋の痛みのために、弱さをさらけ出す場面まであって、
主役にそのような「良いとこ取り」をされると、
「筋の通った熱い二枚目」程度の設定しか与えられていない二番手が、
位負けしたとしても無理はない、という印象が、私には、あった。

今回は原作があってそれを踏襲した設定だし、
ゆうひくんにリック役が素晴らしく似合っているので、
変えるべきだったとは毛頭、思わないけれども、
その陰にあって、二番手のらんとむ(蘭寿とむ)くんが、
本来非常に不利なところで、善戦している、
ということを私自身は強く感じた。
ラズロ役をもっと掘り下げて印象的に演じろ、という批判が、
あるかどうか知らないが、もしあるとしたら、
それはいささか酷だろうと思う。


……ということで、ほかの方々についても感想はあるのだけれど、
長くなるのと、気力が続かないのとで、また機会があれば改めて<(_ _)>。
今、宝塚について書こうとすると、結構、消耗するというか、
気持ち的には、やはり重いものが、あるので……。

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11時公演を観てきた。

なーちゃん(大浦みずき)が亡くなった今、
宝塚歌劇を観る勇気は、最初、なかなか湧いて来なかった。
でも、なーちゃん同期のソル(磯野千尋)さんがご出演だったし、
ケイ(萬あきら)さんの最後の公演でもあったから、
観なかったらやはり後悔するだろうとも思って、出かけた。

新大劇場には、なーちゃんの思い出はほぼ無いので、
その点だけは、私にとって良いことだった。
もし今、日比谷の東宝が昔と同じだったら、
私には、足を向けることも出来ない場所になっていただろうけれど、
あそこも、もう全く昔の面影などないものに建て替えられたので、
そのことも、私の今後のためには、幸いだったと思っている。

ちゃんとした感想を書く気力は、今は、ないのだが、
きょうの公演で、一番印象に残ったのは、
ゆうひ(大空祐飛)くん扮するリックの所有する店で、
客達が、ドイツ国歌とフランス国歌を競うようにして歌う場面だった。
愛国心に燃え、誇りを誇示する人々の背後で、
リックだけが、どちらの国の人間でもない、アメリカ人で、
しかも、彼はそこに帰ることが出来ない、
というのが物凄く胸に染みた。
ゆうひくんは名演だった。
ほぼ、立っているだけの場面だったにも関わらず。


書く気になったら、また明日にでも。

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大浦みずき TRIBUTE(YouTube)

こういう人の舞台を、生で観ていた自分が、
今になってみると信じられないくらいだ。
こんな物凄いものを、毎回必ず見せて貰っていながら、
当時は、それが「当たり前」だったなんて。

勿論「なつめさんは凄い!」ということは、よく知っていた。
彼女でなければ実現できない場面が、いつもたくさんあった。
他組ファンに対しても、彼女のことはとても自慢だった。
しかし花組ファンや大浦ファンにしてみれば、
あの頃は、「このくらいのこと」は「当然」だったのだ。
日比谷に行けば、大劇場に行けば、必ず観ることが出来たのだから。
花組公演期間中は、ほぼ毎日、昼夜二回、まるで映画上映みたいに、
こんな公演が、いつだって間違いなく上演されていたのだ。

なーちゃんの舞台が、
「どうした!?いつもよりもっとイイ!?」
ということはあっても、
「きょうの、なーちゃんは、冴えなかった」
などということは、一度も無かった。
私の知る限り、ただの一度もだ。

それが舞台人としてどれだけ希有なことか、
若かった私には、まだまだわかっていなかった。
こんなものを、宝塚観劇歴の最初から毎日見せられたら、
こちらの基準だって狂うというものだ。


今年は、あの清志郎がいなくなるという信じられないことが起こり、
そして、今また、なーちゃんも送ってしまった。
「生きているというのは、人の死を見ることだ」
と言ったヤン・ウェンリー(@銀河英雄伝説)は本当に正しい。
自分が四十歳を超えたあたりから、それが実感できるようになった。
これを見なくなるのは、こちらの道楽人生が終わるときだけだ。

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