goo blog サービス終了のお知らせ 
転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 



スコーピオンズが、終わる!?

KISS関連の掲示板で見て、ビックリしてしまったのだが、
スコーピオンズが活動を終える、と公式サイトで告知している。
Scorpions Official Website
新しいアルバムの録音と、故国ドイツから始まる世界ツアーとが、
彼らの最後の活動になるようだ。

私が彼らを知ったのは、76年のことで、
当時LPレコードだった『Virgin Killer』の、
物凄いジャケットにドギモを抜かれたのが、最初だった。
80年代には一瞬だが(爆)マイケル・シェンカー・グループに
心惹かれたこともあった。
ハードロック~ヘヴィメタルというジャンルで、
スコーピオンズほど息の長いバンドはほかに無かったと思うし、
ドイツを代表するバンドという意味でも、彼らは不動の存在だった。

公式サイトのメッセージには、今回の決定に至る経緯は
具体的には書かれていないのだが、
本当にもう二度と、スコーピオンズは見られなくなるのだろうか。
最後のツアーは数年かけて行う予定だということなので、
再来年くらいまでは、事実上、活動が続くことになりそうだが・・・。


ジーン・シモンズ死去

イギリス人女優のJean Simmonsさん(80歳)が亡くなった。
カタカナにするとKISSのGene Simmonsと区別が全然なくなるので、
私だけでなく日本のKISSファンの多くは、このニュースに、
きっと一秒以上、息も止まるほど驚いたに違いない。

ジーン・シモンズさん死去 女優(中日新聞)

私は映画をほとんど観ないので知らなかったが、
このかたは、過去に二度アカデミー賞候補となられ、
80年代にはテレビドラマでエミー賞を受賞、
アニメ映画『ハウルの動く城』英語版では
主人公ソフィーの声を担当なさったかたでもあった。
安らかなお眠りをお祈り申し上げます。


ハードロックかヘヴィメタルか

スコーピオンズの話を書こうとして、私は実は、
彼らがハードロックなのかヘヴィメタルなのか、迷った。
私の中で、KISSはハードロックだと思うのだが、
スコーピオンズは、判断できなかった。
そもそも、ハードロックとは、ヘヴィメタルとは、何なのか。
私は今更ながら、根源的な問題に行き当たった。

ネットで検索してみて、出会った答えの中で感心したのが、
『楽しいのがハードロック、不機嫌なのがヘヴィメタル』
『声の高いのがハードロック、ギターの重いのがヘヴィメタル』
『(評論家の)渋谷陽一の好むのがハードロック、
伊藤政則が好むのがヘヴィ・メタル』(爆)。

・・・などと、フザケていないで、追求してみると、
この問題は、なかなか深いものがあった。
ハードロックとヘヴィメタルは、様式の点でそれぞれの特徴があり、
また、各ジャンルを代表するバンドの出現時期・活動時期で、
「歴史的」な定義も大ざっぱには出来そうだったが、
音楽的な面で、両者を明確に厳密に分けることもまた、難しかった。
ちなみに、ルックスは関係なかった(爆)。

Trackback ( 0 )




寒い
このところ寒くなり、市街地でも雪がちらついている。
実家のあたりは山間部の寒村なので、
母によると既に「埋まっている」状態だそうだが、
こちら中区界隈では、うっすらと白くなることはあっても、
短時間で溶けてしまって、積雪は見られない。
昔、パンスーの祖母が家から市街地に出かけたとき、
朝は膝までの積雪を踏み越えて村から脱出したのに、
「市内はホコリが立っとった(--#)」
と、場違いなゴム長が恥ずかしかったという話をしていたことがあった。

ディートリッヒ
たかこ(和央ようか)さん主演『ディートリッヒ~生きた 愛した 永遠に』の
製作発表記者会見が、昨日、都内であったそうだ。
ほ、本当に吉田都さんが、お隣に!!凄い!!
しかし、このポスター写真のたかこさんは、綺麗だとは思うけれども、
私としては、シビれるというところまでは行かない。
マニッシュな装いで、一見、元・男役スターには相応しそうだが、
このたかこさんは、「男役」として衣装を着ているのではなくて、
飽くまで「女優」として存在しているので、私には違和感があるのだ。
勿論、たかこさんは正しい。だって、もう男役ではないのだから。
にも関わらず、私は未だに彼女の「男役」姿のほうを引きずっている。
いっそ「茶々」みたいなコスチュームものなら切り離せるのだが、
こういう「似て非なるもの」を見せられることには、
やはりまだ、私は慣れていないのだった。

清志郎の新譜
清志郎が89年に録音したアナログテープが見つかった、という記事があった。
清志郎さん“未発表10曲”見つかる!3月発売へ(スポニチ)
89年というと、清志郎も三十代なら私も二十代、
夏には野音、冬には武道館、と毎年燃えていた頃のことだ。
清志郎は既に『Razor Sharp』などでソロ活動の道を模索していたけれど、
RCサクセションがこのあと二年で活動休止してしまうなんて、
当時はまだ、一ファンに過ぎない私には全く感じ取れないことだった。
今回見つかったテープは、清志郎と小原礼さんとの合作だそうで、
新アルバム『Baby♯1』として3月に発売されるとのことだ。
クラシック音楽なら、亡くなった演奏家の未発表音源が、
何十年か経って出てきて新発売、というのはそんなに驚かないが、
まさか、清志郎でこういう巡り合わせが有り得るなんて。

Trackback ( 0 )




某巨大掲示板を見ていたら、12月20日の書き込みで、
『今日マミちゃん(真琴つばさ)がディナーショーで、
「今年一番心に残ったことを思って」と最後に熱唱したのが、
「デイ・ドリーム・ビリーバー」だった』
というのがあった。
観た人によると、マミちゃんは、なーちゃん(大浦みずき)を思って、
この曲を選んだというのが、話の流れから察せられたそうで、
歌詞を聞いていたら泣けたと、その掲示板の感想には書いてあった。

私がちょっとびっくりしたのは、そのときマミちゃんの歌った歌詞が、
「もう今は彼女はいない」「彼女はクイーン」
だったと書いてあったことだ。
書き込んだ人は指摘していなかったが、
なんとこれは、ディナーショー用の訳詞ではなくて、
清志郎の書いた『デイ・ドリーム・ビリーバー』ではないか!

調べてみると、マミちゃんが今年5月に出演した、
雨の夏、三十人のジュリエットが還ってきた
という舞台で、カーテンコールのときに、
清志郎の『デイ・ドリーム・ビリーバー』が使用されていた、
ということがわかった。
マミちゃんは舞台の思い出に絡めて、なーちゃんへの気持ちを、
自分のディナーショーの最後の一曲に込めたのだろう。

清志郎の歌で、マミちゃんがなーちゃんを送るなんて、
そしてそのとき、その清志郎も、もはや居ないなんて、
こんな巡り合わせを、どうして想像することができただろう。

忌野清志郎 - Daydream believer(YouTube)


ところで上記の映像では、清志郎が泣いているのではないか、
という指摘がコメント欄にいくつかある。
途中で、歌は乱れていないが、清志郎の左の頬を、涙か汗か、
わからないが何かのしずくがつたって落ちるのが、確かに見える。
清志郎はかつて取材等に答えたとき、この曲の歌詞をつける際に、
亡くなったお母さんのことを書いたとよく言っていたので、
彼のそのような思いについて想像し言及したコメントも出ている。

ただ、コメント欄の、ほかの人の意見にもあるように、私も、
清志郎が人前で泣く、というのはちょっと考えにくいと思う。
絶対にない、とまでは言わないが、
清志郎は、良くも悪くも、バンドマンとして徹底的な人だったから、
客の前に出たら、個人的な思いに流されるようなことは、
まず無かった、というのが私の印象だ。
たとえ心の中がどのようであったとしても、
清志郎が客より先に泣く、
というのは、どうも、私には、なさそうに思える。

Trackback ( 0 )




本日よりウォルマート勤務になったKISS↓
KISS Works At Walmart(YouTube)

KISSのCD『SonicBoom』は未だに邦盤が発売されておらず、
amazonにあった輸入盤まで在庫切れになってしまっているのだが
(もしかしたらTowerRecordsにはまだあるかもしれない)、
本家の北米でも、今回は米ウォルマート独占販売という、
ちょっと特殊な流通経路が取られている。

その関係で、「KISSの面々がウォルマートの店舗勤務始めました」
・・・という設定のCMが、このほどお目見えした。
これはウォルマート店内専用の、2分ほどの映像で、
トミーやエリックが活躍しているのも楽しいが、
なんといっても可笑しいのは、ジーンがレジをやっていて、
客の持ってきたエアロスミスのCDを後ろに投げ捨てる場面だろう。
こういう役は、陽性のフロントマンであるポールより、
毒のある笑いが取れるジーン社長のほうが、確かに似合うと思う。
また彼らとエアロスミスの仲だから、観るほうも遠慮無く笑えるし、
このテのベタな展開は、いかにもKISSらしい。

そして最後にジーンが、
「知ってるか?うちの店の中には、
オールナイト営業のとこも、あるんだぞ?」
という台詞を、Rock And Roll All Niteに絡めて言い、
全員総踊りになって、CFは終わっている。
いい感じに楽しい展開だし、オチとしても愉快で文句なしだが、
どうして『SonicBoom』収録曲を全く使わなかったのか、
というのだけが、謎だ。

************

もうひとつ、ウォルマートの宣伝映像とは関係ないが、
新曲Modern Day DelilahのビデオもUPされていた。
KISS:Modern Day Delilah(Yahoo!Music)

こっちは、観て、ある意味ほとほと感心してしまった。
『KISSのライブとは何か』
の答をズバリ三分半で提示した内容だったからだ。

ジーンの天井近くまでの吊り上がり、血吐き・火吹き
ポールの高速フライング&客席特設ステージでのパフォーマンス、
それにライブのラストで恒例の、ギター・クラッシュ。
これらを観ないことには、KISSを観たことにならないという、
客の誰もが求める定番シーンが漏れなく入っている。
そして、ステージには紙吹雪が舞い、火花が飛び散り、
煙吹き上がり、花火の連続炸裂。

ファンなら皆知っている、ファンの観たい大仕掛けが、
思った通りのタイミングで、必ず出て来るKISSのライブ、
これ以上の秘密は無い。これがすべてだ。
集約するならつまりこういうこと、というワケなのだ(笑)。

Trackback ( 0 )




いくらか、目が回らなくなって来た自覚があり、
初めてハッキリと「持ち直した」気のした一日だった。

昨夜、観劇仲間の東京の友人とメールで連絡を取り合い、
今年は音羽会新年会に行ってみようかと
話が盛り上がったので、とりあえず1月の国立劇場は取った。

初春歌舞伎『旭輝黄金鯱』制作発表(日本芸術文化振興会)

音羽屋の旦那さん、宙乗りだよ(汗)。
『北千住観音がさらに素敵になって現れたり』
って、いや~、そっちもかなり楽しみです(殴)。

というような良い話でウキウキしていたら、
帰宅した娘が持って上がってきた郵便物の中に、
西川貴教FC turboからの封書があって
来年2月に、TMではなくabingdon boys schoolで
ツアーがあるというお知らせが入っていた。
私はもともと、アニメやゲームにウトいせいもあって、
どうもabsについては取っかかりがなく、
日頃から完全にノーマークだった。ウカツだった。

広島公演は 2月28日(日)Club Quattro
abingdon boys school official website
abingdon boys school fan club

娘は狂喜乱舞で西川仲間の友人にメールで知らせた。
彼女らは既に、西川氏に関しては私をしのぐ大ファンなのだが、
中嬢の悲しさで、持っている情報網は私以下であり、
ライブのことは、当然きょうまで知らなかったのだ。

折しも、翌日の3月1日(月)は例年通りなら多分、
高校部の卒業礼拝で、自分たちは休日になるだろうから、
ライブのあと、うちでお泊まりをして遊ぼう、
と瞬く間に決まり、娘はもう、大変な喜び方だった。
しゃーない、こうなりゃ私も行きますが(汗)。

っていうかキミ今、期末考査の最中だということを忘れないよーに。
私が季節を問わず浮かれているから、悪いのか。

Trackback ( 0 )




ジーン・シモンズによる、ポール・スタンレー評。

『ロックンローラーとしてのあいつは不可侵だ』
『あいつがハードにやっててくれる分には、俺には効き目ありだ』
『ポールがロマンチックになり始めると、俺は退く』
『あいつがやんわりと「おまえが恋しい、おまえを愛している」と
やりだすと、俺は「この骨抜き野郎が、消えていなくなれ!」と思う』
(『KISS ―Behind the Mask』2005年)

つまり、あれだ、
『サツガイ、サツガイせよ!』
『貴様貴様貴様 復讐ーーー!!』
とやっている限り「ネ申」だが、
『チーズタルトを焼いてたさぁ~~ん♪』
『甘い甘い 甘い甘い 恋人~♪』
になると、途端に殴りたくなる、という………


ってことは、ジーンとしては、こういうの↓は満足だけど
Modern Day Delilah(YouTube)2009年

こっち↓なんかだと、もしかしてサム気がするのかしらん。
Shandi(YouTube)2003年
ポールのソロなら定番に近い曲なのに、
KISSでこれが普段演奏されないのは、そういう理由?
別に、悪くないじゃんね……(^_^;)?

Trackback ( 0 )




きょうはフレディ・マーキュリーの亡くなった日だ。
1991年11月24日、フレディはエイズのために45歳で逝った。
今の、私の年齢だった。

思えば、何年も熱中し続けたアーティストが、
自身の引退やバンドの解散でなく、死というかたちで
私の目の前から突如として消えてしまったのは、
あれが初めての経験だったかもしれない。
翌日から当分仕事を休もうかと思ったほど(殴)の喪失感だった。
13歳の頃から約15年間、敬愛してきたフレディだった。
85年の代々木競技場のQUEENのライブが、最後になった。
ニュースや新聞で、フレディの死が世界中に報道される中、
私は、事態の取り返しのつかなさを、どうして良いかわからなかった。

そして、翌92年11月30日には、今度はダンサーのジョルジュ・ドンが、
やはりエイズで、しかも同じ45歳で、亡くなった。
かつて十代だった私にモダンバレエの世界を教えてくれた人、
ベジャール芸術の体現者であったドンが、死んでしまった。
91年の来日公演を見たのが私にとっては最後だったが、
その舞台のラストで、ピエタの像さながらに息絶えたドンの姿が、
幾度も幾度も、目の前に蘇った。

追い続けた二大天才が逝ってしまい、二度とその舞台は取り戻せず、
91年と92年は、私にとって「喪失」の年以外の何ものでもなくなった。
おまけに、91年初頭からRCサクセションが無期限活動停止に入り、
さらに同年、大浦みずきが11月の東京公演で宝塚歌劇団を退団し、
両者が一度に先の見えない存在になってしまったことも、
私には、ことごとく不本意でならなかった。

その忌野清志郎と大浦みずきが、ともに2009年に逝ってしまうとは
当時は、これっぽっちも、想像すらしていなかったことで、
考えてみれば今年は、まるであれから「一巡した」かのようだった。
誰も彼も、数え切れないほどのものを遺して、
そのときどきの私を形作り、支えてくれて、
最後に、ときが来て、私の前から永遠に消えてしまうのだ。

どれほど愛した芸術家であろうと舞台人であろうと、
その運命から逃れる人などいないというのは、
初めからわかっていることだ。
けれど、それが、なぜ今だったのか、なぜ今年だったのか、というのは、
どんなに考えても、全く理解できないし、受け入れられるものでもない。
特に、アーティストが若くして亡くなった場合、なおさらだ。

彼らのことを思うとき、私は英語のmissという言葉の意味が、
とても実感を持って迫って来るような気がしている。
miss、とは辞書的には、
居なくなった人を恋しく思う、その人に会いたいと思う、
という意味の動詞なのだが、それは単に、
もう会えないから寂しく思う、というだけではないのだ。
その人を失ってしまったことが、決して自分の本意ではなかった、
全く納得していないのに、理不尽にその人を奪われてしまった、
そういうとき、missという言葉が本当の力を発揮するのではないか、
という気が、今、私は、している。

Miss you forever ...


Freddie Mercury - In my Defence(YouTube)

Trackback ( 0 )




ポール・スタンレーは右耳が聞こえない、
という話は以前から知っていた。
多分、そのためではないかと思うが、インタビューなどの際には、
大抵、メンバーの誰かが、彼の左耳の側にいる。
特に、ジーンとポールの二人が並んで取材を受けるときは、
向かって右がジーン、左がポール、という配置がほとんどだ。
屋外での騒々しい場所でのインタビューのとき、
記者の質問をジーンがさりげなくポールに教えている映像も
以前、見たことがあった。

とは言え、普通の環境では取材その他に何の問題もないし、
それどころかポールは大変に雄弁で隙のないフロントマンだ。
記者の質問に絶妙な切り返しで答え、会場を湧かせ、
回転の速さもテンポの良さも、メンバー随一だ。
説明されなければ、誰も全く何も気がつかないだろう。
右側が聞こえないのは先天的なことなので、彼自身は、
音楽を聴く際にも作る際にも、特に不自由はないのだそうだ。
骨伝導を使えば右耳でも聞くことは不可能ではないが、
幼い頃から音はそのような聞こえ方をしていないので、
両耳で音楽を聴くとかえって混乱する、とも語っていた。

4年くらい前に出たKISSの公式バイオグラフィにも
こうした、彼の耳の事情については書かれていたし、
もっと以前から、ほかの場所でも活字になっていたことなので、
私はそれ以上、殊更注目したことはなかったのだが、
それが、先天性小耳症のためだったというのを、
私はごく最近になって、ネットの記事を読んでいて知った。
それで、まったく今更なのだが、
彼がAboutFaceの活動に力を入れる理由が、初めて理解できた。

AboutFaceは、顔面等、外見に疾患・外傷のある人、および、
その家族を支援し、情報・教育・カウンセリングなどを提供する、
トロントに本部を置く、北米の団体だ。
ポールは以前から、そこのスポークスマンとして活動をしている。
私は、実に失礼なことながら、最初は、彼のこの活動を、
一定の地位を得た欧米人がよくやる慈善事業、
のようなイメージで捉えていた。
特にアメリカの富豪はフィランソロピーをやりたがる、
という、先入観というか偏見に近いものが、私には、あった。
今にして思えば、本当に無理解で、申し訳ないことだった。

そのポール・スタンレーが、AboutFaceについて語る、
30分のインタビュー番組が、12月28日にCelebrity Soapbox
(ichannel)で配信されるそうだ。

Paul Stanley@Celebrity Soapbox(YouTube)

好奇の目で見られることが、小さい子や若い人にとって
どれほど過酷でつらいことであるか、
こうした現実を変えていくために最も良い方法は、
世の中を「啓発する」ことだとポールは語っている。
そして、自分に何か貢献できることがあるというのは
自分自身をも癒やすことに繋がっている、と。

そう考えてみると、99年に『オペラ座の怪人』で
ファントム役を演じたことは、ポールにとっては、
単にミュージカルへの挑戦という以上に大きな意味があったのだ。
ファントムは、そのあまりに特異な顔貌ゆえに人生を見失い、
それでもクリスティーヌの愛を得ようと苦悩した人物だったからだ。
そこには、少年時代に耳のことで悩んだ彼自身の思いが、
かたちは違っても、確実に投影されていただろうと思うのだ。

************

・・・という、イイ話のあとにアレなのだが、
Celebrity Soapbox関係の映像を検索している途中で、
NHK『英語でしゃべらナイト』の取材を受けて田村英里子と遊ぶ、
ジーン・シモンズ&ポール・スタンレー(2006年)を見つけた。
まったく、こんな日本語を、誰が教えたのだ(苦笑)。
KISS GENE and PAUL(YouTube)

Trackback ( 0 )




YouTubeのOfficial KISS Onlineをチェックしていたら、
来る11月25日の公演を、Facebookを通じてライブ配信する、
という、告知映像がUPされていた。

70年代に彼らを知った頃には、こんな時代が来るなんて、
全然、想像もつかない暮らしを、中学生だった私はしていたし、
それに、そもそも彼らが30年後も変わらないなんて(爆)
当時は、全然、考えもしなかった。

で、メイクすると人格の変わるポール・スタンレーが
『俺たちのライブが てめぇらのコンピュータを襲うぜYeah』
的なノリで喋っているのは良いのだが、
をい、肝心なことが、わからんぞ。

それ 何時なんだよ



追記:不親切な案内ゆえ、自分で調べた。
25日の会場のステイプル・センターはロサンゼルス、
開演は現地19時30分?
アメリカ西海岸の25日夜7時半って、日本では何日何時?

追記2:再び、自分で調べた。
『ロサンゼルスの2009年11月25日19時30分は
日本時間で2009年11月26日12時30分』だそうだ
(サマータイムでない場合の計算式による)。


追記3(11月26日):無事に観た。いや~凄かった。
シヌかと思った。これをナマで観たら大変だ。
あまりに凝視し続けていたので、
パソコンが途中でスタンバイに入りかけて、焦った。

Trackback ( 0 )




KISSの『Sonic Boom』が面白すぎて、毎日かなり何度も聴いている。
ほかの、昔から知っているバンドの場合、
私が聴きたいのは大抵、往年のヒット曲だけなのであって、
新曲なんか聴かされたらウンザリすることが多いのだが、
KISSに関しては、この11年ぶりの新譜が良過ぎて、
本当にツボにハマった。
こういう経験は、ちょっと、したことがなかった。

YouTubeで、ジーンやポールのインタビューを見ていると、
Part1 - Paul and Gene Canadian TV Interview - 10/4/09(YouTube)
Part2 - Paul and Gene Canadian TV Interview - 10/4/09(YouTube)
彼らは、ファンあってこその自分たちなのだから、
ファンに応えることが、常に、自分たちの目指すところであり、
対価を支払っても観たい聴きたいというファンに、
期待以上のものを返すことを、請け合うと言っている。

さすがに、あの、これでもかという豪華絢爛なステージを
長年変わることなく務めてきただけあって、
彼らはファンの求めるものを、よく承知しているし、
その態度は筋金入りで、自信も本物であるわけだ。
彼らのアプローチは、どこから見ても、
『ファンを大切にしている』と言えるものだと思う。
けなして言えば『ファンに迎合している』とも言えるだろうけれど。

その一方で、私は清志郎の語っていた本音も忘れることが出来ない。
清志郎は、『ロックで独立する方法』(2009年 太田出版)で、
『ファンが自分から離れたり付いたりするのを、
30年間肌で感じ続けてきた。
だからオレはファンを信じてなんかいない』と言っていた。

『飽きた』とか『ほかにもっと面白いバンドが出てきた』とか
ふとした理由で、ファンが次々と離れていって、
あるときまた、ヒット曲が出たり、事件があったりして、
どこから湧いてきたかというほどのファンが集まったりするのを、
清志郎は実際に体験し、身をもって知っていた。
清志郎は、ファンには数え切れないほど『裏切られた』のだ。

勿論、私も、そうやって彼を『裏切った』ファンのたぐいだった。
自分が二十代だった頃には、宝塚に熱中していて忙しいという理由で、
わかっていながら行かなかったRCのライブも何度もあったし、
育児時代に突入してからは、一時、娯楽や道楽が遠くに感じられて、
CDが出ても買わなかったり、買っても聴かなかったりした。
ずっとファンではあったが、常に熱烈なファンだったわけではなかった。

だから清志郎は、ファンの望むものに忠実に答え続ける、
という方法は採らなかった。
『ファンの期待にこたえる』より『ファンを裏切ってやる』
ことのほうを、意識的に選択していた。
『不安や違和感を駆り立てて裏切ってやりたい気持ちがあるから』
という清志郎の言葉は、私に、
ちょっと近年のポゴレリチを思わせたりもする。
ファンや批評家の困惑やブーイングがわかっていようとも、
彼もまた、自分のスタイルを変え異質なテクニックを使うことで、
一旦手に入れた地位から敢えて離れようとする方向を選んだ、
・・・ように見えるからだ。

ちなみに清志郎によれば、『良いファン』とは、
別に『裏切らないファン』のことではないそうだ。
それよりも、『影響力を持っているファン』が有り難いということだ。
「RCサクセションは凄い」「忌野清志郎の新譜を聴け」
などと、オノレの発言力を持ってあちこちで触れ回ってくれるファン、
こういうファンが、最も良いファン、有り難いファン、とのことだった(爆)。

Trackback ( 0 )



« 前ページ 次ページ »