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転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 



『セルビア・クロアチア語辞典』(鈴木達也・編著 武田書店 2010年)
というのが出ていたことに遅まきながら気づいて、先月、買った。@8400円。
amazon、楽天ブックス、Yahoo!ブックス等でも購入可能だ。

これまで、こういう本格的なクロアチア語辞典は日本にはなく、
『クロアチア語 常用6000語』(三谷惠子・編 大学書林 平成10年)とか
『セルビア・クロアチア語 基礎1500語』(田中一生・山崎洋・編 大学書林 昭和54年)
くらいが、普通に入手可能な辞書系の書籍だった。
正直なところ私は、これらの収録語数に満足していたわけではなかったが、
日本から見れば、それだけ遠い、マイナーな言語なのだろうとはわかっていたので、
小さい辞書しかないことは仕方が無いと思っていた。
それより私にしてみれば、イーヴォ・ポゴレリチ関連記事のうち、
リアルタイムで、かつ面白そうなものに限ってクロアチア語で書かれているので、
クロアチア語の字引は、まず、あるというだけでも助かっていたのは確かだった。

海外のものでは、英国のケンブリッジ大学出版局が出している、
『Standard English-SerboCroatian, SerboCroatian-English Dictionary』
(Morton Benson, Cambridge University Press 1998)
が割と大きなものだったので、背に腹は代えられず2004年にこれを買った。
前述の小規模な日本版辞書には掲載されていない語も、これなら引けたので
有り難かったが、英語の説明を見て日本語で考えることを繰り返していると、
やはり、できるならもっとまとまった日本語の辞書が欲しい、と私は幾度も思った。
なんのかのと言っても、外国語学習の際に母語の果たす役割は大きいのだ(^_^;。

そもそも、かつてポゴレリチが我々の前に登場した1980年には、
彼のプロフィールは「ユーゴのピアニスト」ではあったが、事実上ロシア語のヒトだった。
モスクワ音楽院を卒業した彼は、夫人ともロシア語で会話しており、
ワルシャワでの記者会見もロシア語なら、81年の初来日時にもロシア語の通訳がついていた。
しかし82年にロンドンに移住してからは、少なくとも対外的には、
彼の使用言語は英語だけになり、来日時のインタビューも英語になった。
以後、彼がイギリスに住んでいた20年余りの間、ポゴレリチに関することは、
主として英語で決着がつくというイメージが私にはあり、
英語のメディアさえ追っていればなんとかなる、と思い込んでいた。

ところが、私が、海外サイトでポゴレリチの情報を得るようになった2000年から、
実は興味深い情報の多くはクロアチアにあることが、わかってきた。
故郷のユーゴの紛争の時期に、ポゴレリチはクロアチア国籍を選択しており、
更に96年に夫人が亡くなってから、彼はクロアチアで過ごすことが増えていたのだ。
私にとって、このときからクロアチア語が、避けて通れないものになった。

当初はこれでも、もう少し「機械翻訳」を信用していたので、よく頼ったが、
幾度やっても、『私の手は爪です獲物の鳥』レベルの翻訳がせいぜいだったので、
結局、どうしても気になる記事は自力で辞書を引いて読むようになった。
読むと言ったって、こちとらは、クロアチア語の知識など皆無で、
吹けば飛ぶようなロシア語の記憶の断片が、か~す~か~に残っているだけだ。
それでも、クロアチア語-英語の辞書ひとつだって、無いよりはずっと良かった。
これを手で引いて、自分で読み直せば、たとえ英語を介してでも、
機械翻訳よりずっといろいろなことが理解できた。

だから私は、待ち望んでいたのだ、日本版のクロアチア語辞典が発売されるのを。
そして今や、ついに、こんな文字通り「有り難い」辞典が世に出てくれた。
待った甲斐があったというものだ(感涙)。
お陰で今後は、とにかく単語の意味を掴むことだけは、これまでの何倍も容易になった。
しかも、この辞典にはクロアチア語文法の概略が巻末に掲載されていて、
数詞や発音の規則、名詞の性や格変化、動詞の時制や態などについて解説されている。
こうなったら、あとは、こちらのクロアチア語の知識を、もっと向上させて行くのみだ。
これこそ、道案内も買い物も自己紹介もできなくていい、読めりゃいいのだ、
しかも、政治も経済もどっちでもいいのだ、ポゴ氏関係の記事が理解できれば。

ちなみに、クロアチア語の学習教材になるものとしては、
以前から、数は多くないにしても一般向けの書籍が何種類かは市販されている。
『クロアチア語のしくみ(CDつき)』(三谷惠子・著 白水社)
『旅の指さし会話帳73 クロアチア語』(長束恭行・著 情報センター出版局)
『CDエクスプレス セルビア語クロアチア語』(中島由美・著 白水社)
『クロアチア語ハンドブック』(三谷惠子・著 大学書林)
などが、書店や通販でも手に入る、手軽な読み物・教本ではないかと思う。

……そーだよ、あとはクロアチア語のおベンキョを頑張ればいいのだよ(^_^;。
教材はこれでもう、十分過ぎるほど揃ったのだから。

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6月号テキストが来た。

フランス語は欠かさず聴いている。
初級編も応用編もそれぞれに面白くて、気に入っている。
仏検2級を受けようかどうしようかと、4月からしばらく迷ってみたが、
二兎追う者は、の言い習わしの通り、
夏に小学校英語指導者資格の講座が終わるまでは他のことは待とう、
と思い直して、今回は出願しなかった。
そもそも、昨年から私の仏語力は全然変わっていないと思うので(汗)
もし今回受験したとしても、それは今後に役立てるための挑戦で終わるだろう。
9月以降、フランス語に集中できそうなら、秋季受験を目指したいと思う。

中国語も月~水曜日の入門編は休まず聴くようにしている。
ただ、8時15分から30分まで、という時間帯は、
主人の出勤時間に重なったり、ゴミ捨てに出なければならなかったりして、
今の生活時間帯の中では、結構邪魔が入ることも多く、残念だ。
中国語はこちらに予備知識がほとんどないから、
途中を聞き逃すとあとがわからなくなってしまうのだ。
しかし、いつものことだが、わからなくてもとにかく聴いていればいい、
と割り切って、『続けること』だけを今は心がけている。

将来、もし病気で寝付いたり、外出が難しいほど老化したりしたときに、
最低限、テキストが読める視力と、ラジオが聞ける聴力が残っていてくれるといいな、
と私はときどき願ってみることがある。
勿論、ラジオ視聴ができる程度の体力と理解力があってのことだし、
ラジオ視聴が可能な境遇であることも前提になってしまうので、
将来の希望としては、つまり贅沢なのかもしれないけれど。

もともと、外で遊んだり食事したりすることより、家で静かにしているほうが好きだし、
ラジオと語学テキストが自由に使えれば、たぶん私は楽しく過ごせるだろう。
今でも、NHKラジオのラインナップは、語学だけでなく、
漢詩や哲学や歴史の番組など、興味深いものがたくさんある。
私は、いつか体がきかなくなるようなことがあれば、
テキストを読むことが難しい状態であっても、やはりラジオは枕元においておくだろう。

旅行のため、就職のため、TOEICで○○点を取るため、等々の、
実質的な目的や利益を想定していて「せねばならない」語学とは違い、
今の私のラジオ学習は、純粋に自分の世界を広げるためだけにやっている勉強なので、
自分勝手に楽しむには、これほど適切なものはほかに無いと思っている。
語学のほうが、もしかしたら音楽を聴くことより気に入っているかもしれない。
私は音楽に関しては大変わがままな聞き手で、はっきりと好みがあり、
例えばピアノなら何でもいいわけではなく、全く聴きたくない作品や様式もあるが、
語学に関しては、やりたくない・聴きたくないなどというものは、今のところ無い。

語学は芸術ではないから、本質的に気難しく選び抜くようなものではなく、
受け手としての私は大いに寛容に・いい加減になれるのだ。そこがラクで心地よい。
その上、異国の人の生活や考えを感じること、外国の文学に触れること、等々、
語学を手にすることから開ける世界のイメージは、十分に具体的でわかりやすい。
CMもなく、けたたましい演出もなく、淡々と様々な語学の講座が続くNHKラジオは、
知っている言語も知らない言語も含めて、私にはとても好ましいものだ。

*********

ところで、6月号テキストは使われている紙質が変わった。
私は紙のことは詳しくわからないのだが、前月までのものより、
白くて厚めの紙になって、ぱっと見、とても質が良くなったように思える。
地震以来、紙やインクの製造会社にも影響が大きく印刷業界は大変、
と耳にしていたのだが、そういう状況と関連があるのだろうか?
私にとっては、今月のテキストのほうが紙が綺麗で有り難いのだが(^_^;。

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再び、ほんやくコンニャクな一日だった。
昨日からほぼ一歩も、外出していない。
全部で12ページある論文のうち、きょうまでで9ページ半和訳できた。
このあと夜なべするかどうか、悩ましいところだ。
というのは、明日から家族旅行で九州方面に行かねばならないからだ。

私は変なところで「ちゃんとしたい」性癖があって、
しなくてはならないことを半端に残したまま遊びに出たくないのだ。
そんなことをして遊んでいても、心が解放されず、楽しくないからだ。
しかし、このまま徹夜しても、それだけで終わらせることは難しいだろうし、
眠い頭では到底耐えられないような内容だから、
旅行前に全部和訳を仕上げてすっきりして出る、というのは諦めなくてはならない。
訳のほうの締め切りは5月15日だから、間に合うのはほぼわかっているのだが。

前後の詳細は書けないが、そもそも最初にこの和訳の話が来たときには、
「だいたい、どういう内容が書かれているかがわかればよい」
という説明だった。だから私は内輪の話だと思ったし、割と軽く考えていた。
しかしほどなく、依頼者の本当の事情はそんな簡単なものではなくて、
私の作る和訳は、正式な会議資料として添付することになる書類であり、
その前の段階では整形外科医に見せて意見を貰うことになっている、と判明したのだ。

おまえ、いい加減にしろ!と私は噴火しそうになった。
ごく私的な話として「意味内容がだいたいわかればいい」ということなら、
例えば、「背骨の両側についている筋肉」程度でも済むところだったのに、
正式な会議資料になり、医師の目にも触れるとなれば、
曖昧なところのない完全な逐語訳をしなくてはならないし、
「傍脊椎筋」などという、日本語で医学用語として決められている名称まで、
きちんと調べて訳に入れなくてはならない。
このために私の手間は一気に四倍くらいになった(涙)。
検索を重ねているうちに、英和医学用語集(Weblio)に出会い、
こいつは優れものだ、と知ったのは収穫だったけど(苦笑)。

論文の字は小さく、コピーなので印字の状態も良くなく、一部は完全につぶれている。
老眼がひどいので、そのままでは全然見えないから、めがねをかけたり外したりが大変だし、
文字のつぶれているところは、前後から類推しなくてはならない。
普通の英語ならまだしも、上顆だの僧帽筋だの転子だのという英語なんて、
文脈から類推してどうにか出来るレベルを超えている(号泣)。
英語を読む以前の作業が、このように大変なものではあるのだが、
一方で、英語そのものは学術系だから、別に修辞に凝っているわけでもなんでもない。
だから、これを和訳することで、私の英語力が向上するとは到底思えないが、
かわりに、私の忍耐力は飛躍的に伸びた自覚がある。
一行読むのに十数回も辞書を引かねばならない外国語を、読み続ける根性というのは、
なかなか、普通に暮らしていて養成できるものではないと思うぞ(泣)。

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今朝は、不本意ながら、やたらと早起きしてしまった。
娘が遠足で、どうしてもお弁当が要るので、
二度寝して寝過ごしたらえらいことだと思って、
5時に目が覚めたのを機会に、起き出したのだ。
普段の日なら、私が寝坊してお弁当が間に合わなくても、
最終的には学食代金を渡せば「ごめん」で済むが、
学校外へ出かけていく日に、それはできないから用心したのだ。
勿論、布団から出てすぐ、お弁当作成をした。

それからしばらく朝のラジオ講座その他の日課をこなし、
家族が出て行ったあとは掃除洗濯その他家事、
英語学校の教材のお勉強、などなどを済ませ、
あとはひたすらパソコンの前にいて、この時間になってしまった。
あの、ほんやくコンニャクがなかなか終わらないからだ。
論文もようやく四分の一ほど訳せたので、話に入っていけるようになり、
当初ほどの苦痛はなくなったが、それでも素人には用語の訳語が不明で
たびたび辞書を引いたり検索したりしなくてはならず、面倒だ。
盲検の際の「ラテン方格法」なんて訳語、初めて知ったぞ(汗)。
具体的に、どうすることやねん、それは(殴)。

***************

などと、自分でも何をやっているのかわからないまま、
ふとカレンダーを見れば、いつしか4月も終わりを迎え、
NHKラジオテキストも、既に5月号に入った。
フランス語は初級編・応用編とも、とても楽しく聴いている。
初級編のディアローグは、何しろまだ二月目だし、聴くだけなら良いが、
テキストを見ずに書き取ろうと考えると、鼻歌まじりとは行かない。
何でも覚える端から忘れるので、「なんか聴いたことのある音だな」と
感じる単語の綴りと意味が、瞬時には頭に浮かんで来ないことも多い。
応用編はもう、そんな努力は放棄して最初からテキストを見ている。
見てさえも何かわからない単語がよく出て来るのだ。

中国語は入門編しか聴いていない。これだけで手一杯だ。
「きょうの会話」をとても丁寧に解説して貰えるのが有り難いし、
この部分を、先生方について読むのが各課についていつも二度ずつあり、
更に役割練習をしたりと、素材文をフルに練習できる構成にも満足している。
しかし私はやはり、有気音・無気音を単独あるいは組み合わせで聞かされると、
どれが有気音でどれが無気音かが、聞き分けられないことが結構多い。
聞き分けられないということは、自分でも発音出来ていないのだろうと思う。
まだまだ、当分は発音が課題だ。

***************

さて、それではこれからまた少しほんやくコンニャクに戻って、
それからピアノのお稽古もしなくては。
そうこうしているうちに、すぐに晩ご飯の支度をする時間になるのだよ(泣)。
ちなみに今夜の献立は、焼いたさわらのチーズソースかけ、だ。
月曜は鮭のちゃんちゃん焼き、火曜は厚揚げとナスの炒め煮、
明日はハゲの煮付け、明後日はたぶん鮪の竜田揚げか、なんか。
絶対に肉を食べない(健康上の理由でも宗教上の理由でもなく単なる好き嫌い)
という家族を持つと、こういう目に遭うのだ。
私は豚肉の野菜炒めとか、鶏肉のシチューなんかが食べたいよ、ホンマに(涙)。

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予定通り、今月から小学校英語指導者資格講座に通い始めた。
指導方法についてのセミナーは、また別途行われることになっており、
今、英語学校では基盤となる英語力養成のほうに力点が置かれているのだが、
いやはや、私はこんなにきちんと英語を勉強したのは、久しぶりだ(殴)。

一昨年は英検1級を受けたので、英検用のテキストを重点的にしていたし、
昨年度は通訳案内士の資格取得一本に絞っていたので、
今の時期は、地理・歴史・一般常識の勉強を日本語でやっていて、
それが終わった11月以降は、口述試験のための英語しか準備しなかった。
つまり考えてみると私は、特定の分野に偏らない普通の英語(!)を
もう、長らくやったことがなかったのだ。

週1回行われる授業は、私のイメージでは「英会話スクールらしい感じのもの」で、
先生から指示された表現や設定を使って、詳細部分には自分の想像力を動員し、
クラスメートとともに会話を発展させて行くことが常に求められている。
名目はグループレッスンだが、私ともうひとりの生徒さんしか居ないので、
50分間、ほぼ喋り続けることになり、サボる瞬間がない(苦笑)。

この授業には、クラス用のテキストのほかに、
自習用のワークブックが一冊あって、授業の前にやっておく予習部分と、
授業の終わった日に仕上げる復習部分とがある。
更に、授業中に使った会話表現をリストアップした小冊子とCDが別にあって、
これを毎日、家で自分で練習し、暗誦できるようにしておけと言われている。

これら授業関連のテキストとは別に、文法書と、会話表現の本とCDが
最初に配付されていて、これらは各自で自習の上、
それぞれ週一回のペースでチェックテストを受けることになっている。
チェックテストは授業とは直接連動していないので、
授業の前後、あるいは授業のない日に、自発的に予約して受けに行く。
文法の勉強やテストは、もともと理屈好きの私にはあまり負担ではないが、
会話表現のほうのCD練習は、かなり回数多くリピートを要求される構成になっていて、
これを毎日やるのは(やらないとテストを受けても合格できないから)
なかなか重いものがある(苦笑)。

かつて私は、英会話スクールなどに行っても気休めだろう、と思っていて、
それゆえに、英検も通訳案内士も基本的には独学で準備したのだが、
実際に通ってみると、これはこれで、なかなか英会話スクールのノウハウというのも
よく出来ているなあと改めて思うところが多い。
自分で市販のテキストを買って、これだけのプログラムを構成することは
少なくとも素人の私には無理だし、チェックテスト等の強制力がなかったら、
このような勉強を常日頃から継続的にすることも、難しいと思う。

ちなみに昨日は、授業の最後のディスカッションのときに、
『今、日本人の間でpopularな人』というテーマがあって、
私は誰を挙げようか迷って、「枝野官房長官」と言った(苦笑)。説明としては、
「地震前はほぼ注目されていなかったが、寝ないで記者会見したことで有名になった」。
いつか、何年か経ってこのブログを読み返す機会があったら、
「そうか~、英会話でそんなことを話題にするような時期だったんだなぁ」
などと笑えることを、祈りつつ、記録しておく。

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この4月から、NHKラジオ『まいにちフランス語』『まいにち中国語』、
それに白水社『ふらんす La France』を年間定期購読することにした。
今までは「続かないかもしれないし」などと消極的になっていたが、
こういうご時世だし、またいつでもできるなどというのは
私にとって幻影かもしれないから、もう思い切ることに決めたのだ。

何より今は、自然にまかせていると心は限りなく「自粛」状態になってしまうが、
行動だけは、意識的に「浪費」方向へ引っ張って行かねばと思っている。
語学どころじゃない、雑誌どころじゃない状態の方々が少なくないのだから、
やろうと思えばやれる境遇の者は、そのぶんまで引き受けて維持して行かないと
もとの方々が戻って来られる場所さえ危うくなってしまう。
私などが毎日、存分にうつむいたりオロオロしたりしている場合ではない。
経済の『メルトダウン』だけは、庶民ひとりひとりの頑張りで歯止めをかけなくては。

ということで、現実的な私の年間計画としては、
今年度のはじめは例の小学校英語指導者資格の件があるので、
少なくとも7月くらいまでは英語中心でやって、
あとは意識的に、力点をフランス語に少し移したいと思っている。
仏検などがあると、瞬間最大風速みたいに仏語力が(自分比で)上がるのだが、
そういうのはメッキみたいなもので、いとも容易く剥がれ落ちてしまうので、
今年度後半は、面倒でもひとつずつ文法の穴を埋めて行きたい。

と、御大層なことを書いているが、要は私にやれているのは
なんら崇高な社会参加ではなく、煎じ詰めればただの道楽レベルだな(汗)。

今年度前期のラジオ『まいにちフランス語』は、初級編が既に始まっており、
國枝孝弘先生とパトリス・ルロワ氏による新作番組だ。
おふたりとも若々しくテンポの良い語り口で、明るい雰囲気を感じている。
木曜からの応用編は再放送だが、私のお気に入りだった杉山利恵子先生の
「文法&表現力を磨こう」という講座で、これまたとても有り難い。
更に、フランス語はテレビ講座のほうに、この4月から、
以前ラジオで名調子(笑)を聞かせて下さっていた清岡智比古先生がご出演だ。
私はテレビを見る習慣が全くないので、続けられるかどうか自信がないが、
先生のお話は聞きたいし、できるだけ観ようと思っている。

『まいにち中国語』は完璧に「仕切り直し」の再挑戦だ。
発音も見直したいし、文法的なことも非常にあやふやなまま、
昨年度後期の半年間があっという間に終わってしまったので、
今週から完全な初心者として出直しているのだ。
果たして昨日から、早速、一部の有気音・無気音の聞き分けに苦戦している。
良いのだ、前も書いたが、私が再度出直したって、
全然誰も困らないのがラジオ講座の最大の長所だ。

ときに、TOEICをやっている最中にふと、「これの仏語版はないのかなぁ」
と思ったことが以前あったのだが、そういうものが本当に存在したと
『ふらんす』4月号を読んでいて、知った。
フランス国民教育省認定TCFと呼ばれるマークシート式の仏語試験があって、
日本でも全国8箇所で、年3回ほど行われているのだそうだ。
広島会場がないのと、受験料が10000円ほどと高めなので、
いくら消費を心がけるとはいえ、今すぐ受けようとは考えていないけれど。
実際のところ、TOEICなどは最後まで判断力を保ったままでやりきれるだけでも、
既に一定以上の英語力がある証拠だと思うので、
あのような大量の語学問題の仏語版となると、きっと私は、
途中で頭が真っ白になり、机に顔を伏せて寝るしかなくなるだろう。

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いよいよ今年度最後の3月号テキストが来た。
フランス語初級編は、良い復習とトレーニングになったが、
あとの講座は、積み残しの課題ばかりになってしまった。
フランス語応用編は内容は面白かったものの、
予習が続かなかったので、到底こなせたとは言えず、
中国語入門編にしても、聴き続けることはしたが復習が不十分だった。
いずれも成果がもうひとつなのは、講座内容のせいではなくて、
すべて、私の学習態度が原因だったと深く反省しております(汗)。

ということで、こちらがどれだけ不出来な生徒でも、
お構いなしにカリキュラムが進行し、一方的に円満に最終回が来て、
また気持ち新たに新年度が始まってくれるのが、ラジオ講座の良いところだ。
今回の3月号テキストと同時に、NHK出版から次年度の案内が送付されて来て、
私は早速ページを繰りながら、『来年度はどんなふうにやろうかなあ』と
今まさに楽しく計画している。こういうときが一番シアワセだ。
性懲りもなく、いくらでも自分に都合の良い夢が見られるから(殴)。

多分、現実には、受講数は今年度とあまり変わらないことになるだろう。
まず、『まいにちフランス語』は初級編も応用編も続けるつもりだ。
特に、4月からの応用編は、杉山利恵子先生の文法講座の再放送で、
私はこれがとても気に入っていたので嬉しく思っている。
『まいにち中国語』もさすがに一期(半年)のみで断念するのは悔しいので
少なくともあともう半年は聴いてみたいと思っている。
今度は発音の似ている語、特に有気音・無気音を
出て来るたびにチェックして頭に叩き込んで行こう、というのが課題だ。
フランス語も中国語も、全く必要もないのにやっているわけで、
このへんは、完璧に「趣味」「道楽」だ。
だから楽しいのだ。

一方、英語関係で私が今少し興味を持っているのが、
新番組の教育テレビ『プレキソ英語』(土曜午後6:50~7:00)だ。
これは、2011年度から小学校5、6年生で英語が必修になるのを受けて、
導入期の児童向けに放送される、英語入門番組だということだ。
私は、以前、極零細学習塾をやっていた頃に、2年間ばかり小学生の英語を見たが
当時は主として経営者だったので、実際の指導はスタッフの先生方がされることが多く、
入門期の指導と実際に関しては、あまり系統だったものが頭に残っていない。
ちょうど来年度は、小学校英語指導者資格を取りたいと考えているところなので
(これは資格試験があるわけではなくて、認定団体による講座受講が主体)、
最新の、英語の最初期導入がどういうものかを、この際、一度通して見てみたい。
自分からテレビをつける習慣を全く持たない私に、果たして続けられるだろうか?
と、そんなことより、この番組、放送時間が一回たった10分とはどういうことだ。
まさかと思うが、そんなに集中力がないと見なされているのか、今時の子は?
大昔の、小2向けの『はたらく おじさん』だって、15分はあった筈だぞ(爆)。

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きょうは最近にしては暖かい日だと感じるのだが、
そのせいか逆に私は、どうもあまり元気が出ない。
なんだかお腹がごろごろ言っているし(私の不調は常にコレだ)、
気怠いし眠いしで、今すぐにでも居眠りできそうな気分だ。

さて、1月も下旬となり、ラジオ語学講座の2月号テキストが揃った。
後期6か月も既に半分以上終わってしまい、2月と3月を残すのみとなった。
やはり『ラジオ英会話』からは脱落した(恥)。
フランス語はお陰様で楽しくやれている。
初級編は文法事項が進んできて良い復習になっているし、
応用編は今の私にはかなり負荷がかかって、それもまたほどよく感じている。

中国語は、まだまだ音程を取るのが難しい、という感じだ。
自分は極端に音痴なんじゃないかと改めて心配になるくらい、
声調を正確に把握することが、毎回とても難しい。
そして、そうやって四声に気を取られ、
さらに有気音・無気音などの区別にも迷うことが多いものだから、
今のところ、完全にピンイン(ローマ字表記的なもの)に頼り切りだ。

もし簡体字だけで書かれていたら、今の私は相変わらず、
どんな中国語もほとんど読めないだろう。
漢字には全部ルビをふって貰わないと日本語が読めない、
という感じに近いのではないかと思う。
せめて、これまでに習った中国語だけでも、
ピンインなしで迷わず読めるようになりたいものだ。
それにはもっと復習をせねばならないのだ。わかっているのだ(苦笑)。

しかし、中国語を始めて、まがりなりにも四声の概念を知ったことで、
漢詩の平仄の決まりごとを、面白く感じ取れるようになった。
先日も、先生が、「平声」「上声」「去声」「入声」の、
それぞれの上がり下がりについて説明をして下さったとき、
「なるほど中古漢語の四声はそうなっていたのか」
と現代中国語との違いを考えながら聞けたのは、自分としては収穫だった。

漢詩の会では、今年は李白が主体なのだが、合間に白楽天の『長恨歌』を
ときどき、先生の気分次第で(笑)読むことになっている。
それで先日、『額田女王』を読んでちょうど井上靖に馴染んだところだったので、
『長恨歌』に関連して、数日前から井上靖『楊貴妃伝』を読み始めた。
『長恨歌』そのほか漢籍からの引用が随所にあり、
文体も漢語を強く意識したものになっていて、漢詩趣味の方向から読むと
大変に面白い小説だということがわかった。

楊貴妃の逸話を私は詳しく知っているわけではなかったし、
『安禄山の変』についても、李白や杜甫の生涯の中で触れられる出来事として
本当に漠然としか理解していなかったので、
この『楊貴妃伝』という小説は、今出会うことができて本当に良かったと思った。

ただ、この本はやや不親切で、人名や地名など、
最初に出てきたときにはルビが振ってあるのだが、
二度目以降には読み方が書かれていない。
何しろ、誰も彼もが中国人で、多くは当用漢字じゃない名前を持っているものだから、
お久しぶりな登場人物だと私は名前が読めず、えっと、ヨウなんとかさん?状態。
我流で読んで別人にしてしまうわけにはいかないし、仕方がないから、
その人の初登場場面に戻って確認しようとするのだが、
問題の初登場シーンがまた、どのへんだったか容易に思い出せなかったりする。
それで懲りて、今では、意味ありげな登場人物が出て来ると、
読み仮名のある最初の段階で覚えるよう、繰り返し名前を言って暗記に努めている。
老化防止のトレーニングをさせられている気分だ(汗)。

ちなみに、楊貴妃の「貴妃」というのは、皇帝の寵を受ける女性の地位のうちで、
「皇后」に次ぐ二番目の立場のものを言うのだそうだ。
そういえば、たかこ(和央ようか)さんの演じた茶々は、『天涯の貴妃』だった。
茶々は秀吉の正室ではなく、少なくとも二番目である側室の立場だったから。

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1月の講座が既に始まっている。
ラジオ講座に関する私本人の現在の熱意は、フランス語>中国語>英語、だ。
娘が二学期の期末考査後に『ラジオ英会話』を復活させたので、
テキスト共有の問題が再浮上、このあと私のほうは自然消滅の予感(笑)。
中国語はわかってもわからなくても気持ちよく聴いているが、
最近はテレビなどで中国語に触れると、四声や軽声を理解して聴けるようになり、
意味などわからずとも、何も知らなかった頃よりは進歩したと思っている。
あまりに小さな一歩だが(汗)。

フランス語の初級編は、ひきつづき小野潮先生とミカエルさんによる、
『サトシのナント留学記』で、半過去・関係代名詞・中性代名詞と、
だんだん、私の弱い箇所にさしかかりつつある。
特に中性代名詞、ここを脱しないと私のフランス語は永遠にループしてしまう、
とわかっているのだが、これまでのところどうしても定着率が悪く、
中性代名詞を使っての仏訳などには「げっ」という拒否反応が、未だにある。

応用編は、この1月から3カ月間の新シリーズが開講されて、
三浦信孝先生とドラ・トーザンさんによる『フランスの友達に語る日本』。
これは今の私には大変興味深い。
なぜなら、つい先日までやっていた通訳案内士の『日本事象』の分野を
平易なフランス語で行う、ということに近いからだ。
初回のきょうからいきなり「和」「根回し」「本音と建前」など出てきて
「日本人は『うつろいやすさ』を特に桜の季節に感じる」
「日本ではビジネスにおいても、理性や論理より信頼関係が重視される」
などなど、どっかで聞いた話(苦笑)が並んでいた。

「きょうの重要表現」では、本文に出てきた表現を使って、
和文仏訳を6題やるようになっているのだが、なかなか難しかった。
この箇所は予習しないと全然ダメだ、と思い知った。
その場でいきなりやろうとしたら、6題中2題しか正解できなかった。
あとは出だししか言えないでうろうろしているうちに、
正解が読み上げられて終わってしまった。解説も少なめだったし。
フランス語を急いで組み立てようとすると、私は瞬間的に、
まず英語(←勿論、不完全な)で考え、それを仏訳しようとしている、
という自分の脳内操作にも気がついた。
ダイレクトに瞬間仏訳ができないと、私は永遠に入門者のままだと思った。

*******************

ところで先日、娘の観ていたテレビ番組で言っていたが、
小さい頃から生育歴によってバイリンガルになった人とは違って、
大人になってから第二言語を習得した人は、その言語を話すとき、
脳内では母語のときと違う箇所を大いに使っているのだそうだ。
つまりそれは、ボケ防止には大変有効で、認知症になりにくい、と。
私はいつまで経っても外国語(これほど手間暇かけてきた英語でさえ)を使うと
甚だしい疲労感があり、日本語ほど無意識に喋ることは出来ないと思っていたが、
それはある意味で、脳のトレーニングには、なっていたようだ。
ならば、これからも恥を忍んで、拙い英語を使い続ける努力は、しよう。
大笑いな仏語も、少しでも上達できるよう、頑張る~。

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各種ラジオ講座テキストの12月号が始まったが、私は今のところ、
通訳案内士の二次試験対策で、日々、行き詰まり・煮詰まっているので
真面目にやっていると一応言えそうなのは、小野潮先生のフランス語だけだ。
応用編のカルメンも面白いのだが、前半、ディクテが終わったあと、
テキストの解説を聞いているだけの時間になると、しばしば集中力が途切れ、
『合気道って、英語でどう説明したらいいのかな……』
などと、考えが、完全に別の世界に行ってしまう。
二次試験が終われば、結果はどうあれ、また元に戻れると思うのだけれど。

中国語など、そもそも馴染みも下地もないのでシンドくて、完全に聞き流し状態だ。
来週、NHKのサイトを見て復習をせねば、開始三ヶ月目にして脱落してしまう(汗)。
折しも先日、書店で、私にぴったりの、中国語関連の本を見つけて買った。
この出会いを活かすためにも、私はここで中国語を断念するわけには行かないのだ。
月刊聴く中国語別冊 聴く唐詩三十首 2010年 10月号

私がそもそも中国語をかじってみたいと思ったのは、漢詩がきっかけだった。
中国語で漢詩を音読し、音声的にその平仄や押韻を体感したいという。
その意味で、私は、まさに、こういう本を求めていたのだ。
今年10月から始めたラジオ講座の御陰で、中国語のピンイン
(ローマ字で読み方や声調を表示したもの)がどうにか読めるようになった今
この本に出会えたのは、まさに自分にとってピッタリのタイミングだった。

取り上げられているのは、中学や高校の国語や漢文の時間に習う詩が多く、
「春眠暁を覚えず…」「国破れて山河あり…」などお馴染みのものや、
私の好きな「故人西の方黄鶴楼を辞し…」「葡萄の美酒夜光の杯…」、
ほか、漢詩の会で習った『長恨歌』『黄鶴楼』なども収録されている。
テキストにはそれらの中国語読みが解説されていて、音読したCDも付いており、
聴く楽しみもあるし、中国語での音読を稽古することもできるようになっている。
なんて素晴らしい企画なんだ(T.T)。

中国語を断念するなという天の声じゃあるまいか。

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