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2012年度春季の仏語検定は、一次試験が6月17日(日)だと、
『まいにちフランス語』テキストに広告が出ていた。
よし、今度こそ仏検2級を目指そう。
とりあえず、来年6月までの目標ができた。
ああ、この元気とやる気が、できるだけ長く続きますように(^_^;。
「悔しい悔しい。本当は通ったのに」
「聞き捨てならないこと仰るわね!」
「何が聞き捨てならないのよ!たった2点よ!」
「現に取れては いないわ!」
……と、『エースをねらえ!』第2巻、県大会女子シングルス決勝での
お蘭・お蝶夫人の応酬を真似て、今朝、主人がひとりで遊んでいた(爆)。
***********
思うのだが、外国語学習というのは、初歩の間は本当に楽しい。
私のフランス語でいえば、仏検3級くらいまでが夢心地だった。
少し勉強すれば成果が上がり、当たって砕けろで検定も通った。
しかし準2級くらいから、そういう楽なやり方では通用しない、
ということが、だんだん感じられるようになってきた。
初級が終わる頃になると、フィーリングだけの語学では伸びなくなり、
辛抱強く文法の穴を埋め、面倒でも意識的な反復練習を自分に課して、
地道に知識を積み上げていく作業をしなければならなくなるのだ。
これも『エースをねらえ!』に出てきたジャッキー・ビントの台詞だが、
「穴だらけのバケツでいくら水を汲んでも駄目」なのだ。
なんとなく過ごしていれば、いつしか穴が自然に埋まってくる、
などということはあり得ず、心がけて穴をひとつひとつ埋めなくては、
汲んでいるつもりでも結局、水は大して残りはしない。
少なくとも私のフランス語は今、そういう段階にさしかかっている。
語学の面白さと同じくらい、シンドさもわかって来るところだ。
同時に、ここまで積んできたものの質が問われるところでもあると思う。
筋の良い学習をして来た人なら、ここを超えることはさほど難しくはないが、
ここで勉強し直さなければならないことが多い者は、
いい線まで行ったように見えても、結局、足踏みが長くなってしまう。
ピアノだとツェルニー30番くらいの感じ(^_^;。
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(語学学習の話には全然関係ない小ネタ)
夕食時、テレビでローカルニュースをやっていた。
『三次(みよし)市の拠点病院として……』
とアナウンサーが言ったとき、我々三人は一斉に顔を上げた。
転妻「ああ、三次か!びっくりした、いのししに聞こえたよ。動物病院の話かと」
転夫「ワシは、いのししのぺてん病院って聞こえたで」
転娘「原型とどめてないね。ぺてんだってテレビで言っちゃ誰もかからんよね」
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1月号テキストが昨日、送付されてきた。
フランス語初級編は、引き続き清岡先生とレナさんによる、
『ナミの恋する東京日記』の再放送で、楽しく聴かせて貰っている。
初級なので、テキストを見なくても聞き取りだけでなんとかなるように
自分をトレーニングしながら聴くようにしている
(と言えば格好いいが、時間的にお弁当を作りながら聴くことが多いせいもある)。
特異な語彙が出て来なければ、文法的には余裕を持って聴けている(つもりだ)。
一方、フランス語の応用編のほうは、1月からは新しく
北村亜矢子先生とセバスティアン・ジャフレド氏による、
『Vivre avec simplicite』というシリーズが始まる。
テキストを見たところ、聞き取りエクササイズと、文法項目別の解説があって、
私には良い勉強になりそうという印象があり、期待している。
10~12月まで3ヶ月シリーズだった、國枝孝弘先生とパトリス・ルロワさんのは、
話題が多義に及んでいて、扱う語彙も多彩で良かったとは思うのだが、
内容的に、今の私に最適な講座とは言えなかった。
もっと上級の、仏語検定なら準1級の準備をするくらいの段階であれば、
パトリスさんのトークも楽しめただろうし、毎回のテーマも、
自分の意見をフランス語でまとめるヒントになっただろうけれど、
初級から中級へ上りたいレベルの私には、まだ文法の取りこぼしが多いので、
もっと構文別にシゴいて貰ったほうが、「ため」になったと思う。
また、肩の凝らない、カジュアルな雰囲気は悪くないとは思うものの、
常にパトリスさんか國枝先生のどちらかが雑談風の気楽さで話していて、
エクササイズの箇所など特に、こちらが(邪魔されずに・爆)解答を言う、
という時間が与えられなかったのも、私には小さなストレスになっていた。
先日、2ちゃんの仏語ラジオ講座スレを久しぶりに覗いてみたら、
『クニパトはとっちらかって頭に入らない』
と書いていた人がいて、うまい表現だなとつくづく感じ入った(^_^;。
私には、3年後くらいにもう一度出会うと良いかもしれない講座だった。
中国語のほうは、入門編しか手が出せないが、今期はかなり気に入っている。
進み方がゆっくりだし、練習問題のときも語彙の復習ができるようになっていて、
私のように、覚えてもすぐ忘れる頭の持ち主にとって優しい講座だ。
開始後3ヶ月経っても、一応、中国語について行けている、
というのは画期的なことだ(爆爆)。
このまま三月まで頑張れますように(祈)。
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先週末、12月号のテキストが来た。
フランス語は、先日の仏検で自分の出来無さを思い知ったので、
もっと緻密にやらないといけないなあと、反省している。
初級編に関しては、余裕があるのは当然だが、だからこそ、
テキストを見ずに聞き取り・書き取りが完全にできるかどうか、
毎回、試してみるくらいの気持ちでやるべきだと思っている。
アクサン記号など、結構間違って覚えていそうだし。
応用編のほうも、パトリスさんのフランス語のトーク部分を、
これからは、もっとちゃんと聴こうと思った。
ここは國枝先生がすぐ解説して下さるし、テキストに概要も載っているので、
いつも、集中力が途切れて、日本語が出てくるのを待つ気分になりがちだが、
そうやって自分を甘やかしているから、いつまで経っても、
私のフランス語は頭打ちなのだ。わかっているのだ(涙)。
しかし、あまり負荷をかけようと意気込むと、挫折もしやすくなるし、
ほどほどシンドくやる、というのがなかなか難しい。
飽くまでも道楽フランス語、しかし向上はしたい、というところなので……。
それと、この応用編は、毎回のスキットやパトリスさんのお話は、
結構高度で盛りだくさんな感じがするのだが、
文法と構文の練習問題は、毎回、とても易しい。
ここで正解することが簡単にできてしまうので、
自分としてはすっかり「きょうも勉強した」気分になれるのだが、
その実、あまり進歩していないし、すぐ忘れてしまう。
練習問題は典型的な文型を練習しているに過ぎないのだから、
ここで毎回扱う仏語文(通常3文ほど)は、その都度、暗記しないとダメだな、
と今朝は問題をやりながら思った。
一方、中国語入門編は、今期はとてもゆっくり進んでいるので、
私のように若くない初心者にも優しい構成で、有り難く思っている。
習った表現を使っての中国語作文も、私の力でどうにか出来るし、
今のところ、あまり落ちこぼれないでついて行けているように思う(^_^;。
しかし、いつまで、この「ついて行けている」感が維持できるか、
楽しみというか心配というか。
***********
きょうは、とても寒かった。
本当なら倉敷で、田村響を聴くつもりだったのだが、
昨日半日がかりの内視鏡検査を受けたばかりで、やはり疲れていたし、
外気温が低いのにも勝てず、残念だったが今夜は断念した。
かわりに、……というのも違うが(^^ゞ、南座のチケットを取った。
今月末から始まる、京都南座の吉例顔見世、
菊五郎が出るので外せないとは前々から思っていたのだが、
南座で昼夜通しをやって日帰りする、というのが、
どうも、こう寒いと不安になってきて(←根性無し)、
とりあえずきょうは、昼の部だけチケットを取った。
音羽屋の蝙蝠安はどうしても観たいので。
しかし25000円を張り込む元気はなく、7500円の3等席にした(殴)。
音羽屋の旦那さんへの愛はその程度か!と責められそうだが、
なんと言われても、文字通り「無い袖は振れない」。
今月は、健康診断で散財してしまったのだ(爆)。
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11月号のラジオ講座テキストが来た。
第二外国語はどれも半年が1クールなので、
フランス語も中国語も10月から始まったばかり。
今日までのところは、まだ、さすがに楽勝でついて行けている。
強いて言えば、フランス語は応用編も聴いているので、これだけは、
「寝そべって読んでも隅々までわかる」、とは言えない(汗)。
フランス語は、そろそろ積極的に負荷をかけないと駄目なのだ。
放送時間に「なんちゃって仏語会話」の気分を味わっているだけでは、
私のフランス語は、自己満足の、永遠の初級者だ。
もう一歩、伸ばしたいと本当に思うのであれば、
ここからは暗記する努力・忘れない努力を、意識的にしなくては駄目なのだ。
一方、中国語のほうは、まだそういうストレスは感じていない。
自分で何か出来そうな感じが全然しないほどの入門者のままだからだ。
発音でも、文字でも、慣用句でも、ひとつ覚えればそれが「進歩」を意味し、
昨日より出来るようになったという満足が得られる。
忘れても傷は浅いというか(^_^;、まだコダワリが全然ないので、
「いいんだいいんだ、また覚えれば」とカルく考えることができる。
かわりに、漢詩のほうが、最近はどうも「頭打ち」感がある。
習い始めの頃よりは、たくさんの漢字を覚えたし、
返り点がついていれば自力で読めるようにもなったのだが、
「漢詩を鑑賞している」とは言えない、底の浅さも感じるようになった。
読めることだけで満足だった段階は終わったと思う。
学習は、すればするほど面白くなるが、すればするほどシンドくもなる。
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下腹左側にまだときどき、軽い痛みを感じることがあるが、
熱が出る前には、ずいぶんと下腹全体がうっとうしかったのだということが、
今、それが改善されたことにより、実感できるようになった。
いつもここで文句を言っている通り、私の体調不良は、
鼻炎・扁桃炎・大腸炎、のどれか、または組み合わせとして出てくることが多いが、
特に、疲れが蓄積してくると鈍い腹部不快が常時あるようになり、
熱を出したり盛大にお腹を壊したりして寝込んだあと、それが一掃される、
ということをこれまで幾度か経験している。
これに関しては、筋腫手術の遙か以前から既に体感していたことなので、
私の体質の問題であって、癒着云々とは直接関係がないのではないかと思う。
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さて、体調の話はともかくとして、きょうからラジオ語学講座の後期が始まった。
『まいにちフランス語』初級編は、「ナミの恋する東京日記」の再放送。
このシリーズの一作目は2008年前期の「ナミのおいしいパリ日記」だったから、
それぞれの再放送も含めると、清岡先生・レナさんの番組には、
私は今回で丸二年、お世話になることになる。
聴き始めた当初は、そもそも天中殺だから何か学習をしよう、というのが動機で、
私は語学学習自体が随分と久しぶりだったし、フランス語にも欲などなく、
偶然にスペイン語講座のついでに聴いたら案外楽しかったので、
……という程度のユルい意欲しか持っていなかった。
まさか三年経ってもまだ面白がってやっているとは、想像していなかったな(^_^;。
今も別に、何か野心があって外国語学習をしているわけではないのだが、
検定を受けたり資格を取ったりということが、
就職でトクしたいとか、世間に認めて貰いたいということではなしに、
純粋に主観的な「やり甲斐」として、楽しくなったと思う。
学校に行っているわけではないし、語学で商売をしているわけでもないので
(ごく、たまに、英語でなら翻訳で報酬を貰うことがないわけではないが)、
語学講座での学習を積み重ねて、何か進歩したかなと思えるようになったとき、
語学試験で、それを一里塚みたいにカタチにして記録するというのは、
なかなか手応えがあって面白いことだと、今の私は感じるようになったのだ。
だから、……そうなのだ、仏語検定をそろそろ受けたらどうかという話だ(^_^;。
そのためにも、フランス語は「応用編」も含めて休まず続けたいと思っている。
今期の応用編は、つい先だってまで「初級編」担当でいらした、
國枝先生とパトリスさんの「La vie, au rythtme des événements
( 人生の新しい扉を開けるとき)」で、こちらもなかなか楽しそうだ。
語学号座は担当の先生のキャラクターによって、結構、雰囲気が違うものだが、
期せずして今期は、初級編も応用編も「笑い」にポイントのある番組が揃っている(笑)。
一方、『まいにち中国語』は今回も入門編だけになりそうだ。
一体、何度目の仕切り直しでしょうか(汗)。
性懲りもなくまた「你好 ニーハオ」から始める私であった。
今期は高木美鳥先生で、私にとっては中国語では初めての女性の先生だ。
Good Luck、自分(笑)。
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言うまでも無いことだが、10日(土)11日(日)と週末二日間を費やして、
私は岡山にサンテレビを観に行っていたわけではない。
『小学校英語指導者育成講座』を受けに行っていたのだ。
二日間、両日とも6時間ずつ、講義とワークショップがあった。
まるまる二日間を自分の勉強のためだけに費やしたのは二十年ぶり?で、
不慣れなことをして疲れたけれども(笑)、素晴らしく充実した時間だった。
こういう機会を与えられたことに感謝しなくてはならないと思った。
講義の部分で、中山兼芳氏と松香洋子氏とが、異口同音に、
「日本語を喋るときと英語を喋るときには、大なり小なり別人になる」
という意味合いのことを仰っていたので、私は我が意を得たりの心境になった。
中山氏は「英語を使うときは、自分はanother personになる」、
松香氏は「大和撫子のまま自分をどこも変えずに英語を話すことは無理」、
という言い方をなさっていた。
お二方とも英語ではいわゆる第一人者の方々だが、帰国子女ではない。
日本にいて日本語で生活している児童生徒たちに英語を指導する場合、
この「別人になる」感覚は、かなり意味のあるものではないかと私は改めて思った。
私自身は、「英語を始めるのは早いほど良い」とは思っていないし、
「日本にいても幼い頃から英語育児をすれば、苦労せずにペラペラになれる」
とも全く考えていないので、幼児や小学校低学年段階での英語教育には
今のところ、ほとんど意義を見出していない。
しかし現実問題として中学生になってしまうと、定期考査と高校入試に追われ、
音声指導にゆっくりと時間をかけていられないという問題は確かにあるだろう。
だから英語の聞き取りや発音に関する部分の学習を、小学校高学年で開始し、
英語の発想や考え方に体験的に触れておく、というのは悪くないとも思っている。
更に言えば、「日本人は英語が喋れない」「日本人はアジアで一番英語が下手」
などと、英会話がこれほど国民のコンプレックスになるのであれば、
中学卒業までの義務教育の英語は、いっそトラベル英会話に近いものとして割り切り、
口頭表現においての、度胸とコミュニケーション能力の育成のみを目標にする、
という考え方でも良いかもしれないし、そのための素地づくりならば小学校で可能だと思う。
旧来の、「フォーマルな」「正しい」英語を追求することは、一旦、脇において、
仮に大半がデタラメでも、英語を通じさせてしまう発想と根性を身につければ、
とにもかくにも、自力でのコミュニケーションが可能になる。
とりあえず「ガイジンだ!」と目をそらして逃げ出すような大人には、ならないで済む、
……はずだ(笑)。
日本の英語教育が、よりcommunicativeなものへと変わろうとすること自体は、
ひとつの見識だと思うし、世の中の要求でもあるのだろうと思う。
ただ問題は、義務教育の先にある、高校がどうするかということではないだろうか。
大学だけは学問研究の場なので、大学入試の英語が、英語論文を読むための能力を
問わないものになるとは思えないし、また、そうなるべきではないだろう。
研究者は、日常英会話はどうでもいいが、学術論文は読めなくてはならないのだから、
やはり英語の文献の読解ができて、それを自分の研究活動に反映させられる、
というのが、学部レベルであろうと大半の専攻において必要な能力だ。
そこを問わない大学入試は、普通に考えて、あり得ないだろう。
そうすると、大量の英語を読んで、一定量の文章が英語で書ける、
ということが、大学入試ではどうしても重要な得点能力になる。
高校は大学受験予備校ではないが、さりとて進路指導もしないわけに行かないので、
中学英語まで続けてきたコミュニケーション活動を受け継ぎつつ、
大学入試に対応できる方向の学力も、生徒達につけさせなくてはならない、
となったとき、高校英語はなかなか厳しい局面に立たされるのではないか、
と私は思っている。
2013年度から、高校の指導要領も「英語の授業は英語で行う」と改められるわけだが、
そうなると、生徒や保護者は、高校を英会話教室モドキと見なしておいて、
能力と経済力に恵まれた子だけが入試のために予備校に通い、
徹底的に、英文法と訳読を日本語を用いて磨こうとする、
という事態も、起こり得るのではないだろうか。
……これは私の、いささか悲観的な予測に過ぎないし、外れるかもしれないけれど。
いずれにしても、到達点である高校英語の行く末もまだ定かには見えない以上、
小学校英語自体が、当面は黎明期としか言いようがなく、
吉田博彦氏も仰ったように、現在既に50歳近い私などは、
仮に小学校英語に関わることができるとしても、完全な「捨て石」世代だ。
私たちの役目は、旧来の英語教育を肌で知っていた世代として、
新しい教育方法への橋渡しの時期を、試行錯誤しながら築いて行くことだ。
もっと言えば、失敗例を積み重ねて改善への土台を作るのが、私たち初代の役割だろう。
そもそもこの仕事の雇用自体が、現状では確立しているとは言い難く、
小学校英語指導者資格そのものも、国家資格ではなく民間資格に過ぎないから、
実際問題として私は、小学校英語に関わることなく終わるかもしれない。
しかしそれでも、この業界の動向は今後も見守りたいと思っているし、
もし機会が得られるなら、無償でも何かお手伝いができればと願っている。
……等々と、講義を聴きながら様々なことを考えた二日間だった。
一方、ワークショップでは実際に児童生徒たちを前にした授業だと考えて、
簡単な英語で自己紹介をしたり、英語で指示を出したり、絵本を読み聞かせたり、
といった活動を次々と要求され、休む間もなく、緊張したが張り合いがあった。
「簡単な英語」とは言うが、使って良い単語のレベルを極度に制限されると、
それはそれで英語というのはまた、やたらと難しいものなのだと実感した(汗)。
また、受験英語だと、与えられたものを英語に直す・日本語に直す等々の作業が中心で、
減点されないための緻密さが重視されるけれども、
小学校英語のようなactive(能動的)な語学をやる場合に必要なのは、
自由な発想や、即興でも堂々と何かをやれる舞台度胸、等々だとよくわかった。
英語学習活動を通して、教師のみならず児童のこうした面を開拓して行くことも、
彼らが「ガイジンだ!」と逃げ出すような大人にならないためには有効だろう(笑)。
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9月号テキストが来た。
来月いっぱいで、今年度前期分が終了することになる。
このあと10月からはまた、一から始める後期講座が新しく開講される。
夏休みに入って、家族の生活時間帯の影響を受けることが多く、
今月のラジオ学習は、あまり順調とは言えなかった。
主人が出勤時間を遅くした日などは、ラジオが鳴っていても、
お構いなしに居間に来て喋ったりテレビをつけたりされるし(--#)、
娘が補習に行くときは、ちょうど7時過ぎに朝食時間になるので、
その準備や片付けで落ち着かず、テキストを開いていても聞き流して終わり、
ということがたびたびあった。
フランス語は少々抜けてもどうということはないが、
中国語はこちらに素地がないので、途中途中がわからないとお手上げだ。
早くも10月からの後期新開講に期待を寄せる転妻であった(殴)。
***************
今朝は、この夏になってたぶん初めて、「暑くない」と感じた。
窓を開けていれば、熱風とは明らかに違う、普通の風が入ってきて心地よい。
しかし例のごとく、近所の工事現場から来る騒音とホコリが凄いので、
何を取って何を諦めるかは、なかなか難しい問題だ。
ホコリのほうは、それでも、最近は以前よりマシになったと感じるし、
私はそもそも掃除ならあまり苦ではないので、まだいい。
それより問題なのは、朝8時から夕方6時まで続く騒音だ(除:昼休憩0時15分~1時)。
今は主人も娘も居ないので、とりあえず私は窓を全開にしているが、
主人が帰ってきたら、彼は自分で即座に窓を閉めるだろう。
何しろ、外の音が喧しすぎて、窓を開けたままでは、
テレビの真ん前に居ない限り、音声がろくに聞こえないから。
私はテレビは要らないし、音楽を流しっぱなしにする趣味もないのだが、
毎朝、各15分間のラジオ語学講座だけは、積極的に聴きたいもののひとつなので、
今のような環境だと、外の騒音のために音声が聞きづらくて困っている。
工事は朝8時に開始されるので、7時半からのフランス語はともかく、
8時15分からの中国語のほうを、騒音の中、負けじと大音量にして聴くか、
締め切った部屋で暑さに耐えつつ、まともな音量で聴くか、
……毎朝、これでも結構、悩みが深いのだ。
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きょうの放送で7月号テキスト分が終わった。
来週からは8月号テキストだ。
『まいにちフランス語』初級編は、内容的には今の自分には余裕があるので、
聞き逃した日があってもついて行けなくなるということがなく、
ユルく楽しく続けることが出来ている。
条件法の一部が早くも登場したが、実用会話においては便利な表現だし、
文法の理屈より、実際の使用頻度を考慮した講座なのだということを感じた。
応用編は、今月から井上美穂先生の『A table!』が始まったが、
ひとつの文を名詞句や名詞節に直して、他の文の一部に挿入する、
という練習が毎回なかなか面白くて、私としてはかなり気に入っている。
また金曜日の、基本語彙から、接頭辞や接尾辞を付けたり外したりして、
類義語や派生語を作って行くのも、私にはとても役立っている。
『まいにち中国語』は、今月はかなり挫折気味だった(汗)。
フランス語と違い、私にはまだまだ中国語は敷居が高いのと、
力の面からも、入門編しか歯が立たないので、月~水のみの勉強になり、
うっかりすると離れがちになってしまうのだ。
「聴くだけでいい」、と自分を許している面が最初からあるので、
復習もろくに出来ていないし、このままだと惰性でなんとか続けるだけで、
あとはまたまた、10月の仕切り直しを待つことになりそうだ(殴)。
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私は日頃からスポーツがよくわかっていないので、
女子サッカーについても全然注目していなかったのだが、
以下のニュースにあった澤穂希選手のコメントは、
優れて正確で、実に的確な表現だと、強い感銘を受けた。
よくある、「被災した人に元気を与えたいです」(!)などという言葉とは雲泥の差だ。
もとの日本語がどのようなものだったか不明だが(どこかに掲載されているのだろうか?)、
少なくとも英文記事から受ける印象は、目覚ましいものがあった。
拙訳になってしまい、澤選手にもここを見て下さった方にも申し訳ないが、
私自身、忘れたくないので記念に貼っておく。
Japan pays tribute to tsunami victims, survivors(Yahoo!Sports)
“We knew that what we were doing here could be about a little more than just a football tournament,” Sawa said. “If winning this makes one person, someone who lost something or someone or was hurt or damaged by the events that touched our country, feel better for even one moment, then we have really achieved a most special thing.
“If it makes everyone happy and joyful and gives them a reason to cheer after such difficult times, then we have been successful.
“Japan has been hurt and so many lives have been affected. We can not change that but Japan is coming back and this was our chance to represent our nation and show that we never stop working. This is like a dream to us and we hope our country shares it with us.”
『私たちは、自分たちがここでしていることが、単なるサッカーのトーナメントというだけではなく、もう少し、それ以上の何かになり得るのではないかと考えていました。我が国を襲ったあの出来事のために、何かを失った人、誰かをなくした人、あるいは怪我をしたり傷ついたりした人、そんな誰かの気持ちが、私たちがここで勝つことによって、ほんの一瞬でも楽になってくれたら、私たちは真に、とても特別なことを成し遂げたということだと思います。』
『このようにつらい時期に、皆に幸せな、楽しい気持ちになって貰えたり、元気を出すためのよりどころにして貰えるならば、それこそが私たちの成功です。』
『日本は痛めつけられ、非常に多くの人々の生活が影響を受けました。私たちには現状を変えることはできません。でも、日本は立ち直りつつあります。今回のことは私たちにとって、我が国を代表し、私たちが決して諦めないことを示すための機会でした。優勝は私たちにはまさに夢のようなことで、我が国もこの夢を共有してくれたらと私たちは願っています』
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ラジオ講座の7月号テキストが来た。
なんと、もう7月なのか(汗)。早い。
こんなあっという間に、一学期が終わってしまうとは……。
フランス語の初級編は、國枝先生とパトリスさんの明るい雰囲気がとても良いが、
私にとっての当面の不満は、ディアローグの役割練習がせっかくあるのに、
自分の読むパートのところでは、國枝先生が先に日本語を仰ったあとで、
こちらがフランス語を言う、という手順になっているところだ。
意味がよくわかった上で仏語文を口に出すことの意義はあると思うが、
私としてはあの部分は、訳はテキストを見れば良いので、
それより「なんちゃって仏語会話」の気分を出したいのだ。
つまり丁々発止、……とまでは行かなくても、日本語に遮られずに、
フランス語のみのやりとりがしたいわけだ。
まあ、実に些細な不満なのだけれど。
フランス語応用編は、私のこよなく愛した文法講座(by杉山利恵子先生)が終わり、
7月からは井上美穂先生による『A table!~文と語彙を料理する~』が始まる。
これは2008年10~12月に放送されたものの再放送なのだそうだが、
私は当時は聴いていなかったのではないかと思うので、楽しみだ。
2008年は私のラジオ講座復帰の年で、天中殺のまっただ中には新しい勉強を始めるのが吉、
と『まいにちスペイン語』を聴き始めたのがこの年の4月のことだった。
年度途中から、放送時間がスペイン語と近かったのでフランス語も聞き始め、
これが清岡先生とレナさんの最初のシリーズで、予想以上に楽しかったのだが、
それでもあの頃はまだ応用編まで聴くような熱意は無かったように記憶している。
今は少しは欲が出てきたことだし、新しい気持ちで聴けたら良いなと思っている。
さて、『まいにち中国語』のほうは、相変わらず入門編のみ聴いている。
「きょうのポイント」で説明される文法事項がとてもわかりやすくて、
私はこの講座のお陰でようやく、中国語のごく初歩の文法の概要が
自分なりにわかってきたように思っている。
しかし依然として、ピンイン(読み方をアルファベットでローマ字的に表したもの)と
簡体字とが私の頭の中では合体していない。
非常によく出てくる語(人称代名詞とか時を表す副詞とか)はさすがにわかるが、
次々と新しく出てくる名詞や動詞などは、ピンインが無くては全く読めないし、
自分で簡体字を書くことも勿論ほとんど出来ていない。
中国語をやっているのに、読んでいるのは結局ローマ字みたいなもの、
というジレンマからは、まだまだ脱出できそうにない(笑)。
「実戦コーナー」の「読まれた順に( )内に番号を書きましょう」も、
ピンインを見ていれば意味がわからなくても楽勝で正解できてしまうので、
今の私のやり方では、自分のためになっていないと思う(^^ゞ。
やはりこの箇所はテキストを見ないで音声を聞いて、
聞き取れ、意味がわかってから、文面を見てどれが読まれたかを探す、
くらいのことをしないと、勉強にならないだろう。
もう少し、自分に負荷をかける方法を考えないといけないなと思っている。
それにしても、ラジオ講座のテキストはどちらも、学習補助となる読み物や、
参考になる書籍の紹介、検定試験や語学学校の案内に至るまで、
眺めているだけでも私にとっては面白い記事が満載なのだが、
中でも「ひろば」(まいにちフランス語)・「読者来信」(まいにち中国語)
という、学習者からのお便りのページは毎回楽しみだ。
若い人たちが将来の夢を語る投稿も良いが、年齢の高い学習者からの、
大変意欲的な手紙も載っているので、オバさんである私の励みになっている。
例えば、定年退職したあと一念発起して新しい語学を始められた男性とか、
娘さんが国際結婚なさったのを機会に、その国の言葉を学び始められた女性とか、
後期高齢者といわれる年齢になってから検定に挑戦・合格された方とか。
しかも、恵まれた境遇の方が暇をもてあましてというのではなく、
介護の最中とか、ご自身が療養中など、時間的・体力的に厳しい制限のある中で、
毎日15分のラジオ講座に張り合いを見いだしていらっしゃるというお話も少なくない。
転職が成功したとかキャリアアップできたとかいう方向の話ではなく、
ただひたすら自分の意志で、思う通りに自分自身を高める喜びを味わっている、
というささやかだが実に手応えのある体験談が毎月掲載されていて、
地方の、一学習者としてとても共感できるものが多い。
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