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江刺追分を聞きに行ったが、開陽丸を見てきた

2019-04-29 20:59:51 | 旅行

北海道紀行1

道南に来ています。民謡の江差追分にひかれて、あまり来ることの少ない道南の日本海側に来ました。

江刺追分は信州小諸あたりの馬子で歌われていた追分節が、蝦夷の江刺まで伝わり、船乗りが歌うようになって広まっていた。船乗りも厳しい仕事だったので、恋しい気持ちの別れ歌が情にあったのでしょう。

私が北海道に足蹴く通っていたのは、もう数十年前のこと。

演歌がバリバリ生きていた時代だった。カセットテープ全盛の時代だったので、歌謡曲や演歌を、車の中で大音量で鳴らしていた。

道南のこの地に久しぶりに来てみたら、ニシン御殿はもっと立派だった記憶だったのだが、、。風雨にさらされて、大きなニシン御殿の板壁の劣化が激しいのかもしれない。手入れがほとんどされていないのでは?

北海道は変わらないところもあるが、やっぱり半世紀もたつと、私が知っている北海道とは一変している。

日本はその間に、経済成長して飛ぶ鳥を落とす経済大国になって、そして世界経済の発展から取り残されるようになった。盛り上がって、また下がってということです。

考えようには、幼年期から青年期へとなり、今は成熟期といえるのではないか。そう考えれば悪いことじゃーない。

今回の旅で江刺で見たものは、復元した開陽丸の姿だった。戊辰戦争時に江刺沖で嵐のため沈没した開陽丸を、昭和52年に引き上げたそうです。その展示館として開陽丸を同寸で建造されている。

開陽丸は幕府側の榎本武揚が蝦夷の地で独立国を作ろうとした、最大の最終兵器だったのだ。

開陽丸はオランダで建造された最新の軍艦だった。

榎本武揚が蝦夷(北海道)で新日本政府に反発して独立国を表明した。世界各国は最初は榎本武揚の蝦夷国(北海道国)を認めていた。なぜかというと、榎本武揚が持っている開陽丸を筆頭に新型の軍艦を擁していたからです。その中で最大最新型の開陽丸に対抗できる軍艦を新政府は持っていなかった。だから海を挟んだ蝦夷には新政府は進撃できなかったはずと、世界各国は認めていた。ところが、大嵐で開陽丸が難破して沈没したら、そん時に何隻かが難破したので、新政府は榎本武揚側には怖いものが無くなった。すると世界各国は手のひらを反すように、新政府の側に逆戻り。外交はそれくらいシビアなものなんですね。後ろでを失った榎本武揚の独立国は夢と消えさった。あっという間のつかの間の夢に終わった。かっての新鮮組の勇士・土方歳三は蝦夷の地で戦って亡くなったが、大将の榎本武揚は生かされて、その後も新政府の中で起用されて生き延びたのが面白い。よっぽどの人だったのだろう!

開陽丸は、現在練習船として使われている日本丸や海王丸と同じ2500トンもあった。

開陽丸は帆船でしかもエンジンもついてる、純然たる軍艦です。

東インド会社が東南アジアで荒らしまわっていた帆船型の戦闘艦の新型です。時代が木造船の戦闘艦から黒船の軍用船に変わってきた最新型です。

幕府は米国に2隻。オランダに1隻発注した。

総舵輪はふきっさらしです。

戦闘艦でもこの当時の大砲は、船内にあって横の窓を開けて撃った。

大砲窓は普段は閉じられていて、たぶん内側からふたを開けるように開けられたのだろう。

当然のことながら防水性も要求されることだし。

だから甲板には武器はない。

帆船そのものです。

日本丸よりもごつい作りです。

帆船の鋼鉄艦といった言葉がぴったり。

軍艦ですねー。

室内から大砲をぶっぱなすので、その音はさぞかしだっただろう。大砲の反動が大きいのでロープを何十二も引っ張ている.

ガトリング砲も積んであった。

確か、同じ幕府軍にいた長岡藩の河井継之助が同じものを使って、新政府軍と戦っていた。

150年間海底に眠っていた船具です。

これが開陽丸の大砲の弾。

尖がり帽子がカノン砲と同じく、弾薬がはいていない貫通弾です。

左のは信管を付ける火薬弾です。

これらの引き上げられた砲弾の数はすごいものです。

弾だけでも相当な重量です

榎本武揚と戊辰戦争については、私もすごく興味がある時代です。

日本の当時の新政府は、、、簡単にきれいごとだけじゃない、どろどろした人間臭さがある時代です。

しかし、結果的に文明開化は間違っていなかった。

どの集団の誰がイニシアチブをとるかの違いだったのだろう。 

北海道のゴールデンウイークは、観光地は激混雑ですが、元々人口が少ないので道路はさほどじゃない。今日は長万部近くの黒松内に旅館を取れました。

2019年 北海道紀行1 江差で開陽丸を見た

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2019年 北海道紀行12 北海のヒグマと呼ばれた故中川一郎衆議院議員碑

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2019年 北海道紀行13 青森ー函館フェリー

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