殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

始まりは4年前・15

2024年08月13日 10時05分05秒 | みりこん流

『猛獣使い』

今年の6月4日に転倒し、首を捻挫してから3日目。

午前10時に、暗〜い声で母から電話がかかった。

「起きられんのよ…」

人に電話をかける時、いきなりこんな声でこんなことを言っても

感じが悪いとは思わない、それが母である。

 

「起きられんとは?布団から起き上がれんの?

どこか、痛いん?」

昨日は元気だったのが、一夜明けたらこれなので

信じられない思いだ。

「首や足が痛うて、起き上がれんのよ…」

「無理に起きんでも、寝ときゃあええじゃん」

「……」

私の発言が不本意らしい。

 

「全然、起き上がれんの?」

「どうしても立たれんのよ…」

「トイレは行った?」

「行った…」

「じゃあ起き上がれるんじゃん」

「……」

また不本意らしい。

 

「病院、行く?」

「ほうじゃねぇ…A先生の所へ行こうか…」

要するに、来いということだ。

ただでさえ忙しい朝

こちらが行くと言うまで引っ張られたら何もできない。

行くと言ってさっさと電話を切り、当面の用事を済ませた方が得策である。

 

実家へ行くと、玄関は閉まっていた。

チャイムを押してしばらく待ったものの、いっこうに出て来る気配は無い。

裏の勝手口へ回ってみたが、ここも開いてない。

仮病かと思ったけど

2階の寝室から降りて来られないのは確実らしい。

 

勝手口には頑丈な折りたたみ式の網戸があり、内側からロックしてある。

母の枕元にあるはずの携帯に電話しても、出ない。

網戸を開けたら、勝手口のドアとの間に鍵がぶら下がっているので

それを使ってドアを開け、家に入れる仕組み。

よってまず、網戸を開ける必要がある。

 

簡単だ、網を破った。

網を挟んで閉じてあるゴムの所へ指を差し込み

強く引っ張ったら、網はゴムから離れる。

家の網戸を修理した時に知った。

そして破った箇所から手を入れて、網戸のロックを外した。

先で何回も、こんなことがあるかもしれない。

だったら先に破って準備をするまでだ。

後で何か言われたって、知ら〜ん。

 

こうして2階の寝室に行ってみると

母は夜中に私を呼び出していた去年と同じく

暗い部屋で暖房をガンガンにかけ、布団をかぶっていた。

「暑いが!」

だって6月だ。

さっき泥棒の真似事をした私は汗をかいていた。

 

「へでも寒いんよ…」

「起きるん?寝とくん?」

「もうちょっとしたら、起きてA先生の所へ行く…」

カーテンを開けようとしたら、ひどく嫌がるので

牛乳とお茶を飲ませ、暗い灼熱の部屋で起き上がるまで待つ。

 

ポツリポツリと1時間ほど会話をしていたら

起き上がれるようになったので服を着替えさせる。

A先生に会うから化粧をすると言うので眉を描いてやったら

曲がっていると気に入らなかった。

ここら辺になると、いつもの母だ。

 

「どうしたん?昨日は元気そうじゃったのに

今日はしんどそうなね」

A先生に言ってもらい、ご満悦の母。

点滴の間、待合室で待ったが

昼前に点滴を終えて出て来た母は、人が変わったように晴れやか。

朝とは別人だ。

 

起きてから何も食べてないので、町内のカフェで昼ごはんを食べた。

母の食欲は相変わらず旺盛だ。

カフェのオーナーは私のママ友、物の分かったソツの無い子なので

チヤホヤしてもらってご機嫌の母は、珍しく奢ってくれた。

 

翌日から毎日、このプログラムが始まる。

朝は「起きられん」、「立てられん」と言って奴隷を呼びつけ

おしゃべりの相手をさせて着替えを手伝わせ

A先生とカフェのハシゴだ。

 

朝になると呼ばれ、暖房ガンガンの暗い寝室で母が起きるのを待ち

昼が近づいたら着替えをさせてA先生、それが済んだらカフェ

それから家に帰って午後3時ぐらいまで、母が一方的に話すのを拝聴。

新たに始まった、この日課に味をしめたのか

それとも本当に朝は具合が悪いのか、私にはわからないまま

5日、1週間と日は経っていった。

 

この日々が始まるまでは、たいてい午後から実家へ行っていたので

時間的には余裕が残っていた。

しかし午前中から呼び出され

午後遅くまで拘束されるようになると負担は倍増した。

 

なぜなら我が家は、昼休憩に男3人が帰って来る。

私がいなければ、時に気を利かせて外食する者もいるが

帰って来る者もいるので、昼食の支度をして出るのは決定事項。

義母ヨシコは自分一人で男どもの世話をしているつもりになり

気だけソワソワして機嫌が悪い。

「今まで何十年、そこにおるかとも言わんかったのに

身体が弱ったら急にあんたを娘扱いして。

それほど世話になったわけじゃないんだし、ほどほどにしたら?」

彼女にしては珍しく、ごもっともな意見を頻繁におっしゃる。

 

ほどほどに…人は簡単に言うけど

いざ自分が火の中へ飛び込んでごらん。

ほどほどに逃げるとか、ほどほどに焼かれるとか、無理だから。

しかしこんな日常が、いつまでも続かないのはわかっていた。

そしてまた、いつまでも続かないこともわかっていた。

末期が来ていることは、感じていたからだ。

 

人の首っ玉に食らいついたら、相手が◯ぬまで離さない

母の性格はよく知っている。

◯んで役に立たなくなったら、しれっと他の犠牲者を探して

同じことをするのも知っている。

母が特別なのではなく、手がかかるようになった老人は皆そうなる。

母の場合、昔からそうだったというだけだ。

 

この状況をできるだけ先延ばしにするため

私は長年に渡って彼女をコントロールしてきた。

老人でなく自分が生き残るためには、そうするしかない。

その上で訪れた、末期なのである。

 

何でもハイハイと言いなりになるそぶりはしても

お楽しみや接待などのエサは満腹になる量を与えないことや

何かきついことを言われても、黙ったり凹んだりして弱みを見せず

テンポよくポンポン言い返すことや

何を考えているかわからないという最後の砦を残すために

心の距離を安易に縮めないなど

彼女と接するには数々の技術が必要になる。

みんな逃げたし、戦う技術を持つのは私しかいない。

私はこの死闘に勝つつもりである。

《続く》


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