これまでを見ると
悪いのは周囲にたまたま存在する変人で
自分はさも良い人物であったかのような表現が目立つ。
我が身かわいさゆえ、いたしかたの無いことではあるが
私がどれほど意地の悪い女であったかも
ここはひとつ、したためておかねばなるまい。
N美、52才、夫一人、子供一人。
アルバイトで入った私よりひと月早く、正社員として入社。
小柄でかわいい系の古い女、しかも事務職…
みりこん辞典には“要注意”と記してある。
昭和のユルい時代をさんざんチヤホヤされ
得をして生きてきた可能性大。
そしてそれが、年齢を経た今でも通用すると信じて疑わない。
よってワガママでシタタカの純粋培養。
他の人はいざしらず、自分とは絶対に合わないという
身勝手な先入観だ。
しかも50を過ぎての転職で、まだ事務職にこだわる…
往年の美酒が忘れられない、時代錯誤のお荷物。
相当危ない。
経験に基づいた独断である。
単純に言えば、大柄でかわいくない自分と
正反対だから憎たらしいのかもしれない。
N美には何の罪もない。
何が私を苦しめるかというと、電話の応対。
「かしこまいりました」
必ず言う。
「ほら言うぞ…また言うぞ…」
と思っていると、言う。
キー!
“かしこま”と“りました”の間に“い”が入るだけなのに
無性に腹が立つ。
おおごとには鈍感なくせに、こういう小さいことはカンにさわる。
A型だからか、生まれつき悪い性格が原因なのかは不明。
ダメなワタシよ…。
家から鉢植えの花を持って来ては会社に飾り
朝晩決まった時間に水やり。
鉢は、ひとつ、またひとつと増え続ける。
よって、水やりにかける時間も増えていく。
「お花があると、やっぱりなごむわねぇ。
若い人ばかりだと、こういうの、気が付かないでしょ?
私みたいなのも必要なのよ」
なにげに自分の年齢的存在価値をアピール。
中にはツルを伸ばして、電話コードまで行こうと頑張るものもあり
それにつっかい棒みたいなのを立てたりするもんだから
会社はちょっとした老人の庭といったふぜいだ。
家でいらないものを持って来るので
欠けた植木鉢やすすけた受け皿が貧乏くさい。
私はこの行為をマーキングと認識する。
花が嫌いなわけではないが
自分のものでない場所を自分の好きなもので侵略するのは
非常に野卑で動物的な行為ととらえてしまう。
腹が立つので、咲いた咲いた…と喜んでいたやつを
こっそりちょん切って生けておく。
「せっかく咲いたのに、誰?!」
とすごい形相だが、知らん顔。
とはいえバイトと社員、接触さえしなければ問題は起きない。
しかし、不幸なことに繁忙期がおとずれ
N美と深く関わる仕事が増加してくる。
N美は冷蔵室に行くのを嫌がる。
しかし、繁忙期には在庫チェックのために
冷蔵室へ入る回数と時間が増える。
「みりこんさん、私、お産が帝王切開だったのね。
冷えると良くないから、冷蔵室にはみりこんさんが行ってくれない?
その間のあなたの仕事は、私が代わりにやるから」
みりこん…キレる。
「あなたが、私の何をやってくれると言うんですっ?」
盲腸しか切ったことが無いので
深くメスを入れた人の気持ちはわからないかもしれない。
しかし、冷蔵食品を扱う会社に就職したからには
ある程度の覚悟はするべきだ…などとまくしたてる。
それ以前に、N美が複雑な在庫チェックを苦手としていることを知っていた。
先日も何か大きなミスをしたらしく、上司に注意されていた。
正直に苦手だと言えば、あるいは代わってやっていたかもしれない。
しかし、30年前の手術を引っ張り出すことに…
そして、大きな目をパチパチしばたかせ
「あなたも出産経験者だから、わかってくれるでしょ?」
ふうを装うのに腹が立つのだ。
今までどこへ行っても、そうやって切り抜けてきたのだ。
無意識の打算と甘えで仕事を減らし
家庭と仕事を両立してきたと錯覚している。
そうはいくか…身勝手な解釈で、意固地になる私。
「じゃあ、Cさん、お願い」
N美はしれっと、別の子に変更。
「えぇ~?」
仕事ではN美の先輩でありながらも
お人好しの女子社員Cは
母親みたいな年齢のN美に言われてしぶしぶ席を立つ。
自分じゃないなら、わたしゃ構わないのだ。ルルル~♪
その夜、身代わりで冷蔵室へ行ったロスタイムを挽回すべく
一人残業するCを見て、上司にすべてが露見。
社員の残業にうるさくなり始めた時期なので
N美は厳しく注意され、結局退職することとなった。
「これが最後の就職と思っていたのに…」
うらめしそうに私を見る。
社員のCでなく、退社時間の早いバイトの私が
快く代わってくれていれば
こんなことにはならなかったそうである。
フンだ!
最後の日、自身のプライドから、にこやかに別れの挨拶をするN美。
私は贈る言葉を…。
「花、全部持って帰ってくださいね」
N美は育った花々を無言で大きなビニール袋に放り込み
大黒様のようにかついで去って行った。
悪いのは周囲にたまたま存在する変人で
自分はさも良い人物であったかのような表現が目立つ。
我が身かわいさゆえ、いたしかたの無いことではあるが
私がどれほど意地の悪い女であったかも
ここはひとつ、したためておかねばなるまい。
N美、52才、夫一人、子供一人。
アルバイトで入った私よりひと月早く、正社員として入社。
小柄でかわいい系の古い女、しかも事務職…
みりこん辞典には“要注意”と記してある。
昭和のユルい時代をさんざんチヤホヤされ
得をして生きてきた可能性大。
そしてそれが、年齢を経た今でも通用すると信じて疑わない。
よってワガママでシタタカの純粋培養。
他の人はいざしらず、自分とは絶対に合わないという
身勝手な先入観だ。
しかも50を過ぎての転職で、まだ事務職にこだわる…
往年の美酒が忘れられない、時代錯誤のお荷物。
相当危ない。
経験に基づいた独断である。
単純に言えば、大柄でかわいくない自分と
正反対だから憎たらしいのかもしれない。
N美には何の罪もない。
何が私を苦しめるかというと、電話の応対。
「かしこまいりました」
必ず言う。
「ほら言うぞ…また言うぞ…」
と思っていると、言う。
キー!
“かしこま”と“りました”の間に“い”が入るだけなのに
無性に腹が立つ。
おおごとには鈍感なくせに、こういう小さいことはカンにさわる。
A型だからか、生まれつき悪い性格が原因なのかは不明。
ダメなワタシよ…。
家から鉢植えの花を持って来ては会社に飾り
朝晩決まった時間に水やり。
鉢は、ひとつ、またひとつと増え続ける。
よって、水やりにかける時間も増えていく。
「お花があると、やっぱりなごむわねぇ。
若い人ばかりだと、こういうの、気が付かないでしょ?
私みたいなのも必要なのよ」
なにげに自分の年齢的存在価値をアピール。
中にはツルを伸ばして、電話コードまで行こうと頑張るものもあり
それにつっかい棒みたいなのを立てたりするもんだから
会社はちょっとした老人の庭といったふぜいだ。
家でいらないものを持って来るので
欠けた植木鉢やすすけた受け皿が貧乏くさい。
私はこの行為をマーキングと認識する。
花が嫌いなわけではないが
自分のものでない場所を自分の好きなもので侵略するのは
非常に野卑で動物的な行為ととらえてしまう。
腹が立つので、咲いた咲いた…と喜んでいたやつを
こっそりちょん切って生けておく。
「せっかく咲いたのに、誰?!」
とすごい形相だが、知らん顔。
とはいえバイトと社員、接触さえしなければ問題は起きない。
しかし、不幸なことに繁忙期がおとずれ
N美と深く関わる仕事が増加してくる。
N美は冷蔵室に行くのを嫌がる。
しかし、繁忙期には在庫チェックのために
冷蔵室へ入る回数と時間が増える。
「みりこんさん、私、お産が帝王切開だったのね。
冷えると良くないから、冷蔵室にはみりこんさんが行ってくれない?
その間のあなたの仕事は、私が代わりにやるから」
みりこん…キレる。
「あなたが、私の何をやってくれると言うんですっ?」
盲腸しか切ったことが無いので
深くメスを入れた人の気持ちはわからないかもしれない。
しかし、冷蔵食品を扱う会社に就職したからには
ある程度の覚悟はするべきだ…などとまくしたてる。
それ以前に、N美が複雑な在庫チェックを苦手としていることを知っていた。
先日も何か大きなミスをしたらしく、上司に注意されていた。
正直に苦手だと言えば、あるいは代わってやっていたかもしれない。
しかし、30年前の手術を引っ張り出すことに…
そして、大きな目をパチパチしばたかせ
「あなたも出産経験者だから、わかってくれるでしょ?」
ふうを装うのに腹が立つのだ。
今までどこへ行っても、そうやって切り抜けてきたのだ。
無意識の打算と甘えで仕事を減らし
家庭と仕事を両立してきたと錯覚している。
そうはいくか…身勝手な解釈で、意固地になる私。
「じゃあ、Cさん、お願い」
N美はしれっと、別の子に変更。
「えぇ~?」
仕事ではN美の先輩でありながらも
お人好しの女子社員Cは
母親みたいな年齢のN美に言われてしぶしぶ席を立つ。
自分じゃないなら、わたしゃ構わないのだ。ルルル~♪
その夜、身代わりで冷蔵室へ行ったロスタイムを挽回すべく
一人残業するCを見て、上司にすべてが露見。
社員の残業にうるさくなり始めた時期なので
N美は厳しく注意され、結局退職することとなった。
「これが最後の就職と思っていたのに…」
うらめしそうに私を見る。
社員のCでなく、退社時間の早いバイトの私が
快く代わってくれていれば
こんなことにはならなかったそうである。
フンだ!
最後の日、自身のプライドから、にこやかに別れの挨拶をするN美。
私は贈る言葉を…。
「花、全部持って帰ってくださいね」
N美は育った花々を無言で大きなビニール袋に放り込み
大黒様のようにかついで去って行った。