今日が何の日だったか、ふと思い出した。
十数年前、とある会社にアルバイトとして入社した日だ。
そして、ある女の子のことを思い出した。
R子。
隣人の転居に伴い、そのアトガマとして紹介された職場で
おばさんバイトの私は、R子の部下となった。
R子は24才、独身。
普通ならお年頃だが、彼女はちょっと違っていた。
妙に落ち着き払っていて
若い女性特有の、華やいだかわいらしさというものがまったく無い。
社内で働く者は、老いも若きも彼女に遠慮している感じがした。
入社したその日
R子がパソコンのキーボードにコーヒーをこぼした。
「ゾウキン!」
彼女に強く言われ、ここが主婦の哀しさ…
反射的にゾウキンを持って行って拭く。
しかし、キーボードに入り込んだコーヒーは簡単には拭き取れない。
「…まだ?」
R子は私の背後からイライラした声で問う。
「早くしてくれないと、間に合わないんだけど」
ある日、ガラス張りの別室にこもって
向こうを向いたままじっと動かないR子。
入ろうとすると、他のコが首を振って止める。
しかし、そういう時こそ何をしているのか見たくてたまらなくなる。
入ってのぞき込むと、R子はワンワン泣いていた。
何が悲しいのかわからないが、時折そんな日があるらしい。
ほどなく、彼女は仕事の帰りに交通事故を起こした。
携帯を見ていて、前の車に追突したのだ。
そこからさらに不思議ちゃん全開。
追突した相手が、何やら宗教の熱心な信者で
「これも何かの縁…」
と快く許してもらえたのに感動して
勧められるままにその宗教に入信してしまった。
そして突如のたまう。
「私にはインテリアデザイナーの才能があるらしいの。
夜間の学校に通うから、帰りに駅で降ろして」
私の通勤路の途中に駅があるからだ。
デザイナーになるのだから…と
R子さま、急にオシャレにおなりになる。
そのうち、ヘンな帽子までかぶり始める。
インテリアがどうのこうのとうるさいので
皆、ひそかに「テリア」と呼んだ。
かくしてR子を駅まで送り届ける日々が始まったが
そう毎日、仕事が定時に終わるわけがない。
R子は言う。
「…まだ?早くしてくれないと、間に合わないんだけど」
ヘンな帽子をかぶって催促。
このへんになると、私ももう独り立ちしていた。
このコから教わるものは、すでに何もない。
「無理。タクシー呼びなさい」
社内は凍り付き、彼女は黙ってその場を立ち去った。
それから間もなく、R子は退職した。
インテリアデザイナーになったかどうかはわからない。
ただ、半年後に結婚を知らせる写真入りハガキが私にも届いた。
「なんで写真が全部後ろ姿?!」
ハガキを受け取った者は盛り上がった。
隣人のアトガマとして入社した私は
R子のアトガマとして社員になった。
十数年前、とある会社にアルバイトとして入社した日だ。
そして、ある女の子のことを思い出した。
R子。
隣人の転居に伴い、そのアトガマとして紹介された職場で
おばさんバイトの私は、R子の部下となった。
R子は24才、独身。
普通ならお年頃だが、彼女はちょっと違っていた。
妙に落ち着き払っていて
若い女性特有の、華やいだかわいらしさというものがまったく無い。
社内で働く者は、老いも若きも彼女に遠慮している感じがした。
入社したその日
R子がパソコンのキーボードにコーヒーをこぼした。
「ゾウキン!」
彼女に強く言われ、ここが主婦の哀しさ…
反射的にゾウキンを持って行って拭く。
しかし、キーボードに入り込んだコーヒーは簡単には拭き取れない。
「…まだ?」
R子は私の背後からイライラした声で問う。
「早くしてくれないと、間に合わないんだけど」
ある日、ガラス張りの別室にこもって
向こうを向いたままじっと動かないR子。
入ろうとすると、他のコが首を振って止める。
しかし、そういう時こそ何をしているのか見たくてたまらなくなる。
入ってのぞき込むと、R子はワンワン泣いていた。
何が悲しいのかわからないが、時折そんな日があるらしい。
ほどなく、彼女は仕事の帰りに交通事故を起こした。
携帯を見ていて、前の車に追突したのだ。
そこからさらに不思議ちゃん全開。
追突した相手が、何やら宗教の熱心な信者で
「これも何かの縁…」
と快く許してもらえたのに感動して
勧められるままにその宗教に入信してしまった。
そして突如のたまう。
「私にはインテリアデザイナーの才能があるらしいの。
夜間の学校に通うから、帰りに駅で降ろして」
私の通勤路の途中に駅があるからだ。
デザイナーになるのだから…と
R子さま、急にオシャレにおなりになる。
そのうち、ヘンな帽子までかぶり始める。
インテリアがどうのこうのとうるさいので
皆、ひそかに「テリア」と呼んだ。
かくしてR子を駅まで送り届ける日々が始まったが
そう毎日、仕事が定時に終わるわけがない。
R子は言う。
「…まだ?早くしてくれないと、間に合わないんだけど」
ヘンな帽子をかぶって催促。
このへんになると、私ももう独り立ちしていた。
このコから教わるものは、すでに何もない。
「無理。タクシー呼びなさい」
社内は凍り付き、彼女は黙ってその場を立ち去った。
それから間もなく、R子は退職した。
インテリアデザイナーになったかどうかはわからない。
ただ、半年後に結婚を知らせる写真入りハガキが私にも届いた。
「なんで写真が全部後ろ姿?!」
ハガキを受け取った者は盛り上がった。
隣人のアトガマとして入社した私は
R子のアトガマとして社員になった。