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遺骨送還から出発し、制裁の解除と国交正常化に至ったベトナムの経路が、北朝鮮にも適用されうるのではないかということだ。

2018-08-07 | 「北朝鮮問題」の解決のために
米軍遺骨送還した北朝鮮は果たして「ベトナムの道」を歓迎するだろうか
登録:2018-08-06 00:47 修正:2018-08-06 07:12


                    
南北将官級会談のため、アン・イクサン首席代表をはじめとする北側代表団が先月31日午前、軍事境界線を越えて板門店の南側の平和の家に向かっている=シン・ソヨン記者//ハンギョレ新聞社

 北朝鮮が休戦協定締結65周年の7月27日、米軍遺骨55柱を送還した。金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長の「素敵な手紙」も共に平壌(ピョンヤン)を旅立った。今月1日(現地時間)、遺骨は銀色の金属棺に収められ、米ハワイのヒッカム基地に到着した。ドナルド・トランプ大統領はワシントンで、「金委員長に感謝する。あなたがこのように親切な行動を取ったことについて全く驚かない。近いうちに会うことを楽しみにしている」と(ツイッターに)書き込んだ。おそらく6月12日にシンガポールで行われた朝米首脳会談以来、最も暖かいメッセージ交換であろう。

 北朝鮮が遺骨を送還してから、いわゆる「ベトナムの道」が頻繁に取り上げられている。遺骨送還から出発し、制裁の解除と国交正常化に至ったベトナムの経路が、北朝鮮にも適用されうるのではないかということだ。遺骨の送還があまり進展の見られない非核化交渉を後押しし、朝米関係の正常化の議論にも弾みがつくことを望む期待が込められている。米国では、ベトナムの道を祝福のように掲げられたりもする。マイク・ポンペオ米国務長官は「ベトナムが歩んできた道を北朝鮮が従えば、奇跡が起きるだろう」と述べた。遺骨の送還後、ベトナムは本当に“花道”を歩いたのだろうか。

 米国とベトナムの国交正常化交渉はもう一つの戦争だった。両国は1977年5月、初の会談から激突した。米国は、戦争の行方不明者問題の解決を先決条件に掲げた。ベトナムは戦争補償金の優先支給を求めることで対抗した。敗戦国であることを認めろと言わんばかりの要求だった。激怒した米議会はベトナムへの援助に反対する決議案を議決した。交渉が破局に突き進み、ベトナムは翌年6月にソ連が主導する経済相互援助機構「コメコン」に加盟した。12月にはカンボジアに侵攻し、クメール・ルージュ政権を追放する軍事作戦を敢行した。

 このような状況で、国交正常化交渉を再開する突破口として登場したのが、米軍遺骨の送還だった。ベトナムはカンボジアでドロ沼に陥っていた。莫大な軍備支出は、米国の経済制裁によりただでさえ厳しい財政をさらに疲弊させた。ベトナムは結局、行方不明者問題の解決に向けた対話に乗り出すことに決めた。米国の先決条件の要求を事実上受け入れたのだ。そして、ついに1982年10月、米軍遺骨5柱が米国に受け渡された。ベトナム戦争後、初めての送還だった。

 以降、国交正常化交渉は、米国の一方的な論理に沿って行われた。米国はカンボジアからのベトナム軍の撤退や改革・開放政策の実施、外国人投資の保障、政治犯の釈放など先決条件を増やし続けた。行方不明者問題と人権問題に協力する見返りに、経済制裁の解除を要求したベトナムの提案は黙殺された。ベトナムは1989年、カンボジアから完全に撤退し、1991年には行方不明者問題を処理するための事務所の設置を許可するなど、譲歩を重ねたが、米国は1995年に国交を樹立するまで、強硬な姿勢を維持した。米国はベトナムとの戦争では負けたが、国交正常化交渉では完勝を収めた。

 米軍遺骨を送還してからベトナムが歩んできた道は茨の道だった。ベトナムの戦略的選択と忍耐がなければ乗り越えられなかっただろう。ベトナムの譲歩はいつもさらに大きな譲歩を求める米国の壁にぶつかった。国際金融機関への加盟や貿易禁輸措置の解除など、ベトナムが期待していた米国の見返りは後回しになっていた。米国は世界銀行と国際通貨基金を通じてベトナムを支援しようとしたフランスの試みまでも阻止した。
ユ・ガンムン統一外交チーム先任記者//ハンギョレ新聞社

 最近、ベトナムの道に足を踏み入れたのはむしろ米国だ。米国は、非核化が行われない限り、対北制裁を解除できないと公言している。国連を通じて対北朝鮮制裁を順守するよう注意報まで発令した。南北協力事業のための例外を認めてほしいという韓国の要求にも消極的だ。終戦宣言についても可視的な非核化措置を先に確認すべきだとして、線を引いている。七面鳥が焼き上がるまでオーブンから取り出してはならないと主張しているかのようだ。新たな朝米関係の設定、朝鮮半島における平和体制の構築をめぐる議論を、すべて非核化後に先延ばしていることに他ならない。

 ベトナムの道には、先非核化を要求する「リビアモデル」の論理が隠れている。北朝鮮の「親切」が求める段階的かつ相互的な非核化ロードマップとは程遠い。北朝鮮はこのような道を決して祝福と受け止めないだろう。
ユ・ガンムン統一外交チーム先任記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr)