みつばやま小零庵だより

宇宙の塵、その影のような私ですが、生きている今、言葉にしたいことがあります。

浄土寺と光安寺橋

2015-03-10 13:50:17 | 俳句
当地の俳句の会を長く指導されていた恩師が逝去されたのは、東日本大震災の年の夏。お彼岸の季節だから、との長老の提案に従って、今日の吟行は墓参を兼ねることになりました。


菩提寺の浄土寺は火災焼失後に恩師等の尽力を得て再建されたものだそうで、なかなか立派な構えなのだけれど無住寺で、常住の御住職はいらっしゃらない、というのは残念です。



恩師の御墓は旧家らしい歴史を感じさせるものです。お人柄も俳句も上品で穏やか、しかも気さくな方で、慕う方が多かったと思います。優秀な御家族にも恵まれていらっしゃいましたが、最愛の御家族に早世されるお悲しみも秘めておられたこと・・等々、皆で偲びました。



墓参の後、近くの恋瀬川岸へ歩き、光安寺橋を渡って右へ少し入ったところに囲われている虚無僧の墓碑(文化15年=文政元年)を訪ねました。この辺りは、虚無僧寺の光安寺の跡だったんですね。



       虚無僧の塚を掠めり春疾風(はやて)

八郷町民文化誌「ゆう」№4に、「往古の虚無僧が作曲し吹き伝えてきた尺八本曲を吹嘯して」おられる、という斉藤孝介氏の『簫籟(しょうらい)~普化宗小史と虚無僧寺「光安寺」に就いて』の記事があります。


尺八についての専門的な内容は私の理解を超えていますが、綿密な調査を経て泥土に埋もれていた虚無僧塚を見出された氏の深い思いに感銘を受けました。