みつばやま小零庵だより

宇宙の塵、その影のような私ですが、生きている今、言葉にしたいことがあります。

花の競演

2018-03-30 17:41:45 | 八郷の自然と風景
近所の友人が花見に誘ってくれました。桜の名所の「常陸風土記の丘」は、老若男女で賑わっていました。広い駐車場も満杯でしたが、事情に詳しくて賢い友人は、私を乗せてくれたお車を、裏道の手頃な場所に上手に駐車されて、さすが!でした。







当地のソメイヨシノが3月中に満開になるなんて、本当に驚きです。その上、枝垂桜も7~8分咲き。まさに花の競演を満喫! 友人とお喋りの花も一杯咲かせました。


水芭蕉の花

2018-03-28 13:05:48 | 八郷の自然と風景
句友から、水芭蕉の群落がある、と教えてもらいました。人様のお屋敷の敷地内だけれど、道沿いだから、誰でも見ることが出来る、と言うので、早速出掛けました。

当庵から愛車で10分弱、路肩に駐車して、ゆっくり歩きながら探しました。咲いていました!



水芭蕉、と言えば尾瀬ですが、私は尾瀬へ行ったことがありません。あの「夏の思い出」の歌に登場する水芭蕉には、憧れに似た思いがありました。ささやかな群落ながら、見ることができて、感無量!

傍らに赤味がかった石の大きな門柱がありました。モニュメントというか、芸術作品のような門柱です。一帯は雑木林で、お屋敷の建物は林の奥らしく、見えません。道との間に塀の類はなく、ほんの少し窪んで湧き水が滲みでているところに、おそらく数年前頃、お屋敷の主が水芭蕉の苗を植え付けたのでしょう。どんなお方なのかな・・・

         道の辺に誰が咲かせしや水芭蕉

尾瀬は雪解けが遅くて、水芭蕉が咲くのは6月初め頃だそうです。そのためか、歳時記では、「夏」の季語になっています。でも関東の平地では、例年なら4月には咲くそうです。今年は急に暖かくなったので、ひときわ早く咲いたんですね。




常陸国 出雲大社

2018-03-25 22:18:59 | 俳句
俳句の会で、笠間市福原の出雲大社へ行きました。私が所属する地元の俳句の会は、大小二つ。今日は大きい方の会です。

公民館前に集合して、バスに乗り込みました。国民宿舎「つくばね」が出してくれたバスです。私と同世代の運転手さんはイケメンで親切。お天気にも恵まれてウキウキ。窓外には次々に春の花々が見えてきます。「あっ、コブシだ!」「ハクモクレンだ!」「レンギョウだ!」と姦しい女性陣に、殿方陣は呆れながらもニコニコです。

常陸国出雲大社は、平成4年12月に島根県の出雲大社から分霊鎮座。平成26年9月に単立の宗教法人として独立したそうです。参道の坂から見上げると、先ずは長さ16メートル、重さ6トンという注連縄に度肝を抜かれます。

写真は現地で撮り損なったので、チラシの写真を一部転載します。





大き過ぎる注連縄や拝殿は、正直なところ、あまり私の趣味ではない。かといってイヤでしようがないというほどでもない。全体的に鷹揚な雰囲気があるし、整備しているとはいえ、豊かな自然がそれなりに生かされてはいる。

大規模な施設整備のための初期投資は、相当な額だったろう。リスクも懸念されたのではないかと思う。しかし今、この便利とは言えない場所に、若い世代を中心として少なからぬ人々が訪れている。人の繋がりが希薄な時代に、縁結びの神というキャッチフレーズがヒットしているのだろうか。宗教法人の事業経営という観点からは、確かな軌道に乗っているように見える。

本殿の後ろは、山のほぼ全体が樹木葬の地として区画されている。これも、自然葬志向の時代の風向きを的確に捉えた経営感覚の勝利とも言えよう。

          囀りや樹木葬儀の椅子小さく

芽吹き始めた雑木林の中の小道を、樹木葬霊園へ歩いているとき、かんざしのような花穂をいっぱい垂らした樹木に目を惹かれた。暗赤色の花穂の樹木は、他の地で私は見たことがない。青空へ向かって沢山の枝がのびのびと広がっている姿も良い。幹は暗灰色の地に白い模様がある。イヌシデ(別称ソネ)に似ているけれど、花穂の色が違う。イヌシデの雄花穂は黄褐色だ。帰庵してから調べたら、どうやらアカシデ(別称ソロ)らしい。         

イヌシデ、アカシデの「シデ」は、花穂の様子を、注連縄などに垂らす紙垂(シデ)に喩えているのだろう。イヌシデの「イヌ」は、人間にとって役に立たないものへの蔑称。イヌシデは、建築用材などには向かないのでしょうね。犬たちには失礼な話ですが。

アカシデの「アカ」は、もちろん花穂の色に由来しているのでしょう。雑木林の中で、他の木々に先駆け、青空をバックに咲いて、風に揺れる様子も素敵です。

昼食は、国民宿舎「つくばね」で。皆でワイワイお喋りしながら完食しました。午後からの句会でも、笑い声がしばしば起こり、でも時には厳しい意見も交換できました。

新十両のイライラ

2018-03-19 09:42:06 | 社会
新十両の貴公俊による付け人への暴行事件が報道された。

昨日、付け人の不注意もあって、土俵下への入場のスタンバイが遅れ、花道を走っていったが、遅刻して注意を受けた。取組みでは敗けて、イライラが募って荒れた、という。

3勝5敗となり、十両の地位も束の間で幕下戻りの惧れが出てきたことが、イライラの根っこにあるのではないか。

十両と幕下とでは、扱いが雲泥の差だそうだ。幕下はほぼ無給だが、十両になれば月給百万円ぐらい。付け人もつく。ちゃんこ鍋も、幕下では鍋の底の残りものしか頂けない、と聞く。出世に応じて扱いを良くしていくのは必要だとしても、この十両と幕下との落差は、いくら何でも大き過ぎるのではないかと思う。

十両の制度の問題はありそうだけれど、だからといって貴公俊を擁護するつもりはもちろん無い。文字通りのパワハラだから。

貴公俊という四股名は、貴乃花部屋が京都宿舎にしている龍神総宮社の祭主「辻本公俊」からとっている。この人物と貴乃花親方は昵懇の間柄だ。先日も、相撲協会の役員室へ、貴乃花親方が辻本公俊氏と共に入ろうとして、部外者の入室を断られた経緯もある。新興宗教をすべて否定するわけではないが、この龍神総宮社のHPを見ると、如何なものか、と感じる。

現役のときは、素晴らしい相撲で観客を魅了していたのに、最近の貴乃花親方の言動は、聞き分けのない我儘放題の子ども以下に見える。自滅の道まっしぐらだ。残念だし、少し悲しい。

初雲雀

2018-03-12 11:10:22 | 八郷の自然と風景
季節は、行ったり来たりしながらも、さっさと先へ進んでいるようです。

今朝も霜が降りていましたが、ユキの散歩に出かけた7時頃には消え始めていました。冷え性の掌には相変わらずミニカイロを握りましたが、歩いているうちに、厚着の背中が微かに汗ばんできました。

春耕済みの黒々とした田んぼの脇を歩いていたら、早口の元気な声が聞こえてきました。雲雀です!

          この空の胸の辺りや初雲雀

上手に囀るようになったウグイスの声を聞きながら、帰庵して鶏とユキに給餌し、外縁に布団を干してから、ジャガイモの種を蒔きました。一昨日、二つに切り分けておいたものです。品種はキタアカリ。冬の間に元肥(と言っても、残菜や落葉や米糠を混ぜた、いいかげんな?自家製ですが)を埋めておいた畝の土を、深さ10センチぐらい掘って、そっと埋めていきました。やがて元気な芽が出ますように!

窓辺の馬酔木は花盛り、というか、少々年増ですが、あでやかな舞姿を見せてくれています。


実行犯の口

2018-03-08 17:10:05 | 社会
権力犯罪の実行犯は、権力によって口を塞がれるリスクを背負うのではないか。

口を塞ぐ方法は色々あるのだろう。カゴ夫妻には、セッケン禁止の長期コウリュウという方法によって。他の実行犯については・・・杞憂に終わってほしい。

春光

2018-03-03 17:13:20 | 菜園
今朝も霜が降りて寒く、例によって手を凍えさせながらユキの散歩をしたけれど、先日逝かれた俳句の師のことが頻りに思われてならなかった。真面目を絵に描いたようなお人で、私は齢を重ねるほどに、この師を尊敬するようになったのです。若い頃は、「真面目」に少し反発していたのですが・・

日が上れば、やはり春を実感する光が満ちてきました。菜園の種蒔きの準備も急がねばなりません。畝作りを少しずつ始めています。



元肥(と言っても、落葉に米糠を混ぜ湿らせておいたものですが)を入れるため、深溝を掘ります。背腰脚痛が辛い身なので、ちょっと作業しては休み・・ですが、気持は何だか明るくなってくるんですから不思議ですね。体への負担が大きくならないように、作業段階に応じて、鍬とスコップを使い分けます。ヤブカラシや篠竹の根が地下を這っているので、剪定鋏も使います。

     

昨秋に植え付けたタマネギの苗は、強霜や雪にも耐えて冬を乗り切ってくれました。ビニールマルチをすれば、厳寒の間もしっかり成長するのですが、私はビニールにはどうも抵抗心があって・・・ 手間が掛かりますしね。小さな球にしかならなくても、独り暮らしには却って使いやすいし、量としても十分なので、裸畝のままです。枯芒を刻んだのを根元に寄せてはおきましたが、役に立ったかどうか・・・ 春光を受けて、短い葉ながら勢いが出てきました。追肥として鶏糞(当庵産)を上げました。

エンドウは昨秋に種蒔きして発芽し、小さな小さな苗のまま冬を越しました。数日前から葉蔓を伸ばし始めています。このエンドウにも追肥しました。

タマネギもエンドウも、土を返しながら追肥してやると、見ている間に喜んで活気づいてくる感じがします。私の心も、少しですが元気が出ます。