午前10時、村の草焼(野焼ともいうが、廃棄物の不法焼却と区別するために、この村では草焼と言うことが多い)が始まった。害虫の駆除が主な目的だ。各戸から人が出て、田んぼ周りの土手や畦の枯草に次々と火がつけられてゆく。火の用心のため消防車1台が出動し、隣村から消防団も派遣されて待機している。女性は、焼跡に残った空缶やビンなどを拾うのが役目だ。
稲作の後継者がいなくて放置された田んぼには鬱蒼とセイタカアワダチソウが生えて、この季節はさながら枯草林だ。そこに付けられた火が見る見る広がり立ち上がり、炎が大きく渦巻いて、火炎の屏風が目の前の風景を遮った。私は恐怖を感じた。草はもちろん、大気も土も乾燥しきっている。休耕田は年々増えてゆく。悲しく残念なことだ。
火炎から離れていても、煙が目に沁みる。風向きは刻々と変わり、火炎と煙の舞い上がり方も次々に変化していく。突然、ヤマに移ったぞー! と叫ぶ声がした。 田んぼの向うの小高い森の縁に火が見えた。森の向こうには集落がある。煙の中を男たちが走った。山火事になったら大変なことになる。幸い森の火は消しとめられた。
食文化も、農業も工業も、火なしにはあり得ない。火は有難い。そして火は恐ろしい。村の草焼きは昼過ぎに無事に終わった。