みつばやま小零庵だより

宇宙の塵、その影のような私ですが、生きている今、言葉にしたいことがあります。

「行之行台子」と小嵐

2012-03-29 10:00:20 | 八郷の自然と風景

昨日、茶道の「行之行台子」(ぎょうのぎょうだいす)を稽古しました。格式が高い点前ですので、着物は一張羅!の無地紋付に二重太鼓の帯です。

お茶は、抹茶の粉をお湯で混ぜて飲めばいいようなもので、5分も掛からない筈ですが、この「行之行台子」では1時間近く掛かります。原則非公開ですので具体的な内容は書けませんが、いろいろな道具を用いて様々な所作を進めていかなければなりません。

先輩の方が先ず亭主役、私は客役です。この点前は本などへの記載も禁じられていますし、貴重な機会ですので、先輩の方の所作を見詰めつつ、先生の御指導を耳をそばだてるようにして聞きました。

そのうち窓外の風の音が強くなり、激しい雨足の音がしました。先刻まで長閑な日和でしたのに、心が騒ぎました。

次に私が亭主役、先輩が客役です。複雑な所作で、稽古の機会も少ない点前ですから、私は老化で衰えた脳神経に鞭打つ?ような緊張感に捉えられました。用いる道具の全てと定められた所作の全てに、歴史と意味が込められているのを体感します。

稽古が終わったとき、先程の嵐がいつの間にか過ぎ去っていたのに気付きました。点前の稽古に没入していて、窓外の変化を感じることが出来なかったのですね。熱心だから、というよりも、私の脳神経は単純なため、目前の出来事以外の全体的なことに気を働かせる余裕が無いのです。お恥ずかしい限り・・

今日は春らしい穏やかな一日となりそうです。裏山の鶯はもうすっかり上手に囀るようになり、当庭の花たちも色々咲き始めました。

Dscn2271Dscn2272門前の緋寒桜です。今季は本当に遅い開花でした。

Dscn2274
裏庭のクリスマスローズです。

Dscn2276_3Dscn2277_4
茶庭の春蘭です。見過ごしそうな薄緑色の花です。

表庭の侘助椿です。普通の椿よりかなり小さく、花びらは半開までです。


筑波山の梅まつり

2012-03-25 20:17:14 | 俳句

Dscn2266 俳句の会で筑波山腹の梅林を吟行しました。梅は例年より遅くて、3/20までの筈の梅まつりが今日25日まで延期されていました。それでもまだ7分咲きぐらいです。

紅梅約200本と白梅約800本が山の斜面を染め分け、眼下に東京方面を一望できます。

    見返ればスカイツリーや遠霞     小零

梅まつりの最終日の日曜日ということで人出も多く、出店も並んで賑やかでしたが、梅見に相応しい雰囲気と言えるのか、意見が分かれるでしょうね。

Dscn2264 仮設舞台で蝦蟇の油売りの口上が演じられていたのには驚きました。「保存会」のメンバーだそうで、赤だすきを掛けてなかなかの芸達者でした。

    芸了へて梅見に混じり口上師     小零

油売りの次は猿芸でした。これは近くの「東筑波ユートピア」から出張のプロの猿使いとお猿さんのようでしたが、やはり無料で観覧できました。

休憩所では、梅昆布茶が無料提供されていて満員の盛況、私も美味しく戴きました。有難いことでしたが、また来るときは「梅まつり」の期間を外したときに・・と勝手ながら思ってしまって・・ご・め・ん・な・さ・い・


東海第2原発の廃炉を!

2012-03-22 20:11:28 | 原発

まだまだ寒い朝、公民館の図書室で柳澤桂子さんの「いのちと環境~人類は生き残れるか」を読みました。

Dscn2250_2  2011年3月11日の大震災、それは柳澤桂子さんがこの本の原稿を校正していたときだったそうです。

人類がいずれ滅びることは知っていました。けれどもそれは100万年かもっとずっと先のことだと思っていました。ところがそれが自分や自分の子や孫に降りかかってくるとしたら・・

いま私たちが直面しているのは、地球規模の危機です。福島第1原子力発電所の事故が世界中から注目されているのは、単に自国の原子力発電所の安全性への懸念だけではありません。事故の影響は遠く世界中におよぶ可能性があるからです。

私たちが木を切り倒し、地面を砂漠化し、たくさんの高レベル放射性物質を残してこの世を去るなどということはとても悲しいことです。私は病気でほとんど寝たきりですので、病床で本を書くことしかできません。元気な皆さん、どうか力を貸して下さい。

公民館を出てから、隣棟で開催の市議会を傍聴しました。石岡市議会を傍聴するのは初体験です。今日は議会運営委員会で、「東海第2原発」の廃炉を求める請願について審議されました。各会派を代表する委員の全員一致で「継続審議」となりました。委員長の徳富千尋さんが、「残念ながら 継続審議となりました」と発言されたのが印象的でした。やはり女性の方が、放射能への問題意識が高い傾向にありますね。

「経済への影響を考えると、今すぐ廃炉と言うのは無責任」とか、「減原発には賛成だが、まだ代替エネルギーの見通しが立っていないのだから」とか、「国や県のエネルギー政策がまだ明らかではないから」などと発言する委員達は、人々の命や暮らしや健康よりも経済利益や上級官庁の意向の方が大切だと思っているのでしょうか。

石岡市から約50キロの距離にある東海第2原発は、運転開始から30年以上を経過した老朽原発です。大震災のとき原子炉は自動停止しましたが、外部電源を失い、非常用ディーゼル発電機3台のうち1台が津波被害で稼働せず、残る2台でかろうじて冷却を継続しました。

先日の3/18には、「東海第2原発の廃炉を求める石岡地域の会」が発足しています。気が弱くて行動力も乏しい私に出来ることはあまりありませんが、せめて、被災された人々と次世代のこどもたちに心を寄せるよう、努めたいと思います。


八郷フラワーパーク

2012-03-16 20:14:14 | 俳句

俳句の会で八郷フラワーパークへ行きました。自然の豊かな八郷なのに、わざわざ囲いの中へ料金を払って入り、園芸品種や温室栽培の派手派手しい花を見る、というのは私は苦手で、10年ほど前に1度入ったきりでした。

でも3月までは冬期料金で370円、夏期の半額です。それに250本の河津桜(例年の開花時期は3月上旬まで)が、今年は今ごろ開花しているのではないか、という期待があって、今日の企画となりました。

Dscn2244 入場したら左上方向の「ふれあいの森」の頂上の向こうに河津桜林がある、というので、少々息を切らしながら上りました。ところが・・河津桜は一分咲きにも届かず、1樹Dscn2246 に1~2輪の開花がやっとでした。今年は本当に遅い・・ でも下向きがちの蕾が紅に染まってふっくらしている様子は、なかなか好印象でしたよ。筑波連山の穏やかな稜線も眺めることが出来ました。

紅白の梅林は5分咲きぐらい、あちこちの足元には、水仙や雪割草や福寿草などが沢山咲いていました。

    それぞれの光を集め福寿草        小零


散瞳検査と昼御膳

2012-03-14 21:23:04 | 健康・病気

Dscn2233 12日ぶりに山王台病院眼科へ行きました。2/20に左目、2/22に右目の白内障手術をしてもらいましたので、術後3週間の定期検査です。

私の眼球は奥方向に長く大き過ぎて(焦点が網膜より前方になってしまう、つまり強度の近眼でした)、網膜部分が薄くなってしまっています。このような目は、網膜剥離や緑内障等々を発症しやすく、特に高齢になると要注意だそうです。

矯正視力検査のほか、精密眼圧測定、屈折検査、細隙燈顕微鏡検査、精密眼底検査、角膜内皮細胞顕微鏡検査、眼底3次元画像解析 を受けました。白内障手術結果の検査ではありますが、医師は、白内障以外の病気の前兆がないかを心配して詳しい診察をしてくださったのですね。有難いことです。

検査の結果は問題なし! 嬉しく安堵しました。

上記の検査の幾つかは、瞳孔を開く目薬を差してから受けました。「散瞳検査」といいます。瞳孔が元に戻るまで4~5時間掛かり、特に2時間ほどは光を大変眩しく感じます。でも今日は、昨年の散瞳検査の時よりも、眩しさが落ち着くまでの時間が短くて済みました。昨年の時は、白内障の症状としての眩しさも重なっていたからでしょうか。

病院を出た後、目の眩しさが落ち着くまでの時間稼ぎ?を兼ねて、すぐ近くの蕎麦店「猪口才」(ちょこざい)に入り、「昼御膳」を戴きました。

Dscn2235 温かい蕎麦茶が出されて暫く待つと、蕎麦掻(ツユとの相性が絶妙)・サラダ(蕎麦の天麩羅のトッピング)・漬物・蕎麦の実入り御飯が供されました。

Dscn2238 続いて白いお豆腐と胡麻豆腐。オカラが出ない製法とのこと。しっとりと深い味わいでした。蕎麦湯も出されました。

Dscn2241 お蕎麦は温かいのをお願いしました。カラリと爽やかに揚がった野菜の天麩羅付きです。

Dscn2242 最後にデザート! 濃い蕎麦湯を柔らかめの葛餅風にし、黄粉がたっぷり掛けられています。

以上、絶妙の味の取り合わせの「昼御膳」の勘定は1,350円。東京でこれだけのものを戴いたら、安くても3千円は下らないのではないでしょうか。ただし「昼御膳」は1日10食分まで限定となっています。もちろん他のメニューも色々あります。

お店の雰囲気も落ち着いていて、かつ変に澄ましたところもなく、迎合的でもなく、1人でも入りやすく、グループでも利用しやすいように、客席の配置も合理的です。食にはあまり拘らない私ですが、こんなに気に入った店は珍しいです。

満足して「猪口才」を出たころには、散瞳検査による目の眩しさも大方収まってきたので、愛車で帰庵しました。そしてすぐに着物に着替えて茶道の稽古に行きました。白内障手術後は近眼鏡を掛けなくなった私を見て、先生が「メガネを掛けないと若返るわね」ですって! ちょっと嬉しい気分でした。手元の細かいものを見るときは老眼鏡が必要なのですけれどね。


天皇陛下のお言葉

2012-03-12 19:38:02 | 原発

私はテレビを見る習慣がないのですが、昨夜のNHKや民放のニュースでは、政府主催の追悼式の模様が報道されたけれども、天皇陛下のお言葉の中から原発や放射能に係る部分が削除されていたことを知って、悲憤を覚えずにはいられません。大手術後まもないお体で、御自分の命を削るのも厭わぬ思いで述べられたであろうお言葉なのに・・

私たち国民の心に寄り添う天皇陛下のお言葉の全てを、以下に記します。内容は東京新聞の紙面に拠りました。

 東日本大震災から1周年、ここに一同と共に、震災により失われた多くの人々に深く哀悼の意を表します。

 1年前の今日、思いも掛けない巨大地震と津波に襲われ、ほぼ2万に及ぶ死者、行方不明者が生じました。その中には消防団員を始め、危険を顧みず人々の救助や防災活動に従事して命を落とした多くの人々が含まれていることを忘れることができません。

 さらにこの震災のため原子力発電所の事故が発生したことにより、危険な区域に住む人々は、住み慣れた、そして生活の場としていた地域から離れざるを得なくなりました。再びそこに安全に住むためには、放射能の問題を克服しなければならないという困難な問題が起こっています。

 このたびの大震災に当たっては、国や地方公共団体の関係者や、多くのボランティアが被災地へ足を踏み入れ、被災者のために様々な支援活動を行ってきました。このような活動は、厳しい避難生活の中で避難者の心を和ませ、未来へ向かう気持ちを引き立ててきたことと思います。

 この機会に、被災者や被災地のために働いてきた人々、また、原発事故に対応するべく働いてきた人々の尽力を、深くねぎらいたく思います。

 また、諸外国の救助隊を始め、多くの人々が被災者のため様々に心を尽くしてくれました。外国元首からのお見舞いの中にも、日本の被災者が厳しい状況の中で互いに絆を大切にして復興に向って歩んでいく姿に印象付けられたと記されているものがあります。世界各地の人々から大震災に当たって示された厚情に深く感謝しています。

 被災地の今後の復興の道のりは多くの困難があることと予想されます。国民皆が被災者に心を寄せ、被災地の状況が改善されていくよう、たゆみなく努力を続けていくよう期待しています。そしてこの大震災の記憶を忘れることなく、子孫に伝え、防災に対する心がけを育み、安全な国土を目指して進んでいくことが大切と思います。

 今後、人々が安心して生活できる国土が築かれていくことを一同と共に願い、御霊への追悼の言葉といたします。


東日本大震災忌

2012-03-11 18:58:06 | 俳句

午後2時46分、黙祷しました。2万人の犠牲者のことを思うと、ただ茫然とするばかりです。ラジオで天皇陛下の追悼の辞を聞きました。心臓手術をされてまもないお体ですが、原発事故による被災者についても丁寧なお言葉がありました。

    薄き日の切れぎれ3・11の空        小零


3・10&紀州犬のことなど

2012-03-10 20:42:29 | 原発

就寝中の未明、いきなりドスンと突き上げられるように揺れ、続いてまたドスン、ドスン。去年の3・11が再現するのでは!と、恐怖が一瞬よぎります。ほどなく揺れは収まりましたが。

いきなりドスンのときは震源は近い筈、たぶん茨城県内だろうから、福島第1原発付近の震動は特に強くはないだろう、と推察して、気持を落ち着かせました。

地震があると、福島第1原発の危機的状況が更に深刻化するのでは・・という不安に駆られます。特に4号機の使用済み燃料プールは、水素爆発で大きな被害を受けています。小出裕章氏をはじめ良識ある専門家は、このプールが大きな余震で崩壊すると、核燃料が露出・溶融して大量の放射性物質が飛散し、それは昨3月より桁はずれに大規模で深刻な被害となるだろう、と警告しています。そのときは「・・おしまいです・・」と。

午後、知人宅でDVD「山のかなた」(脚本・監督 池島芙紀子)を見せてもらいました。敦賀の高速増殖炉「もんじゅ」の危険性と、「原発震災」の恐れを警告する内容です。2009年に製作されています。心ある人々は福島原発事故が起こる前から、このように警鐘を鳴らし続けていらっしゃったのですね。「原発は必要悪」ぐらいにしか思っていなかった私は反省しきりです。

今日は東京大空襲の日。アメリカ軍の戦争犯罪により10万人以上の人々が焼かれ死んだ日です。そのアメリカに今なお従属し続けている私たちの国・・悲しい国だと思います。

Dscn2231 夕方、犬についての知識と経験が豊富な友人が当庵に立ち寄って、ユキと面会してくれました。ユキは中型犬ながら大きめで筋骨隆々、非常にエネルギッシュ、警戒心が強く、他の犬や飼主以外の人に対して非常に攻撃的です。しかし飼主に対しては非常に従順です。(「非常に」と言う語が沢山付く犬なのです。) ユキは「紀州犬」の血が濃いのではないか、という私の推測と友人の判定が一致しました。

紀州犬はイノシシ狩り用に育てられた猟犬です。大型のイノシシに対しても果敢に向っていくそうです。番犬に適していて、自身や飼主の敵と判断した者に対しては、命を懸けて闘うそうです。飼主としては頼もしいのですが、知らない人が不用意に近付くと、危険かも知れません。

ユキは捨てられていた犬ですから、もちろん雑種です。耳などが薄茶色で、尾が少し巻きがちなところなどは、紀州犬の特徴とは異なります。

Dscn2227 友人の判定では、首が太くガッチリしているところなどはシェパードの血も引いているかも知れない、とのことでした。

他の犬が近付いてくると、唸り声をあげて威嚇するところなどは、いかにも獰猛な感じです。でも、私が「おすわり!」「伏せ!」「待て!」などと言うと、すぐに言うことを聞きます。散歩の用意をするときは大喜びではしゃぎ、散歩が終わると感謝の印らしいキスをしてくれます。可愛いユキです。


お雛様の絵

2012-03-03 10:56:03 | 八郷の自然と風景

裏山の鶯は今朝も囀りのお稽古で、ホッ、ケキョ、キョッ 昨朝よりちょっと進歩したようです。庭の合歓の木にはコゲラがやってきて、小さくてもキツツキらしく嘴で太枝を叩きながら登っていきます。餌の虫は見つかったかなぁ。傍らのコナラの木々に来たシジュウカラやホオジロの姿も、手術済の目でよく見えます。向こうの広野では雉が大きな声で啼いて飛んでゆきました。空ではヒバリが囀りだしました。

Dscn2224 先日、姉が送ってくれたお雛様の絵を壁に飾りました。姉妹なのに姉は私とは異なって絵が上手です。この絵は、絵手紙の同好会で仲間に褒められた絵だそうです。白内障手術でアタフタしていた私の心を慰めようと思ってくれたのでしょう。

私たちの母は、どうしようもない無茶苦茶なヒトでした。お雛祭りのような伝統行事にも無縁のヒトでした。私にとって姉は、時に母代りでもありました。私が中学生のときの父兄参観日に、大人たちに混じって高校生の姉が親代わりに参観に来てくれた制服姿を、今でも時折思い出します。


白内障の手術結果 その6

2012-03-02 15:17:23 | 健康・病気

朝、1週間ぶりに山王台病院眼科へ行く準備をしていたら、裏山の鶯が囀りの稽古を始めました。ホッ、キョッ、キョッ、キョッ という感じで、囀りと言えるかどうか・・ でも冬季の地鳴き(=笹鳴)の チャッ、チャッ とは一線を画しています。

バス停への道を歩いていたら、休耕田の中に鳥の姿が見えました。土色そっくりの濃淡模様で、完璧な保護色の羽色です。タヒバリにしては体が大きいので、タシギでしょうか?

タヒバリやタシギは、人がかなり近くに来ても逃げずにじっとしています。警戒心が弱いからではなくて、完璧な保護色の鳥を人の目はなかなか見つけることが出来ないこと、動くと逆に見つけられて危険だという判断からだと思われます。私の今までの経験では、ぎりぎりまで接近したときに突然鋭い声を発して飛び出すように逃げた時に初めて鳥の存在に気付く、という具合でした。

タヒバリorタシギが田の中に静止している姿を見つけることが出来たのは初体験です。白内障手術のおかげですね!

病院ではまず視力測定がありました。のような記号のどこが切れているのか、一見して見えそうにない小さいのまで頑張って目を凝らして「もしかして、右?」と私。「当たりぃ!」と看護士さん。結果は裸眼で1.2 これはちょっと欲張り過ぎでしたね。でも1.0は間違いなく達成?したと思います。

Dscn2223 医師からは「もう保護メガネは掛けなくていいですよ」とのお許しが出ました。引出しの奥に仕舞い込む前に、記念?の写真(上下を逆に置いています)を撮りました。目薬は弱い薬に変わり、差す回数も少なくなりました。

目がよく見えるようになって、体全体の調子も良くなってきた感じがします。歩いていても、足の力が以前よりもしっかりしてきたようです。おかげさまで!