「あの海」、2018年8月。

2018-08-16 16:40:18 | Weblog

今年の海は良かった。

こんなの、何年ぶりか?というような大ヒット。

人が、全然いなかったのだ。

この浜辺は、昔海水浴場だったのが廃止になって、今は何もない、という所で、

ここに行き着くまでにすごい細い曲がりくねった道(ロングアンドワインディングロード?!)を

通らねばならないし、着いたら着いたで売店もない、トイレもない、

自動販売機すらない、勿論監視員などいるワケもないから

万一、溺れたら道子はこの海で潔く死なねばならない。それはそれで、良い。

でも、そう、何もない代わりに、人もいないのだ。こんな素敵な海は他にない。

借りてもないのに貸し切り状態。まるでプライヴェートビーチである。

まあ、他に少人数の家族連れが2組くらいいたが、そんなのは視界にも入らない。

下らない音楽を流す奴もいない。

ただ晴れた空と、目の前の瀬戸内海があるだけである。

海!

この岡山県笠岡市の海には毎年来ていて、

以前は、父や母や、祖母や兄妹や甥、姪や、親しい友達を連れてきたりしてきた。

その都度、ビーチボールを持参したり、パラソルを持参したり、

浮き輪、水中眼鏡、ビーチチェア、テーブル、

そしてそして、アコースティックギターや、

ジョニ・ミッチェルを浜辺で聴いたらすごくいいかも・・・と思いついて

ラジカセを持参したり、いろいろと試してきた。

浜辺で聴くジョニ・ミッチェルは勿論、最高に良かったのだけれど、

今回は、

何も持たずに、ほとんど手ぶらで行ってみたのだ。

(ビニールシートと冷たいお茶とお弁当は買っていったのだが。)

これがまた、非常に良かった。

海を十分に満喫するためには、何もいらないのだ、ということがよくわかった。

海では俺は、ギターさえいらないのだ。

酒?そう、酒もいらない。

海水は澄んでいて、暖かい。

ゴーグルも水中眼鏡もなしで、海の中で目を開けたら水中は青みがかって、とてもとても綺麗だった。

浅瀬の浜辺の海中に注ぐ陽光。この季節だけ見ることが出来る景色。

もし買えたとしても・・・・ボートなんか邪魔なだけだ。

ジェットスキーもうるさくて、余計なだけだ。

俺はあんなもの、一生涯、買ったりしないであろう。

手ぶらでいいのだ。

何もナシで、誰もいない海に行く。

こんな素敵なことはない。

とてもとてもシアワセだった。

ふと、

俺が死んだら遺灰を、この海に撒いてもらったらどうかな?という考えが浮かんだが、

まあ、その件は、

今日明日に決めねばならぬ事でもなかろう(そう願おう)、と

思ってそのことはそれ以上考えるのを止めた。


2018年8月12日の海。



写真の真ん中にポツンといるのは、私です。
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