イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

「三体III 死神永生 下 」読了

2021年09月21日 | 2021読書
劉 慈欣/著 大森 望、光吉 さくら/訳 「三体III 死神永生 下 」読了

最終巻は三体艦隊の中に住む、脳だけを送り込まれた男性が語ったおとぎ話から始まる。三体世界の内情に関する会話が一切認めらない中、男性はこの物語の中に、地球の運命にかかわる重大な情報を埋め込んでいるに違いないと考えた地球の首脳たちは、主人公の記憶の中に記録された物語を読みかえす。その場所は智子の監視の目が届かない電磁バリアのようなもので守られた空間だ。三体人は一切のものがすでに地球から撤退したことになっているが、警戒は怠れない。もし、男性が語った物語が記憶の中からだけとはいえ再生されていることを知られると、男性の命も危なくなる。

三つの物語は、一連の物語として語られる。そのタイトルは、「王宮の新しい絵師」「饕餮の海」「深水王子」とつけられ、とある物語のない国(何の事件もおこらない平和だが退屈な国)の国王が死に、その子供たちの間に後継者争いがおこるという話だ。
絵師は不思議な力を持ち、絵に描いた人物を消し去ることができる。饕餮の海とは、海に入ってしまったものは何でも襲って食べてしまうという怪魚の棲む海で、王国はその海に囲まれ、外界とは完全に遮断されてしまっている。深水王子は長男で、次男の氷砂王子の謀略により饕餮の海の先の離れ小島に閉じ込められている。彼を見る人は遠近法が効かなくなり、どの距離からでも同じ大きさに見えてしまう。だから遠くにいれば巨人に見えるし、近くに寄ると普通の身長に見える。
妹の王女の持つ重さのない不思議な石鹸の力で饕餮の海を越え、長男の深水王子は助けられ、次男と対決し、勝利をおさめ王国には平和が戻るという、普通のおとぎ話だ。

この物語から、主人公をはじめ、科学者たちは地球を守るための策のヒントを得る。
ひとつは、石鹸は光と解釈され、光の速度を遅くすることで外部に届く情報を遮断し地球そのものを見えなくするというもので、太陽系全体をブラックホールで囲んでしまうという計画。これを暗黒領域計画と呼ぶ。
ひとつは空間を曲げることで光速での航行が可能であると解釈され、光速で移動できる恒星間宇宙船の建造をしようというものだ。この推進方法を曲率推進と呼ぶが、この推進方法を使った宇宙船を造り人類を太陽系から脱出させる計画。これを光速宇宙船プロジェクトと呼ぶ。
これらに加えて、異文明により太陽が破壊されたとき、その爆発から人類を守るべく木星ほか巨大惑星の影に隠れるように宇宙都市を建設するという策が立案され、掩体計画と名付けられた。

物語の解釈から導きだせる技術を実現するためには新たな基礎研究が必要だ。主人公は、男性から贈られた恒星を連邦国家に譲り渡した利益を元に巨大企業を作り上げていた。実質のかじ取りは最初の冬眠から覚めた時、その時代のパートナーとして行動を共にした大学院生(彼女は主人公が贈られた恒星に岩石惑星の存在を発見し、その発見が恒星の価値を上げ、政府に譲渡する際に膨大な利益となったのである。)がおこなっており、惑星軌道上の建築物の建造などを担っていた。主人公の2度目の冬眠の間にパートナーが巨大企業に育て上げたのである。その資本力を生かして三つの計画を実現しようというのである。

主人公たちは、物語の中で唯一具体的に語られている地名について、それは現実の地名のヒントであることを見つける。そこは、ノルウェーのロフォーデン諸島にあるモスケン島であった。この島の周辺では、モスケンの渦潮とよばれる巨大な渦潮が常に発生しているのだが、著者はそれを逃れることができない重力に例えているようだ。このシーンは、一見、ただの比喩に見えるだけなのだが、そこには重要なテーマが隠されているようだ。
この渦を案内する船長の台詞、『死とは、永遠に点灯している唯一の灯台なんだと。つまり、人間、どこへ航海しようと、結局いつかはこの灯台が示す方向に向かうことになる。すべてが移ろいゆくこの世の中で、死だけが永遠だ。』から見て取れる。
このテーマについてはもう少しあらすじをたどってから書きたいと思う。

その後、主人公が初めて地球上にあるその会社を訪れた時、黒暗森林攻撃に備えた警報システムが作動した。それは3年前に三体世界から発進した光速戦艦が発生させた空間の歪みとなった航跡を見た観測員が発したもので誤報であったのだが、そのために大惨事がおこる。警報を聞いた人々が我先に宇宙港から脱出しようとして大混乱が起き、死傷者を大量に出した。
この経験から、光速宇宙船は空間の歪みによって自身の位置を外部に知らせることになるということがわかり光速宇宙船プロジェクトは捨てられ、目標は掩体計画と暗黒領域計画に絞られた。
しかし、この時代では、ブラックホールで太陽系を包んでしまうという途方もない計画は基礎技術さえも確立できずにいた。

その1年後、掩体計画のシミュレーションのために訪れたラグランジュ点で、主人公の前にかつての上司が現れる。彼は主人公と同時期に冬眠に入り、同じく同時期に目覚めた。脳だけを送るという調査船計画の推進者であり、この時代で執剣者の候補となったが、主人公に敗れた。しかし、主人公の心の弱さを見透かし、お前ではこの計画を実現させることはできないと言い放ち、すべての権限を自分に移譲しろと迫る。ここは小説らしく、あっさりとその要求を飲み、地球人に危機が及ぶことがあった場合、もしくは計画が実現した場合に目覚めるという条件で冬眠に入る。
かつての上司の目的は光速宇宙船の建造であった。しかし、これには先に書いたような問題があり、間違いなく異星人からの標的となるというのだ。だから、しかし、彼は閉鎖された空間では人類の繁栄はない。永久に繁栄をつづけようとするならば外宇宙に出るべきであるという考えの持ち主であった。

それから60年後、主人公は宇宙都市の中で目覚める。掩体計画の一環として、木星、土星、海王星、冥王星の近傍に合計22基の宇宙都市が建造されている世界だ。
宇宙都市の規模はそれぞれ縦40km、直径が8kmというような途方もない大きさを持っていて、円筒形、ドーナツ型、球形など様々な形状をしている。60ページほどがその描写に割かれている。

主人公から引き継がれた会社はこの宇宙都市の建設で得た利益を光速宇宙船の開発に回していた。数年前、密かに開発を続けていた光速宇宙船の計画を公表し、危険な企業であると判断された。これは地球人類の危機であるとみなされ、最終的な権限をもった主人公は目覚めさせられた。そして、会社の中枢であるドーナツ型宇宙都市が30隻の宇宙艦隊の包囲されているなかに主人公がやってくる。
反物質を弾丸としているライフルで武装した元上司と対峙するが、その権限を行使し光速宇宙船の開発を止めさせる。

主人公とパートナーは、太陽が破壊された世界を見てみたい。きっと今より穏やかな世界に違いないと200年後の覚醒の契約を結び三度冬眠につく。

しかし、その56年後、暗黒森林攻撃のアラートが発せられ主人公は目覚めさせられる。
それは未知の物体がオールトの雲を光速に近いスピードで通り抜けたことが観測されたことから始まる。それは三体文明を滅ぼした文明であった。搭乗しているのは発見した他の文明を滅ぼす役割をもったものであった。そんな大役のように見えるが彼はそれでもこの文明では低カーストに位置する孤独な存在であり、その文明の巨大さがうかがわれる。そして彼らは人類を低エントロピー体と呼び、文明の破壊を「浄め」という。この宇宙は破壊され破壊するのが当たり前という解釈なのであろう。
搭乗者は三体文明を破壊した光粒では太陽だけを破壊しても文明は生き残ると判断した。地球人も考えた掩体計画は光粒の攻撃からは有効であったはずなのである。そして別の方法を取った。それは次元攻撃というものであった。クレジットカードのような紙片(厚みは「0」である。)が放たれた。わずかな重力波を発するだけのそれは当初、何の害もないように思われたが、あるとき急な広がりを見せ始め、太陽系を二次元の世界に飲み込む。それは外宇宙に逃亡した宇宙戦艦が遭遇した三次元と四次元の境目のようなものであった。
絵師のエピソードはまさにこのことを暗示していた。
主人公たちはこれには抗えないと地球で最後を迎えることを決めるが、同行している科学者から冥王星に行くことを提案される。
そこには初代の執剣者がいた。彼は地球文明の保存のためにここにいた。彼との会話の中で、主人公たちが冥王星まで乗ってきた宇宙船はすでに光速航行のため曲率推進ドライブが搭載されていることを知る。そこで判明したことは曲率推進ドライブの航跡が暗黒領域を生み出すということであった。すなわち、曲率推進ドライブ船をたくさん建造し、一斉に太陽から発信すれば太陽系を覆い隠すことができたということだ。しかし、主人公は知らなかったとはいえ、その可能性の芽を摘み取ってしまっていたのである。
それに乗ってかつて主人公が贈られた286.5光年先の恒星系を目指す。三体世界に脳だけで乗り込んだ彼が待っているかもしれないという淡い期待をこめて・・。
そこまではたった宇宙船の中ではたった5時間のフライトだが現実では286年の月日が流れていた。そこに待っていたのは宇宙艦隊に搭乗していた四次元の欠けらを発見した宇宙物理学者であった。彼らも100年遅れて曲率推進ドライブを開発していた。そして、植民星を開発するほど科学力を高めていた。
彼は宇宙空間の現実を主人公に教える。楽園時代の宇宙(それは平和な時代の宇宙ということ)は十次元の宇宙であったが、光速を使った攻撃や防御によって低光速の宙域が絶えず増え続けそれが宇宙の新しい光速度となってきた今は秒速30万キロメートルと思い込まれているだけなのである。次元も同じく低次元に封じ込められてきたのである。物理法則を変えてしまうということが彼らの武器であり防御であったのだ。

主人公と宇宙物理学者はほかの惑星を探査している中で、三体世界から来た男性がやって来るという知らせを聞く。いそいで母船に戻ろうとしたとき、異星人が残したデス・ライン(巨大な空間曲率操作によって出現、リセッター(帰零者)と呼ばれる一団が作り出している。再び十次元の楽園を望む種族)に遭遇する。入り込まない限り何の影響もないが、男性の来訪の曲率ドライブの影響で主人公たちはデス・ラインに飲み込まれる。
反物質エンジンを起動させてなんとかそこを抜け出すが、そのために費やした12日間の間に1890万年の月日が流れていた。

主人公たちは惑星に残してきたパートナーと男性の痕跡を探す。そこに、大地の岩盤に彫られた文字の一部を発見する。そこには何かをあなたのために残すと読み取れる文字があった。
しばらくして、次元の入り口を発見する。それは、男性が残していた小さな宇宙への入り口であった。1890万年前の宇宙論では、宇宙はある時点から収縮に転じ、ビッグバンの前の状態に戻ると考えられていた。それは、書き換えられた物理法則をリセットするということと同じである。この宇宙に隠れていればビッグクランチから逃れることができ、十次元の楽園である宇宙で暮らしを始めることができるというのだ。そこは、一辺が1キロメートルほどの“時の概念”がない世界であった。
あるとき、謎の通信を傍受する。その内容は、たくさんの文明が無数の小宇宙を作ったことで宇宙がビッグクランチをおこすために必要な質量が足りなくなった。リターナー(回帰者)たちはその質量をもとの宇宙に返すことを呼びかけていたのだ。
本当のビッグクランチが起こるかどうかはわからないが、主人公たちはそこでの安全な生活を捨て質量を返す決断をする。
自分たちが生きた文明を記録した漂流瓶と小さなエコスフィアをその空間に残して・・。

というのがほぼ完全なネタバレになってしまったがあらすじである。

時間と空間を超えて繋がれる物語は壮大すぎてストーリーを追いかけるのに精一杯だった。
結局、主人公は生きながらえるよりも限りある命を選んで終わるわけだが、そこがあの渦を案内する船長の台詞につながってゆく。『すべてが移ろいゆくこの世の中で、死だけが永遠だ。』ということなのである。それが第Ⅲ部のサブタイトルにもなっているのである。
それは優しさでもあるということが示唆されている。主人公は二度地球の危機を招いた。一度目は最初の三体人からの攻撃の際、暗黒森林防御を発動しなかった。二度目は曲率推進システムの開発を阻止したことだ。両方とも対極の考えをもった人物に元上司がいたのだが、それは非情な考えでもあった。
『死だけが永遠だ。』ということを踏まえるのなら、それを受け入れてこそ安らかな生き方ができるのだということになるということだろうか。そういう生死感がこの物語には込められているのではなかと思えるのである。

いろいろな批評を見てみると、この物語は全編を通じて中国人が持つ世界観や倫理観が強く繁栄されていると書かれている。
暗黒森林攻撃という発想はもちろんだが、他の文明からの技術を吸収して自らを繁栄させるという発想も今の中国を物語っている。そして、数千万年単位での物語を紡ぐという発想も4000年という長い歴史を持っているからこそ書けるものであるのかもしれない。SF小説というものは過去に数冊しか読んだことがないけれども、これだけ長期間のスケールで書かれたSF小説には出会わなかった。
そういう意味でもものすごく読みごたえのある小説であった。

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